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 その薄暗い部屋に足を一歩踏み入れると、以前彼女を監禁していたのと殆ど同じ光景が飛び込んでくる。
 廃棄された、医療用の寝台。
 その上に肌着で寝そべる少女。
 真っ白な髪で、真っ白な肌の少女だ。
 青年の訪いに果たして少女が気付いているのかどうか、青年には知る由も無い。
 青年は立ち止まり、手持ち無沙汰に部屋の内装を眺める。それでもやはり、特に何と言うほどのものは見つけられない。
 青年は結局どうしていいのか分からず立ち尽くしていた。でも、最終的には何かを口にする決心が付いたらしく、少女の方へと意志の篭った視線を向ける。
 それでも暫くの間逡巡を見せた後で、口を開いた。
「僕達は君を取引に使うことにする」と青年は言った。
 青年は少し間を置く。
「少し危ない橋を渡り過ぎた。これが限界だ、パトロンの人物も当局から完全にマークされた。多分彼もバンガードからは逃げ切れない。
 君も多分僕がこうして話していた内容について、引き渡しの後に問い質されるだろうけれど、僕の発言に嘘は無い。全く無い。僕はもう手を引く。
 所詮は、スポンサーの関心を得る為に行っていた事に過ぎないんだ」
 青年は一通り喋ると、黙った。
 やがて、自分のやるべき事を思い出したかのように踵を返した。
 そのまま部屋を出て行く。青年が部屋に入って出て行くまでの間一動だにしなかった少女は、その段階になっても依然身動き一つしない。そして、それは彼がそこから去っていっても、なお変わらない。

     ◇

ブラウ、ヴァールシュタイン卿からだ」
 部屋を出るなりそう声を掛けられ、青年は男が差し出してきた通信機を握った。
「ヴァールシュタイン卿」とすぐさま応答する。
 暫くの間耳にはノイズだけが聞こえている。
『――った。――潮時だろう。君達には随分世話になった』
「気にしないで下さい。僕達も生き延びてから全ての事を考えることにします」
『ああ、君達はミグラントだ。きっと大丈夫――』
 ノイズが強くなる。それとは別に、通信機からは沈黙が流れ出ている。青年はじっと通信機を耳元に当てている。
『――そうだな。また会おう』
「御子息の事は、本当に残念でした」
 そう伝えるか伝えないかの時点で通信が切れる。
 やがて、青年は耳元に当てていた手を、だらんと下へと垂らした。
 暫くぼんやりと正面へと視線を遣った後で、男の方へと通信機を差し出す。
 男はそれを受け取って、頷いた。
「取引の時間だ」と男が言う。
「場所は決めてくれたんだろう。日時も含めて」と青年が男の言葉に応じる。
「勿論だ。そして俺はお前が生き延びようが生き延びれまいがそれとは関係なく生きていく。本当に俺とお前は関係ないんだ。それだけは覚えておいてくれ」
「もしこれから上手くやっていけるなら、そうしたいところだけど」
 青年は頼りない笑みを浮かべながらに言った。
 それに対する男は無表情だ。
「――取引は明日だ。接収された件の廃病院の近く、コンソールに後で細かい位置を登録しておく」
「有り難い」
 青年の礼に、男は頷いた。それ以上告げる言葉は無い、といった具合に。
 青年は黙って男の足元の辺りを眺めていた。
「奴らは僕を逃さないだろう」と青年は言った。
 男はそれに対して、依然黙っている。
 しかし結局は口を開いた。
「そうだろうな、もう多分お前の存在は割れてるだろう。あの狙撃タイプのACと対峙した時から、とっくにそうだとは思っていた。まずいものに首を突っ込んでしまったな」
「まずいものに首を突っ込んでいたのはそもそも最初からで、今更後悔することじゃない。今まで運が良かっただけさ」
「……で、どうするつもりなんだ」
ガーニーも面倒見が良いね」
 青年は軽口を叩くように言った。
 男はそれに対して、単に黙って青年が次に語る言葉を待った。
「戦うよ」と青年は言う。
「あの女の子も渡さない」
「――あの餓鬼は強化人間だぞ。直接戦闘型ではないが、強化人間であることには変わりない」
「でもそうするしか無いんだ」
 青年は静かな目をしながらにそう言った。その青年に対して、男は暫く黙り込んでいたが、まもなく「分かった」と告げた。
「話が早いね」
 青年は笑いながらに言った。それでも男は黙り込んでいた。







投稿者:Cet
最終更新:2017年05月25日 03:54