「かしゆかちゃんさあ、なんかいい顔してる。」
授業が終わった途端、いきなり話しかけられてかしゆかは目を少しだけ見開いた。気付かなかったが、前の席に座っていた女の子はゼミが一緒だった。ゼミの連絡程度でしか話したことがなかったので、とりあえずかしゆかは警戒心を含めた愛想笑いで返す。けれど、疑問は消えない。
「……なんで?」
「何かにこにこしてるし、可愛いよ。」
かしゆかが彼女の言っていることがよくわからなくて問うと、彼女は、微笑みながらそう言った。自分では全く無自覚。いい顔?どんな顔かもよくわからなかった。かしゆかが依然返答に困っていると彼女は、少し身を乗り出すと口元に手を当てながら声が漏れないようにかしゆかの耳元へ近づき、そっと聞いた。
「彼氏いるの?」
咄嗟に対応出来なくて、顔がかあっと熱くなったのがわかった。そのかしゆかの赤くなった頬を見て彼女はにたーっといやらしい笑みを浮かべて「やっぱりー!」と言った。その声が思いのほか大きくてかしゆかは彼女の口を覆った。彼女は、ごめんごめん、と平謝りしてまた声の音量を抑えて尋ねる。
「うちの大学のひと?」
「…う、うん。」
「えー、どんなひと?」
この状況は危ない。冷や汗が流れる。けれど今更後に引ける状況でもなかった。
「…やさしくて、ちょっとバカで、可愛くて、犬みたいなひと…?」
「へえー、かしゆかちゃんが好きになるんだからすっごいイケメンなんだろーなー。」
かしゆかのあげた項目にけしてイケメン要素はないのに、無駄に褒めるバカっぽい喋りの彼女に苛々した。バカにされているようで、顔に思わず出てしまいそうだったけれど、恋人のことを、のっちのことを聞かれるのは悪い気はしなかった。ところどころ、彼女の解釈は間違っているけれど、それでもいい。
彼女との話題が尽きた頃、携帯電話が震えた。かしゆかは表示を見て慌てて席を立とうとすると、彼女がまたバカっぽい喋り方で「彼氏さんですかー。」と茶化すように言った。また苛々したけれど、かしゆかも自慢げに「そう。」と含み笑いした。
教室から出て、彼女がついてきていないことを確認すると急いで通話ボタンを押す。
『かしゆか?』
「うん、どしたん?」
『あんね、のっち今日買い物行きたいんよ、付き合ってー。』
甘えるような声。かしゆかの好きな声。壁に凭れながらまわりに響く生徒の喋り声などかしゆかの耳は拾わない。拾うのは、のっちの声だけ。
「いいよ、どこ行きたいん。」
『んーっとね、CDショップとか。』
「わかった、楽しみにしとく。終わったら連絡して。」
『あ、ゆかちゃん。』
「なに?」
『空見て、青空がきれいなんよ。』
のっちの言葉を聞いてかしゆかは窓際へ寄る。青く透き通ったような空は、秋の空には珍しい。雲もほとんど見当たらなくて絶好の、
『シャッターチャンスじゃん!』
「え…?」
思わずかしゆかが問い返すと、のっちは、あれ、なんかのっちおかしなこと言った?と聞き返してきた。かしゆかは、驚いた。のっちが同じことを思っていた。何だか嬉しくて嬉しすぎてこのかしゆかの心の真ん中、そのまま空に向かって飛んで行ってしまうのではないかというくらいに。
「ありがとう、のっち。」
電話を切ったあとも、暫く携帯電話を見つめていた。そして視線を携帯電話から空へと移す。やはり今日の空はいつもと違う、最高にきれいだ。
(のっちは、きっとゆかの最高の恋人になるよ、)
空を見て微笑むかしゆかの表情は、やはり彼女が言ったように“いい顔”をしていた。
最終更新:2009年10月22日 21:06