「終わりも始まりもない」の編集履歴(バックアップ)一覧に戻る

終わりも始まりもない - (2009/09/18 (金) 11:16:01) の編集履歴(バックアップ)


「ふぃー、今日も疲れたよ」

電気のスイッチを入れると薄暗かった部屋が一気に明るくなった。
持っていた鞄は壁に立てかけるようにして置き、上着のボタンを外す。
そのまま脱いでしまいたい気分とそれすらも面倒だという気持ちがあってとりあえずベッドに腰掛けた。
何をしようかと考えてみる。時計の針も、外の景色も今日が終わりへ近づきつつあることを示していた。
お腹が空いたなぁ。汗結構かいたなぁ。眠たいなぁ。
一人暮らしだから私の行動に文句を言う人なんていないし。
ご飯もお風呂ももう少しあとにしようと決めて今はただぼーっとすることにする。
出入りする金額の大きさが変わったけれどあまり漫画やゲームが増えることはなかった。
誰かに見せるための物も、自分へのご褒美という物もなく味気ない部屋。
別にそれが不満なわけではない。時間がないからとも、年を取ったからとも言えるかもしれない。
ただ根本的な部分ではちっとも変っちゃいないだろうけど。
無意味にお金だけが貯まっていく。不思議な思いで通帳を見つめていた。
ひいふうみいと数えている私を咎めるためなのかなんなのか不意に携帯が鳴る。
手に取って開きディスプレイに浮かんだ名前に小さく笑みがこぼれた。

「もしもしかがみ?」
「久しぶりねこなた」

高校時代に毎日のように聞いていたものと変わらない声が耳に届く。
メールで近況報告程度には連絡を取り合っていたけど、本当に声を聞くのは久しぶり。

「久しぶり、だね」
「そうね。どう?元気にしてる?」
「まぁね。かがみはどう?」
「こっちも相変わらずよ」

まるであの頃の気持ちがよみがえったかのように自然と声が弾んでいた。
不安なんて何一つなくめいいっぱい楽しんでいた日々。なんて、まだまだそんな年でもないんだけどな。
よく自分の振っていたアニメだったりの話も今は簡単には口から出てこない。
それでも何か話をしていたいと強く心が騒いでいる。

「なんと言うか、いきなりだね」
「もしかして迷惑だったとか?」
「いやいやそうじゃなくてさ。長いこと電話なんかしてなかったって思ってね」

単純に忙しさで言えば高校時代とは比べ物にならないけど、私たちの仲にそんなことは関係なかったはず。
実際に誕生日だったり節目にはどうにか時間を作って会うようにしていたんだし。
でも、声を聞くくらいって思っても、声を聞けばきっと会いたくなるってわかっていたから。

「そうだっけ?」
「そうだよ」
「ふーん……。ところでさ」
「なに?」
「今から、あんたん家に寄っていい?」
「今から?」

もう日は沈んでしまっている。かがみにしては珍しいことだ。
前もって連絡していないというのもそうだし、何よりなぜこんな時間に会おうと言うのか。
会いたくないってつもりは、全くないけど。

「と言うかさ、もう家の前まで来ちゃってるのよね」

一瞬理解できなかった言葉を聞き返そうとした時インターホンが私を呼んだ。
驚きとかいろんな気持ちが入り混じって玄関まで駆け出しドアを開けると思い出の中と変わらない人が立っていた。

「こんばんは、こなた」

目の前で発された言葉が遅れて携帯電話からも届く。
非日常には慣れてるつもりの私もこの時ばかりは通話を切ることも忘れて。

「こ、こんばんは……」

久しぶりに会った親友への最初の一言は恥ずかしいほどよそよそしいものだった。



「お、予想してたより綺麗に片付いているじゃない」

一人暮らしとはいえ住まいは借りているわけだから客人のための部屋なんてものは当然ない。
とりあえず昔のように気楽にと私室に案内するとかがみは第一声にそう言った。
そういえばかがみがこの家に来たのは引っ越して間もない時以来かもしれない。

「まぁ家事なんてちっちゃいころからやってたし」
「それもそうね。と言うかスーツを着ている時点で感動しちゃいそうだったわ」

あ、まだ仕事着のままだったっけ。

「馬子にも衣装ってやつかしらね」
「な、なにをぅ!?」
「ごめんごめん、よく似合ってるわよ」

どう考えてもからかってるようにしか思えないんですけど。とはつっこまないでおく。
懐かしくて心地良い温かさに何も言えずにいた。

「紅茶とコーヒー、どっちがいい?」
「んー、コーヒーでお願い」

長いこと会っていなかったから当然話したいこともありすぎるほど。
ただ何から話していいかわからなかったからお客さん用の飲み物を用意することにした。
なんと言うかまぁ社会人としての礼儀みたいなもので、所詮インスタントだし。
お湯だって電子ポットってのがあってさ、大した時間もかからず二つのコップを手に部屋に戻る。
かがみは特に何もせずにただどこかを見つめて座っていた。

「はい、かがみ」
「ありがと」

かすかに湯気の立つコーヒーを二人してふーふーしながら一口。
まだ早かったらしく少し熱くて、いつもよりもちょっぴり苦かった。

「どうかしたの?」
「ん……こなたも変わったんだなって」
「そうかな?」

高校時代からやっぱり身長は伸びてないし、横もさっぱりで相変わらずの幼児体型。
初対面の人はデフォだけど面接の時でさえ怪しく思われたのは情けなかったくらいだ。
同窓会での変わってないよねより変わったと言われたほうが私的には嬉しいものだけど、自分ではそんな感じは一つもない。
じゃあかがみはどうなんだろうと改めて見るとそこまで大きく変わっているようではなかった。
髪型はさすがにツインは子どもっぽいと思ったのか下ろしていたけれどあの頃のままの笑顔がある。
成長していないというわけではなくて大人の女性の雰囲気がもちろんあって。
それでも優しいかがみの面影は残っていて嬉しかった。

「かがみはさ、なんか色っぽくなったよね」
「そ、そんなこと……」

反応は私の予想通りで可愛いなと思うと同時に触れたいなって。
別に高校生の時のように軽いスキンシップとしてひっついたりしてもいいじゃんと思う。
思うだけでそうしなかったのはどうしてだろう。

「今日はどうし、あっ」

お腹の虫が私たちの会話を遮って鳴いた。

「そういえば晩ご飯まだなんだよね。かがみは?」
「えっと、まだなのよね」
「えっ、どうして済ませてこなかったのさ」

私の問いにかがみは曖昧に笑って見せた。まぁ咎める気はないし。
できるだけ長い間一緒にいたいって気持ちもあったから張り切って二人分作ることにした。



かがみと一緒に過ごす時間はとても幸せなものだった。
狭い台所に二人並んで作った晩ご飯。ちょっとは上達したと言う料理の腕は確かに上がっていた。
それをちっちゃなテーブルで囲んで色々と談笑しながら箸を進めた。
つかさやみゆきさんの様子とか、ゆーちゃんたちの話とか。高校時代を共に過ごしたみんな。
ここで暮らし始めてから今までで一番食事の時間が長かったと思う。笑い声が響いていたというのも。
食器を洗い終えた頃にふと時計を見たら結構な時間になっていた。
かがみは帰らなくていいのかなっていうのと、お風呂入りたいなって気持ちがあって、後者を優先した。
客人を放っておいてお風呂に入ろうって思う私もあれだけど、一緒に入ってくるかがみもどうかと思う。
急に入ってこられて慌てたしさっさと上がろうかと思ってもまだ体はお湯を流しただけで。
着替えはって聞いたらもちろんないと言われて本当に今日のかがみは変だと思ったけど言わない。
恥ずかしい気持ちなんて高二の時に経験があるんだからと思い直し楽しむことにした。
やっぱり自分の胸とかがみのとを見比べて嫉妬したり、背中を流し合いをしたり。
狭い浴槽は窮屈で密着した状況、幻想的な火の光も触れたら身を焦がしてしまうんだ。
風呂上がりの濡れた髪を乾かしてもらうのは心地良くて眠たくなってしまったりと。

「かがみ、今日泊まってく?」
「……急に悪かったわね」
「気にすることないよ」

かがみが本当は泊まるために来ていたかと言うと、何の用意もしてないあたり違うだろう。
とは言えその可能性は少なからずあったのかもしれない。
まぁ来た時間が遅かったのと迷惑だなんてこれっぽっちも思ってないというのと。
とにかくかがみが何らかの理由があってきたんだからそれをちゃんと聞いておきたい。

「本当は泊まるつもりはなかったのよ。話だけをしに、ね」
「うん」
「突然っていうのはやっぱりこなたも忙しい……じゃなくて、言おうと思った時に伝えないといけないと思ったから」
「うん」

家賃が安い割に日当たりが良いのが魅力で、電気も点けてない部屋には月の光が差し込んでいた。
月が初めて見るかがみの真剣すぎる表情を照らす。
その先に続く言葉を私はしっかりと受け止めなければいけない。どんなに辛くとも。

「私ね、結婚するの」



かがみはもてる。そんなことは出会った時から気づいていた。
よく可愛いだの萌えだの言うのは紛れもなく本心だし。それ以上にからかうことが多かったけども。
高校時代はつかさやみゆきさんがいたから。男の子に魅力的と言うのと、ほとんどずっと一緒だったから。
かがみがどう思っていたのかは知らないけど、普通に恋人といるより楽しい時間を過ごしていたと思う。
そんな充実感も大学に入れば変化する。私たち四人でいる時間が減った。
代わりに、じゃないけど彼氏ができたと報告を受けた。別れた時に泣いているかがみを慰めたりもした。
かがみのことは誰よりもよくわかっていると自負している。
世話好きだとか、美味しいものに目がないとか、頭が良いとかはもちろん。
きつく当たってしまって傷つけているんじゃないかと臆病なところも。
素直に自分の気持ちを伝えるのが苦手で、でも本当は寂しがりやだって。
かがみを好きだと言う、言ってきたどんな男たちよりも私は──



「別にわざわざ会わなくてもよかったんじゃないの?」
「こなたは大事な友達だから、自分の言葉で伝えたかったの」

会わない方が、気づかない方が幸せっていう言葉もあるんだよ、かがみ。

「そっか。かがみ……結婚するんだね」

つかさよりも先に結婚するなんて思ってもみなかったよとか。
ツンデレなかがみも優しい奥さんになるんだねとか。
……さらばマイ嫁とか。
軽口はいくらでも思い浮かぶけれどそれを口にできるほど心は落ち着いていなかった。

「……とぅ」

エイプリルフールの嘘のラブレターでも、バレンタインデーの手作りチョコでも、陵桜高校とお別れの日も。
たとえどれほどの時間があろうともその一言を伝えることのできなかった私には、祝福の言葉も上手く紡ぐことができなかった。





コメントフォーム

名前:
コメント:
  • こなた→かがみではダメでしょうか。
    一応二人の仲の良さ=百合っぽさはいれたつもりです。
    でもこの場にそぐわないのでしたら……仕方ありませんね。 -- mono (2009-09-18 11:16:01)
  • え~っ!ここは『こな×かが』SS保管庫では?(笑 -- kk (2009-09-18 00:50:21)
  • おいおい… -- 名無しさん (2009-09-17 22:05:14)


投票ボタン(web拍手の感覚でご利用ください)

記事メニュー
目安箱バナー