leave 続き13

338: 名前:浅葱☆03/09(水) 19:36:44

「なんで? どうして引き止めるの?」


振り向かずに私がそう言うと後ろで津田が足を止めたのが分かった。
更に続ける。


「津田にとって私は……私たちは。どうでもいいんでしょう? なら放っておいてよ!」


病院だと分かってはいたが自然と声が大きくなった。
私の声が反響して病院内に響く。
本当は、未だ気持ちの整理がつかなくて、どうしていいのか分からない。
放っておいて欲しいのか、傍に居て欲しいのか、分からないのに。


「何にも知らないんでしょう? 私のことなんて、もう憶えてないんでしょう? 謝ろうと思ったのに。謝ろうって、思ってたのに……」


あの頃が、思い出が、全て消えてしまった。
私の所為だ、分かっているのに。
私に泣く権利などないと分かっているのに。


「……っ、だから、なんで泣くんだよ!」
「分かん、ない。分かんない」


声を抑えようと努力してみるものの、上手く息が出来ず嗚咽だけが漏れる。
せめて泣き顔だけは見られぬようにと顔を両手で覆う。


「泣くなよ。俺、分かんないけどあんたにだけは泣かれたくないんだよ」






339: 名前:浅葱☆03/09(水) 20:00:45

ふわ、と温かいものに包まれる。
薬品のような独特の香りが鼻を掠めた。


それが津田が着ている病衣からだということに一瞬遅れて気付いた。


いつも感じていた津田の温もりがこんなに近くにあるのに、今はとても遠い。
また涙が頬を伝っていくのを感じた。


「同情?」


ドン、と津田の胸板を押し、全力で突き放す。
津田が驚いた顔をしていること、顔を見なくても空気で伝わってきた。


「偽りの優しさ、上辺だけの優しさなら……私は要らない」


涙を無理やり塞き止め、精一杯の言葉で反論。
やっとのことで津田の目を見た。
私が泣き続け、縋ってくると思っていたのだろう。
戸惑い、驚いていた顔をしているのは、見ていて明らかだった。


「っ、バイバイ」


走り出し、丁度良く到着したエレベーターに飛び乗った。
閉じるボタンを何度も押し続ける。
津田が私を追いかけ、扉が閉じるのを阻止しようと手を伸ばした――――ところで、扉が閉まった。


そのことに無意識でホッとしている自分がいて、だけど津田の所から逃げてしまったことに僅かな罪悪感を覚える。


壁に背を凭れ、エレベーターが一階へ降り立つのを待つ。
チン、という音が聞こえ、そこで初めて自分が今までずっと息を止めていたことに気がついた。




346: 名前:浅葱☆03/13(日) 23:11:26

そして翌日、朝。
もう津田は迎えに来ないと分かっているのにいつまでも期待して、遅刻しないギリギリの時間まで家に居続けた。
それでもやっぱり津田は来なくて、仕方なく一人で家を出る。
学校に着くころには本当に遅刻ギリギリで、登校している生徒など私くらいのものだった。


玄関で文弥君に会い、ずっと私を待っていてくれたのだと気付く。


「大丈夫か?」


昨日の私の異変に気付きながらも深く聞いてこようとはしない。
そんな文弥君の優しさがどうしようもなく温かくて、嬉しかった。


「……うん、平気」


へらへら笑って誤魔化した私を、文弥君はどう思ったのだろう。
だけど今の心情も、あの後の津田の様子も、到底聞く気になどなれなかった。




放課後の教室。
津田が居ないだけで私の一日はあっという間に過ぎるのだと初めて知った。


「ちょっと、良い?」そう言って近付いてきたのは久し振りに話す、青池織だった。
何も言わず無言で頷き、私たちは屋上へと移動した。




348: 名前:浅葱☆03/14(月) 19:08:59

「千昭のこと、聞いた。事故ったんだって?」


まるで他人事のようにそういう彼女。
実際他人事ではあるのだが。


彼女が性懲りもなく“千昭”と呼んだことに対して怒りは湧いて来なかった。
津田のことがあった所為で不思議と冷静でいられた。


何も言わない私に彼女は言葉を続けた。


「……あんたの所為なの?」


その言葉に、外していた視線を彼女の目へと合わせた。
誰から聞いたか知らないが、成程、馬鹿じゃないらしい。


「そうだよ」


素っ気無く、機械的な声でそう告げた。
彼女は身構えてはいたものの、やはり驚いたらしい。


そして顔を俯かせた。


「な、んで」


肩が震えている。
――泣いている、わけではなさそうだった。


「なんで、あんたが! 一緒に居たのに、傍に居たのに! 巫山戯んなよ!!」


顔を勢い良く上げ、怒りのままにそういう青池さん。
私は一切表情を変えずに彼女と向き合った。
罵声を浴びせられるのは、覚悟していた。






349: 名前:浅葱☆03/14(月) 19:29:17

彼女が近寄り、胸倉を掴まれる。


「あんた彼女だろ!? 大事な彼氏、何怪我させてんだよ!」


この人は、津田が記憶を失くしたことをまだ知らないんだ。


「何とか言えよ、黙ってんじゃねぇ!」


言葉遣いが津田のようだった。
私はこの人に何を言えばいいのだろう。


謝ってどうする、この人は津田の何でもない。
だけど、こんな風に怒るほど、この人は津田が好きなんだ。


「御免ね」


一言、表情も変えずに心の籠っていない声で言った。
彼女は一瞬放心状態に陥って、直ぐ我に返った。


言葉が浮かばないのか、何も言ってこない。
下唇を噛み、視線を逸らす。
言おうかどうか迷っているようなそんな感じ。
そして一言だけを私に告げた。


「……あんたなんか、彼女じゃねぇ」


私の横を通り、屋上を出て行く。
私はそこに立ちつくしたまま、一歩も動けなかった。
驚いたわけでもないし、恐怖したわけでもない。
……ただ、空しかった。
虚無感、それだけが私の心を支配した。


――そんなの、
「私が一番解ってるよ……」




352: 名前:浅葱☆03/15(火) 22:17:35

予期していたけど実際に言われると結構堪えるものなのだと知った。


そうだよ。
全部全部私の所為だよ。
貴方何かに言われなくたって、解ってるよ。


どうしてだろう、津田に出会ってから泣き虫になってしまった筈の私の目から今は不思議と涙が出ない。
枯れてしまったかのように溢れて来ない。




――津田の病室の前で深く深呼吸をする。
どうか、津田が居ませんように。
会いたくない。
会いたくないの。
だから、どうか津田が居ませんように。
それだけを祈るばかりだった。


コンコン、と二度ノックをする。
幸い、返事はない。


恐る恐るドアノブに手を掛け、スライドさせる。
病室を覗きこみ、私は驚いた。


てっきり津田は居ないものだと思っていたのに、津田はベッドに横になり、確かにそこに存在していた。
声を発しそうになるのを抑え、息をのむ。


寝てる?


ホッとし、無意識に止めていた息を慎重に吐き出す。
ベッドのすぐ横に立ち、無防備な寝顔を見せる津田を見下ろす。


可愛いなぁ……。






353: 名前:浅葱☆03/15(火) 22:39:13

そっと手を伸ばし、サラサラの髪を一房手に取る。
涙が込み上げてくるのを感じた。
津田から離れ、手の甲で目頭を押さえる。
駄目だ、泣いちゃ駄目。
泣いちゃ駄目――なのに。
どうして私はこんなにも弱い?


「……っ、ふぇ、っく」


さっきまで涙など全く出なかったのに、どうして今になって。
上手くコントロール出来ない己の涙腺を呪う。


御免ね、津田。
私、もう駄目みたいだ。
貴方が居ないともう、こんなにも弱くて。
貴方が居ないから寂しくて、何度も泣いて。
過去の私はこんなんじゃなかったのに。


いつもはチェーンに通していた指輪。
今日は指に嵌めていた。
それをゆっくりと引き抜き、ベッド脇にある頭床台の上へ静かに置いた。
そして、一言。


「ばいばい、津田」


身を翻し、病室を後にした。
もう、ここには来ない。
津田にも会わない。


これで最後だから。
……さよなら、だから。




358: 名前:浅葱☆03/17(木) 19:30:29

「憂ちゃん」


名を呼ばれ振り向くとそこには予想通り文弥君が居た。
今は朝早くの屋上。
異常気象の今年は夏は朝でも暑い。


何か言いたげな表情。
先に口を開いたのは私だった。


「早いね」


なるべく笑顔で。
昨日散々泣いたのだ、きっと今の私の顔は悲惨なことだろう。


「憂ちゃんもね」


何も言わず、笑ってそう言った。
私の隣に寄り、座る。


暫く、沈黙が私たちを包んだ。
話すことは、話さなければいけないことは沢山あるのに、言葉にしたくない。
我が儘な私がそこに居た。


「明日、から、千昭……学校来るって」


津田の名前が出た瞬間、ドキ、と胸が高鳴った。
明日。
厭でも会ってしまうことなど、解っていた。


「昨日、私ね」


昨日の出来事を文弥君に伝えようと思い、意を決して声を出す。
先程から心臓がドクンドクンと五月蝿い。


「青池さんに“あんたなんか彼女じゃない”って言われた」






359: 名前:浅葱☆03/17(木) 19:54:39

「……正直、弱ってるとこに堪えた」


笑う所じゃないというのに顔が引き攣ったように笑顔になる。
だが声は小さくなる一方で、文弥君に聞こえているのか疑問だった。


「そんなの、言われなくたって分かってるのに、わざわざ言う必要なんかない……のに」


掌を顔に当て、顔を覆う。
表情を悟られないように。
弱くて、へこたれそうになる私を見透かされないように。


「んなことねぇよ、誰が何と言おうと憂ちゃんは千昭の彼女だ」


――私も、そう思ってた。
だけどもう無理みたい。
あの事故の前と後では何もかもが違いすぎて。


「もう、別れる」


何の前触れもなく、私はその言葉を告げた。


「――何、言ってんだよ」


文弥君の声が震えているのが分かった。
怒っているのだろうか?


「冗談じゃない、嘘なんかじゃない。もう、無理なの。駄目なの。別れるって、決めたから……!」


肩を掴まれ、文弥君の方に上半身を向けられる。
手で顔を覆っている所為で、表情は見られていないし、私も見えない。


「巫山戯んなよ、自分が何言ってんのか分かってんのか!?」






360: 名前:浅葱☆03/17(木) 20:18:08

手首を掴まれ、強制的に手を外される。
私の泣き顔が露わになった。


「……っ、分かってる、分かってるよっ! 分かってるから、こんなに考えて、こうやって決断して……っ」


苦しくて、苦しくて。
もう限界だった。
罪悪感に苛まれて、色んな人に恨まれて、責められて。
もう辛いの――――――……。


「私、きっと疫病神なの。私に関わった人、皆不幸になっていく。もうこれ以上、誰も傷付けたくない」


嘘、きっとこれは口実。
自分が傷付きたくないから、他人を理由にして逃げたいだけなんだ。


ほら、私はこんなにも弱い。


「冷静になれよ! 今憂ちゃんが居なくなったら千昭どうするんだよ! あいつの記憶が戻った時憂ちゃんが居なかったらあいつもう生きていけねぇって!!」


両手首を掴まれたまま、必死に頭を左右に振る。


「そんなことない。私と一緒に居るだけで津田、生きていけるか分からなくなる」


涙で視界が滲む。
何も見えない。
文弥君の顔も、あんなに綺麗な屋上の景色も、真っ青な空も。
もう、何も。


「憂ちゃん!!」


文弥君の腕から逃れて屋上を出て行く。
私を呼び止める声など、聞こえぬ振りをした。




364: 名前:浅葱☆03/18(金) 22:51:32

「別れたぁ!?」


昼休みの教室。
朋榎と一つの机で一緒に昼ご飯を食べる。
突然朋榎が上げた大きな声にクラスメートたちがいぶかしんだ顔で此方を見る。


「っちょ、しーっ!」


口元に人差し指を当て、静かにしてくれと訴える。
朋榎はハッと気付き、両手で口を塞いだ。


「な、なんでよ。なんで急にそういうことになるのよ」
「急にって、別に、急じゃないよ……」


散々考えたのだ。
考えた結果がこれなのだ。


「私の所為で、津田、一歩間違えたら死んじゃってたかもしれない……、もう、良いの」


これで津田が幸せになれるなら。
私の涙など厭わない。
貴方は私を忘れて、もう二度と思い出さなくても良い。
この気持ちは鎖を掛けて心の奥底に仕舞っておくの。


「憂の気持ち考えれば、それでいいのかもしれないけど、本当にそれでいいの? 千昭君はそれで良いって言ったの?」


朋榎の言葉に何も言えず黙り込む。
私の反応を見た朋榎ははぁ、と息を吐き私の方をまっすぐに見つめた。


「千昭君の気持ち、無視したままでいいの?」


言葉が、視線が、突き刺さる。
負けそうな私、嫌い。


「もう良いんだ、自分で決めたことだから」


「それに」と言葉を続ける。


「津田の中に私は居ないから。津田にとっても良いことだよ、絶対」


そうこれは誰も傷付かない方法。
私も、そして何より津田も。


そこから強引に話を変えたお陰で津田の話題は上らなかった。
時々私を心配した表情を浮かべる朋榎に後ろめたい気持ちがあった、っていうのは、秘密。




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最終更新:2011年07月15日 15:21
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