旅人の詩 続き1

36: 名前:サスライ☆02/24(水) 20:57:32
夜の空を煙と香ばしい臭いが漂う。鹿鍋による鍋パーティーだ。
堂島山賊団は肉類の大半を干し肉にせずに、その日の内に料理してしまう。さもなくば、この集団を食べさせられないから。それでも、堂島が訓練兼狩りを毎日するので大して困らないし、皆で沢山食べれて楽しい。
笑い声の中、3人が囲む鍋のグループがある。一人は堂島、一人は先程の女性、もう一人は先程の見張りだ。
「麗(レイ)、お前本当に喰い方に色気ねぇなぁ」
「ふぁって、ぼにゃきゃぎゃ……」
「飲み込んでから喋れ」
女性こと麗は堂島に言われると、髪に隠れて表情は見えないが飲み込む動作だろうか、顔を上にして両手で胸を押さえる。
「だって、お腹空いてたんでゲス!」
「そうか……」
ギョロ目には違いないが、どうもしない淡白な顔と声色で麗に返答すると、今度は見張りの男が声をかける。雰囲気から察するに、どうも大切な事らしい。
「そういやお頭、今日武器商人の野郎が来ましてね」
「うん。それで、どうした?何かそんだけじゃ無いって顔だな」
指摘されると見張りは頬を人差し指で掻く。やっぱり、話すべき本当の事は隠し通せる物じゃないんだと。
「ハイ、武器商人の話じゃ、こっちまで追いついちったらしいです。ハンプティが」
「そうか……早いな」
やはり淡白な顔。
しかし、警戒色のトーンを落とした声で返すと、鹿鍋の汁を啜った。


40: 名前:サスライ☆02/27(土) 19:44:25
堂島山賊団は、主に政府関係者から山賊行為を働く。それは、堂島藤吉郎元帝国小佐が、終戦により、政府から踏みにじられる扱いを受けたから。
これは堂島に限った事では無いので、堂島山賊団のメンバーは元帝国軍人が大勢居る。
大勢と言うのは、全てがそうでは無いと言う事で、麗がそれだ。
出会いは、収容所。
この時テロリスト集団から仲間の解放を依頼されて、収容所を襲った。
ドサクサに紛れて逃げる囚人や出してくれと叫ぶ囚人多数。
しかし、ふと目に入った扉の隙間から体育座りで、人形よりも無表情な麗が見えた。
見たところクスリをやっている感じでは無いし、精神が壊れきった訳でも無い。何より、そんな囚人はもっと重要な収容所に入れられる。
大和刀で牢を破壊して、堂島は彼女に近付き、流れる動きで刀を首筋に突き付けた。まだ短い髪の麗は、何も反応しない。
「お前、何をした?答えぬならば、斬る」
何故、それを聞いたかは一緒に笑いながら鍋を食べてる今でも解らない。
只、いい加減な興味で無いことは確かで、しかし口に表すのが酷く難解なのだ。
問いに対して、麗は口を動かした。
何故この時、反応したか麗自身も解っていない。只、解る事は今堂島と一緒で幸せと言う事位だ。
「……何も、してません」
「何もしていないのに、お前は閉じ込められているのか」
麗は目つきを数ヶ月に変える。目に当たる光が乱れるそれは、哀しみの表現。
ずっと言えなくて、それでも誰かに聞いて欲しくて、諦めていた台詞を吐く。
「大人は、助けてくれませんから……」
堂島は何となく、刀を収める責任感にかられて、故に鞘に収めた。部屋は明るい筈なのに、麗の顔は良く解らず、無表情では無かった。


41: 名前:サスライ☆03/02(火) 14:24:56
堂島山賊団と同盟を組んでいる山賊団。
つまり、前からガンマ一家と小競り合いをしている山賊団だ。
その名は『永久恋愛(エクレア)山賊団』。勿論出落ちのやられ役である。
アジトには門番2名。『武器商人』から買った銃を抱えて他愛無い世間話をしている最中だった。
門番の名前は『燃志(モヤシ)』と『歩倫(プリン)』、出落ち要因である。
「なあ、髪切った?」
「あ、分かる?」
燃志は己のモヒカンをかき上げると、得意気に微笑みかける。
そんな二人に近付く人影。袖が広くて黒い中華服。中華服は、構造的に頑丈な作りになっているのが分かる。
そして深被りした、風来坊風味の編み笠。これのお陰で顔の上半分は見えない。
只、若い女性なのは身体付きから理解。読者諸君に言うと、チシャよりは肉体年齢が高い感じだ。
女性は門番の目の前に至ると、腹を押さえて座り込んで、か細いが高めの声を出す。
「ああっ。い、痛い!」
警戒して銃を構えていた歩倫は女性に近付き、しゃがみ込んで、出来るだけ同じ視点になった。
「おい姉ちゃん、大丈夫か」
「へ、平気です。その、実は……」
「おう。どうし……グホォ!」
何の前触れも無く、ズルリと歩倫は、崩れ落ちて倒れた。燃志は何事か理解出来なかったが、女性の表情を見て理解。
女性の口元はニタリと笑う。偶然、笠の隙間から覗いた眼が弓になっている事から作りでないと分かるし、
何よりも、その瞳は竜巻を思わせる淀んだ悪意に満ちていた。
「実は……貴方達被害者が加害者の私の心配をするのが面白可笑しくてお腹が痛いのデスよ。
アヒャヒャヒャヒャヒャ!」


42: 名前:サスライ☆03/02(火) 19:30:06
生暖かくて、ドロリとまとわり付くした嫌な空気。本能が危険と叫ぶだけで、それが何なのか燃志の域では理解が出来なかった。
半分丸まって横たわる歩倫は反応しない。正直怖い。しかし、弱者には弱者なりの対応がある。
燃志が近くのボタンを押した途端、草の中にあちこち隠しておいたサイレンが一斉に鳴り響く。
これは緊急サイレン。鳴った途端に永久恋愛山賊団全員に聞こえる様に設置されている。
「ハハ、ハハハハ!サイレンと同時にカメラも作動。お前の写真は堂島山賊団を含む全員に行き渡る。地の理もこちらにある。お前は終わりだぁ」
しかし女性は表情を変えない。つまり、尚も笑っているのだ。
「キャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャ!」
歪んだ笑いを浮かべながら、女性は頭から銃口に突っ込んだ。燃志は思わず引き金を引く。
サイレンにかき消され気味の、しかし近くだと確かに聞こえる火薬の破裂音。
編み笠は二つの孔を開けて空中を舞った。一つは銃弾が入るとき開いた孔で、もう一つは出る時の孔。
則ち、頭を貫通したと言う事。即死だ。
しかし、女性は立ち続けて笑い続ける。額に風穴を開けたまま。
「クスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクス……。
この程度で私を殺したつもりデスか」
眼を細めて見下す女性。赤髪で整った顔は、普通の状況だったら美人だが、今では恐ろしく、怖い。
「お、お前は一体……」
「チシャって言いマシテ、ハンプティって旅人のお供をしてマス」
恐怖に怯える燃志は改めて女性…チシャの額を見る。風穴は無くなっていた。きっと夢だからに違いない。
何かが刺さった気がして、意識が薄くなる。きっと夢だから、今から目が覚めるに違いない。
そう思い込まないと、更に怖い目に合わされる気がして、意識を失った。


43: 名前:サスライ☆03/05(金) 09:59:01
森の獣の安眠を邪魔するサイレンの中、背が高いと言うよりも長い男がチシャの目の前に来た。
彼は薔薇の模様の入ったサーベルを構える。
「成る程、貴女の手が見えない程広い袖に隠し、暗器の毒針を飛ばす為ですね。
しかし、私には一度見た技は……」
チシャの袖からツタで作った鞭が飛んで男の額にクリーンヒット。
幸せそうな顔のまま男が崩れ落ちると別の男がやって来た。逆手に持った二本のナイフを振り回しながら。
「ブハハ、奴を倒した位でいい気になるな!奴は四天王の中でも一番の小物」
チシャは布袋を袖から飛ばした。男はソレをナイフで切り裂く。
すると、袋から黄色い粉が出てきて、男はむせる程浴びた。実は、とある植物の花粉を袋詰めにした物で麻痺作用がある。
ナイフを落とし、幸せそうな顔のまま男が崩れ落ちると別の男がやって来た。
男は拳銃を構えるとお約束とばかりに口を開く。
「……!」
麻痺作用のある花粉が充満している空間で、マスクも無しに喋るのは自殺行為だった。
幸せそうな顔のまま男が崩れ落ちると別の男がやって来た。
このパターンは流石のチシャも引く。指示したハンプティに文句を言ってやろうという思いが一層高まる。
そして、当のハンプティは堂島山賊団に向かっていた。


44: 名前:サスライ☆03/06(土) 13:32:34
ラジオを改造した警報装置。警報が意味するは、同盟山賊団の危険信号。
それとは別に香ばしい臭い。鍋が一段落付いて、ウドンをやっているからだ。
ウドンを食べる二人。一人は堂島、隣で鉄の箸を用いてガツガツ飲み込む様に食べるもう一人は、皮のマントにカウボーイハットに無精髭。
つまり、ハンプティだ。
「……この騒ぎはお前か?」
「ああ。チシャを使ってな」
ハンプティは突然現れて、突然ウドンを食べ始めた。
周りがオロオロする中で麗はハンプティを髪の隙間から殺気を放つ。
背後から彼女は、ナタを一気に振り下ろした。
「死ね」
火花と金属音。
ソコには箸を背中に回し、箸で白刃取りするハンプティの姿があった。
「おいおい、麗。何時ものゲスゲス口調がなくなってるぞーっと」
「五月蝿いでゲス!」
堂島山賊団は、改めて実力差を思い知る。
自分等が束になったトコロで、この風来坊には勝てない。そう言う訳で棟梁と宿敵の会食を指を喰わえて見るしか無い。
「……どう言うつもりだ?」
「なんだかんだで長い付き合いじゃん?でも、このイタチごっこにケリを付けようと思ってな」
「まさか、一騎討ちでゲス!?」
麗が目を見開くと、ハンプティはニヤリとして頷く。
「こんな風に、同盟が襲われたって理由があれば周りは援護してたって言う何かはした理由が出来る。
すると、堂島を倒しても麗みたいなのが『何も出来なかった』って堂島山賊団を再び作る理由も無い。
何より、俺とマトモに戦えるのは堂島位だろ。
どだ、俺の計画完璧じゃね?」
ニカリと笑うハンプティに、堂島は犬程度なら焼き殺せそうな睨みを向ける。
箸をハンプティの頬に向けると、言い放った。
「大きな欠点が一つある。それは、お前が俺を倒せる事が前提の話だ……」
ハンプティは目を合わせて笑みを深くするのみ。そして、マイペースにウドンを再びすすった。
「ま、そうだな。取り敢えずはウドン喰ってからな」

47: 名前:サスライ☆03/11(木) 07:20:30
堂島はその肌で、確かに感じていた。夕方対峙した、鹿との間合いの取り合いになる凝縮された空気の相似を。
食べ終わって空になった鍋が風に触れ、不思議とリズミカルな金管楽器の音がする。
鹿との空気の違いは二つだった。一つは、凝縮された空気が比べて圧倒的に濃いもの。もう一つは、間合いの取り合いでは無い事だ。
お互いに膝を折り畳んで、背筋を針金が入ったかの様に伸ばす。つまり、向き合って正座した体勢。尚、堂島の右手側には大和刀が置いてある。
堂島の子分達はここに留まり、じっとそれを見ていた。この戦いの始まりが堂島山賊団の戦いの始まりだと解ったから。
どこからともなく、雫が落ちて来る。それは天上の戯れか。
ポチャ……。
雫が地面で弾けると同時に二人が気迫を放ち、動いた。
ハンプティの先制で拳を顔面狙い。しかし、堂島は顔を反らして回避。
避けられても笑っていた。それれが純粋に楽しんでいるか、狙い通りだったからかは本人も知らない。
拳から下へ振り降ろす肘。それを刀の柄で受け止める。そのまま居合いの原理で刀を抜けばカウンターの横薙ぎになる。
薙ぎを跳躍で回避。空中から蹴りを放つ。後ろへ跳ねる事で蹴りを回避。
そのまま堂島は後ろに跳ねながら下がると、あるものに乗った。
「行くぞ、相棒!」
ドラゴンである。


48: 名前:サスライ☆03/14(日) 10:56:57
唸り声を上げながら、ドラゴンが前傾姿勢になり、今にも突撃せんとする。
銃弾飛び交う中、刀の堂島が生き残れたのはこれに由来する。
先ず、装甲車の屋根に乗り、銃弾等を捻り潰す。この時堂島に飛んでくる銃弾は盾でかわす。
そして敵陣ど真ん中に突撃。装甲車はそのまま盾として使い、刀で暴れ回る。
こうして戦乱の世を実力のみで這い上がった男なのである。
ドラゴンが咆哮を上げる。それは只の力任せの声。
しかし、拳を構えるハンプティは美しいと思った。何かを一生懸命やっている姿は美しいのだから。
ドラゴンが突撃する。堂島は鞍の上に立ちながら、手綱のみ片手に掴んで刀を構える。一歩間違えれば落馬だが、その顔に迷いは無い。
ハンプティは跳躍。ドラゴンの鼻先にキレのある真空回し蹴りを食らわせた。
しかし、鋼よりも重いそれに、ドラゴンは怯まない。爪でハンプティを斬り上げる。
『ひかれた』と言う表現が一番正しく、宙に舞うハンプティに堂島の振り下げが迫っていた。斬り上げた瞬間に手綱を放し、前に跳躍したのだ。
ドラゴンの額を蹴る。そうする事でバックステップの形になり、刀は風斬り音のみを出す。
バックステップの先には木があった。ハンプティはそれを蹴る。
ドラゴンに再び向かう為に。


49: 名前:サスライ☆03/15(月) 23:38:04
一人の男が膝を付く。もう、立つ力が無いのだ。それでも彼は、荒い息遣いと共に口を動かす。
その表情は敗れた者のそれでは無くて、寧ろ晴々としていた。
「グハァッ!ハァ…ハァ…
まさか、我等『西山十人刀』が倒されるとは……」
「まさか名字西山で同じ顔(モブ)が一気に十人も来るとは思いませんデシタヨ」
男、西山はニコリと勝ち誇る笑顔、俗に言うどないや顔をチシャに向けると、更に続ける。
「だが、忘れるな……。
見えるのだ。俺達を倒しても第二第三の西山が……グハァッ!」
「良いからさっさと倒れろデス」
冬でもタンクトップな人物を見る様な目で西山の顔面に靴型をつける。
西山は顔面から地面に崩れ落ちて、親指を立てながら真っ白に燃え尽きた。
反対にチシャは腹にドス黒い物を溜めて、顔を掌で覆いながら溜め息と同時にドス黒い物を吐き出す。しかし一向に減りはせず、寧ろ増える一方だ。
「ああもう、何なんデスカ、さっきから!」
さっきから『三種の神器』やら『五人衆』やら『ダブルドラゴン』やら、大層な異名の割に弱い相手と戦っている。
倒れている大量の出落ち要員の中心で、チシャが感じる事はシンプルな答え。
「疲れる」の三文字。
地団駄を踏んだ。その下には出落ち要員が居るが大して気にしない。
そして、援護に向かった麗に会ったのは正にそんな時だった。


50: 名前:サスライ☆03/17(水) 22:29:20
草影に数人、岩影に数人、臨時指揮官の麗の元に堂島山賊団は配置された。
軍服がある。深緑色で左手側に陰陽印をアップリケした軍服。胸側には武功を証明する勲章が幾つも付いていた。
堂島の帝国時代の軍服で、麗が少し前に譲り受けた物だ。襟に穴を開けて、ドラゴンの鱗で飾ったヒモを通し、肩から羽織る事でマントに改造してある。
「行くでゲス」
長い髪を後ろで三編みに纏めた麗は、戦場であろうと澄んでいる森独特の空気を口から吸って、さっきまでの空気を鼻から出した後に一歩を踏み出した。
藪を割って、音を出してチシャの目の前に現れると、一言放つ。
「コレはまた、やってくれたでなゲス、チシャ」
「へぇ、この姿でも私だと解るんデスね。やっぱり長い付き合いでデス」
「まあ、金髪少女でロードローラーだったり、白髪成人で弱音吐いてたりと、会う度に見た目が変わるし。
それにしても長い付き合いなんて、アタシも好きでやってんじゃ……」
麗が右手を前に差し出す。そして、空間を薙ぎ払うように振る。
すると、岩影の向こうから砲弾が飛んできた。チシャはそれをかわす。
砲弾は地面にめり込み、自重で土を巻き上げ、手の動き通りに地面を薙いだ。
風圧でチシャの傘が吹き飛び、赤髪が露になる。麗の軍服が翻り、裏側の『堂島藤吉郎』と言う刺繍が露になる。
「……無いんでゲスが。
ふむ、やっぱりこれ位はかわすかでゲス」
麗は、堂島に役立てる様に努力をした。その結果、得たのは堂島と正反対の力。則ち、足りない力。
『指揮力』であった。
山賊団を率いているのは堂島だが、実際に指揮官としてなら麗の方が圧倒的に高い。下手な軍師よりよっぽど使える。


51: 名前:サスライ☆03/18(木) 22:23:13
長い袖から麻酔花粉入り布袋を投げ飛ばす。しかし麗は慌てず右手で素早く掴み、上に放り投げて、拳にしておいた左手を開く。
途端、火矢が飛んで来て布袋ごとそこらの木に刺さり、そして燃やした。
麗はナイフを持って近付くと、容赦無くチシャの首目掛けて突き、チシャはそれを敢えて受けた。
首に刺さったままのナイフ。しかし傷口から緑色の液を出しながら口を三日月にして不気味に笑う。
勢い良く麗の手首を掴む。
「ククク……。首をやられた程度じゃ死にまセン。
さて、掴まえましたヨ。さあ、これだけ密着すれば周りは飛び道具を使えない」
「そうでゲスなぁ、ホント困ったでゲス」
しかし麗は困った表情をしていない。寧ろ、さっきよりも余裕の表情だ。
「何を、余裕ぶっ…て……!?」
手首を掴んでいた手がほどける。そして、チシャの身体が痙攣を初めて、ナイフに猛毒が塗ってあった事を認識した。
「貴方がその程度で死なないのは承知。でも、何の生物かは不明。
だから、生物共通の毒を仕込ませて貰ったでゲス」
ナイフに塗ったのは、テトロドトキシンと言う毒をベースに調合した物。
この毒はあらゆる生物共通のナトリウムに成り済ます毒である。
別名はフグ毒。
チシャが目を見開いて、緑の液体を吐きながら膝を地面に着けた。


52: 名前:サスライ☆03/19(金) 12:31:10
「こ…の……、俗物があああああ!」
男女老人少年少女、様々な声が混ざるチシャの声。今までの飄々としたのは何処へやら、必死が伝わる咆哮。
毒が体液を利用し、体内を巡っているのか震えるチシャの膝。それでも、強靭な生命力で掴み直そうと血走った目を向けて手首を狙う。
しかし、途中で途端に手は向きを変えた。何故なら、最初の砲弾の音と同時に忍び寄っていた山賊の日本刀に後から右脇腹から左脇腹に掛けて両断された。
つまり上半身ごと向きが変わったからだ。
そのまま、ハイキックを浴びせて、完全に下半身と別れさせる。チシャの事だから、斬っても融合するのだと踏んでだ。
「人間風情の下郎ごときが、この私を倒せると思ってか!」
上半身のみで、切り口から緑の体液を吹き出しつつも袖から様々な隠し武器を投げ付ける。
刀を持った山賊は白虎咆哮で麗の目の前に素早く駆け寄り、全てを弾き返す。
元帝国軍人だからこそ、出来る技術だ。
「テーー!」
麗の掛け声と共にチシャに向かって大量の銃弾が、谷山茂林と様々な物陰から飛んできた。
それを全て受けて文字通り蜂の巣になる。しかし、目は死んでいない。寧ろ、一番感情が籠っている。
「ガアアアアア!」
「貴方は、人間ごときに敗れるんだ。
貴方は、少々人間を侮り過ぎた……」
吼えながら着地した方角には先程の砲弾。麗が指を弾いて叫ぶ。
軍服のヒモに飾った、ドラゴンの鱗に隠した通信機から、遠くの仲間に作戦の合図を送るのだ。
「王手!」
谷に隠れていた元工兵がスイッチを押す。
途端に、挨拶代わりに撃ち込んだ砲弾型遠隔式爆弾が爆ぜる。分厚い刃と化した破片がチシャの身体を引き裂き、爆風は一瞬で上半身をこの世から消滅させた。


53: 名前:サスライ☆03/22(月) 14:34:16
麗と(山賊)団員は砲弾が爆発する時、団員が麗を担ぎ強靭な足腰で木に跳ぶ事で破片や爆風を避けていた。
長い髪の下に隠した薄型ゴーグルで見る事で、目を痛めずに冷静に爆発を見る麗。
一通り見て、表情を変える。更に険しい顔へと。
放置しておいた下半身が消えていて、目の前には確認出来ないからだ。
つまり、下半身だけが動いて森の中に隠れたと言う事だ。
「まったく、アチシみたいなのにとって、ホント規格外の生物でゲス」
唾と同時に悪態一つ。そして腕を横に薙いでから縦に薙ぐ。尚、この一人称は暗号の一つで『私』や『アタシ』等の他にアクセント等を変えて行動の微調整をしている。
バキリバキリと木を折りながらやって来たのは堂島愛用のゲリラ戦用の屋根に盾が付いた装甲車。
団員は麗を抱えてそれに飛び乗り、盾の影に伏せる。途端に大量の爆弾が山に降ってきて天まで焦がさんとする炎の壁を一瞬で形成。
火計で文字通り炙り出す作戦。
その時、錆びた鉄を擦る様な音が下から。それにしては、随分と大きくて奥から込み上げてくる。
メリ、グキャ、メキャズシャゴリギャリどギャ……。
音は装甲車をしたから貫通して段々と近付き、麗達の立っている屋根に至る瞬間になった。
二人は解っていた。これは床下から始まり、軍事用の装甲車を馬鹿みたいな筋力を持つ『何か』が車を貫通。そして這い上がりながら近付く音。
麗は、今日の夕飯の事を思い出す。『皆で笑って、良い人生だったなぁ』と。
そして、『何か』は、屋根を内側から捲り上げて目の前に現れた。


54: 名前:サスライ☆03/26(金) 20:17:51
樹を蹴った反動でハンプティが向かった先は、あろう事かドラゴンの口の中だった。
確かに折角の重いパンチも鱗と、膨れ上がる筋肉に弾かれては意味が無い。
口内ならその必要は無く、筋が通る。しかし問題を残していた。
「馬鹿め、コイツの顎の力は何十トンあると思ってる!」
故にドラゴンは素早く強力に顎を閉じようとする。しかし、何時もの様にいかなかった。
何故なら、獲物はハンプティ・ダンプティと言う生物だったから。
ハンプティは肉食獣特有の尖った犬歯を握り、足を広げて顎が閉じるのを防いでいた。
その顔は確かに余裕と言えばそうだが、只の余裕では無くて、独特の凄味がある。
それは、『覇気』と呼ばれる物であった。
「……この程度かよ。トカゲ野郎が」
低い声でドラゴンの自信を一蹴。尚、今何が起こっているか。それを堂島は理解出来ている。
これは人間の力だ。ただし、上限まで行った人間の物だが。そして、堂島も使う千鳥流古武術なら、一部なら引き出す事は出来る。
しかし、下顎を支える下半身と上顎を掴む上半身が同時に上限まで達している。
「お前も、千鳥流だったか。
……しかもかなり使うだろ。俺より、な」
『青龍咆哮』、『白虎咆哮』。これ等は元々一つの技だったが、覚え易さの為に二つに分けられた。
微分と積分を別々に覚える様な物と考えてくれれば良い。
古い所では二つを同時に使えて千鳥流は一人前とも言われる。
この二つが合わさった技。それを、こう呼ぶ。
「『龍虎咆哮』!」
ハンプティの咆哮と同時に、鈍い音がした。


55: 名前:サスライ☆03/27(土) 02:59:03
効果音を解り易く言えばゴリッと、軽い音を無理矢理重くした様な音がする。
つまり、とうとうドラゴンの顎を外した音がするのだ。
「おうおうおう!
龍神様のお通りだぁ!」
笑いながら下顎を蹴り、上顎の内側を殴り付け、更に舌を思いっきり踏みつけた。
その時、この死合いを楽しむハンプティの笑みは一層深くなる。下顎が無理矢理せり上がってきた。
これは、下から堂島が青龍咆哮で持ち上げている。
ハンプティは静かに右拳を下顎に付けて左手で前腕を押さえる。
様は堂島の無反動ジャンプの応用だ、前腕の筋肉を操作して強烈な力を、壁等を貫通させて向こう側へ与える。
「憤(フン)!」
下顎を持ち上げていた堂島がぶっ飛んだ。
斬馬刀よりも重い大和刀を生身で、しかも片手で振り回す程の足腰の力はあるが、そんな物はハンプティの理不尽な力の前に無力だった。
技と同時にドラゴンの顎の骨が砕ける。少しの行動が傷に染みる痛々しい状況でハンプティを吐き出そうとする。
結果は空振り、既に口内からは去っていた。
「俺はココだぁ!」
歯を喰い縛って腹筋を締められない状態で、ボディブローを放つ。
それは、鱗と分厚い筋肉と脂肪の壁を貫き、肋骨を砕いて戦闘不能に陥れるには十分な一撃。
ドラゴンは血を吐きながら、物理的に吹っ飛んだ。


56: 名前:サスライ☆03/29(月) 17:37:32
ハンプティは片手の甲を敵に向けた構え。口元を吊り上げ、白い歯を見せる。
堂島は刀を八相に構える。何時もの様にギョロ目で、口を閉じる。しかし物腰は柔らかく、近寄れば無意識に斬るイメージがあった。
そんな彼は口を開く。決して表情と目線と、何よりも間合いを変えずに。
「……お前が、元帝国兵なら、何故俺等の邪魔をする」
元帝国兵なら誰もが知っている、敗戦後の元帝国兵の待遇の悪さ。
人柄の良い長官は事実無根のままに無理矢理戦犯に仕立て上げられ、大半の兵士は職を失い、軍内では差別の日々。
誇れる物は取り上げられ、誇りを作ろうと出てみれば杭の様に打たれるだけだった。
蒼い炎。
静かに燃え、冷たく見えるが、実際は派手に燃え上がる赤い炎よりも温度が高い。
それに似た怒りが、思い出す度にフツフツと堂島の中で沸き上がり抑え込まれる。そしてそれは、『魂』と呼ばれる存在に変換される。
「クックックッ……」
ハンプティは笑う。堂島と反対、しかし赤い炎では例えられ無い表情で。例えるなら燈色の炎と言ったトコロだ。
「見失ってんなぁ、お前」
「……俺は、誇りを取り戻す為に戦っている」
「その刀は、帝国の為にあるのか?違うだろう。
……愛すべき、民の為にあるべきじゃねぇのか?
民の平和を守れずして、誇りもクソもねぇんだよ馬鹿野郎!」


57: 名前:サスライ☆03/30(火) 21:35:30
ハンプティは、刀が振り降ろされるのを、甲で受け流してそのまま手刀を突く。
しかし、鍔で弾かれて堂島は手首を回し柄尻をハンプティのミゾオチへ。
右胸で柄尻を受けると、テコの原理で柄を回す事で動いた刀身が首筋へ迫る。
それを半歩斜め後ろへ下がる事で回避したついでに裏拳を放つが、かわされる。
「あぶねー、ミゾオチに入ってたら死んでたじゃねーかよ」
「……当たり前だ、そうしたのだから」
柄尻がミゾオチに入っていたら人体の構造上、暫く動けなくなる。そうなれば刀身を回避したバックステップは出来なかった。
お互いが間合いを取る中、堂島は語る。
「……なあ、ドラゴンって聞いて何をイメージする?」
「ん、藪からスティックにどうした。
そうだなー、やっぱ宝を守ってたり、翼を持ってたり……」
そして堂島は口元を弛めて、ギョロ目を歪ませて、言う。少しだけ腰が沈んだ状態で。
「後は、炎を吐いたりなぁ!」
叫んで、突きを放つ。しかしかわされる。当てるよりも、移動を目的とした突きだった。
そこにハンプティを中心に出来るは空間。調度、炎の海になったとして、堂島はギリギリはみ出している。
ハンプティは一瞬、ドラゴンに意識を向けた。
そこに見たのは、顎を砕かれて、やはり伸びたままのドラゴン。
「ハッタリかよ!」
背後からの攻撃に備えた構えをし直す。しかし、既に堂島は背後に居なかった。
ノーモーションジャンプでの素早い空中への移動。そして、大和刀での高速落下。
背後に意識を向けている一瞬に、頭を叩き割るつもりなのだ。


58: 名前:サスライ☆04/01(木) 20:51:56
一言で言うなら、『ウニ』。海を歩けばその鋭利な針で海水浴を阻害するが、中身はマッタリとした味の黄色い身を持つあのウニだ。
只違うのは人を喰らえる程に巨大で、巨大な緑色の歯と口を持つ事だ。
麗は装甲車をウニで例えれば針に当たる『触手』でぶち破った巨大ウニことチシャ(多分)に言う。苦笑いで。
「ハハハ、人間じゃないのは知ってたでゲス。でも、こんな化け物だったとは…」
「***!」
チシャは文字通り言葉にならない叫び声を上げながら、触手を麗に伸ばした。
危険を防ごうと近くに団員が刀で触手を次々と斬っていき、また麗自身背後への狙撃の指示を出す。
触手の量が多すぎる。遠目よりも遥かに無骨な触手に団員は刀を奪われ、そのまま絡め取られる。
銃弾は何層にも重ねた触手の盾により防がれた。
呆然とする麗を他所に無手の団員は装甲車を破る程の力で持ち上げられ、チシャの中心に持っていかれる。
ソコに待つは粘液を滴らせながら丸飲みするのかと思う程に大きな口。
この間も沢山の狙撃があるが、常に激しく動く触手に全て無力化される。
しかし団員は静かな物で、殺すなら殺せと言った、武士の雰囲気があった。
しかし、外からは見えない口の奥を見た途端に目を見開き、顔を耳まで青くして叫んだ。
「う、うわあああ……!」
団員が喰われる寸前、何を見たか解らない。しかし、これで麗はかなり不利になったと言う事実があった。


59: 名前:サスライ☆04/03(土) 19:24:24
『呆気ない』、そんな決着だった。砲弾を撃とうにも鉄塊では触手に弾かれるし、爆発させよう物ならば麗を巻き込まなくてはいけない。
だからと言って、麗を犠牲に砲弾を爆発させてチシャを討ったトコロで、麗無しでハンプティを討てる訳が無い。よって麗は抵抗もせずに触手に絡まれる。
どうでも良いが、触手に絡まれる美女と聞いて変な連想しかしない筆者は末期だと思う。
「あーあ、チェックメイトかぁ」
ふと呟き、人生を思う。一流の打ち手がチェックメイトされた時に、何故そうなったかを考える様に。

堂島に拾われた直後、山賊団に馴染めなかった。
他人に触れ合うのが怖かったのだ。自分が傷付く事も怖かったが、何よりも他人が傷付いて自分が鬱になるのが嫌だった。
そうこうグチグチ考えて、隅に隠れて体育座りしている内に声をかけて来たのは堂島だった。
「……何してんだ?メシだぞ」
「後で、食べます。人ゴミ、苦手なんです」
途端、腹部に衝撃。暫く呼吸が出来なくなったのは腹を蹴られたせい。当の堂島は相変わらずの顔だった。
「やかましい。お前が喰わないと片付けが遅れる。お前が群れないと団中で分裂が起こる。
良いか、お前がどう思ってるかは勝手だが、迷惑なんだよ」
そして、熊の粥を渡される。初めての独りじゃ無い食事は、身体以外も温かかった。
それから二十四時間程経った時に、夕飯で堂島を初めて『オヤビン』と呼んだ。隣の団員は爆笑していたが、堂島は喰ってる物を吹いた。
「……なんだ、ソレ?」
「い、いや、こっちの方が馴染みやすかなー、なんて……駄目ですか?」
「……いや、良い。勝手にしろ」
「わぁい。アリガトウでゲス、オヤビン」
「ちょっと待て、語尾はソレなのか!?」
「あれー、勝手なをじゃないスか?」
団員がニヤニヤしながら言うと、堂島は団員を殴り飛ばして叫ぶ。
「ああもう勝手にしろ!俺は酒を飲む!」

酒は全て切れていて、結局ヤケ喰いで寝込んだのも良い思い出。
化け物の口に放り込まれる直前だと言うのに、穏やかな顔でチシャは口を弛めて言う。それは通信機を通して団員全員が聞く。
「……皆、アリガトウでゲス」
言った瞬間留め具が切れてハラリと軍服が落ち、そして麗は、喰われた。



61: 名前:サスライ☆04/05(月) 11:37:20
試しにハンプティが一歩引いたとしよう。すると肩に致命的な斬撃を喰らう。
試しにハンプティがジャンプに近いステップで大きく引くとしよう。すると、タメが必要になる。
つまり天災と同じ位に回避不可の斬撃が迫っているのである。
しかし天災を見舞われる直前だと言うのに笑う。深く笑う。何故なら勝者とは、何時の時代だって大きく深く笑っているからだ。
「WOOOOOO!」
時間が、凝縮される。
地面を震わせる叫び、気のせいか近くの木の幹に少しヒビが入る。しかし、堂島は怯まない。
そして刃が額に触れる。
『金属音』を鳴らして。
ソコには額から血を流しつつも笑っているハンプティが確かに生きていた。彼は、日本刀による斬撃を『受けた』のだ。金属音は額に当たった時に刀が震えた音。
堂島はそんな荒業をする男を実は知っている。帝国のとある田舎に居た一人の師範代。
彼は生身で機関銃を弾き、火炎放射を潜り抜け、そしてロケットが直撃しても戦い続け、立ったまま絶命したと言う帝国の英雄。
その名は、千鳥 笑。
堂島は受け止めた事実よりも二つの事で驚く。一つは生きていたのかの言う事で、もう一つは実在していたのかと言う事。
元・千鳥 笑、現・ハンプティは片足を踏んで先程のドラゴンへの要領で衝撃の力を己の身体を伝わせて、そのまま刀を伝わせ、そして堂島の腕内でソレを爆ぜさせる。
「千鳥流・『透蛇』!」
刀を握る腕が粉砕骨折する音がする。


62: 名前:サスライ☆04/16(金) 22:04:44
例えば、鉄パイプで思い切り地面を叩いたとする。すると、振動が手に伝わるでは無いか。
千鳥流のカウンター技、透蛇(スカシヘビ)とはそれに似ている。地面を踏んだ衝撃を己の身体を伝わせ、力の流れをコントロールする事で、ドコで衝撃を爆ぜさせるか調節する。
今回は身体を伝い、刀を伝い、そして堂島の腕の骨で衝撃を爆ぜさせたのである。何故なら……。
「何故なら剣士は刀を握れなければ戦えない……と、でも思ったのかよ」
爪の隙間から大量の血を流して両腕を変な方向にブラつかせる様は、内側からの衝撃を物語っていた。
口に刀を喰わえて、刀の先をハンプティに向けた。
「負けねぇ、負けねぇ、負けちゃいけねぇ!折れちゃいけねぇ!
それでも俺は、俺達の誇りを護り通してみせる!」
堂島が駆ける、手を弱々しくブラつかせて、しかし威風堂々と駆ける。ハンプティは只、笑った。
「……それは、大切な奴の為に使ってやりな」
「……!?」
堂島は、どう言う事だと感じる。護るべき者なんて居ない、自分が命をかけてまで護るべき奴等は全てチシャにやられた筈だ。
実は麗の軍服には信号を発する機械が付けられていて戦闘中は信号が装飾具型受信機が自分の皮膚を振動させるのだが、それが途絶えたのだから。
つまり、麗は敗れた。そして自分も敗れるのだろう。故に、ハンプティの笑みは不可解だったのだ。
しかし、駆ける最中堂島は突然倒れる。背中に麻酔銃を撃ち込まれたからだ。
薄れる意識の中で聞いたのは通信機も兼ねている受信機からの聞き慣れた大切な声。
「ゴメンナサイ、兄貴。兄貴を失いたくないんです」
「……れ…い…」
チシャに喰われた筈の麗の指揮の元、うつ伏せに倒れた堂島に刺さったままの麻酔弾は天を向く。


63: 名前:サスライ☆04/16(金) 22:40:21

舞台裏*


ん、何でゲス?オヤビン。突然呼び出して。私は裏切りのネタばらし編に行って早くメインキャラに返り咲きたいのでゲスが。
「……いや、その前にあれだ。お前、台詞間違ってるぞ」
いやいや、そんなまさか。あのブリっ娘ゲテモノ野郎じゃあるまいし、私が失敗なんて……
「最後のトコ、俺の事を『兄貴』って呼んでるぞ」
あ。
ま、まあ、誰にだって失敗はあるもんでゲス!
「……そうか」


64: 名前:サスライ☆04/18(日) 16:04:18
それは、少し前に遡る。麗がチシャに喰われた辺りだ。
生暖かい空気、柔らかい壁。チシャの口の中は何処か懐かしい感覚を覚える。
しかし、口内で吸い込んだガスのせいか麗は身体は動かせず丸くなるしか無かった。
「お目覚めデスか」
正面からチシャの声がする。眼球を動かして前を見れば、壁からチシャの顔が浮き出て口を動かしていた。
「……目覚めは最悪でゲス。態々生かしてどうするんでゲスか、化け物」
「全く、私の上半身を吹き飛ばして少し感心したと思ったら酷い言い方デスね人間風情が。
まあ良い、少し協力して欲しいのデス」
壁から浮かび上がった生首がカラカラ笑い流すのはホラーだった。これを応用すれば、トラウマを植え付けるのも可能で、恐怖した団員はソレを見たのである。
しかし肝が座っているのか免疫力が高いのか麗はブスッとした表情だ。
「協力?アンタなんかと協力なんて死んでも嫌でゲス」
「そう言うと思いマシタ。なぁに、アンタは自分の命を省みない人デスからネ」
含みのある言い方だった。故に違和感を感じて麗はチシャの台詞の意味を自慢の頭で考えてみれば少し、この少女の様に無邪気ながらも悪魔的な考えの断片が見えた。
「まさか……」


65: 名前:サスライ☆05/02(日) 09:03:11
天使の様な笑みでチシャは語る。これは無邪気で直球的な言葉であるが故に麗の読みは当たっていた。
「なぁに、アンタのトコのボス。二人がかりでやっちゃおうと思いマシテ♪」
サッと顔が青ざめて、殺と心が青くなる。迫害の歴史を持つ麗は、無邪気な程躊躇いが無い事を知っているから。
「止めろ、止めなければ私モロとも貴様を爆撃で吹き飛ばす!」
チシャはクスクスと気味悪く笑っているだけ。聞いているのかいないのか、麗の意見を踏みにじり、自分の話を一方的に進める。
「ああ、ハンプティはそう言うの嫌いなんデスがネ、まあ、仕方無いって事で」
「くそ、話を聞け。この暴言の牢獄から出せ、私はもう囚われるのは嫌なんだ」
その無力を持って、ひときしり暴れた後でチシャと眼が合う。その眼は天使でも悪魔でも子供でも違うが、しかし尊大の中に特有に存在する無邪気は感じる。
「貴方は、人間デス。しかしそれ以前に生物。
戦って負けたら勝者に取り込まれる。そんな常識すら忘れましたカ。
貴方は警戒する時間が少々欠けている。野生を舐めすぎたんデスヨ」
こうして麗は、敗者となった。敗者として、チシャに堂島を止める様に言われたのである。


66: 名前:サスライ☆05/07(金) 00:12:29
沢山の警察に囲まれて、気持ち悪い位に大人しく堂島は罪人移送の馬車に乗る。
手には大和鋼で出来た手錠が嵌められている。最も、手錠程度の鋼なら、腕力で引きちぎって逃げる事が可能。警察もそれを警戒してか、かなり体格の良い者が集められている。
ふと、堂島は口を開いた。対象は顔をフードで更に隠した麗。故に、表情は解らない。
口をパクパクと動かす。麗は口の動きでそれを聞き取れる。
それを見た麗もギョロ目の範囲内に入る様に口をパクパクと動かした。この様に一つ『会話』した後、堂島は乱暴に馬車に入れられる。
一部始終を見終わり、身を翻した麗の目の前にはハンプティとチシャが居た。ニヤニヤ笑いながらチシャは言う。
「怨んで、良いんデスヨ?」
「貴方こそ、無理な表情をしなくて良いんでゲスよ?」
麗の言葉を聞いた途端に、表情は180度翻る。図星だったからだ。
「バレてましタか。コレだから人間と言うのは奇妙で面白い。
例えば、こんな状況で刃物の一本も持って無かったり」
「用意する必要が無いなら持ち歩かない。怨んで無いなら、必要無いのでゲス
さっきね、オヤビンは『カタジケナイ』って言って私は『ドウイタシマシテ』と返しましたゲス。
そして、オヤビンはそう言うと信じていましたのでゲス」
「虚像にすがるか」
「貴方もそんな事言える立場では無いでゲスでしょ?」
チシャは少しだけ心理的に見開き、口を半開きにするを表現する。目を弓にして、麗は冷静に穏やかに言葉を紡ぐ。
「身体の中に入って解ったんでゲス。
貴方は、神様なんかじゃ無い」
そして、背筋を伸ばして歩きはじめる。人混みを出来るだけ素早く潜り抜けた。涙を人に見られない様に。
「な、人間も捨てたもんじゃねーだろ?」
「……不機嫌なだけデスヨ」
取り残されたハンプティとチシャは取り残された言葉を放つ。それは、今を流れる人混みの音に潰され消えて、だから聞こえない。


67: 名前:サスライ☆05/07(金) 00:40:54
「おや、お嬢さん。何故、君は泣いているのかな」
町を抜けた麗を待っていたのは山賊団の団員では無くて、見知らぬ、しかし何処かで見た覚えがある男。
「泣いていないでゲス。そんなん、目を見れば解るでゲスでしょ」
あの後、人目のつかない町の裏道で脳ミソが鼻から出る位不細工に泣いた。だから立ち直ったつもりだったのだ。
「あれま、外れちゃった。君は何処か寂しげな気を発していたんだけどねぇ」
「気とか、アンタ頭オカシイんじゃ無いんでゲスか?」
「アッハッハ、言われちゃったよ。よく言われるけど。
でも、やっぱり君は泣いている。だから心は少しだけ過去にある。
今、何が起こっているかを解っちゃいない」
男は緩い動きで身振り手振りしながら話す。ソコでやっと思考が今に追い付いた麗には、背筋が凍る思いだった。
「あれ、そう言えば、この辺りに人を待たせた筈なんでゲスが」
「そうなのかぃ、何か事故にあっていなければ良いね。この辺りは物騒だから
……アハハ」
麗は、拳を放つ。団員程では無いが、一般人よりはキレがあると思っている拳だ。しかし、拳を何故か空に向かって振っていた。
「あれま、そんな所に振ってちゃ天上の龍神様がビックリしちゃうよ」
歯をくいしばり、もう一度振ろうとしたら、顔面に衝撃が来る。自分で自分を殴ったと解る。
黒い燕尾服に、赤いスカーフ、銀色の義足。
男の特徴を並べるがトリックが全く解らなくて、只、意識が途切れる瞬間に一つだけ、何故見覚えがあるか解った。
「神……封……」
それは、チャイニー地方が帝国だった時の皇帝の名前。
「違うよ、今は神封兄(シェンフォニー)。小さな島の市長さ。詳しくは、一般の『KID』って小説を読んでね♪」

68: 名前:サスライ☆05/07(金) 00:48:18
【一曲目・完】

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最終更新:2010年09月04日 11:57
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