leave 続き14

369: 名前:浅葱☆03/19(土) 19:53:40

その後の授業など殆ど耳に入らないようなものだった。
先生が何の話をしていたのかさえ思い出せない。
当てられなかっただけ良かった、と胸を撫で下ろす。


薄暗い放課後の教室で灯りも点けず机に座り窓の外を眺める。
肩を並べ帰っていくカップルたちを見て懐かしい思いを抱きつつ、虚無感に支配される。


どうして、こうなってしまったのだろう。


あのまま、幸せなまま一生を津田と過ごすのだと思っていた。
挫けそうにもなったけど、どんなときだって津田に支えられて乗り越えてきた。
だけど、もう何処にも、あの頃の津田は居ない。
あの頃の私でさえも、もう居ない。


ねぇ、甘えたくなるの。
泣きそうになるの。
支えてくれる貴方が居なくて。
私を満たす貴方が居なくて。


「津田……」


呟いた津田の名前が空しく響いた。


「三島、憂。だっけ?」


この声。


「津田……?」


振り向くと、そこには居る筈のない津田。
本当に気配を感じなかった。
否、そんなことなど今はどうでもいい。
どうして此処に居るの?






370: 名前:浅葱☆03/19(土) 20:10:36

「な、んで此処に」


津田は答えようとせず一歩一歩私への距離を縮めてくる。


「明日の筈じゃ」


声が震えて上手く言葉が出ない。
どうしよう、どうして?
嬉しいって思ってる私が居る。
忘れよう、って思ってたのに、どうして私をこんなに簡単に乱すの?


「これ何?」


津田が人差し指を立てる。
そこに光に当たってキラリと光る――指輪。
私が津田から貰って、津田に返したものだ。


「何って指輪じゃないの? 綺麗だね」


心の籠っていない声でそう告げた。
どうせ津田は私にあれを渡したことすら忘れてしまっているのだ。
なら、しらばっくれてしまおう。


「あんたのだろ」


津田の一言に言葉を失う。
私が何にも発しないことを良いことに津田は更に続けた。


「どういうことだよ」


津田、まさか思い出してくれたの?
貴方が忘れた空白の時間を、取り戻してくれたの?


「期待してたら悪いけど、俺、何にも思い出してない」


浮かれそうになった心が一気に地に沈んだ。
笑顔が、消える。






371: 名前:浅葱☆03/19(土) 20:29:40

「そ、っか」
「なんでこれ置いてったんだよ。……俺が、記憶を失くす前の俺があんたに渡したもんだろ? 大事なもんなんじゃねぇの?」


大事だよ、大事に決まってる。
津田が私にくれたものだもん。
だけど私、津田の方が何倍も大事なの。
貴方を守るためならどんなものだって手放せる。
指輪だって、――津田、貴方自身だって。


掌をギュッと握り締め拳を作る。
お願い、私に勇気を頂戴。


「さよなら、の意味よ」


私が告げた言葉に津田が目を見開く。
そんなに驚かないで。
あの頃の貴方は居ないのに。
私を想ってくれてなどいないのに。


「あんたと俺、付き合ってんだよ、な?」


こく、と頷く。
顔が引き攣り固まった笑顔を作り出した。
そして次に首を左右に振る。


「付き合ってた、だよ」


津田に視線を合わせられず、床ばかりを見つめる。
――覚悟を決めなければ。


「別れよ、津田」


静かに、それだけを告げた。
津田はどんな表情をしているだろうか?
驚いてる?
喜んでる?
ショックとか受けてたら、いいな。




376: 名前:浅葱☆03/20(日) 22:00:36

「……なんで、だよ」
「え?」
「あんた、泣くくらい好きだったんじゃねぇの? 俺のこと」


好きだったよ。
誰にも負けないって自信を持ってたくらい、貴方のことが大好きでした。
だけど、御免。
へこたれちゃった私を許さないで。
だからお願い。
そんな顔しないで。


貴方は何にも悪くないのに、そんな泣きそうな顔しないで。


「津田はもう自由だよ。津田が、……“今の”津田が好きになった人を大切にしてあげて」


鞄を肩に掛け、教室の扉へと向かう。


「な、んだよ……それ」


後ろからポツリと聞こえた声。
振り向く間もなく強い力に引っ張られ、押し戻された。
憶えのある温もりに包まれる。
それは津田の腕の中だった。


「!? つ、津田っ」


一瞬、何が起こっているのか分からなかった。
数秒後に気付き、離れようと試みるものの津田の力は強くて、どれだけ力を入れても無駄なようだった。


「な、にして……! 駄目だって、離してよ……っ」


これ以上津田に触れていたら津田のことを忘れられなくなってしまう。
離れたくないと、望んでしまう。


「俺、あんたを独りにしちゃいけない気がすんだよ」


耳元で囁くように聞こえたその声。
私は抵抗を止め、津田の言葉を頭の中で反復していた。






377: 名前:浅葱☆03/20(日) 22:25:16

だって、だってその言葉は。
あの時津田が言ってくれた言葉。


『俺、絶対、何があっても。憂を独りにしねぇから。憂が何て言っても』


記憶が無くたって津田は津田。
何にも変わらない、貴方。


憶えてて、くれたの……?


「だから、その、なんてゆーか……逃げてくなよ、俺から」


その言葉にドキ、と胸が躍る。
だけど素直に喜べない、喜んではいけない。


「はは、津田、駄目だよ……私と一緒に居たら津田、幸せになれないよ」
「……“幸せ”って、誰が決めたの」


津田の問いかけにただ一言「私」と答える。


「なんだよ、それ! 幸せかどうか決めんのは俺だろ!?」
「……っ、だ、って、だってそうだもん! 私と関わった人皆不幸になって行くの! 
今の津田は知らないだろうけど、私っ小さいころ好きだった男の子を津田と同じように事故に遭わせたの……!」


私の反撃の言葉に津田は言葉を失い、暫くしてから「そいつは、今?」と訊いてきた。
視線を合わせないよう逸らしながら言う。
「もう此処には居ないよ」と。


その言葉で察したのだろう、津田は何も言わなかった。


「ね、解ったでしょう……? っもう、私に関わらないで!」


津田の腕から逃れ、走り出す。
何かを叫んだ声が聞こえたが、そのまま歩みを止めず走り続けた。
津田はただそれだけで私を追いかけては来なかった。




382: 名前:浅葱☆03/21(月) 19:53:15

遠くで聞こえる。
声がする。
闇の中で誰かが私を呼んでいる。


『憂』


闇の先で見慣れた笑顔。
もう懐かしい、貴方。


『憂』


ピピピピピピピピッ


私を呼ぶ声を掻き消すように機械的なアラーム音が止むことなく鳴り続ける。
薄ら目を開き、真横に置いてある時計のスイッチを押した。
アラーム音がピタリと止む。


顔と髪と枕が濡れている。
確認するとそれは涙だった。


「はは、寝てる時も泣いてるの? 私。……馬鹿みたい」


そう呟き、止まぬ涙を半袖の袖口で拭き取った。
部屋に立てかけてある鏡を覗き込み、頬を抓った。
気合いを入れるため顔をぱんっと両の手で叩く。
自分で叩いた所為なのだがヒリヒリして地味に痛い。


「うん、頑張ろ」


そう言って制服を身に纏い、一階へ続く階段を下って行った。




387: 名前:浅葱☆03/23(水) 20:03:24

「うーいっ」


登校中、直ぐ耳元で名を呼ばれ、肩をぽんっと叩かれた。


「朋榎、お早う」


肩を並べ学校への緩やかな上り坂を一歩一歩踏み出す。
夏の登校は汗を掻くから厭になる。
ワイシャツを掴み、パタパタとはためかせた。
服の中を風が通り、少しだけ涼しくなる――が、いつまでも続きはしなかった。


「そーいえば今日から千昭君、来るんでしょ?」


突然発せられた言葉に思わず歩みを止めてしまいそうになった。
「大丈夫?」と朋榎が顔を覗き込む。
一瞬、固まった表情を笑顔に直し、「全然大丈夫だよ」と嘘を吐いた。


全然、大丈夫なんかじゃないのに。
今も貴方に会いたいとこんなにも心が叫んでいるのに。
離れたくないと、別れたくないと。


私はどれだけ嘘を吐くのだろう。
何時まで吐き通せばいいのだろう。


モヤモヤした心がはっきりしてくれないから。
私はこんなに迷っているのだ。






388: 名前:浅葱☆03/23(水) 20:24:12

移動教室の途中、津田の教室を横切ると「千昭くーんっ!」と言うどっから出してんだってくらいの女子たちの甲高い声。
成程、津田のファンか。
ちらりと横目で見てみると津田の机と思われるところに女子たちの人だかり。
うわ、凄い。
あれじゃ津田疲れちゃうだろうなぁ……。


そう考えてハッと我に返る。
もう津田のことは忘れるんでしょ!


「朋榎、行こっ」


そう言い、朋榎の腕を強引に引っ張る。
朋榎が津田の教室の方を見ながら「え、でも」と渋るのも無視し、腕を強く引いた。


もうこれ以上そっちを見たくなかったし、何より津田に気付かれたくなかった。


「憂ちゃん」


正面から聞こえる声。
顔を上げるとそこに津田先生が立っていた。
――相変わらずの営業スマイルを振り撒きながら。


「……その顔、止めてくれませんか」


少し冷めた声でそう言うと、「ちぇ、つまんないの」といつもの津田先生に戻った。


「千昭と話した? あいつ今日から来てんの知ってるよね?」
「あ……えと」


言葉に詰まる。
どうしよう、なんて言えばいいのだろう。
正直に言ってしまおうか。


「わ、私。津田とは別れ……「直昭先生! 私たち次移動なんでそろそろ行かないと!」


……カキケサレタ。
先程と逆で今度は私が朋榎に腕を引っ張られる。
津田先生は「あ、そーなの? 御免ね」と再び笑顔を振り撒き始めた。






389: 名前:浅葱☆03/23(水) 20:44:27

「ちょっと、朋榎。音楽室なんて直ぐそこじゃん。全然間に合うのになんで……」


釈然とせずそう言うと朋榎は私の少し先で立ち止まり、振り向いた。
人差し指を一本立てて、「いーい? 憂」と子どもを諭すような声で言う。


「直昭先生には別れたってこと未だ言っちゃ駄目だよ。後それ以外の人にも!」
「な、なんで」


私が未だ釈然としない顔でそう問うと、朋榎は大袈裟にはぁと溜息を吐いた。


「あのねぇ、直昭先生はどんな思いであんたのこと諦めたと思ってんの?」




津田先生とのことを、迷いながらも私は朋榎に全てを打ち明けた。
話を聞き終えた後、朋榎はただ一言、


「憂は津田家の男に好かれる遺伝子でも持ってんのかねぇ」


と目を細めて羨むように言った。
だけど卑屈にはならず、
白い歯を見せて「憂がそれで良いって決めたんなら、それでいんじゃない?」と笑いながら言ってくれた。




「う……。そ、だけど、でも」
「直昭先生の気持ち、もう一度考えてみなね。……それに。記憶喪失って言っても記憶が消えてるわけじゃないんだからさ。千昭君の記憶も突然戻るかもしんないし」


――津田の記憶が戻ったら。
私たちはまたいつかのように元通りになれるのだろうか?
仮に元通りになったとしても、またいつ津田をあんな風に事故に遭わせてしまうか分からない。
だったら。


「津田の記憶が戻っても、もう、元に戻ることはないよ」


私たちの失った関係も、ただ津田だけを想っていたあの頃の気持ちも。




392: 名前:浅葱☆03/24(木) 18:56:35

六限目の授業を終え、私は津田に会わないよう、急いで学校を出た。
早く家に帰るのもなんとなく厭で、街へと繰り出す。


人混み。
笑い声。
何処からか聴こえてくる音楽。
あ、この曲知ってる。
朋榎が良いって言ってた曲だ。


〈強がりの涙? 素直って何?〉


聴こえてきた歌詞にドキッとした。
思わず歩みを止める。
女性の綺麗な、澄みきった声が街に響いていた。


〈「I will never leave you alone.」…そう言ってくれたのに〉


“I will never leave you alone.”?
どういう意味だろ。


携帯を開き、検索。
英文の訳は割と直ぐにヒットした。


I will never leave you alone.
……絶対君を独りにしない。


『俺、絶対、何があっても。憂を独りにしねぇから。憂が何て言っても』


……止めて。


『俺、あんたを独りにしちゃいけない気がすんだよ』


止めて。


携帯に目を映す。


『I will never leave you alone. 絶対君を独りにしない。』


止めて!






393: 名前:浅葱☆03/24(木) 19:25:57

電源ボタンを長押しする。
画面がぷつっと一瞬にして暗くなった。


〈明日を嘆いて今を生きる? 昨日を悔んで今を生きる? どれが正しくてどれが間違いなの〉


厭!!


地面を蹴って走り出した。
ただ闇雲に、無我夢中で。


涙が拭いても拭いても溢れてくる。


「はぁっ、はぁっ」


どれほど走ったのだろう。
知らない土地。
私の胸を占める感情。
不安なんかじゃない。
寂しい、哀しい、……会いたい。


津田、会いたい。


「ふぇ、……っく」


嗚咽を堪えようとしても無駄だった。
津田への溢れる想いが、涙となって表れる。
もう無理だった。
強がって気を張っていないと、津田を求めてしまう。
こんな風に何処か知らない場所で独りで居ても、津田は何時だって私を探して見つけてくれた。
私は津田に甘えてしまう。


これからは独りなのだ。
独りで生きて行くのだ。
……独りで、生きて行かなければ。


涙を止め、前を見据える。
津田が居なくても大丈夫なように、私は強くならなければ。


背筋を伸ばして歩き出した。




396: 名前:浅葱☆03/25(金) 19:45:12

翌日。


結局、昨日帰宅した時間は夜遅くだった。
へとへとになりながらそのまま寝てしまった所為で、普段入らない朝風呂に入ったり、皺くちゃになった制服を綺麗にしたりと大変だった。


教室の自分の席に座り、本を開く。
紙の栞を抜き読み始めようとしたところガラッと勢い良く扉が開き朋榎が教室に入ってきた。


「憂っおっはよー」
「朋榎。テンション高いね」


はは、と笑う。
真逆のテンションの私の背中を朋榎はバンッと強く叩いた。
痛い。


「あ、そーだ。憂にこれ貸してあげる」


素知らぬ振りをして私に一つのCDを差し出した。
涙目で睨みながらそれを受け取る。


「MINT? ……誰?」
「えーっ憂知らないの!?」


有り得ない、といった顔の朋榎。
最近の若者に大人気らしく、結構有名なんだそうな。
悪いが全く存じない。
私は若者、ではないのだろうか……。


「貸してあげるよ。超良い曲だからっ」


「ふぅん」と首を傾げジャケットを見る。
髪を靡かせ斜め前を真っ直ぐな瞳で見つめている女性が瞳に映る。
綺麗な人……この人が、MINT。


「“leave”? 変な曲名」


独りごちるようにそう呟き、CDを鞄へと収めた。




402: 名前:浅葱☆03/26(土) 20:06:02

キーンコーンカーンコーン


授業終了の予鈴が鳴り響く。
今日は金曜日。
一週間の最後のため、クラスメートたちは皆一週間の終わりを喜び、顔を綻ばせていた。
勿論、目の前の朋榎も、だ。


「憂、今日どっか寄ってかない?」


語尾に音符でも付きそうな声。
まぁ、朋榎の気持ちも分からなくはない……が。


「部活、ないの?」
「うん。今日は顧問が出張だから」
「……譲君は?」
「今、喧嘩中」


そうだった。
地雷を踏んでしまった。


「もう、いいじゃん! 行こうよ」


強引に私の腕を引く。
私は渋々朋榎に付き合った。
昨日と同じく街に出て、服を見たりクレープを食べたり。
こんな風に思いっきり遊ぶのは凄く久し振りな気がした。




「ただいまー」


昨晩よりは大分早い帰宅。
両親はどうやらそれが嬉しかったようで、とてもにこやかな顔で「おかえり」と言って来た。
靴を脱ぎ、階段を上がって部屋へ向かう。
荷物を置いて、ベッドに倒れ込んだ。


「はぁ……」


なんか、疲れた。
昨日家に着くまで散々歩き回ったというのもあるけど、精神的に疲れた。
虚勢を張って生きること。
こんなに疲れるものだと思わなかった――……。






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最終更新:2011年07月15日 15:26
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