旅人の詩 続き3

86: 名前:サスライ☆06/18(金) 19:16:20
扉が少し、音を立てた。商人の娘は血走った眼で扉に拳銃を向ける。
彼女は町外れの廃倉庫で震えていた、指名手配その物ではなくて、理解できない現状へ対する未知の恐怖に震えていたのだ。
ガンマ一家とは組織が小さい頃からの所謂旧知の仲である。それに何故、命を狙われねばいけないのか。
親近感があるのに、理解できないのが尚更恐怖を煽る。
取り敢えず、ガンマ一家と関わりの無い知り合いにボディーガードとしてハンプティを呼んでくる様に頼んだ。
しかし、時間が伸びるに比例して恐怖が広がるのだ。
誰だってそれは同じ。害意その物に恐怖するのでは無くて、時間をかけた想像によって誇張された害意を何よりも恐れる。
だから商人の娘の心は十分足らずの時間で砂漠化ないし荒野化する。荒れ果て、しかし生命を殺してやろうと隠す気も無い。
ドアノブが回る。彼女は変に落ち着いて、しかし潤い無しの余裕無しの思考パターンで、いとも容易く引き金を引いた。
ドアノブを開ける際に決めておいた暗号が聞こえなかったからだ。
今回使ったのは、『対機械兵器用衝撃弾』。弾丸にスプリングと火薬の層が幾つも出来ており、かつ弾頭が潰れた形になっている。
これによって、ロボットの装甲を透して衝撃を内部の機械に伝える代物だ。人間に使えば内臓がミンチよりも酷くなる。
故に、扉はフレークよりも簡単に砕け、砕けた場所から目が合った人物に商人は殺意の視線を向ける。
「ジャ~ヴァ~!」
ガンマ一家で一番偉い人間、ジャヴァ・ガンマがソコに居た。


87: 名前:サスライ☆06/18(金) 19:45:26
商人の娘が拳銃を構えて恐怖に震えている頃、シェンフォニーはチシャの話を聞き終わっていた。苦笑いで。
「笑……いや、ハンプティと言っとこうか。ハンプティも面白い人生だなぁ」
「まあ、そうデスね。そんで、貴方について何デスが……」
ここで、シェンフォニーは視線を隣に向ける。そこには壁があった。
ハテとチシャは壁を見ると、突然大きな音がする。何か堅い物が破裂した音だ。
「あ、ゴメンよ。少し、こっちの用事に付き合ってくれ」
そう言って彼は左掌を壁に当てて、その上に右掌を添える。そして大きく息を吸う。
「破!」
気合と息を同時に外へ放った途端、壁が粉々に砕けた。武術の技の一種だ。
壁が砕けた先にはもう一つの部屋。睨み合うジャヴァと商人の娘。つまり、商人の娘が隠れていた部屋の隣にチシャとシェンフォニーは居たと言う事だ。
「ハイハイ、ちょいとゴメンよ」
突然の第三者の出現に、商人の娘は引き金をシェンフォニーに向けて、弾丸を放つ。しかし、弾丸は赤いスカーフのひと振りで弾かれて、爆発する。
この弾丸は弾頭が標的に当たったと同時に、何重にも爆発を起こして衝撃を内部へ伝える。
逆を言えば別の標的に当たると簡単に無効化する様に出来ており、スカーフ等布状の物は内部が無いので衝撃を伝えられない。
最も、シェンフォニーの行ったこれをするには、あらかじめ相手がどんな銃弾を使うか知っていなければいけないが。
気味悪い程にシェンフォニーは薄ら笑っていた。ポカン顔のチシャを置き去りにして。


88: 名前:サスライ☆06/18(金) 21:04:04
依頼主はハンプティを商人の娘の元に連れて行く為に、道を歩く。
ハンプティは何時も通りにカウボーイハットに革のマントと、相変わらず一人西部劇だ。
そして相変わらず、眼光は英雄の輝きを放っていた。
依頼主はハンプティの素性が何か気になっていた。本人は、はじめは少し強いゴロツキ程度にしか考えていなかった故のギャップだと考える。
一方で、ハンプティの放つ、特別な引力が好奇心を静かに引き立てるのもあった。
「あの、ちょっと良いですか?」
「ん、なん……」
なんだと言おうとした時に、ハンプティの隣を見慣れた姿が横切り、映像は足を止めさせる。
黒髪があった。長い黒髪は顔を隠すが、チラリと計算したかと思わせる整った顔が見えた。
「……麗?」
しかしそれは一瞬で、人影は路地に消える。仕事の最中と言う事で、今は追うのを諦めた。
麗は逃げる様に言った筈だ。しかし何故か戻って来た。ただ事では無いだろう、だから『今は』である。
「どうしました、何か気になりました?」
「ああ、ええと、アレが」
寝起きのせいか、何時もはこの様に誤魔化す事はしないが、何と無くハンプティは近くの物を指差す。
そこには最新式の幼児用三輪車が置いてあった。ギアが10段階あるらしい。
「あ、ええと、はぁ」
やっぱこの人よく解らない。そう思う依頼主を置き去りにして、ハンプティは何と無く先程問われた為か昔を思い出していた。
自分が再びこの世に現れた時の事を。


89: 名前:サスライ☆06/20(日) 21:22:41
千鳥 笑は、灯りの無いサウナに閉じ込められている気分だった。
ここがあの世とでも言うのか、とは彼は考えない。
それは所詮人間が未知を恐れるが故に作り上げた概念だと彼は考えていて、仮にこれが死後の世界なら、矛盾する言い方だが、まだ死んでいないだけなのだ。
四肢を動かせば粘液に囲まれているのが解り、気持ち悪いと言うよりもムカついた。
俺様をこんな所に閉じ込めやがって、何様のつもりだ。
声に出したいが、生の植物と動物が混ざった不味い味の粘液が口に滑り込んで、発する事は出来なかった。
もしかしたら、死後の世界とはこの空間だけで、外に出たら今度こそ死ぬかも知れない。だからどうした、外に出たいから出る。
未練を残して生暖かく不快な殻で寿命を使い切る位なら、未知の無限の空間でやりたい事を思い切りやって死んだ方が良い。
腕を一気に伸ばせばココナッツの如く繊維密度のある壁に当たり、一発殴りはするもの粘液中故に体重がロクに乗らない拳では拳に痛みが伝わる事すら無い。
この時笑は、名前通り笑っていた、壁は厚い程心は燃えるし達成感があるからだ。
壁の分際で俺をナメんじゃねぇ。
心の中でそう思うと、あらゆる間接を捻り、筋肉を振動させて貫き手で壁を半分程貫いた。衝撃を吸収する物が無いから反動が来るが構わない。
貫いた傷を取って代わりに、両手で観音開きにこじ開けると、メリメリと効果音が気持ち良く、笑はこの世に再び生を受けた。
「WOOOOO!」
深夜の森の中を全裸で叫んでるその姿は、正に変態だった。


90: 名前:サスライ☆06/25(金) 21:55:59
彼、彼女、Who。呼び方は色々あるが、今の姿に合わせて三人称は彼女にしたいと思う。
キメ細やかな肌にこの世の物と思えぬ緑の髪は、白い花から作られた身体だ。この身体を作る為の副産物的な不要タンパク質等は、老廃物として他の花から作られる果実に蓄えられる。
老廃物として選ばれた物と身体に選ばれた物には決定的な違いは無く、椅子取りゲームの勝者が身体に選ばれただけだ。
そんな受精卵マラソン宜しく選ばれた存在である筈の彼女は、悲しくて泣いていた。
選ばれたデフォルトの姿が『また』人間だからだ。
文字通り産まれたばかりの姿の彼女は何も着てなく一見痴女だ。
しかし、気にしないのは羞恥心よりも遥かに大きな絶望があったからで、そんな絶望を感じる自分を悲しんでいた。
絶望に打ち勝とうとして諦めて、それでも諦め切れなくて噛み締めるのは人間位だからだ。
月光が絹細工の様な白いうなじを伝い葉で出来た髪が照らされれば、葉緑素を持つから光に敏感な彼女は死にたい程に優しい光だと思う。それでも、絶望を噛み締めていた。
ユグドラシルとは、現在の時代で最も繁栄している遺伝子が身体の遺伝子に反映される。遺伝子とは身体の設計図の様な物だから姿も反映される。
何故未だに人間は滅んでいない。何故未だに栄えている。
また彼女は泣く。遠くの、奇跡の変態の咆哮も気にせずに。


91: 名前:サスライ☆06/26(土) 12:28:58
何故だか知らないが、この世に再び足を付けることが出来た。
粘液でやや敏感な肌に感じる風の詩に樹の詩。この素晴らしさを唄おう叫ぼう。
「キョエエエ……へぶし!」
途端に隣に居たパンダに殴られた、肉球で。頬を捻るよりも痛いダメージが現実を痛感させる。
しかも、このパンダはかなり深い仲で、より現実だと感じる。切っ掛けは授業時代に、寝ているコイツに触ろうとしたら突然起き上がってから流れる様な正拳逆突きを喰らった事だった、肉球で。
今でもあの華麗なフォームには舌を巻く。
と、ここまで解ると言う事はやはり自分は千鳥 笑だと言う事だ。笑は「わらい」じゃ無くて「シャオ」って読むから注意する様に。
しかし、千鳥 笑だと言う事を否定する物は、突然の激しい中二病的頭痛の形で先ずは表れる。
頭痛と同時に浮き出て来るのは数百、数千の年を生きた記憶。そこに出てくる人間の果てしない負の連鎖を見る事で湧き出る、怒りを通り過ぎた負の諦めの感情。
それを、絶望と言う。
知識を得た途端、笑は歯ぎしりして、顔を真っ赤に地面を思い切り殴った。
自分が自分では無いかも知れない証拠が表れたから怒っているのでは無い。記憶の主に怒っているのだ。
「たった数千年で、人間悟った気になってんじゃねーよ!」


92: 名前:サスライ☆06/27(日) 14:36:46
山は、全てでは無いが最近舗装され、コンクリートの道が存在していた。
『熊が出ます』等の注意書はあるものの、その手の動物は奥に行かなければ出てこない。
最も、人が豊かさを優先して、コンクリートの道が奥にまで行けば話は別だが。
そんな話ともあんな話とも別に、夜のコンクリートの道を散歩する少年が一人。念の為、熊避けの鈴を首から下げている。
少年は森に来ると落ち着いた。森の臭いは勿論、誰も居ないと言う理由が特にそうだ。
誰も居ない方が良い。
自分を虐める位なら、居なくなった方が精々する、だから平和な夜が落ちて憂鬱な日中が昇るのを心の何処かで認めたく無かった。
夜の象徴の月光が十分に浴びられる位置に今日も向かうがその時奇声が聞こえた。
「WOOOOO!」
背筋が氷り肩に電流が走るが、一拍後には落ち着いていて、その一拍後には今日はもう止めるかと脳内会議が始まる。
足を動かす、結論ノー。もしかして今日は何かが変わるのかも知れないから。つまり少年は、山登りの日常にさえ飽きが来ていて、憂鬱を覚えていた。
「……誰?」
何時もの月が一番良く見える場所に行けば、何かが違っていた。
月を背にした白い肌、整った顔に、丁寧になびく緑の髪。
そして形の良い乳房に、締まった腰に、僅かに見える陰部に自然に目が行く。
鈴の音で彼女は振り向き、目が合った時に聞いてきた。
「ええ、えとえと、アウアウ」
訳の解らない異星言語になっている事も何のその、全裸の美女が居た。免疫の無い童貞少年には何かが変わるどころの騒ぎでは無かっただろう。
これを、今はチシャと言う名の彼女はこう語る。
「ラッキースケベなシーンに直面して、本当に鼻血出す人はこの数千年でも初めてデシタ」


93: 名前:サスライ☆06/30(水) 05:12:46
彼女は月夜に怪しく微笑んだ。少年と目を合わせると、細い肩筋と心臓が跳び跳ねそうになる。
「ねぇ、君は私を襲わないの?」
「ええええええええと、し、しません!」
首が隠れる位肩を上げて自らの足下の凝視する姿を確認すると、微笑みの下に2つの考えが表れたので疑心暗鬼にならないように敢えて崩さず聞いてみる。
「へぇ、君は紳士なんだね。こんな世の中じゃ争いも少ないのかな」
「あああああ、アリガトゴザイマス!でも、その、そうでもナイです!」
せめて媚びる必要も無い時に、しかし媚びる姿を、また確認すると、考えの一つがやっと確認出来た。
この少年は紳士な訳では無くて、胸内で肥大化した己に媚びているだけなのだ、と。
自分は実は凄い人間だ、しかし敢えて何もしない謙虚な態度を取る事で胸内の自分のプライドを維持する。そう思い込んで、そう言い訳にしてきた、小さな人間だ。
先程の感謝は褒められたから感謝している訳でなくて、認められたから感謝したのである。
「男も生っちょろちくなったもんだ」
「エ、ええと、何か言いました?」
自分に酔っているのと眼前のハプニングの中間からやっと解放され、しかしハプニングとは目を合わせない少年は不安材料に対して聞いてくる。
「いや、別に」
彼女は微笑んだ。正直に言ったトコロで自虐が返ってくるだけで面白い反応は得られないだろうから。


94: 名前:サスライ☆07/02(金) 23:23:00
この山は笑の稽古場と同時に死に場所だ。つまり、始まりで終わりの地である。
稽古は山籠りと同様で、それ故に山に動物にバレない様な拠点が幾つもあった。
そんな一つの拠点で非常用の塩漬けと干物を飲むように食べる。
奥から少しボロボロになった胴着と毛皮のマントを引っ張り出して着込めば立派な修練者の出来上がりだ。
彼は部屋の中央に胡座をかいて、目を瞑り想う故に瞑想を始めると、ピューピョロと、鳥の鳴き声よろしく独特の呼吸を行った。脳内に微妙にある他者の記憶を調べる為だ。
千鳥流瞑想術『朱雀咆哮』、これは他の咆哮系の千鳥流瞑想術と比べると異質な物で、肉体強化には違いないが脳を強化する。
正確には脳のパルスを活性化させるので始めから知らない物を知る事は出来ないが、考える能力が格段に上がる。
記憶の片鱗には様々なチップがありそれ等を超高速でかき集める。
人間……絶望……諦め……数千の旅路……進化……戦争……ユグドラシル……
記憶の持ち主が何者か解った時に急いで朱雀咆哮を解くと、一気に頭痛が来た。これはそう特別なモノではなくて、所謂数学の難問を解いた後のアレだ。
つまり、今笑は頭を抱えて唸ってドリルも舌を巻く程に転がった。夜の山の筈なのにアホウドリの鳴く声がする。


95: 名前:サスライ☆07/03(土) 22:49:42
少年は、弱かった。学校の表では千切った消しゴムを後ろから投げられ、裏では力自慢の憂さ晴らしに殴られたりと、そのくせ気が弱いから反乱も反論もしない。
何時しか涙も枯れ果てた先に影の噂で聞いたのは近所の熊が出る危ない山にある、軍隊を一人で倒した鬼神の墓の話で、男の本能を震わせた。
そんな強かったら、虐められないのに。
少年に憧れ以外の力は何も無くて、しかしと言うよりは、だからこそ勢いで少年を動かすには十分な力だった。
もしかしたら何かが変わるかも知れない。
その思い付き以来何度もクルクル行くようになったのは何も変わらなかったからで、脚がもげるんじゃないかと感じる程キツい思いをして辿り着いても、消しゴムは飛んでくるし地球はクルクル回っている。
そして今夜も、見知らぬ女性が居ただけで、何も変わらないのだろうと思う。愚痴を吐いて、少しスッキリして、消しゴムを投げられる日々は続く。
ああ憂鬱だ。世界は回るだけで逃げ場なんて何処にも無いんだ。
女性は愚痴に笑顔で頷いてくれて、良い人と思い、泣きたくなった。
しかし涙は枯れ果てているのだから泣けない。その筈だが、今夜は泣かせられる事になる。
千鳥 笑に。


96: 名前:サスライ☆07/04(日) 22:42:32
ヒトの遺伝子3.2万、これ等どれ一つが欠けていても増えていてもヒトには成らない。ヒトとゴリラの遺伝子配列の相違点は1%以下なのだから。
しかも、ヒトの個体差と言うのは、ある一定の領域における塩基配列の繰り返しの長短に過ぎず、また彼女の『老廃物』の中の復元機構は最低限以下の筈だ。
にも関わらず、彼はほぼ生前と変わらない姿で、しかも記憶がある状態で存在しているのは奇跡とも言えよう。
だから彼女も今の様に、後ろから笑が会話の途中でやってくるなんて思いもしなかったのだ。
目を丸くしている少年を尻目に、苦笑い込みのまた同じ質問をする。
「ねぇ、襲わないの?」
「羞恥心無い女の裸見ても感じる訳ねーだろ」
溜め息と同じタイミングで毛皮のマント(その2)を投げるとヤレヤレ大人しく羽織る。少年が心無しか残念な顔をした。
「んで、お前なんだけどよ、人間に絶望してんだっけ?」
「そうだね。て、ソレを知っていると言う事は君は……ああ理屈上じゃ可能って解っていたんだけど本物は始めて見たかな
千鳥 笑」
二人のみの会話が続く中で少年はオロオロしていた。目の前の男は、話を聞く限り伝説の鬼神だと言う。
出会った事の無い事態だからどうして良いか解らないが、一つだけ言える事がある。
これを逃したら次は無い


98: 名前:サスライ☆07/05(月) 19:50:12
少年は選択肢を選ぶ事を選択しなかった。何もしなくても世界は回るし、何もしなければ自分が非に思う様な事が無い。だから、何をされても何もしない。
そんな彼にとって時間と言うものは当たり前の事すら困難にする裂け目を広げていく。面倒を言い訳にチャンスを見逃し続け、何もしてこなかった少年にとっては只人に話しかける事さえ困難になっていたのだ。
酸欠の魚見たくパクパクしているが、目はキンメダイ見たく活き活きしている少年の視線を感じた笑は、少年に向いてアグラをかいた。
彼女との会話を中断し、頬杖を置くと同時にダイナミックな動きがドシンと音を作り、その隙間から観察眼が覗く。少年を試しているのだ。
「あ、あ、あの……」
少年は何も言えないのは、非が無い方向に行っていたせいか自分が正しいか解らないと何も解らないからで、しかし若さの好奇心と羨望が背中を押した。
「あの……、どうやったら強くなれますか!?」
本当なら会話には色々前フリが必要な筈だが、緊張と言う名の光が頭を真っ白にして重点だけを残してしまう。それでも笑は答えた。
「特にねぇなぁ。そもそも、自分が強いとも思ってない」
意外な鬼神の言葉に、頭が真っ白なあまり少年は言葉を一方的に放った。
「え、でも、貴方は虐められない。少なくとも僕より強いと思います」
そんな事かと感じる笑の顔には苦笑いすらなくて、只、眉をハの字にしてどう答えるか考えるしかなかった。


99: 名前:サスライ☆07/06(火) 20:22:34
一拍置いてやっと、笑は苦笑いを浮かべた。そこらにあった木の枝を少年に放ると、条件反射でビクリと受け取る。やや硬めだが、何の不思議も無い棒だ。
クエスチョンマークを浮かべ、枝をこれでもかと言うくらいに凝視する少年に一拍置いて、やっと声をかけた。
「それでさ、俺を殴ってみ?」
「え、ええええ、ええええええええ!?」
「お前そればっかだな。良いか、お前が虐められるのは力が弱いからじゃない。心が弱いからだ。
お前に他人を殴るだけの度胸があれば虐めなんぞ解決する」
理に叶っていると少年は思うが、足が震えるし腰が引けるのは殴るのを拒否しているから。
頭で解るのに、人格がそうさせないのは人間の性なのだろうか。
例えば戦争に勝った人間だってそうだ、勝ち組が美化されていて後世に誤って伝わり、誤解から争いが生まれる。自分は勝ち組でも英雄でも無い、只の殺人者と言うのを否定するからそう伝わる。
歴史と共に生きていた彼女はそんな事を思い浮かべながら、笑の何倍も嫌な苦笑いを作り、濁った心と言う安酒の肴にしていた。
「……出来ませんよ」
少年は、枝を放すと渇いた音が風に流されて、木琴よりは荒々しく、されども澄んだ音がする。
「僕は貴方の様に強くないんだ!人を殴るなんて出来ない!」


100: 名前:サスライ☆07/08(木) 20:17:35
弱者宣言と言うか、ヘタレ宣言を聞いたら笑は口角を吊り上げてマント一枚羽織ってるだけで、押せば砕ける様な彼女を指差した。
「じゃあアイツ殴ってみ。アイツより強いなら、殴れるだろ」
すると少年はまた首を横に振るのを見て、笑と彼女は同時にニヤニヤした。
強いとはそんな物だ。意味がアヤフヤで、一つに絞ろうとすれば直ぐに看破される弱い言葉だ。
しかし、ハッキリ強いと言える人は言える。そんな概念的な言葉だからこそ、日本語の世界ではメジャーなのかも知れない。
「そういや、俺は修行中にパンダにボコされて以来、クソ真面目に技を磨く様になってなぁ」
「はぁ……、それでどうだったんですか?」
「一回も勝った事がねーや。アッハッハ」
眩しいばかりの笑顔で弱者宣言をする笑は、少年の目にはどんな物よりも強く見えた。
やっぱこの人は英雄だ。教科書じゃ敵対国の人で、ウチの国の英雄を苦戦させた悪党扱いされているけど。
何処か綻んだ少年に彼女がジト目で色も無く話しかける。少年は少し驚いた。
「おい少年。
……いや、そりゃ今まで空気だったけど、その反応酷くない?
まあ良いや。で、聞きたい事があるんだけど、最近の歴史ってどうなっているの?」
因みに少年は頭は良い方では無くて、素性不明の彼女と死んだ筈の笑が生きてる事にも勢いに流されて、しかしここまで来てしまった。
突然話を振られた事にも慌てふためき、そして無力を噛み締める。


101: 名前:サスライ☆07/09(金) 20:08:34
笑が蘇ってから数日後、町に人が居ないのは堂島山賊団が来るとの連絡が何処からか飛んできて、日を追う毎にどうも事実らしいと解ったからだ。
それにしても一人も居ないのは、おかしいと呟く笑にチシャと名の付けられた彼女は言った。
尚、チシャの名前の由来は少年が好きな童話から。
「どうも、あの少年が頑張ってるらしいデス。
反発して死ぬより、助けを待った方が良い。そう言う信じる事も一種の強さなんデスかねぇ」
笑は、ジリジリ照らす太陽の如く満足気な表情を浮かべた。チシャにウザいばかりの視線光線を放ち、言った。
「でも、お前はソレを無駄な事だと言う」
「ええ、所詮貴方は蛮勇に過ぎません。理想と一緒に燃え尽きて下サイ」
笑は慣れない含み笑いを浮かべると、むせた。むせてマントを翻しテイク2を始めるまでチシャは冷めた視線で突っ込み無しが寧ろ痛々しい。
「じゃあ、これから俺を『ハンプティ・ダンプティ』と呼びな」
ハンプティ・ダンプティ。チシャの名の由来と同系統の童話に出てくるキャラクターで、『落ちたら誰も直せなかった』存在らしい。
ソレでは蛮勇ではないかと言う突っ込みは不粋かなと、空気を読んで敢えて言わないチシャに含み笑いが向けられる。正直ウザい。
「フッフッフ……ゲホゲホゲホ!
ハンプティ・ダンプティが何故誰にも直せなかったかは諸説ある。
卵だったからとかな。しかしそれじよ蛮勇だ。が、俺の考えは違う!」
アホウドリの鳴く声が何処からかもなくする。騒いでいる笑、もとい自称ハンプティ・ダンプティの台詞に鳥の鳴き声以上の物を見出だせなかったからかも知れない。
しかし、次の一言は世界を支配した。
「ハンプティ・ダンプティが直せないのは、それ程スゲー存在だったって事だと思う。つまり、滅多に砕ける様な物じゃ無いんだ。
チシャ、俺はそんな存在を知っていて、
当たり前の事を教えてやる……」
大群が近付く音がする。軍隊よりも少ないが、山賊としては大規模な方だ。所々の金属音からロボットも確認出来る。
しかし、笑を辞めたハンプティは前に出た。その背中は地平線よりも大きく感じ、首だけ回し目線を向けて身体を前に向けたままチシャを見て、一言放つ。
「ヒーローってのは、無敵なのさぁ」
これが、堂島山賊団との最初の出会いとなった。


102: 名前:サスライ☆07/09(金) 20:09:22 HOST:a2P2WiEOwpslpqha_softbank.co.jp
【二曲目・完】

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最終更新:2010年09月04日 12:06
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