有色人種。番外編

307: 名前:みるみる☆04/11(日) 15:11:23

どろり、溶ける君の声。


大きな洗濯機が並ぶ室内は、陽炎になっている外の様子よりもずっとずっと暑い。
『ふんわり乾燥まであと15分です』と機械が知らせてくれた。

「…… どうしてこんな事になっているんでしょう」

2人しかいない室内に、思ったよりも自分の声が響いた。
吐息とも溜息とも取れるものが、目の前にいる、彼の飴色の髪を震わせる。
斜陽に照らされたそれは、きらきらと反射した。

「……どうしてかな」

「とぼけないでください」

このコインランドリーには2つしか椅子がない。
最初はおとなしく1人一つずつ椅子に座って、シーツが洗い上がるのを待っていたのに、「大人のキスを教えてやるよ」とか変なことを彼が口走って、なぜか今に至る。

「もう、最悪です」

「だったら降りればいい」

そう。今私は彼が座っている、その大腿部に座っている(というか座らされている)ので、私がここから降りれば、それだけで事は終わるのだ。
それなのに。

「恥ずかしくて嫌なのに、気持ち良くて逃げられない、でしょ?」

「……言葉で責めるのが好きなんですか?」

にやりと彼が笑う。
汗が気持ち悪い。
べっとり張り付く肌着が気持ち悪い。

不意に、この体勢のまま、横にあるもう一つの椅子に倒れ込む。
クッションも何もない木の椅子なので、割と痛かった。
恨めしげな顔で彼を見ると、「何?」と笑顔で答えられる。

「あなたって本当に、一人称は『僕』なのに、完全に俺様キャラです……」



309: 名前:みるみる☆04/13(火) 00:09:42
「今夜は、お客さんを呼んでいるじゃないですか」

だからこんなに大量のシーツを洗いに来たのに。
全く彼は向こう見ずというか考えなしというか、「こんなこと」をして、シャワーも浴びずにどうやって家まで帰るというのだろう。

「うん、家帰ったら、今日はできないから」

「……若いですねぇ」

「お前もだろ」

彼が少し疲れたような苦笑を漏らす。
吐息が耳朶にかかって、ぞくりと背筋が震えた。

あと10分。

乾燥機から出る熱気も手伝って、この部屋の中は異様な暑さだ。
2人が体を密着させていれば、それだけで脱水症状になってしまいそうなくらいに。
私だけでなく彼も、頬に一筋亜麻色の髪が張り付いて、瞳も熱にうなされているように少し潤んで見える。
このまま溶けてしまいそうだと思った。


310: 名前:みるみる☆04/16(金) 21:53:41
吸い込む空気ですら喉をむっと温めていく。
私の意識でさえも蕩け始めたのか、視界がぼんやりとはっきりせず、夕日に染まる天井をぼんやりと眺めていた。

機械はシーツを乾燥し終えたようで、陽気な電子音が部屋に響いた。

「時間切れですよ」

彼は名残惜しそうにゆっくりと起き上がり、ふわふわになったシーツを引っ張り出し始めた。

私も起き上がって、外の様子を眺める。
すっかり夕暮れ色になってはいるが、そとは建物や道路の発する熱でまだまだ暑そうだ。

「どこ見てるの?」

すかさず彼が尋ねる。
まるでこちらを見ろと言わんばかりに。
この人は私の視界を独り占めするつもりなのだろうか。

「ちょっと思い出していました」

「何を?」

「碧ちゃんのことです」

その言葉を口にした瞬間、なにか胸にふわりと風が吹いたような気がして、自然と笑みがこぼれた。
「なんだか久しぶりに聞く名前だね」と、彼も少し懐かしげに答える。


312: 名前:みるみる☆04/23(金) 00:18:22
311高坂 陽様
お久しぶりです! すみません、凄く「あれ、終わり?」みたいな終わり方で……これが私の今の全てです←
深くできませんでした;
でも楽しんで貰えたのなら私も嬉しいですv
本当にいつも丁寧なコメントを頂いて感激しておりました……。
ありがとうございます! これからもちまちま頑張りますw


彼に渡されたシーツを両手に抱えて、私達は夕暮れの町に出た。
髪が、まだ少し熱を持った風にふわりと揺れる。
そう、あの分厚いコートは着ていない。フードももう被らない。
2人で並んで、表の通りをゆっくり歩く。

碧ちゃんのおかげだなぁ、としみじみ思う。
あの不思議な、緑の髪の少女が居なくなってから、少しずつ私の周りは変わってきている。

琥珀くんは牢には入らなかった。
政府が差別によって起こった事件であって、琥珀くんも被害者だと判決を下した。
よって、無罪放免。
だからこうやって、2人で洗濯なんかしている。

あんな大勢の前で大きな事件が起こったのだから、お偉いさんも無かったことにはしておけなかったのだろう、「colored」への差別を禁止する、とした。

もちろん、そんなものを文章にしても、すぐに効果は現れない。
それでも、少しずつ変わっている。
世界は変わっている。


313: 名前:みるみる☆04/24(土) 17:23:09
「また会いたいよね」

急に隣の琥珀くんに言われたので、心を見透かされたような気がした。

「また思い出してたんでしょ? 碧ちゃんのこと」

何で気付かれたんだろう、と疑問に思いながら、私はこくりと頷く。
会いたい。もう一度だけでもいいから。
思い起こしてみれば、碧ちゃんが「この世界」にいた時間は1週間にも満たない。
毎日色々なことが起こりすぎて、だから長く感じたのかもしれない。
その所為か、私の心には急にぽっかりと穴が開いてしまったようだ。以前ほどの虚無感はないにせよ、開いた穴はなかなか塞がってくれない。

今でも鮮明に思い出す、最後の瞬間。
緑の髪が風に吹き上げられていた。
手を伸ばしたけれど届かない。もっと身を乗り出して、地球に引っ張られるその体を引き留めようとした。
何をしているのか自分でも分からない、ただ何か叫んでいた。
思い切り上半身が柵の外に乗り出した、そのとき。

緑の彼女は何か呟いて、笑った。

そして、その翡翠のような瞳がゆっくりと閉じられた。
全ての時間が止まったような気がした。
感覚という感覚が一切消え失せて、ただ視覚だけは研ぎ澄まされたように、鮮やかな緑を捉えていた。
普段の私なら、これから起こることを恐れて目を覆っていただろうに、そのときは何故か目が離せなかった。
地面に付く直前、彼女は消えた。


314: 名前:みるみる☆04/30(金) 00:37:05
ざわめく下の人たちとは正反対に、時計塔の4人は、固まったように碧ちゃんが落ちたはずの地面を見つめていた。
驚きで声すら出なかったのかもしれない。
或いは、私と同じように、「碧ちゃんならそんなこともあり得る」と心のどこかで納得していたのかもしれない。
ひび割れた鐘の音が、今までの出来事が嘘ではないことを証明していた。

「お別れの挨拶もしてないです」

少し怒ったように言ったつもりが、笑いを含んだ響きになる。
何故だか、悲しい気分にはならない。
あの人なら、明日にでも空からまた降ってきそうな気がするからだろうか。

いつの間にか家の近くまで来ている。

「あ、もう来てるし」

琥珀くんがそう言って、歩調を早める。
家の玄関の前に、琥珀くんと、それから私の友人達が居る。
勿論髪の毛は茶色。
最初は私も気後れしたけれど、みんな私の髪を好奇の目で見たりしない。
ただの、友達。

急に、背後から髪の毛をぐしゃぐしゃにされた。

「よお」

振り向かずとも声の主は分かる。
かつかつとヒールの音が響いているから。
その後ろにもう1人いることも。

そう、私達の新しい友達の、そのまた新しい友達は、赤かったり青かったりするのだ。


315: 名前:みるみる☆05/08(土) 19:49:45

折角シーツまできちんと敷いていたのに、みんなはトランプやワインの瓶が散らかっている床に寝転がって、そのまますうすう寝息を立てている。

私はみんなを起こさないように、できるだけ音を立てずに食器を片付けた。

「もう明日で良いんじゃない?」

後ろで眠たそうな琥珀くんが呼ぶ。

「あと少しで終わりますから。先に寝ていても良いんですよ?」


317: 名前:みるみる☆05/09(日) 23:18:14
316華奈LOVE♪様
あげありがとうございます!


後ろに目があるわけではないので、琥珀くんの表情は窺えない。でも、気配だけで明らかに私の言葉に気分を悪くしたのが分かる。
私の手だけがせわしなく動いて、広い空間にかちゃかちゃと音を立てている。

「なんか、さ」

気まずい沈黙をそろりと抜け出したように、琥珀くんが呟いた。

「……どうしたらいいんだろう、母さんのこと」

言葉の途中で話を変えたような響きだったが、とっさに変えた話題にしては重すぎる。
私は止めどなく水の流れる蛇口をひねって止めて、手を濡らす雫を振り落とした。


318: 名前:みるみる☆05/09(日) 23:49:32
振り返ると、彼は思っていたよりもずっと悲愴な表情で、ソファーに座っていた。

「自分がやったことで責任が取れないなんて、想像も付かなかった。無罪って聞いた時に、ほっとする反面、ああこれでいいのかなって思ったんだ。罪が無いわけない。僕は取り返しの付かないことをした」

「刑務所入りしなくて拍子抜けした、ですか?」

「違う、そんなんじゃ――」

「償えませんよ。あなたはそうやって、一生後悔してれば良いんです」

絶望したように、茶色い瞳が翳った。
これでいい。何かの罰を持って償おうなんて、そんな甘ったれた常識は捨ててしまえばいい。

琥珀くんはなにか言いたげにこちらを向く。
私は黙って、その言葉がこぼれ落ちるのを待つ。
やがて、薄い唇が開かれた。

「……小町って」

「何ですか?」

「ちゃんと、僕のこと好きなのかなって」

私の決して強くはない心に、大きな杭が打たれたような気がした。
そんなことを疑っているの?
甘いだけが恋ではないのに。
嫌いになるわけ、無いのに。

「今日も、ずっと冷たい。いつも、僕からしか――」

「ごちゃごちゃ言わないでください」

いつの間にか、私は彼の頬を両手で捉えていた。
泣きそうだから、酷い表情をしているかもしれない。
そして、乱暴に口づけをする。

「っ痛……」

歯と歯がぶつかり合って、一度琥珀くんが逃げようとする。
その頭を掴んで、引き戻す。

私がまだキスが下手なのは知っている癖に、どうしてそんな我が儘を言うの?

舌も、唇も、傷ついていく。

口いっぱいに、甘くて苦い鉄の味が広がる。
どちらの血かなんて、もう分からない。

いつの間にか流れ落ちた涙を、私より一回り大きい手が拭ってくれたのが分かった。

                       番外編おしまい


319: 名前:みるみる☆05/09(日) 23:53:07
番外編までお付き合いいただき、ありがとうございました``*

短編集を短編板でやっていこうと思います。
スレ名は予定通り「こんせんとらぶ」です。
また半分現実みたいな中途半端ファンタジーになる予感……;
それでは、本当にありがとうございました!

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最終更新:2010年05月10日 19:38
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