leave 続き16

441: 名前:浅葱☆04/20(水) 22:19:49

Electric Horseman




「津田っクレープ食べようよ!」


クリスマス。目の前でハイテンションではしゃぐ女。俺の彼女、三島憂。

出会った当初は何度も名字ではなく名前で呼ばせようと試みたが、一向に直らないこいつの呼び名に疲れ果て(呆れ果て)、今では名字で定着してしまっている。

方向音痴だし、馬鹿だし、意外と泣き虫だし。昔の俺だったらまず間違いなく面倒臭いと遠ざけ、絶対に関わらない女だ。
でも、今こうして傍に居る。俺がどうしようもなく惚れてしまっているからだ。


――そんなこいつと初めて会ったのは、実は中学生の時だったりする。




中学校三年生の俺は優奈と別れてから兎に角己を投げ捨て、気のすむまで遊び歩いていた。憂に会ったのは、丁度そんな時期。

顔なんて憶えてねぇけど連絡先だけは何故か携帯のメモリに入っていた女から“会いたい”のメール。どうせヤるしかすることなんかないわけだし、暇な休日、付き合ってやろうと思って俺は家を出た。

そして待ち合わせの場所へと歩みを進める途中で、変な女に遭遇した。明らかに迷子になった様子の女。


――それが、憂だった。


面倒臭そうだったし、黙って通り過ぎようと決め、足を速める。案の定女は泣きそうな顔で、震える声で、俺を呼び止めた。


「……あの」


畜生。そう思いながら、出来るだけ笑顔を保ち女の方を振り向いた。無言で女を見つめる俺。怯えた表情の女。


「あの、道、に、迷ってしまって、それで、あの」


途切れ途切れに言う女。早くしてくれ。待ち合わせの時間が迫っているというのに。


「何処に行きたいの?」


自分が発したその声は、イラついていた所為で強めの声になってしまった。女はますます怯える。


「あの、駅? の方、へ」


駅。これから俺が向かう処じゃないか。正直未だ面倒くさいという気持ちはあったが、仕方ない。


「……俺も、そっちに行く予定だったから、良いよ。ついてきて」


俺が先程よりも優しい声でそう言うと女の怯えた表情が柔らかくなった。


「有難う御座いますっ」


満面の笑みを浮かべ、そう言う女。――何だ、コイツ。ころころ表情が変わる。おもしれぇ奴。


「あんた、名前は?」


いつの間にかそう訊いている俺がいて、驚いた。女は今度は驚いた顔をして此方を見る。


「あ、えと、三島憂、です。あの優しいっていう字の右側の字で、憂」


憂。


何故だろう。初対面の女、まして道案内するだけなのに、どうしてこんなに気になるのだろう。どうして名前など聞いてしまったのだろう。


「あの、じゃあ、貴方は……?」


恐る恐るそう訊いてくる憂。そうか、訊いたんだもんな、俺も答えなきゃいけないのか。


「津田、千昭。千に……うーんと」


掌で昭の字を書く。


「こういう字。で、千昭」


すると憂は何度も頷きながら千昭さんと呟いていた。


「……んじゃあ、行こっか」




憂は優しい奴だった。

困っている人がいたら何の躊躇いもなく手を差し伸べる。
嘘の笑顔を振り撒いたりなどしない。俺の周りには居なかった、“本当”の笑顔。まして話している最中もころころ表情が変わるもんだから、不覚にも可愛い、と思ってしまった。

困っている人がいると放っておけない。俺が言う冗談を真に受け、簡単に騙されて。

真面目で、素直で、優しい。それが憂の第一印象だった。こんな女初めてだ、と思った。たった数時間しか一緒に居ないのに、俺は憂に無意識に惹かれていた。


「もう直ぐ、駅だよ」
「え、本当ですか?」


そう言えば人通りが増えてきましたね、暢気にそう言う憂。

こいつは、この後俺と離れても平気なのか。いや、たった数時間共に過ごしただけでこんな感情を抱いている俺の方がおかしいのか。……だけど、だけど。


離れたくない。


ただ純粋にそう思った。


「あんたは俺から離れて行っちゃうの?」


呟くような声が俺の口から飛び出した。正直、驚いた。
こんなことを軽く言ってしまえる自分に。
こんなことを初対面の女に告げた自分に。


「え……」


案の定、憂は目を見開き、僅かに頬を赤く染めながら此方を見た。


「千昭、さん?」


憂がそうやって俺の名を呼ぶ頃には、俺は憂を抱き締めていた。――ただ、空しくて。果てない虚無感に苛まれて。無我夢中、で。


「御免、訳分かんねぇよな。俺も訳分かんねぇ」


心臓がバクバク鳴ってるのが、自分でも分かった。それでも離したくなかった。腕の中のこいつを。どうしてこんな気持ちになるんだ、馬鹿野郎。


「千昭、さん」


再び憂が俺の名を呼ぶ。離してくれ、とでも言うのだろうか。思わず顔が引き攣る。


「――寂しい、んですね」


予期していなかった言葉に俺は目を丸くし、高鳴っていた心臓の音は一瞬にして鳴り止んだ。憂を抱き締める力を弱める。


「泣きたいけど、泣けないんですね」


たったそれだけの言葉だった。だけど、その言葉は雪が水になってやがて溶け消えて行くように、俺の冷たくなった心を溶かしていった。どうしようもなく、嬉しくて。

俺は初対面の余り良く知らない女に励まされた。

きっといつもの俺なら“馬鹿馬鹿しい”とでも吐き捨てて、女を罵り、詰ったことだろう。――でも、こいつは違った。
こいつはどうしようもなく純粋で、優しくて。だから俺はこんなにもこいつの言葉を信じたいと思ってるんだ。

呪縛から逃れたいと。




443: 名前:浅葱☆04/20(水) 22:45:03

「あり、がとう」


別れ際、俺はその言葉しか伝えられなかった。もっと言いたいことがあったのに、もっと言わなければいけないことがあったのに、ただ、その言葉しか。だけど憂は特に気にも留めず、笑って、言った。


「千昭さんは、これから先も、きっと、大丈夫だと思います!」


その言葉だけを残し、彼女は去って行った。きっともう、会うことはない。だけど彼女と過ごした短い時間は俺の心に強烈な何かを残して行った。

出来ることならまた会いたいと、心の底から祈るほどの。




そして一年後。

俺たちは再会を果たした。最悪な形で。


適当に近場の高校に入学したものの、退屈な日々。入学してからそんなに月日も経っていないというのに、手当たり次第に女を捕まえ、カラダを重ねる毎日。

そして今、俺の目の前で喘ぎ声を上げる女。五月蝿い。さっさと行為を終わらせようと溜息を吐きつつ腰の動きを速める。女はどうやらもうイきそうな様子だ。そして女が一際大きな喘ぎ声を上げ、絶頂に達しようとした瞬間。


「おいそっちじゃねぇだろ!?」
「あれーそうだっけ? やべ、間違えた」


男の声。此処は人があまり来ない場所だ。だがこの行為を見られてしまうとそれはそれで面倒なことになる。声のした廊下を咄嗟に見ると――。

頬を赤らめ、怯えた表情の女がそこに立っていた。目が合う。そしてはっきりと気付いた。


憂、だった。


俺が驚いている間に憂はいつの間にか何処かへ消えてしまい、追いかけることも、声を掛けることも出来なかった。憂、同じ学校だったのか。驚きと同時に嬉しさが込み上げてくる。また会えて、良かった。

教室へ戻り文弥に憂のことを尋ねる。


「あー、隣のクラスにそんな名前の女がいたよーな気が」


隣のクラス。同い年。憂、こんなに近くに居たのか。




憂のことが気になって気になって、俺は放課後憂のクラスを覗いてみた。もう帰っているだろうか。そう思ったが、俺の読みは外れた。憂は教室に一人きりで、帰り支度を始めていた。

神なんか普段は絶対に信じないが、こればかりは神様がくれたチャンスだと思った。


「三島さん?」


いつの間にか憂に話しかけている俺がいた。憂は眩しそうに目を細める。どうやら夕陽の所為で顔が見えないようだった。


「……誰、ですか?」


未だ眩しいのだろうか。それとも俺のことなどもう憶えていないのだろうか。どちらとも取れる言葉に俺は気持ちを抑え笑った。


「誰なんて酷いなぁ」


徐々に近寄って行く。憂の久し振りに見る顔に懐かしさを覚える。


「憶えてない?」


――どうか、憶えていますように。俺のことを。たった数時間しか一緒に居なかったけど、……どうか。

祈るように告げた言葉に、憂は僅かに頭を傾げた。“何処かで見たような”?そんな顔。何故かからかいたいような衝動に駆られ、朝の出来事を引き合いに出した。


「全く、三島さんは人のセックスを見る趣味はあるのに、人の顔は憶えられないんだね」


そう言うと憂は大きく目を見開き、驚きを露わにした。それは“思い出した”ということを見事に表した表情だった。


「あ、あ、あんた……朝の……っ!!」


“朝の”その言葉で、憂はもうあの時のことなど憶えていないのだと瞬時に悟った。分かってはいたが、正直堪えた。つーか“あんた”呼ばわりかよ。あの頃の敬語は何処に行った。

出来るだけ憂に悟られぬよう、表情を崩さずに会話を続けた。


「漸く思い出した?」


笑って言うと、憂はまた僅かに首を傾げ、俺にトドメを刺す言葉を口にした。


「ってか、誰?」


胸の奥が、チクリと痛んだ。


「なんで私の名前……」


そうか、本当にもうお前の中に俺の存在は無いんだな。数年前より幾分か成長し、綺麗になった憂を見据え、己の名を告げた。


「俺、隣のクラスの津田千昭」


明るい声を意識したつもりだったのに、空しい声が教室に響いた。どうやら憂は気付かなかったようだが。




そして憂と話しているうちにだんだんと虚しさが薄れ、俺はある決意をした。

こいつをもう二度と離さない。縛り付けてでも、嫌われても、泣かれても、罵られても。

俺はいつの間にか自分の唇を憂の唇に押し付け、強引にキスをしていた。憂が厭がり、口を開くと今度は舌を入れ、更に深いキスへと憂を追い詰めた。弱い力で抵抗しているのが分かった。

唇を離してやると、憂は目を潤ませ、今にも泣きそうだった。これがファーストキスだったのだろうか。それさえも聞けず、ただ流れに身を任せるしかなかった。

もう後には引けない。


「……ねぇ、彼女なってよ」


殆ど無意識に、そう告げている自分がいた。口をあんぐりと開け、“何言ってんの?”みたいな表情。そんな顔も可愛いと思った。

当たり前の如く抵抗の言葉を述べる憂。その数々の言葉から“彼氏”の言葉は出て来なかった。

彼氏はいないんだ。ホッとする自分。俺はこんなに憂に固執していたのかと驚く。

教室を出、緩みそうになる顔を必死で抑え込む。


――憂、もう、離さない。




「……だ、津田、津田?」


大分旅立っていたらしい。憂が不安そうな目で此方を見る。


「あ、ああ、何?」
「何? じゃないよ! クレープ食べようよーお腹減ったっ」


ぐうぐうと空腹を告げるお腹に手を当て、顔を赤らめる。可愛いな……。


「いいよ」


笑顔を向けると憂も途端に顔が明るくなる。単純、馬鹿。でも好きだ。




憂はもう知らない、俺の、秘めたる想い。
何れ俺自身も忘れてしまう想い出だとしても。




Fin.



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最終更新:2011年07月15日 15:44
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