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 何かの為に、強くなろうとした
 そうしてまた、ドアを一つ閉めた

     ◇

 砂塵の舞う視界の果てに、一機の白銀色をした――否、それは白銀などではなく、戦場には不似合いなまでの純白である――ACの姿が確認された。
 それを青年は、ACの内蔵カメラ越しに捉えていた。
『接近中の機体は〈フルールドリス〉だ。 存分に警戒しろ』
 そうオペレーターからの通信があって、どれくらいの時間が経っただろうか。純白のACと対峙する、砂漠色のAC――ストレインジは、微動だにせず、ただただじっと時間をやり過ごしていた。
〈ストレインジ〉のコクピットで、望遠スコープを覗きつつ、青年は身をよじるかのような仕草を見せる。
ガーニー、未だに敵方に目立った動き無し」
ブラウ。あのACは〈オブザーバー〉としての報告が寄せられているACだ』オペレーターが通信機越しに解説する。『とはいえ、戦場であのACの姿を目撃した傭兵は――あるいはバンガードの敵対勢力は――これまで軒並み撃破されている。僅かに寄せられた情報の集積だけが、彼らに対抗する為の僅かな手段だ』
 青年はその報告を聞きながら、一つ小さく溜息を吐いた。
「直接戦闘向きの機体では無いってことかな」
『まあ、現在確認できるところの装備も、主に狙撃武器やセンサー類といった偵察機体のソレが殆どだからな。およそ、直接的な戦闘行為には向いてない筈――』
 なるほど、と青年は独りごちる。そして、その後は沈黙を守った。
 相手の出方を覗う。現在においてそれが最も効果的な行動であることは論を待たなかった。
 率直に言って、現在単機で行動していると覚しき、先程新たに戦場に現れた狙撃機体は、こちらとの一対一の戦闘に持ち込まれることを避けたい筈だった。狙撃機体がたった一機で近接戦闘能力を有する〈ストレインジ〉に対抗できようとは、青年には到底思えなかった。あるいは、その装備が規格外であり、通常の兵器には見られないような特性が備えられているにしても――戦術的な優位に関してはこちらの独壇場になることを、彼は想定していた。
 そもそも、敵が本当に〈フルール・ド・リス〉であり、〈バンガード〉であるなら、コレに無闇な手出しをすることは厳に避けるべきだった。
 元々、青年のような基本的に単独で行動している〈ミグラント〉は、有り体に言ってしまえば金銭を対価に行動する、単なる犯罪者に過ぎない。しかし、この世界においては彼のような存在はありふれたものであり、そのような個別勢力を一つ一つ相手取っていては、その労力は決して〈バンガード〉の求める対価とは釣り合わない――ということになるのである。まことしやかに、バンガードへの敵対者は『決して生き残れない』などといった噂話を聴くことがあったにしても、実際にはバンガードに対する明確な、そして積極的な敵対行動を、継続的に取り続けたりしない限りでは、青年のような一介の傭兵が殊更にバンガードの敵性勢力として認識されることは、無いはずであった。
 というわけで、先程から無言の対峙が続けられていたのである。
『――やれやれ、どうやらコレは持久戦になってしまうかな』
「まあ望むところだよ。しかし、流石に援軍なりなんなりに出張られたら、その時は逃げるしかないだろうけどね」
 青年はそのように落ち着いて答えながらに、純白のACに対する集中力は決して切らさないまま、天井部から眼前の高さにまで降ろされたスコープを覗き込んでいた。
 どれほどの時間が過ぎても、青年は全く緊張感を切らさない。それであって、一切の余計な動きを取ろうとしない。それは、コックピットの中にいようとどこにいようと何ら変わらないことで、彼は現在ぴたりと動きを止めている。呼吸音に合わせて、有機的に胸が僅かに膨らみ、そして萎むことを繰り返す。
「ガーニー」
 青年がポツリと漏らす。何だ、とオペレーターが小さな声で答えた。
「今僕が一体何を考えてると思う?」
 オペレーターは黙り込んでいた。結局のところ彼は何一つ言葉を紡がなかった。それに対して、青年も特に文句を言うわけでもない。沈黙と、奇妙な殺気のやりとりが、延々と続いている。多分、放っておけばその時間はどれほどでも続いたに違いない。
 その長い時間が何故打ち切られたのかを、青年ははっきりと理解することはできなかった。
 白いACが突如として後退を開始する。「追撃するべきかな」と青年はオペレーターに問いかける。
『いや、ヴァールシュタイン卿の後詰部隊がすぐにそちらに到着するから、それまで地点保守に努めてくれ。しかしまた、フルール・ド・リスとはね』
 オペレーターの言葉に、青年は首を振った。
 静かに砂塵が舞う中で、近くにぽっかりと空いたクレーターのすぐ傍の位置で、青年のACは更にそれから十数分の間、対峙が始まってからというもの全く変化しない状態で、なお静止を続行していた。


 イル・シャロムの郊外、主要幹線道路の外れには、ところどころに物資集積所が設置されており、そこは頻繁という以上に頻繁に、輸送業者によって利用されている。ただ、現在のところその髪の薄い男が立ちすくみ、誰かを待っているのか、他の目的があるのか、容易に察せられない素振りで佇んでいるその場所は、喧騒や交流からは完全に離れた場所であった。男は一人きりであったし、そしてその周囲にも、一切の人目は存在しないようであった。
 男は、積み上がったコンテナによって形成された一部区画――灰色の空の下、無数に生み出された十字路の内の、一つの通り――に佇んでいた。頭頂部にはもはや毛髪は残っておらず、耳の上に白くなったものが幾らか残っているだけだった。また、黒く、縁の厚い眼鏡を掛けていた。暗色の、ぶかぶかとした生地のコートを羽織り、そして緊張感のある表情で突っ立っていた。
 その場所に、足音が響く。
 まるで、降って湧いたかのようなその音に、男はさっと視線を上げた。果たして、男は瞬時に、自分の左方向から歩み寄ってくる青年に気付くことができた。男は、その青年がこちらへと近寄ってくる間、じっとそちらの方へと視線を注いでいた。
 青年が男の前にまでやってきて、周囲を見回すような素振りを見せた。
 その後、青年は男の方へと正面から視線を向ける。
「お待たせしました、ヴァールシュタイン卿」
「手短に行こう。今月中の任務動向について報告してくれ」
 青年は小さく頷き、それから再び視線を左右に小さく揺らした。
「クライアントは主にOVAを経由しており、基本的に情報は秘匿されています。今月に行われた三つの作戦については、全て成功。目的を達成することができました。――そして」
「四つ目は。昨日行われた筈の情報取得任務については」
「思わぬ戦果を得ることができました」
 青年の目には、何一つ感情というべき感情は映っていない。そして、対する眼鏡の男に関しても、それは同様だった。
 何らの感情を介さないその報告は、淀みなく続いている。
「恐らくは、フルール・ドリスの構成員と覚しき――しかも、主要構成員、つまり、実戦部隊の中核メンバーと覚しき――パイロットを捕縛しました。そして、構成員の搭乗していた戦闘用ACについてもこれを鹵獲。その後、輸送部隊に機体の輸送を指示し、AC『ストレインジ』を帰還させました」
 青年が一度言葉を切る。
 周囲には幾分冷たい空気が立ち込めている。そして、男は小さく肩を震わせているようだった。その様子を青年はじっと、感情の温度の無い瞳で見つめている。男が震えている要因が、決して空気や温度から来るものではないということを、じっと確認するように見つめている。
 青年が視線の角度を僅かに変えた。
 しかし、その様子に男が気付いた様子はない。
「報告は概ね以上です。指示を待ちます」
「――よくやった」
 男は、視線を伏せながら、未だに震えを収めることができず――そしてまた、声を震わせつつ――青年の言葉に答えたのであった。
 その後、男が視線を上げる。
 恐ろしく力の篭った瞳だった。目の表面は張り詰め、そして小さく、細かく瞳が揺れているようでもあった。
「すぐにそのパイロットを施設に移動させる。手筈はこちらから整える」
「了解」
 青年は答える。
 青年の瞳には、あくまで感情の色は無い。全く無い。
「では」と青年は一礼し、そして踵を返しその場から立ち去ろうとした。その時、青年の持つ通信機に反応があった。
 足を停め、子機を耳に詰め、通信機を起動する。
「――ガーニー?」
『ブラウ、こちらが何者かに襲われている。B地点で合流しよう』
「了解」
 青年は通信を切るなり、躊躇なく走り出した。そして、背後に立っていた初老の男は、その様子を見て瞬時に何かを悟り、青年の走る方角へと自身も続こうとしたが、しかし続けて起こった爆発によって、瞬時にその場は爆風に巻かれた。
最終更新:2015年02月01日 14:16