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もっと速く」を以下のとおり復元します。
傾き始めた太陽の光が、部屋に差し込む。 
十二月ももう中ごろで、日差しには夏場のような力強さが感じられず、どこか弱々しかった。 
目の前にはこなたがいて、私の漫画をわき目も振らずに読み続けていた。 
そして私も同じ漫画を読んでいる。 

会話はない。 
徐々に部屋は暗くなっていくけど、電気をつけてもいない。 

一時間ほど前に突然家に遊びに来てから、ずっとこんな感じだ。 
どことなく、変な雰囲気だった。いつもなら、こなたが色々話しかけてくるんだけど、今日はそれがない。 
私が何か言っても、うんとかそうなんだとか生返事をするばかり。そんなに漫画に集中してるのかしら。 
そう思うと、なんとなく私も声をかけづらくて、部屋には静寂が下りてきてしまった。 
薄暗闇の中、ただページをめくる音だけが耳に届く。 

こなた、どうしちゃったのかしら。ただ読書に没頭してるだけなのか、それとも他に何か理由があるのか。 
気になって、目はもう漫画を見ないで、ちらちらとこなたを観察していた。 
こなたは虚ろな目で、漫画を読むというよりはぼんやりと眺めているように思える。 
そして時たま、何かに焦ったようにページを何枚も高速でめくっていた。 

どことなく、落ち着きがないように見える。どうしたんだろう。何か悩み事でもあるんだろうか。 
それなら、相談してくれればいいのに。私なら、いつでもこなたの支えになってあげるんだから。 
そんなことを考えながら眺めていると、こなたは膝の上あたりで掴んでいた漫画を、自分の顔の前へと持っていった。 
こなたの顔が隠れ、代わりに漫画の表紙が目に入る。 
そして表紙は少し前に傾いて、 

「!」 
本の谷型の隙間から、こっちを覗き込むこなたと、目が合った。 
こなたは慌てて漫画で顔を隠す。 
「ちょっとこなた、どうしたのよ」 
「……え?」 
反射的に声をかけていた。こなたは面食らったような表情で、漫画を下ろしてこちらを見つめてくる。 
全ての動きが一瞬止まる。無言の中、冬の肌寒さだけが体に纏わりつく。 
もう、思っていたことを全部言ってしまおう。 
固まったままのこなたを、真っ直ぐに見据えて、続ける。 
「さっきから何か変よ。普段色々話しかけてくれるのに、今日は全然喋んないし、漫画も読んでるのか読んでないのか分かんないし、 
落ち着きがないし、こそこそこっちを見てくるし」 
ざっと観察結果を並べて、自分なりの結論を出す。 
「何か、悩みでもあるの?」 
「それは……」 



こなたは俯き加減で呟いて、でもその後の言葉は続かなかった。 
やっぱり、思ったとおりだ。 
「困ったことがあるんなら、私を頼ってくれていいのよ。私に出来ることがあれば、力になってあげるから」 
我ながらありふれた言葉だと思う。でも、本当のこと。 
こなたに悩みがあるなら、それを取り除いてあげたいって思う。 
ずっとこなたと一緒にいるんだし、この子は何があっても全部自分で抱え込むような性格だし。 
ほっとけないんだろうな、こなたのことが。 

「うん……ありがと。でも、なんでもないよ」 
「ほんと?」 
こなたは顔を少しだけ上げて、力ない笑みで答えた。その声は弱々しくて、何か隠してる気がしてくる。 
深く突っ込まない方がいいのかもしれないけど、それだとずっと抱え込んだままになるかもしれないから、 
「ちゃんと話してくれないと、心配するじゃない。何かあったの?」 
こなたはまた俯いて、黙ったままだったけれど、しばらくして意を決したように大きく顔を上げて、 
「あのね……。かがみは、その……ク、クリスマスに何か予定ある?」 
「え?」 
突然話を逸らされた。それとも、これがこなたの悩み? いや、そんなわけないか。 
「別に……ないけど?」 
彼氏もいないしね。多分クリスマスの街は恋人たちでいっぱいなんだろうな。なんだか今から寂しくなってきた。 

「でも、それがどうかしたの?」 
「え、えっと、ね……」 
こなたは目線を色んなところに向けて、しばらく時間を置いてから、 
「クリスマス、一緒に過ごさない?」 
私の方を見ないで、少し下のほうを見つめながら、今にも消えそうなか細い声で。 
それを聞いて、私は安堵の気持ちで鼻から息を抜いた。 
いきなり何を言い出すのかと思ったら……。 
「いいけど、何で?」 
「それは……」 
こなたはまた言葉に詰まる。どうしてここで躊躇うのか分からないけど、私は待つことにした。 
こなたが自分から言いだすまで。 
言いたくなかったら言ってくれなくてもいいし、追求するつもりもない。それはこなたが決めることだから。 
でも、本当に、今日のこなたは元気がないというか、何かが変だ。 




また、長い沈黙がやってくる。 
ぼんやりとオレンジ色に染まった薄暗い部屋の空気。 
その向こう側にいるこなたは、俯いたまま横から差し込む光に照らされ、逆半身に影を作っている。 
こんな、思いつめたような表情のこなたを見るのは初めてだった。 

……言いづらいのかな。 
それなら、きっかけを作ってあげようか。 
「恋人がいない同士で楽しもうってこと?」 
「……違う!」 
間髪いれずに否定された。こなたは勢いよく顔を上げて、 
「そんなんじゃないよ、かがみ……」 
声は竜頭蛇尾に小さくなっていった。 
どういうことなんだろう。他に理由、それもあんなに強く否定するほどの大事な理由なんて……。 
「それな……」 
「か、かがみと一緒にいたいんだよ。恋人同士が一緒に過ごす、聖夜の日だから……」 
え……。 
「私ね、かがみのことが、大好きなんだよ。……女同士だけど、でも、友達って意味じゃなくて、本当に、愛してるんだよ」 

それって、一体……。 
私のことを、好き? 友達って意味じゃなくて……ええ!? 
頭がパンクしそうで、でもこなたの声は鮮明に耳に入ってくる。 
「ずっと言えなかったんだけど……、気づいたら、かがみのことばっかり考えるようになってたんだ。 
 かがみと話していたい、かがみと一緒にいたい、かがみに構ってもらいたいって」 

……こなたが、ずっとそんなことを考えてたなんて。 
それなら、私をからかってきたのも、色々弄ってきたのも、全部……。 
「かがみはツンデレで可愛いし、すぐに怒るけど、本当は周りに気配りが出来る優しい人だし」 

もう何がなんだか全然わかんないのに、私の心は、驚くほど冷静だった。 
全ての感情は、変わる状況の速さに置いていかれて、でも一つだけ、疑問が生まれる。 
……私は、どうなんだろう。 
こなたのことをどう思ってるんだろう。 
「最初はこの気持ちが何なのか自分でも分かんなかったんだけど、段々、ちょっとずつだけど、分かってきたんだよ」 

……私も、自分のことが分からない。こなたに抱いている気持ちが何なのかも。 
「ああ、私はかがみのことが好きなんだなって。 
それで、自覚するようになってからは、毎日が輝いてて、学校に行くのも楽しかった」 

自覚。自分の気持ちを正直に見つめて、理解するってこと。 
私は今、それが出来ているんだろうか。 
「今日はかがみとどんな話をしようかな、どうやってからかおうかな、どんな反応をするのかなって、毎日わくわくしてたんだ」 



多分私は何も自覚できてない。でも、 
こなたは今、自分の心を理解して、私に気持ちをぶつけてきているんだから、 
せめて自分自身とは、分かりあわないと。 
「だから、ね。迷惑だっていうのは、分かってるけど、私は……私は……」 

最後の方は、声になってなかった。 
ただ、声にならない声が聞こえてくる。 
俯いた顔から、何かが零れ落ちたのが見えた。それは淡い夕日を浴びて輝き、床に落ちて消えていった。 
一つ、また一つと、光は床に落ちて溶けていく。 

……こなたはこんなにも頑張ってるのに。 
好きな人に勇気を出して思いを伝えているのに。 
私は、逃げてばかりなんじゃないの? 
こなただけを泣かせて。 

力になりたかったくせに。 
分かろうとしていたくせに。 
今までずっと見てきたくせに。 
小さな変化もすぐに感じ取っていたくせに。 

気づいたら、こなたのことばかり考えていたくせに。 

だったら、答えは一つじゃないの? 
……好きな人を、泣かせたくない。 

感情が、止まった状況に追いついてきた。 

泣かないで、心の中でそう呟いて、そっとこなたの目の前まで行って、 
「こなた、顔を上げて」 
私に応じるように、こなたはゆっくりと私を見上げる。 
目は赤くなっていて、そこから二つの光の筋が伸びていた。虚ろな感じに口を開けていた。 
そこ目掛けて、 

「んっ」 
自分の唇を重ねる。 
こなたの体がびくっと震える。それを抑えるように、首に腕を回して抱きしめた。 
私達を照らしている冬の太陽のように、優しく、包み込むように。 
柔らかくて、とても不思議な感じ。温かくて、熱くて、甘いような酸っぱいような……。 

唇を離す。 
目を開けて、至近距離のこなたを見つめる。 
「か……がみ?」 
こなたは困惑した表情で、ぼんやりと私を見つめ返してきた。 
だから私は、大丈夫、って笑顔を作って、 
「これが、私の答えよ」 
こなたの目にはまだ涙が滲んでいる。 
ごめんね、私が、自分の気持ちに気づかなくて。 
でも、今は正直に言える。 

「私も、こなたのこと、愛してるわよ」 
こなたは呆けた顔になって、でも次の瞬間には、 
「う、っえぇぇん、かがみぃぃ」 
私の体に顔をうずめるように抱きついてきた。 
よしよし。……全く、あんたも結構甘えんぼじゃない。 
「……大丈夫だから、泣かないで」 
そっと、頭を撫でてあげた。 

● 

もう随分傾いた太陽の光が、部屋に差し込む。 
弱々しい日差しは、でも私たちを柔らかく照らして、夏よりもずっと温かく思えた。 
隣にはこなたがいて、私と肩を寄せ合って、窓の外をぼんやりと眺めていた。 
そして私も同じ窓の外を見ている。 

会話はない。 
やっぱり電気もつけてない。 

でも、私達にはそんなもの必要なかった。 
会話がなくても、私達は繋がっているし、触れ合ってる。 
灯りがなくても、太陽がずっと照らしててくれる。 

でも。 
冬の日照時間は短い。 
もうすぐ太陽は沈んで、夜がやってくる。 
「ねえ、こなた。そろそろ、帰った方がいいんじゃない?」 
こなたは外と、時計を交互に見て、 
「……そだね。じゃ、そろそろ帰るよ」 
あ~、どうしてそう、あからさまに沈んだ表情になるかなあ。 
どうせまた明日会えるんだし、今日もさっきまでずっと話をしてたじゃない。 
だから、そんな顔しないでよ。 

こなたは立ち上がって、私を放って勝手に玄関まで歩き出した。 
そして靴を履いて、哀しそうな顔で、 
「それじゃ、また明日ね」 
「……待ちなさいよ」 
もう見かねて、こなたを呼び止めた。 
「何? かがみ」 
「駅まで送ってくわよ」 



● 

町は全てが朱色に染まっていた。 
走る道も、周りの家々も、木々も、電柱も。そして空も。 
その中を、同じように橙色の光に照らされながら、自転車を漕いでいく。 
ちらっと後ろを見ると、こなたが横向きに座ってこっちを見ていて、私と目が合った。 

でも、今度はどちらも逸らしたりしない。 
こなたが少しはにかんだ笑顔を見せたから、私も笑い返した。 

冬の硬くて冷たい風が、顔に、手に刺さり、どんどん感覚が失われていく。 
でも、寒いとは思わない。涼しくて、気持ちが良かった。 
速度を緩めるつもりはなく、日が沈まないうちにと、ペダルを漕ぐ足に力を入れて、加速する。 
軽快なスピードで、自転車は風を突き抜け、細い道を突き進んでいく。 
速度が上がって、風がより強く吹きつけてくるけど、それすらも心地よかった。 

「寒くない?」 
「もちろん! かがみにくっついてるから、平気だよ」 
「ま、町中なんだから大声で言わないでよ。恥ずかしいじゃない」 
「別にいいじゃん。周りなんて」 

もう……。 

一度周りを見回す。 
……そろそろ駅か。 
出来れば、このままずっと走っていたいけど、そうもいかないわよね。 

二人っきりで、どこまでも、こんな気持ちのいい風に乗って走り続けたい。 
何かに捉われることもなく、この広い世界を。 

「ねえ、かがみ!」 
こなたが元気よく私を呼ぶ。 
「何? こなた」 
「これで、どこまで行けるの?」 
……それは。――そんなの、決まってるじゃない。 
冷えた風を纏いながら、ぼんやりとした温もりの夕日を浴びながら、考える間もなくすぐに答えた。 
「どこまででも!」 
「じゃあさ!」 
こなたは、今までで一番大きい声で。 
「まずは私の家まで、連れてってくれる?」 
「……当たり前じゃない!」 
私も、今までで一番大きな声で返す。 

「速度上げるから、掴まっててよ」 
「うん!」 
更に加速する。 




茜色の中を、一直線に駆け抜けていく。 
全てのものを後ろに置いて。 
もう誰にも止められる気はしない。 
風を切り裂き、硬い空気をいくつも体にぶつけながら。 
もう体中が冷えてきて感覚がなくなってるけど、火照った体にはちょうど良い。 
それに背中だけは、こなたがいるから温かい。 

「気持ちいいわね」 
「うん」 
こなたが両腕を私のお腹に回して、後ろからもたれかかってきた。 
「かがみの背中、あったかくて気持ちいいよ」 
そっちかよ。いや……嬉しいんだけどさ。 
「うにゅぅぅぅ、かがみん、だーいすき」 
「バ、バカ……。こんなところで言わないでよ」 
町中なのに、恥ずかしいじゃない。 
そして頬擦りをされてるような感覚が背中に来る。 
撫でられているようで、くすぐったかった。 

「えー、かがみは私のことキライ?」 
「そ、そんなわけじゃないわよ」 
「じゃ、町中に聞こえるくらい大きな声で伝えてよ」 
「な、なんで私が……」 
「ううっ、やっぱりかがみ、本当は私のこと……」 
「あー、分かったわよ。い、言えばいいんでしょ言えば」 
もうこうなったら、やってやる。 
軽く息を吐いて、大きく空気を吸い込んで、 
夕方の町に、響き渡れと、 
「私も!」 
あの空まで、どこまでも届けと、 
「こなたのことが……大好き!」 
叫ぶ。 

言い終わった途端、恥ずかしさが襲ってきた。 
……私は町中で何を叫んでるんだ。 
うわー。 
考えれば考えるほど悴んでいた全身が熱くなっていく。 
誰かに聞かれたりしてないわよね……。 
「う~ん、かがみは大胆だね。ドキドキしちゃったよ」 
こなたはそう言って、笑った。何の屈託もない、楽しそうな声で。 
私も、つられて笑った。 



時が止まったような不思議な世界。 
走る道も、周りの家々も、木々も、電柱も、風すらも後ろに流して、私達は進んでいく。 
ふと空を見上げると、何羽もの鳥が黒い陰となって茜色の空を飛んでいた。その後ろには、雲。 
小さな雲は淡い橙色に照らされ、澄んだ空気の中をゆったりと流れている。 
何かに遮られることもなく。広い大空を。 

あの雲を、追いかけてみようか。いつまでも、どこまでも。 

こなたを乗せて走ってるだけで、本当に楽しくて、自然と力があふれてくる。 
だから、 
加速した。 

誰にも触れられないように。 
二人だけでいられるように。 


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- 更新履歴から来ました・・・今までこの良作を見逃していたなんて一体? &br()GJですよ~作者様、これからも期待してます。  -- kk  (2011-01-06 00:12:09)
- GJ!! クリスマス編希望  -- 名無しさん  (2011-01-05 21:41:47)

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