leave 続き4

78: 名前:浅葱☆08/23(月) 13:42:18

お母さんと同じくらいの年の女性が出た。
私を見て、少し驚いた顔をした。


「あの……」


口を開いて、紡ぐ。
掛ける言葉が無かった。
何と言えば良いのだろう。


私が何も言えずにいると、今度は女性が口を開いた。


「あの、間違ってたら御免なさいね。貴女、もしかして憂ちゃん?」
「え……」


どうして分かったのだろう。
あれから何年も経っているというのに。


「そ、そうです。あっあの……」


私の気持ちを悟ったのか、女性は微笑んで、家の中へ入ることを促した。
少し躊躇ったが、断るのも失礼だと思い、お邪魔することにした。
居間に通され、出されたお茶を一口飲む。


「そう言えば、言ってなかったわね。憶えてるかしら? 私、蓮の母です」
「あ、えと……」
「小さかったものね。忘れてても無理ないわ」
「そうじゃないんですっ……私、忘れてたんです。蓮君のこと……」


蓮君のお母さんの方など見れず、俯きながら言う。
彼女が今、どういう顔をしているのかさえ分からなかった。


私は忘れた。
蓮君のお母さんだけではなく、蓮君さえも。
それなのに、この人は私のことを憶えていてくれた。
私、なんて最低なんだろう。


「だから、いつまでも此処に来れずに、謝ることも出来ずに……本当に、申し訳ありませんでした……っ!」


声が震える。
自分の息子を、事故とはいえ殺した私を、この人は憎むだろうか?


「顔を上げて、憂ちゃん」


優しい声、溢れそうになる涙を抑えながら、前を向く。






79: 名前:浅葱☆08/23(月) 13:51:31

「謝らないで、仕方のないことだったのよ。
まして幼かった憂ちゃんが、間近で人の死に遭ってそれを背負っていくなんて無理よ」


昨日、両親が言ったことと同じことを言う。
でも、それでも蓮君は許してくれない気がする。


「それに、忘れてたのに蓮のこと、思い出してくれたんでしょう? それだけで十分よ」


ね、と言い、優しい笑顔を向けた。


「お線香……上げていかない? きっと蓮喜んでくれるわ」


その言葉に頷き、仏壇の前まで行く。
笑顔を向ける、幼い男の子。
――蓮君。
仏壇に向け、手を合わせる。
ごめんね、蓮君。
忘れてて、ごめんね。
会いに来れなくて、ごめん。


蓮君の家を出て、家へ向かう。
そういえば、津田に何にも連絡してなかったな……。
って、連絡先知らないんだけど。
まぁ、いっか……どうせもう……。


「憂!!」


正面を見ると、そこには津田が息を切らして立っていた。


「……津田? ……どうして」
「お前の家に行っても出かけたとか言うから探しに来たに決まってんだろ!? またお前迷子なってるかもしれねぇし」


また、心配してくれたんだ……。


「具合は!? もう大丈夫なんだろ!?」
「当たり前、じゃなきゃ外出なんかしないって」


津田が、ホッとした表情を見せた。
私の方に手を伸ばして、「送る」とだけ言った。


伸ばされた手から視線を外し、一言だけ言う。


「ごめん」






80: 名前:浅葱☆08/23(月) 14:05:07

「は?」
「もう、津田と一緒には居られない」
「憂? 何言って……」
「ごめんね、津田」


それだけ言って走り出す。
……が、そう上手くはいかず、津田に腕を掴まれた。


「待てよ! いきなり何言ってんだよ」


後ろなんか振り向けない。
津田の顔を見たらきっと泣いてしまう。


「……そのままの意味。もう津田と一緒に居ることは出来ない」
「お前、昨日俺に好きだって言ったじゃねぇか!!」
「そ、れは……」


返す言葉が見付からず、口を閉ざす。


「あの言葉はなんだったんだよ」


駄目だ、このままじゃ流される。


「憂……「私、最低な人間なの」


私の言葉に怯んだのか、掴んでいた手の力が少し弱くなった。


「人を、殺したの。今まで忘れてたけど――漸く思い出した。私だけ幸せになるわけにはいかないのよ……!!」


手を振り払い、家まで全速力で走りだした。


堪えていた涙が溢れだした。
津田を、傷付けた……っ
蓮君を死なせて、忘れて、そして津田まで傷付けた。
私は、なんて最低な人間なんだろう。
津田を好きだって気付いた時、この人を愛すって決めた。
それなのに。


「ごめん、津田。ごめん……!!」


もう、引き返せないと思った。




84: 名前:浅葱☆08/24(火) 10:51:49

翌日、普段津田が私を迎えにくる時間より早く家を出た。


学校に着き、教室に入ると、朋榎はもう自分の席に着いていた。


「あっ憂! おっはよー」
「お早う朋榎。早いね」
「そうでしょ!? ……って、憂、どうかしたの? 元気ないね」
「……そう? そんなことないよっ」


無理矢理笑顔を作る。
流石朋榎。
私の変化に一発で気付くなんて。


「あっ、分かった! 津田千昭と喧嘩したんでしょー!?」


鞄から取り出していた筆箱を落としてしまった。


「え、図星?」


私が何も言わないでいると、朋榎がそれを察したのか、私の頭を撫でた。


「そっか……言いたくないなら言わなくていいけど、あんまり思いつめちゃ駄目だよ」
「……うん、有難う」


言えなかった。
私と津田はもうそういう関係なんかじゃないってこと。


すると突然教室のドアが勢いよく開いた。


そこに立っていたのは――文弥君だった。






85: 名前:浅葱☆08/24(火) 11:11:24

「な、なんで此処に来てるの?」
「憂ちゃんに用があるからに決まってんだろ」


そう言って、手を引っ張られた。


「っちょ、となんでいつもこうなのよ……っ!」
「愚図愚図言わないでさっさと歩け」


文弥君に連れて来られた場所は、屋上だった。
こんなところに来たことは無く、一面の青空に少しだけ戸惑い、少しだけ胸が高鳴った。


「喜んでるとこわりぃけど、憂ちゃんに話があるの」
「……津田のこと?」
「あぁ、」


真剣な眼。
文弥君は多分、怒ってる。


「朝からずっとあいつのテンションが低いわけ。憂ちゃん何言ったの?」
「……文弥君には関係ないことだと思う」
「あいつは今まで散々傷付いてきたの。あいつは幸せにならなくちゃいけない」


そんなこと分かってるよ。
その言葉を呑み、文弥君を見据える。


「……津田を騙してる文弥君にそれを言う権利は無いよ」
「嗚呼、そうだな。でもあいつには幸せになってほしいんだよ。その為に憂ちゃんが必要なんだ」
「……津田は、私が居なくても生きていける」
「なぁ、何があったんだよ。千昭が憂ちゃんのことを想ってるって言ったけど、
憂ちゃんだってそうだろ? 千昭のこと好きだったんじゃねぇのかよ」






86: 名前:浅葱☆08/24(火) 11:27:40

好きだよ。
今だって津田のことを想ってる。
でも、駄目なのよ。
私じゃ津田を幸せにすることは出来ない。
それに――


「私は、幸せになるわけにはいかないのよ」


曖昧な笑みを浮かべ、また溢れそうになる涙を堪える。


「幸せって、なんだよそれ」
「もう、津田と会うことも話すことも無いと思う。……文弥君が支えてあげて」
「……他人任せか? 随分自分勝手だな」
「分かってるよ、でも、今頼めるのは文弥君しか居ないから」


じゃあ、と言って屋上を出て行こうとした。


「憂ちゃんはそれでいいわけ!?」


最後に聞こえたその声に返事をすることもせず、屋上の扉を閉じた。


今、確かに文弥君の優しさも踏みにじった。
私はどれだけの人間を傷付けるのだろう?



結局、その日は学校にも教室にも居たくなくて、早退した。
心配そうに見つめる朋榎に「大丈夫だから」とだけ告げて。



家に帰っても、何処か落ち着かなくて、眠ろうとしても眠ることも出来なかった。
眠ると、夢を見そうで、蓮君に責められそうで、怖かった。
メ ール相手も居ず、勉強に手を付ける気力もない。
そういえば、結局津田のアドレスも知らないままになっちゃったな。
――まぁ、良いか。
もうきっと会うことも話すことも無いんだから……。




91: 名前:浅葱☆08/25(水) 20:20:58

ハッと気づいて目を覚ます。
いつの間にか寝ちゃってたんだ……。
夢……見てなくて良かった。
携帯で時間を確認する。
学校では、もう放課後か……。
空が見たいな……。
そう思い立って、学校の屋上へ向かった。


流石にそんなに生徒は居ないだろうと思って学校に来てみたが、予想通り生徒は誰も居なかった。
今日初めて行った屋上へ向かう。


扉を開けると、そこは一面のオレンジ色で染まっていた。
その景色に感動して、自然と笑顔がこぼれた。


景色を十分堪能して、満足しながら、階段を下った。
ふと気付いた――女の子の声。
しかも複数居るらしい。
津田の熱狂的なファンだったらやだなと思い、立ち止まってみる。


でも聞こえたその声は、私が聞き慣れた声だった。


「今喧嘩中だから、狙うなら今だって!!」
「えーでもそんなことして千昭君にバレたりしないかな?」
「大丈夫でしょ、前の写真だってバレなかったんだし」
「そうよ、じゃあ今度はなにす……「……朋榎?」


「憂……」

「今の、話、何……?」


そこに立っていたのは、3人。
朋榎と、その他2人。


今の話、喧嘩中とか、千昭君とか、写真、とか……。
え?ちょっと待って。



「私の下駄箱に写真を貼ったのは――朋榎、なの……?」




94: 名前:浅葱☆08/27(金) 21:20:18

嘘だって言って。
信じたくない。
だってそうでしょう?


私が、朋榎に


「そうだよ」


……恨まれていたなんて――


「朋榎? ……なんで」
「なんで? そっか、憂は今まで知らなかったし、気付かなかったんだね」


一瞬の間を置いて、朋榎が私を睨みながら言った。


「私はずっと千昭君が好きだったの!」


朋榎の聞いたことのない声にたじろぐ。
私が怯んだのを見越して、追い打ちを掛けた。


「憂は知らないでしょ!? 私がずっと抱いてきた想いなんて。それなのに急にあんたが“付き合う”なんて言うから……!」
「朋「そんな風に呼ばないでよ!!」


朋榎の叫び声に肩が竦んだ。
目の前の、この人は誰?
こんな朋榎知らない。
こんな朋榎見たことない。


「私がずっとどんな気持ちだったか分かる!? 苦しかったよ、目の前の女が自分の好きな人と付き合ってるのをただ見てるだけなんてね」
「そ、それは……!」
「言い訳なんて聞きたくない!」


私が何も言えないでいると、両脇に居た女の子たちが口を開いた。


「……朋榎は、ずっと好きだったの、千昭君のことが」
「選択教室でのあんたたちを見て、この計画を持ち出した。あんたたちを別れさせるために」


計画、とは私の下駄箱に写真を貼るということだろうか。
それにしても別れさせるつもりだったのか。






95: 名前:浅葱☆08/27(金) 21:37:50

「朋榎になんか言うことないの!?」
「……かれ……よ……」
「は?」
「……別れたよ」
「え……」


朋榎が一番早く驚いた顔をした。
時間差で両脇の2人。


「もう別れたから、朋榎が付き合いたいなら、告白すればいい。多分OKすると思うし」
「な、なんで」


右に居た髪の短い子が言う。


「ふ、振られたんでしょ?」


次に左の、髪を巻いた子が言った。
この2人、双子なのかな?
さっきからタイミングがぴったり。


「……どうだろうね」


微笑んで言って、階段を下りて行く。
私の、精一杯の強がりだった。



朋榎が私をそんな風に思っていたなんて。
さっきまではただ驚きしかなかったけど、今、私の心は悲しみしかなかった。


色んな事が立て続けに起こって、心が、挫けそうになる。
蓮君……津田……文弥君……朋榎……。
本当に、私は――


「どれだけの人たちを傷付ければいいんだろう……?」


涙が、止めどなく溢れた。
自分は必要のない人間なのだろうか。
そんな錯覚を起こす。
否、錯覚でもないかもしれない。
……頭が混乱してるのが自分でもはっきりと分かった。
明日から、頼る者も居なく、どうすればいいのだ。
部屋には私の嗚咽が響くだけだった。




97: 名前:浅葱☆08/28(土) 18:42:24

目が覚めても、私のテンションは戻らないままだった。
まぁ、当然だろう。


目が腫れているのも特に気にせず、学校へ向かった。
夢……とかだったら良いのに。
そんな私の願いも虚しく、朋榎と目が合っても直ぐ逸らされた。
胸が、痛い。



辺りが薄暗くなり始めたころ、漸く放課後になっていたことに気付いた。
今日一日の記憶があまりない。
どうやって授業を受けていたのかも、昼ご飯をどうやって食べたのかも……。
小さくため息を吐いて、玄関を出た。


「ウイちゃん」


この声……


「優奈ちゃん?」


地面から目線を上げると、門のところに優奈ちゃんが1人で立っていた。


「文弥君のこと待ってるの?」
「うん、ウイちゃんは? チアキと帰らないの?」
「あ……」


文弥君から聞いていないのだろうか?
私たちはもう別れたのだということ。
……それ以前に付き合うフリだったのだけど。


「……フリ、だったんだ」


優奈ちゃんが不思議そうな顔をこちらに向ける。


「フリだったの。好きなんかじゃなかったの」






98: 名前:浅葱☆08/28(土) 19:10:30

そう、最初は好きなんかじゃなかったんだ。
だけど、津田のことを知るたびいつの間にか好きになってた。
一緒に居ると楽しくて、心がワクワクした。
こんな気持ち、本当に久しぶりだった。
……でも突然知った自分の過去。
蓮君を、事故とはいえ殺した原因を作った私。
蓮君は私を憎んでいますか?
私は――幸せにはなれない……。
そして私たちを心配してくれた文弥君の優しさを踏みにじって、
何も知らぬまま朋榎に辛い思いをさせていた。


「ねぇ、私……幸せになっちゃ駄目なのかなぁ……?」


やっと好きだと思える人が現れたのに。
大切にしようと決めた人が出来たのに。


「私、もう厭だよ……」


これは、私の弱さですか――……?


校門の前だというのに、泣きじゃくる。
ふと頭に何かが当たっている気がして、顔を覆っていた手を離してみると
目の前に居た小柄な女の子が足を伸ばして私の頭を撫でていた。


「……優奈、ちゃん」


優奈ちゃんは何も言わなかった。
私の言った言葉など理解出来ていない筈なのに、何も言わずに頭を撫でてくれた。
励まして、くれてるのかな…?


正直、津田を女性不信に追い込んだ子だったから敬遠してたけど、慰めてもらって嬉しかった。……救われた。


「有難う……優奈ちゃん」
「そろそろフミヤ来ると思うよ」
「あっ、ごめんね! 本当に有難う。またね」


この前までは「またね」なんて言えなかったのに、今日は言える。


涙を拭い、優奈ちゃんに背を向けて、歩き出す。
うん。大丈夫。
私はきっと大丈夫。



「出てきていいよ、フミヤ」
「バレたか。あいつ泣いてたの初めて見た。……千昭のこと?」
「……さぁね」


後ろは振り向かない。
津田が居なくたって……私はきっと生きて行ける。
……私はきっと、大丈夫。




102: 名前:浅葱☆08/29(日) 21:37:20
……それから、夏休みが終わり、2学期が始まっても、私は津田と会わず、朋榎とも話すことなく過ごした。
あの2人が付き合ってるのかどうか定かではないが、多分付き合っているのだろう。
その証拠に朋榎からの嫌がらせはぱったりとなくなった。


「憂ちゃん!」


私はというと何故か文弥君と一緒に居ることが多くなった。
本当に謎だ。
文弥君はあの屋上のことは何も言わずに私と接してくれる。
――本当に優しい人だと、思った。


「ねー今日優奈が3人で遊ぼうって言ってんだけど」
「本当? じゃあ行く」


今は昼休み。
私たちは屋上がたまり場となった。
どうやら周りは私たちが付き合ってると思っているらしく、文弥君には好都合らしい。


「てか、結局津田にはバレてないの? 優奈ちゃんのこと」
「バレてねぇだろ。多分憂ちゃんと付き合ってると思ってるだろーし」
「そっか」
「……寂しい?」
「なんで」
「だって未だ千昭のこと好きだろ」


一瞬、持っていた箸を落としそうになった。


「……意地張ってないで付き合っちゃえばいいのに」
「駄目だよ」
「まーた蓮君?」


あの後、私は文弥君と優奈ちゃんに蓮君のことを話した。
文弥君は理解できないという顔をして、優奈ちゃんは特に気に留めない感じだった。
それが私には有難かった。


「別にいいじゃん。小さい頃のことだったんだし、今は今だろ?」
「……だけど」
「“幸せになれない”とか、“憎まれてるかもしれない”なんて、結局は誰にも分かんねぇじゃん」
「蓮君はそう思ってるかもしれないじゃん」
「そう思ってないかもしれない。蓮君のお母さんだって言ってたんだろ? “思い出してくれただけでも嬉しい”って」
「……うん」
「じゃあもう良いんじゃねぇの? 憂ちゃんだけ背負い続けるなんておかしいって」






103: 名前:浅葱☆08/29(日) 21:51:14

……こんな会話を何度したことだろう。
文弥君は私を思ってそう言ってくれているが、私は未だ決断出来ていなかった。
津田への捨てきれない気持ち。
蓮君への償いの気持ち。


「へへ……」
「は? 何笑ってんの。笑い話じゃないんだけど」
「私のこと心配してくれる人が居るから、大丈夫だよ」


もう、これ以上多くは望まない。
文弥君は私の言葉に照れたのか、頬を赤く染めた。


「じゃ、放課後にね」


そう言って、屋上を後にした。


「……んだよ……誰より苦しいくせに、強がってんじゃねぇよ馬鹿」


階段を下りて行くと、ふと、選択教室が目に留まった。
確か、この奥にある選択教室でいつも津田と一緒に居たんだよね……。


なんとなく懐かしくなって、見に行くことにした。
誰も居ない、よね……?
そう思い、覗いてみると、案の定、そこには津田が居た。
……朋榎と一緒に。


何の話をしているのかは聞こえなかった。
盗み聞きするつもりも無かったし、さっさとその場を立ち去ろうと思った――その瞬間。
目の前で津田と朋榎がキスしているのを見てしまった。


居た堪れなくなって、走った。
行く場所など決めておらず、ただ無我夢中で走った。
着いた場所は、誰も通らなそうな階段。


「……はは、そうだよね、付き合ってるんだよね、なのに1人でショック受けて……馬鹿みたい――……」


その場に蹲り、泣きじゃくる。
津田、会いたいよ。
好きだよ。
そう、叫びだしたかった。
でも逃げた私にそんなことを言う資格なんてない。
私の心は、今にも押し潰されそうだった。




109: 名前:浅葱☆08/31(火) 19:41:29

「……ん……?」


泣き疲れていつの間にか寝てしまっていたらしい。
急いで携帯を出して時間を確認する。
時刻は、放課後になったことを告げていた。
……放課後?


『今日優奈が3人で遊ぼうって言ってんだけど』


……あ!!


「や、ヤバいっ! 約束……っ」


辺りを見回す……が。


「此処……何処……?」


見知らぬ場所。
教室に戻ろうにもどっちを行けばいいのか分からない。
少し泣きだしそうになった時、不意に聞こえた私を呼ぶ声。


「憂!!」


振り向くと、そこに居る筈のない人が居た。


「……津田……?」
「何やってんだ馬鹿! 文弥が捜してたから俺も捜したら……なんでこんなところに」
「そ、そんなことよりなんで津田が此処に……」
「はぁ!? 心配したからに決まってんだろ!!」


なんで津田はいつも私を捜して、見つけてくれるんだろう。
嬉しくて、涙が出そうになるのを必死に堪えた。


「だ、だって朋榎は……」
「佐伯?」
「朋榎と……キスしてたじゃん」
「は?」


……何その反応。
馬鹿にしてるの?


「だって昼休み、選択教室で……!」
「昼休み……? 嗚呼、見てたの?」


胸がズキとした。






110: 名前:浅葱☆08/31(火) 19:58:11

「してねぇよ」
「へ?」


予想外の返答に間抜けな声が出てしまった。


「キスなんかしてねぇって」
「……だって……」
「確かにキスされそうにはなった。けど、俺がそんな簡単に唇許すと思ってんのか馬鹿」


その言葉に安堵した。
……って、なんで私……もう諦めるって決めたのに……。


「なぁ、俺のこと気になってたの?」
「……」
「シカトかよ。まぁ良いけど。――俺は、お前以外考えられねぇから」
「え……っ」


顔を上げると、思ったよりも近くに津田の顔があって吃驚した。


「え、ちょ、近いって……!」


じりじりと壁に追い詰められる。
とうとう津田が壁に手を付いた。


「……憂はどう思ってんの?」
「ど、どうって……」
「好き?」
「だっ誰を……」
「俺のこと」


なんでそんなこと訊くのよ……。
答えられず、俯く。


「……俺は好きだ」






111: 名前:浅葱☆08/31(火) 20:16:46

強引にキスされる。
懐かしい、津田の唇。
気を許したら泣きそうになる。


私の吐息と、水音。
何も、考えられなくなる――……。


津田が、唇を離した。


「……ごめんね、ごめん」
「なんで、謝ってんだよ」
「ごめん……!」
「おい、憂……!!」


津田を全力で振り払って走り出した。
途中転びそうになったがなんとか体勢を整え、また走る。


前を見ていなかったため、廊下を曲がった時、人にぶつかってしまった。


「あ……、ごめんなさい……!」
「痛……って憂ちゃん?」


冷静になって前を向くと、そこには文弥君が居た。


「あ、ご、ごめん」
「いや、別にいいんだけど。何処に居たの? 捜したんだよ」
「あ、えと……」
「……それに、千昭も捜してたんだぜ? 会わなかった?」
「そ……そうなんだ」


動揺を、抑えきれない。


「じゃあ千昭に連絡しとかなきゃな。憂ちゃん見付かったって」
「あ、私先に玄関行ってるね……!」
「あぁ、じゃあ先に行ってて」


よく見ると、此処は屋上へ続く階段だった。
良かった、此処から教室へは自力で戻れる。
心の中でホッとした自分が居た。




115: 名前:浅葱☆09/05(日) 10:08:13

玄関で待つこと数分、文弥君が急いでやって来た。


「わり、待った? もう優奈来たって。行こ」
「あ、うんっ」


やや小走りで、優奈ちゃんの待つカフェに向かう。
優奈ちゃん怒ってるだろーなぁ……、彼女の怒っている姿を想像し、少し笑ってしまった。


カフェに着くと、私の想像通り、怒った顔をした優奈ちゃんがそこに居た。


「もーフミヤもウイも遅い」


膨れっ面をしてこっちを見る。
か、可愛い……。


そういえば、優奈ちゃんは私をちゃん付けで呼ばなくなった。
まぁ、ちゃん付けで呼ばれるのも私らしくなかったから、その方がずっと良い。


「ウイ、聞いてる?」
「あ、ごめん。文弥君の所為じゃないんだ。怒らないであげて」
「じゃあウイの所為なの?」
「んーまぁそうなのかな?」


あはは、と笑いながら言う。
どうやら優奈ちゃんの機嫌は直ったようだ。


すると、今まで電 話で席を立っていた文弥君が戻ってきた。


「悪い、優奈。母さんに呼ばれて、今日帰らなきゃいけなくなった」


優奈ちゃんは文弥君を見つめ、


「うん、良いよ。また明日ね」


とだけ言った。
文弥君はもう一度詫びて、人の波に消えていった。






116: 名前:浅葱☆09/05(日) 10:26:03

「優奈ちゃん、良いの?」
「何が?」
「だって、今日あんまり話してないのに帰っちゃったんだよ? 寂しくないの?」
「毎日会ってるし、明日も会えるから。……それに、2人きりにしたかったんじゃないかな?」
「……私たちを?」
「うん」
「……なんで?」
「さぁ? ……ただ、元気ないみたいだから、相談のってやれーってフミヤが言ってるような気がしたの」


え……雰囲気だけで分かったの?
この2人、凄い。


「……凄いね」
「そうかな。中学からの付き合いだから、なんとなく分かるの。……で、なにかあったの?」


視線を逸らす。
一瞬迷って、そして口を開いた。


「津田にね、会ったんだ」
「チアキ?」
「うん。『好きだ』って、言われた。でも何も言えなくて、結局逃げてきちゃって……」


本当は、抱きしめて欲しかった。
何処にも逃げられないくらいに、強く。
でも、分かってるんだ。
津田が私を想って気を遣ってくれてること……。
私の気持ちを汲んでくれてるんでしょう?


「嬉しかったのに、私逃げちゃった。未だ津田のこと諦められないくらいに好きなのに。
どうしよう。津田のこと好きなのに……!」


手で顔を覆う。
不思議と涙は出なかった。


「素直になればいいのに」


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最終更新:2011年07月10日 16:32
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