廊下は止まれない

1: 名前:都粒☆2012/01/16(月) 19:16:02


 ――廊下。
ひんやりしていて、体育の後に座り込むと、涼しい空気と冷たい地面に癒される。
隅っこには埃くらいしかないけど、私はその場所が好きだった。



3: 名前:都粒☆2012/01/17(火) 16:52:42
1.


 上履きのかかとを踏んで、ぺたんぺたん音を鳴らしながら階段を下りると、2、3メートル先の廊下に、壁に寄りかかりながら寝ている男の子を見つけた。
その男の子は膝を立てて部活用の大きなスポーツバックを抱え込んでいる。
鞄に頭を預け、こちら側に顔を向けているから寝ている事がすぐにわかった。
その姿はまるでお気に入りのぬいぐるみを抱いて寝る小さい子供のようだった。
廊下は夏らしくなくひんやりとしていて気持ちいい。
風も余ることなく、また足りなくもなく、一本の道を気取って通り抜ける。
時々ポロシャツの中に入り込んできたりする。
私のお腹がちらっと見えた。
そんな些細なこと、普通なら気にしない。
5センチ足らずの肌色を外に露出したからって動じる可愛らしい女ではないのだ。
しかし、この時はとっさに手が出た。
ポロシャツの端をひっぱって伸ばし、スカートとの隙間を埋める。
その行動をとったことで何か恥じらいが生まれたのか、次第に顔が熱くなっていくのがわかった。
湿り気の無い空間にじんわりと額に水滴ができる。
私は鞄からハンドタオルをとり出し、それを拭った。
男の子はまだ寝ている。
確認するとほっとした。
その男の子は、誰にも起こされることなく、ただその行動を一生懸命に続けているように見えた。
何の目的もなく、ただただ廊下で寝るだけ。
誰にだってできそうな行動かもしれない。
しかし、この廊下でぽつんとひとり座り込み、愛らしく寝ることなんて、きっと私にはできないだろうなぁ。
そう思うと、何だかその光景を見てわけもなく嬉しくなってきた。
「奏」
下駄箱で待ちくたびれたといわん顔で恋人が待っている。
「帰っていいって言ったのに」
「だって、一緒に帰りたいんだもん」
しかも、こんな言葉までかけてくれる。
私は幸せものだ。
廊下にはまだ寝ている男の子の姿があった。
少しだけ気になったが、目の前にいる好きな人のもとへと行く方がいいと思い、私は後ろ髪を少し引っ張られながらも、靴を履き替え昇降口を出た。

4: 名前:都粒☆2012/01/17(火) 17:05:08
2.


 廊下の窓を開ける。
すると風がよそよそしく入り込んできた。
わた埃が移動する。
お菓子の袋が移動する。
朝市の廊下はいつも汚かった。
私は廊下にいることは好きだが、汚いからって自分できれいにしようとは思わない。
そんなことは暇すぎて毎日校内を散歩するだけしかない校長がやってくれる。
ひとつひとつゴミを拾い、箒とちり取りを片手に持ちながらさっさと掃除をしていく。
楽しそうではないものの、その動作は単純かつ日常的だった。
やって当たり前、やらなきゃいけないこと。
これもこの人の生きがいなんじゃないかと思う。
それをいち生徒の私が邪魔をしてはいけない。
廊下をきれいにするよりも、勉強をしてあげた方が校長は喜ぶだろうなと思う。
まぁ、勝手に解釈しているだけなんだけど。
でも校長は楽しそうにも見えた。
校長がきれいになった廊下を眺め、小さく頷いたからだ。
廊下で寝る人もいるくらいだから、やっぱりきれいにしていてもらった方がいい。
感謝の気持ちは持っていてあげよう。
私はきれいになったのを見計らってゆっくりと腰を下ろした。
できる限り足を伸ばし、壁に寄りかかる。
静かに目をつぶれば、この間寝ていた男の子の気持ちがわかるような気がした。
足に伝わる廊下の冷たさ、壁伝いに響く人の会話、鼻を軽く蹴飛ばす涼しい風。
固くて居心地悪いのもまた病みつきにさせる要素だった。
「パンツ見えるよ」
目を開けると、目の前に痩せた女の子が立っていた。
手を差し伸べ私を見下ろしているのはクラスメートの槙だった。
「見せてるのよ。でも残念ながら見る人はひとりもいないけど」
「奏は変態だね」
いつものやり取りなのに、槙とやると楽しくて仕方がない。
静まりかけたテンションがまたくすぶり始めた。
槙の手をとり、よっこいしょ、と年寄り臭く立ち上がると、槙はババ臭、とまた笑ってくれた。
「先生もうすぐくるよ」
「ん、教室いこ」
スカートを軽くはらう。
そして校長がきれいにしてくれた廊下を名残惜しく思いながら後にした。

5: 名前:(-∀・*都粒*・∀-)☆2012/01/17(火) 17:18:42
3.


 私の席はもちろん廊下側の一番後ろ。
誰にも邪魔をされずに廊下を眺めることができる特等席だ。
埃が舞う瞬間とか、ひたひたと誰かの足音を響かせる時とか、誰も気にしないようなことを喜びと思える私はすごいと思う。
教室に行っても私は廊下にいる気分だった。
「これから美術だよ。移動移動」
いつの間に席に来たのか、美術道具を抱えてはしゃぐ槙が私の腕を引っ張っていた。
槙は絵がめちゃくちゃ上手い。
前に色んなコンテストで賞をもらった経験があると自慢げに話していた。
槙にとって絵は槙自身だと熱弁されたこともある。
「今日は説明なしですぐに絵に取り掛かるんだって」
そんな話をいつしてたんだろうと思いながら、鉛筆やら絵の具やらを大きめの袋に入れていった。
入れ方が乱暴、とか言いながら槙は笑って入れるのを手伝ってくれた。
「学校内で気に入った場所を描くらしいよ」
「ふーん」
「奏はどこにする?」
決まってる。
私は絶対にここを描くだろう。
校長がきれいにしてくれた廊下。
どこか親しみを感じる廊下。
あの名前の知らない男の子が寝ていた廊下。
とにかく、私は廊下を描く。
「廊下」
単発的に答える。
「廊下なんか描くの?」
「いけない?」
「ううん、別に」
槙はそういって私のカバンをとり、いそいそと美術室に向かい始めた。
私は槙の背中を見ながら、何も持たない手をぶらぶらさせて風を受けた。
少しだけ、熱を下げるための動作だ。
さっきの会話で廊下をバカにされたようで、私は内心むかっとくるものがあった。
それを下げるための意味ある動作。
あんたに廊下の価値がわかるのか、と呑み込んだものが口をついて出てこないようにするための動作。
「奏、ほら、手遊ばせてないで自分の荷物持って」
「槙が勝手に持ってったのに、理不尽だなぁ」
「いいからいいから、はい」
軽そうに見える袋は結構重かった。
びっくりしている私を槙はふっと軽く笑う。
こんなものいつまでも持っていたくないと思い、ぺたんぺたん上履きを鳴らしながら小走りで美術室へと向かった。

6: 名前:(-∀・*都粒*・∀-)☆2012/01/17(火) 20:40:26

4.


 一度私は廊下で死にかけたことがある。
特別何か悪さをしていたわけじゃなく、ただ普通に教室に向かって歩いていただけなのだ。
しかし、運悪く私は被害を受けてしまった。
ただ普通に歩いていただけなのに。
廊下を道路に例えると、人が車にも歩行者にも例えられる。
その中で私は道路交通法をきちんと守る歩行者だった。
簡単に言えば、私は交通事故に巻き込まれたのだ。
死にかけたというのは、走る人にぶつかった衝撃で、勢い余って窓に頭をぶつけてしまったせいだ。
ぶつかった人は去り際にすんません、と軽く謝っていた気がする。
しかし、事態は思いのほか深刻だった。
窓ガラスはひびが入ったところと割れたところがあり、私の頭に刺さっているのもあった。
私は頭から血を流し、ただ何が起きたかすら理解できなくて、その場にぼーっと突っ立っていた。
はたから見ればおかしな光景だっただろう。
私は平気な顔をして頭から血を流している。
私をはねた人はどこかへと走り去って姿がない。
ひき逃げだ。
周りの女子はきゃーきゃー叫んでうるさくて仕方がなかった。
泣き出してしまう人までいた。
「あのときは本当にびびったよね」
槙がその人。
「てか何であそこで槙が泣くのよ。おかしいでしょ」
私は笑いながらつっこんだ(結構ショッキングなことを今では笑い話にしてしまうとは、大概私もいい加減な奴だなと思う)。
私の問いに槙は心外そうに、だって奏が死んじゃうかもしれないと思ったんだもん、とぼそぼそと答えた。
怖いことを可愛らしく言ってくれるじゃない。
「縁起でもないこと言わないでよ」
「でも後遺症とかなくてよかったよね。本当にたくさん血出てたからさ」
「まぁね。きっと日頃の行いがいいからよ」
「ははっ、奏はラッキーガールだ」
そのあと、槙の泣いている姿を見て私の意識はどこかに飛んだ。
気がついたら病院のベッドで、これまた泣いている私の母と、泣いて謝る男の子が二人、私の傍に立っていた。
ごめんなさい、とか言われても痛いもんは痛いままだし、刈ってしまった髪は短いまま……。
そのことが流血したことよりも私を落ち込ませた(髪を伸ばしている時だったから)。
「それでも廊下嫌いにならないよね」
槙は私の思考がわからない、と口をへの字にして考え出した。
言われてみればそうだなと思いながら、嫌いにならない事が不思議と当たり前のように思えた。
「んー、嫌いになるというか、廊下での思い出が増えてますます離れられなくなったんだと思うな、うん」
「そうなの、何か変なの」
「変で結構よ」
でも確かに、あそこで私が廊下嫌いになっていたらどんな気持ちで今いるんだろう。
色んな考えを巡らせながら出もしない答えを必死に探した。
ぺたんぺたん上履きが響く。
被写体になる廊下はその音を取り込んでもまだ閑散としたまま私を待っていた。

7: 名前:(-∀・*都粒*・∀-)☆2012/01/18(水) 15:47:54
5.


 美術なんてかったるくてやってられない。
かかとを踏まないでちゃんと上履きを履くくらいかったるい。
「やっぱダメだ」
廊下を目の前にして、急にガス抜けしたみたいにさっきまでのやる気がぷしゅーっと。
立っていることすら億劫になってきた。
「何がダメなの?」
鼻歌交じりに槙が聞く。
というか、なぜ槙がいるかというと、「廊下なんか描くの?」とか言っておきながらひとりじゃ寂しいからって私についてきているのだ。
槙が私になついてから、私と一緒の行動をとらない日はない。
トイレも未だひとりで行ったことがないくらいだ。
だから、いつも私はトイレの前で待ちぼうけている(これが結構恥ずかしい)。
まぁ、甘えられるのは嫌じゃないんだけどね。
「ダメ。イメージ……ってかやる気が出ない」
「ははっ、美術のときは必ずそう言ってるよ、奏」
そうだったっけ、ととぼけ顔をして槙から視線を逸らし、廊下に腰を下ろした。
壁に寄りかかりながらずるずると座るのが密かに私のマイブームとなっている。
美術室を出て左に曲がって階段を下りて真っ直ぐ。
廊下と昇降口が1:1の比率で目に入るこのアングルが一番のお気に入り。
一方向に歪むことなくすっと伸びた道。
風が葉を揺らして、葉が音を生み出す。
それを廊下は流れ作業であたり一面に響かせる。
目を閉じれば、きっと誰もが廊下であることを忘れて寝てしまうだろう――――と思っていたら、今はそれを槙が邪魔した。
「もううるさいなぁ」
前も言ったと思うが、槙は絵がめちゃくちゃ上手い。
しかし、反対に歌はものすごく下手なのだ。
いつもなら心地よく鳴り響くヒーリングサウンドのみが私の耳に届くのに、今は槙の統一感のない鼻歌がことごとくそれを打ち砕き、1秒たりとも届かない。
こんな残酷なことはない。
これじゃ廊下にいる意味がない。
「えー、うちの学校の校歌じゃん」
「そんなのどうでもいい。とにかく私寝るから静かにね」
奏ひどい、寝ちゃうの、絵描かないの、と槙はひたすら不満を呟いていた。
静かにね、だけじゃ槙のおしゃべりは止まらないらしい。
ひとつ学んだ。
こんなことならこっそり抜け出して廊下に来ればよかった。
ああ、後悔先に立たず。
しかし、廊下の冷たさがありすぎる私の熱を奪っていき、次第に槙の小言も遠のいていった。
あの男の子もこんな気持ちのいい眠気を感じながら寝ていたんだろうな、と思ったら、そのあとすぐにすとんと意識がなくなった。

8: 名前:(-∀・*都粒*・∀-)☆2012/01/19(木) 14:37:29
6.


 いつの間にか槙はどこかに行ってしまっていた。
槙の美術道具もない。
気がつけば私はひとりぽつんと廊下に取り残されていた。
私が起きたのは美術の授業が終わる10分前くらい。
美術の時間は2時間続きだから、結構な睡眠が取れて私の頭はいくらかすっきりしていた。
だから、槙が私を起こさずに姿を消していても腹立たしいとは思わなかった。
むしろこんな廊下でひとり寝ていた自分がおかしくてたまらない。
思わず口元を歪めてにやけてしまった。
「こんなところで寝るなんて君もかなりの変人だね」
すっきりしていても起きたての脳みそは働かない。
しかも滅多に使わない脳だ。
ちゃんとものごとを考えて対処できるようになるまでには相当な時間がかかる。
何せ私の脳みそだし。
早く思考を働かせるなんて無理無理。
目の前に立って私に話しかけている人が誰かなんて、考えられない。
「顔に寝あとついてる」
槙の声じゃない。
男の人の声だ。
私の頭の上に容赦なく降り注いでる。
目線を自分の膝辺りから上に移す。
白くて大きいスポーツバッグ。
声からは想像しにくい幼顔。
この間寝ていた男の子が私の目の前でやわらかく笑顔を作っていた。
まるで仲間を見つけたみたいに、一緒の価値観をもった人間がいる喜びを前面に出していた。
「わ、若い肌はすぐに直るからいいのよ、こんなの」
「はは、そんなこと言ってるわりにめっちゃこすってるけどね、君」
やっぱり変な人だ、と男の子はくすくすと笑って、私のこすりすぎて赤くなった頬に軽く触れた。
こんなことを異性にされたのは初めてだ。
当然、ぱっと顔を逸らして頬を触る手をはらう。
「別にいいじゃん、いちいちうるさいよ」
「ああ、ごめんごめん。何か僕と結構近いものを感じるからついね、嬉しくて」
今どきの高校生――――らしくない彼は、とてもじゃないけど恥ずかしくていえないような言葉を何の躊躇も見せずに平気で口にした。
それともただ単に私が今どきの高校生を知ってないだけなのか。
しかし、私の中の彼のイメージが目の前で笑う彼と寸分の狂いもなく重なる。
この人はきっと人からストレスを感じたことのない人だろうなぁ。
人ができそうにないことを軽々とやってのける、そういうみんなが羨ましがるような素質を持った人なんだ、と思ってさっきのことは忘れてあげた。
まぁ、想像通りの変人だけど。
「てかチャイム鳴るよ。教室行かなくていいの?」
「あなたこそ」
「僕はもう今日は帰るからいいんだ」
「え、まだ午前中だよ。授業ないの?」
「いや、サボり」
変人はマイペースが多い気がする。
だから、みんなの和から外れてしまう。
そうすると必然的に変人に見えてしまうのだろう。
またひとつ学んでしまった。
「それじゃね」
少しの間もなくさよならを言う彼に、私はちょっと、と言って呼び止めた。
しかし、その先の言葉がどこかに埋まってしまって出てこない。
何となくおぼろげに思っていた人が急に現われて急に去ると、あまり親しくもないのに急に寂しさが生まれる。
そんな女の子らしい感情が無意識的に変な行動を取らせ、声を喉でせき止めた。
「疾風」
「え」
「僕の名前、篠崎 疾風。まぁ、忘れていいけど」
超能力者か、はたまた読心術者か。
私の考えている不透明なものをクリアーにして意図も簡単に答えを出してしまった。
「じゃ、お腹出して寝て風邪引かないようにね」
とっさに自分の腹を見る。
ポロシャツはふくらみのある肌色をちゃんと隠していた。
安心してもう一度顔を上げると、疾風という男の子の姿は廊下にはなかった。
あの男の子は私のペースには合わない人だ、と多少呆れながら、しかし、また会えることを期待して、私はしばらく廊下でぼーっとしていた。
そのすぐあとにチャイムが鳴って、私は慌てて教室に戻るはめになったのは言うまでもない。

9: 名前:(-∀・*都粒*・∀-)☆2012/01/19(木) 14:38:11

7.


 寛ちゃんが耳まで赤くして私に告白をしてきたのはちょうど今日みたいな空模様の日だった。
どんより落ちてきそうな厚い雲に、風が横殴りに吹いている。
木が折れてしまいそうなくらいしなって、葉はものの見事に吹き飛ばされていた。
廊下の窓から外を眺めてこれじゃ自転車で家に帰れないなぁ、と思ったときに、寛ちゃんが私の名前を呼んだのだ。
「渉」
私は基本的に名前があだ名みたいな人だから、知っている人で苗字を呼ぶ人はあまりいない。
「ん?」
ほらね。
知っていそうで知らない顔。
きっとクラスは一緒になったことないな、と脳みそに刻まれるほんのちょっとの記憶を調べてみた。
私が寛ちゃんの顔をじっと見ると(記憶を調べるため)、寛ちゃんは今にも高血圧で倒れてしまいそうなくらい顔を真っ赤にした。
耳まで赤く染める人を私は人生でそんなに見たことがない。
貴重な人だな、この人。
「何?」
「え」
「えじゃないよ。私に用があるんじゃないの?」
「あ……」
ドラマでよく見られるコテコテの戸惑い方。
寛ちゃんは今にも泣き出してしまいそうだった。
「私バスの時間近いし。それじゃ」
変な人だな。
私との会話は(会話と言えるのか?)一方的に問いかけて答えを充分に得ないまま終わろうとした。
その時だ。
私がカバンを取りに行こうと教室のドアをがらっと開けたとき。
「渉」
「はい、何ですか?」
「え、あ、だから……」
またさっきのように寛ちゃんはもじもじし始めた。
私ははぁーっと深いため息をついて、返事もせずに教室に入っていこうとした。
「待って」
「あぁ、もう、何なのよ!」
少々強めに返事を返すと、寛ちゃんは数歩後ずさりをした。
しかし、数歩下がってからは何かを心で決めたらしく、目をつぶってようやく言いたいことを言い放った。
「え、その……スカートのファスナー開いてる!」
そんなことで顔を真っ赤っ赤にしちゃうとは、この人も初心だね。
と余裕を見せて失礼、と寛ちゃんに謝りながら、恥ずかしさで泣きたいのを堪えてファスナーをじーっと上げた。
「はぁ、良かった。3限目くらいから気になってたんだけど、どうしても言えなくて」
3限目といえば2クラス合同生物実験だ。
そんなときから私は皆々様方にピンクのチェック柄を(見たくもないのに)見せていたわけか。 
あぁ、穴があったら永久的に入ってしまいたい。
「あ、大丈夫。きっと気付いてる奴少ないと思うから」
ポロシャツで隠れるし、と泣きそうな私を慰める寛ちゃんをこのとき思いっきり抱きしめたくなった。
いい人だ、変人じゃなくて、いい人じゃん。
そんなこんなで私は1時間おきにくるバスを1本逃し、帰れない、と寛ちゃんにぼやいたら、寛ちゃんがお父さんを呼び出して(お坊ちゃんだ)私も寛ちゃんに誘われるままご一緒させてもらった。
車の中で他愛のない話をして下らない話もして意気投合した私たちは、いつの間にか愛の告白もないまま付き合うことになった。
すべては廊下でのあのへんてこな会話からだ。
廊下に感謝。

10: 名前:(-∀・*都粒*・∀-)☆2012/01/19(木) 21:40:11
8.


 授業参観なんてものはやって意味あるものなのだろうか。
いつもなら教室のにごった空気から脱出できる廊下も、この時ばかりは教室よりも空気が悪い。
ファンデーションや香水の匂いがぷんぷんとたちこめている。
神聖な廊下を汚されたみたいで私は内心怒り心頭していた。
しかし、大人(しかも中年の女性)相手に化粧をするな、香水をつけるな、とは怒れないだろう。
個々人で肌トラブルは起きているに違いないし、それに老化で潤いをなくしつつある肌をあらわにする勇気を持てと強要もできない。
加齢臭だって近くに行けば誤魔化しようがないし。
だから、その1日は廊下に出たい欲求を抑えないといけない。
これほど辛いことはない。
ストレスの行き場がなくて、いつも授業参観の日は1日中不機嫌オーラを発して過ごす。
若い肌には悪い環境だ。
周りもいらいらしている私のせいでおどおどして過ごさないといけなくなる(意外にびびられてるんだよね、私)。
とにかく、授業参観が近づいてくると私は憂鬱で仕方がなかった。
槙との会話も、あの男の子との会話も、寛ちゃんとの会話も、すべてが黒いカーテンに覆われて一筋の光も通さない。
私の心は真っ暗闇で溢れかえってしまうのだ。
「奏、もしかしてこの間のこと怒ってる?」
不機嫌に加えていつになくテンションの低い私を槙は気遣う。
こういう優しさっていくらか安らぎになるんだよね。
「この間って?」
「美術の時間。私何も言わないで帰ってきちゃったでしょ。それ怒ってるんじゃないかと思って」
槙はあれこれ言い訳をしていたが、私は深く聞こうとしなかった。
そんなこと気にしてないし、怒る体力も気力も何にもなくて、脱力しっぱなしの脳みそが理解できないと思ったから聞き流したのだ。
それでも槙が今にも泣き出しそうな切ない顔をするので、私は何で、と聞いてやった。
すると槙は、だって奏眉間にしわ寄ってるんだもん、と半べそになりながら答えた。
「あぁ、違う違う。槙のせいじゃない。むしろこの間は感謝してるくらいだし」
あの男の子が私に興味を持ってくれたのは、槙が私を廊下にひとり取り残してくれたおかげだ。
感謝しているという言葉に嘘はない。
その言葉を聞いて、槙は信じられないというような顔をして、それから花が開くように目を見開き瞳を輝かせた。
私がどうして槙に感謝をしているのか、槙はその理由を聞きたがった。
ああ、やっぱり余計なことを言うんじゃなかった。
槙はすがるようにして私のそばで輝く瞳を見せ続けた。
何とも面倒くさい。
「あぁ……んと、酸素不足の頭がすっきりして頭痛が治ったんだよね」
これで誤魔化せたら槙は相当の阿呆だ。
「そうなの? 私って奏の役に立ってるんだ」
あらら、槙ちゃんそんなに喜ばなくても。
本当のことを言えない私は槙の笑顔で良心をぱっくり割られた気分だった。
またどんどんと気持ちが暗くなる。
ちくしょう、何もかも授業参観のせいだ。
隣ではしゃぐ槙を横目に、私は机にうな垂れるようにして突っ伏し、そのまま眠気に身を委ねてしまった。
あぁ、授業参観まであと3日。
憂鬱な日々はまだ続く。

11: 名前:(-∀・*都粒*・∀-)☆2012/01/19(木) 21:41:28
9.


 廊下に立たされるなんて、今どきありえないことだと思う。
そんなことを素直にする人がこの時代にいるのだろうか。
いくら私が廊下好きだからって授業中立たされるのは心持ちが悪い。
よし、逃げ出すに限る。
幸い現国の先生(ミスター現国)は廊下をうかがう様子を見せない。
自分の授業に酔っているから話を聞かない対象外の私を気にかけようとはしないのだろう。
はは、居眠りバンザイ。
「あぁーあ、何やらかしたのさ」
よつん這いになりながら階段へ向かう途中、あの男の子が私の行く道を阻んだ。
「え」
「て言うかそんな格好してたらパンツ見えるよ」
こらこらこら。
男の子が女の子にそんなこっぱずかしいことを平気で口にするんじゃない。
私はばっと後ろのスカートをひっぱって、ぺたんとその場に座り込んだ。
槙に同じことを言われてもさらっと流せてしまうのに(まぁ、同姓だからね)この男の子が指摘することは全て恥ずかしく思える。
滅多に顔を出さない私の中の乙女がこの男の子のせいで目覚めてしまうのだ。
「静かにしてくんない? バレたらあなたもやばいよ」
「何が?」
すっとぼけるか、このやろう。
「え、だから、サボってるのばれちゃうよって」
「あぁ、別にいいけど」
よくないでしょうと思っても口には出さなかった。
この男の子には何を言っても通用しない。
逆に私の存在がどんどん小さくなっていくだけだ。
そう呆れと諦めをため息に混ぜて外に吐き出し、今度はよつん這いではなく中腰になって、しかもおしりに手を当てながら男の子を避けて通り過ぎた。
ようやく階段が見えてきた。
ここまで来ればミスター現国には見つからないだろう。
さっきまで夏目漱石の素晴らしさを長々と語っている声が聞こえたから。
相当酔ってるぞ、自分に。
「君、本当に僕の名前忘れた?」
階段を一段下りたくらいで、後ろからまた男の子の声が聞こえた。
「覚えてない?」
「何でそんなこと聞くの?」
「だって、君は僕をあなたって呼ぶじゃん」
「て言うか何でついてく」
「僕が質問してるの」
あぁ、また男の子のペースにはまってしまった。
抜け出すのは不可能に近いな。
それに忘れているわけじゃない。
忘れるわけがないのだ。
どんなに私の脳みそがつるつるのしわなしでも、この男の子のことは忘れたりしない。
だた、思い出すのがむず痒いだけなのだ。
「……篠崎 疾風」
「はい、よくできました」
そう言いながら男の子は私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
ほら、また私は恥ずかしくて逃げ出したくなる。
本当に予測不可能。
謎の多い、篠崎 疾風。
やめて、と手をはらう前に、男の子はにっこりと笑顔を見せ、何も言わずに階段を下りていった。
するとチャイムが鳴る。
現国の授業が終わったらしい。
ミスター現国は廊下に私の姿がないことに気付き、階段で呆けている私はあっという間に見つかった。
そしてあとあと呼び出しを食らった(当然だ)。
こっ酷く叱られ、大量の宿題(夏目漱石についてレポート10枚)を言い渡され、私はあの男の子を思った。
恨むぞ、ちきしょう。
出会うとろくなことがないぞ、ちきしょう。
しかし、やっぱりどこかまた会えることを期待して、廊下をとぼとぼと歩いて次の授業に向かった。

12: 名前:(-∀・*都粒*・∀-)☆2012/01/19(木) 23:12:55
10.


 今日、4限目の教室に家庭の害虫が一匹、背中を黒く光らせ私の足元に突如として現われた。
廊下側の後ろの隅っこにある掃除用具箱の中からかさかさと這い出てきたようだ。
ところで皆さん、ここで思い出してみよう。
私の席はこの教室のどこに位置していたか……。
私はそれ(もう名前も言いたくない)の姿をなるべく視界に入れないように、静かに席を立ち廊下へと非難した。
非難して数秒、教室からは叫び声が聞こえた。
あぁ、そういえば槙もあれ苦手だったと思う。
泣いてなければいいけど。
みんなごめんね、知らせないで。
心の中で呟く。
放心状態で廊下を歩いてみる。
幸い昼休みに入っているから授業の心配をする必要はない。
ゆっくり歩いて、あれの姿かたちを忘れることに専念しよう。
魂が少しばかり抜けている気がした。
ちゃんと地面に足がついているかわからない。
あれのせいだ。
というか、何であれが私の足元に、よりにもよって私の足元に……。
泣き叫んでしまいたい。
「あれ、奏。どうしたのこんなとこで」
あ、寛ちゃんだ。
ぼーっとする頭でそれだけ確認すると、何だか視界が曇って鼻がつーんとしてきた。
「か、寛ちゃ……」
「え、何、どうしたのさ」
不甲斐ない。
こんなことで泣いてしまうなんて。
「あぁ、とりあえず涙拭いて」
寛ちゃんはきれいに畳まれたハンカチを差し出した。
私は寛ちゃんの姿に安心したのか、(ハンカチを無視して)ぼろぼろ泣いてしゃくりあげてしまった。
そんな私を見た寛ちゃんは、もうしょうがないなぁ、と笑いながら私の頬の水滴を拭ってくれた。
なんて優しい奴。
少し落ち着いた私は思わず寛ちゃんに抱きついてしまった。
「奏?」
「やぁー……もうあれ嫌い……」
「あれ?」
「黒い、むし……」
「は? ……あぁ、ゴキブリね」
それで泣いてたのか、奏も女の子だね、と寛ちゃんは笑って私の頭を撫でてくれた。
ざわざわと周りがざわめく。
そりゃそうだよ、廊下で抱き合っている男女なんて青春真っ只中の子たちにはいい噂話になるでしょうよ。
私は寛ちゃんから離れた。
顔が熱い。
「落ち着いた?」
あぁ、それでも周りなんか気にしないで優しくしてくれる寛ちゃん、やっぱり大好き。
私はこくりと頷き、お腹に手を当てた。
するとそれに答えるかのようにぐーっと音が鳴った。
「はは、いい音」
はい、と言って寛ちゃんは飲みかけのいちごミルクを差し出した。
私はちゅるちゅるとそれを飲む。
「おいしいでしょ。腹の足しにはならないけどね」
「……ううん、ありがと」
それじゃ帰りにね、と言って寛ちゃんは爽やかに去っていった。
私はため息をつく。
寛ちゃんのいいところを見つけられた今日に、満足しすぎて漏れたため息だ。
明日の授業参観も何とか乗り越えられそうだと思えた。

13: 名前:(-∀・*都粒*・∀-)☆2012/01/24(火) 16:52:16
11.


 学校へ向かう足取りがとても重い。
なかなか前に進んでくれない足を必死に動かし、教室についた頃にはもうくたくただった。
机をじーっと見つめる。
鞄は中身を出さずに机の横にかけたまま。
正直に言おう、私は今日授業を受ける気はない。
朝のHRが終わったらすぐに保健室に逃げるつもりだ。
そう、それは今日が授業参観だから。
廊下からただでさえ空気の悪い教室にまできっと汚染は広がるだろう。
想像しただけで息苦しい。
はぁ、憂鬱。
昨日の寛ちゃんの優しさから元気をもらったつもりだったけど、それすら敵わないほどマダムたちの老いへの抵抗は激しい。
廊下でくつろぎに学校へきている私にとっては苦痛以外の何者でもない。
ため息を何回吐いたかわからないくらいだ。
「かーなーで」
何かいいことでもあったのかね、この子は。
いつも以上ににこにこしてスキップしながら私の席に来た。
「んーはよ」
ため息混じりの生返事。
「おはよ。ねぇ、今日奏のママ来る?」
「来ない来ない。来るわけないじゃん」
「何で?」
「だって面倒くさがりだもん、うちのママ」
「そうなんだ、残念だね」
何が残念だか。
槙は俯いて少しだけしょんぼりした。
「槙のママは?」
「もちろん来るよ。それにパパも来るし」
あらまぁ、お父様までいらっしゃるの。
槙は私と正反対に授業参観が好きだ。
それはただ単にパパとママが大好きなだけなんだけど。
「あぁ、早く逃げ出したい」
「ん?」
「なんでもない」
槙は今日授業のある科目すべての予習をしてきたとノートを広げて自慢気に見せた。
苦手な数学までびっしりと解かれている。
苦労したんだ、という槙の声がだんだんと遠のいていった。
あぁ、今すぐ保健室行きたい。
担任の先生はまだ連絡事項を伝えていた(誰も聞いてないけどね)。

14: 名前:(-∀・*都粒*・∀-)☆2012/01/27(金) 16:14:09
12.


100円玉を自動販売機に入れる。
ボタンが一斉に光りだした。
ボタンを押すとがしゃんと麦茶が落ちて、ついでに10円玉がことんと落ちる。
うちの学校の自販機は貧乏高校生に優しい、どれも1本90円。
「本当、給料日前だと助かるんだよね」
ぷしゅっと隣で音がする。
思わず私は麦茶を落としてしまった。
あの男の子がスポーツドリンクを腰に手をあて飲んでいる。
いつの間に隣に……神出鬼没だぞ、篠崎 疾風。
足元にはこれでもかというくらい麦茶が入っている大き目の買い物袋(環境に優しい)。
何なんだ、この大量の麦茶は。
「麦茶あげないよ」
いらないよ。
「これで1ヶ月しのぐんだから」
どうぞご勝手に。
くすくすと人を小ばかにしたような笑い方。
私は男の子から視線を逸らし、自分の麦茶を拾って保健室に向かおうとした。
関わるとろくなことないのは経験済みだ。
早々と退散した方がいい。
「こら待て」
私は腕を掴まれた。
「その麦茶、もう飲めないでしょ。1本あげるよ」
「あ」
冷たすぎて気付かなかったが、私の持っている麦茶はさっき落としてしまってあっちこっちに穴が開いて零れだしていた。
手がびしょびしょ、スカートもびしょびしょ。
「いらないよ」
私は男の子の手を振り解いた。
また麦茶が落ちる。
「あげるって」
足元で麦茶が飛んだ。
「いらない、もう飲みたくないもん」
「僕はあげたいの」
さっきはあげないって言ってたくせに、本当に理解不能だ。
ここで負けてはいつものパターン、負けるな自分。
「いらな」
「はい」
男の子はにこにこして私に麦茶を渡した。
あぁ、結局また同じパターンで押し切られた。
憂鬱がレベルアップした気分だ、最悪。
でも、何だかほっとした。
「これからどこに行く気?」
押し付けられた麦茶を開ける。
私は麦茶を一口含んで、男の子を無視してすたすたと歩き始めた。
きっと保健室のベッドは埋まっているだろうな。
「どうせ保健室に逃げるんでしょ」
この時私は〝逃げる〟という言葉に異常に敏感になって反応した。
図星なんだけど。
「そんなんじゃ」
「一緒においで」
「は?」
「ほら、手」
男の子は右手にあのたくさん麦茶が入った袋を持ち、左手で私の右手を掴んだ。
振り払おうとすれば振り払えたはずだ。
しかし、私の中にそんな意志はどこにもなかった。
ただ、この男の子のことをもっと深く知りたい。
この男の子に対する好奇心だけが、私の中でのた打ち回っているだけだった。

15: 名前:(-∀・*都粒*・∀-)☆2012/01/28(土) 14:30:25
13.


 今どきちゃぶ台なんてあるんだ。
3畳分の畳の上に布団がきれいに畳まれている。
テレビにラジカセ(古臭い)、机に本棚に、それと箪笥に小さい冷蔵庫。
少し昭和ちっくのお部屋が私の目の前に広がっていた。
しかし、ここは学校。
今使われている校舎と少しばかり離れたところにある旧校舎へと繋ぐ架け橋。
連れてこられたのは、誰も入ることのできない閉ざされた渡り廊下。
「僕のハウスへようこそ」
いやいやいや、ちょっと待て。
突っ込みどころ満載のこの光景を私はどこから潰していけばいいのか。
「あぁ、ちゃんと上履き脱いでからあがって。掃除するの面倒くさいから」
この状況にうまく順応しろというのか、篠崎 疾風。
無理な注文に私は戸惑いを隠さなかった(めちゃくちゃおろおろしてみせた)。
私は確かにこの男の子のことをもっとよく知りたいと思った。
突然現われ、私のぱんぱんになった心に余裕の隙間を与えて、何事もなかったかのように去っていく。
まるで物語の中のヒーロー的存在(そして私がヒロイン)。
この特別で奇怪な(やたらと絡んでくる)男の子のことをもっと知れたら刺激的で楽しい毎日を送れるかなとは思っていた。
しかし、これはまた現実離れした事実が露骨に私の脳内に侵入してくる。
受け止めきれない場面が、許容範囲を悠に超えて私に迫ってきている。
となれば話は別だ。
ファンタジーへの扉が開かれそうな非現実的なことを私は求めていない。
そんな事実いらない。
「あ、犬嫌い?」
思考回路をフル回転していて気付かなかったが、子犬が1匹、私の手をおもちゃにじゃれていた。
「いや、きらいじゃないです」
「そう、よかった」
何がいいのかわからない。
あぁ、そうか。
私は保健室で寝ているんだ。
そしてこれは夢だ。
何だ、よかったよかった、早く覚めろ。
「わんちゃんかわいいねぇ。ちょっと爪が痛いけど」
……痛いってさ、夢じゃないじゃん。
自分で自分がかわいそうに思えてくる。
「学校で拾ったんだ」
んなわけがあるか! と大人気なく突っ込むのはやめた。
これはもう本人に聞くしかない。
考えていても(心の中で突っ込んでも)埒が明かない。
はい、紅茶、と男の子は来客をもてなすのに夢中になっていた。
どうやらここにきたのは私が初めてのようだ。
ずっと笑顔を絶やさない。
出された紅茶を静かにすすり、とりあえず気持ちを落ち着かせようと努めた。
そしてふうっとため息をついて、私は男の子を見つめた。
聞こう、一体あなたは何者なのか。
男の子はにこにこと私の顔を眺めていた。

16: 名前:(-∀・*都粒*・∀-)☆2012/01/28(土) 14:32:24
14.


「僕が君に惹かれたのは、この渡り廊下から見える景色の異変に気付けると思ったからなんだ。
この部屋は、ただ単に誰にも知られず僕だけの憩いの場を作るために、家から色々持ってきて作っただけ。
何の仕掛けもからくりも秘密も隠されてない。
平凡で普通の部屋。
君がなぜこれくらいで目を丸くするのか僕にはわからい。
理解できないよ。
だって君は廊下で寝る事ができるじゃない。
廊下が一番居心地がいいと思っているんでしょ?
だったらこの静かで快適な空間が誰にも邪魔されずにただ在しているだけなんてもったいないと思うはずでしょ。
その思考が働けば自ずとこういう風景が誕生するわけさ。
驚くことはない。
僕の気持ちは君の気持ちとほぼ同じだからね。
いい廊下を見つければ廊下を自分なりに過ごしやすくしたいという願望が湧く。
そして、ここは普通の廊下じゃない。
旧校舎と唯一繋がっている渡り廊下だ。
刺激されるでしょう。
古すぎず、真新しすぎず、誰にも邪魔されないし気付かれない。
鍵もついてるから盗難の心配もない。
平凡な暮らしを一転させる興奮があるでしょう。
保健室でサボるよりこっちの方が何億倍も快適だしのびのびできるし。
だから、保健室に行こうとしてる君を見て、君にだったら知られてもいいと思ったから連れてきた。
それと最初にも言ったように、ここから見える景色の異変に気付いてもらいたくて、連れてきたんだ。
君がその異変に気付いてくれれば、僕の個人情報をあなたに提供します。
何でも話してあげる。
だからさ、秘密を共有しよう、奏」

19: 名前:(-∀・*都粒*・∀-)☆2012/01/30(月) 16:58:10
15.


犬はいつの間にか布団の上で丸くなっていた。
散々人の手をひっかいたりかじったりして大暴れしていたのに、今じゃぬいぐるみのようにその場にいるだけ。
動きを誰かにとられてしまったみたいだと思った。
紅茶の匂いが、この不可思議な部屋に立ち込める。
チャイムの音も、生徒の話し声も、廊下に響く足音も、この空間には入ってこれない。
私と……疾風だけの空間になっている気がした。
何だか、とても眠くなる。

「紅茶のお代わりいかが?」

男の子……疾風はにこにこしながらティーポットを傾け、私の返事を待たずに紅茶を注いだ。
よほどその動作が気に入ったのか、自分のカップを空にしては注ぎ、満足そうに笑みを浮かべ、飲み干してはまた同じ流れを繰り返していた。
ちゃぶ台の上にはせんべいが山のように積まれて辛うじて木のお皿に収まっている。
これは1枚取るのに相当な神経が必要だろう。
少しでも揺らせば崩れてしまいそうなほどてんこ盛りになっている。
どうやって積んだんだ。

「せんべい食べたかったら食べていいよ」


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最終更新:2012年08月11日 07:58
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