episode13-2
≪千秋目線≫
あいつの姿が見えなくなってから愁に視線を向ける。
「初めてナオ君と話したよ。……良い子そうだね」
「良い子だよ」
ふふっと愁が柔らかく笑う。
その幸せそうな笑顔が俺の心を締め付ける。
俺はスゥッと深呼吸をすると愁に向かって口を開いた。
「あー……愁」
「何?」
「……俺、あの子に俺達が昔付き合ってた事言っちゃったから」
「っ……!?」
サァッと愁の顔色が変わったのが見て取れる。
まあ、数年も前に別れてて今は友達だと思ってる奴に言われれば当たり前だろうな。
「別に本当の事でしょ? こーいうのは後々バレる方がこじれるんだからさ。早くぶっちゃけるに超したことはないでしょ」
「……それはそうなんだけど」
愁は家に戻ってからの事を考えたのか、長い睫毛を伏せて何とも言えない様な複雑な表情を浮かべた。
「何そんな難しい顔してんの。まあ、あん時は……何つーの? 若気のいたりってやつ? 安心しろよ。今は愁の事なんてなんも意識してないから」
ホラ、午後の授業始まるよ? なんて軽く笑ってから愁の背中を押して教室に入る。
――心の中は全く違う事を考えていたけど。
全く、自分でも本当に良くこんな嘘が吐けると思う。
なんで俺じゃなくてあいつなんだろう。
従兄弟だから? ……俺だって、中学の時から愁の事をずっと好きなのに。
もちろん今でもその想いは消えなくて、そしてこの先も消える事は無いだろう。
さっきあいつにも言ったけれど、別に仲を壊してしまう事なんて簡単にできる。
二人の関係や昔の俺達の関係を言うだけでも、相当周りは引くだろうし。
でも、それをしないのは……愁の事が好きだから。
愁の悲しむ姿を見たくないし、愁には好きな奴と幸せになって貰いたい。
……その好きな奴が俺だったらと、もう何回思っただろうか。
でも生憎、恋愛って奴はそんな単純には成立しない。
愁と別れても友達の関係が続いている事をむしろ感謝するぐらいなのに。
そもそもあいつがこの学校に入学するって聞いた時から、なるべく顔を見ないように避けていたし、もし会ったとしても俺達の事を言うつもりも無かった。
勿論さっきだって本気で襲うつもりなんて毛頭ない。
でも、面と向かってあの“当然のように愛されてます”って顔を見てたら、俺の内側からどんどん黒い物が噴き出してきて歯止めが効かなくなってしまった。
……俺はただ、愁を好きな奴が此処にも居るって事を伝えたかっただけなんだ。
ーー授業はすっかり始まっているけど、俺の耳には一切入ってこない。
離れた席で教科書に目を落とす愁の横顔をぼんやりと見詰めながら、俺は三年前――中学三年生の冬を思い返していた。
× × ×
3年前 回想
《千秋目線》
× × ×
男とは、心と体は別に機能することが出来る生物だと改めて実感する。
それはある意味博愛で、そして残酷でもある。
「もっとキスして」
そう言って自分から愁の唇を塞ぐ。
深く舌を差し入れて貪るように接吻けを交わすと、最終的には愁の方から苦しくなって頭を離そうとする。
俺はそれでも頭を押さえて離さない。
付き合ってから、これで何度目の行為だったかな。
するとなったらキスも前戯も何もかも最後までしてくれるけど、愁から求められたことは一度も無い。
……身体は満たされても、心は決して満たされない事を知っているから。
俺に言わないだけで、愁には別に好きな人がいる事はとっくに気付いているんだ。
そして、俺がその人の代わりになれない事も。
――それでも、俺は愁が好きなんだ。
「ん……、ふ」
愁の物を銜えて精一杯の奉仕をすると、愁は眉を寄せて声を出さずに快感に耐える。
声出してくれた方がやり甲斐あるのに。
チラリと横目で俺の顔を挟む内腿に目線を向けると、小さなホクロが目に入った。
愁にホクロなんて珍しいな。
口から手に変え、動かし続けながら顔を横に向ける。
ホクロを舐めとるように舌を這わせると、やっと愁の昂った声を聞く事が出来た。
「……ぁッ……千、秋……何……」
「愁。もう乗っていいでしょ?」
愁と付き合うようになったのは中3の夏から。
入学した時から愁は普段決して目立つような行動はとらないけれど、その美しさは群を抜いていた。
1年の時はクラスが違っていたけれど、時折見かける愁の周りにはいつも人がいて、優しい笑顔で会話していたのが印象的だった。
2年になって、同じクラスになった時は嬉しくて嬉しくて。
誰よりも愁と仲良くなって、いつか時が来たら俺の気持ちを言おうと決めた。
でも、仲良くなればなるほど話に「ナオ」という言葉を耳にするようになる。
――直人っていう従兄弟がいるんだけど、その子が――。
――ナオは俺達の学校に行きたいみたいで――。
――ごめん。今日はナオの家に寄って帰るって約束したんだ。
嬉しそうに話すお前を見て、姿もわからない相手にどれだけ俺が嫉妬したと思う?
俺は愁のネクタイをシュルリと解くと馬乗りに跨った。
「愁。今日で最後にする。せめて最後は……俺を……ナオ君だと思っていいよ」
ネクタイを愁の目に巻き付け、きつく結んで視界を遮る。
「何言って……!? 千秋っ! これ外……!」
そのままもう一度深く接吻けをする。
幻でもいい。本気で、愁に愛されたい。
「愁、ちゃん……」
耳元で囁くと、途端に愁の身体が反応し始める。
「っ……! その呼び方やめっ……」
「愁、ちゃん。……挿れるね?」
グズグズにほどけた自分の蕾に愁のモノをあてがい、ゆっくりと腰を落としてゆく。
ズズッと卑猥な音が身体の中に響く。
俺が基本受け役なのは、やっぱり受けの方が愛されてる感じがするからって理由だけなんだけど。
「ふ……っ……」
「愁、ちゃん……?」
もう一度、愁の耳元で囁く。
最初は抵抗していた愁も、視覚を失い快感だけを与え続けてやれば、次第に倒錯状態に陥っていった。
「……んっ、……ぁ……」
「……愁……ちゃん」
心はひどく傷ついているのに、初めて愛されているような感覚に包まれる。
愛情。嫉妬。虚無感。幸福感。
一度に余りにも多くの感情を抱えすぎて自分が保てなくなりそうになる。
自分で望んだことなのに、もし今あいつの名前で呼ばれたら自分のネクタイで絞め殺してしまうかもしれない。
快感だけに集中しろ。そう決めて、俺はまたゆっくりと腰を上下に動かしていく。
頭が蕩けそうになるのを必死に堪えながら、掴んで抑えていた愁の手を俺のモノにそっと触れさせる。
愁は促されるまま両手でゆっくりと包み、愛撫し始めた。
壊れ物を扱うように、優しく、丁寧に。
「愛し、てる……」
「俺、も……」
……初めて愁の口から本当の愛の言葉を言われた気がするよ。
愁が俺の顔を見れない事で気が緩んだのか、大粒の涙が頬を伝った。
episode13-3
《直人目線》
――あれから午後の間どうやって過ごしたかほとんど覚えていない。
気がついたら自分の部屋のベッドに腰掛けて、ぼんやりと壁を見詰めていた。
家に着いたら愁ちゃんの方が先に帰ってきているかと思ったけれど、どうやらオレの方が早かったみたいだ。
美倉さん……と愁ちゃんがオレより前に付き合っていた?
最後に二人が並んでいた場面が頭の中でフラッシュバックする。
背の高さも同じぐらいで、どちらも見とれるほど格好良い。
あれが本当のお似合いカップルって奴なんだろう。
オレ……愁ちゃんのこと……一体どれだけ知ってたのかな……。
コンコンとドアがノックする音に続いて「ナオ」と愁ちゃんの声がした。
愁ちゃん、いつの間にか帰ってきてたんだ。
「ナオ、……入ってもいい?」
ドア越しに遠慮がちに話し掛けられる。
「……」
口を開いたものの、言葉が出てこない。
しばらくの間。
足音がしないって事は、ドアの向こうではオレの返答を待っているんだろう。
聞きたくない……けど、聞かないと前に進めない気がする。
オレは決心して深呼吸すると、いいよとドアの向こうに声を掛けた。
ゆっくりとドアが開いて愁ちゃんが入ってくる。
ポスリとオレの横に腰掛けると、静かな声で話し始めた。
「千秋から……どこまで聞いたか判らないけどーー」
「全部知りたい」
愁ちゃんの言葉を自分の言葉で遮る。
「愁ちゃんの事、好きだから……全部知りたい」
まっすぐ愁ちゃんの瞳を見詰める。
愁ちゃんは少し驚いたような顔をしたけれど、しばらくの沈黙の後、わかった、とゆっくり話し始めた。
どれもこれも初めて聞く話ばっかりだった。
オレと初めて会った時から想ってくれていた事。
嫌われるんじゃないかとずっとその想いを黙っていた事。
そして……美倉さんとの事。
話を聞いている内につまらない嫉妬心は掻き消えて、愁ちゃんの言葉一つ一つに涙が出そうになる。
「千秋には悪いと思うけど……昔も今も、俺が愛してるのはナオだけだよ」
愁ちゃんは話の最後をそう締め括った。
言葉が、心に染み渡る。
美倉さんの事を思うと、むしろこんなに愛されて申し訳ないような気さえしてしまう。
オレも……愁ちゃんにその分の愛をちゃんと返さなくちゃ。
「あのさ、……オレ、背伸びたよね?」
「え? うん、伸びたね」
唐突な質問に愁ちゃんが戸惑ったような声で返答する。
愁ちゃんにはまだ足りないけど、小学生の時からは確実に伸びている。
「だから……オレ、もう子供じゃないよね?」
「? ……何? いきなり……わっ」
愁ちゃんの肩を掴むと、そのままポフッと自分のベッドに押し倒した。
「愁ちゃんがオレの事好きで居てくれてるように、オレも愁ちゃんの事愛したい。だから……今日はオレが上になる」
「なっ……ナオ、本気で言ってんの?」
思わぬ提案に、さすがの愁ちゃんも少しだけ焦った表情を見せる。
愁ちゃんが焦るとことか久しぶりに見た。
いっつもオレが照れて焦ってばっかりだったから、ちょっとはオレも成長したのかも。
「本気じゃなきゃ、こんなこと言わないよ」
安直な考えだけど、そうしたら愁ちゃんの事が本当に全部知れる気がするんだ。
「愁ちゃん。オレの事好きになってくれてありがとう」
「ナオ……」
そう言ってオレは、初めて愁ちゃんにキスをした時のようにそっと愁ちゃんに唇を近づけた。
長い睫に縁取られた愁ちゃんの瞼に接吻けを落とす。
愁ちゃんはゆっくりと瞼を上げ、至近距離で柔らかく微笑んだ。
オレもニコリと微笑みを返して今度は首筋にキスをする。
そのまま鎖骨辺りまで舌を這わすと愁ちゃんの身体がピクリと反応を示した。
いつもの愁ちゃんの真似をしてチュウと吸い付いて唇を離せば肌に桜の様な痣が残る。
「愁ちゃんにも……キスマーク付けちゃった」
「好きなだけ付けていいよ。後でお返しに俺も付けるから」
クスクスと愁ちゃんが楽しそうに笑って首筋に顔を埋めてくる。
今日はオレが攻めなのに、なんだかやっぱり愁ちゃんに攻められてる気がする。
「指……入れるね?」
「……うん」
自分の唾液で十分に濡らした指をそっと差し込むと、クチュリと内側の粘膜に触れる感覚。
そこは口の中の様にしっとりと薄い膜で被われていて、それでいて蕩けるように熱を持っていた。
「……っ」
ヒュッと愁ちゃんが短く喉を鳴らして息を吸う音が耳元で聞こえた。
痛くないか不安になって愁ちゃんの顔を覗き込む。
「大丈夫? 痛くない?」
「痛く、ない……よ」
今まで見た事無いような表情がオレを一層ドキドキさせる。
上気した頬や、吐く息すら艶めかしい。
爪を立てないよう慎重に指を擦り動かすと、他とは異なる感触を指先が捉えた。
そこに触れた瞬間、愁ちゃんの腰がヒクリと揺れる。
オレが何度も感じた事があるあの感覚。
多分、ココが愁ちゃんの“イイ所”なんだろう。
グゥッと指の腹に力を入れて押し付ける様に撫でると、愁ちゃんが唇を噛んで快感に応える。
「ふっ……ナ、オ……そこ……」
小さく喘ぐ愁ちゃんは鳥肌が立つ程妖艶で、愁ちゃんがもっと気持ち良くなるように何度も何度も指を往復させていると、急に愁ちゃんにグイと頭を強く引き寄せられて唇を奪われる。
今まで以上に激しいキスで、苦しくなって唇を離すと銀色の糸が俺達を繋げる。
自分から離したのにその糸が切れてしまうのがなんだか悲しくて、途切れる前にもう一度深く唇を重ね合わせた。
気を抜くと指の動きが疎かになっていて、愁ちゃんに耳元で止まってるよ、と囁かれる。
攻めるのって案外難しい。
今はオレじゃなくて愁ちゃんをより気持ち良くさせたいのに、気付けばすっかり受け身体勢になっている自分がいる。
でも、感じている愁ちゃんを見ていたらオレの方が先に我慢できなくなってしまった。
多分……もう良いよね。
オレはゆっくりと指を引き抜くと、自分の腰を擦り寄せて少しずつ前へと押し出していった。
「っ……」
思った以上にそこはきつく、ギチギチと入り口で止まってしまってなかなか愁ちゃんの様に上手くいかない。
無理矢理進めても愁ちゃんが痛がりそうで怖い。
オレが戸惑っていると愁ちゃんが苦しそうな顔を少し微笑ませて口を開いた。
「……っはぁ……ナオの気持ちはもう十分伝わったから……無理しなくて良いよ」
「で、でも今日はオレがっ……ぅわっ」
そのまま胸を押されてベッドの上でくるりと上下反対に体勢を変えられてしまう。
上目遣いで悔しそうに愁ちゃんを見上げると、瞼に優しくキスを落とされた。
「たまにはこういうのもいいけど、やっぱりナオの可愛い声が聞きたい」
ぴったりと額を付けて話しかけられる。
愁ちゃんの瞳に自分の顔が映ってるのが見えた途端、なぜか今までのことを急に意識してしまって顔が一気に火照ってくる。
「ナオの続きはまた今度ね」
ああ、今回こそ照れないって思ってたのに。
さっきまで優勢だったのに、形勢逆転。やっぱり愁ちゃんには敵わない。
オレは半ば諦めて、愁ちゃんのリードに身を任せゆっくりと目を閉じた。
最終更新:2010年05月16日 18:28