××× 続き8

episode11

《直人目線》

「明けましておめでとうございます!」
「ハイ、明けましておめでとうございます。コレお年玉ねー」

ありがとうございます、とお礼を言った相手は良子叔母さん。
愁ちゃんのお母さんではなくて、良子叔母さんはお父さんの妹。
年始の挨拶に毎年我が家にやって来る。
……ある事が理由で。

「じゃ、さっそく毎年恒例のお着替えしてお写真撮りましょうか」

ニッコリと笑って、良子叔母さんは用意していた大量の荷物を引き寄せる。

「…………ハイ」

お年玉を貰った手前、嫌ですとは言えない。

「今年は愁君も来るって兄さんに聞いてたから、張り切っちゃうからっ」

弾んだ声でそう言うと、良子叔母さんは台所にいた愁ちゃんにも声をかけて半強制的なお願いをし始めた。
愁ちゃんの様子を伺えば、苦笑いでお年玉と言うアルバイト代を受け取っている。
――良子叔母さんは呉服屋の若女将。
毎年経費削減にかこつけて、オレ達をモデル代わりに写真を撮りまくっていて。
今年もかあ……。
オレは小さく溜め息をつくと、用意された着物に手をかけた。

×

何十着という袴や着物を着付けられ、散々写真を撮られた後、オレはぐったりと椅子に座って愁ちゃんの撮影の様子を眺める。

「ハーイ、愁君ポーズ取ってねー」
「良子さん……一体何枚撮れば気が済むんですか……」

袴姿の愁ちゃんがげんなりとした顔で尋ねる。

「まだまだよぉ。次はこの着物っ!」

良子叔母さんは手際良く次の着物を愁ちゃんに着付けると、カメラマンのように指示を出しながら、シャッターを切り続けた。

「格好いいわぁ……ああ……やっぱり美形は何着ても似合う……!」

愁ちゃんに向かってよく分からない奇声を上げながら次々とフラッシュを炊いていて。
確かに着物を着こなす愁ちゃんはより色っぽさが増して、動悸がする程美しい。
妖艶な雰囲気で見ている人の溜め息を奪う。
チラリと愁ちゃんと目が合ったので「カッコいい」と合図を送ると、艶っぽい微笑を返してくれた。

「今の顔、最っ高! ハイ、そのまま流し目でレンズ見て!」

良子叔母さんの指示に、慌てて愁ちゃんが目線を移す。
カシャ! と最後のフラッシュが光り、やっと愁ちゃんに終了の合図が出た。
やっと解放される……。
オレと愁ちゃんは二人で大きく溜め息を吐くと、着物を脱ごうと帯に手を掛ける。

「ストップ!」

オレ達がきょとんと良子叔母さんを見つめると、ニコニコとまた嫌な笑顔。

「今年は直人君にもうちょっとだけ手伝って欲しくて……コレなんだけど」

良子叔母さんが指を指す床に目線を落とすと、藍や紺ではなく、赤や金のきらびやかな色彩の着物。
……これは……まさか。

「直人君、背格好がちょうどいいのよっ。顔も女の子以上に可愛らしいから大丈夫!」

良子叔母さんはあっけらかんと言って、ビラビラと女物の振袖を広げた。

「イヤ、あの、だって、オレ……男……」

クッと笑いを堪えた音が後ろで聞こえて振り返ると、愁ちゃんが口元を押さえて目を細めて笑っていた。
思わずバシッと愁ちゃんを叩いてしまう。

「ごめ……っ、いや、でもナオなら似合うと思うよ」
「バカっ!」

まだクスクスと笑い続けている愁ちゃんをそのままバシバシと叩き続ける。

「ハイハイそこまで。いちゃついてないで直人君こっち来てー。愁君は後で一緒に撮るからそのままで待っててね」

カツラもあるからねー、と良子叔母さんは嫌がるオレの腕を掴むと、ズルズルと奥の部屋に引きずっていった。

×

数十分後。
叔母さんに連れられて、愁ちゃんの前にもじもじとうつむきながら出ていく。
赤の振袖・アップされたカツラ・花の髪飾り……。
もう、自分に気持ち悪くて吐きそう……。
メイクもするって良子叔母さんは張り切ってたけど、それだけは断固拒否してどうにか許してもらった。

「愁君どうー? もうまるっきり女の子で通るよね。ほら、直人君も自信持って顔上げてっ」

良子叔母さんに促されておずおずと顔を上げる。
愁ちゃんと目が合うと、愁ちゃんの目が大きく見開かれた。

「……っ!」

一瞬でパッと目を逸らされる。
愁ちゃん、顔……赤くなってる……?

「あれ、愁君の方が照れちゃってるー。かーわいー」
「良子さん……、からかうの止めて下さい」

愁ちゃんは赤くなった顔を隠すように口元に片手を宛てて目を伏せた。

「ハイハイ。じゃあ撮り始めるから二人とも並んでー」

……愁ちゃんが照れてるとこなんて初めて見たかも。
もちろんオレだって恥ずかしいけど、少し嬉しくなったオレは愁ちゃんの珍しい一面をもう一度見たくてひょいと顔を近づける。

「しゅーう、ちゃん?」
「っ……あんまり顔近づけないで」
「? なんで?」

愁ちゃんは本当に照れているみたいで、あんまり目を合わせてくれない。
次々と飛んでくる指示に合わせてポーズを取りながらオレが聞き返すと、叔母さんに聞こえないように耳に唇を近づけて愁ちゃんが囁く。

「……可愛い過ぎて、我慢効かなくなるから」

う……わ。
その瞬間、自分までカアッと顔が熱くなるのがわかった。

「ハーイ。全撮影終了でーす。しっかし……あんた達、そーしてるとまるで本物の恋人同士みたいねぇ」

腰に手を当てながら、やや呆れ顔で良子叔母さんが言う。

「そうだと良いんですけどね」

愁ちゃんが冗談めかしてサラリと返した言葉にドキリと胸が鳴った。
……それ、全く冗談になってないから。
着物もカツラもすぐに脱ごうとしたけれど、面白がった良子叔母さんはさらにリビングまでぐいぐいとオレ達を連れて行った。

「皆さん見て見て! 今年のチラシに載せるモデルさんですよー」

こたつに入っておせちを食べていたお母さん達は、一瞬の間の後、オレの姿を見て大爆笑。
お父さんなんか涙を流して笑い転げている。

「え? 本当に直人君? 言われても全然わからないんだけど……」と伯父さんがまじまじと見つめると「いや~まさか娘が出来るとは思ってなかったな」とお父さんがお酒に酔った顔でガハハと笑う。

一方お母さん達は久しぶりの姉妹再会ですっかり昔に戻ったようで、絶え間なく喋り続けている。

「こんな娘が欲しいわ……。はあー……。直人君が女の子だったら愁と結婚させるのにねぇ……」
「アハハ、私は秀才の愁君の方が羨ましいけどね。愁君が義兄さん似でほんと良かったわね」
「ちょっと! それどう言う意味よっ」

「似合ってる、似合ってる」と全員に言われたものの、もう悲しんで良いのか、喜んで良いのか判らなくなってきて、オレは小さく溜息を吐くとクルリと背を向けて愁ちゃんの腕を引っ張る。

「愁ちゃん。もう着替えよ……」
「あ、うん」

その時後ろから酔っぱらったお父さんの声。

「オイ、直人ー、せっかくなんだからそのまま愁君と初詣でも行ってこい」
「な!? お父さん、何言って……!」

家族に見られているだけでも恥ずかしいのに、こんな格好で外に出て行ける訳がない。
オレの言葉を無視して、お母さん達は顔を見合わせてにんまりと笑い合っている。

「行ってらっしゃいよ。私達は今からお正月恒例のアレがあるんだから」
「アレか」
「アレね」
「アレだな」

……アレ、とはジャラジャラと牌をかき混ぜてから絵柄を揃えてポンとかチーとかロンする大人の遊びの事で。
お父さんが大好きで、お正月に4人集まる度に夜まで延々やっている。
良子叔母さんは「着物は汚さないでねー」と言いながら写真のチェックに夢中みたいだし。
何がそんなに面白いのかオレには全く理解できないけど、確かにオレと愁ちゃんはする事もない。
……いや。それでも振袖のまま行く必要なんて一切ないんだけど。

「愁君、ナオをよろしくね」

お母さんがにっこりと愁ちゃんに微笑めば、愁ちゃんは苦笑いで返してオレを見遣る。

「……で、ナオ、どうするの?」
「どうするの……って」

どうしよう、という目で愁ちゃんを見上げる。

「俺は一緒に行きたいけどね。せっかくだし」

愁ちゃんの言葉にぐらりと心が揺れる。
……さっきもこの格好で照れてたし、この姿の方が愁ちゃんは喜んでくれるのかも。
まあ……、誰にも会わないよね。

「……わかった。……行く」

そうと決めたら、なんだか途端に恥ずかしさも無くなって、むしろ楽しくなってきた。
草履やカバンも良子叔母さんに借りて出かける用意を済ませる。
「行ってきまーす」と声をかけると、お母さん達はこちらを振り返りもせずに「はーい」とだけ返事をして、早速コタツの上で牌をジャラジャラと掻き回し始めた。

×

愁ちゃんと並んで神社までの道を歩く。
新年らしいキリリとした寒さの中、周りを見渡すとどこの家もお正月ムードで、玄関には門松やしめ縄などが飾られてる。

「うー……。振袖って歩きにくいっ……!」

女の子ってこんな窮屈な服をよく平気な顔で着ているなあ。
帯もギュウギュウと締め付けて苦しいし。
歩幅も狭くてなかなか早く歩けない。

「でもホントに良く似合ってるよ」

愁ちゃんはクスクスと笑いながらゆっくりとオレのペースに合わせて歩みを進める。
……愁ちゃんの方がよっぽど似合ってるよ。
最近の男の人はめったに着物なんて着ないけど、もっと頻繁に着ればいいのに。
オレも大人になったら“可愛い”じゃなくて“格好いい”って言われるようになりたいな。
ぼんやりとそんな事を考えていたら、小さな段差に草履が滑ってぐらりとバランスを崩してしまった。

「!? うわわっ!」

咄嗟に愁ちゃんの着物の袖を掴むと、愁ちゃんはオレの身体を支え起こした後手を差し出す。

「危ないから、ハイ、手出して」

手を取られて、そのまま手を繋ぐ。
しかも、指と指を絡ませる……いわゆる恋人繋ぎってやつ。
うっわー……。ホントに恋人同士っぽい……!
カアッと自分の顔が火照るのがわかる。
手を繋いだ事は何度かあるけど、こんなに堂々と繋いだ事はもちろん無いし、恋人繋ぎなんて初めてで。
手を繋ぐ以上の事もとっくに経験してるのに、まるで付き合いたての恋人同士の様に胸が高鳴った。

本当に、オレがもし女の子だったら……。
愁ちゃんと堂々と恋人同士になれたかも知れないのに。
もしかしたら、結婚だってできたかも。確かイトコ同士は結婚も出来るって聞いた事ある。
あー……、何でお母さんはオレを女の子に生んでくれなかったんだろう。
考えてもしょうがないことは判っているけれど、手を繋いだままそんな事ばかりグルグルと考えてしまう。
その時、後ろからの突然の声にオレの思考はいきなり中断された。

「あれ? 愁兄ちゃん?」

そ……その声は……っ!!

「久しぶりっすね。何してんですか、そんなオシャレな着物着ちゃって」

ヤバイ! 拓也だっ!
慌てて袖で顔を隠しながら愁ちゃんの後ろにさっと身を隠す。
今オレが女装してるなんてバレたら、拓也の事だから冬休み明けにクラス中に面白可笑しく言いふらすに決まっている。
オレの心臓はさっきとは全く違う意味でバクバクと鳴り始めた。
さすがの愁ちゃんもこの展開には少し焦ったようで、最初の言葉に詰まりながら拓也に返答する。

「あー……、えっと、今から初詣行こうかと思って。拓也君は?」

愁ちゃんの言葉に、拓也はニヒヒと白い歯を見せながら嬉しそうに笑顔を見せると、ポケットからゴソゴソとポチ袋を取り出した。

「オレはお年玉でゲーム買いに行く途中です! ……つーか後ろの人……彼女ですか?」

うっ……!
バレる!!
ツーッと背中に冷や汗が流れる。

「ま……ぁ、そうだよ」

まじまじとオレの顔を見ようと近寄る拓也を制するように、愁ちゃんが間に入る。
さすがに無視する訳にもいかないし、かといって声を出したら確実に気付かれてしまう。
オレは愁ちゃんの背中と着物の袖で顔を隠しながらも、ぎこちなく拓也に笑いかけた。

「へー。超カワイイですね! 直人の奴、愁ちゃんは彼女いないよって前言ってたくせに、なーんにも知らないんだなっ。……可哀想な奴」

拓也はオレに全く気付いてない様子でケラケラと笑っている。
拓也のヤツ、オレがいないからって好き放題言ってるよ……。
何はともあれ、拓也が鈍感で本当に良かった……。
ホッと小さく安堵の溜息を吐いて、もう早く行こうよ、とツンツンと愁ちゃんの袖を引っ張る。

「あー……、拓也君、早く行かないと欲しいゲーム売り切れちゃうかもよ」
「やべぇっ! そうだった! 俺、じゃあそろそろ行きます!」

直人にもよろしくー、と付け加えながら、拓也は嬉しそうにゲーム屋に向かって駆けていった。
拓也の姿が見えなくなるまで二人で駆けていった方向を眺める。
しばらく立ち尽くした後、愁ちゃんと顔を見合わせて苦笑し合った。
……し、心臓に悪い……っ!!

×

ようやく神社に到着したオレ達は、人混みの中、ゆっくりと境内の中を進んでゆく。
境内は参拝客で溢れていて、愁ちゃんと手を繋いでいないと、すぐに迷子になってしまいそうな程。
オレ達みたいに着物を着ている人はあまりいないので、時折チラチラと視線を感じる。

「ね、見て。あの二人、超美男美女カップルだね……。あー、私も振袖着てくれば良かったな」

後ろからそんな会話がヒソヒソと聞こえてきて、褒められて嬉しい気持ちよりも、男だとバレていないという安心感でホッとする。
そもそも、オレにとっては“美女”なんて、褒め言葉かどうかすら微妙なところだし。
そのまま境内の奥へと進んでいくと、屋台からの甘い匂いが鼻をくすぐった。

「あ、愁ちゃん、あそこで甘酒配ってるよ!」

後で飲んでいい? と、弾む声で愁ちゃんの顔を見遣ると、愁ちゃんは微苦笑を漏らして、「一応お酒だからやめておいて」とやんわりと断られる。

……どう言う意味だろ? まあ、愁ちゃんが飲みたくないならいいけど。

「じゃあ、おみくじ引こうよ? 今年の運試しっ」

愁ちゃんの腕を半ば強引に引っ張り、おみくじを配る巫女さんに挨拶をしてから、差し出された箱をカラカラと振る。
一枚ずつおみくじを受け取り、せーのの合図で同時に開くと、そこにはどちらも大吉の文字。

「やった!」
「今年も、いい年になると良いね」

お互いに顔を見合わせてにこりと微笑み合う。
そのまま参拝の列に並び、順番を待つ間におみくじの内容を読んでいると、ある一文が目に留まった。

《恋愛運――困難の多い道だが、互いに信じ合えば必ず結ばれる――》

……まさしくオレ達のことを言われているみたいで、ドキリと心が揺れた。
お互いに信じ合えば……。いつか、本当に結ばれる時なんて、来るんだろうか。
愁ちゃんを好きな気持ちは誰にも負けないつもり、だけど……。
おみくじを真剣な顔で見つめていると、愁ちゃんにポンポンと肩を叩かれた。

「ナオ、オレ達の番が来たよ」

ハッと顔を上げて、愁ちゃんの顔を見る。
どうしたの? と問いかける優しい笑顔に、何でもないよと笑って誤魔化した。
お財布から小銭を取り出し賽銭箱に投げ入れると、勢い良く鈴を鳴らす。
パンパンと二回手を叩いてから、目を瞑って願い事を心の中で呟く。

―――神様、明けましておめでとうございます。どうか、ずっと愁ちゃんと一緒に居られますように――

顔を上げてちらりと横の愁ちゃんに目線を移すと、愁ちゃんはまだ長い睫毛を伏せて願い事をしていたようだった。
階段を下りながら愁ちゃんに声を掛ける。

「ねえ、何をお願いしたの?」

願い事は言ったら叶わないんだよ、と微笑を浮かべて階段を下りてゆく愁ちゃんは、少し経ってから付け足すように小さく呟く。

「多分……ナオと同じ事だよ」

同じ事……。そうだったら、いいな。
ナオ、と不意に呼ばれて愁ちゃんの方に顔を向けると、トン、と軽いキスを不意打ちでされた。
突然の事に反応して、自分の目が大きく見開かれる。

「なっ……! こんな人がいっぱい居る所でっ……」

カアッと熱くなる顔を隠すように片手で口を押さえる。
一瞬の事だったけど、絶対、今後ろの人に見られたっ……!!

「だって、ナオがあまりにも可愛過ぎるから、我慢効かなくなった」

ペロ、と舌を出しながら愁ちゃんが悪戯っぽく笑う。
むうぅ……。
今日は愁ちゃんを照れさせる予定だったのに、やっぱり結局はオレが照れちゃってるじゃん……。
……よし、今からもう一回愁ちゃんを照れさせてやるっ!
そう決意したオレは愁ちゃんの手を取ると、今度は自分から指を絡ませた。

 × × ×
続き
 × × ×

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2010年05月16日 17:38
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。