最期にわたしが見た両親は、肉片だった。
眼前で砕け散った両親の「それ」を、わたしは顔に浴びる。その後、わたしの両手と両足に破片が刺さった。
わたしの腕ぐらいの大きさを持った破片。
それが、体中に突き刺さった。感覚という名の神経を凌駕した、「痛み」。それがわたしの意識を上書きし、気を失うときだった。
忌まわしき「エンブレム」を肩部にペイントされたAC。それがまるでわたしをあざ笑うかのように、見下ろしていた。
「寝てた?」
眼鏡をかけ、ボーイッシュなショートヘアをした女性は、隣の助手席に座っている少女に声をかけた。ハンドルを握る彼女の視線は、何時までも続く荒野地帯から、隣の助手席で律儀にシートベルトを締めている少女へ向ける。
「ちょっとだけ」
少女はまだ寝足りないのか、眼が半開きになっていた。
金髪の髪色に、少しウェーブがかかったセミロングヘヤ。その大人びた髪型と、心ここにあらずといった表情をしている横顔。
今年で十四歳になるのに、少女――ユリは大人びていた。
「着くのにあと二時間あるから、もうちょっと寝ていいよ」
補給を済ませてから、かれこれ二時間半は運転をしていた。まだ仮眠を取れる時間は充分あるので、ハンドルを握る女性はユリに気を遣わせる。
「大丈夫」
彼女は走行音にかき消されてしまいそうな小声で呟く。女性はそんなユリを、横目で見た。
シートベルトで身体を固定された彼女には、四肢が無かった。半袖のポロシャツから丸みを帯びた肘だけが見えており、そこから先が見当たらない。両脚も、長ズボンを履いているせいで分からないが、膝から先が無い。
「
アザミさん、次の仕事ってどんなのだっけ」
二車線の、所々に亀裂が走った道路を真っ直ぐ進むように運転する女性――アザミに、ユリは虚ろな目で喋りかけた。
「未定。補給地点に着いた折に、『狸親父』からの連絡待ち」
「分かった」
ユリは素っ気なく返事をすると、顔を車窓へ向ける。
ユリは無関心だ。そんな彼女が興味を持っているのは二つ。一つは彼女とアザミが操縦する「アーマードコア」と呼ばれる兵器。もう一つは、彼女の両親と四肢を奪った、バンガードという組織。
「別の話になるけど、補給地点の近辺でバンガードとカストリカの機甲部隊が小競り合いを起こしたらしいわ」
アザミの一言に、ユリの雰囲気が変わった。無理もない。彼女の全てを奪った連中の名前を出したのだから。
「もしかしたら、どっちかの勢力が補給地点に逃げ延びているかもしれない。長引くなら僕たちが出張ることになるかも」
ユリは両目を大きく広げていた。唇を強く噛み締める彼女の表情は、獲物を捉えたかのような獰猛類そのものだった。
本来ならユリのような、「イル・シャロム」内でも比較的恵まれた家庭で生まれたのなら、食うに困らぬ生活を出来たはずだった。それを奪ったのは、三年前に起こったバンガードの武装蜂起――いわゆる「クーデター」。
その際に生じた「旧政府軍」と現政府軍、「バンガード」による紛争の最中だった。バンガード側のACが市街地に向けて砲弾を掃射。その際にユリは四肢と両親を失った。
「あくまで噂。それ以上、噛まないで」
アザミは、唇を強く噛んだせいで出血しているユリを嗜めた。彼女の自傷行為を促すつもりはないにせよ、まだ彼女にはバンガードに対する恨みが強いと再確認する。
政府に忠誠を誓う、在りし日の政府軍に所属していたアザミにとって、バンガードとそれを指揮する「大佐」の憎悪は深い。
彼らによって、ユリがこんなことになってしまった。もちろん、自分たちが「力不足」だったのも否定できない。
「汚れたら駄目でしょ」
アザミは片手でハンドルを操作しながら、ズボンからハンカチを取り出す。それを、黒色のポロシャツへ血を滴り落としている、ユリの唇へ当てようとした。
激痛が走った。
ユリは、アザミの左の人差し指に噛みついていた。もはや今の彼女にとって、それが例え命の恩人であるアザミの区別はついていなかった。
アザミは一瞬だけ顔を歪めたが、すぐに元へ戻す。彼女が落ち着くまで、噛みつかせるしかないからだ。
「噂は噂だ。それを確かめるためにも、慎重な行動をする。いいね」
アザミの人差し指を噛んだまま、ユリはゆっくりと首を縦に振った。既に彼女の人差し指の皮膚が破れ、出血していた。
「いい子だよ、ユリちゃん。そろそろ、噛むのやめてくれないかなぁ」
もう一度、ユリは首を縦に振った。そのとき、彼女の口からネクロの指が離れる。アザミはようやく噛むのをやめたユリの唇を拭くために、まずは自分の人差し指を止血した。
この指の痛みは、ユリと自分の痛み。
「償わせてやる」
アザミは、殺意に満ちた独り言を呟いた。
補給地点に指定されたのは、小さな集落だとアザミは話で聞いていた。荒野の真っただ中に、ぽつんと取り残されたかのような町。
夕焼けに沈む地平線。道路脇に「インロードシティ」と書かれている、朽ち果てた木製の看板を横切った。すると、200メートルほど離れたところに町並みが見えた。
「やっと着いたか」
アザミはため息交じりに言う。奇跡的に道中で、他勢力ミグラントとの偶発的な遭遇もなく、無事に辿りつけたからだ。
しかし町の入口で、数人程度の集団が固まっている。目を凝らしてみると、銃のような何かを持っていた。恐らく、自警団か何かだろう。
「話は通しているはずだよね」
不機嫌そうな声で、ユリがアザミに質問をする。
「こんな世の中ですよ、ユリちゃん。誰だって疑心暗鬼になる」
「それを見越して、義肢を付けた訳ね」
アザミの返事に、ユリは自身の両手両足を見せびらかすような仕草を取った。
義肢。それは、アザミがユリに与えた道具であり、彼女がACへ乗るのに必要なもの。これが無ければ、ユリは何もすることができない、人以下の存在。
ユリの肘から先に無骨な、腕の形をした金属の塊が生えていた。それはれっきとした腕であり、筋肉の線も出ている。もちろん、両手もあった。
ユリは両手の指を動かしながら、感覚を確かめる。
「これが義肢だなんて信じられない」
指の関節を曲げながら、感慨深そうな声でユリが呟く。
「ものすごーく貴重なACの部品を使って作り上げた、僕特製の義肢。そろそろ慣れてきたんじゃないの」
「ACに乗ってるときじゃないと気持ち悪い」
ユリに一蹴されたアザミは芝居がかったように落胆を身体で表現した。その間にユリは、助手席にかけてあった、長袖のパーカーに袖を通し、革製の手袋を両手に嵌めた。
二人を乗せたトラックは、集団から見て約20メートルほどの距離で停止。アザミたちは、そのままトラックへ降りた。
「ふーんそれで、現状はどうなっているの」
テーブルの上に置かれた、箱型の無線機。椅子に座り、部屋着の格好をしているアザミは無線機に繋がっているヘッドホン越しに連絡を取っていた。
「インロードシティから20キロ先に勃発した小競り合いは、カストリカ同盟軍がバンガードを壊滅したらしい」
周波数が微妙にずれているのか、ややノイズがかかった男の声。
「ってことは、しばらくこっちで待機ってこと?」
「まぁそうなるな。ただ、不確定の情報で済まないが、バンガードの残党が逃げ延びたかもしれない。向こうも追撃をしたらしいが、ごく一部が『巧妙に逃げた』という報告がある」
何かしらの含みがある男の言い方にアザミは一瞬で眉をひそめる。そして、自分たちが案内されたアパートの部屋を彼女は見渡した。
何の変哲もない、二人用の部屋。その片隅には、ベッドが置かれており、その上に義肢を外したユリが仰向けになって暇を持て余している。
「ま、そっちの案件は追々ってことで。それじゃ」
アザミはテーブルに置かれているマグカップに口をつけ、無線機の電源を落とす。マグカップの中にはコーヒーが入っており、彼女はそれを飲んだ。
「ユリちゃーん」
ヘッドホンを外しつつ、コーヒーを飲むアザミはユリを呼ぶ。
「どうしたの」
首をちょっとだけ上げたユリは、アザミの呼びかけに応える。
「タバコ切れちゃってさー。ちょっと買い物頼めるかしら」
「さようなら」
ふくれっ面のユリは即答すると、アザミは苦笑いを浮かべた。
「ね、ねぇ。ここからすぐそこに売店があるんだからさぁ」
「義肢つけるの面倒くさいし、そんな理由でつけたくない」
「僕がつけてあげるし、もしかしたら急用でここを出なくちゃいけないかもしれないし?」
「暇そうにしてるアザミさんが行けばいいんじゃない」
「ぼ、僕は今から忙しくなるんだよぉ。渉外担当だし? 大人はやることいっぱいなんだよぉ」
さすがのユリも屁理屈を並べるアザミを言い負かすことは難しい。唸るような声を出した後、彼女は渋々お使いを頼まれることとなった。
(すぐ近くって言ったのに、歩いて二十分もかかるとか最低)
ユリはアザミのいい加減な言葉に腹が立ちながら、帰り道を歩いていた。
集落といえども、しっかりとした「町」だとユリは思っている。きちんとした家――といっても、石造りの粗末なものだが――がきちんと建てられ、売店などの店もある。規模は小さく、1時間もあれば町のすべてを見ることができるだろう。
道路にはバイクや自転車が行き交っている。しかし、どこか活気がなかった。でも、それが普通。今まで色んな地域を見てきたユリにとって、この町はまだ安全な方だと思っていた。酷いところは、これ以上に悲惨だから。
ユリは大通りから、路地へと入る。人が二人分、肩を並べて歩ける程度の狭い路地。その間を、レンガで作られた家がまるで壁のように挟んでいる。ここをまっすぐ進めば、ユリとアザミが案内されたアパートへ着く。
色褪せた、赤いボールが、目の前を転がってきた。それはまるでユリの足元へ吸い込まれるかのように、寄っていった。
足元でコツンと当たったボールをユリは両手で持った。空気はあまり入れていないのか、弾力はあまりない。しかし、よくこれで遊んでいるのが目に見えて分かるぐらい、ボロボロだった。
ボールから視線を離すと、小さな女の子がこちらを見ていた。ユリよりも年下で、ぱっと見ると6歳かそこらだろうか。
その女の子は少しだけ色褪せた、紺色のワンピースを着ており、サンダルを履いている。こちらからやや離れた場所に立っており、その視線はユリとボールを交互に見ていた。
「君のボール?」
ユリはそう言いながら、女の子に近づいた。彼女は少し怖がっているのか、少しだけ後ずさりをする。ユリはため息をつきながら、彼女に向けてボールを優しく投げた。
宙に浮かび、放物線を描くボールはまるで狙ったかのように女の子の胸元へ。それを両手でキャッチした女の子は、びっくりしたかのような表情を浮かべた。
「おねーさんもボールあそびやる?」
「えっ」
女の子の突拍子もない言葉をユリは耳にした途端、ボールがこちらへ向かってきた。当然、ユリは飛んできたボールをキャッチする余裕がなく、頭にそれがぶつかった。
痛みはなく、ただ気の抜けた音と同時にユリの手前へボールは落ちる。弾力がない証拠だった。
「やってくれたなー」
ユリはそう言いながら、手元に落ちたボールを拾い、少女に向けて軽く投げた。
「ただいま」
十分ほど、女の子とボール遊びに興じたユリはやっとこさアザミが居るアパートへ戻った。ドアを潜りつつ、リビングへ向かう。
「んー、おかえり。ちょっと遅かったねぇ」
「アザミさん、売店は近くにあるって言っていたけど――」
ユリはアザミに文句を言うとするが、すぐに黙った。無線機が置かれたテーブル、数十分前まで自分が寝転がっていたベッド。ついさっきまで変わらない光景。
しかし、一つだけ異なる光景があった。
無線機が置かれていたテーブルのすぐ脇に、長椅子に拘束されている男がいた。両目両手両足をロープで縛られ、口をガムテープか何かで声が出ないように密封している。
その男の隣に、「パイロットスーツ姿」のアザミは立っていた。
「アザミさん、なんですかこれは」
「これを見たら、分かる」
アザミは右手で何かを持っており、それをユリに向けて投げた。ユリはそれを左手で掴む。
彼女の左手には、逆さまになった鷹と、その頭に王冠、そして三つ又の矛が二本交差しているエンブレム――部隊章――のワッペンが握られていた。
まぎれもなくそれは、「バンガード」を意味するものだった。
ユリは間髪も入れず、椅子に拘束された男に向かう。そしてその顔面に、鋼鉄製という名の右手を叩き込んだ。鼻がひしゃぐ音と同時に、男は鼻血を垂らしながら激痛に身を捩じらせる。
それでも満足できず、ユリは顔面や頬、後頭部、腹部などの様々な個所を殴りつけた。アザミは何も言わず、ただ誇らしげにユリの暴力行為を認めていた。
「どーやらここ、カストリカ同盟の傘下に入りながら、裏でバンガードと繋がっていたみたい。20キロ先の小競り合いで敗走したこいつを匿っていたし、僕が思うに真っ黒すぎ」
アザミは小刻みに痙攣する男――バンガードの兵士を指しながら、ようやく殴るのをやめたユリを後ろから抱きしめた。その間に彼女は、ユリのパーカーのポケットから頼んでいた煙草の箱を取る。
「ユリちゃん、この町を破壊しちゃおっか」
優しい手つきでユリの頭を撫でながら、アザミは提案をする。それにユリが否定するわけがない。
「うん。そうしよっか」
「こいつはひでぇなおい」
一面が瓦礫と焦土と化した街並みを眺めながら、煙草を吸うアザミの後ろから男の声が聞こえてきた。アザミは振り返ろうとせず、まるで自分が作り上げた芸術品を見せびらかすような雰囲気を出していた。
「僕とユリちゃんのACは?」
「二機とも搬入完了。うちの若いやつが、心底ビビっているよ」
アザミの隣を、坊主頭に眼鏡をかけた中年男性が並ぶ。彼もまた一服をしたいのか、皺くちゃになったヘリパイロットスーツの胸ポケットから煙草とライターを取り出す。
「バンガードに内通していた。だから壊滅した」
「ってことは、生存者はゼロか。結局、やっていることはバンガードと変わらんことだと思わないのかね」
アザミとユリの事情を知っている男性は、説教じみたことを言い出した。それは、アザミにとって何百回も聞いた言葉。
「それでも僕たちはやるしかないのさ」
アザミはまるで吐き捨てるように言うと、咥えている煙草を指で摘み、弾いた。そのまま、踵を返すと彼女は搬入されている自分のACがある方向へ歩き出した。
男性は何も言わず、アザミの後ろ姿を見る。その後、彼女とユリが作り出した「光景」を眺めた。
「今日も相変わらず、死に日和だな」
六時間に及ぶ破壊活動の末、ユリは夕焼けに染まる「インロードシティだったもの」を眺めていた。ACに搭載されている「スキャンモード」はとても便利なものであり、生体反応の機能さえオンラインにすれば瞬時に誰がどこにいるのか分かってしまう。バンガードの兵士は全て装備などを失った敗残兵で、抵抗するものは居ない。
一方的な虐殺。しかしユリにそれを気負うことはなかった。バンガードは、それ以上に酷いことをやっている。そしてそれに加担するモノは同類だ。
「ユリちゃーん。ACの搬入終わったってさ。トラックはもう置いてきちゃおうか」
「うん、分かった」
ここから数百メートルほど離れた場所でACに搭乗しているアザミからの連絡。ユリは腰に無線機を帯びており、音声入出力をスピーカーに切り替えていた。
ユリの目の前に、倒壊した家屋の瓦礫が積まれていた。灰やら何やらで白く染まったそれには、無慈悲な虐殺の犠牲となった人々の血を浴びていた。
それを見るユリは、ボールを持っていた。「色褪せていない赤いボール」。
ユリの足元――積まれた瓦礫の隙間から小さな手が出ていた。彼女はその手に向けて、そっとボールを置く。
「またあそぼうね」
ボール遊びをした女の子の言葉が脳裏で蘇る。ユリはそれを無理やり忘れることにした。
それもこれも、全部バンガードが悪いのだから。
登場人物
最終更新:2013年12月16日 03:59