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じりじりと肌を焼いて溶かす夏の犯人を睨んでやるため、私は手を額に当てて陰を作り、頭上を見上げた。
が、暑い、というより熱くて、犯人である太陽は直視できなかった。代わりに、相棒である空を睨む。
空は、透き通る青。相棒のくせに、素知らぬ顔して爽やかに、青。
その透明すぎる色に、改めて頭上に天井なんてものはないと思い知る。あの色は何かを塗ったものではなく、光そのものなのだから。
立ち止まる私のこめかみから、汗が一滴流れた。髪は短くても、熱い。
そして色が涼しそうでも空は光だから、いくら見つめても私を涼しくはしてくれない。
今日が休日だったら、一日中クーラーの効いた自分の部屋に引きこもっているところだ。
でも今日は仕事。そして今は外で昼食を済ませた後、次の仕事まで空いた時間で、初めて訪れた街を3人で探検中。
こんな天気だから、私1人なら喫茶店で時間を潰すだろうけれど、2人と一緒なら私の心と体は軽くなって何でもしたくなる。
それを思い出して顔を降ろすと、真っ直ぐな歩道を数メートル先に行ったあ〜ちゃんとかしゆかが立ち止まっていた。
馬鹿な私みたいに熱さを気にしたりせず、2人は道端の店のガラス窓に引っ付いて、女の子らしくテンションを上げている。
私は仲間に入れてほしくなって、駆け足で2人に追いついた。自然と顔が綻ぶ。
2人のそばに行くためなら、立ち止まるよりも駆ける方がずっと楽で、容易い。たとえ目が眩むような暑さでも。


「あ、やっと来よった。…って、なんでお腹さすっとるん?」
「ん〜、お昼食べすぎて走ったら出ちゃいそうでさ。で、何見てんの?」
あ〜ちゃんの視線が笑いながら、私のお腹から店の中に戻った。
私もそれに続くと、その店はインテリア雑貨店らしく、ガラス越しに中を覗いただけでうずうずしてきた。2人のテンションが上がるのもわかる。
落ち着いた照明と色合いの店内にはキラキラとか、ふわふわとか、可愛らしいデザインではなく、どちらかというとシックな、自分たちよりも一回り上の年齢層向けの西洋風な雑貨が多かった。
最近の私たちの趣向と重なっている。大人への背伸びではなく、普通に好みに合う。
かしゆかが腰を直角に曲げて熱心に見つめるショーウィンドウの中にも、そんな雑貨があった。
「これ、めっちゃ綺麗じゃん?」
さっき見た空の色でネイルされたかしゆかの指で差されているのは、
砂時計。
ガラスでできた大きな雨粒2つを、片方を逆さまにして尖った部分で繋げたその形は、本来あるはずの外枠が見当たらないために、明らかにバランスが悪いように見える。
だが、どこから見ても見事に対称的なシルエットと、ついなぞりたくなる丸みを帯びた輪郭と、こんなに見つめられても変わらずに砂を落とし続ける様が、不思議な程安定感を与えていた。
そして外枠が無いだけでも斬新なのに、その砂の色から、より目新しい印象を受ける。
一列に並んだ3つの砂時計の砂の色は、左から、
白、灰、黒。
「ちょうど三色!?うちらにお似合いじゃね〜」
「うん…」
同じ高さに背を低めて瞳を輝かせるあ〜ちゃんの言葉に、かしゆかはぼんやりと返した。
私は砂時計とそれを指差す空色の爪を何度か交互に見てから、斜め下で前に倒されているかしゆかの背中に、上半身を乗せて寄りかかった。
「ひゃ!」
背中は思ったより柔らかくて、微かに甘ったるい花の香りがした。汗の感触は全く無い。
驚く声を無視して体重をかけつつ、私はストレートの黒髪に後ろから話しかけた。
「欲しいんでしょ、かしゆか」
「ち、超欲しいぃぃ…でものっちは超重たいぃぃ」
「なにしとん、それ」
私とかしゆかの変な体勢と、かしゆかの低いしゃがれた声に笑ったあ〜ちゃんも、私と反対側からかしゆかの背中に乗っかった。
「ぅあ!」
ただでさえ細くて狭い背中に、私とあ〜ちゃんは腕を組んで前のめりにもたれた。背を挟んで向かい合う格好になる。
周りの空気は暑いのに、かしゆかに触れている部分から伝わる背中の体温は心地よい。
乗っかる私たちは2人で悪戯顔を見合わせて、真下にいる人物を気にせず話し始めた。
「買っちゃう?3人でお揃いで!」「いーねー!じゃあ、誰が何色にする?」「あの…お2人さん?」
「ほうじゃね〜」「あ〜ちゃんは白でしょ。どう考えても」「ちょっと…重いんですけど」
「うん、白好き。のっちは〜、黒かな。黒って感じ」「だね、私も黒がいい」「ねーってば…」
「したら、かしゆかが灰色じゃね」「ちょうど今日の服グレーだしね。お、決まりじゃなーい?」
「…もおぉ、なんで2人ともゆかの上で話し合いしとるん!?」
とうとうかしゆかが我慢できずに、大きな声を出した。私は満面の笑みを拡げるあ〜ちゃんと目が合う。
かしゆかは怒っているつもりかもしれないが、いつものぬるい声で言われても、全然凄みが無い。
私はその声がもっと聞きたくて、温かい背中に手を当てて返答を考えた。


私は自分の背中に向かって怒った、ふりをしたが、これはいつも通りのじゃれ合いなので、どうしても嬉しくて楽しくて顔も声も緩んでしまう。
「なんでって…なんかこう、机としてちょうどいい高さっていうか?」
背を撫でながらわざとらしく真面目に答えるのっちに、あ〜ちゃんもすかさず続く。
「いや〜いい仕事しとるよぉ、かしゆか。さすがかしゆか。うん…さす、さす……さすがしゆか!?」
「それ意味わからんしっ」
あ〜ちゃんの勝手な造語に、私ものっちも同時に吹き出した。弾みに、私の体が揺れて3人の体勢が崩れ、私たちは店の前で笑い転げる。
こんなくだらないことなのに、私たちは笑いが止まらない。お腹が痛くなってくる。
お腹を抱えて見上げた私の目に、容赦ない夏の太陽のせいで2人の笑顔の線が白く光って、周りの景色に滲んで見えた。
今カメラがあったらな、と一瞬頭の片隅で考えたが、あったとしてもシャッターは押さないだろう。
目に映っている画に近いものはフィルムに残るけれど、このたまらなく幸せな気持ちで見つめていること自体は、どこにも残せないから。
「はぁ〜、自分で言ってておっかし…んじゃ、買っちゃおっか。まだ時間あるし」
目尻の涙を指先で拭いながら、あ〜ちゃんは躊躇いなく店に入った。
まだお腹を押さえて前屈みになっている私は、のっちに腕を取られて2人であ〜ちゃんの後を追う。


焦げ茶色の木製の扉を開けると、ひんやりとした空気が汗ばんだ肌を包んだ。その空気は、木と革でできた新しい家具の匂いがする。
眩しすぎる外界とは打って変わって照明が落とされた店内で、私は何度か瞬きをして目を慣らそうと、歩調を緩めた。
が、のっちに組まれた腕に引きずられ、気づいたらあの砂時計がたくさん並ぶ棚の前に来ていた。
先に到着したあ〜ちゃんは、白い砂の時計の列を次々に逆さにしている。その隣で、私はじっくりと砂時計を観察した。
近くで見て初めて、外枠が無いこの砂時計が、きちんと立っている理由がわかった。
まん丸いと思っていたガラスの曲線は、底に向かう途中で滑らかに平面を形作っている。よく考えれば当たり前の、形。
私は空いた手で、黒い砂の時計を引っくり返した。
砂時計は想像よりも重量感があったが、中で流れ落ちる砂の線はか細くて頼りない感じがする。ガラスに守られていないと、私の呼吸だけで吹き飛んでしまいそう。
私は自然と呼吸を浅くして、砂に魅入った。
「綺麗だね」
なのに私の顔のすぐ横でのっちが突然呟いたため、私は思わず吐いた息を思い切り吸い込んでしまった。
その拍子に、のっちお気に入りの柑橘系の香りが鼻を掠めた。
「いろんな大きさがあるんね〜。どれにしよっか」
一通り逆さにし終えたあ〜ちゃんに言われて視線を動かすと、砂時計は刻む時間によって大きさが異なっていた。
5分、10分、30分、60分。
「ほんとだ。でもあの60分のやつは、おっきすぎじゃん?」
60分間の砂時計は、ざっと見積もっても30cmくらいの高さがある。迫力がありすぎて、手を伸ばす気にもなれない。
のっちも巨大砂時計を見つけて指差すと、真剣な表情で振り返って言った。
「あれ抱えて仕事行ったら、めちゃくちゃ怪しいよね」
「そら怪しいじゃろ。間違いなくテレビ局のビルの入口で止められるわ。『それなんですか!?』って、警備員さんに」
あ〜ちゃん得意のなりきりモノマネに、3人とも一旦収束したはずの笑いが込み上げてきた。
面白い展開になりそうな予感がして、私はあ〜ちゃんの妄想に乗っかることにした。ニヤけながら隣のあ〜ちゃんに話を振る。
「確かに止められちゃうね。どうすればいいかな?」「どうごまかしたらいいんかね?」「ごまかすんだ!?」
「考えて!考えて、のっち!」「ほうじゃ、たまにはのっちが考えんさい!」「え!?えーっと…」
「あっ、警備員さん来ちゃった!」「来た来た!うっわ、なんかめっちゃ怖そうじゃ」「ど、どーしよ…あ〜」
「早くごまかさないと収録始まっちゃうよ!」「遅刻したらあ〜ちゃん許さんけぇ」「ん〜う〜…」
「『あれ?Perfumeののっちさんですよね?』」「『手に持ってるの、もしかして凶器、ですか!?』」
「や、あの……ち、違いますこれ枕です今流行ってるんですっ」
私とあ〜ちゃんが畳み掛けたプレッシャーの末に、のっちが放ったこの台詞で、私たち3人はまたしばらく笑い転げた。客も店員もいない店内で。
「ま、枕って…まじあり得ん。しかも流行っとるって…」
「えー結構イケると思ったんだけど。ほら、あれ横に倒して凹んだとこに首はめたら、意外と寝心地いいかもよ?」
「絶対よくないよ…絶対嘘じゃん」
予想を遥かに超えるのっちの発想には、いつもお腹の底から笑ってしまう。のっちをターゲットにした私の判断は正解だった。
「もーそんな笑ってないで、早くどれにするか決めて買おうよー」
外から組んだままの私の腕を引っ張って、のっちが頬と眉を緩ませながら言った。
周りの空気は涼しいのに、のっちに触れている部分から伝わる腕の体温は熱い。
いつの間にか笑い止んで検討していた隣のあ〜ちゃんが、鶴の一声を発した。
「10分!10分のやつにしよ!ちょうどなんか、集中して考え事する時間って、そんくらいじゃろ?」
こういう決断の時にあ〜ちゃんが言うことは、まるでそれが前から決まっていたかのように、私の心にすっぽり収まってしまう。
私たちは10分間の砂時計を三色一つずつ、わざわざ店員にプレゼント用のラッピングをしてもらって、購入した。



————to be continued————





最終更新:2009年12月30日 01:32