アンダーテイカー・リコリス

1: 名前:赤闇 (AldickGl/2)☆03/18(金) 02:48:02  


 それは恐らく懺悔の赤色。


2: 名前:赤闇 (AldickGl/2)☆03/18(金) 03:00:29
 ――どこからか、怒声が聞こえる。

 ただ宛もなく廊下を歩くだけだった少年は足を止め、忙しなくきょろきょろと辺りを見回した。今まで思い思いに歩を進めていた他の人間達も、一体何事だろうかと先程までの喧噪とは違う雰囲気で騒いでいた。
 一体どこから聞こえてくるんだろうか、と思いながら取り敢えずは人の波に身を任せて再び歩み始める。
 すると、その人波の速度が落ちると共にパリン、と何かが砕け散るような音が聞こえてくる。男女問わずに聞こえてくる悲鳴の不協和音が不快で、少年は思わず片手で耳を塞いでしまった。
 大方グラスか何かを割ったんだろう、と思いながらも立ち止まる人間達を掻き分けて前に出れば、それと比例して怒鳴り声も大きくなる。当然、その内容も理解できるようになった。

「――てめぇだ、てめぇが俺のダチを殺したんだろっ!」

 柄の悪い男の怒鳴り声。全く関係ない周りの人間まで身が竦んでしまうほどのそれでも、少年は全く身を竦めたり目を背けたりはしなかった。
 ずる、とずり落ちてしまいそうな大きな黒縁眼鏡を両手で直して、今起こっている事が何なのかをしっかりと見ようとする。
 動きやすさを重視しているらしいハンターじみた服装の三十代半ばと見られる男は、どうやら幾つも置いてある細長いテーブルを挟んだ向こう側にいる相手に激高しているらしい。彼の周りにいる人間も、「やめておけ」とか「落ち着け」という風に宥めている。
 尤も、その声が届くわけがないというのはその人間達が一番知っているのだろうが。
 そしてその喚かれている張本人はといえば、片手で本を開き、古びて茶色っぽくなりかけたページに視線を落としていた。
 ここまで“騒がれても”彼は顔を上げようとせず、特に苛立った様子も面倒くさがっている様子も見せない。
 男は怒りの形相でそんな青年を睨み付け、テーブルに爪を立てる。
 他の人間の非ではない男の怒り――否、殺気に流石に痺れを切らしたのか彼は本に落としていた視線を上げた。

「……何故、そう思う?」

 この一触即発の空気には似付かわしくない静かで、それでいて良く通る青年の声が響く。
 こんな状況下でなければ、聖歌隊のように澄んだ声は心地よく聞く者の鼓膜を震わせるだろう。少年はそう思いながら、ざわざわという野次馬の喧噪の中でも掻き消される事のない彼等の会話を聞き続けた。
3: 名前:赤闇 (AldickGl/2)☆03/18(金) 03:10:13
「ダチの死体に、どう考えても普通の剣とか銃じゃ絶対に付きようもねぇ傷が付いてたんだよ……深くてそのままバラバラにしちまいそうな程のな!」

 何だ、言いがかりか。何の脈絡もない、ただの八つ当たりか。
 恐らく常人であればそう思うだろうが、生憎とそう楽観的に考える人間はこの場に数える程度しかいない。
 どれだけその理由が馬鹿げていようが、たった今読書を楽しんでいた筈の彼が“犯人”であるのは目に見えて分かるからだ。
 例えば、銃で人を殺そう。左胸に陣取る心臓に銃口を向けて、引き金を引いたとしよう。
 そこには当然銃弾が当たるから穴が空く。その銃痕を見れば、「ああ、銃で殺されたんだ」と分かる。当然銃器にも散弾銃などの色々な種類があるから一概には言えないが、それでもこの世界で一般的に殺人に使われる銃器は拳銃やライフルが多い。
 他には、剣で人を殺そう。腹部に突き刺したり胸に突き刺したり、袈裟懸けに斬り伏せたりしたとしよう。
 いくら大剣であり長剣であったとしても、そこまで深々とした切り傷を付けることは困難な筈だ。事実、大剣を使う軍人であっても肢体をバラバラにする程の傷を一息で付けることは殆ど無かったという話も聞く。
 ナイフであっても同じ事だ。
 それを知っているからこそ、男も少年も野次馬も、何も疑わない。
 青年はといえば、特に弁解するでも否定するでもなくただ本のページを捲っている。この状況で本の内容が頭に入るのか些か不安だな、と少年はこの緊迫した状況にもかかわらず思った。
4: 名前:赤闇 (AldickGl/2)☆03/18(金) 03:19:46
「知らないとは言わせねぇぞ、てめぇが殺した癖に! この死神がッ!!」

 死神、と侮蔑を込めて男が吐き捨てれば、そこでようやく青年は顔を上げた。
 夜空のようにも見える藍色の瞳には特にこれといって感情も浮かんでおらず、何を考えているのかが全く読み取れない。彼にしてみればただ見ているだけなのかも知れないが、前述したことも相俟って端から見れば睨み付けているようにしか見えなかった。
 その瞳を見た野次馬達のざわつきが一瞬消える。

「……それがどうした?」
「な……、に……何言ってやがる!」
「言葉通りの意味だ。“仮に”俺が貴様の友人とやらを殺したとしよう。だが、それがどうしたと訊いている」

 淡々と、台本に書き記された台詞を読み上げているだけのような感情のない棒読みの言葉が男の精神を締め上げる。
 少年は今まで男の怒声にも驚いたりはしなかったが、この声と言葉には顔を顰めた。
 死神と呼ばれた青年は本に栞を挟み、自分の膝の上に置く。

「どうせ、人間は遅かれ早かれ敵であろうが味方であろうが死ぬ。それは変わらない。敵に殺されようが味方に殺されようが、死んでしまえば全て同じだ」

 違うか? と続けた“死神”に、とうとう男は怒りで我を忘れたのか彼に向かって拳を振り上げる。
 受け止められるか、それとも反撃されておしまいだな、なんて事を考えながらも少年はその二人から眼を背けることができなかった。眼を瞑ることもできなかったが、それでもたった今目の前で起こった事に対して瞠目することは出来た。
 てっきり青年は男の拳を避けるだろうとばかり思っていたのだが、彼は何か行動を起こすわけでもなく、まるで最初から受けるつもりだったかのようにその殴打を易々と受けたのだ。
 力任せのそれを受けて彼は倒れ、その場にいた野次馬達も悲鳴を上げて数歩ほど後退する。
 殴り飛ばされて倒れた青年はと言えば、殴られた頬を押さえることもせずにただ俯いているだけ。
 男は特に目立った反応も見せない青年にも苛立ったのかそれとももうこれ以上は無意味だと諦めたのか、彼に侮蔑の視線を送ってから乱暴な足取りでどこかへと歩き去っていった。
 その後を追うようにして他の人も居なくなり、何事かと集まっていた人間達も各々の持ち場に戻って行く。
 それでも少年がこの場を離れなかったのは、実は彼自身理解できていない。すぐにこの場を離れてしまえばよかったのに、何だかそれができなかったのだ。
 ただ彼はほぼ全員が自分の近くから去っていったのを確認してから立ち上がり、自分の黒いロングコートに付いた埃を手で払い傍に転がっていた古書を拾ってから歩き始める。
 殴られて切れた口許から流れる血をうざったそうで手で拭いながら自らの隣を通り過ぎる青年に、少年は白衣の裾をぎゅっと握り締めた。

「――……“死神”のクセに……」
5: 名前:赤闇 (AldickGl/2)☆03/18(金) 03:23:11
+++


 この世界は今も、科学の汚染と機械に蝕まれている。

 そしてそれに対抗する、何の変哲もない反抗組織。
 まるでどこかの安っぽいSF小説のような世界で、少年――ロランは生きていた。
 ロランはその組織に所属するただの一般的な研究員見習いでしかない。十代半ばでこの組織に所属し、今は必死に助手として働いている段階だ。
 そして彼も同じく、この組織に所属する“異常”。
 そう、彼は“異常”――いや、異端と言った方が正しいかも知れない。
 細身の長躯に黒服を纏い、青白いと表すのが的確なほどの白い肌。感情のない瞳。
 誰も頼らず、誰ともほぼ会話を交わさず、ただ音もなくその場に現れればふらりと霧のように消えていく。
 それだけなら、まだ“気味の悪い奴”で済んだのかもしれない。
 だが彼は、恐ろしい程の力を持ちながら敵を討つ為なら仲間ですら裏切り見捨て、同時に切り捨てる事も厭わない。
 その手に持った白く身の丈以上の大鎌といい、今までに挙げた例といい。
 その出で立ちと言動は“死神”と呼ばれるに相応しいであろうものだったのだ。
 最初こそはその力に嫉妬するほんの数人程度が妬みとして使用していたらしいが、いつの間にかそれはこの巨大な組織全体に浸透していた。もしかすれば、彼の名前は知らないけど死神という呼び名だけは知っている、という人も居るかも知れない。
 現にロランがそうだ。彼がどんな名前なのかなんて検討も付きやしない。
 ただロランという研究員の助手が知っているのは、噂だろうとばかり思っていた事が全て事実だったことだ。


+++
6: 名前:赤闇 (AldickGl/2)☆03/18(金) 03:29:54
 白衣の裾を握り締める手に更に力を込めて、溢れ出しそうなどろどろとした感情を押し殺す。ぎりっ、と唇を血が出そうなほどに噛み締めて、ロランはふとすればその場に崩れ落ちそうになる自分の身体を叱咤した。
 ロランも先程の男と同じだ。
 あの“死神”に、友人を殺された。
 この組織には研究員だけではなく戦闘員も居る。丁度ロランの友人には戦闘員の人間もいた。この組織に所属してから彼はまだ数年程度しか経ってはいないが、それでもその数年の間に亡くした友人だって沢山居る。
 いや、本当に殺害したのが死神だったのかそれとも敵だったのかは定かではないのだが。
 ああ、そういえばその中に丁度男と同じような――と、そこまで考えてロランは緩く頭を振った。
 過ぎたことを考えても仕方がない。それに先程の“死神”が殺したという確証も何処にもないのだから、彼に当たるのは筋違いだろう。
 それでも、何故か“アイツが殺したんだ”と確信しているどす黒い自分が居て、それがまた不快なのだ。
 ああもう、気分が悪いな。折角今日は朝から珍しい青空を拝めて、窓際に置いたブルーベルの植木鉢が綺麗な花を咲かせていたっていうのに。

「……ん?」

 頭を抱えて軽く溜め息を吐けば、不意に自分の視界に何やら赤いものが飛び込んでくる。
 だがそれが何かと認識するよりも先に、今度はそれを拾い上げる手にロランの視界は占領された。
7: 名前:赤闇 (AldickGl/2)☆03/18(金) 03:36:24
 流石に少し驚いたが、その手が動くのを視線で追っていけば目の前に来ていたらしい人の姿が目に映る。
 少しばかり猫背でかっちりとした喪服に身を包んだその男性の姿に、ロランは見覚えがあった。

「……ルクスさん?」
「……おやおや、ロラン君。アナタでしたか。これはこれは失礼しました」

 小さな丸眼鏡の向こうでにこやかに眼を細めてぺこりと頭を下げてくるルクスに、ロランは「どうも」とだけ言って軽く会釈を返す。
 どこか紳士のような雰囲気も持ち合わせている彼とこうして話すのは初めてではないが、ここ数ヶ月話していなかったからかかなり新鮮だった。
 それから顔を上げて、そのまま「お久しぶりですね」とでも口にして話でもしようと思っていたのだが、それよりも先に彼の手に握られている“それ”に今度は視線を奪われた。
 赤い花弁、緑色の細い茎。

「彼岸花、ですか」
「えぇ、そうですよ。丁度、今の季節は彼岸花が咲きますしね。綺麗でしょう?」
「僕もこの花は好きなんですよね」

 頬を緩めたルクスにつられるようにしてロランも笑い、そこでふと思う。

「……ルクスさん、彼岸花好きですよね。いつもルクスさんが丁重に葬ってくれた人達の柩には彼岸花がありますし。何か理由でもあるんですか?」

 彼は所謂葬儀屋という職業に就いている人間だ。組織直属で、戦死した人達の遺体を綺麗に、これ以上なく丁寧に葬ってくれる信用の置ける人物。
 当然上層部や戦闘員からの人望も厚く、戦闘員の中では「あの人に葬って貰えるなら俺、この世に未練もなく成仏できそうだわ」なんて冗談めかして言う人間も居る。
 現に、殺されたロランの友人だって彼に葬儀を執り行って貰ったのだ。その時にも彼の手にある彼岸花が柩に共に入れられていて、友人の遺体はその赤い絨毯に埋もれるようにして入っていた。
 他の人に聞いてみれば、どうやらルクスは自分が受け持った人達の柩には全て彼岸花を手向けているらしい。
 彼岸花が好きなのか、それとも別に何か理由があるのかは分からない。今まで気になりもしなかったのだが、何となく今気になってしまった。
 ……一度気になってしまったものは容易には忘れられないもので。
 率直にルクスに問い掛けてみれば、彼は少しばかり悩むような素振りを見せる。

「…………そうですねぇ、別に好きという訳ではありませんが……少し長くなりそうな話です……ふむ、どうしましょうか」
「別に、僕は大丈夫ですよ? 逆に暇でしたし、是非そのお話を聞きたいです」
8: 名前:赤闇 (AldickGl/2)☆03/18(金) 03:40:52
 当然この後には色々と実験の手伝いや研究なども控えているのだが、それを含めて暇だったのも事実だ。何の変化も見られない、何の核心にも迫れない、そんな実験や研究などを続けているよりなら彼の話を聞いて過ごした方がずっと楽しい。
 先輩研究者に聞かれれば「お前はそれでも研究者か」と怒られてしまいそうな思考をして、彼は笑う。
 ロランが「ね?」と催促してみれば、ルクスは苦笑して彼岸花を持っていない手で軽く頭を掻いた。

「そうですね……アナタがそこまで言うのなら、お話しして差し上げてもいいですよ」
「ほんとですか!?」
「えぇ。……ただし、少しばかりアナタには不快な話かも知れませんが。それでもよろしいので?」

 少しだけ苦々しい表情でそう声のトーンを落としたルクスに思わず首を傾げてしまうが、それでもロランは躊躇なく頷いて肯定を示す。
 不快になる、という言葉の理由が少し気になったが、それよりも好奇心の方が勝っていた。
 知りたい。自分の気になったことはトコトン調べなければ気が済まない。研究結果、人間関係、花の名前、彼岸花の学名、大小構わず興味をそそられた物は全て、知識として仕入れたいのだ。
 この底なしとすら言える好奇心が、ロランという少年を研究者の道に導いたとも言える。
 ルクスは少しまた考え込んでから、吹っ切れたような表情で顔を上げた。

「なら、よろしいでしょう。それでは……そうですね、ここで話せる内容でもないですし、私の部屋にでも行きましょうか」
「分かりました!」

 明るく答えれば、何故か彼の表情が一瞬陰ったような気がした。
9: 名前:赤闇 (AldickGl/2)☆03/18(金) 03:44:50
+++


「――失礼しまーす……」

 きぃ、と錆び付いた蝶番が軋んだような音を立てる。扉が開くのと同時に、ふんわりとした花の香りがロランの鼻腔に届いた。
 ロランより数歩先を歩くルクスは薄暗い部屋の中を突き進んでは手探りで電気のスイッチを探し、ぱちっと音を立ててスイッチをオンにまで動かす。
 ちかちかと点滅してから部屋を照らし出した蛍光灯に思わず目を閉じてしまったが、すぐに何度か瞬きを繰り返して視界を確保した。
 それと同時に眼に飛び込んでくる景色に思わず息を呑む。
 ルクスの部屋はロランが思っていたよりも広く、ベッドやテーブルなどの必要最低限の家具以外には数個ほどの柩があるだけ。本棚もクローゼットも何もない。
 寝るという事はできるが、それ以外の事は出来そうにない生活感のない部屋。
 ただ、明らかに異常なのは家具の量ではない。“花の量”だ。
 家具や柩が、夥しい数の花に埋もれるようにして鎮座しているのだ。
 赤、白、黄色、紫、青、橙、色とりどりの花々はまるでこの部屋だけが花畑であるかのように感じさせる。
 だが、数多くある花の中でもやはり大部分を占めているのは放射状のように細い花弁を付ける彼岸花。その赤さは他の花に囲まれたこの部屋の中ではやけに目に付いた。

「少しの間、部屋を留守にしていたんですが……私の頼んだ人が世話を怠らなかったようで何よりです。……おっと、秋桜がしおれていますね」

 元気なくしおれた桃色の花弁に指先で触れながらルクスは言い、端から見ると沢山の花に埋もれているようにしか見えないロランを手招きした。
10: 名前:赤闇 (AldickGl/2)☆03/18(金) 03:49:45
「すみませんね、落ち着かないでしょうが……そこらの柩にでも腰掛けていて下さい」
「はい……って、それは流石に不味いんじゃあ……?」
「良いですよ、大丈夫です」

 死者の横たわる柩に座るなんて失礼な気がしたのだが、彼は丸眼鏡の向こうで眼を細めてそう言ってくる。何がどう大丈夫なのか全く分からなかったが、それでも椅子のような物も見当たらないしとロランは大人しく黒い柩に座った。
 もしこの柩に誰かが入ることがあったら、その時はその人の墓石にまで行って謝ってこなければならない。
 柩に腰掛ける、という日常では有り得ない事に緊張でもしているのかただでさえ小さい身体を更に丸めて座るロランにルクスは苦笑した。

「どうぞ、一応は質の良い紅茶ですよ。私の腕の所為で質が落ちていたら……すみません」
「大丈夫ですよ」

 目の前にある古びたアンティーク調のテーブルに置かれたティーカップを手に取り、薄く湯気を立てるそれを口に含んだ。
 それと同時にふわりと口腔に紅茶の風味が広がって、自然と笑みが零れてくる。
 ルクスが自分と同じように柩に腰掛けて紅茶のカップを傾けたのが解り、それだけでも空気がふわりと暖かくなるような錯覚を感じた。
 だからといって、こんなアフタヌーンティーじみた空気を満喫する為にここに来た訳ではないんだとロランは自分に言い聞かせる。
11: 名前:赤闇 (AldickGl/2)☆03/18(金) 03:53:51
「……それでは、そろそろ本題をお話しましょう。彼岸花のお話ですが、少しばかり長くなってしまいます」

 ほんの僅かに紅茶を啜っただけのカップを置き、組んだ足の上に指を絡めた手を置いてルクスは口を開く。

「確かに今の季節は彼岸花の咲く季節です。ですが、私はだから皆様の柩に彼岸花を手向けているわけではないのですよ。年がら年中、色々なところから取り寄せ、時には自分で栽培し、皆様に捧げています」

 ロランは時折頷く程度の相槌しか打たず、彼の話を邪魔してしまわないようにとただ声だけに意識を集中させた。
 あの“死神”とはまた別の所で、彼の声は心地が良い。

「ですが、それもまた私が彼岸花を好いているからというわけではありません」
「なら――」
「ならば“何故”? アナタはそう思うでしょう?」

 何で、と言おうとしたのを遮られ、ロランはその言葉をぐっと飲み込む形で口を閉ざす。
 まるで自分が何を知りたいか、何を聞こうとしているか、何を言いたいかを全て知り尽くしているかのよう。
 何々のようだ、というよりは、この葬儀屋は恐らく全てを知っているのだろう。ルクスの瞳を見ていると、ロランは理由もなくそう感じるのだ。

「全ては、ある一人の男……いえ、少年でしょうか……彼によるものです」
「少年……?」
「いますよ。ちゃんと。丁度アナタより二、三才年上ですが」

 この組織には確かにまだ未成年も所属している。だがその中に、ロランのような“少年”と呼ばれる人間が居るようには感じなかった。皆どこか大人びているか、どこか“違う”のだ。
 ロランは自分を落ち着かせるようにずずっ、と紅茶を啜れば彼の次の言葉を待つ。
12: 名前:赤闇 (AldickGl/2)☆03/18(金) 03:56:48
「――アナタはソーマ君をご存じですか?」

 ソーマ、という聞き覚えのない名前にロランは一瞬きょとんとしてしまうが、それでもすぐに首を横に振ることで知らないということを伝える。
 ルクスは「やはりそうでしたか」と言って苦笑を漏らし、自分もまた紅茶のカップを持ち上げた。

「皆、そう言います。彼の名前を知っている人間なんてほんの一握りな気がしますね」
「……それで、結局その人は誰なんですか?」
「死神ですよ。一番有名な言葉で言うなら、ね。あの人、ああ見えてもアナタと二つ違うだけですよ」

 どくり、とロランは自分の心臓が跳ね上がるのを感じた。それと同時に紅茶のカップに添えた手もかたかたと震えるのが自分でも良く解る。
 その震動が紅茶にまで伝わって、沸騰する直前の水のように波打つ。
 死神とばかり言われているから彼の名前なんて知らなかった――というより知ろうとも思わなかった――のだが、そうか。彼は“ソーマ”という名前らしい。
 淀んだ夜空のような藍色の瞳に月明かりのような銀色の髪を持つあの青年が、まさか自分とそんなに変わらない年齢だなんて信じられない。というよりも、信じたくない。
 あんなヤツと一緒にされるなんて御免だった。

「……どうしました?」

 心配そうに首を傾げてくるルクスに普段ならば「心配しないで」なんて言葉を掛けて表面上を取り繕うのだが、今回ばかりはどうしても無理そうだ、とロランは僅かに残った理性と思考力で他人事のように思う。
 何かが溢れ出してくる感覚は最早止められたものではない。

「…………アイツのせいなんだ、アイツのせいなんですよ……――みんなみんな、アイツに殺されたんだ!!」

 ぎゅっ、と紅茶の入ったカップを両手で握り締めれば、まだ湯気の立つ紅茶が入っている所為でじわじわと蝕むような熱さを感じる。それでも止まることなく、この口はまるで自分のものではないかのように止まることを知らなかった。
 目の前でルクスが驚いたような表情を見せている事すら、今のロランには分からない

「さっきだってそうだ、何の関係もない、それどころか自分の味方だって殺して! 僕の友達も殺された! 僕の友達の恋人だって! “死神”に殺されたんだ!」
13: 名前:赤闇 (AldickGl/2)☆03/18(金) 04:03:58
 最後の言葉を吐き終えた時にはロランの息は上がってしまっていて、彼は呼吸を繰り返していく内にゆっくりと自分の手から感じる熱さに比例して頭が冷えていくのを感じた。
 悲しみと怒りと憎悪をここまで他人に吐き出したのは初めてだというのに、頬には涙すら伝い落ちそうにない。
 ああ、最早涙は涸れたのか。

 友人が初めて死んだとき、ロランは血を吐くような思いで泣いた。喉が裂けようがそんな事はどうでもいいと言わんばかりに泣き叫んだ数日後、抜け殻のように表情を失って研究室に来たロランのことを、恐らく同期の人間、先輩ならばまだ覚えている筈だ。
 そしてその後、やっとの思いで立ち直った頃に今度は友人の恋人が殺された。
 その友人も恋人もロランよりも年上だったのだが、その二人はまだ恋愛をさほど理解していなかったロランでもお似合いだと思える程の二人だった。友人もその戦闘員の女性を愛していたし、女性も研究員の友人を愛していた。
 当然戦闘員である以上死や怪我は避けられない、それは痛いほど、それこそ恋人が任務に出る度に日常生活すら出来ないほど思っていた。
 それでも、彼女は味方に殺された。辛うじて生き残っていた、彼女と同じ部隊の人間がはっきりと証言していたのだ、それを聞いたときの友人の慟哭を、ロランは今でも覚えている。
 その友人は気付けばロランにすら何も言わず組織から失踪していて、それ以来会っていない。
 友人の痛みをケシ粒ほども癒してやれなかった自分に、ロランはまた泣き叫んだ。生きているか死んでいるかすら分からない友人の分も代わりに泣き叫ぶように。

「――……そうですね。確かに、彼は死神です。敵味方問わず、その鎌で躊躇なく、遠慮なく、周囲の人間の命を奪っていく。最早弁護や擁護のしようもない程、馬鹿な人間です」
14: 名前:赤闇 (AldickGl/2)☆03/18(金) 04:06:59
 恐ろしいほどに穏やかなルクスの声が耳に入り、ロランははっとして顔を上げる。
 彼は怒りもせず悲しみもせず、ただ穏やかな声と同じように微笑を浮かべていた。

「アナタや他の人が怒るのも無理はありませんね。彼を殺したいと思うのも、当然の事。恨むのも怒るのも当然です。私もアナタの立場でしたら迷うことなく彼を殺していたでしょうし」

 自分を咎めようともしないルクスに、思わず涙腺が緩む感覚を感じる。だがそれを堪えるようにロランはカップを強く握った。
 中に入っていた紅茶も、少し冷めたらしい。

「――ただね。彼も殺人狂ではないのですよ。死神ではあったとしても、快楽殺人を繰り返す狂人ではない」
「っ、嘘だ! 嘘だ嘘だ嘘だッ!!」

 そんな真実があってなるものか、とロランは全力でそれを否定するように首を振ってそれだけを繰り返す。
 死神だろうが殺人鬼だろうが狂人だろうが、アイツが僕等の仲間を殺している事に変わりなんてないのだ。
 そうすればあの人だって死なずに済んだ、あの人だって姿を消さずに済んだ。

「…………嘘と処理したいのならば、ご自由に。さて、お話を元に戻しましょうか」

 自分の錯乱や動揺なんて全く気にしていないらしいルクスに先程とは違い少しばかり反感が湧いたが、彼に八つ当たりしても無意味だと頭の隅に残った理性でその衝動を押し留める。
 紅茶のカップをソーサーに置き直して、ロランは小さく頷いた。
15: 名前:赤闇 (AldickGl/2)☆03/18(金) 04:10:35
「…………先程話したとおり、私は特に彼岸花を好いているわけではありません。ただ、彼は私とは違い彼岸花を好んでいる」

 ルクスは傍にあった花瓶に生けられた彼岸花を一本手に取り、その花弁を指先で弄ぶ。
 弾かれる度に揺れても落ちない花弁を満足そうに眺めて、彼はうんうんと頷けばそれを持ったままロランに眼を向けた。

「全て、裏引きをしたのはソーマ君本人なんですよ」

 全く予想していなかった言葉に、ロランは耳を疑ってしまう。
 感情がまともに備わっているかどうかすら分からないあの男が、まさか味方を殺すという行為に自責でも感じているなんて容易に信じられない。
 ルクスは更に言葉を紡ぐ。

「以前深夜に彼が尋ねてきましてね。今まで全く話もしたことがなかったのに何事かと思いましたが…………いやあ、あの時は私も自分の耳を疑いました」

 苦笑を浮かべているルクスは懐かしいものでも見るかのような目付きで天井を見上げる。裸の蛍光灯がつり下げられているだけであとは白で塗り潰された病室のような天井だ。

「あの時にどんな言葉で何を言われたのかは最早覚えていませんが……要約すると、『俺が殺したかどうかは知らないが、俺と行動した奴等は丁重に葬れ』というニュアンスのことを言われまして」

 肩を竦めて彼は手に持っていた彼岸花を再び花瓶に戻して紅茶のカップを持ち、中に満たされているそれを口に含む。

「死神が葬儀屋に自分が殺した人間の葬儀を依頼するなんて、まるでどこかの安っぽい空想小説にありそうなお話ですよね」

 あまりにも有り得ない話に呆然とすることしかできないロランにはお構いなしに話を続けるルクスの口許には終始笑みが浮かんでいて、その時のことを思い出して懐かしんでいるのが見て取れた。
 ロランからすれば、“死神”がそんな事を影で彼に言っていたという事自体信じられない。
 今でも、嘘だと喚いて否定したい気持ちで一杯だ。
 そんなロランの気持ちを知ってか知らずか、ルクスは「ああ」と思い出したような声を上げて、ちらりと花瓶に眼を向けた。
16: 名前:赤闇 (AldickGl/2)☆03/18(金) 04:14:31
「それとその時に言われたんですよ。自分の故郷に彼岸花が沢山咲いているからそれも手向けてやれと。――まあ実際は私を仲介して、彼が自分が殺した方に謝罪を込めて彼岸花を送っているようなものですよ。……私には、何故自分から自分の評判を落とすような真似をするのか甚だ理解できませんが」

 そこまで話し終えて、彼は短く息を吐けばロランを丸眼鏡のレンズ越しに見た。

「……お話はこれで終了です。私はソーマ君ではありませんから、もしこれ以上知りたいなら実際彼に訊いてみて下さい」

 紅茶を一気に煽ってくすりと悪戯っぽく笑ったルクスに、思わずロランは眉を顰める。
 自分がアイツと接触できない事を知っていて、彼はそんな事を言うのだろうか、と。

「…………まあ、訊かれたからといって彼が素直に話すわけもありませんし、このまま真偽の知れないただの戯れ言として処理するのも悪くはないでしょう。全てはアナタにお任せしますよ」

 飲み終えたカップとソーサーをテーブルの隅に追いやり、ルクスは椅子代わりの柩から立ち上がれば花瓶に入っていた彼岸花をまた一本抜き取る。
 それをどうするのかと紅茶のカップに口を付けたまま見ていれば、彼はそれをロランへと向けた。

「……貰っていけ、ってことですか?」
「どうぞ」

 どこか冗談めかした笑みといい、この人間はやはりどこか何を考えているのか分からなかったりふわふわと掴めない感じがある、とロランは初めて会ってからずっと思っていた事を再び思う。
 それでも彼は大人しくその彼岸花を受け取って、その赤く細長い花弁を眺めた。
17: 名前:赤闇 (AldickGl/2)☆03/18(金) 04:15:42
「それでは、私はまた色々と仕事がありますので。アナタもちゃんと、自分の持ち場に戻って下さいよ?」
「……分かってますよ」

 痛いところを突かれた、とロランは表情を強張らせる。むすっとして言ってやればルクスはへらへらと笑い、自分の飲み終えたカップも一緒に持ち上げて二つのカップとソーサーを小さな流しへと置いた。
 軽く顔にかかる金色の髪を手で払って、ロランも彼と同じように柩から立ち上がれば着ている白衣の胸ポケットに彼岸花を差し入れる。

「それじゃあ、ありがとうございました」
「ええ。――もし彼に会ったら、よろしくとでも伝えておいて下さい」
「…………できる限り、頑張ってみますよ」


18: 名前:赤闇 (AldickGl/2)☆03/18(金) 04:17:47
+++


 何が真実で何が嘘かなんて誰にも分からない。
 それは本人しか知り得ないものだし、本人ですらそれを真実か嘘か自分の持ち得る答えか理解していない可能性だってある。
 人間なんてそんなものだ、とロランは思っている。
 正直な話、ロランは彼――ソーマがルクスという彼岸花を持つ葬儀屋の裏で手を引いていたなんて話を信じてはいない。
 恐らくこんな事を話したところで、誰も信じないのがオチだろう。自分と同じように。
 ただ分かるのは二つくらいだ。

 僕はアイツを許さないし、僕以外の人も許さない。
 許しようも擁護のしようもない。

 それだけは紛れもない事実だ。


 ――それでも、その事実だけに囚われてはいけない。
 どれだけそれが納得のいかない答えであろうと、助手だろうが何だろうが研究者である以上、確かめないわけにはいかないのだから。


+++
19: 名前:赤闇 (AldickGl/2)☆03/18(金) 04:20:28
 研究員――というよりは助手の域を出ないロランが葬儀屋のルクスから真実を聞き届けた数日後。
 彼はただ、淡々と、自分なりの“日常”を過ごしていた。


 特に音楽がかけられている訳でもなく、誰の話し声も聞こえない。ただ本のページを捲る音だけが規則正しい感覚で響いていた。
 細かい活字の羅列に視線を落とし、ただその単語を眼で追っていく。起きてからというもの、その繰り返しで今まで時間を潰していた青年はふと本から片手を外せばテーブルに置かれた紅茶のカップを手に取る。
 中に満たされた紅茶を口に含んで彼は組んでいた足を下ろせば椅子から立ち上がる。
 手に持っていた本を閉じて青年は天井まで届く程の本棚に向かう。そして辛うじてあった隙間にその本を半ば無理矢理詰め込んで首に手を当てた。
 本棚はどう考えても一人の男が持つようなものではない。部屋の壁を一つ埋めてしまうほどの巨大なものだ。
 さらにその本棚に収まりきらない本がサイドテーブル等に数冊ほど重ねて置いてあったりする。それはこの男の読書量が半端ではない事を示していた。
 他にも彼の読む本は多々ある。が、当然その全てがこの部屋に入りきるわけもない。
 そこで彼は使っていない物置を借りてそこに自分の本を溜め込んでいる。あとは殆ど図書館や書斎から持ってくるものだらけだ。
 世間で言う“本の虫”と称されても仕方がないであろう行動を取る彼はふと自分の頬に触れる。
20: 名前:赤闇 (AldickGl/2)☆03/18(金) 04:22:04
 つい先日、自分よりも年上で力もあるだろう男に全力で殴られた頬。今では切れていた唇も治っているが、やはりまだ少しばかり痛む。
 今だって、ただ触れただけでずきりと嫌な痛みを発した。
 全く、暴力でしか物を訴えられないのか。そう思わないわけではないが、まあこれも仕方がないことかと最早諦めている。
 殴られても痛いのはその時から暫くの間だけだ。
 というか、殴った相手も自分の拳は痛くないんだろうか? ……ああ、そういえばあの男はグローブを嵌めていたから、少しは軽減されたのだろうか?
 そんな思考を巡らせながら青年はただ自分の頬に触れて黙っていたものの、不意に聞こえてきたノックの音に顔を上げた。
 こんな自分の部屋に尋ねてこようとするなんて物好きも居たものだ。居るとすれば総司令官程度だというのに。

「――誰だ」

 扉越しにいるであろう“来客者”に彼は淡々と、普段通りに尋ねる。


 それから数秒後、この部屋の主であるソーマ=オルクスはこの機関の中でもほんの一握りの人間しか知らない自分の名を呼ばれ、ゆっくりと目を瞠った――。
21: 名前:赤闇 (AldickGl/2)☆03/18(金) 04:24:03
+++


 ソーマは、ロランとテーブルを挟んで向かい合っていた。目の前で俯いたまま言葉を発そうとしないロランに目もくれずソーマは二つの白いカップに紅茶を注ぎ、一つを彼の前へと置いた。
 それに手を付けようともせずにただただ黙ったままの少年を一瞥してからソーマはそのカップにこれでもかと角砂糖を入れていく。
 角砂糖がソーマの手によって紅茶の海に放られる度に立つ水音を聴き取ったらしいロランは恐る恐る顔を上げる。
 と同時に、その顔は驚愕で彩られた。
 無表情で無心に紅茶を砂糖だらけの液体――否。紅茶の染みついた砂糖にしていくソーマの姿に彼は「信じられない」とでも言いたげな表情をしていたがすぐにはっとしたかのように表情を引き締める。
 シュガーポッドに入っていた角砂糖が半分ほどに減ってから、ソーマは小さなトングをロランに向けた。

「貴様は?」
「え、?」
「砂糖は要るか、と訊いているんだ」
「……じゃあ、二つ」

 この男には「要ります」と答えるだけでは足りない。ちゃんと個数も言わなければあの病的な量の砂糖が放り込まれそうで怖い。
 そんな言い様のない悪寒を感じてロランはそう答える。

「……二つ、か……足りるのか」

 ぶつぶつと呟きながらもソーマは大人しく彼の分の紅茶に角砂糖を入れてシュガーポッドの蓋を閉じた。
22: 名前:赤闇 (AldickGl/2)☆03/18(金) 04:26:56
 それから小さな銀製のスプーンでカップを掻き混ぜ、白く濁った砂糖という名の紅茶を口に含む。
 ざらざら、じゃりじゃり、色々な擬音を会わせることが出来るであろう砂糖の感触と甘さを感じながら嚥下するソーマを、何か珍獣でも見るような目で見つめてロランも紅茶に口を付けた。
 至って普通に美味しい紅茶だ。以前ルクスの部屋で飲んだ紅茶と味が似ているような気がしないでもない。
 ――逆に砂糖を入れすぎることで不味くなってしまうんじゃないだろうか。
 ソーマはカップを置き、足を組む。

「――それで、何の用だ。そして貴様は何者だ」

 目の前にいる金髪の少年が何者なのか何て、ソーマは知らない。
 そして何の用事で自分の部屋を尋ねてきたのかもまた、理解できなかった。
 ロランは暫く紅茶の水面に視線を落としていたが、おもむろに白衣のポケットに手を突っ込む。
 拳銃でも取り出すのか、いやもしかすればナイフかも知れないな、なんて失礼極まりない思考をしながらもソーマはただ大人しく彼の動向を見守る。目の前の少年がどんな行動を取るのか、少し興味をそそられていた。
 しかしロランはソーマが考えていたような武器の類は当然取り出さず、その代わりに赤いそれを取り出してテーブルに置いた。
 少しばかり花弁がしおれて垂れ下がってしまっているものの、それは赤い花弁を揺らす彼岸花だった。
 一応ルクスから貰った後は花瓶に挿したりして必死に存命させようとしていたのだが、やはり数日という時間は長すぎた。
 最早生気など無いに等しいそれをテーブルの中心に置いた少年は視線を上げる。

「…………僕はロラン。別に君をわざわざここまできて罵ろうとか、そういう気はこれっぽっちもない……です」
23: 名前:赤闇 (AldickGl/2)☆03/18(金) 04:28:21  
 言葉を選びながら話しているのか時折途切れさせながらロランは再び視線を逸らしてしまう。
 流石に自分の瞳はそう簡単に見据えられるものではないらしい、とソーマは内心苦笑して目を眇めた。
 自分では全くそういうつもりはないのだが、ただ見ているだけでも一年ほどの付き合いのある少年「睨むな」だの「何を怒っているんだ」だのと言われることが多い。それに何を考えているのか分からないとも言われるのだから、見たくないと思われても仕方がない。
 ……と、ソーマは他人事のように思っている。何せ自覚がないのだから、言われても直しようがない。
 ソーマは紅茶のカップを持ち上げれば中に満たされた甘い紅茶を啜る。

「ロラン、か…………ならば、何の用だ」

 名前を反芻してソーマはカップを持っていない手でしおれた彼岸花を摘む。
 花弁の部分に軽く指で触れてみれば数枚の花弁がそのままテーブルの上に落ちて模様を描いた。
 ロランはまだ少し緊張しているようだったが、それでも顔を上げる。

「――ルクスさんから、色々と話を訊きました。君がルクスさんに彼岸花を手向けるように言ったのも」
「…………余計な事を。口が軽い奴だ」

 ちっ、と舌打ちしてソーマは顔を顰める。そのまま苛立ち露わにカップの中に満たされた紅茶を一息に飲み干した。
 当然底には融けきらなかった砂糖が薄い紅茶の色に染まって溜まっている。
 それを流そうとでも思ったのかソーマは再びカップに湯気を立てる紅茶を注いだ。
24: 名前:赤闇 (AldickGl/2)☆03/18(金) 04:30:19
「…………それで、再三訊く。何の用だ」

 その紅茶にまたも大量の角砂糖を入れながらソーマはつまらなさそうに尋ねる。
 葬儀屋であるルクスから自分の話を聞いたのは解った。それで自分の部屋を尋ねてきたのも解った。だがしかし、肝心の“自分に何の用なのか”が解らなくてソーマは若干苛立っていた。
 ロランは彼に対して少しばかりの恐怖を抱いていたものの、すぐに紅茶を啜って気持ちを落ち着かせれば息を吐いた。

「……確かに僕はルクスさんから話を聞きました、けど……それが真実であるなんて信じてません。本人に訊かないと、やっぱり解らないんじゃないかな、って。……そう思って、君の言葉を訊きに来たんです。確かめる為にも」

 結局は自分がルクスを信じられないから、ということか、とソーマは内心溜め息を吐く。
 一体どんな話しを聞いたのかは解らないが、彼岸花や先程の言葉を聞く限り“自分が本当に味方を殺しているのか”、そして“自分が殺した人間に彼岸花を手向けているのか”という事だろう。
 そんな事でわざわざ訊きに来たのかと思わなかった訳ではないが、これくらいならば別にいいかとソーマは思う。

「要するに、“俺が本当に味方を殺しているのか”、“俺が殺した人間に彼岸花を手向けているのか”を訊きたい、と?」
「……そう、ですね。もう、僕の動機とかはいいので、それだけ」

 こくり、と小さく頷いたロランにソーマは角砂糖を放り込む手を止める。
 最初は沢山の角砂糖が入っていたシュガーポッドは空っぽになっていて、一体どれだけの砂糖が入っているのか想像すらしたくない。
 ソーマはその“砂糖の塊”を一口嚥下してカップを混ぜる。その後おもむろにスプーンを突き刺せば、見事なまでにそれは直立した。
アンダーテイカー・リコリス 続き

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最終更新:2011年05月02日 23:35
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