leave 続き8

193: 名前:浅葱☆10/25(月) 20:03:04

「津田っ何処行く?」


そんなこんなで休日。
津田と何だかんだで初めてのデートである。


「何処って、俺人混み嫌いなんだけど」


うん。
そう言う顔してますね。
はしゃぐ私の横で不機嫌そうな顔を浮かべる津田。
散々悩んだ結果、私は一つの場所を閃き、提案した。


「じゃ、じゃあ海行こうよ!」
「は?」
「海! 海行きたいっ」


突発的に出た言葉。
なぜだか海のあの眩しいくらいの青さが見たくなったのだ。
それに、津田が海を見て少しでも癒されてくれれば、って気持ちもある。


全力で厭そうな顔をした津田を説得し、なんとか海まで連れてきた。


一面に広がる、青。
波の音。
潮の香り。


津田を癒そうと思って連れてきたのに、どうやら癒されたのは私の方だったよう。


「綺麗だね」と言おうと思ったら視界が遮られた。
突然のことで頭がフリーズ。


目の前に目を閉じた津田の整った顔。
唇に何だか柔らかい、生温かい感触。


――キス、されてる?






194: 名前:浅葱☆10/25(月) 20:32:17

突然の事態に一瞬驚いたものの、目を閉じて津田のキスを受け入れようとする――が、直ぐにハッと我に返る。
此処、外じゃん!
外はマズイ、外は。
完全に誰かに見られる可能性大。
っていうか恥ずかしい、恥ずかしすぎる。
私が。


「津田、此処外、っ」


口を開き、反抗しようとしたら見事に津田の舌が侵入してきた。
胸板を必死で押してもびくともしない。
それどころか頭を掴まれて更に深いキスになる一方だった。
歯列をなぞり、味わうように私の口内を犯す。


もう無理、限界。
膝から崩れ落ち、津田に支えられる。


「だ、誰か見てるかもしれないでしょ!?」


息を整え、最初に言った言葉だ。
津田は、「うっせ」と言い、「お前は俺だけ見てろよ」と続けた。
どうしてそんな言葉を恥ずかしがることも無く言えるのだろう。
当然の如く私は照れ、顔を俯かせた。


「ほら、顔上げ――」


笑顔でそう言った津田の顔が固まった。
徐々に引き攣っていく笑顔。
そしてやがて津田の顔は完全に真顔になった。


どうしたのだろう。
頭の上にはてなマークを浮かべ、私の頭を超えた、津田の視線の先を振り返る。


そこには、手を繋ぎ、津田と同様に固まっている文弥君と優奈ちゃんが居た。






195: 名前:浅葱☆10/30(土) 23:15:58

「な、んで此処に……」


一番に口を開いたのは私。
三人ともお互いを見合わせたまま何も言わない。


「ど、どういうことだ?」


この声は津田だ。
声質で分かる、津田は驚いている。


「津田、あの「憂は黙ってて」


慌てて弁解をしようとしたが、時すでに遅し。
驚きを通り越し、怒りを露わにした津田の、少し低い声にたじろぐ。
背中が厭な汗を掻いていた。


「こ、れは」


文弥君が視線を逸らし、説明しようと試みる。
が、次の言葉が出てこない。


沈黙が4人――否、3人を包み込んだ。
その沈黙を破ったのは、優奈ちゃんだった。


「久し振りだね、チアキ」


その場に到底相応しくない声で、そう言った。
天使みたいな笑顔を此方に向けて。


「そっちもデート?」


津田に向いていた視線が、私に向けられた。
怖いとか、そう言うわけじゃないのに、声が出ない。
この重い雰囲気の所為だろうか。


「“も”って……」


何も答えられない私の横で、津田が小さな声でそう聞き返した。


「優奈たちもデートなんだ。久し振りに静かなトコに行きたいねって話してて」


ね、と優奈ちゃんが文弥君に話を振る。
文弥君は未だ視線を地面に向けたまま、此方を見る気配はない。
その言葉を聞いた瞬間、津田が私の手を強く握った。
一瞬躊躇って、両手で握り返す。






196: 名前:浅葱☆10/30(土) 23:30:11

「卒業してからも、ずっと。付き合ってたのか? 文弥」


さっきから視線を逸らしたままだった文弥君に投げかける。
覚悟を決めたのか、津田を見つめ、「あぁ」とだけ言った。


「なんで今まで教えてくれなかった?」
「……千昭が、傷付くと思ったからだ」


津田の手を掴む力が更に強まった。


「俺が? そんなに柔じゃねぇよ」
「今のその状態でか? 強がるなよ」


睨み合う二人。
威圧的!
って、暢気に実況してる場合じゃない。


「大体、なんでそんなに怒ってんの? って怒ってんのかビビってんのか判断つかねぇけど」


津田が何も言わないのを良いことに、文弥君は続けた。


「俺たちが中学から付き合ってたのは――その様子じゃ知ってたんだな。今でも別れてなかった。
それだけだ。なんでもかんでも千昭に報告しなきゃいけねぇの?」


その言葉を起爆剤に津田が文弥君に掴みかかって行った。
思わず小さい悲鳴のような声が私の口から出た。


「……殴りたいなら殴れば?」


至近距離で見つめ合う2人。
文弥君が吐き捨てるようにそう言った。


仲介に入ろうと口を開きかけたその瞬間――それを遮る言葉が私の耳に届いた。


「殴るなら優奈を殴ればいいよ」






197: 名前:浅葱☆10/30(土) 23:48:16

また、この場の空気に相応しくない明るい声で。


「そもそも二人がこういう風になったのは優奈が原因なんでしょ? じゃあチアキは優奈を殴ればいいよ」


「ゆ、優奈ちゃん、何言って」


津田と優奈ちゃんが見つめ合う。
私の位置から津田の表情は見えない。


津田が何も言わないでいると、優奈ちゃんが追い打ちを掛ける言葉を口にした。


「嗚呼、殴るのに抵抗があるならヤる? チアキとは一番カラダの相性が良かったもんね」


驚きで何も言えなくなった。
優奈ちゃんがまるで別人のように見えた。
否、この人は別人、だ。
私の知っている優奈ちゃんじゃない。
この人は――中学生の頃の、あの頃の優奈ちゃんだ。


津田が優奈ちゃんの服を掴む。
優奈ちゃんは動じることなく冷静に津田を見つめていた。
相変わらず口元には笑みを浮かべて。


「おい、千昭!!」


文弥君の声で我に返る。
私も津田の名前を呼んだ。


すると津田は結局何をするわけでもなくその場を立ち去った。
慌てて津田を追いかける。


「津田、待って。……津田?」


顔を覗くと、今まで見たことが無いほど怖い顔をしていた。
背筋が、ゾッとした。


逃げ出したくなったが、津田に手首を掴まれてしまったため、叶わなかった。
逃げなきゃ。
私の本能がそう叫ぶ。
なんか、怖い。
このままついて行ったら――……厭な予感がひしひしと伝わってくる。
抵抗してみるも津田はビクともせず、先程からずっと同じ表情で私を引っ張る。
引き摺られるように、半ば強引に。
私が連れて来られたのは津田の家だった。




204: 名前:浅葱☆11/08(月) 23:38:06

中に入るや否や鍵を掛け、玄関に押し倒された。
辛うじて頭は打たなかったものの、尻もちをついた為、そこがじんじんと痛む。
私が何か言おうとする前に力任せに服を捲られる。


「……ゃ、津田、っ」


抵抗しようとすると、口を津田の唇によって塞がれ、手は紐のようなもので一つに縛られた。
それによって身動きが取れず、ただ塞がれた口からもごもごと抵抗の言葉を叫ぶしかなかった。
唇が放れる。


それと同時に強く胸を揉まれ、いきなり秘部に指が入ってきた。
全くと言っていいほど濡れていなかった私のそこに激痛が走った。
津田の行為があまりに突然過ぎて、頭がついて行かない。
動揺と驚きと恐怖と、激痛。


「い、痛っ、痛い……っ!」


何もかもが力ずくで、ただ、恐怖という言葉だけが私の脳を支配した。
怖い、怖い、怖い。


「津田、やだっ……、痛い、津田」


目の前のこの人は誰?
こんな人、私は知らない。
私が好きになった人は、こんな人じゃない。
津田は、こんな怖い顔をしていた?
津田は、こんな風に乱暴だった?
津田は、感情に任せてこんなことをするような人だった?


「厭、津田っ、止め、津田……!!」


半泣きでそう懇願すると、津田の手が止まった。
何も映っていなかったような目に、光が戻った気がした。


「憂……?」


顔が、声が、いつもの津田に戻った。
縛っていた紐を解かれる。
私自身は気付かなかったが、よほどきつく結ばれていたのだろう。
縛られていた私の手首は赤い痕が痛々しく残っていた。


津田が私に優しい声を掛けようとしているのが伝わってきた。
でも、私の身体から恐怖心は抜け切れていなかった。


「ごめ、っ」


そう言って、家を飛び出す。
下腹部がズキズキと痛んだが、我慢して家まで走った。
否、実際は走った、とは言えなかっただろう。
どちらかというと早歩き、のようなものだった。
でも、私は走った。
後ろなど振り向かず、全力で。




207: 名前:浅葱☆11/13(土) 20:14:14

家に着くなり階段を勢いよく駆け上がり、勢いよく部屋の扉を閉めた。
その場にへたり込む。
気が抜けたのか、涙が頬を伝った。


突然のことで、頭がついていかない。


私の知らない三人の過去。
文弥君の優しさ、津田の消したい思い出、優奈ちゃんの強がり。
皆の思いが交錯して、すれ違ってる。


そして津田は、それに苦しんでる。
でも、私は逃げてしまった。


頭では分かってる。
津田が、本心であんなことしたんじゃないって、あれが本当の津田じゃないって分かってる。
だけど、どうしても受け入れられなかった。
今でも思い出そうとすると身体が震える。
それほどまでに私の身体は拒否反応を起こしてた。


――津田のことが、好きなのに……。


~♪


「!」


電 話。


携帯を開くと、知らない番号からだった。
通話ボタンを押し、恐る恐る「もしもし」と言った。


そこから聞こえてきた、声。


『憂?』


! 津田。
初めて聞く電 話口での津田の声。


『憂? 聞いてる?』


何も言えずに黙る。
津田は私が聞いていると仮定して話し始めた。


『……さっきは、ごめん』






208: 名前:浅葱☆11/13(土) 20:28:03

いつもより小さめの声。


『優奈、と、久し振りに会って、文弥にあんなこと言われて、自分のこと制御できなくなった。……本当に、ごめん』


何度も謝る津田。
声を出そうとしても、何故か声が出てこない。


『痛かったよな、怖かったよな……許してくんないかもしれないけど、俺、憂とは別れたくないから。
……ずっとずっと好きだから』


「……って」
『ん?』


やっと声が出たが、聞き取れなかったらしく聞き返して来た。


「……直接、言って?」


そして更に言葉を続けた。


「会いたい」


ドキドキしながら言った言葉。
津田の返答を待つ。


『いいよ』


さっきより少しだけ声が明るくなったような気がする。


『憂、外に出て』
「? う、うん」


なんで外?
疑問に思いながらも玄関に向かう。
靴を履き、扉を開けると、――目の前に津田が居た。


「つ、だ?」
『うん』
「なんで、居るの?」
『さっきからずっと居たけど』


一歩ずつ津田に近付く。
ここで、津田が電 話を切った。
津田に倣い私も通話終了ボタンを押す。


「……ごめん、な」






209: 名前:浅葱☆11/13(土) 20:36:11

電 話よりも弱々しい声でそう言う。
咄嗟に首を横に振った。


「でも、泣いたろ」


私に近付き、そっと頬に触れた。
津田を見上げると、辛そうな顔をしていた。


「ごめん、怖かったよな、痛かった、よな……」


津田に抱き締められる。
そこで、漸く気付いた。
津田の手が震えているということに。


「津田……?」
「ごめん」


私も後ろに手を回し、抱き締め返す。
そうしないと津田が消えて行っちゃいそうで。
どうしようもなく不安になった。


身体を離し、見つめ、惹かれあうようにキスをする。
家の前なのに、なんていう恥ずかしさは微塵も無かった。



ぎし、とベッドが軋む。
辺りは時が止まったかのように静かだった。
家には誰も居ない。私たちだけ。
邪魔をするものなんて何もない。


津田の優しい手つきが、キスが、愛撫が、突き上げる快感が。
私を幸せへと導く。
もう私たち以外、誰もいらない。
二人で居ればそれでいいと心の底から願った。






210: 名前:浅葱☆11/22(月) 21:54:24

月曜日。
一週間の始まりだ。
私と朋榎はというと、最初は何処かぎこちなかったが次第に前のように笑い合えるようになった。


そして昼休み、久し振りに選択教室へと足を向かわせる。
緊張しなかった、と言えば嘘になる。
朝、津田はいつものように笑って「大丈夫」だと言ったけど、私は不安で仕方なかった。
きっと本当は大丈夫なんかじゃなくて、津田も不安だったと思う。
でも私が言えた立場じゃないってのは誰よりも分かってた。
あの二人は朝、顔を合わせてどうしたのだろうか?
話す――わけは無い、頑固だし。
だったらこれからもずっとこのままなのかな……?


「憂!」


不意に、後ろから聞こえた声。


「津田。なんかやたらテンション高くない? どうかしたの?」
「ん? そーか? 別にどうもないけど」


お弁当を食べ終え、ずっと気になってたことを訊いてみた。


「そういえば、さ。今日の朝、文弥君と話したりした?」


私がそう言うと、目に見えて津田の周りのオーラが変化したのが分かった。


「つ、津田……?」
「別になんもねぇよ」


うっわ、機嫌悪い。
成程、さっきのあれはカラ元気だったのか。


「ごめんね……私が海に行きたいって言わなきゃ良かった」


後悔の気持ちばかりが、口を突いて出る。
私の言葉を聞いた津田が慌て始めた。


「あ、や、いいよ、それは。寧ろ知らないままの方が厭だったし」


「本当?」と訊くと「本当だって」と言った。
それでも私は未だ納得できなかった。


また以前の三人に戻ることは出来ないのだろうか?






211: 名前:浅葱☆11/27(土) 22:08:34

「無理だろ」


そんな断言しなくても……。


いつものカフェで私と文弥君と優奈ちゃんと3人で話していた。
津田はまた委員会だそうだ。


「だって、あんな津田何時までも見てられない。なんとか仲直り……「あのさぁ、憂ちゃん」


少し怒ったような声。
文弥君だ。


「そんな簡単じゃないって、俺言ったよね?バレたらそのときはそのときだってことも言った。だからもう良いよ。
こうなることなんて十分予想できたし、こっからどうにかしてまた仲良くなろうなんて思わない。仕方ないよ」


仕方ないって……。
心の奥から何かが湧き上がるような感情。


「仕方ないって、なんでそんなこと言うの!?」


堪え切れなくて、立ち上がった。
周りの客が一斉に私を見る。
そんなの気にしなかった。
気に、ならなかった。


「“仕方ない”って、その言葉で片付けちゃったらもう終わりなんだよ!? 文弥君はそれでいいの? 私はやだよ!!」


鞄を持ってカフェを出る。
一目散に学校に向かった。


すると、門の前で立っている男の子が見えた。
……津田。


「津田!」


私の声を聞いて、こっちを向く。
もう一度「津田!!」と叫ぶ。


「憂……? どうした、そんなに慌てて」
「つ、だっ私、文弥君と仲直りして欲しい……っ!」




213: 名前:浅葱☆11/27(土) 22:38:02

私の言葉を聞いて津田は目を見開いた。
偽善者だって言われても良い。
でも私は。
私は――


「……私、このままなんて厭だ。前みたいな三人に戻れなくても、私……今のままなんて厭だよ……!」


我が儘なんて分かってるんだ。
お節介だってことも十分分かってる。
これで変われるなんて思ってない。
だけど、きっかけだけでも良い。
ねぇどうか、どうか。


「……ありがとな、憂」
「え……」
「俺も、今のままで良いなんて思ってねぇよ。文弥も俺も自棄になってるだけだしなぁ」


ははっ、と笑いながら言う津田。
や。
笑い事じゃないでしょうが。


「……巻き込んじゃってごめんな」


首を横に振る。
だって、津田が泣きそうな顔をしていたから――


「でも、憂の言うとおりだな。……何時までも逃げてちゃいけないよな……」


津田の横顔が、夕陽に照らされる。
あぁ……綺麗だな――そう思った。


女の私が羨むほどのさらさらな髪を僅かに靡かせて、こっちを向く。


「……取り敢えず、今日は帰ろう」


優しい、声。


どうして何でもかんでも溜めこんじゃうの?
もっと私を頼ってよ。
そんなに頼りない?
私は、津田のことを支えたいのに。
心の中の気持ちが言葉となって出そうになる。


津田が握る私の手を、握り返すことが、出来なかった。




215: 名前:浅葱☆11/29(月) 19:20:20

「憂ちゃん?」


背中に床の冷たさを感じながら一面の青空を見ていたとき、私の名を呼ぶ声がした。
身体を起こし、振り向いて、声の主の名を呼び返す。


「文弥君」
「よっ、何やってんの?」
「……空見てた」
「や。それは分かるけど」


私の横に座り、仰向けになって寝る。
それに倣い、私も再び空を見上げた。
流れる雲を目で追っていく。


「あの」「なぁ」


……ハモった。
暫しの沈黙。
文弥君が何も言わなくなったので、私が先に口を開いた。


「……先にどうぞ」
「や、憂ちゃんが先に言えよ」
「そっちが先に」
「憂ちゃんから」


……埒が明かない。
妥協したのは私だった。


「……昨日は、あの、ごめんなさい。私、三人の関係に首突っ込んで良い立場じゃないのに、偉そうなこと言って」


どうしようもならないことくらい、この人たちが一番良く分かってるんだ。
だけどそのどうにもならないことをどうにかしたいと思っているのも、私は良く分かってる。
分かってるからこそ、昨日の言葉を悔んで、今、こうやって謝っている。
この言葉は私の心からの謝罪だ。


「俺こそ……悪かった」


弱々しい声が、隣から聞こえた。
なんだか津田と被る。


「……文弥君ってさぁ、何気良い人だよね」


微笑いながらそう言うと、文弥君が勢いよく起き上がった。
顔が、青空とは対照的な赤色をしていた。






216: 名前:浅葱☆11/29(月) 19:39:53

「ば…っ、何を! 急に!」


その反応に、私は思わず目を丸くした。
文弥君が焦ってる。
珍しいこともあるものだ。
また笑いそうになるのを堪え、話を切り出した。


「なんか、最初は凄いやな奴だって思ってて、馴れ馴れしいし、何考えてるか分かんないし、鋭いとこ突いてくるし」
「……馬鹿にしてんの?」
「“最初は”って言ったでしょ。……今は違う」


文弥君が再び寝転んだ。


「今は、文弥君が優しい人だって、分かるよ」


空に虚しく私の声が響いた。
文弥君は今度は何も口を挟もうとはしなかった。


「優奈ちゃんのことを凄く愛してるんだって、分かるよ」


今、彼はどんな表情を浮かべているのだろうか。
やはり何も言っては来なかった。
そして最後の言葉を、少しだけ時間を掛けて、言った。


「……津田のことが好きなんだって、分かるよ……」


制服の裾を掴み、少しだけ震える声でそう言った。
太陽が、雲にかかり、翳る。


「……うん」


消え入りそうな声。
だけど確かに、はっきりと、その言葉が私の耳に届いた。


「ふ、文弥く……「文弥」


直ぐ近くで聞こえた、聞き慣れた声。
そこに立っていたのは――津田だった。






217: 名前:浅葱☆11/29(月) 19:52:36

どうして此処に居るのだろう。
と、いうか、屋上の扉を開いた音、直ぐ近くまで歩いて来た足音が全然聞こえなかった。
本当にこの人は、気配を絶って近付くのが上手い。
私たちを見下ろす。


「よぉ」


一瞬、ガラの悪い不良かと思った。
文弥君も「よぉ」と返す。
なんだこの2人。


「……話、あるんだけど」


津田がそう切り出した。
津田、文弥君、私。
明らかに私は邪魔だと気付く。


立ち上がり、屋上を出て行こうとすると、津田に引き留められた。
「此処に居て」と。


そして津田が文弥君に向き合い、一言、言った。


「俺を殴れ、文弥」


屋上にこれまでにない静寂が訪れる。
木々も、風も、何もかもが静まり返り、その言葉の後の沈黙を際立たせていた。


……今、なんて?
聞き間違い?
殴れ?


「何言ってんの?」


冷静な口調で文弥君がそう言った。


「だから、一発俺を殴って。そしたら俺はお前を殴る」


……は?






218: 名前:浅葱☆11/29(月) 20:09:56

「は?」


私と同じリアクションをする文弥君。
そりゃ驚きますよね。


「もうそれで良いだろ。めんどくせぇから、それでチャラな」


その言葉と同時に、私の視界から津田が一瞬にして消えた。
そしてバキッという、何かが激しくぶつかり合う音。
私がその音に反応して、文弥君が座っていた方を見るのに、そんなに時間は掛からなかった。


文弥君の顔が歪み、頬が赤く痛々しいくらいに腫れていた。


「っ、文弥君……!!」


思わず、文弥君の名を叫んだ。
すると文弥君が津田の胸倉を掴み、右の拳を高らかに掲げた。
2度目の、バキッという音。
漫画のワンシーンのような光景だった。
津田が倒れ込んだ。


竦む足を伸ばして立ち上がり、津田の元へ駆け寄る。


「津田、津田……」


文弥君同様、津田の頬も赤く腫れ上がっていた。
津田がへへっと笑う。
笑ってる場合じゃないって。


「これで、もうチャラな」
「チャラって、お前な……いてぇよ、馬鹿」


そう言いながらも文弥君の顔は、笑っていた。
このとき、どうしようもなく男の子が羨ましいと思った。
だってつい先日まであんなに睨み合ってたのに、今はもうお互いを見合って笑い合ってる。
男の子って、凄い。


「喧嘩はもう終わった?」


急に頭上から声が聞こえた。


「優奈……」




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最終更新:2011年07月10日 17:13
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