21: 名前:葵 (3e6wZ9rNfs)☆10/10(土) 22:01:23
これからお世話になる部屋を見て、一人考えていると
ガチャ
ノックもせずに誰?と思い見てみると、やっぱりというか案の定というか、そこにいたのは響だった。
「バスケ部がいつも練習前に使ってる部屋、汚ぇから掃除しといてくんねぇ?」
……いきなりかよ
ていうか、寮にまで部室っぽいものがあるのか。
「それと、」
「?」
ぐいっ
「わっ……!?」
腕を思い切り引かれ、
ぺろ
「ひゃあっ……!?」
こ、この人……く、首筋を!
ノックもなしに部屋に入って来たかと思ったら、この人は……!
「こんくらいで感じた?感度高いな、お前は」
なっ……
「ち、違う!」
「ふうん、いつまでその口叩いてられるかな」
ちゅっ
……ま、またかよ……
「んうっ……」
何だか前より深い。口を無理やりこじ開けられ、舌を奥へ奥へと差し込んでくる。
何も考えられない
「は……ぁっ」
どさっ
突如前触れなしに口が離れ、ついでに体も離される。
私が響にもたれかかるような体制になっていたため、私は響を押し倒すような形になってしまった。
あわてて私が響の上から逃げようとするも、下から私の腕を掴んでいるのでそうもいかない。
「は、離してよ!」
「嫌。お前から乗って来たんだろ、積極的だな今日は」
「うるさっ……っ!!」
こ、この人、また首筋を……
「はぁっん……」
や、やだ、私こんな声出して
「もっと声出せよ。我慢すんな」
くちゅ、と今度は耳を軽く噛まれた。
ゾクッ
「――っ!!」
私の体は過剰なほどに反応してしまう。
「そーかお前、ここ弱いんだ?」
(へ、変な弱み握られちゃったし!!
好きな人でもないのに、こんな……。
大体、この男は何?女だったら誰でもいいの?)
24: 名前:葵 (3e6wZ9rNfs)☆10/11(日) 10:46:41
ぺろぺろと、耳ばかりを攻められる。下から押さえつけられ、為すすべがなく私はされるがまま。
「ふっ……やっ」
そのとき、不意に響の舌が耳から離れた。
そう思ったかと思えば、同時に首に強い吸引と、チクっとした痛みを感じた。
「痛っ……」
こ、腰がガクガクになってきた……。
「莉恵」
耳元で、低い声で囁かれる。
何、この声。これだけで力が抜けてしまいそうになる。
「俺、もうそろそろ限界」
ちゅう……
何度も首や耳辺りを遊ばれ、響の手が不自然に私の腰を撫で始めた。
「やっどこ触って……」
ただ体を撫でまわされるだけで、この感覚。
私だって、別の意味で限界なんですって……!
こんなところで、好きでもない人と。
絶対に嫌!
「んっ……!?」
今度は肩にチクリとした痛み。
ま、まさかこの人さっきから……。
そのとき。
「おい、響ー!監督が呼んでっぞー」
誰かの声が廊下で響いているのが聞こえた。
(あ……ありがとう!!誰だか分からないけど!!私すっごい助かった、今!!)
「あ?もうそんな時間かよ……」
そう言いながら私から離れ、時計を見上げる響。
超機嫌悪いんですけど……!?た、助かったから良かったけど。
「莉恵」
「っな何!?」
「あとで鏡の中の自分、よーく観察しとけよ。じゃ」
バタン
それだけ言って、響は出て行った。
あの変態め……。
なんで好きでもない人にキスなんてできるんだろう。
だいぶ慣れてそうな感じだった、気がする。もちろん私はそんな経験ないわけで……初めてくらい、自分の好きな人としたい。
鏡台の前に立って、そこに映る自分の姿を見れば、案の定首と肩にはくっきりと残ったキスマーク。
悔しくて恥ずかしくて、目に涙が溜まってくる。
(……泣いちゃ駄目だ!あんなやつに負けたなんて思いたくない)
(ほんとに最低男っ……!!大嫌い)
25: 名前:葵 (3e6wZ9rNfs)☆10/11(日) 11:02:23
――午前7時45分
「んー……ここどこだっけ」
寝起きで働かない朦朧とした頭の中で、私は手探りで携帯を握り時刻を確かめる。
……これは、まずい。
「遅刻うぅぅうぅうう!?」
バタバタバタ
私は今、学校への道を急ぎ走っている。道、覚えといて良かった。
朝はこれでもかってくらいの早さで着替え、朝食を済ませた。食堂にはもうほとんど人は居なかった。
(私よく初めて泊まった場所で寝過せるな……!順応性がありすぎるわけ!?)
それにしても……朝一から走るのはさすがにキツい。間に合うのだろうか。
……そのとき、すーっと黒い車が私の横に止まった。
(……?あれ、うちの学校の生徒が乗ってる。ていうかこの顔見たことある、誰だっけ)
そう思っていたら、車の窓が開き、生徒が顔を出した。
「橋場……?だったよな?」
「あ……えっと……北井くん?」
同じクラスの、野球部の北井遼だ。坊主だから分かりやすかった……ていうのは置いといて。
「乗ってけ!あと10分で遅刻だぞ」
「うう嘘!け、けどそんな迷惑な」
「いいから早く!」
私はその勢いに呑まれて車に乗り込むことにした。
お、お邪魔しまーす……
ブロロロ
車が発進する。
「「……」」
ち、沈黙気まずっ!
「あ、あの!ごめんね、本当にありがとう」
「いーや。あんなぼろぼろの状態で走られてもな。
それに、俺今脚故障中だからついでだったし。ま、もう治るんだけどな」
ぼろぼろ……そうか、全力疾走する私はそんなにも醜かったのか。
私が若干落ち込んでいると、いつの間にか車は校門の横に到着していた。
「あ、ありがとうございました!」
運転してくれていたお母さんらしき人にお礼を言うと、にっこりほほ笑んでくれた。
車から降りて、私は走り出す。
「北井くん、ほんとありがと!」
「いーって、気にすんな!こけんなよー」
そういうと彼はニッと笑った。
……ドキ
(え?)
な、何今の。
不覚にもときめいてしまった。
「何ぼーっとしてんですか?せっかく来たのにまじで遅刻すんぞ」
ドキッ
(ままままた来た!)
「そ、そーだね!」
私はダッシュでその場を後にした。
不覚にも、あの笑顔にやられたのか(?)心臓が煩い。
26: 名前:葵 (3e6wZ9rNfs)☆10/11(日) 11:10:59
「莉恵おはよー。寮生活どうだった?」
「……」
「莉恵?」
「……」
「橋場莉恵ーーーーー!!」
「ははははははあい!?」
びっびっくりした……沙耶か。
「なによ、『沙耶か』って。気づいてなかったのー?」
「あ、……ごめん」
沙耶が怪訝そうな顔をして私の顔を覗き込んできた。
はっ私何考えてたんだ……
(あ)
北井くんが今教室に入って来た。私がそちらに目を向けると、たまたま向こうもこっちを向いた。
ドキっ!!
(や、やばい!ドキって何、ドキって!?まさか私)
そんなことばかり考え、一時間目はあっという間に過ぎてしまった。
そして次の休み時間。
「ねぇ、莉恵。あんたのそのおかしな態度と関係あるのか分かんないけど、それ……」
沙耶の視線の先には私の首元。
……首?
(ああぁぁ!!隠すの忘れてた!!)
朝ばたばたしてたから、昨日響につけられたキスマークを隠すのを忘れていたのだ。
最悪……
そう思いながら響を目で探すけど、机に突っ伏して寝ているらしい。ほんといつも寝てるなあ。
「はいはい、あんたは動揺しすぎね。全部あたしに洗いざらし話しなさい」
「はぁ……」
結局私は沙耶にすべてを話してしまった。
「へーえ……おいしい状況じゃないの」
「お、おいしいって!何面白がってんの」
「で?結局シたの?」
「しししてません!!何もかも!!」
「(何もかもって、なんだそりゃ)
あ、あとあんた北井のこと好きなんだね」
「あー、なんか今日の朝……って、ちょっとおお!!」
今、すっごく自然にすごいこと言ったよね?
しかも私あっさり認めちゃってたし。いやいや、まだ好きなのかは決まっていないっていうか……
27: 名前:葵 (3e6wZ9rNfs)☆10/11(日) 11:17:28
「あのね、あんた、すべてにおいて分かりやす過ぎ。もうちょっと嘘くらいつけるようにならないとこの先損するわよ」
……よく分かりました(泣)
「で?いつ告んの?」
「こここ告!?私、別にまだそんな……」
「いや、でもアドくらい知っててもいいんじゃね?
ちょっとーーー、北井ーーー!」
(さささささ沙耶アァァァ!!何してくれちゃってんの!?)
そんな私の心の叫びも空しく、北井は私たちのほうに来た。
さ、さっきから沙耶と話してたから、余計に意識しちゃうじゃない。
「何?」
すると、沙耶は私の足を思いっきり踏んだ。痛い、痛いよ!これは、私にどうにかしろということですか。
……も、もうなんでもいい!
「あ、あの。メアド教えてほしいなー、みたいな……」
ま、また出た。「みたいな」発言。
「お…おう。じゃあ、送るわ」
「あ、ありがと!」
最初は一瞬びっくりしたみたいな顔してたけど、笑って赤外線で送ってくれた。
……べ、別に好きじゃないから!!←
とりあえずお友達から、ってことで……
だけどやっぱり嬉しかった。後で沙耶と二人してめっちゃはしゃいじゃったもん。
幸せいっぱいのときって、後から何が起こるか分からないものだ。
28: 名前:葵 (3e6wZ9rNfs)☆10/11(日) 11:24:53
授業がすべて終わり、放課後。私は体育館の隅で練習の様子を見つつ、携帯の画面とにらめっこしていた。
決してさぼっているわけじゃない。今、ちょうどみんな休憩時間なのだ。
さっそくメールしてみたよ!よろしく♪
なんか馴れ馴れしいなぁ……やめよ。
これからよろしくお願いします。
いや、初対面じゃないし。却下。
アド教えてくれてありがとう!登録よろしくね
やっぱり無難にこれが一番だな。よしこれにしよう!
勇気を持って送信ボタンを……押せなかった。
誰かが私の携帯を後ろから取り上げたのだ。
「!?……あ、あんたぁぁ!!」
響がにやにやしながら私の携帯画面を舐めるように見ていた。
よりによってこいつに見られるなんて。
「ふーん」
今度は冷たく笑いながら、私のほうを見た。ちょ、ちょっと怖い……。
「お前あいつの好きなのか」
「ち、違……!好きってわけじゃ」
そう言いながらも、みるみる頬が染まっていくのが自分でも分かる。
「あいつはやめとけ」
「は!?あんたにそんな指図受ける覚えないんですけどー」
「俺、生徒会長とキャプテンな。お前マネージャー」
「……」
は、反論出来ないのが悔しい。私、こいつに結構口答えするようになってるな……。
「お願い!返して!」
「あいつとメールなんかしてたらこっちの仕事に集中出来なくなるだろ」
鬼ーー!(涙)
「れ、練習中は絶対しないから!お願いだって!」
「知らねーぞ」
ぽいっ
「え?」
案外早く携帯を返してくれた。
拍子抜けというか……なんなんだ、一体。
29: 名前:葵 (3e6wZ9rNfs)☆10/11(日) 19:03:04
「じゃー、そろそろ時間だから。お前も仕事しろよ。
くれぐれも後悔すんなよ」
「後悔?え、あ、うん……」
そう言い残して響は行ってしまった。
「マジかよ……」
「ん?なんか言ったか響」
「……駿。なんでお前は俺が行く先々で現れるんだ?」
「だって気になるし」
「盗み聞きかよ……」
「莉恵絡み?おい」
「うっせーよ」
あ、もうこんな時間。
ピーッ
「体育館掃除の時間です!」
皆が掃除をやりに動き、することのないものは先に出ていく。ジャージのまま寮まで戻って、シャワーもそっちで浴びるのだ。
「あ、そだ!メールっ」
携帯を開くと、【新着メール2件】
一つ目は沙耶だ。
なんか進展あったら教えてよ~
もうひとつは……
おう!こっちこそよろしく、遅刻すんなよ
「やっやばあああっ」
へ、返事くれたよ!それだけですごく嬉しい。久しぶりに恋する乙女の心境だ。(笑)
有頂天のまま、私は寮まで戻った。
30: 名前:葵 (3e6wZ9rNfs)☆10/11(日) 19:20:14
ジリリリリリ
「んーう……」
いつものように手探りで携帯を弄ってアラーム音を止める。あの日以来、毎日違う曲をかけることにしていた。(起きられるように)
今日は、バスケ部には珍しくて貴重なオフ。そして、沙耶と遊ぶ約束をしていた。こっちに戻ってきてから、友達と遊ぶようなことは初めてなのでとてもわくわくしていた。
約束の時間になり、私は寮を出る。廊下は静かだった。きっとみんなぐっすり眠っているのだろう。
「莉恵~っ」
駅前で沙耶を待っていると、髪をゆるく巻いて化粧をした沙耶がこっちに向かって歩いてきた。
「おはよ!なんか全然雰囲気違うね」
沙耶は普段ストレートヘアなので、少し巻くだけで全然印象が違った。
「莉恵こそ。髪上げて似合うのは美人なんだよ~」
はは、と笑いあって私たちは歩き始めた。最初の目的地は休日の醍醐味の(なんじゃそりゃ)カラオケ!
受付を済まし、部屋に入る。
「カラオケに来たは良いけど、私あんまり最近の日本の歌分からないんだけど……」
「あ、そっか。じゃああんたは聞いてなさい!」
「聞いてなさいって……」
♪~
沙耶は好き勝手に曲を入れ始めた。
私は画面に表示される歌詞をぼーっと見ながら聴いていた。
(本当に大切な人が誰なのか 気付くのが遅かったんだね
もうこの気持ちは届かない、それはあたしの隣に立っていた人なのに
あと一瞬早ければ変わったのかもしれないのに
気付いた時には、もう手遅れ ……かぁ)
いきなり切ないの歌うなー……
「そういや莉恵、最近メールしてる?」
歌い終えた沙耶がいきなり話題を振って来た。
「へ?あ、うん、してるよ?」
思わず顔がにやけてしまいそうになる。
「うわ、緩んだ顔しちゃって。いやらしい」
「いやらしいって!響じゃないからね、私は」
そう言うと、沙耶はひどく驚いたような顔をした。
「え?どうしたの沙耶」
「あんた、相川くんと名前で呼び合うような仲だったっけ?」
……あー、そういうことね。
31: 名前:葵 (3e6wZ9rNfs)☆10/11(日) 19:37:14
「そんなんじゃないって。あいつが名前で呼べって言ってきたから。
とは言っても、私本人には呼んだことないんだけどね……」
いつも「あんた」とか、「ちょっと!」で済ませたりしてるし。
カラオケ館を出た後、プリクラを撮った。その間の移動中も、話が尽きることはなかった。
「お茶でもする?休憩がてらに」
「そうしよっか」
私たちはスタバに入り、腰掛けた。二人で無言で冷たいドリンクを飲む。
「……ねぇ、莉恵さ」
「ん?」
「……」
沙耶は少し難しい顔をして黙りこんでいたが、
「北井のこと……好きだよね?」
「な、何を今更。ずっとメールするようになって、やっぱり優しいな、とか思うし……。
あの優しさが響にもあったらいいのになーとか思ったりもするしね(笑)」
「……莉恵、まさかあんた」
「……え?」
と、そのとき。
「あれ、もしかして北井じゃ……!」
「!」
そこに入って来たのは、何というタイミングであろうか私の想い人、北井くんであって。
そして、その隣には……
「う、嘘……」
なんとも可愛らしい女の子が一人。他校だろうか、見たことのない顔だ。
二人して手つないじゃって、幸せそうな顔して。
(……なあんだ)
「……沙耶。出よっか」
「……うん」
約2年ぶりの短かった恋は、見事に且つこれ以上ないくらいにあっさりと、失恋に終わりました。
32: 名前:葵 (3e6wZ9rNfs)☆10/11(日) 19:47:40
「……」
あのあと、私は沙耶と別れて一人寮へと帰って来た。
な、なんかすごくあっさりと失恋してしまったから、ショックだとか感じている暇がない。
それよりといっちゃあ何だが、別れ際に沙耶が残した一言が私の頭の中に強く残っていた。
ラウンジのソファーに腰掛け、一人思い出して考え込んでいた。
『ねぇ、莉恵』
『んー?』
『今日思ったんだけどあんたね、もしかしたら大事なとこ見落としてるんじゃない?』
『大事なとこ?』
『ウン。……まー、それに気付けないようじゃあんたもまだまだね(笑)』
『ちょ、ちょっと何よそれ!しかもそれだけ言い残して帰るのかよ!』
大事なことって、何だったんだろうなー。
あー、それにしてもやっぱり悲しい。そりゃあそうだよ、失恋したんだから。
……そのわりに私、開き直ってません?
あれか?最初は実感湧かなくて何も思わないけど、ふと気が抜けたら一気に涙が出てくるっていうやつか?(←作者経験あり)
だけど、うーん……そういうのでもない気がする。
北井って、優しくてお兄ちゃんみたいだったなー……
(お兄ちゃん……?)
彼は私にとって「お兄ちゃん」みたいな存在だったんだのかな?
分かんないな、あんまりその辺のこと。
……本当に満ち足りた、家族の愛情なんて。
(……私は、愛してほしかったのかもしれない)
36: 名前:葵 (3e6wZ9rNfs)☆10/11(日) 21:05:12
「おい、莉恵」
「……?」
一人物思いにふけっていると、響が何やら真面目そうな顔でこっちに歩いてきた。
……どうしたんだろう。
「どうしたの?」
「これ」
ぱさ、と渡されたのは封筒に入っている手紙らしきもの。
私宛……?
「お前の母さんって名乗った女性(ひと)が、莉恵に渡してくれって。あと……『ごめん』ともな」
「!?」
その言葉に突然目の色を変えた私を、響が少し驚いたような顔で見つめる。
それさえ気に入らないほど、心臓が煩く高鳴っている。
(……読みたくない)
嫌な予感がする。
私がずっと恐れていた『その時』が、今にも訪れようとしている。そんな気がしてならない。
「……っ」
唇を強く噛みしめ、震える手で私は封を切った。
「―――っ!!」
そこにあったのは、私が予想していた通りの『答え』で。
やっぱりと思う気持ち、裏切られたと思う気持ちやらなんやらで自然と目頭が熱くなっていくのを感じた。
38: 名前:葵 (3e6wZ9rNfs)☆10/11(日) 21:21:36
『突然こんな手紙を書いてしまって驚かせてしまったと思います。そして、ごめんなさい。
私とお父さん、離婚することにしました。
寮生活から変わることはないし、学費のこともあなたは心配しないでください。
顔を見て話したかったんだけど、私も忙しくてなかなか時間が取れなくて、こんな手紙なんていう形になってしまいました。莉恵は怒るだろうね、こんなことして。
だけど、これが私たちが出した答えなの。
本当に、急な話だったけど、莉恵なら分かってくれるでしょう?』
「……!!!」
ここまで読んで、私は手紙をその場に投げ捨て走り出した。
もう、あんなもの読みたくない。
走らずにはいられなかった。
(……っ)
私は誰もいない夜のがらんとした食堂の扉の前までたどり着いていた。ドアを開けようとしたが、鍵がかかっていて開かない。私はその場にへなへなと座り込んだ。
お母さん、お父さん。
あなたたちは私のこと、何にも分かっていないよ。
なんでそんな大事なこと、娘に何の相談もなしに決めちゃうのよ。
……最低。
『莉恵なら、分かってくれるでしょう?』
「分かりたくもないし分からないよっ……!!うっ…ひっく……」
震える声でそう呟いたら、涙がぽろっとこぼれ出てきた。
一度出たものは止まることを知らず、服に涙の跡が付き始める。
駄目だ、泣いちゃあ。泣いたら自分が弱いことを認めることになってしまう。私は目をごしごしと擦った。
「―――おいっ!!」
突然バタバタという騒がしい足音と、大きな怒鳴り声が静かな廊下に鳴り響き私はびくっと後ろを向いた。
39: 名前:葵 (3e6wZ9rNfs)☆10/11(日) 21:34:29
「あ……」
そっか……私、さっきこの人が手紙を届けてくれたのに、読むなりそれを捨てて走り出してしまったんだ。
(見たのかな……あれ)
響の右手に収まっている手紙を見て、私はぼんやりと思う。
「……お前、大丈夫かよ」
(やっぱり、読んだんだ)
ありがとう、こんな私のことを心配してくれて。
だけど、私なら……
「元々ね、お父さんとお母さん、私が中学生になったときくらいから意見がかち合わなくなったっていうか、雰囲気がおかしくなったっていうか。
とにかくおかしくなっちゃったんだよね、ちょっと。
お父さんは仕事にすごい熱心だったの。カナダにいたとき。お母さんはいつももっと家庭のことを考えてって言って、それでよく喧嘩してたなー……」
震えないように、慎重に慎重に声を出す。
私は懐かしむように、その生活を思い出していた。
……あまり気持ちの良いものではないのだけれど。
「……」
私、なんで知りあってたった二カ月くらいの人にこんな話してるんだろう。他人にこんなことを言いたいはずがないのに。本音を言わずにはいられなかった。
「だけど、まさかここまでとはね」
本当に離婚するなんて。どっかの小説やドラマの話かと思ってたよ。考えたこともなかった。
「……私は、大丈夫」
「……!」
喉の奥から絞り出すように声を出す。
もっと普通に喋りたいのに、上手く声が出ないよ。
「私は強いから!大丈夫だよ、大丈夫」
そう。カナダに居たときに、よく周りの大人や友達に言われたもんだ。
お父さんが忙しくて大変なのね、中学生なのにしっかりしてるね、えらいね、って……。
「だから……」
「……莉恵」
それまでずっと黙って話(というより、私の独り言かもしれない)を聞いてくれていた響が口を開いた。
「……!」
何、と聞き返すよりも早く、
気が付いたら、私は暖かい腕に包まれていた。
40: 名前:葵 (3e6wZ9rNfs)☆10/11(日) 21:48:23
(……あったかい)
私は素直にそう感じた。
「強いとか、そんなこと言うんじゃねぇ。強がんな、この馬鹿が」
何……!?
「私強がったりなんかしてない!そっちこそ馬鹿じゃないのっ……!?」
突然、響が私を姫抱きにした。
「な、何すんの!」
「黙ってろ。こんなとこで話すわけにいかねぇだろ」
(あ……)
確かにその通りだ。
そのまま響は廊下を歩き続け、ある一つの部屋に入る。
(響の部屋だ……)
そこで私は下ろされ、ベッドに座らされた。私は再び口を開く。
「別に私大丈夫だから。平気だよ?」
「……んなシケた面して言ってんじゃねぇ。
お前は弱い、莉恵」
なんて……?
「弱いんだよ、お前は。弱みを見せないで強がってるやつのどこが強いってんだ」
「何を……」
「お前、人との間に壁作ってんだよ。見てたら分かる。
まあ、並河とか駿とか、仲良くなったやつには全然そうじゃないみてぇだが。
自然と、身構えてる。人に対して。
ただ、普通に付き合ってるだけじゃ分かんねーがな」
「……!!」
どうしてこの人は……こんなにも人の心に入り込んでくるんだろう
「弱い。弱いよ、お前は」
その人があまりにも真っすぐで、迷いのない強い瞳で私を見るもんだから。
……その瞳は、ずっと私の内側まで映していたのだろうか。
「馬鹿は響だよ……」
初めて、この人の前で名前を呼んだ。
同時に、耐えきれなくなったかのように、私の頬に暖かい涙が流れ落ちた。
41: 名前:葵 (3e6wZ9rNfs)☆10/11(日) 22:00:07
「……寂しいこと言ってんじゃねぇよ。もっと頼れ、周りを」
ふいと横を向きながら、響がそう言う。
ああ、私この先この人に隠し事出来る自信ないや。
本当は、
「本当はね」
ぽつりと言葉が勝手にこぼれ落ちた。
「ずっと、ずっと怖かった。
いつか、今日みたいな日が来るんじゃ……ないかって……!」
流れ落ちる涙を、もう止めようとはしなかった。
そんなことしたら、怒るんでしょう?
「怖かった……」
心の奥底に、いつもいつも溜まっていた不安のカタマリ。
だんだんと雰囲気が悪くなっていく両親の姿。
二人の空気に首を突っ込む勇気なんて、弱い私にはなくて、何も言えなかった。
「怖いよ……今だって」
怖い
怖い
一人が
怖い
「一人が、怖い。
怖いよ……だから私は強くなりたかった」
強さがほしかった。
何でも乗り超えられる勇気が欲しかった。
……一人ぼっちは嫌。
「北井のことだってね、きっと私は恋をしてたんじゃない。愛情を求めてたの」
頼れるお兄ちゃんみたいに私の目には映ってた。
……本当に安心出来る、家族の空間が羨ましかった。
お父さんやお母さんが、私を一人 置いて
「お願い、……離れないで。行かないで。
一人にしないでよっ……!」
涙が次から次へと溢れ出し、私は訴えるようにぎゅっと響の服の裾を掴んだ。
反応するように、響がさっきのようにぎゅうっと優しく包み込んでくれる。
「……本物の馬鹿だな、お前はよ」
「……え」
上から降って来た声に、私は顔を上げた。
42: 名前:葵 (3e6wZ9rNfs)☆10/11(日) 22:18:59
「ああ、お前は馬鹿だよ。一人が怖いだ?どっかのガキか、てめぇは。馬鹿だ。ほんとに馬鹿だ、俺が思ってた以上に馬鹿だな」
なっ……今何度馬鹿って言った、この人。黙っていれば酷い言われようだ。
すると、突然響が私の頬をむにーっと(それはそれは手加減なしに)引っ張った。
「ひ、ひひゃい!……!」
次は、ぱっと手を離され、気が付くと目の前に響の顔のドアップ。
い、忙しい人だなもう!
「お前は、一人じゃない」
「……え」
「よく考えてみろ。先生だって並河だって駿だって、バスケ部の部員達。皆お前のそばにいる人間なんだよ。
贅沢言うんじゃねぇ。そんだけお前のことを想ってくれてる人がいるんだ。充分じゃねぇか」
「……!」
(本当だ……)
私、確かに本物の馬鹿かもしれない。
転入初日に不安だった私を導いてくれた由佳先生、早速話しかけてくれて今では大親友の沙耶。
馬鹿みたいに明るい変態の駿に、こんな私と一緒に活動してくれているバスケ部の部員達。
誰よりも頼りになる、顧問の斎藤先生。
(……それに、この人はたった二カ月の間に、私のことをちゃんと見てくれていた)
「そ、そうだよねっ……
響が……みんながいるんだよね
私、馬鹿だね……ごめんね」
また涙が溢れる。響の大きな指がそれを拭ってくれた。
「おい、今日はここで寝ろ」
「……え?」
「別に何もやましい事ァしねぇよ。
この部屋で寝とけ、今日は。」
そう言ってくしゃっと頭を撫でられた。
それは、小さいころにお父さんがよくしてくれた、それに似ていた。
「……ありがとう」
私は布団の中に潜り込んで、目を閉じた。不思議とすぐに眠りに引き込まれ、あっというまに寝てしまった。
(……もう、強がったりなんかしないよ。ありがとう、気付かせてくれて)
「すー……」
「……無茶すんな、馬鹿野郎。
あんな顔した奴、一人で寝かせられっかよ……」
45: 名前:葵 (3e6wZ9rNfs)☆10/13(火) 22:26:08
翌朝
(うーん……よく寝た……)
私は薄らと目を開けた。否、薄らとしか開けることが出来なかった。昨夜の出来事が滝のように脳裏に蘇ってきた。
昨日は、色々なことがありすぎて疲れたよ。
それにしても、……瞼が重い。絶対腫れちゃったよ、これ……。
今日が日曜日だったのが幸いした。(部活はあるんだけど、学校には100パー行けないよこの顔じゃあ)
「今何時……?」
そう掠れた声で呟き、寝返りを打った瞬間。
「……ええ!?ひひひ響!?」
わ、私、落ち着け!なんで響と一緒のベッドで寝てるんだっけ?昨日、最後、確かにここで話聞いてもらってたけど……えーと……?
「……昨晩のこと忘れるなんて、どんな頭してんだよ」
「うわっ!お、起きてたの?」
「莉恵の声がうるさくて目覚めた」
そう言いながら響は伸びをして、私の方を見た。
……そのとき、
「ぶっ……」
(!?あ、そっか私顔……!!)
「ひ、酷い!人の顔見るなり吹き出すなんて超失礼なんですけど!?」
「や、悪ぃ。目腫れすぎだろお前…ククッ」
悪ぃとか言いつつ、肩震えてるよ。笑いを必死に堪えてるの丸わかりですから。いいよ、もう……。
「おい。もう平気なのかよ」
「え?あ、うん……。ごめんね、昨日は。ありがとう」
「今日はえらい素直だな」
「だって」
昨日は散々、この人の前で大泣きして本音ぶちまけて。
正直言ってかなりすっきりした。心の蟠りが軽くなったような。
不思議な人だ。つくづくそう思う。
46: 名前:葵 (3e6wZ9rNfs)☆10/14(水) 20:43:58
「……今は、どうしたらいいか分かんないけど。ゆっくり考えてみる」
「あぁ」
響が相槌を打ってくれる。
「本気で人を信じるのって、勇気いるなあ……」
私がそう言うと、響は突然固い顔をして口を閉じた。
……?
「そうだな……」
そういう響の顔は、なんとも言えない表情をしていて。
寂しそうで、孤独で、冷たかった。
(何か……あったのかな)
「響……?」
気になって、私がその横顔に問いかけてみると。
「……」
ふっと響が笑った。
(え?)
それは、いつものあの意地悪そうな笑みではなくて。
諦めたような、そんなものが映っていた。
「そういやお前、最近俺の名前呼ぶようになったじゃねぇか」
「……へ?あ、ああ」
いきなり何を言い出すかと思えば……。
「ようやくか。まぁ、そろそろ惚れる時期だとは思ったがなァ」
「は!?何言ってんのあんた!」
相変わらずこいつはっ……!
最終更新:2010年08月10日 14:43