××× 続き9

episode12

《直人目線》

休み時間のガヤガヤとした教室の中、一際大きな声が教室内に響く。

「なあ、直人ー! 今日って何月何日か知ってる?」
「え? 2月14日でしょ?」

隣の席の拓也に顔を向けて答えれば、拓也はわざと大袈裟に身体を反らせて驚く振りをする。

「おー! そうだった! 今日はバレンタインじゃないかぁぁ!」

……演技ヘタ過ぎだよ。
周りにいる女の子達がオレ達を見てクスクスと笑っていて、かぁっと顔が熱くなる。
なんか、オレまでチョコをすっごい欲しがってるみたいじゃんか。
そんなオレ達の様子を後ろから見ていた桜がはぁ、と呆れ顔で溜め息を吐く。

「なんだよ、桜。言いたい事があるならハッキリ言えよ」
「……拓也はさ、黙ってる方がモテると思うよ」

桜の皮肉に気付かずに、言葉通り素直に受け取った拓也は、そうかぁ? と満更でも無さそうに喜んでいる。
そんな拓也の様子にもう一度小さく溜め息を吐いた桜は、手提げカバンから可愛らしくラッピングされた包みを取り出すと、拓也の顔の前にグイと差し出した。

「……はいっ」
「まじっ!? さ……桜ああー! 俺の気持ちを解ってくれるのはお前だけだよ!」

拓也はううっと泣く真似をしてから、桜から奪い取るように包みを受け取ると、早速嬉しそうに包装紙を開いてチョコを口の中に放り込んでいる。

「えーっと、……はい、直人にも」
「あ、ありがとう」

チョコなんて貰うのに慣れていないオレは、少しドキドキしながら桜から包みを受け取った。
ピンクと赤の薄い包装紙を開くと、ココアパウダーが塗された丸いチョコがコロコロと入っていて、ふわりと甘い香りが広がる。
一つ摘まんで口に入れると、すぐに口の中で溶ける程柔らかい。

「美味しー……! これ、桜が自分で作ったの?」

驚きながら桜に訊ねると、少し顔を赤らめながら桜は恥ずかしそうに微笑んだ。
桜のチョコを食べながらふと愁ちゃんを想う。
――愁ちゃんに上げたら、喜んでくれるかなあ?
甘いの苦手だから、作るとしても苦めにしないと……しかも簡単に出来る奴。

「ねぇ、桜。甘いのが苦手な人だったらどんなチョコが喜ぶかなぁ?」
「女の子でもないのに、誰かに上げるの?」

桜がフフッと笑いながら答える。

「や、その、別に変な意味は無くてっ……」

慌てて誤魔化すと、桜は頬に手を宛ててうーん、と少し考えてから口を開いた。

「そうだなぁー。ブラックチョコを溶かして、果物とかに掛けたら、甘さ控え目で美味しいかもね」

さすが女の子……!
オレには到底思い付かないようなアイデアを出してくれる。
よしっ! 早速帰りに材料を買って帰ろっと!
――オレは桜のアイデアをありがたく頂戴する事にして、もう一つ桜のチョコを口に頬張った。

×

一日の授業も終わり、掃除の時間。
ゴミ捨てを任されたオレと拓也は、大きなゴミ袋を二人で持ちながら校舎裏を歩いていた。
なんだろう……。
いつもふざけた事ばかり言う拓也が何故か黙々と歩いているので、体調でも悪いのかと心配になってくる。
拓也? と声を掛けようとしたのと同じタイミングで、拓也は真剣な表情でオレに顔を向けると、思いがけない言葉を発した。

「……直人はさー、桜の事……どう思ってる訳?」
「え? どう思ってるって?」

質問の意味が理解できずに聞き返すと、拓也は驚いた表情を見せる。

「あ、お前……気付いて無かったの?」

キョトンと拓也を見つめ返していると、拓也は頭をクシャクシャと掻いて小さく唸った。

「ぅあー……、もうこうなったら言っちまうけど、桜は多分……お前の事好きだよ」
「……えええ!?」

拓也の言った言葉を理解するのに数秒かかってから、目を見開いて叫んでしまった。
有り得ないっ。
いや、有り得ないって言うか……今まで全然そんな感じでも無かったし……。
何て答えていいのか判らずに口をパクパクとさせていると拓也が続けて話す。

「だって、前お前ん家行って勉強した時も……桜はあの美形の愁兄ちゃんより直人の方が良いって言いかけてたじゃん」

そう言えば、桜が顔赤くしてたのはなんとなく覚えてるけど……そんな事言ってたかどうかなんて全然覚えてない。

「良く……覚えてるね、そんな事」

……オレが女装してても気付かなかったぐらい鈍感なのに。
こういう事に関して、まさか自分が拓也より鈍いとは思っていなかった。
やっと口を開いてそれだけ言うと、拓也は当然のようにさらりと答える。

「まあ、好きな奴の事ぐらいわかるよ」
「……ええええっ!?」
「はぁー。お前……ほんとに鈍いのな」

拓也の更なる爆弾発言にさらにビックリしてしまい、さっきよりも大きい声で叫んでしまった。
桜には秘密な、と拓也はニヒヒと笑ってから、照れ臭そうに傍にあった小石を蹴る。

「……俺はさ、桜の事好きだけど、直人の事ももちろん好きだし、ごちゃごちゃ考えんの苦手だからさ。いっその事、直人の気持ちを聞こうと思って。それで……」

拓也は一息にそこまで言うと、スゥッと深呼吸をしてから真剣な表情で続けた。

「直人が桜を好きなんだったら、俺は……お前達を応援するつもりなんだけど」

真剣な目に、オレは何て言っていいのか判らなくなってしまって、下を向いてつい視線を逸らしてしまった。
拓也が正直な気持ちを話してくれてるのに、オレは本当の事が言えない。
だって。
オレ、愁ちゃんと恋人同士なんだ。……なんて言ったら、一体どうなってしまうんだろう?
軽蔑とか……されてしまうのかな。
そもそも、オレと愁ちゃんの関係は二人だけの秘密って約束を破ることにもなるし……。
……ごめん、拓也。やっぱり、本当の事は言えない。

「オレ……別に好きな人がいてて」

拓也の目を見て言う事はやっぱり出来なくて、下を向いたまま小さく答える。
それでも、言ってしまった後は拓也の反応が気になってしまい、チラリと目線を上げて拓也の表情を窺った。
拓也は少し悲しんでいるような、でもホッとしたような複雑な表情を浮かべていて。
しばらく沈黙した後、拓也はゆっくりと口を開いた。

「そっか……まあ……桜の口から直接聞いた訳じゃないし、アイツがいないとこでこんな話するもんじゃないな。おっと、いつの間にかもうゴミ捨て場に着いてんじゃん! よし! この話はもう終わりだ! 今の話は忘れてくれ!」

そう言うと、拓也はいつもの明るい表情でアハハと笑い、持っていたゴミ袋を投げると、クルリと振り返る。

「でも、これだけは言っとく。俺は、桜の事好きだから。……いつか俺の気持ちが通じたと思ったら……告白するよ」
「うん」

桜の気持ちがもし本当だとしたら、胸がチクンと痛くなるけれど、拓也と桜がもし付き合ったりしたらすっごく嬉しい。
拓也と桜なら絶対お似合いだと思う。
夕暮れ色に染まりながら、堂々と自分の気持ちを言葉にする拓也の顔は、今まで見た中で一番格好良く見えた。

×

「ただいまー」

リビングの扉が開く音と共に、大好きな人の声が耳に入る。

「おかえり、愁ちゃん!」

愁ちゃんの帰りを今か今かと待ち構えていたオレは、ソファから勢いよく立ち上がると、愁ちゃんに抱きついた。
ただいま、ともう一度答えながら、愁ちゃんはオレのおでこに軽いキスを落として、着ていたコートを脱ぐ。
愁ちゃんが帰るまでに急いで作ったチョコを早く渡したくて、はやる気持ちを抑えながら愁ちゃんがコートを脱ぐのをじっと見つめる。

「愁ちゃん! 今日何の日か……」

……んん?
何の日か知ってる? と言いかけて、愁ちゃんが横に置いた大きな紙袋に気付く。
すぐに中身の予想がついたオレは、一気に自分の機嫌が悪くなるのがわかった。

「その袋……何」

判っているものの、つい聞いてしまう。
愁ちゃんは、ああ、と特にオレの声色が変わった事に気付く様子もなく返答した。

「貰ったんだけど、あんまり甘い物好きじゃないからどうしようかと思って……捨てるわけにもいかないし……」

そのまま、ナオ、食べる? なんて言ったら思いっきり叩いてやろうかと思ったけれど、愁ちゃんも困った顔をしていたので怒るに怒れない。

「愁ちゃんとこ……男子校じゃん」

男子校だから愁ちゃんにはバレンタインなんて関係ない話だと勝手に思い込んでいた。
……例えオレが恋人じゃなかったとしても、これについては質問してもいいと思う。
袋の中身をチラリと覗くと、まるで小説か漫画のように袋一杯にチョコが詰め込まれていて。
どれもこれも手作り感満載の可愛らしいラッピング……これなんかハートのカードまで付いてるし。
男子校だからと思って安心していたけど……全然油断できないよ。

「そうなんだけど何故か……でも、帰り道に女の子からが殆どで、全部男って訳じゃ……」

いや、そんな補足説明もっと要らないし。

「ふーん。じゃあもうオレが作ったのは要らないよね」

口を尖らせてつい素っ気なく言ってしまう。
あー、もうオレの馬鹿。
自分だって貰ったくせに、恋人が貰うのは許せないなんて本当に自分勝手過ぎる。
でも、愁ちゃんの事となると、どうしても気持ちを抑えられなくて。
もっとちゃんと渡したかったのに、何でこうなっちゃうんだろう。
愁ちゃんはオレの言葉に目を丸くさせ、驚いた様子を見せる。

「ナオもくれるの? 嬉しい」
「甘い物、嫌いなんでしょー」

口では悪態を吐いているけれど、愁ちゃんの気を引きたいのはバレバレ。
だって、上げもしないのに作るわけ無いし。
でも、愁ちゃんがオレのチョコだけが食べたいっていう確証が持てないと、オレの下らない嫉妬心はとても収まりそうもなくて。
プイと横を向いて顔を逸らすと、腰に手が延びて愁ちゃんに身体ごと引き寄せられる。

「ナオのは特別だよ。……頂戴?」

うう。耳元で囁くのは反則だよ。
愁ちゃんのおねだりに、あっという間にオレは降参。
いつまでも意地を張ってるわけにもいかないし、ちょっと待ってて、と身体を離すと、冷蔵庫からやっと固まったチョコを取り出すとお皿ごと愁ちゃんに手渡した。
手作りって言っても、桜のアドバイスを参考に、苺に溶かしたチョコを掛けただけの超簡単チョコなんだけど……。
愁ちゃんが一つ摘んで口に入れるまでの動作を、ドキドキしながら見守る。

「美味しい」

ニコリと微笑まれて、やっと心の中でほっ、と安堵の溜息を吐く。
材料そのままだから当たり前なんだけど、やっぱり自分の作った物を人に食べてもらうのは緊張する。
愁ちゃんはいくつか食べた後、一つをオレの方に向けてもう一度ニコリと微笑んだ。

「ハイ、ナオも」
「いや、愁ちゃんに作ったんだからいいよ」
「でも美味しいから、ハイ」

向けた苺をそのまま近づけられたので、少し口を開くとそのまま中に入れられる。
うん。良かった。普通に美味しいや。
もぐもぐと口を動かしていると、愁ちゃんがクスクスと笑って、口の端を指し示す仕草をする。

「ナオ、口の横にチョコ付いてるよ」
「えっ? どっち?」

慌てて口の端を指で拭うと、反対、という声と共に愁ちゃんの顔が近づいてきて、ペロリと唇を舐められる。
驚いて薄く唇を開くと、隙間にそのまま舌を差し込まれ、徐々に舌を絡め取るようなキスへと変化する。

「ふぁ……んっ、んん……」

まだかすかに残る苦めのチョコの味と、甘酸っぱい苺の味が余計に頭をクラクラとさせる。
しばらくの口吻の後、少しだけ唇を離して苦しくなった息を整えながら訊ねた。

「……取れた?」
「まだ取れない」

そう言われて愁ちゃんにもう一度唇を深く重ねられる。
嘘ばっかり。
でも、そんな愁ちゃんが溜まらなく愛おしい。
愁ちゃんとキスをすればする程、好きという気持ちが抑えられなくなってゆく。
さっきよりも長い接吻けの後、足に力の入らなくなったオレは愁ちゃんにもたれ掛かるように呟いた。

「愁ちゃん、……好き」
「俺も大好きだよ」

顔を首元に埋められ囁かれると、腰が反応してジンジンと痺れてくる。

「……今日、シたいよ……」
「言わなくたって、……こっちだって、我慢限界」

もう、今日はめちゃくちゃになっても良いから、早く愁ちゃんと繋がりたい。
愁ちゃんが好きなのはオレだけだと。
愁ちゃんを好きなのはオレだけだと感じていたい。
ふわりと抱き上げられる感覚の中、すでに霞掛かったオレの頭は、そんな事ばかり考えていた。

× × ×

《愁目線》

――もう何度も繰り返してるのに、身体を重ね合わせる度に好きになっていく。
仄暗い部屋の中に聴こえるのは布の擦れる音と、ベッドの軋む音。
そして時折混じるのは、直人の甘い喘ぎ声。

「あっ……、ひゃぅ、んぁっ!」

裏から表まで隙間無く舐め切ってもまだ愛し足りなくて。
直人の肌は蕩けるように甘くて、俺はしっとりと濡れた肌に舌を這わせる。
……一体今日、何度目のキスなんだろう。
もう幾度目か判らなくなった接吻けを交わす。
舌を延ばして口腔を掻き回せば、直人の舌が絡んで、吸い付いて離さない。

「あぅ……んぅっ……」

自分の汗が、ポタリと直人の桃色に染まった肌に落ちる。

「愁ちゃっ……あぅっ……ゃ……」

ねだるような甘い声。
快感に耐える表情も、声も、息も、全てが“もっと”と俺を誘っているように思えてくる。
ギリギリまで腰を引いて浅めの所を刺激すると、俺の腕を掴む直人の指に力が入るのが判った。

「しゅ、う……ちゃぁ……」

身体は熱いのに頭の中はやけに冷たくて、俺はぼんやりと帰り道の事を思い出していた。

――ずっと、貴方の事を見てました。良かったら、コレ食べて下さい。
――彼女とか、いるんですか?
――貴方が好きなんです。付き合って下さい。

とりあえず受け取りはするものの、ゴメンね、と謝ると相手はとても悲しそうな顔をしていた。
でも、本当にゴメン。俺はナオじゃないとダメなんだ。
ナオは俺の事を優しいって良く言うけれど、それは大きな間違いで。
正確に言えば……ナオ以外に興味なんて無いから。

まさか直人に気持ちが通じるとは思っていなかったから、当たり障り無いように生活を送っていて、そしてそれはこれからも変わらないと思っていた。
何度も諦めようとして、何人かと付き合ったりもしたけれど、一層空しくなるだけでどれも長くは続かなかった。
直人と気持ちが一つになれたのは本当に嬉しかったけれど、一層感情の歯止めが効かなくなってしまったようにも思える。

愁ちゃん、と直人が呼ぶ声に意識を戻される。
直人の額に汗が玉になり、ツッと流れ落ちる。
その汗を舌で舐め取り、そのまま肩口に唇を当て強く吸い上げて離せば、赤い痣となって肌に残った。

――――俺ダケノ物ニナレバイイノニ。

そんな自分勝手な欲望が溢れだしてくるのを必死で抑える。

「しゅ、……っちゃん……あぁっ! ……しゅう、ちゃっ……」

直人は行為の最中に名前を呼ぶ癖があるらしく、呼ばれる度に自分を必要に思われているようで自身に熱が籠る。
最初は死ぬほど恥ずかしがるくせに、一度箍が外れてしまえばより快感を求めてどんどん淫らになっていく。
一番深くに突き当てると、反射的に直人の細い腰が跳ね上がり、ギチギチと俺を締め付けて離さない。

「ナ、オ……っ……ちから……抜いて」
「ムリぃ……ぁんっ! ひぁん!」

流石に辛くて声を掛けると、直人は首を大きく横に振った。
もう一度腰を引いて直人が刺激に慣れるまで動きを緩めると、直人が大きく深呼吸をする。

「……ナオの事が好きで、好きで、頭がおかしくなりそうなんだ」

直人の耳元にキスをしながら素直な気持ちを伝えても、間もなく絶頂を迎えようとしている当の本人には全く聞こえていないようで、ただただ甘い啼き声を上げるばかり。
そのまま直人の一番弱い箇所を擦る様に腰を動かすと、今日一番の嬌声を上げて応える。

「ひああぁんっ! あっ……ああっ!」

より強い快感を与えてあげたくて、前を握ってゆっくりと動かすと先からトロトロと透明な蜜が溢れ出る。
直人の足先が丸まり、ビクビクと腰が痙攣をし始めた。

「あっ……あっ……も……だ、めぇっ」
「ナ、オ……」

直人の手がシーツをギュウと掴むのを見て、手を取り指を絡ませる。
このままずっと繋がっている事が出来たら、どんなに幸せだろう。
直人の中が蠢動し達したと感じた瞬間に、俺は直人の最深部に自分の想いを注いだ。

 × × ×

《番外編 直人目線》※episode12の数日後の設定です。

今日の体育はマラソン大会に向けての練習。
凍えるような寒さの中、男女混合でグランドを走るという、授業と言う名の拷問訓練。

「あ゛ーさみぃぃ!」
「何で……冬はマラソンなんだろうね」

トラックを走りながら拓也と会話する。
オレの学校はなぜかマラソン時はジャージ不可で、身を切る様な冷たい風が腕や脚に容赦なく当たる。
ふとトラックの反対側を見ると、半周遅れの桜が女の子の友達と並んで走っているのが見えた。

「あ、拓也。向こう側に桜がいるよ」
「ホントだ。よし、アイツ抜かして一周遅れにさせてやろうかな」

またそういうあまのじゃくな事を……。
その瞬間、桜が向こう側でバランスを崩すのが見えた。
オレ達があっ、と思った時には桜は地面に思いっ切り転んでしまって、周りを走っていた子達が手を貸そうと慌てて集まり始める。

急いで桜の所まで走ろうとしたけれど、既に長時間走り続けているため、なかなかスピードを上げる事が出来ない。
拓也はというと、桜がコケたのを見た瞬間に有り得ないスピードを出して、グングンと前の子達を抜かしながらあっという間に桜の元へと走って行った。

やっと息を切れさせながら桜の元に走り寄ると、桜が膝を抱えているのが目に入る。
膝には大きな擦り傷ができていて、流れる赤い血がとても痛々しい。

「……桜! 大丈夫?」
「あはは。ごめん恥ずかしいとこ見せちゃったね。大丈夫、大丈夫。ちょっと保健室行ってくるね」

桜は明るく笑って立とうとしたけれど、すぐに顔をしかめて尻もちをついた。

「っ痛……っ!」

慌てて手を貸そうとしたけれど、オレよりも速く動いたのは拓也で。

「バッカじゃねぇの。ほら、おぶされよ」
「いっ……いいよっ!」

拓也が身を屈めて背中を向けると、それを見た桜はかあぁっと一気に顔を赤くさせる。

「歩けねー奴が何言ってんだよ。さみーから早くしろよ」
「で、でもっ……」

ぶっきらぼうに拓也が言うと、桜はまだ戸惑っている様子で、どうしよう、という顔でオレの顔を見上げた。

「確かにそんな怪我してちゃ歩けないよ。…先生には言っといてあげるから、早く保健室行きなよ」

オレもやんわりと促すと、桜はようやく戸惑いながらも拓也の背中に身を預けた。
拓也は、よっ、と桜を背負うと立ち上がる。

「あ、ありがと……」
「……お、おぅ」

ぎこちなく桜がお礼を言うと、拓也は素っ気なく返事をして歩き出した。
周りのみんなはやれやれとすぐに走り始めたから気付いていなかったけれど、オレだけは見ていたんだ。
二人の耳が、後ろから見ても判るほどに真っ赤になっていたのを。

 × × ×
続き
 × × ×

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最終更新:2010年05月16日 17:54
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