170: 名前:浅葱☆10/16(土) 19:42:05
佐伯の顔が強張った。
図星を突かれたからか。
分かり易い女。
「な、何言って……「下駄箱に、写真? 綺麗に写ってたよなぁ」
佐伯の顔がだんだん青ざめてきた。
本当に分かり易い奴だ。
「俺たちが選択教室に居るのを知ってるのは、お前と文弥ぐらいだろ。あの写真を撮れたのはお前しかいないんだよ」
佐伯は何も言わなかった。
追い打ちを掛けるように言葉を続ける。
「昼休みに、あいつが体育館倉庫に閉じ込められたとき、あいつが居なくなったって、
俺がお前に教えたの、憶えてるよな? なんで捜そうとしなかった?」
「さ、捜してたわよ?」
嘘吐け。
焦った顔で言われても説得力ねぇよ。
「あいつを閉じ込めたの、お前だろ?」
「な……っ」
「階段脇で女どもにひそひそ話させたのもお前の指示だろ。俺に見つけてもらうために」
佐伯を睨む。
「何が目的? 憂が俺と付き合うのがそんなに気にくわねぇか?」
「……そうよ」
泣きそうな顔で俺を見てきた。
「私、ずっと千昭君のことが好きだったの」
171: 名前:浅葱☆10/16(土) 19:56:10
俺が表情を変えないでいると、「憶えてる?」と訊いてきた。
「私も千昭君と同じ中学だったんだよ」
「え……」
全然憶えていない。
こんな奴中学の時に居たか?
「まぁ、今に比べれば地味だったし、千昭君はいつも立岡君と大石さんと一緒に居たからね」
憶えてないのも無理ないよ、そう続けた。
「……だったら、普通に話しかけてこれば良かったじゃねぇか」
簡単なことだ、そう思った。
だけど佐伯は何も言わず首を左右に振った。
違う、なにも解ってない、そんな顔だった。
「出来なかった、出来るわけなかった。3人に私の入る隙間なんてなかった。
でも、大石さんだけ別の高校を受けるって聞いたから、チャンスだって思った。
私も同じ高校を受けて、受かった時には本当に嬉しかった」
その頃の気持ちを思い出しているのだろうか。
眉を寄せる寂しそうな顔から打って変わって、嬉しそうな顔を浮かべていた。
「でも」と佐伯は続けた。
「高校に入ってから千昭君は変わっちゃったよね。色んな女の子を相手にするようになって、……もう、あの頃の千昭君は居ないんだって、諦めようって、決めた。
でも、憂と付き合うようになってから、千昭君は女遊びも一切やめて、憂を大切にするようになった」
「……当たり前だろ、彼女なんだから」
「最初はフリだったんでしょ?」
「今は違う」
数分の沈黙。
なんとなく、場の空気が変わったのが自分でもはっきりと分かった。
172: 名前:浅葱☆10/16(土) 20:11:25
「羨ましかった」
喉の奥から絞り出したような声が、静かな教室に響いた。
「フリでも良かった。私は千昭君に好きになって貰いたかった。
なのに憂は、彼女ってだけじゃなく、千昭君の心まで手に入れた」
突然強気になった口調が徐々に弱々しくなってくる。
泣かれても困るのだが。
「今まで我慢してきた。辛かったけど、泣きそうにもなったけど、我慢した。でももう限界だった……」
佐伯は目を床に向けただけで、泣きはしなかった。
一先ずホッとした。
「憂の所為じゃねぇだろうが」
「ねぇ、何で別れたの?」
その言葉は、先程までの弱々しさからは予想できないくらい優しい声で発した言葉で、そして俺の言葉など華麗に無視した言葉だった。
「さっきも言っただろ。振られたからだ」
溜息を吐き、面倒くさいという感情を俄に漂わせ、そう言った。
「……傷付いてる?」
佐伯が徐々に迫ってくる。
「私が、癒してあげる」
俺の肩に手をつき、顔を近付けてきた。
あと数センチという所で、佐伯の口を手で塞ぎ、キスを阻止した。
「やめろ」
佐伯が俯く。
顔がよく見えなかったが、口元が微笑んでるように見えた。
「そんなに憂が好き?」
「……あぁ」
「私じゃ代わりにはなれない?」
「憂は、憂だ。他の誰でもねぇよ」
「そっか」
174: 名前:浅葱☆10/16(土) 20:25:19
俺に背を向ける。
「憂に伝えて。もうあんなことしないからって。――ごめんね、って」
するとくるっと回り、俺を見た。
「まぁ、もう一度付き合えたらの話だけどねっ」
寂しそうな笑顔。
頭の中では分かっているのに、未だ割り切れない。
そんな気持ちを抱いているのだろうか。
矛盾した心が作り上げた笑顔。
その精一杯の笑顔で、佐伯が強がっているのだと、悟った。
俺が「……あぁ」と返事をすると、ひらひらと手を振って、選択教室を出て行った。
*
「朋榎が、そんなことを?」
驚いた。
数々の嫌がらせの首謀者が朋榎だったこと、あんなに憎まれていた朋榎の「ごめんね」の言葉。
「ショック?」
「っていうより吃驚してる」
「まぁ、あいつも反省してんだろ。もう関わらない方がいい」
「そ、そう、だね……」
無理矢理作った笑顔が崩れて行く。
――あれ? 私、これでいいのかな?
私、未だ朋榎に何も伝えてないのに、これで終わりなのかな?
ずっと一緒に居てくれたのに。
何時だって優しくしてくれてたのに。
こんな簡単にさよならしていいの?
「津田……!」
「行くの?」
「え」
だからこの人はなんで私の考えていることが分かるのだろう。
本当に謎だ。
176: 名前:浅葱☆10/16(土) 20:43:27
「傷付くかもしんねぇぞ」
何も言わずに津田を見つめる。
「きつい言葉言われるかもしんねぇぞ」
そうかもしれない――でも、
「これは、私が解決しなきゃいけないことだって、思うから」
私は、強くなりたい。
その意思を、目で必死に訴えた。
津田は一瞬驚いた顔をして、次に溜息を吐いた。
「分かった。じゃあ行って来い」
「うん……っと、その前に着替えなきゃ」
津田の部屋に行って、制服を身に纏う。
「ってお前その格好で行くの?」
1階へ下りると、津田につっこまれてしまった。
「やっぱ駄目かな?」
「一回家に帰って着替えてから行けばいい。――俺は、此処で待ってるから」
待ってる、その言葉がどうしようもなく嬉しくて、思わず津田にキスをした。
自分でもこんな行動驚きだったけど、してやったりって感じだ。
津田のこんな顔が見れたんだからね。
「……!? 憂っ」
へへっと笑う。
「行ってきます!!」
181: 名前:浅葱☆10/18(月) 19:25:06
「こら、憂! 昨日何処行ってたの!!」
家に帰ると開口一番でそう言われた。
そういえば、携帯全然見てなかったからなぁ……。
きっと携帯の履歴には相当な数の着信が残っていることだろう。
想像すると、ちょっと怖い。
「ご、ごめんなさい」
久し振りに見た母の怒りに肩を竦める。
必死に言い訳を考えた。
そして頭の中で作り上げた言い訳が――
「と、友達っ友達の家で勉強教えてもらってたらいつの間にか寝ちゃってて! ごめんなさいっ……」
こ、こんなありきたりな理由……絶対見破られる!
と、思ったが、母は
「そうなの? じゃあ仕方ないわね」
あっけなく私の嘘を信じた。
その所為で、「へ?」という拍子抜けした声が出てしまった。
「これからはちゃんと寝る前に連絡するのよ?」
「え、あ、はい」
母の呆気なさに呆けて、ハッと我に返った。
当初の目的を思い出し、自室へ行って私服へ着替える。
緊張で高鳴る胸の鼓動を何とか落ち着かせ、
「ちょっと出かけてくるね」と言って家を出た。
一先ず深呼吸。
大丈夫、朋榎なら分かってくれる。
頭の中で何度もそう繰り返し、少し早足で朋榎の家へと向かった。
182: 名前:浅葱☆10/20(水) 19:11:32
久し振りに来た朋榎の家。
もう、懐かしい。
意を決してインターホンを押す。
さっきからドキドキが治まらない。
目の前の扉がガチャと開いた。
そこに居たのは朋榎だった。
何処に出掛ける気も無かったのだろう。
Tシャツにジーパンと言う何ともラフな格好をしていた。
「と、朋榎! あの……「なにしに来たの?」
朋榎の冷たく、低い声に圧倒される。
――負けちゃ駄目だ……っ
「朋榎に、会いに来たの!!」
朋榎は一瞬だけ小さく目を見開いたが、直ぐに口角を上げ、鼻で笑うように、馬鹿にするように「ふぅん」とだけ言った。
何か言われるのかと思ったがそうは行かなかった。
次の瞬間、ばたんと扉を閉められ、私は、あっ、と小さく声を上げた。
やっぱり、怒ってる、ていうか、憎んでるよね。
私、弱いなぁ……折角津田に背中を押されて、此処まで来たのに――諦めちゃうの?
そんなの駄目だ……!!
俯いていた顔を上げて、もう一度インターホンを押そうとした。
そのとき、
目の前の扉が再び開いた。
「朋、榎」
「何ボーっとしてんの? あたしに会いに来たんでしょ?」
それだけ言って歩き出した朋榎の後ろを黙ってついて行った。
どうして、出てきてくれたんだろう。
頭に浮かんだ疑問を心の奥にしまい込んだ。
少し開いてしまった朋榎との距離。
今の私たちの心の距離もこんな感じなのだろうか。
俯き、自分の靴のつま先を眺めながら朋榎の後を追った。
183: 名前:浅葱☆10/20(水) 19:31:49
「朋榎、此処って」
そこは私たちが良く訪れていた公園だった。
お互い、悩み事があった時には此処で相談し、励まし合っていたのだ。
懐かしい。
「懐かしいでしょ」
私が感じたことと同じことを朋榎も思っていたらしい。
公園に入って直ぐ、右側にある大分古びているブランコに二人で腰を下ろした。
「で、話って? あたしはもう話すことなんかないよ」
そう言った朋榎の顔は、寂しそうだった。
朋榎の精一杯の強がりだと、悟った。
「私は朋榎が好きだよ」
何も考えずに出た言葉。
朋榎が驚いた顔でこっちを見る。
「朋榎がなんと思おうと、何と言おうと、私は朋榎が好きだし、これからもずっと友達でいたいし、いろんな話をしたい」
声が震える。
拳をギュッと握り、耐える。
「津田から聞いた。ごめんって、私の台詞だよ。――ごめんね、朋榎」
「なんで謝るの。普通に考えてあたしが悪いに決まってるでしょ」
「どっちが悪いとかじゃない。朋榎の気持ちに気付けなかった……私は謝らなくちゃいけない、ごめん」
朋榎はブランコから立ち上がり、私の方へ向かって来た。
「あたしも、酷いことした。……ごめん、憂」
朋榎が、久し振りに私の名前を呼んでくれた。
そのことが嬉しくて、涙が止めどなく溢れた。
「っちょ、何泣いてんの、泣かないでよ!」
慌てた朋榎の姿。
あぁ、いつもの朋榎だ、あの優しい朋榎だ…。
「ねぇ、」
掠れた声で言った。
朋榎が「ん?」と聞き返す。
「私、朋榎の友達でいていいんだよね? いっぱい、話してもいいんだよね?」
朋榎は、少し間をおいて、頷いた。
「……当たり前じゃん」、そう言って。
インターホンを押して、直ぐに扉は開いた。
心配そうな津田の顔。
仲直りが出来た旨を伝えると、ホッとした表情を浮かべ、私を抱きしめた。
今、どうしようもなく幸せだと思った。
187: 名前:浅葱☆10/23(土) 22:33:07
「ふーん、良かったじゃん」
いつものカフェで、文弥君と優奈ちゃんに津田と本当の恋人として付き合い始めたこと、親友と仲直り出来たことを伝えた。
「優奈、悔しい。ウイは優奈のだったのに」
そう言う優奈ちゃんがなんだか可愛くて、思わず抱きしめたくなった。
何だこの小動物は。
「でも、そろそろヤバそうなんだよなぁ」
「? 何が?」
「俺たちのこと、千昭が勘づいて来てんの」
流石津田。
そう思ったが感心してる場合でもない。
忘れていたが、優奈ちゃんは津田を女性不信に追い込んだ張本人だ。
「多分、気付くのも時間の問題じゃねぇか……?」
頭を掻きながら、顔を顰めてそう言う文弥君。
この人がそう言うのならきっとそうなのだろう。
本当にこの人の勘は当たるのだ。
「……ねぇ、いっそのこと言っちゃえば?」
私の提案に2人が驚いた顔をした。
「何言ってんの?」みたいな顔。
「や、バレるくらいだったら自分からカミングアウトしちゃえばいいじゃん、って思って」
「はー、憂ちゃんは楽観的だな、そんな簡単じゃないって」
何も言い返せず、黙り込む。
私なりに考えて出した答えなのに。
「優奈は、どっちでも良いよ」
1人だけ冷静な優奈ちゃん。
そもそもの原因は優奈ちゃんなのだが……分かっているのだろうか?
「まぁ、バレたらそのときはそのときだな」
……ある意味一番楽観的なのは文弥君だと思った。
その話はそこで終わり、2人と別れた。
私は複雑な思いを残したまま。
最終更新:2011年07月10日 17:09