××× 続き10

episode13-1

※ここから愁…高3 直人…中1になります。

《直人目線》

――柔らかな暖かい陽射しが教室に差し込んでいる。
校舎の周りに植えられている桜は満開で、オレはヒラヒラと舞い落ちる花びらを窓からぼんやりと眺めていた。

もう中学生かぁ…。
去年は勉強ばっかりしてた記憶であんまり楽しい思い出は無かったなぁ…。
まあ、愁ちゃんに付きっきりで教えて貰ってたのは嬉しい事だったけど。

猛勉強の甲斐あって、オレはこの春、愁ちゃんと同じ学校に入学する事が出来た。
懇切丁寧に教えてくれていた愁ちゃんは、合格の知らせが届いた時はお母さんよりも喜んだぐらいで。

チラリと自分が着ている制服に目線を落とす。
濃紺のブレザーに、胸ポケットには金糸で刺繍されたエンブレム。
チェックが入った灰色のズボン。
そして中等部規定の青のネクタイ。

今、憧れだった愁ちゃんが着ていた制服を自分が着ているなんて、入学してもう二週間以上経つのになんだか実感が沸かない。
……格好良く見えたのはやっぱり愁ちゃんが着ていたからだったのかなぁ。

制服の事はとりあえずいいとして、肝心なのは授業の方。
着いて行けるか本当に最初の頃は不安だったけれど、いざ始まってみると意外と大丈夫みたいでホッとした。
……まあ、オレの横に居る奴は相当苦労してるみたいだけど。

「……直人ぉぉー。はぁ……もう今日のテストも散々だったんだけど。あー、まじで俺はサッカーさえ出来ればいいんだけどなー。俺、行く学校間違えたかも……」
「……オレもまさか一緒の学校になるとは思ってなかったよ」

隣で紙パックのジュースを気だるそうに飲んでいる拓也を見遣る。
拓也は窓に顎を乗せながら、ストローをブラブラと揺らして遊んでいて。
この学校はスポーツ推薦という制度があって、サッカーが大得意な拓也はその枠であっさりと入学を決めた。

去年死ぬ程勉強したオレにとっては若干納得がいかなかったけれど、全然知らない子達の中で拓也と同じクラスになれたのはやっぱり心強くて安心する。
もちろんここは男子校なので、残念ながら桜は公立の学校に進んでバラバラになってしまった。
桜とは入学祝に買ってもらった携帯でごくたまにメールする程度だけど、それでもオレ達三人は昔と変わらず仲が良い。

「なー直人。次の授業何だっけ?」
「次? んーと、英語じゃない?」
「げぇぇ……最悪。ん……? あ、あの白衣着てる奴、愁兄ちゃんじゃね?」

拓也の声につられて窓の下を覗き込むと、確かに次の授業へと移動する愁ちゃんが見えた。
制服の上から白衣を着ているって事は……恐らく次は化学の実験でもするんだろう。
数人のクラスメイトらしき人達と談笑しつつ歩いていて。
家に帰れば今まで通り会えるんだけど、それでも愁ちゃんと学校で会える事は滅多に無いから、つい心臓が高鳴ってしまう。
……ついでに言ってしまうと、白衣姿にドキリとしたって言うのもあるんだけど。

「愁ちゃん!」

オレ達がいる三階の校舎の窓から呼び掛けると、声に気付いた愁ちゃんは目線を上げてオレ達に気付く。
オレと目が合うと、愁ちゃんはニコリと微笑みを返してからヒラヒラと手を振ってくれた。
そのまま行くのかと思ったら、一緒に歩いていた人達に先に行ってて、と声を掛けてからオレの方へと身を近づけて話し掛ける。

「ちょうど良かった。ナオ、今日提出課題忘れてたでしょ。朝、叔母さんに渡すよう頼まれたから、お昼休みに持っていくからー」

あ。そうだ。
今日の午後からの授業に必要だったのに、リビングの机の上にすっかり忘れてた。

「ゴメン、ありがとー。次、化学なの?」
「? そうだよ」
「実験、頑張ってね」

オレが意味の無い応援を送ると、クスクスと愁ちゃんは微笑んでから、また後でね、と背を向けてクラスメイト達の輪に戻って行った。

愁ちゃんの姿が見えなくなってから拓也がポソリと呟く。

「相変わらず格好良いお姿な事で……」

……確かに。……白衣姿はオレもヤバイです。
オレが心の中だけで激しく同意をしていると、拓也は続けて口を開いた。

「しかしお前ら相っ変わらず仲良いなー。お前は知らないだろーけど、入学してから俺は大変なんだぞ」
「え? 何が?」

意味が解らずに拓也に聞き返す。

「なんかさー、『南川先輩と良く一緒に帰ってるアイツは何者なんだ』とか、『どういう関係か知ってるか』って、違うクラスの奴とか、はたまたサッカー部の先輩とかが聞いてくんだよ。
そんたびにアイツはただの従兄弟ですよって言うのしんどいよ」

……まさかオレの知らないところでそんな変な事になっていたなんて。
そうだった。バレンタインの時、去年も今年も愁ちゃんはチョコを大量に貰ってたっけ。
愁ちゃんは学校での事をあんまり話さないから今まで良く知らなかったけど……やっぱり油断ならない。

「なんか……ごめん。みんなもオレに直接聞いたらいいのにね」
「万が一お前が恋人だったらショックで立ち直れねーからじゃねーの?」

ケラケラと笑いながら茶化す拓也にギクリと固まってしまった。
拓也は時々気付いてるのか気付いていないのかわからないような事を言ってオレを焦らせる。
恐らく……というか絶対後者だとは思うんだけど。

「はは……そんな訳ないのにね……。って言うか、そもそも男同士だし」

適当に誤魔化すものの、自分で言ってて悲しくなってくる。
もちろん今でも愁ちゃんとの関係は誰にも内緒。
でも、やっぱり堂々と付き合えないのは淋しくて。
考えても仕方のない事ばかり頭に浮かんできて、つい暗い表情になってしまう。
窓の外を眺めながら考え込んでいると、拓也の声に突然パッと意識が引き戻された。

「おっと! 休み時間もう終わりじゃん。直人、次の授業俺が当てられたらマジで助けてくれ」
「あ、ああ、うん。わかった――」

曖昧に拓也に返事をするのと同じタイミングで、次の授業の予鈴が鳴り響いた。

× 

自分が忘れたのに、愁ちゃんにわざわざ届けて貰うのも悪いよね……。

オレは今、急いで昼食を済ませた後、愁ちゃんの居るクラスへと向かっているところ。
……さっきから周りの視線が痛い。なんで中等部の奴がここに? みたいな目でこっちを見てくる。
高等部とは校舎が別棟になっているし、そもそも制服のネクタイの色も違うからどうしても目立ってしまう。

もう早く愁ちゃんに貰って帰りたい。
内心ビクビクしながらも、やっと愁ちゃんのクラスまで辿り着いて教室の扉をそろそろと開ける。
……あれ? 愁ちゃん、いない……?

「中等部の仔がこんな所まで何の用?」

キョロキョロと見渡していると、入口近くの席でパンを食べている生徒の人に話しかけられた。

「愁ちゃ……じゃなくて、南川さんって今どこに居るか分かりますか?」

オレが愁ちゃんの名前を出すと、その人はオレを頭からつま先までジロジロと見てから、表情を一気に怪訝なものへと変えてまるで汚い物を見るような目つきで冷たく答えた。

「……アイツに告白でもすんの? はぁ……アイツも顔が良いばっかりに変な奴等に狙われて、ホントある意味可哀想だよな……。ああ、絶対断るから止めとけ、止めとけ」

その人は愁ちゃんに同情するようにヤレヤレと言った顔で溜め息を吐いた。

「は!? や、違います!」

ブンブンと頭を横に振って慌てて否定する。
愁ちゃんが告白とかを受けているのもショックだったけれど、それよりもその事に対する一般的な人の考えを目の当たりにしてしまって、もうその場から早く立ち去りたいぐらいだった。
オレが否定すると、途端に表情が和らぐ。

「あ、ごめん違うの? いや、なんかたまに変な奴が来るから勘違いしちゃってさー。 ……ってか南川がどこ行ったかなんて俺も知らねー……。あ、美倉なら居場所知ってるかも」

後ろを振り返って、美倉―! と教室の奥で談笑しているグループに大きな声で呼び掛けると、美倉と呼ばれた人がこちらに気付いて振り返った。
そのまま、何―? とオレの方に近づいて来る。

わ……。近づいてきた顔を見てびっくりしてしまった。
愁ちゃんとはちょっと感じが違うけれど、引けを取らない程の綺麗な顔立ち。
オレの前に立つと、じっとオレの顔を見詰めてから口を開いた。

「君、愁の従兄弟のナオ君でしょ?」

 × × ×

追加キャスト
■美倉 千秋(ミクラ チアキ)

 × × ×

突然オレの名前を言われたのでビックリしてしまった。

「えっ! なんでオレの事知ってるんですか?」
「愁が良く話してるから。この春入学したんだってね」

“愁”と呼び慣れた感じの雰囲気にピクリと反応してしまう。
そう言えば、愁ちゃんの友達を見たのはこれが初めてかも知れない。

「俺、美倉千秋。午前中の移動教室の時、愁の横に居たの……気付かなかった?」

……愁ちゃんしか目に入ってませんでした

「すみません、遠くて顔がよく見えなくて……。愁ちゃんから聞いてるかも知れませんが、柊直人と言います。美倉さん、それで、あの、愁ちゃんが今どこに居るか知ってますか?」
「……愁“ちゃん”ね」

ボソリと小さく呟いた後、続けて口を開いた。

「愁ならさっき廊下で先生に呼び止められて、何か用事があるとかって職員室に行ったけど。まあ直ぐに戻ってくるんじゃない?」
「そうですか……」

どうしようかな。自分の教室まで戻ってもいいけど、せっかくここまで来たなら待っていた方が良いようにも思える。
一番最初に話し掛けてくれた生徒の人はもう用は済んだと教室に戻ってしまって、教室の入り口にはオレと美倉さんの二人が残った。
美倉さんも廊下に出ると、教室との窓に背をもたれかけさせて、無言でオレを見ている。
気……気まずい。なんか……喋らないと間が持たない。

「えっと、美倉さんは……愁ちゃんとは、仲良いんですか?」
「仲良いよ。愁とは中等部の時からクラス一緒だし、名前も近いしね」

そう言って美倉さんは初めてフワリと笑顔を見せた。
それはまるで愛しい人の事を想う時のような笑顔で、何故だかキリキリと胸が痛くなった。
もしかして、美倉さんは……いや、でもそんな単純な考えがあり得るわけ無い。
オレが何とも言えずに立ち尽くしていると、美倉さんは小さく呟いた。

「……ったく、どー考えても俺の方が……」
「? ……何か、言いました?」

美倉さんが何を言ったのかよく聞き取れなくて訊ねると、急に美倉さんの声が冷たく変わって、キッと睨み付けられた。

「愁と付き合ってんだろ? あんなに愛されてるのにまだ嫉妬する訳? 欲張りな奴だね」
「えっ!?」

美倉さんの言った言葉に、一瞬思考がフリーズする。

「なっ……! そのっ……オレ達、別にっ!」
「はっ、隠すなよ。別に誰かに言う訳じゃ無いし」

相変わらず口調は冷たくて、オレを見透かすように小さく嘲笑う。
……この人は、本当にオレ達の関係を知っている。
何で? 誰が?
何でこの人がオレ達の……オレ達“だけ”の秘密を知ってる訳?
バクバクと心臓が急に波打ち、冷や汗が背中を伝うのが判った。

「……愁ちゃん、から……聞いたんですか」
「愁が言う訳無いのはお前が一番良く知ってんじゃないの?」
「じゃっ……何、で!」

もう全然意味が解らない。
最初に話した時からなんだか好意的ではないと感じていたけれど、さっきから敵意剥き出しの態度に段々オレも腹が立ってきた。

「やっぱり、愁からなーんにも聞いてないんだね」

クスクスと美倉さんは口に手を当てて意地悪そうに笑ってから、続けて口を開く。

「……俺は愁の“元”恋人だよ?」

その言葉を聞いた瞬間――頭が真っ白になった。

「う……そ」

開いた口がわなわなと震える。

「本当だってば」

美倉さんは愉快そうに笑いながら、ジリジリとオレに近づいてくる。

「そ……そんなの、し、信じません」

愁ちゃんが? オレの前に? しかも男って……!
そんなの、信じたくない。
そりゃあ、あれだけ格好良ければ恋人の一人や二人居たのは当然かも知れないけど、別に今まで深く考えた事なんて無かった。
多分……考える暇が無いぐらい、愛されていたから。

「あ、そ。じゃあ知ってる? ……愁の内腿にホクロがあってさー。そこを舐めると感じるみた――」
「……っ!! 止めて下さいっ!」

耳元で囁かれてカアッとなったオレは、ドンッと美倉さんを突き放した。
この人っ……! 全然愁ちゃんを諦めてないじゃんっ!

「あなたと愁ちゃんがっ……昔付き合ってたかなんだか知らないけどっ!……今付き合ってるのはオレです!」

キッと睨んで見上げると、へぇ、と美倉さんは意外そうな顔をした。

「……言うじゃん。ちょっと言えば泣き出すかと思いきや」
「一体……何がしたいんですか」

愁ちゃんとの事を知ってるくせにバラす様子でも無いし、この人の考えてる事が全く解らない。
暫くの間、お互いに無言で視線を合わせる。
逸らすもんか。愁ちゃんを想う気持ちなら、オレだって負けない。

数十秒、それとも数分だったのかは判らないけれど、先に視線を逸らしたのは美倉さんの方だった。
フイと一瞬だけ顔を背けて淋しそうな様子を見せたかと想えば、すぐにまた向き直って冷たく意地悪な表情に戻ると、オレに向かってゆっくりと答えた。

「……別に? 関係をグチャグチャにしてやる事なんて簡単なんだけどね。そうだな、例えば……このままナオ君を襲ってもいいし」

そう言ってまたオレににじり寄ってくる。

「や、めーー」
「……千秋?」

――その時、美倉さんの背中越しに愁ちゃんの声が聞こえた。

「そんな所で何してんの? ……あれ? ナオ?」

愁ちゃんの声が聞こえた瞬間、美倉さんはパッとオレから身を離す。
さっきまでの冷たい表情から一変してニコッと微笑むと、愁ちゃんに向かって明るい声で答える。

「愁、遅いー。 何かナオ君に渡す物あったんでしょ? 待ち切れずに取りに来てくれたみたいだよ」

ナオ君とは初めましての挨拶をしてたんだよねー、と愁ちゃんに向けた笑顔のままコチラを振り向く。
と、同時にボソリと小さな声でオレだけに聞こえるように囁いた。

「……いらねー事言うんじゃねーぞ」
「……!?」

美倉さんの豹変ぶりに頭がついて行かなくて、咄嗟に何も言い返す事が出来ない。
愁ちゃんはと言うと、オレ達が並んでいるのを見てほんの一瞬困惑したような表情を見せたものの、すぐにいつもの愁ちゃんに戻ってオレに謝った。

「ナオ、ごめんね。俺が行くつもりだったんだけど、なかなか先生が帰してくれなくて。今、持ってくるから」

ちょっと待ってて、と愁ちゃんが教室の席までに取りに戻る。
その間にまた二人きりになってしまったオレは、ちらりと美倉さんの様子を伺う。
美倉さんは、もうオレの事なんかどうでもいいみたいな様子で教室に居る愁ちゃんをじっと見詰めていた。

「美倉さんって……二重人格なんですね」
「別に。……愁を悲しませるような真似しやがったら、ぶっ殺してやるからな」
「そ、そんな事、あなたに言われなくたってしません!」
「うるせーよ。愁にバレるだろ?」

なんなのこの人。まじで意味解んない。
……ちょっと、オレより前に付き合ってたからって。

「お待たせ。ハイ、もう忘れちゃダメだよ?」

教室から出てきた愁ちゃんから課題のノートを受け取る。
なんか、美倉さんの前で上手く愁ちゃんの目を見れない。

「……ありがと。昼休み、もう終わるし……オレ、もう戻るね」

だめだ。
……これ以上、美倉さんと愁ちゃんが二人で居るところを見たくない。
オレは素っ気なく愁ちゃんにお礼を言うと、すぐに背を向けてそのまま振り返る事無く自分の校舎へと駆け足で戻った。

 × × ×
続き
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最終更新:2010年05月16日 18:22
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