『廃人』――ポケモントレーナーを蝕む病(後編)努力と虐殺のあいだで
トレーナー通信 201*年8月*日号より
(先週の「『廃人』――ポケモントレーナーを蝕む病(前編)終わらないズイのマラソン」に引き続き『廃人』と呼ばれるポケモントレーナー達のレポートをお届けする。)
森の東部、ハクタイシティに近い場所にその洋館はある。取材に当たった小紙記者は以前小誌の取材でこの洋館(写真1)を訪れたことがあった。(1月**日号『噂のハクタイ幽霊屋敷 海を渡った
ロトムの謎』)
しかし、数か月のうちに館はすっかり様変わりしてしまっていた。(写真2)館の周りに生い茂っていた背の高い草は、多くの人々の行き来によって踏みしめられて道ができ、
行く手を遮るかのように倒れていたいくつもの大木は、あるものは脇にどかされあるものは焼かれていた。門に付けられていた南京錠は叩き壊されており、開け放たれた門の奥には数十人のポケモントレーナー達がひしめき合っていた。
かつての幽霊騒動があった洋館はなくなっていた。洋館はバトルマニアたちの巣窟と化していたのだ。
(中略、屋敷の様子とトレーナー達についての詳術)
196*年、ポケモントレーナーのキクコ氏が著書で「ポケモンは、特定の種類のポケモンと戦闘を繰り返すことで、相手の長所を吸収し、一芸に秀でた戦闘用のポケモンへと成長する。
器用貧乏なポケモンは戦闘においては役に立たない。戦闘の回数は多ければ多いほど良い。」という理論を唱えた。
この理論は氏の「バトルで勝つには努力しなきゃね、努力。皮肉だよ、もちろん。」という有名な発言を取って「努力値」と現在では一般に呼称されている。
その翌年、ポケモンリーグ成績優秀者の多くがインタビューにおいて、「キクコ氏が提唱した理論を実践した」と発言したため、全国のトレーナーたちの間で育成の際に「特定の弱い野生ポケモンを一方的に攻撃する」という行為が大流行した。
特定の種のポケモンとの戦闘を反覆させることで、ポケモンバトルにおける特定の分野の能力が飛躍的に上昇する可能性があり得る、というのは現在でも携帯獣学生物的・科学的に証明されており、
ポケモンバトルを行うトレーナーの間では育成に関する初歩の初歩的知識であるとされている。
しかし、もちろんいくら科学的に実証されているからと言って野生の弱いポケモンを虐待することは許されることではない。
当時、全国で一斉に「バトルのため」に野生のポケモンを一心不乱に虐殺するトレーナーたちは一般人から見れば狂気に溢れていただろう。これらの虐待が原因で生態系が崩れた地域は数知れない。
ポケモンバトル反対派の市民団体からの抗議もあり、197*年、例を見ない素早い反応で「人間および携帯獣を襲う恐れのない野生の小型携帯獣を正当防衛以外で攻撃することを禁止する」法案が提出、
同年可決された。198*年にシルフ社から「タウリン」を初めとする「バトル用ポケモン育成サポートグッズ・基礎ポイント増強シリーズ」が販売、200*年にはデボン社から、
活用することで「努力値」を手に入れるのと同様の効果がある「パワーシリーズ」が販売され、前述の法令が施工されて以来「努力値稼ぎ」は行われなくなったかにみえた。
しかし最近再び、洋館に集まるトレーナーたちのように「違法の罰金を払ってでも戦闘用にポケモンを育成したい」と考える人々が、特に若いトレーナーを中心に増えてきている。
彼らの目的は、館に生息する
ゴース達である。フーディンを指示し、30分間ゴースを倒しつづけ5分休憩というサイクルを数時間こなしていた20代のポケモントレーナーの男性は語った。
「薬でのドーピングには限界があるんですよ。ポケモンバトルという一種の極限状態で最後に物を言うのは、やっぱり反復練習をどれだけしたかなんですよね。法令? もちろん知ってます。
でも最近ではかなり形骸化してきてますよね。仮に呼び止められても現行犯でない限りだいたい言い逃れられますね。それに僕――僕たちはゴースを虐殺してるわけではないですよ。
昔はね、相手を傷めつければ痛めつけるほどポケモンが成長すると思っていた人もいたみたいですけど、今も少なからずいるのかもしれませんけど、今ではみんな知識がありますから。
お互いに敬意を持った、戦いですよ。」
無抵抗の弱い野生ポケモンを一方的に攻撃するのは良心が痛まないか?
「たぶんそう思うのは、ポケモンバトルをやらない人じゃないですか? 確かに人間が銃で野生のポケモンを片っぱしから撃っていくのは残酷だし、良心が痛みます。僕にはそんなことできそうにない。
でもこれはポケモンとポケモンの戦いですからね。ポケモンバトルをやっていると、家でポケモンフーズをやってぬくぬくと育ててるだけじゃ絶対に分からないポケモンの一面が見えてくるんです。
生きるための本能、相手を攻撃せずにはいられない本能。彼らとの戦いはスタジアム上で必ず役に立つと思っていますから。
それに、リーグで好成績の人とかジムリーダーはほぼ例外なく「稼ぎ」をやってますよ。カミングアウトしてる人も多いですし。ポケモン協会もほとんど黙認状態ですよね。」
この屋敷は私有地で、不法侵入に当たるのだが。
「えっ、そうなんですか。空家だと思ってました……なんて通じるわけないですよね。ここは実際、最高に近い稼ぎ場なんですよ。屋敷中にゴースがいるし、いくら倒しても尽きないし、
何といっても人目がない。でも最近ネットで情報が流れたみたいで、人数も急に増えてきたし、もう潮時でしょうね。」
精悍な顔つきの彼は、理論整然とした口調で語ってくれた。最初から最後まで、冷静で感情を表さない口調だった。それは彼のみならず、屋敷にいる多くのトレーナーに見られる傾向だった。
彼らはたいてい口を聞くのはポケモンに指示を与える時だけで、まるで仕事のノルマをこなすかのように淡々とゴース達と戦闘を行っていた。
最近このような「稼ぎ」が全国で同時期に発覚しており、問題となっている。
(中略、全国の「稼ぎ場」とそれにまつわる事件の詳述)
今、ポケモントレーナーの間で何が起こっているのか? 昨今の病的ともいえる「バトル狂想曲」の原因を、ポケモン研究家はこう語る。
「それは勿論、バトルフロンティアのせいですよ」
バトルフロンティアは200*年にホウエン地方南東の無人島にオープンした、ポケモンバトルをテーマにした大型テーマパークである。
かねてから、日本におけるポケモンバトルの全権限は日本ポケモン協会が所有しており、ポケモンバトルの窓口が非常に狭い状況、
公式大会におけるルールの不備、改善の見られなさからトレーナーたちは不満を募らせていた。
そこに、世界で初めて、本格的にポケモンバトルを純粋な競技・エンターテイーメントとして扱う、をスローガンに掲げた施設がオープンし、すぐにトレーナーたちは飛びついた。
現在バトルフロンティアではバトル勝利時の賞金だけではなく、勝敗予想のトトカルチョをはじめ公式でも膨大な金額が動いていると言われている。
もちろん非公式・非合法で動く金額はそれの数百倍である。前年度の入場者数は2000万人を記録し、すでに施設自体が一つの経済システムとして無視できない状況である。
有史以来何万と繰り返されてきた、ポケモンバトルとポケモンの権利についてこの場で語る気はない。しかし、8月15日はポケモンの権利が初めて定められたトキワ憲章の制定記念日である。
ポケモンバトルとは何か。何のために戦わせるのか。あの青年が語った「相手を攻撃せずにはいられない本能」……。本能を持つのはポケモンなのか人間なのか。
すべてのポケモントレーナーが初心に戻り、もう一度自問する絶好の機会かもしれない。
最終更新:2010年04月16日 20:34