143: 名前:海☆08/20(金) 19:35:04
――――佐野優太
プアン、プアンと救急車の音が聞こえる。
何かを囲むように、人が群がっていた。
「可愛そうねぇ、人が事故にあったんですって」
「まぁ……事故にあった、あの女の人ってご近所に住んでる、日風さんの娘さんじゃない?」
ヒソヒソと話声が聞こえる。
『日風さんの娘さん』?
「ちょっ……どいてくださいっ!」
人混みを抜けて、人が群がる中心点についた。
コンクリートには大量の血。
そして、救急車に運ばれているのは
「桃子っ!」
俺が会いたかった人。
144: 名前:海☆08/22(日) 13:41:45
――
「今、落ち着いて病室で安静にしています。
心臓に大きな影響はないので、命に別状はないでしょう」
「そうですか……」
病院で、桃子の母さん父さんが病院の先生と話をしていた。
俺はそれを聞き耳たてて聞いていた。
「ただ……」
「ただ? 先生なんですか?」
「日風桃子さんは目と脳に大きなダメージをうけています。
あの状態じゃ、目は……一生治ることはないでしょう」
そんな言葉が俺の耳に飛び込んだ。
先生は遠回りに言った、『失明』したと。
桃子の母さんの泣き声が室内から、外にもれた。
俺は、ただその声をドアの前に立ち尽くして聞いてることしかできなかった。
145: 名前:海☆08/22(日) 14:53:22
――102号室 日風桃子様
俺は静かにドアを開ける。
大きな部屋に一つのベット、そこに眠るお姫様。
「桃子……」
目の前で眠る桃子。
桃子の目には、白い包帯がまかれている。
俺は桃子の頭を撫でた。
俺は桃子に、ずっと会いたかったよ。
理由を言わずに離れて行って悪かった。
その言葉を、桃子の目を見て言ってやりたかった。
久しぶりな俺の顔を、桃子の記憶に焼きつけといてほしかった。
桃子、俺の声を顔を覚えてる?
146: 名前:海☆08/22(日) 15:14:37
――1月5日
桃子が入院した日から、年が明けた。
今日、俺は桃子の入院のお見舞いに来ていた。
二つの花を持って。
「失礼します」
「あ、佐野君……」
病室には、桃子の母さんが椅子に座り桃子と会話をしていた。
「私は、リンゴでも買ってくるわ」
桃子の母さんが、そう言い病室をでた。
病室には俺と桃子が残された。
「桃子」
俺が名前を呼んだ。
桃子は、それに反応して俺の方を向いた。
「誰ですか?」
桃子は口元を緩め、ゆっくり笑った。
俺は自分の名前を言った。
名前を聞いた桃子は、また口を緩めて笑った。
「だから、誰ですか?」
148: 名前:海☆08/22(日) 16:15:57
「え……誰って、佐野優太だって」
そう何度も繰り返すが、桃子の耳には届いてない。
何度言ってもキョトンとした表情で、口元で、俺を見る。
「佐野」
後ろから声がした、声の主は須崎藍だった。桃子の一番の友達。
須崎は、俺を病室の外に連れて言った。
「どうなってんだよ」
「桃子の、お母さんから聞いてないの?
桃子は脳と目に大きなダメージうけたんだって」
それを聞き俺は「んなの知ってる」と言い横を向いた。
すると須崎は俺に、こう言った。
「桃子の記憶は、事故でリセットされたの」
俺は、須崎の言葉に黙り込んだ。
衝撃の言葉の後に更に重ねて、残酷な言葉を放った。
「桃子は、心臓にガンがあったんだって
それに失明、記憶喪失の三つも障害を背負ってんの
しかも、心臓のガンは手遅れかもしれないって」
俺は、現実か幻想か、どっちだか理解できないくらい混乱した。
『手遅れ』って死ぬってことだろ。
簡単に言うなよ、そんな重い言葉。
そう思うのに、言葉は出ない。受け止められない、この現実。
桃子を守りたいと思うのに、俺は守れないんだ。
155: 名前:海☆08/23(月) 19:24:32
――2月14日
今日はバレンタインデー、俺は今日も桃子のお見舞い。
向こうは俺を覚えてない、だけど会いに行く。
今日もまた、二つの花を持って病院に向かった。
「しつれ……」
「ハァ、ハァ、ゴホゴホッ」
病室に入った途端、桃子が息苦しそうにベットでもがいていた。
それを桃子の母さんが背中をさすり、悲しそうに見ていた。
「だ……大丈夫ですか? あ、先生呼んできますね」
「呼ばなくていいわ」
桃子の母さんがとっさに言った。
俺は、その言葉に驚き足を止めた。
「でも……」
「いいの、もう死ぬと分かった患者は助けてくれないのよ」
涙をこらえた目が、今にも目から涙がこぼれおちそうで。
桃子の母さんも、俺と同じなのかな。
全力で守りたいと思うのに、何も出来ずに守ってやれない。
目の前で、大切な人を失ってしまいそうな失望感。
俺は、ただその光景をドアの前で立ったまま見ていた。
156: 名前:海☆08/24(火) 17:40:35
少し経って、桃子の息が安定して桃子の母さんは今日もまた
病室を出てどこかへ行ってしまった。
「りんごを買ってくる」そう言い残して。
「桃子……」
「あ……その声、今日も来てくれたの?」
満面の笑みで俺に笑いかける、その笑顔が今は辛い。
「桃子は、俺が誰だか知りたい?」
俺が突然のことを言ったから、桃子はキョトンとしていた。
少し沈黙が続いた後、桃子は口元をあげて言った。
「うん、知りたい」
幼いような無邪気な笑顔が、俺に向けられた。
俺の事を思い出してほしい。
どうか、また俺を好きになってほしい。
ただ、その一心で。
最終更新:2010年11月18日 05:41