泥水を巻き上げながら、灰色荒野を影が槍のように飛んで行く。弱酸性の雨粒を、固めて、砕く、尖ったカウル。赤のアイラインがキリリと尾を引いて、空気をザックリ切り裂いた。左脛にはデッカいキャンバスに、右肩トースターの非対称。背負うは三本二列のギザギザチェーンソー。
イカした彼女は〈マッド・ブラッドソー〉。620ノットで爆走し、音速障壁をノックするイカレた妖婦(バンプ)。濡れたボディはセクシービターな紫で、映えるはゴールド・アクセサリー。彼女は兵器。人を模したアーマード・コア。生身の破壊衝動をメタルの暴力で武装したアーマード・コア。
その胎内。核には男。名は〈ザイフリード〉。顔に張り付く蛋白質は至極淡泊ポーカーフェイス。平和の勝利、なんて、名は体を表すとは限らない、そんなリアルギャンブラー。
彼の眼前、モニタに映るはインディゴブルーの泥土の海。土砂降る雨は土砂混じり。ガイドラインはひたすら続く。時より見える筒型タンクは穴だらけ。白線がそれらを撫でてはスキャニング。リコンは必死にケツを追う。
『動体感知』と女が話す。
『会敵準備を推奨(エンゲージ・レディ)』
ザイフリードはエンクローズド・レディ――つまり、ガイドCOMの女声を聞く。水滴ベールに目を凝らし、ずうぅっと先、丘の向こうに白いシルエット。ずんぐり達磨と美脚の猫背がぽつぽつり。その周りにはヘリと戦車がわらわらと。こんな天気にご苦労さん。
ここでガイドが声を漏らす。
『エネルギー30パーセント』、なんて、不満げに。
ザイフリードは舌を打つ。あと少しだってのに。彼はペダルから足を離しかけ、チョイ待ち。やっぱり止めてみる。
今回のミッションはいつも通りの殲滅だ。クライアントが言うには“単なる”示威行為。見るもの全てをビビらせて、小さな反逆も許さない。
が、どうせなら、面白い方がいい。相手はビジネスってヤツを舐めに舐め腐った垢だらけの不届き者だ。チョイとデカいクラッカーを鳴らしちまっても構いやしない。驚いて、おっ死んじまったとしても。
彼はニヤリと笑って、コントロールパネルに外付けされた装置を開く。現れた赤いスイッチをぐうっと押し込んだ。そして、心の内で数を数える。
いぃち、にぃぃの――ぽん。
左に爆発。腕部固定ボルトが弾け飛んだ。
あらゆる輪郭が滲んでいくモニタの中で、ブラッドソーの左腕が付け根ごと遥か後方へと踊り去っていく。間髪入れず、降り出すノイズの豪雨。止まないビープ、うるさいビート、揺れるはヒップ、掻き消えたビーコンガイド。
ザイフリードはポーカーフェイス。血圧上昇の赤みもみられない。
ブラッドソーが背負う無骨な鉄塊からアームが展開、露出した左腕接点プレートをわしづかむ。ボルトの爪を食い込ませて固くロックすると三本一体の管状接続ユニットをずるりと取り出した。そのまま、付け根のぽっかり空いた穴にあてがい――。
ずどん、と衝撃。
ザイフリードの尾てい骨にクッション向こうの骨組みがぶち当たり、腹の内に込み上げた痛みに奥歯がガタガタいいはじめるほど、の衝撃がブラッドソーの体内を揺らす。
一番デッカい管の先っぽがシステム中枢にまで迫ると、ガイドCOMが押し殺した声をあげた。
『規格外のユニットが接続されました』、なんて。
ごごん、と管が唸る。
ごご、ごん。再度管が唸る。接続ユニットがピストン運動を始めたらしい。無数のアラートウィンドウが画面を埋め尽くす。ジェネレータの律動が乱れる。
『直ちに使用を停止して下さい』、なんて。
そんな言葉を塞ぐように、ごごん。三度目の唸り声。警告の声はノイズに震え、明らかに動揺している。
更に、ごおん、と畳かけると、エンジンが悲鳴を上げ、ジェネレータのタガが外れた。
回転数を爆発的に増加させた生成ユニット。その内部で特濃大量のエネルギーが沸騰、逆流。配管の内にこびりつきながらも体中を駆けずりまわる、まわる。いわゆるリミットブレイク。
半ば気化した機械血液が解放を求めて暴れ狂う。膨張した機体各部の放熱機構が金属皮膚を押し出すように展開、蒸気を放出、大気が歪む、だが足りない。結石を多く含んだ噴流はコクピット内壁の外側をガリガリと削り、ノイズにノイズ、あとは馬鹿にデカいビープな喘ぎ。充血したカメラアイに映るのは赤、赤、赤。
四角い箱が機体の前方に躍り出た。ブラッドソーが背負っていた鉄塊の一部――グラインドブレードだ。その機関部が右腕に接合する。先には六連装の電動鋸がバイブレート。既にエネルギーサプライヤーから莫大な精気を注入されていたギザギザの歯は残らず赤熱し、液体を通り越して気化、煌々としたプラズマの赤い粒子を撒き散らしている。興奮に絶えず隊列を乱していたそれらがやっと円状隊形に落ち着いたのをブラッドソーは見届け、亜音速下でもなんとか腰を捻り、基部ごと脇に構えた。準備万端。
ザイフリードはペダルを踏み潰す。リアブースタのスロットルが全開。血管内をのた打ちまわっていたエネルギーが逃げ口を見つけ、機体の背後で爆発。トン級に重たい尻を丘の向こうへ蹴り上げた。
足裏に濁流を作り出してブラッドソーが接地したのは群れのド真ん中。
ひとつの反応も許さないように、その右腕――にひっ付いた禍々しい機械顎を前方に繰り出した。
回転、猛転、轟転。脅威の六枚歯、加えて超振動。支援型の側面をうねりの中に巻き込んだ。瞬時、夥しい量の歯形が装甲に刻まれ、火花とその花粉が飛び散った。鎧袖一触。自らの死因を知ることもなく、溶解、爆散、地上から消失した。
ぼん、ぼん、ぼん、と小気味良く、雨の粒と粒とが残らず破裂。直径数10メートルに濃厚な霧が広がって、視界を白が覆う。
ブラッドソーは蒸気の紐をなびかせながら、蠢く凶器を振って、クイックターン。敵の配置は頭ん中。盾持ち防衛型の背中をサイトのド真ん中に捉える。
ブーストを最大出力。俗に言うグライドブースト。一気に肉厚。丸まる太った身体を力いっぱい蹴りつけ、後方に跳躍、三角飛びだ。
転がり回って炎上する達磨を尻目に、ぐっと顎を引いて、もう一機、今度は盾無しをロックオン。グラインドブレードのサブブースタを点火。濃厚な焔のたてがみがアシッドシャワーをジリジリ焦がす。
ブラッドソーは強襲。パルス弾の地対空放射と汚染水の空対地爆撃を掻き分けて、落下。滝のように押し寄せる暴虐の複合体。赤熱する犬歯で盾無しを頭から引き裂いた。文字通り、全体重を掛けて。
グラインドブレードの下顎が地面を叩く。同時に連装鋸の列が敵機の残り滓を撒き散らしながら輪環状に整列、次いでクランクが轟転。それを片車輪にしてブラッドソーは180度回頭。泥水の高波を背後に、静止。トンガリ頭の先に、次なる獲物が一直線。
後退する哀れな鉄達磨。火器一体型アームの先、火花が連続し、曳光弾のホットな火線が雨筋の密林で踊り狂う。
ブラッドソーは赤黒い熱気を背中から発射した。爆発的な瞬発加速を以てジャングルジャイヴをかいくぐり、最前列に滑り込んだ。そして、眼前で姿勢を落とす。火花の傷痕を八筋、大地に刻みながら掬うようなアッパー。ディスクジョッキーのふくよかな上半身が綺麗に吹っ飛んだ。クリーンヒット。一発ノックアウトだ。湿った爆炎の白タオルが広がった。
観客席でチラリと照準レーザー。支援型が赤い視線を向けたらしい。感動的瞬間を逃すまいとシャッターが切られる――よりも早く、ザイフリードはグラインドブレードのサブブースタを再度点火。ブラッドソーが死兆星に伸ばした右拳を神に引っ張られるような格好で打上がる。
一寸先の空隙を一足遅く、狙撃砲の高速弾が掠め取った。着弾点から砂柱が手を伸ばす。だけどアスファルト破片の爪先だって、ブラッドソーには追いつかない。
射線が入ってきた方向に素早く旋回。
いた。
イチモツを折り畳んで逃げ出そうとしている支援型。ヒョコヒョコした後ろ歩きが哀愁全開。が、ブラッドソー右肩の箱から飛び出たジャックナイフ――3×3セットの熱穿奮進弾は既に二次加速に入っている。ヌラヌラ銀色装甲に先っぽが触れるや否や、一筋の亀裂からメタルジェットが噴出。鋭い衝撃波が連打連打連打。支援型は穴空きチーズに早変わり。がっくり膝を折って、爆散。
ザイフリードは片手を挙げて自分自身とハイファイヴ。降り立ったブラッドソーは無様なジグを踊りながら、喜び余って戦車をいくつか踏み潰す。砲塔がコルク栓の如く飛び交い、炎のマッシュルームが歓声を上げる。乱痴気騒ぎ。誰も彼もが叫んでいる。
そこで、転。
いわゆるフリップ。
ぱっとノイズが晴れる。視界はクリアー、頭はクール、血潮はアウェーで憂鬱カムバック。折り畳まれるチェーンソー。萎えた接続ユニット。引き剥がされるサブアーム。
激しい運動の後、外気温は摂氏10000度を超え、辺りは白い蒸気の闇に包まれる。足下のアスファルトはドロドロに溶けた泥沼のようだし、ブラッドソーは液化した金属の汗でじっとり湿っている。ザイフリードは、だが、もう冷めに冷め切っていた。
気だるさが五臓六腑に染み渡る。まるでフルマラソンの後、痛覚が麻痺したジャンキーと8ラウンドぶっ続けで殴り合ったようだ。悲しみが背筋を撫でる。まさに九腸寸断の思い。目を刺す色彩はケバケバしく、脳味噌はゼラノの地下街並みに混沌としている。うんざりするし、眠たい。
タブレットを六条、口に放り込んで噛み砕く。クールなミントが鼻を抜ける。だが、頭に渦巻く怠惰は消えてはくれない。
残るは単調な事後処理のみ。ヘリと戦車に拳大の金属塊を垂れ流すだけの簡単なビジネス。加えて大部分が領域から逃げ出していたか、消し炭になっていたか、溺れ死んだか、のいずれかで、ルーチンワークに金縁を掛ける。もはや表彰モンだ。欠伸も出やしない。
粗方片付けて、生き残りの確認もそこそこに、プラズマの青白い尾鰭を引き引き、そそくさとその場を立ち去る。
『作戦目標をクリア、システム通常モードに移行します』
1ビットの火照りも見せない冷徹な声がスピーカから突きつけられる。さっきの痴態はどこへやら。だが、後腐れの無い女は嫌いじゃない。ザイフリードは、ひとつ、鼻で笑った。
帰ったら会場の様子をクライアントに聞いてみるとしよう。OVAを舐めるとどうなるか。タマの裏ジワが縮こまった奴もいたはずだ。
ザイフリードは機体を簡易操縦AIに任せ、しわくちゃになった券をコントロールパネルの上に広げた。オッズは幾らだったっけか。
賭けたのは勿論、“ザイフリード”にだ。
(投稿者:蟻蛾)
最終更新:2013年11月27日 04:47