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雨の後の夜空は - (2010/05/22 (土) 10:42:42) のソース

おはようございます!1月11日、朝7時のニュースです・・・ 

天気予報や昨日の出来事などをキャスターが一生懸命伝えている。毎日が同じニュースの繰り返し。 
それでも今日が始まる。 

『もしもし、おはよーお姉ちゃん。』 
「おぉ・・・今日は雪でも降るのかな?」 
『なんですとっ!お姉ちゃんひどい・・・』 

子機を肩と耳に挟み、両手でオムレツを作る。我ながら器用になったと思う。 
カーテンから零れ出る光が気持ちいい。テレビから作り出されるニュースは良く聞こえない。 
聞こえるのは子機から零れる私の妹の可愛らしい声。 

「はは、ジョーダンよ。おはよ、つかさ。朝早くに電話なんて珍しいわね。どうしたの?」 
『たまには早く起きるよ。お姉ちゃん、今日何の日か覚えてる?』 

今日?1月11日。誰かの誕生日?違う。忘れちゃったな。 
覚えているのは、あの日から5ヶ月と20日。 

「えっと・・・なんだっけ?」 
『鏡開きだよー。忘れちゃった?』 
「あー、すっかり忘れてたよ。で、今年はどうするって?」 

自分の家が神社なのに、鏡開きを忘れるなんて。どうした、私。 
さっきまで柔らかかったオムレツがどんどん固くなっていく。私も、時間の流れに乗っていく限り、変わりゆくのかな。 

『いつも通りたくさんお雑煮作るって。できたらお姉ちゃんも来ないか?ってお母さんが。』 
「ごめんね。今日はサークルの友達と出掛ける事になっててさ。」 
『そっかぁ、ちょっと残念。』 
「皆にごめんねって伝えてね。」 
『はーい了解。あっ、そうそう、お姉ちゃん。』 
「んー何?」 
『早めに帰ってきたほうが良いよ。私ね、お姉ちゃんに鏡開きの代わりに、いい物届けとくから。』 
「つかさの料理?」 
『内緒だよー。じゃ今日も頑張ろうね。』 

そうだ。今日も始まる。昨日が5ヶ月と19日。だから今日は、5ヶ月と20日目。 
変わった普通が、普通となって始まる今日。あいつがいない、今日がまた始まった。 


‐‐‐‐ 

鏡開きを忘れていたのは、疲れてるわけじゃない。 
ただ、毎日、数を数える事だけが習慣化してしまったから、忘れてしまったのかもしれない。 

『愛してるよ、かがみ。』 

そう言われたのが今日から5ヶ月と20日引いた日。忘れられない、言葉。色褪せない、詞。永遠。 
気に入った歌のように、いつも私のなかでリフレインされている。 
でも。 

「2ヶ月と20日オーバー・・・」 

こなたが大人に、強くなるための第一歩。本を書いて、認められる事。 
その第一歩であるコンクールが行われたのが、2ヶ月と20日前。 

『入選だったら、かがみに手紙。佳作なら、かがみに電話。銀賞なら、かがみをこっそり見に行こう。ってご褒美まで決めてた。金賞だったら・・・もらった賞金で指輪買って、かがみに逢いに行く。』 

きっと、ダメだった。 
だけど、1年後にはまたチャンスがある。それでもダメなら、次。 
私はずっと待ってる。こなたを想って待ってる。 
それが私にできる事。それなのに。 

「・・・自己嫌悪。」 

口のなかに入れた食パンがやけにパサパサする。 
頭では分かっていた。世の中そんなに上手くない。こなただって頑張ってる。 
そう、分かっているのに、感情が抑えられない。 
理性が上手く働いてくれない。理性が作った関を、簡単に感情は壊してしまう。 
逢いたい。逢いたい。こなたに触れたい。こなたを感じたい。 

「・・・ごめんね。」 

5ヶ月と20日。私という存在の何千分の一。たったそれっぽっちの時間が私を蝕む。 
こつこつ毎日、毎分、毎秒、私の中に暗い海を作り上げてきた。 
飲み込まれればすぐに壊される。約束も未来も、想いも全部。 
だから私は忘れない。どんな日もこなたがくれた永遠を。こなたの想いを浮き輪として私は暗い海を漂う。 

「うん、大丈夫。頑張れ私、頑張れこなた。」 

数を数えることから始まる私の毎日。今日も始まる、変わらない日常。 

「行ってきます、こなた。」 


‐‐‐‐ 

「ふぅ。」 

カチコチ・・・カツカツ・・・ 
20時を刻む時計の音と、私の足音が交ざりながら夜空に響く。息が白い。肌で感じる冷たい空気。 
サークル仲間達と騒いだ余韻よりも、冬の夜空に輝く星に見とれてしまう。 

「ふぅ。」 

本日何十回目のため息だろうか。日に日に増えるため息の数。白い気体となって見えるのが、なんとなく切ない。 
シャワー浴びたい。着替えなきゃ。お腹減った。寝たい。そんな欲求が私を支配する。 
早く今日を終わらせたい。そうすれば、未来に近付ける。明日になれば、迎えに来てくれる。そんな淡い願いを抱いて。 

「えぇい!元気を出せ!かがみ!らしくないぞ!」 

誰もいない夜道で自分に檄を飛ばす。でもそれがよけいに、私を孤独に感じさせた。 
いつの間にか自分のアパートに到着していた。最近、こんなのばっかりだ。 

「しっかり、しなきゃ。」 

カギを開けて私の部屋に入った瞬間、鼻を掠める、かすかな香り。高鳴る鼓動。時がとまるような感覚。 

「・・・う、そ・・・こなた、なの?」 

玄関には見知らぬ靴はない。鍵も、掛けられていた。何の証拠もない。ただの直感。感じる雰囲気と懐かしい匂い。 
靴を脱ぎ散らかす。コートをその場に脱ぎ捨てる。有り得ない。いて欲しい。対立する2つの感情。 

「こなたっ!」 

ドアが壊れそうな力でリビングを開ける。でもそこにはいつもと変わらない、普通。期待したモノなんて存在しなかった。 

「・・・バカみたい。」 

勝手な想像、勝手な直感、勝手な期待。そして失望。涙腺が壊れそう。 
もう、寝よう。明日に行こう。そう思って、寝室のドアをゆっくり開ける。 

「・・・かがみさぁ、もっと静かに入ってこようよ。人が寝てるんだからさ・・・」 
「・・・う、そ?」 

現実?夢?それとも?私がいつも寝ているベッドが日常じゃなかった。いつもとは違う。明らかに違う。 
ベッドの中には、暗闇でも分かる澄んだ海。 

「おかえり、かがみ。」 


‐‐‐‐ 

何から聞けば良いかよく分からない。頭の中で色んな問いが飛びかっている。 

「ちょっとベッド借りてたよ。徹夜して眠くてさー。靴は一応靴箱に入れといたよ。・・・ビックリした?」 

無邪気な笑顔で私を見つめる。5ヶ月と20日前と一寸も変わらない、私を落ち着かせる笑顔。 
でもその中には。 

「当たり前じゃない・・・久しぶり、こなた。なんか変わったね。」 
「そうかな?」 

エメラルドの目。黒い瞳。綺麗なコバルトブルー。パーツは何一つ変わらないのに。 

「うん。どことなく大人っぽくなった。」 
「その為に頑張りましたから。」 

パーツは何一つ変わらないのに、こなたを見てるだけで胸が張り裂けそう。心臓が飛び出しそう。 

「・・・で?」 
「あー、そうだね、色々話さなきゃね。ほら、おいでかがみ。」 

そう言ってこなたは、布団に私を誘い込む。 

「ちょっと待て。そのベッドは私のだぞ?」 
「いいから、いいから。寂しんぼかがみは何も言わなくていいから。」 
「誰が寂しんぼだ?」 
「ほら、かがみん。」 

一向に私の話を聞こうとしない。でも、この雰囲気。こなたの声、こなたの眼差し。 
悔しいけど、ずっとずっと私が求めていたもの。独りで海を漂っていた私がたどり着きたかった陸。寂しい海の生活も、ピリオド。 

「うん。」 

シャワー浴びたい。着替えたい。お腹減った。寝たい。そんな欲求は、もうどうでもいい。 
今はただ、目に写る愛しい人を感じたい。 

「こなたっ!」 

大切なカバンも、買ってきたおやつも全部床に置き去りにして、私はただ、抱き締めた。 
私より小さな体躯。甘い香り。繊細なボディーライン。柔らかい、髪。 

「・・・遅いわよ、バカ。」 
「予定より時間かかっちゃって・・・ただいま、かがみ。」 

ただいま。ずっとこの言葉を待っていた。2ヶ月と20日。 
言いたいことが多すぎて、言葉にならない。何を言葉にしていいか分からない。だから私は。 

「・・おかえり、こなた。」 

おかえり。ずっとこの言葉を言いたかった。今はこれだけでいい。 
おかえり、こなた。 


‐‐‐‐ 

つかさがね、かがみの部屋の合鍵をくれたんだ。 

やっぱり。あいつめ。 

嬉しいクセに、こんな時までツンツンするかがみ萌え。 

・・・うるさい。他に話す事、あるでしょ? 

・・・主人公はオタク。 

え? 

アニメが好き。ゲームが好き。2次元のキャラが好き。社交性ゼロ、自宅警備員候補。そんなオタクの女の子が主人公。 

それって・・・ 

その女の子が、高校でたくさんの個性的な友達を作るんだ。そして皆から大切な大切な何かを学ぶ。 
絆、思い出、二次元にはない感情、そして大切な想い。そんなクサイ要素をたっぷり含んだ本にしたんだ。 

もしかして・・・こなたと私達のこと? 

・・・うん。素直に、私の大切なモノを書こうと思ってね。もちろん金賞は欲しかったけど、最初だから私の想いを詰め込んだ本を作りたくてさ。 

そしたら、見事に金賞? 

審査に2ヶ月かかったらしいんだよね。今の流行りが『命』とか『愛』なんだってさ。 
でも私は、『日常』と『絆』を書いたんだ。そしたらさー、意外性が認められてね。 

結果オーライってやつね。 

本当はね私も流行りに乗ろうとしたんだ。だけどね、覚えてる?5ヶ月と20日前。 

・・・こなたも数えてたんだ。 

あの日、かがみに逢えたから、決心できた。待ってるって、かがみが言ってくれたから、『絆』を書こうって思えた。 

・・・うん。 

やっぱり私には、かがみが必要。頼ってないつもりでも、いつでもかがみが助けてくれた。 
書きたくなくなった日も、泣きたくなった日も、淋しくなった日も、かがみがくれた、感覚があったから。かがみが、待ってるって言ってくれたから頑張れた。 


結局は、同じだった。こなたが私を想って、私がこなたを想って。 
そこが始まりで、そこが結論。そこが、永遠だった。 


「本の題名は『幸運の星』。この本は、皆が、かがみが私にくれた全てなんだ。」 


‐‐‐‐ 

「私も読みたいな、こなたの本。『幸運の星』。」 
「それがさー、もう出版する事になっちゃって大変だったんだよ。」 
「それで・・・」 
「かがみに逢いに来るのが遅れちゃったわけ。」 

少し申し訳なさそうにこなたは頭を掻く。でも、言葉に表せないぐらい、嬉しかった。 
何気ない毎日。繰り返される日常。とりとめもない会話。そんな日々を、こなたは『幸運』だと思っていてくれた。そこに絆があるって確信してくれていたのが、何より嬉しかった。 
いつも傍にいたのが普通だった。それが『幸運』だって気が付かなかった。でも今は違う。こなたは、私の『半身』。 
こなたが居なかったら私じゃない。こなたが居てくれて、私を想ってくれるから、私でいられる。これが、私の『幸運』。 

「あとね・・・未来予想図を作ってた。」 
「未来、予想図?」 
「・・・有名になったら、私達の物語を書きたい。哀しみも後悔も切なさも、幸せも全部書きたい。」 
「ノンフィクション?」 
「もちろん。それでさ、日本に同性結婚、認めさせたい・・・それが私の、未来図だよ。」 

暗い部屋でもよく分かる、凛としたこなた。大丈夫。こなただけの夢じゃない。 
結婚するなら、ベルギーやオランダに行けばいい。でも、それは逃避。もう、逃げたくない。 
日本で、認めさせたい。大切な絆がある日本で、私達は認められたいんだ。 
『半身』だけじゃできない事も、ひとつになれたなら、羽ばたける。夢から現実までひとっ飛び。 

「私も、手伝う。早く弁護士になってさ、こなたと一緒に夢を叶えたい。長い道になりそうね。」 

私はこなたに負けないぐらいの笑顔をしてみた。上手くいったか分からないけれど、言葉にならない想いを笑顔にのせて。 

「・・辛い道になりそうだけどさ、後悔してない?」 
「・・・バカ。こなたがここにいてくれるだけで、嬉しいよ。」 
「かがみんたら・・・甘えんぼさんなんだから。」 
「か、からかうな!」 

甘えん坊でもいい。本当だから。本当に嬉しいから。温かいから。幸せだから。愛してるから。 
こんなこと言えないよ。恥ずかしくて言えない。 

「ねぇ、こなた。」 

だから、私は代わりの言葉を贈る。ありったけの想いを詰めた言葉をこなたに贈ろう。 

「ずっと・・・傍にいなさいよ・・・代わりに、私も傍にいるから。」 
「・・約束だよ、かがみ。」 


‐‐‐‐ 

「そうだ、忘れてた。」 

こなたがベッドから飛び出し、自分のバックをごそごそとあさっている。 

「はい、かがみ。約束の品でございます。」 

こなたの手には小さな箱。真っ白な箱に可愛らしい赤いリボン。 

「・・・開けていいの?」 
「もちろん。」 

恐る恐る、リボンの紐を解く。箱を開くと、そこにあるのは深紅。夕焼けのような美しさ。 

「スタールビー。名前が気に入ったんだ。かがみの誕生石。」 

炎のような、情熱のような。それでいて、星のような微細な美しい輝き。 

「右手の人差し指に付けて欲しいんだ。」 
「左手の薬指じゃなくて?」 
「それは、もっと先の未来にかがみに届けたいんだ。私達の夢が現実になった、その未来に。」 
「・・・うん。」 

ゆっくりと右手の人差し指にはめていく。苦しくなく、違和感がないぐらい、指にフィットする。 
まるで私達みたい。 

「右手の人差し指に付ける意味はね・・・」 

こなたの顔がスタールビーのように赤く染まる。暗い部屋でもよく分かる。 
艶やかで、大人の顔。本当に、強くなったんだね。 

「Dreams come true」 

夢が真実に。 
意味を理解した瞬間、体が私のものじゃないような感覚に襲われる。こなたが腕のなかにいた。 

「これから、だね。」 
「そだね。」 

私達の物語は、ここで完結ではない。雨が必ず止むように、雨の後には必ず快晴が訪れるように。私達の物語はこれから。 

「ねぇ、かがみ?」 

哀しみの次は、幸せ。私も未来のこなたに届けたい。夢が真実になる、その未来に、こなたに指輪を捧げよう。 

「まだ言ってなかったね。」 

こなたの誕生石、エメラルドの指輪。貴女の左手の薬指に捧げる指輪を。エメラルドの意味を。 


「愛してるよ、かがみ。」 


エメラルドに秘められる意味。幸福。永遠の幸福を求めて私達は明日へ向かう。怖いものなんてない。先に見えるのは光。隣にはこなた。私の中には幸福。 
これからは毎日が、永遠のlucky star。さぁ、行こう。 


「愛してるよ、こなた。」 


Fin 

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- 出版するべき。  -- 名無しさん  (2010-05-22 10:42:42)
- 何年ぶりかに泣いた。 &br()感動しました。  -- 名無しさん  (2010-05-01 16:02:00)
- 今、良い映画を見終わった後のような満足感で一杯です。 &br() &br() &br()感動しました!  -- 名無しさん  (2010-04-20 13:30:24)
- すごく綺麗な話だ。感動した! &br()私の涙腺も崩壊です。  -- 名無しさん  (2010-04-09 10:34:08)
- 今日も読んでしまった。 &br()今度誰かを愛する時には、この二人の強さを見習いたい。 &br() &br() &br()独りよがりにならないように、相手を変わらず思う強さを持ちたい。  -- 名無しさん  (2010-04-05 01:49:30)
- こなかがSSで一番好きなシリーズです。 &br() &br() &br()何度読んでも泣いちゃいます。  -- 名無しさん  (2010-04-04 01:56:04)
- 何度このシリーズ読んだことか…。 &br()いつも涙が止まらない…。 &br()作者様、ありがとう…。  -- 名無しさん  (2010-04-02 19:55:15)
- 感動で言葉が出ません。 &br() &br() &br()感謝だけ残します。 &br()素晴らしい作品を本当にありがとうございました。  -- 名無しさん  (2010-04-02 02:39:23)
- ウルっときた…久々に感動した…  -- 名無しさん  (2010-03-23 22:00:53)
- 素晴らしい!素晴らしい!  -- 名無しさん  (2009-11-21 14:14:38)
- すごい・・・すごすぎますよ! &br()か・感動しましたぁ。 &br()この作品に出会えたこと。 &br()それこそが &br()幸運なんですね。 &br()こんなすばらしい作品を書いてくれてありがとう  -- 白夜  (2009-10-17 01:05:06)
- マジでヤバイ・・・ &br()泣くわこれ  -- 名無しさん  (2009-09-02 19:27:42)
- 死ぬかと思った・・・。  -- 名無しさん  (2008-09-03 22:18:43)
- マジで感動しました! &br()マジで泣きました! &br() &br()これからも、こんな小説待ってます!  -- チハヤ  (2008-06-30 19:09:36)
- うーん、これはすごい。 &br()よく練られたプロット、台詞、人物の描写、宝石に秘められた意味等 &br()……正直すごすぎて賞賛の言葉以外思い浮かびません。 &br()こなたとかがみの成長する様もとてもリアルで説得力がありました。 &br()つかさ、みゆき、みさお、あやの達との友情、そして親との絆が &br()物語に深みを与えていますね。 &br()とても切なくて、きれいで、温かくて、そして希望を与えてくれる &br()物語をありがとう。 &br()この作品に出会えてよかった。  -- 18-236  (2008-06-15 00:42:53)
- 『哀雨』からここまで読み進めてきて、 &br()この2人に乗り越えられないものなど何もない! &br()そう思ってしまいました。  -- 名無しさん  (2008-05-24 23:38:08)
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