53: 名前:浅葱☆08/09(月) 21:42:05
…津田、本当に心配してくれたんだ…。
お礼、言わなきゃ。
そう思うのに上手く声が出ない。
津田の服の裾を掴む。
「つ、だ…ごめ、ありがと…怖、かった…っ」
言いたいことはまだまだたくさんあるのに、それしか言葉に出来なかった。
すると津田に抱きしめられた。
「…俺こそ、気付けなくて悪かった。俺の所為なのにな」
耳元で聞こえた津田の声が弱々しかった。
「ち、が…津田の所為じゃない…っ」
「俺の所為だよ。…守るって言ったのにな」
一層強く抱きしめられる。
不覚にも、このまま時が止まってほしい、なんて思ってしまった。
恥ずかしいから絶対津田には言わないが。
津田の抱きしめる力が弱まった。
「…俺、ちゃんと言ってくるわ。もうお前のこと傷付けたくねぇし」
「え、…でも、どうやっ…
ちゅ、と唇に軽いキスをされた。
頭をぽんぽんと叩かれ、津田が保健室を出て行く。
私には、津田が出て行った扉を何時までも見つめていることしか出来なかった。
―――何も出来ないことが、歯痒くて仕方なかった。
54: 名前:浅葱☆08/11(水) 20:07:29
暫くすると急に放送が鳴った。
呼び出しかな?
と思って特に気に留めなかったが、そこから聞こえてきた声が、私を無視出来なくさせた。
『女ども聞いてるか?何度も言うが、これで最後だ。
三島憂は俺の女だ。これ以上手ぇ出すって言うなら仮令女だろうが容赦しねぇ』
…津田…?
ってか“俺の女”!?
例えるならば私の顔からは火が出そうなくらい赤くなった。
俺に殴られても良いってくらいの気持ちで来るんだな、そう付け足して放送はブツリと切れた。
「…津田のところ、行かなきゃ…」
突き動かされるみたいに自然に身体が動いた。
勢い良く保健室を出る。
放送室、放送室……放送室って何処!?
探しているうちにまた迷子になってしまった。
何処かの階段にへたり込む。
すると突然話し掛けられた。
「あ」
声のする方を振り向く。
「津田!?」
期待していた。
津田が私を探しに来てくれたのだと。
だが、私の予想は大きく外れ、そこに居たのは見知らぬ男だった。
一瞬にして怪訝そうな顔を作る。
「そんなビビらないで。あんた、津田千昭の女でしょ?」
「…誰…?」
「嗚呼、俺?俺のことは良いよ」
聞いたのに軽くあしらわれてしまった。
失礼な奴。
立ち上がって素通りしようと思ったら、手を掴まれた。
55: 名前:浅葱☆08/12(木) 18:52:38
「まぁまぁ、逃げないでよ」
「…放して、ください。貴方と話すことなんかありません」
「うーん、こっちにはいろいろ聞きたいことあるんだけどなぁ」
「…聞きたいこと?」
「あんたさぁ、どうやってあいつを…「憂!」
私の名を呼ぶ、声。
「つ、だ?」
「文弥、お前何してんだよ」
「まーまーそんな怒らないでよ」
「取り敢えず手、放せ。殴るよ?」
「ちょ、待って待って」
文弥、と呼ばれた男は津田の言葉に怖くなったのか、すぐさま手を放した。
私でも分かる。
津田の目は、本気の目だった。
手首を掴まれ、津田の後ろに引き寄せられる。
私を守ってくれてる、そんな気がした。
「じゃあな、文弥。今後一切憂に手出すんじゃねぇぞ」
文弥君はやれやれといった表情を浮かべ、「分かってるって」とだけ言った。
「憂、行くぞ」
ずっと掴んだままだった手首を引っ張り、階段を下りて行った。
「つ、津田…あの人って、」
「あぁ、憂には未だ言ってなかったもんな。立岡文弥っていって、俺の友達」
少し俯き、友達、と心の中で復唱した。
「てか、」と津田が続けたので、視線を戻す。
56: 名前:浅葱☆08/12(木) 19:00:49
「お前なんで保健室に居なかったんだよ。捜したじゃねぇか馬鹿」
「ば…」
馬鹿って。そんな風に言わなくても良いのに…。
「わ、私はただ、あの放送を聞いて…」
「…聞いて?」
「津田に、会いに行こうって、思って…」
「…で?」
「ま、迷った」
「…お前何気に方向音痴だよな」
笑いながら言う。
そして手首を掴んでいた手が一瞬離れ、手を握られた。
「…もう迷うんじゃねーぞ」
ニッと笑った津田の顔がキラキラ輝いてた。
つられて私も笑顔になる。
でも次の瞬間には、私の顔から笑顔は消えてしまった。
私の中に生まれた、微かな疑問。
―――私たちって、どういう関係なの?
津田は私のこと、大事にしてくれてる。
だから忘れそうになる。
私たちは決して本当の恋人なんかじゃないんだってこと。
津田と居ることが、楽しくて、―――幸せだから、錯覚してしまうんだ。
…はっきりさせたい、この気持ち…。
もやもやした思いだけが、私の中に残った。
57: 名前:浅葱☆08/16(月) 19:04:09
「憂ちゃーん」
振り向いて、怒りを露わにした声で言った。
「もう、なんなんですか!ついて来ないでください!」
「つれないなぁ、そんなこと言わないでよ」
さっきからずっと私の後ろをついてくる男、立岡文弥。
朝イチでばったり会ってしまった。
はっきり言って、うざい。
「それにしてもかわいーね、憂ちゃん」
「はっ!?」
言われ慣れていない言葉に戸惑う。
「照れた顔も可愛いー」
「…津田に言いつけますよ」
「酷いなぁ、もう。……ねぇ、憂ちゃん」
へらへら笑っていた顔からは予期出来ないほど、何の前触れもなく出た言葉。
「憂ちゃんたちってホントに付き合ってんの?」
あまりに唐突過ぎて、直ぐには反応出来なかった。
「な、に言って…」
「あの千昭が1人の女の子に執着するとも思えないんだよね」
焦った。
何故だか物凄く焦った。
「ねぇ、どうなの?憂ちゃん」
この男、飄々としてるけど、頭がキレる。
食えない奴だ。
58: 名前:浅葱☆08/16(月) 19:17:16
否定も肯定も出来ない。
津田の気持ちが分からない今、私には何も言えなかった。
「……なーんてね、」
「え?」
「昨日の千昭の態度見てれば分かるよ、あんたのことホントに本気で大好きなんだね」
「え…」
「あれ、自覚ないの?あんだけ想われてんのに」
津田が、私を…?
「一昨日もさぁ、あんたのこと可愛いから奪っちゃおうかな、って言ったら、千昭の奴怒ってさ」
「一昨日…?」
あの、様子の変だった日だ。
「愛されてんじゃん、良かったね」
「…文弥君は、いつから津田と仲良いの?」
「ん?中学からだよ」
中学から。
つい、津田の中学生の姿を思い浮かべた。
うん。なかなか可愛い。
「あいつ中学の時は素直な良い奴でさ。……元カノと別れてからなんだ。あんな風になったのは」
「元、カノさん」
「あ、妬きもちとか妬いちゃうタイプ?」
「いえ、全然」
私の冷静な言葉につまらなさを感じたのか「そ、」とだけ言って話を続けた。
「あいつ、一時期女のことを信じられなくなった時があって、さ。
…だから、あいつのこと大切にしてやって。……信じてやって」
津田が、女性不信?
あいつのあんな行動も全てそれが原因なの?
―――でも。
少しだけ考えて、頷く。
「…うん、私が出来ることはしてあげたい」
「良いね、憂ちゃん。男なら一発で惚れるよ。…千昭なんかやめて俺の彼女にな「ご遠慮します」
文弥君を置いて自分の教室へ向かった。
「憂!」
「朋榎」
「昨日、また嫌がらせされたんだって!?大丈夫だったの!?」
「うん、津田が助けてくれたから」
「そっか、良かった」
朋榎のホッとした顔。
こんな風に私を想ってくれている人が居るから、私は頑張れる。
59: 名前:浅葱☆08/16(月) 19:33:24
午前の授業を終え、津田の待つ選択教室へ向かった。
「…津田?」
覗いてみるも、津田は未だ来ておらず、仕方がないので待つことにした。
朝、文弥君の言葉を思い出す。
…女性不信、元カノ…。
津田にそんな過去があったなんて。
それにしても女性不信にしてしまうほどの元カノさんとはどういう人なのだろうか?
考えていたら、津田が来た。
「わり、遅くなった」
「いーよ、別に」
「食うか」
「うん」
この平凡な感じが、なんだか私は好きだ。
お弁当を食べ終え、また、朝の出来事を思い出した。
そうだ、私は言わなければ。
「ねぇ、津田。私は津田のこと信じてるよ」
「は?」
津田の、「何言ってんだこいつ」みたいな顔。
私は続けた。
「だから、津田も信じて、私のこと」
一瞬の間をおいて、津田が口を開いた。
「…文弥から何聞いた?」
「え、あの、えっと」
なんで一発で分かったんだろう。
本当に謎だ。
60: 名前:浅葱☆08/16(月) 19:47:10
「…朝、文弥君に、会って…それで」
「あいつ、べらべらと人の過去を…」
ぶつぶつ独り言のように呟く。
途中、殴る、という声が聞こえたのは気のせいだと思い込んだ。
「で、俺の過去を詮索して楽しいんですか、憂さん?」
「や。違うんだって」
「…何が?」
「えーっと、あの…」
次に言う言葉を私は後悔することになる。
「つ、津田のこと知りたかった、から…?」
少し驚いた顔をして、それから笑った。
厭らしい顔を浮かべて。
「じゃあ、」
私の方へじりじりと迫って来た。
あ、ヤバい。
このパターンはヤバい。
私、完璧…
「教えてあげるよ、俺のこと」
墓穴掘った。
最終更新:2011年07月10日 16:30