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星に願う者―遠すぎた想い - (2008/08/15 (金) 04:05:48) の編集履歴(バックアップ)


――星に願う‥。

それは誰しもが一度はすることではないだろうか?
叶わない願いとわかっていても、奇跡を信じて…



『星に願う者―遠すぎた想い』


‐‐

これは私の小さい頃の話。

私は泣かない子供だった。
お母さんが物心付く前にいなくなっちゃって、
幼かった私は「どうして自分だけお母さんがいないの?」と嘆いていたのを記憶している。

学校には馴染めなかった。
この子たちにはお母さんがいる。家に帰ると「おかえり」と言ってくれる人がいる。
そう思うと、私はなんだか自分が異端の人間に思えた。

実際、私は異端だったのだろう。
目には見えない壁がいつもあった。
私が作り上げた、他者と私を隔てる壁。

私がその街に来たのはお父さんとあるアニメのショーを見に来たためだと思う。
テレビで放映されてる、魔法使いの少女が悪い奴をやっつける話。
とても陳腐で、でも子供だった私を夢中にさせるには充分で。
近くの街でアニメショーがあると聞いた時はお父さんに駄々をこねた。
お父さんは丁度その日忙しくて、でも私のお願いを断ることも出来なくて。
アニメショーのある広場まで来ると、後は待ち合わせ時間を約束して別れ離れになった。
それが、この時お父さんに出来る最大の選択だったのだろう。
最も、当時の私は子供だった割には結構しっかりしてたから、
それがお父さんにこの決断をさせた大きな要因だったはず。
ほんとは娘一人置いてくなんてしたくなかったとは思う‥。

別れ離れにお父さんがしつこく心配してた事を覚えている。

「大丈夫だって。他の子供たちも沢山いるし、私はちゃんと約束の時間に戻ってくる。
 何も心配することは無いんだよ?」

私はそう言った。
変に大人染みた私を見て、お父さんは何を思っただろうか。

お父さんと別れてからアニメショーが始まるまでの間、私は静かに待っていた。
グラウンドを駆け回る子供たちを眺め、ただじっと時間が経つ。

――他の子供たちもいる。。

…だから何だと言うのだろう。
どういう意味でそんな事を言ったんだろう。
そんな事を考えながら‥

お父さんにはそう言ったけど、本当は私にはそんな事関係無かった。
ただ一人でショーが始まるのを待って、一人でショーを見て。一人で迎えを待つ。
ただそれだけの事。


どれくらい座り続けていたのだろう。
開演までにはまだまだ時間がある。
お父さんの都合で早めに来ることになってしまった。
だから時間はまだまだたくさんある。
その事に、べつに恨んではいない‥。

この広場のある公園は広い。
地図に名前が載るくらい。
大きな池もあるし、人工物もたくさんある。

‥忙しいのに此処に連れて来てくれただけでも感謝をするべきだろう。
たまにはこういう時間も悪くない。

座り続けて、風景を眺めながら、私は自分の世界を展開する。
風が気持ちいい。木々のざわめきが心地良い。
元気にはしゃぐ子供たちの喧騒も、ただのBGM。


………。

「ちょっと、何であんたこんなところにずっと座り続けてるのよ!」

BGMの一つが私に語りかけて来た。
私と同じくらいの子だろうか。
‥不自然だったかな。
自分みたいな子供が一人で延々と座っていて。
こういう時、どうやって追い払うかの言葉は考えておいた方が良かったのかもしれない。

「‥ちょっと時間潰してるだけだよ」

子供だった私に、それ以上の上手い言い訳は思い付かなかった。
目の前の人間を追い払うには充分とはいえない言葉。

「…そう。」

だけど、その子はあっけなく何処かへ行ってくれた。
たいして気にしてなかったのだろうか。
私も特に気にすることもなく、自分の世界に戻ろうとする。
過ぎたなら良い。べつに何も気にすることはない。

だけど、一度壊れた世界は再び舞い戻ろうとしても上手くは戻れなくて。
まるで夢を見てたのに現実に引き戻されたようだった。
覚醒した頭は夢への入り口を閉ざしてしまった。

「ふぅ…」

私は溜息を一つ吐いて、もう一度風景を見直す。
何人かの姉妹が一人の姉妹を探しているみたいだった。
その光景をぼんやりと眺めながら、
私は私の世界を壊しに来る者が来た場合の効率の良い撃退方法を考えていた。

‥一人でいると、また誰かが話掛けて来るかもしれない。
そういう人が来たら、今度はもっと上手く追い払おう。
さっきの子はたまたま何処かに行ってくれたが、次も上手くいくとは限らない。
もっと来る者を追い払うための上手い言葉は考えておかなくちゃ…

………。

「ねぇ、ジュース飲む?」

‥さっきの子だった。
何処かに消えてくれたなんていうのはとんでもない誤算。
あろうことか、飲み物を買ってきて私に近付いてきている。

‥やれやれ…

そう思いながら、私の思考は撃退方法を考え始めた。
この子にはさっき「時間を潰してるだけ」と言ってしまったから、
私が暇であることはバレバレであるのだ。
何をどう言えばどっかに行ってくれるのか、私はまたしても上手い言葉が思い付かない。

「喉、渇いてるんじゃないかと思って…」

何?私の事心配してるとでも言いたいのか?
だが生憎、私はそんな程度の優しさは効かない。
言葉だけでなく、実際に物を持ってくるあたり、まあこの子の優しさは本物と言えるのだろうけど‥。
確かに少し喉が渇いてて、何か飲みたいと思っていたところだ。
しかもその子が持っているのは私が好きなジュース。
だけど、それを貰うわけにはいかなかった。

この子の自己満足の餌にされるのだけは嫌だから。
どうせ、構ってやっただの感謝しろだの、下らない事言ってくるに決まっている。

そう思っていた。
だけど、その子が次に放った一言は、私の脳天をぶち抜く必殺の一撃だった。


「べ、べつにあんたの事が気になったわけじゃないんだからね!」


……。

何この言葉。
私の予想を遥かに超える弾丸で撃ち抜かれた気分だ。
チラッとその子を見ると、少し頬を染めている‥。
ろくに目も合わせてなかったが、よく見ると綺麗な顔立ちをしている。
しかも髪の毛を二つに分けて、ツインテールときた。
まるでアニメキャラがそのまま出てきたかのような。
ううん、アニメキャラなんかよりこの子の方がずっと・・・・・・

「な、何よ!いいから飲みなさいよ!」

彼女の手から差し出された缶ジュースを私は受け取ってしまった。
何だろう、この気持ち・・・・・・・。
胸がすごくドキドキしている。
そう言えば、私は他人からこうやって何か物を貰うのは初めてかもしれない。
いいのだろうか?私なんかがこんな風に好意の物を受け取っても‥‥。

ジュースを見つめながら考えていた。
躊躇いながら、でもやがて私はそれを口に運んだ。

「おいしい…」

飲んだジュースはとてもおいしかった。
この日差しの強い中、ずっと座りっぱなしだった私には生き返る気分だった。
彼女の言う通り、私の喉はカラカラだったのだ。

私は渇きを潤わせるために、ゴクゴクとそれを飲み込む。
でも、他の人に貰ったもので喉を潤わせてもいいのだろうか…。
私は、誰かから何かを受けるという行為に慣れていないのかもしれない。

「あっ、全部飲まないでよ!私も少し飲むんだから」

持っていたジュースを彼女にひょいっと取り上げられた。
どうやらこのジュースは二人分だったみたいだ。
私が口を付けたものを彼女もゴクゴクと飲んでいく。

「‥‥あ。」

間接キス、だった。
うぅ…、なんか恥ずかしい。
なんで彼女は平気そうに飲んでいるのだろう。
いちいち気にしてる私の方がおかしいのだろうか。
子供同士だし、女の子同士だし。気にすることはないかもしれない。
でも・・・・・・


チラッ、と彼女を見る。

…うぅ。
やっぱり恥ずかしい‥。

――

「あんた、一人なの?」

ジュースも飲み終えて、当然のように質問タイムがやって来た。
ああ、だから人と関わるのは面倒くさいんだ。
あんまり詮索されたりするのは嫌なんだけど…。

「…そうだよ」

でも、ジュースを受け取った時点で私はこれに答えなくてはならなかった。
今更無視も出来ない。彼女は私に関わることを許されたのだ。
これは絵に描いたかのような彼女の思惑通りの展開だろう‥。
…まあ、彼女ならいいか。

「お母さんは?」

あー…、
さっそく1番嫌な質問が来ちゃった。
会話をすれば予定調和のように、この流れになるから嫌なんだ。
片親だと知れば、彼女も私の事を異質の目で見るんだろうな…。
それとも彼女は優しいから、私の事を憐れむのだろうか?
どっちにしても嫌だな。

「いない。私が物心付く前に死んだ。ここにはお父さんに連れて来てもらった。
 お父さんは忙しくて今はどこかに行っている。」

冷たく、そして無機質に答えた。
彼女には両親がいて、きっと幸せな生活を送っている。
私とは違うのだ‥。

「そう、なんだ…」

ああ、やっぱり‥。
対応に困るんだろね。
面倒なのに声を掛けてしまったとでも思ってるのだろう。
何か適当に気遣ったような言葉を吐いて、この場を離れていくんだろうな。
短かったけど、ありがとね。

…そう思っていた。
しかし私の予想はまたしても遥か上空に外れてしまう。

「じゃあ今日は私があんたのお母さんになってあげる!」

……。

私の中で、世界が変わる音が聞こえた気がした。

何だろう…というか、私はもしかして彼女に対して物凄く失礼な事を考えていたのではないのか?

彼女はこんなに優しいのに。
まるで太陽のように…。

「ほら、甘えてきなさいよ!」

両手を広げて待ち構えられた。

…うぅ‥私もう顔真っ赤だよ…‥。

弱々しく、ドキドキしながら、そっと彼女に抱き付く‥

温かい…。
いい匂いがする…。

すごく落ち着く…。

‐‐


…かがみ、よ。
…え?

…私の名前。
………。

…あんたは?
……‥‥こなた、だよ‥。


~~~~~~~~


それから、二人でいっぱい遊んだ。
遊具で遊んだり、砂場で遊んだり、林で遊んだり。
誰かと遊ぶのがこんなに楽しい事だと、私は知らなかった。
誰かと一緒にいる事がこんなに幸せな事だと、私は知らなかった。

彼女とずっと一緒にいたい‥。

彼女は私と同じ歳。
今日は姉妹でこの公園にやって来たらしい。
でも今日一日は、ずっと私と遊んでくれると言ってくれた。


アニメショーが始まると、彼女と一緒に見に行った。
彼女も知ってるアニメで、二人で胸を弾ませながら広場に向かった。

大掛かりな舞台が設置されていて、他の子供たちもたくさん見に来てる。
やがてショーが始まると、私達は無邪気に歓声を上げた。

―『レベルエデンが、私たちを救ってくれる!』
―『楽園なんて存在しない!あるのは地獄だけだ!』

話の内容は、楽園を目指す主人公たちと、それを阻止する悪の組織たち。
子供向けのアニメショーにしては、ちょっとだけ複雑な内容な気がした。
単純に、悪い奴らを魔法で派手に倒していくだけでも子供たちは喜ぶのに。

―『私たちには星がある!この想いの届く星が!』
―『そ、その星は・・!』

主人公役である女の子がキラキラした星をかざす。
硝子と水晶で出来ているのだろうか。
光が虹色に変わって放たれていた。

「綺麗な星だね‥」
「想いの届く星、か‥」

彼女は、あの星が欲しいと言った。
私も、そうだね、と言った。

星の能力者である彼女は、星の力を使うことができる。

―『その世界に、一撃を!…』

いつもの決めゼリフと、そして派手な魔法演出が行われた。
このショーの1番の見せ場だろう。

―『おのれ…星の力で私を倒したところで楽園が手に入るとは限らんぞ…』

ラスボス特有の意味深なセリフを吐いて敵の親玉は倒れた。

『これからも楽園を目指し続ける』
‥そんな事を言って、ショーは終わり。

しばらくしてエンディングのテーマが流れ、やがて終了のアナウンスも流れた。


‐‐本日はご来場いただき、誠に有難うございます。ショーはこれにて終わりとなります・・・・・・


~~~~~~~~~

「楽しかったね」
「…うん」

時刻は5時を回り、空は夕暮れに染まっている。
もう、そろそろ‥彼女とお別れしなくちゃいけない時間だった。

「あんたって、アニメの事になると無邪気になるわね」
「‥‥そ、そうかな?」

確かに、私は普段あまり笑わないくせにアニメの事になると夢中になったりする。
こういうの、オタクっていうのだろうか。変に思われたりしてないかな…。

「その、笑ってるあんたは可愛くて好きよ!」

……。

彼女は、ずるい。
変に思われるどころか、好き、だなんて言う。
これ以上、私の心臓をドキドキさせないでほしい‥。

なにさ。
自分なんてツインテールで、綺麗な顔立ちしてて、アニメに出てくる女の子みたいなくせに。
私なんかより、かがみの方がずっと可愛いよ…。

………

彼女の悲鳴が聞こえたのは、その時だった。
振り向くと、そこに息を荒げた黒い犬がいた。

それは決して大型犬というわけではなかった。
そして首輪も付いてるあたり、野生の犬というわけでもないようだ。
しかし、それでも子供だった私たちには充分な脅威‥。

彼女は、震えていた…

「どうしよう…こなた‥」

だけど、私を守るように前に立っていた‥。
震えてるのに、かがみは犬から私を守ろうとしていた。


・・・・。
・・・・・・どうして‥?

・・・かがみ‥手、震えてるよ‥?
・・・ほんとは、恐いんでしょ‥?
・・・どうして、私を守ろうとしているの‥?


胸が、締め付けられる‥
言葉に出来ない想いが、溢れてくる‥

‥かがみ、大丈夫だよ。
こんな犬、恐くないよ‥。

「――こなた…!!」
「…大丈夫だよ、かがみ」

彼女を引き下げ、私は犬の前に立った。
‥かがみを泣かせる者は許さない!‥


右手に石を。そして左手に砂を。
私は体を回転させ、長い髪で一瞬、犬の視界から身体の動作を隠す。
次に姿を表した時、すでに私の左手は砂つぶての準備が出来ていた。

目潰しと、刹那の怯みを与える。

その隙に、すかさず右手の石を放り投げ、私は足に力を溜めた。
口を目掛けて、放り投げた石を挟んでのハイキック。

犬はその場にうずくまった。
口を石で蹴り飛ばしたんだ、もう噛み付くことはできないだろう。

もう大丈夫…。
かがみの方に向き反る。

「…こなた」

‥抱き締められた。
彼女は、まだ震えていて‥。

「もう大丈夫だよ‥」
「‥ヒック‥こなたぁ‥‥」

緊張していた糸が解けたのだろう。
震えていたくせに、私を守ろうとしていて‥。

「………ヨシヨシ‥‥」
「‥ヒック‥こわかったよぉ‥」

彼女は子供なのだ。
恐いことがあれば歳相応に泣く。
無理して強がることなんてないのに‥。


やがてあの犬の飼い主がやって来て、犬を引き取っていった。
最初は犬の怪我を見て驚き、私たちに対して怒鳴っていたが、
彼女が泣いているのを見て、怒るのを止めていった。
放し飼いをしていたせいで恐い思いをさせてしまった事に気付いたのだろう。
最後には自分の非を認め、丁寧な謝罪までして帰っていった。


「‥こなた、ありがとう」

彼女が、そう言った。

‐‐

もう夕暮れが沈み掛けている。
空が紅く、蒼く、染まってしまう。
お別れの時間、だった‥。

「‥また、遊んでくれる?」
「‥うん、もちろんよ」

彼女の家族が迎えに来ていた。
私のお父さんも来ていることだろう。

「‥またね」
「‥うん、またね」

彼女が離れていく。
私はそれを眺めていた。

両親がいて、姉妹がいて、幸せそうに家族の元へ帰っていく彼女を。

それが、私の記憶に残った彼女の最後の姿となった‥。

……


あれから、いくつもの月日が流れた。

私は学校で相変わらず孤立していて、
私からも溶け込もうとはしなかった。
それが余計に孤立化を生んだ原因なのかもしれない。
でもそんな事はどうでもよかった。

私は何でもできる人間になろうと思った。
掃除や洗濯、料理など、全部できるように。
彼女に会った時、恥ずかしくない自分であるために。

私はもっと自分の能力を伸ばそうと思った。
運動でも、特技でも、何でもこなせるように。
彼女に会った時、彼女が自分に振り向いてもらうために。

私は、強い人間になろうと思った。
あんな飼い犬1匹倒せるぐらいじゃ駄目だ。
たとえ野犬の群れ数十匹に囲まれようとも、彼女を守れるように。

私は、彼女が好きであった自分で有り続けよう。

彼女は、私がアニメの話をしている時、笑ってくれていた。
私がそんな話をしている所を、可愛いと言ってくれた。

アニメを見ていると彼女を思い出す。
アニメについて彼女と語り合うのを想像するだけで、私は幸せになれた。


あれから、いくつもの月日が流れた。

私は何度もあの広場に行き、何度も彼女を探した。
だけど偶然に出会えるわけもなく、無駄足になるばかり。
広場までは遠く、歩いて行くには相当の時間が掛かった。
電車に乗って何度も行くのも、小学生の私には限界があった。

――彼女に逢いたい。

そんな気持ちが強い時、また辛い時や悲しい時。
そんな時だけは電車に飛び乗ったり、走り出したりして、あの場所に向かった。
それでも彼女には会えず、彼女と戯れた記憶を思い出すだけの繰り返しだった。

彼女との間に、思い出の桜の樹などという贅沢なものは無い。
だから私は勝手にその木をそれに見立てて、その図太い枝の一つをボキッと折った。

…これは私が今日此処に来たという証。

きっとこの木は何百年も此処に立ち続けて、人の生死を何世代も見ていくのだろう。
そう思うと、その木がほんの少しだけ羨ましかった。
お母さんの死を、どこかで見ていたのかもしれない‥。

‐‐

中学に入ってからも私は独りぼっちだった。

―『アイツ、なんかいつも冷めた目をしてやがるよな』―…

人間なんてのは他人を乏しめたくて仕方のない連中ばかりだ。
自分なんてそんな連中の恰好の的。

―『勉強が出来て運動も出来るからって、俺らのこと見下してんじゃね?』―…

そんな連中は、同じ攻撃目標を共有することによって仲間意識を持つわけだ。
自分なんてそんな連中たちの、恰好の餌。

共通の攻撃目標にされて、仲間意識を持たれるための。

彼女がいれば、なんとなく守ってくれる気がした。

「ちょっと!人の事そんな風に言うものじゃないわよ!」

…なーんて。
ううん、もし彼女がいれば彼女に心配掛けないために、
私はもっと自分から積極的にクラスに馴染もうとするだろう。
彼女がいれば・・・

――。

私は溜め息をついた。
彼女なんて幻に過ぎない。
子供の時、一度だけ会った彼女を私が勝手に神格化しているだけだ。
こんな私でも強く生きていけるように。
一人でも力強く在るために。
そのために、私が勝手に作り上げた幻。
…ううん、彼女は幻じゃない。
この世界の何処かに実在する人。

目を閉じれば、彼女と過ごした思い出が甦ってくる。
中学に入ってからも変わらない、私の大切な思い出。
その思い出は、幻なんかじゃない。

私は今日も自分を磨こう。
彼女に会った時、彼女に振り向いてもらえるように‥。

‐‐

夕日に暮れた紅い空。
世界が終わる時は、こんな光景なのかもしれない。
きっと、今も誰かが小さく祈っているだろう‥。

やがて景色も蒼く染まり、夜空に月だけが丸い光を射し出す。
昔から月には魔力があると言われてるが、そんなのはきっと迷信だ。
闇夜に浮かぶアレをどう使うかは、結局その人次第。

私は月の光に溶け込むように身を佇む。
この髪はお母さんがくれた私の大切なもの。
こうして月の光に溶け込んでお母さんの髪を靡かせてたら、
きっとお母さんのように綺麗になれる。


・・・・かがみ…。

こうしていれば、あなたは振り向いてくれるだろうか?
月の光に溶け込んで、大事な髪を靡かせて‥私の精一杯の演出。
でもあなたは、きっとあの頃よりずっと綺麗になっているんだろうね。

ひらひらと舞い踊る。
一人で、想いを乗せながら。
あなたが此処にいればいいのにと、思いながら…。

‐‐

‥‥私はどうして彼女と再会の約束をちゃんとしなかったのだろう。
またね、なんていう言葉だけで再び会えるはずなどないのに。
どうして私はあの時、こうなってしまう未来を予測できなかった?
あの時、いつ、何処で、何時に会おうとちゃんと約束さえしていれば……
私が今、こんなに苦しむことは無かったのに。

再会の約束も出来なかった自分が許せなかった。
ずっと、後悔してた。

‐‐

木は消えていた。

何百年と立ち続けるだろうと勝手に思い込んでいたその木は、
人間の勝手な都合で5年にも満たない内に消えてしまっていた。
私よりもずっと長く生きる存在だと思っていたのに、
私が生きてきた時間よりもずっと少ない時間で消えてしまった。

私があの時刻んだ証も残らなかった。

世の中は変わりゆくのだろう。
変わらないと思っていたものでも、10年、20年と経っていく内に。


‥ねぇ、かがみ。
どうして私に逢いに来てくれないの?

私、寂しいよ。
すごくすごく寂しいよ・・・・・・・

言いたい事がいっぱいあった。
私に声を掛けてくれて嬉しかった事。
お母さんのように甘えさせてくれて嬉しかった事。
一緒にアニメショーが見れて楽しかった事。

一人だった私に幸せをいっぱい教えてくれた。
ありがとうって、あの時はちゃんと言えなかったけれど。

私のいっぱい感謝している気持ちを、彼女に伝えたかった。


かがみに…逢いたい。

けど現実には彼女はいなくて。
私がいくら望んでも彼女には会えなくて。
悲しくて、辛くて‥

私はずっと泣いていた。
一人で、誰にも見付からないように。

‐‐

空には星が輝いていた。

彼女も、この星空を見ているのだろうか。
流れ星が来れば願う事は一つ。

――彼女に会えますように。


‥空を見上げる。
夜の空に刹那、光が流れて消えていった。
流れ星‥?

私はとっさに祈りを何度も繰り返す。
消えてしまっても、縋り付くように、何度も。
私の瞳がそれを捉え、眺め続けてから、ずっと‥。

眼を再び地上に戻した。
こんな事しても、叶いはしないと思いながら‥。

そう、私は何かに縋り付きたかっただけ。
どうしようもない想いの矛先を探していただけ。
本当に想いが叶うなんて信じちゃいない。


だけど、奇跡は起きた。
私が目を向けたその先には、私の待ち望んだ姿が見えていた。


――かがみ、だった…。


‥信じられなかった。
けど、私の身体が自然と彼女に向かって走り出してた。

「かがみ!!ッ」

私が彼女に抱き付く。
そして彼女は私を包み込んでくれた。
とても優しい匂い‥。そして暖かい温もり‥。

「こなた…。今まで放っていてゴメンね」

「かがみッ!――」

ずっと待ち望んでいた声‥。
ずっと待ち望んでいた言葉‥。

「これからは、ずっと一緒よ…」

「かがみ~~ッ!!!」


・・・ずっと会いたかった‥‥‥
・・・ずっと寂しかった‥‥‥

・・・だけど会えなくて、寂しくて‥‥‥


……

‐‐‐‐‐‐‐‐‐

「‥…。」

夢、だった‥‥。
とても甘くて、幸せな夢。
私はいつの間に眠り込んでしまったのだろう。

まだ星は静かに夜空に浮かんでいた。

私の願いは、ほんの少しだけ叶ったんだろうか。
たとえ夢の中だけでも、彼女に逢えて、私は嬉しかった‥。



もう、充分だ。
もう、いいだろう‥‥

もう‥‥
このまま‥‥‥



――

覚醒してない頭が目の前の朦朧とした視界の中で“それ”を見付けた。

それは、そこに在った‥。

木の立っているはずの場所で、木の代わりに。


「‥どうして、こんなものが…」

それは、硝子と水晶の構成で出来た星の形をした物。


いつか見た、星。
アニメショーに出ていた、想いの届く星。
かがみが欲しいと言っていた、星。

神様からのプレゼントだろうか。
偶然に偶然が重なって落ちていただけだろうか。
それとも、もしかしたらお母さんが……

‥私は、奇跡なんて信じない。

だけど実際には奇跡を待ち詫びる毎日だった。
彼女に会いたくて、でも会えない日々が続いて‥。

想いの届く星。
この星に、願ってみるのもいいかもしれない。
あのアニメみたいに、この星が本当に願いを叶えてくれるとは思えないけど‥。
この状況、奇跡を信じるだけの根拠は多少あるだろう。

私は大切なものを一つだけ手に入れた。
行き場の無かった私の想いは、この星に願うことに向けられた。
私の彼女を想う気持ちは、奇跡を信じる事で安定した。
信じられるだけのものが、今、私の手の中にある。


‐‐‐


奇跡を信じる事で、私は前よりも少しだけ強くなった。
この星に願い続けていれば、いつか彼女に会えると信じて。

しかし私は奇跡に縋り付くばかりじゃない。
私はこの先も、彼女が好きであった自分で有り続けるつもりだった。

中学も終盤に差し掛かり、進路希望には陵桜学園を選んだ。
彼女がこの周辺の街に住んでいるとして、この辺りで1番の進学校は陵桜学園だ。
成績優秀で優等生な彼女なら、この学園に来るはずだ。

もっとも、成績優秀で優等生というのは私の勝手な想像。
そして実際にこの学園に来る確率は限りなく低い。
‥全ては私の勝手な妄想に過ぎない。

だけど、私は自分に出来る最大限の努力をしたかった。
何もしなかったら、“この世界には何も無かった”で終わりだから。
何もしないまま0で終わるくらいなら、例えどんなに可能性の低い事でもそれに賭ける価値があるだろう。
何もしないままなら、0で終わるだけなんだから。


傍からすれば、私は壊れていたのかもしれない。
毎日机に向かって勉強を何時間もする理由が、
「幻の彼女を探すため」と言ったら、どれくらいの人が笑うだろう。
それもほぼ0に等しい望み。そのために、毎日何時間も勉学に費やしているのだから。

そもそも彼女は私の事なんか覚えていないかもしれない。
いやむしろ、子供の頃に一度だけ出会った人間の顔なんて、普通は忘れている。
彼女はきっと幸せな日々を積み重ねているはずだ。
だから、幼い頃の記憶なんていつまでも残しておけないだろう。
私みたいに、いつまでも昔の一日だけを覚えている方がおかしいのだ。‥

夢に縋り付いて、私はある意味で現実逃避をしていたのかもしれない。
だけど、それでもよかった。
結局、私には彼女が全てだったから‥‥。

‐‐‐‐‐‐

月日は流れ、私は陵桜学園に入学した。

入学試験の成績は中々良かったらしいが、そんな事はどうでも良かった。

私は自分のクラスに彼女がいないのを見て、軽く溜め息を吐いた。
そして、他のクラスにまで彼女を探しに行こうとはしなかった。

私は、半ば諦めていたのかもしれない。
こんな事してても本当は意味が無いって事、分かっていたのかもしれない。

他のクラスに探しに行って絶望してくるよりも、
探しに行かない方が暫くの間だけでも夢が見れるんじゃないか。
そんな現実逃避だった。

夢が終わってしまうのが怖くて。
再び絶望の世界に戻ってしまうのが怖くて。

‥‥

憂鬱な学校からの帰り道。
私は外国人に絡まれている女の子を見つけた。

それはもしかして、単に道を聞かれてるだけだったかもしれない。
でも、その子が困ってる様子なのは間違いなかった。

‥髪の色が彼女に似ていた。

私は外国人を追っ払い、その子を助けてあげた。
その子はとても嬉しそうにお礼を述べてくれた。
まるで純真無垢な笑顔で。

それが、私とつかさとの出会い。

偶然にも同じクラスメートを助けた事がきっかけ。
頭の黄色いリボンがとてもキュートだった。

その子は無垢で、とても心が綺麗な女の子だった。
私と友達、あるいは親友になれるかもしれない。
なんとなく、そう思った。

いっぱい談笑した。
私は久々に笑った気がする‥。


つかさには双子の姉がいるらしい。
とても慕っていて、頼りにしている事が伝わってくる。
この子の純粋さは、きっとこの子の姉がずっと守り続けてきたものなのだろう。


私は、つかさが少し羨ましかった。
私にもそんな姉のような人がいればよかったのに‥。

‐‐‐

翌日。

私はこの日の事を一生忘れることはないだろう。
自分にとって、宇宙崩壊にも匹敵する大事件の日。

「あ、お姉ちゃん!」

つかさが声を掛けるその先を見て、私の全身は音を立てたかのように固まった。

私の世界はこの瞬間、切り替わったといってもいい。


そこには‥‥

(……ッ!‥かがみっ!?)

奇跡が、あった‥。
私がずっと待ち焦がれていた人がいた。

ずっと会いたくて、ずっと追い求めていた人‥。
夢でも幻でもない、現実の彼女。
現実だからこそわかる、現実にいるという現実感。
目の前にいる彼女は、本物‥!

(……かがみっ!!)

夢にまで見た彼女が、今、目の前にいる‥‥。
あの頃より、大人になった姿をしていて。

でも・・・・

「あれ?つかさ、この子が昨日言ってた子?」

(……!!)

私は一瞬で悟ってしまったのだ。
彼女の動作、仕草、言葉が全ての答えを表していた。

――彼女は、やはり私の事を覚えていなかった・・・・・・

再会は残酷で、淋しく。
夢のように全てが上手くはいかなかった‥。

子供だったあの時から、いくつもの年月が過ぎてしまっていた。
忘れていても、当然のような時間が経っていた。
でも、ようやく辿り着いた、今は‥それはやっぱり、私には奇跡で‥。

そう、私たちは出会えたのだ。
彼女が覚えていないのなら、それでもいい。
ここから、また始めればいい。

泣かなかった。
嬉しさも見せなかった。
感情、全てを隠して・・・・・・

「はじめまして。かがみって呼んでもいいかな?」

私は誓いと覚悟の手を差し出した。


‐‐‐‐


あれから、いくつもの月日が流れた。

かがみ、つかさ、そしてみゆきさんを含めて。
私たちは4人で一つのグループとなった。

海に行き、お祭りに行き、一緒に花火を見て・・・・・・

4人で過ごす日々は、宝石のような煌めきだった。
毎日が楽しくて、幸せで、かけがえのない瞬間で。

彼女を追い掛けていた事は、やはり間違いではなかった。
私の追い求めていたものが、そこにはあった。
私の全てを差し出してでも、手に入れる価値は十二分にあっただろう。

他の誰でもない、彼女がいたから。
私はこうして笑っていられる。

会えなかった月日を埋めるように。
私は彼女との新しい時間を重ねていく。

初めて彼女の部屋に入った時は、胸がドキドキしっぱなしだった。
空間が彼女の甘い匂いで満たされていた。
ずっと頭がクラクラしていて‥。

私は幸せだった。
彼女の傍にいられる事。
彼女と一緒にいられる事。
それらは、全て奇跡だった。

私の強くなろうとする決意は、やがて穏やかな終着点を迎えていた。
彼女が、私の刺を全て溶かしてくれていた。
昔の自分を忘れてしまいそうになるくらいに‥。

私の全てを包み込んで、私に甘えさせてくれた。
彼女の前では、私は本当の自分でいられた。
私が想像していたよりも、ずっと心地の良い空間を、彼女は私にくれた。
私は彼女に対して、強くなる必要など、何一つなかったのだ。

私は彼女の優しさを忘れてしまっていたのだろう。
彼女は、私が困っていると助けてくれる。
私が寂しいと、甘えさてくれる。
とても大きな存在。

彼女のおかげで、私は変わることができた。
彼女に会えて、本当に良かった。


昔の事は、もう忘れてしまっていたけれど……

‐‐

彼女が私を思い出す事はなかった。

「そういえばあんた、私が自己紹介する前に私の名前を言ってなかった?」
「うーん、そうだっけ?」

彼女は気付かない。

「あんたって意外と何でも出来るわよね…」
「ふふっ、もっと褒めたまえ~」

彼女は知らない。

「あんた、なんで格闘技なんて習ってたの?」
「かがみを守るためだよ~?」

彼女は何も覚えていない。

‥‥

私は時々空をぼんやりと眺めていた。
昔の、彼女の出会った時の事…

「あんた、こんなところで何してんの?」
「‥んー、べつになんでもないヨ」

‥本当は、言いたい事がいっぱいあった。
忘れていて薄情だとか、そんなんじゃなくて。

私はあの時、かがみに出会えて嬉しかった。
かがみと遊べて、楽しかった。
一人だった私に、たくさん幸せを教えてくれた。
いっぱい、感謝していた。

こうして出会えたのに。
私はありがとうの気持ちを伝えることもできない!・・・・・・

私が時々泣いていることを、つかさは知っていた気がする。
だけど何も言わず、何も追求せず、いつものように笑っていてくれた。

あの子も、不思議な子だった。
いつも純真無垢に笑っていて、とても純粋な気持ちをしていて。
でも隠れて泣いていることには気付かれてしまう。

そんな、私の大切な友達。

‥‥

季節も過ぎて、学年も上がった。

私たちの関係は、出会った頃よりもずっと親密になっただろう。
思い出をたくさん積み重ねた。
絆といえるものが私たちには出来ていた。

2年生のクリスマスの時、私はまたあの星に願った。
―『彼女と、素敵なクリスマスが送れますように』…


当日には雪が降った。
彼女は駅前で私を待っていて…。
だけど私は、すぐに近寄る事が出来なかった。

雪の中の彼女が、信じられないほど美しかったのだ。
それは白銀のようにみえた……
この世界の輝きを集約させた存在だと思うほどに。

「あ、こなたぁ!!」

彼女に声を掛けられる。それだけで、私の体は震え駆け巡る。
とても愛おしい存在‥。

「もう!遅いわよ!!」
「ゴメン、遅れちゃった!」

‥彼女は、きっと大人になればとんでもない美人になる。
そうなる前に、なんとかしなくちゃいけなかった。
男たちに、取り合いされる前に‥。

彼女を、渡したくなんかない!

私にはもう分かっていた。
神様はクリスマスの夜に、雪を降らすことぐらいしか出来ないんだって。
あとは、自分でなんとかするしかないんだって。

‥‥

あのクリスマスが終わってから、私は貪欲に彼女の傍にいるようになった。
彼女と二人っきりになれる時間が欲しくて。
そうすれば彼女にとっての特別に、私がなれるんじゃないかと思って。

…ねえ、かがみ。
あなたは知らないだろね。

あなたが私にとって、どれだけ特別な存在か。

あなたに会うためにだけ私はこの学校に来て、
あなたに会うためだけに今まで生きてきた。

私がずっとあなたを想っていた事も……。

‐‐

季節は過ぎて、もう3年生の夏になった。
それぞれの未来を決める時期に。

あなたの望む未来に私はいるのだろうか。
あなたの未来で、私は傍にいてる事を許されるのだろうか。

‥‥もし、あなたが私と同じ未来を望まなかったら・・・?

私は、そうなったら、きっともう耐えられない。
私にとって、彼女の存在はあまりにも大きくなり過ぎた。

生物が太陽がないと生きられないのと同じように、
私も彼女がいなくなれば生きていく事はできないだろう。

だけど・・・・・・
私が彼女の未来を奪う権利なんて、どこにも有りはしないのだ‥‥


もし、もしも‥‥
あなたが私の傍を求めないというのならば‥‥‥

せめてその時は私の気持ちを伝えさせてほしい。
ずっとずっと胸に閉ざし込んでいた気持ちを。
私の、あなたに会えて嬉しかったという気持ちを。
あなたに会えて沢山の幸せを貰えた、この感謝の気持ちを。

…かがみ。私の大切な人。

私はずっと、あなたの事が好きだったんだよ・・・・


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  • すごく丁寧な文章で想いが伝わってきます。
    二人の幸せを願いつつGJを送りたいと思います -- 名無しさん (2008-08-15 04:05:48)
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