廊下は止まれない 続き

20: 名前:(-∀・*都粒*・∀-)☆2012/01/30(月) 16:59:01
16.


いや、食べたくて見ていたわけじゃなくてね。
私は少し照れながらあぁ、どうも、と小さくお辞儀をした。
男の子、疾風はにこっと口角を上げ、そしてまた一連の動作を再開した。
何が楽しいんだろう、まったくおかしな子だな。

「……でも、紅茶おいしい」

本当はお代わりなんていらないと思っていたのに、いざ飲み始めると止まらない。

「いい香りでしょう」

疾風は瞳を子犬のようにきらきらさせていた。
眩しい。

「うん、あまり飲まないから新鮮……」

――じゃない。
新鮮、というかこの非日常的かつ異様な空間の中だからそう感じるだけで、紅茶はきっとただの紅茶だ(おいしいけど)。
何でこんなにこの場の雰囲気に溶け込んでしまっているんだ。
違う違う。
ちゃんと聞きたいことを聞かないと、私の脳みそはおかしな記憶を刻み続けてしまう。
しっかりしろ、自分。

「僕は君に名前以外教える気はないよ」

疾風の牽制球……というかバッターボックスに立ち構えていた私のわき腹に直撃した気分だった(デッドボール)。
いつどこで私の考えを読み取っているのかわからない。
どうして疾風はこう意図も簡単に人の感情をコントロールするのだろう。
私の頭の中は波浪警報が出るほど吹き荒れている。
疾風を見つめる以外にできることは今の私にはない。

「嘘」

それが嘘だ。
「名前以外教える気はないよ」と言った時の顔はどこか冷たく凍り付いていた。
だから、これは本気でそう思っていることだと思う。
何だか冷たいぬるっとしたものが背中を通った気がする。
それは疾風の視線を浴びて、声を聞いて、まったく使えない私の脳から指令が出たから。
疾風に対しての私の疑念。
結論。
――――疾風は、きっと私に何も教えてくれない。

21: 名前:(-∀・*都粒*・∀-)☆2012/01/31(火) 17:10:26
16.


 旧校舎は木造建築だ。
確か10年くらい前に今の校長に変わったことで新校舎ができて、旧校舎は封鎖された。
しかし、名残惜しいとの声が多かったかなんかして取り壊すのは中止になったらしい。
だから今でも隣りあわせで堂々と建っている。

「……でも、何だか旧校舎は苦しそう。もう使われる事がないのなら、取り壊してあげた方がよかったんじゃないかな」

私は人間に対しては無関心だが、ものに対してはなぜか色々なことを思い浮かべる。
新校舎の廊下の窓から旧校舎を見て、思わず私の口かららしくない言葉が飛び出た。
今にも崩れてしまいそうなほど木が腐ってしまっているのが遠目からでもわかる。
周りはささくれて、ホラー映画の舞台になりそうな外観だ。
ところどころに窓ガラスの代わりにダンボールがとめてある。
もう使わないものを修理しても無駄だと思ったんだろうな。
だったらけが人が出る前に旧校舎を休ませてあげたほうがいいんじゃないかと思った。

「ものは生きてないんだ。そんなのは当たり前で、生きていると言った方が変人扱いされる」

寛ちゃんはあんぱんの袋を2つ、びっと開けた。
私は隣で紙パックのミルクティーを飲む。
週1回の2人きりのお昼。
待ち合わせ場所は景色のいい4階の廊下。

「でもね、生きているものがそれに触れていれば、ものもそれなりに生き生きとして来るんだよ」
「……うん」

寛ちゃんの言葉は時々難しい。

「命あるものが中にいれば、校舎だってその命を守ろうと努力をする」
「うん」
「旧校舎は、その気持ちがまだ残ってるんだと思うよ」

寛ちゃんはあんぱんを1つ、私にくれた。
お返しに私はミルクティーを差し出す。

「どんなにぼろぼろでも、木が腐ってしまっていても、きっ
とけが人を出さずに、旧校舎は役目を終えると思う。旧校舎は意志が強いから、まだここに残っているんだと思うよ」

私はあんぱんを1口サイズにちぎった。
あ、つぶあんだ。

「……だから、取り壊さないでまだ残してるの?」

寛ちゃんはあんぱんを食べ終え、杏仁豆腐に手をつけていた。
きれいな白。
それをすくおうとした寛ちゃんの手が止まった。

「きっと、そうなんだと思うよ」

優しい笑顔。
こんな表情作れるのは寛ちゃんくらいしかいないだろうな。
何もかもから開放されて、あたたかな光を浴びている感じ。
痛みや苦しみが一気になくなる感じ。
お腹の底があったかくなって、体が軽くなる感じ。
寛ちゃんはそういうことを簡単にやってのけるすごい人なのだ。
そしてこの旧校舎も、私たちのはるか上の先輩たちにとっては、私にとっての寛ちゃんのような存在だったんだろうと思う。
あったかくて、いつまでもそばにいてほしいと願う、切ない存在。
私があんぱんを半分食べ終わるか食べ終えないかくらいで、聞きなれた予鈴が鳴った。

22: 名前:(-∀・*都粒*・∀-)☆2012/01/31(火) 17:12:06
17.


 いつの間にか空はどんよりとした雨雲に覆われ、風が強く吹き始めた。
かたかたと窓が笑う。
次第に雨がばしばしと窓に打ち付けられていった。
あぁ、今日バスで帰らないといけないな。

「この犬、そよ風って言うんだ」

疾風は眠っている犬を抱きかかえ、膝に乗せた。
犬は少し不機嫌そうにうー、と唸ったが、疾風の膝の上で頭を撫でられると、またとろんとした目をして眠りに落ちた。

「そよ風か、いい名前だね」
「僕とは似てるようだけどまったく大違いなんだ」

大違いなんだ。
何だろう、この言葉に妙に悲しみが込められている。
さっきの冷たさといい、何だか引っ掛かるものがある。
ものすごい違和感だ。

「同じ風が名前についてるね、あなたとわんちゃん」
「またあなたって言ったね、君。ほら、ちゃんと名前を言ってごらん」

あぁ、むず痒い。
しかし、私の中で名前を呼ぶ抵抗は小さくなっていた。

「疾風」

ほら、簡単に言える。

「うん、ありがとう」

疾風の言葉。
名前を言ったくらいでお礼を言われた。

23: 名前:(-∀・*都粒*・∀-)☆2012/01/31(火) 17:12:44
18.


 しかも、特上の笑顔つきで。
この時、私は疾風は疾風なりに自己確認をしていると思った。
私が疾風のことを名前で呼ぶことで、疾風は自分以外の人からも見える存在になる。
存在理由というか、他者が自分を1人の人間として認識するように、名前を呼ばせてる気がした。
この世でただ1人の人間としてあるために。

「疾風」
「ん? 何」
「疾風」
「だから何?」
「疾風」
「…………どうしたの」
「疾風」

いくらでも呼んであげるよ。
名前なんて、いくらでも私が呼んであげる。
誰もあなたの名前を言わなくても、知らなくても、私だけは忘れずに呼んであげるよ。
私は疾風の中で自分自身の秘密が爆弾になりかけているように思えた。
いつか爆発して、疾風自身がなくなってしまうかもしれない。
遅くても早くても、それはとてつもなく怖いことだと思えた。
世界規模で考えれば、そんな人1人壊れてしまったからって社会が動かなくなることはない。
しかし、私の日常は確実に全停止するだろう。
ブレーカーが全部落ちたときの瞬間みたいに、蝉が道端に転がっているように、幸せな時間も、何かにときめく時間も、この廊下での時間も、止まってしまうだろう。
そう思ったら、涙が知らずに零れていた。

24: 名前:(-∀・*都粒*・∀-)☆2012/01/31(火) 17:19:48
19.


 「僕の過去に笑顔は不可欠。 これがなければ僕は生きていけない。 きっと、この世に存在する全てのものが敵になってしまいかねないから。 僕は笑顔を忘れずにいようと心に決めた。
 そう、あの日僕自身の秘密を知ってから。 僕に疾風という名前が付けられてから。 周りの人が僕に気を使わないように、心配をかけないように、いい子であり続けるためには笑顔が必要なんだ。1人で生きていくための道具。 愛想笑いとも言うけど、空元気からの笑顔だけど、本当の僕じゃないけど。
 それでも、そんな笑顔を見せたあとに泣いてくれた君に、僕は何か恩返しをしたい。
 いや、恩返しじゃなくて、償いといった方が正しいのかもしれない。 何をしてあげたらいいのだろう。 何をしてあげれば、君のその涙分を埋めてあげる事ができるのだろう。この僕に、何ができるのだろう」
25: 名前:(-∀・*都粒*・∀-)☆2012/01/31(火) 17:21:08 HOST:p2028-ipbf707akatuka.ibaraki.ocn.ne.jp
20.


 本当は、私が疾風を抱きしめてあげるべきだったのに、立場が逆転してしまった。
何で涙を流したんだ。
何で疾風の負担を増やしちゃったんだ。
何で私はいつもこうなんだ。

「はい、落ち着いた?」

疾風は私の背中をぽんぽんとリズムよく叩いた。
まるで泣きじゃくる赤ん坊をあやすように。

「ん、ごめんね」

罪悪感が込み上げる。
きっと疾風は私のこと面倒くさい女(というより人)だと思ったに違いない。

「いいよ、何だか嬉しかったし」

泣かれて嬉しいとは……一体どんな心境にさせたんだ、私。
私は目を丸くして疾風を見た。
ただ名前を呼んで、そしたら涙が零れて、目の前の疾風を困惑させただけなのに(マイナス)。
しかし、疾風にとっては不思議とプラスになって吸収されたらしい。
距離にして約15センチ。
疾風の顔がすぐ目の前にある。
寛ちゃんとキスする前くらいの近さだ。
低い声と対照的な幼顔。
長いまつげに、高い鼻。
意外に薄い、ピンク色の唇。

「んー気が変わることってあんまりないんだけどね」

疾風の声で正気に戻った。
私、今何考えてたんだろう。
今、何を望んだ?
私は仰け反るようにして疾風から離れた。

26: 名前:(-∀・*都粒*・∀-)☆2012/02/01(水) 16:33:26
21.



顔が熱い。
密着してるから変な気になるんだ、危ない危ない。

「あ、ごめんね」

あぁ、何で謝ったんだ、もうわけわかんない人じゃん(自分でもわからん)。

「ありがとう」
「は」

疾風はにこっと微笑みかける。

「君が謝るなら僕はお礼を言う。ありがとう」

どういう意味かさっぱりわからない。
でもよかった、私と同じような人がいる(安心するとこ違うけどね)。
私だけが変人な訳じゃない(認めた)、落ち着け、落ち着け。
とりあえず、私はカップに残ったぬるい紅茶をぐびっと飲み干し、気持ちを落ち着かせるために深呼吸をした。
するといつものように思考が回る。
今は一体何時なんだろう。
きっと、もう授業参観は終わっているだろうなと思った。
そよ風は、いつの間にかまた布団に戻って寝息をたてていた(寝顔がかわいい)。

27: 名前:(-∀・*都粒*・∀-)☆2012/02/01(水) 17:22:56
22.



 疾風は静かに話し始めた。
基本的なプロフィールから――――篠崎 疾風、15歳、高校1年生(年下か)、部活は入っていない(スポーツバッグは見掛け倒し)、バイト週6日、近所のアパートで1人暮らし、等々。
保育園時代に3歳にしてもう逆立ちができたとか、小学校時代に水泳で全国大会までいったとか、中学校時代に全国絵画コンクールで最優秀賞受賞とか、そして今はほぼ毎日この渡り廊下で寝泊りしているとか。
順を追って細かなことまで話してくれた(ほとんどが自慢だったけど)。

「旧校舎のこと見てどう思う?」

時々こんな風に質問を投げかける。
私は相槌を打ちながら、小さな緊張感を覚えさせられるのだ。

「え、んー……私は何だか優しく見守ってくれてる感じがする。何て言えばいいんだろう、あったかいの、すごく。旧校舎からはそんな印象を受ける」

普通だったらこんなこっぱずかしいこと他人には言えない。
それは非科学的なことで、ものは生きてもないし、メルヘンの世界へご案内されるようなことを嫌っているからだ。
しかし、そんなことを忘れさせるくらい、旧校舎には魅力があった。
話す相手も疾風だし、言っても笑わずに受け入れてくれると思うからいえたんだと思う。
槙に言ったら熱でもあるの、とか聞かれそうだしね。

「やっぱり、君は僕の思っていた通りに答えた。ありがとう」

疾風は子供を褒めるかのようにお礼を言う。
上から見られている気がするけど、悪くはなかった。
むしろ、何だか安心する。

「風邪引いたときそばにいてくれるお母さんみたいな存在かな」
「はは、それに近いね。ママがいると気持ちが幼くなるよね」
「無性に心細いときおかゆとか持ってきてくれると小さい子みたいに甘えたくなるんだよね、おかぁーさーんとか言いながら」

そよ風がくしゃみをしたのが聞こえた。
あぁ、そう。
こんな感じにも似てる。
何だか微笑ましくて嬉しい気持ちになるんだ。
存在自体のありがたさというか、いてくれてありがとうって自然と思える。
そんな感じなんだ。

30: 名前:(-∀・*都粒*・∀-)☆2012/02/03(金) 15:05:44
23.


 「君のお母さんいくつ?」
これまた唐突に疾風が質問してくる。

「んーと、ママはね、確か今年で47歳だと思う」
「そう、僕のお母さんはまだ30なんだ」

へぇーそうなんだぁ、とのん気に紅茶を片手に聞いていて、少し間を置いてつるつるの脳みそが異変に気付いた。
ん? 30歳ということは、疾風が今15歳だから…………疾風のママは高校生に成り立てか、中学3年の時に産んだことになる。
え、ちょっと待って。

「はは、おかしいでしょ。でも真実なんだ。僕の母親は僕を15の時に産んだんだ。あの旧校舎の1階の廊下で」

外からは雷の音が聞こえ始めた。

「僕のお母さんは2つ上の先輩、つまり僕のお父さんなんだけど、中3の時から付き合ってて、高校も同じこの高校に入ったんだ」

そよ風が雷の音で起きてしまった。
疾風越しに大きな口を開けて欠伸をするのが見える。
よたよたっと寝ぼけた様子で私の膝の上に来た。
そよ風、その可愛さで緊張感を壊さないで。

「そよ風は雷苦手なんだ。オスなのに弱虫」

疾風の笑顔にほっとする。
何だか話をしているときは、呼吸をするのも困難なほど、疾風が違う人に見えるから。

「はは、まだ子供だもん、しょうがないよね」

そよ風は悪口を言われていることも知らず小さいくしゃみをして鼻に潤いを戻す。
はな垂れ小僧だ。

「子供ね、そう。バカなんだよ、僕のお母さんもお父さんも。高校生になったら大人だと思ってたんだってさ。まだ全然子供なのに」

さっきの笑い声が疾風の声に流される。
もうそれは数秒前でも過去だ、必要ないと言われているように、後ろへ後ろへと押し流される。
今は張り詰めた空間でさらに真空パックされた気分だ。
息ができない、苦しい。
風の流れが止まる。

「もうわかるでしょ、僕ができたんだ。お母さんとお父さんは、その時の感情に任せて、望みもしない僕を作ったんだ」

言葉が出ない。
疾風は苦しそうに話す。
しかし、顔を覗き込めば薄ら笑いを浮かべている。
憎しみ、違う、悲しみ、これも違う。

「……疾風?」
「ごめん」
「え」
「気持ち悪い話して、ごめんね」

31: 名前:(-∀・*都粒*・∀-)☆2012/02/04(土) 12:42:20
24.


 ううん、そんなことない、そんなことないよ。

「ごめんね」

疾風だけを苦しめている。
この話は聞くべきじゃなかった。
まだ時間が彼には必要だった。
違うよ、疾風、謝るべきはあなたじゃない、違う。

「あ」

俯いていた疾風が私の方を向く。

「あ、ありがとう、疾風」
「え」

あぁ、何でこんなときに〝ありがとう〟なんて言ってるんだ。
疾風もきょとんとしてしまっている。
えぇい、勢いに任せてしまえ。

「は、疾風が謝るから、謝らなくていいのに謝るから……私はお礼を言うの! そう、だからありがとう」

新校舎3階から旧校舎3階を繋ぐ唯一の架け橋。
誰も入ることのできない閉ざされた空間。
錆びたロッカーに汚れた窓。
定期的に掃除されているんだろうけどわた埃があちこちに目立つ。
薄水色の絨毯の上に、テレビ、ラジカセ(古臭い)、机に本棚、箪笥にちゃぶ台、そして小さな冷蔵庫。
3畳分の畳の上には布団がきちんと畳まれている。
そこに1人と1匹、違和感なく風景に紛れ込む。
付け足して描かれたものは全てこの渡り廊下に収まっている気がした。
私はこの場所にただ1人連れてこられて、慣れていない空間に飛び込んで、きっと存在は浮いている。
あまり主張せず、しかし、存在をほどよく残す。
上手く脇役に徹する事ができない。
疾風はもう慣れた顔でちゃぶ台の前に座り淡々と話を進めていく。
渡り廊下にいることを許されている気がした。
旧校舎への侵入者と警戒されていない気がした。
私だけがセキュリティーに触れて警告音を鳴り響かせている気がした。

「そよ風、ちゃんと病院行かせないとね」

頭を撫でていると時々ごろんと寝返りをうってお腹を見せる。

32: 名前:(-∀・*都粒*・∀-)☆2012/02/04(土) 12:43:07
やられたーって感じかね、この子。

「うん」

疾風はまだ何か言いたげだ。
しかし、私は聞きたくなかった。
というよりも、まだ聞いてはいけない気がしたのだ。


「ノミがいるよ。ほら、糞がたくさんあるでしょう」

私はそよ風の毛を逆立て、皮膚が見えるようにした。
するとたくさんの黒い転々が見える。

「本当だ、よくわかるね」
「おばあちゃん家で犬飼ってたことあるから」

あぁ、ちゃんと笑えているかな。
疾風とのこの近い距離は測ったら何億光年も離れている気がする。
そうか、これを疎外感って言うんだ。
秘密を共有したことで、どこか照れくさくてよそよそしくなってるんだ。
別に嫌いじゃないけど、どう接すればいいか分からない。

「あ、紅茶のお代わりいかが?」

気を遣ったのか、疾風はティーポットに新しい茶葉を入れてお湯を注いだ(この給湯ポットは事務室のだな)。
私はさっきまでの疾風が一瞬幻かと思えた。
さっきまでの私たちが夢で、今からが現実。

33: 名前:(-∀・*都粒*・∀-)☆2012/02/04(土) 13:01:39
26.



今までのことは忘れて、と疾風に言われている気がした。
あの、初めて言葉を交わしたときのように。
何だか、無性に腹が立つ。

「疾風」

疾風に対して何でこんなにイライラするんだろう。

「ゆっくりお互いを知ろう。焦って全てを外に出しても、それは投げ出してることになる」

私にさっきまでの話を忘れろというなら、初めから話さなきゃ良かったじゃん。

「相手が受け止められなかったら何にもならない」
悔しい。

「私はいくらでも待つし、いくらでも話を聞いてあげる」
あぁ、そうか。

「私は、疾風から逃げたりしないよ」

信頼されていないことに、腹が立つんだ。
1日の終わりって時計で測れるほど単純なものなのかな。
急に響いたチャイムの音で私たちの空間は壊された。
あれだけ何も聞こえなかったのに、急にだ。
意図も簡単に吹き飛ばされて、野ざらしにされた気分。

「もう授業参観も終わりだよね」
「もう? 早いね、お昼も食べてないのに1日が終わっちゃった」

今日は寛ちゃんとお昼を食べる予定だった。
昼休みが終わるまでずっと4階の廊下でじっと待っていたはず。
何も連絡をいれず、姿も見せず、きっと寛ちゃんは校舎内をくまなく探してお昼を食べずに私を探しただろうな。
今頃お腹すかしてる。
けど、きっと寛ちゃんは私と並んでじゃなきゃお昼は食べない。
寛ちゃんはそういう人。
あぁ、会いたい。
あの何も聞かずに時間を戻して、2人でのお昼タイムを作ってくれる優しさに触れたい。
包まれたい。
そばにいて、離れないで、今すぐ来て、飛んできて、抱きしめて。

「ほら、鍵開いてるから」

どんな顔して私は疾風を見つめたんだろう。
ひどい女だな、私。
疾風のことを理解したいと自分で言い出したのに結局スケールの違いを見せつけられて追いつけないからって途中で手放した。
私は一緒に止まることはできないんだろうと思う。
時間に流され、そこに留まることを拒否したんだと思う。

34: 名前:(-∀・*都粒*・∀-)☆2012/02/04(土) 13:28:19

そういう浅はかなところ、無意識に他人を傷つけるところ、最低。
ひどい女だ、私。

「うん、また今度ね」

簡単に別れも告げられる。
これから私たちは会う事ができるのだろうか。
私たちが偶然に出会う事ができたのは、どこかお互いがお互いに期待を持っていたからだ。
きっとそう。
意識できないほど小さな希望が、お互いを引きつけていたんだ。
しかし、今となっては私は疾風とある程度の距離が欲しいと思っている。
信頼されるまでの時間が欲しいと思ってる。
もう少し私自身が大人になるまでの時間が欲しいと思っている。
疾風はどう思ってるかわからないけど。
これからはあまり会えそうにないと思うのは何でだろう。
朝からのだるい授業も、槙といる休み時間も、寛ちゃんと過ごす放課後も、全部が自然にありすぎてて重い。
今の私には贅沢すぎる。
そう思える自分を私はまた哀れみを持って評価する。
自分が主演を務める舞台を途中までのいい汗をかいたまま降りようとしている。
この間あったことで自分が後ろめたくならないように、必死に守っている気がする。
爽やかな記憶に傷をつけて終わらせないように、堅い殻にこもって何にも触れようとしない。
触れたらもろく崩れそうだから。
自分は悪くないとどこかで必ず思ってる。

27.


 「寛ちゃん、一緒にお昼食べる時間増やそう」

何も知らない寛ちゃんに頼る私は情けない。
そう思っても、ひとりじゃ苦しくて学校なんかに立ってられない。
足に力が入らなくて、膝をかくんと折って、地べたに座り込んでしまいそう。
誰かに支えていてもらいたい。


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最終更新:2012年08月11日 08:01
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