××× 続き14

episode16

《直人目線》

愁ちゃんがこの家を出ていって……何日目だったかな。
……オレが約束を破ったからだ。
二人の秘密をオレが勝手に破ったからこんな事になってしまったんだ。
あの時、オレが桜に言わなかったら神様は違う道をオレ達に与えたかも知れない。

愁ちゃんの事を考える度に後悔と喪失感で胸が押し潰されそうになる。
あの日から学校を休んで部屋から一歩も出ず、食事も喉を通らない。
泣いても泣いても涙は枯れなくて、オレはベットから起き上がる事もせずに死んだ様にベッドに横になっていた。

目を瞑ると愁ちゃんの姿が鮮明に瞼の裏に浮かぶ。
いつもの優しい笑顔でこっちを見ていて、手を伸ばせば届くような距離。
愁ちゃんの頬に触れようと無意識にオレの手が動いて、その手が触れる瞬間に空中を掻いた事に気付く。
……いくら眠っても悪い夢は醒めなくて、一体この夢はいつになったら終わるんだろう?
ゆっくりと目を開いて薄暗い部屋の天井をじっと見詰める。

……もう、何も考えたくないや。
誰にも会いたくないし、何も見たくない。
オレは現実を否定するようにもう一度目を瞑ると、閉じた瞳から涙が零れた。

×

トントンとドアをノックする音で目が覚めた。
音に続けて部屋に入ってきたお母さんがテーブルに置いてある手つかずの食事を見るなり小さく溜息を吐く。
視線だけを動かして一瞬目が合ったけれど、オレは特に反応を見せる訳でもなく無言のまま部屋に沈黙が流れた。

「もういい加減拗ねるの止めなさい。……明日は学校行けそうなの?」

カチャカチャとお盆に片付けながら掛ける声にも聞こえない振り。
お母さんはオレだけ見送り出来なかった事に怒っていると勘違いしているみたいで、最初に休むと言った時も適当に反応を見せただけだった。
お母さんの様子を見る限りオレの愁ちゃんに対する気持ちに気付いた訳では無さそうで、追い打ちをかけるような言葉で無意識にオレの傷をえぐる。

「愁君、今まで姉さん達と離れてたから……やっとあっちで幸せに暮らせるわね」

……そう言えば愁ちゃんも同じ様な単語を使ってた。
『オレに幸せになって欲しい』って……愁ちゃんは今向こうで幸せなのかな。
あの時愁ちゃんの声はすごく辛そうで、言葉の意味を考えれば考える程混乱してくる。
お互い好きなのに、何で離れなくちゃいけないんだろう。
……オレの幸せって……一体何なの?
考えることを中断させていた頭をもう一度働かせる。

暫く思考を巡らせて行き着いた答えはやっぱり一つ。
オレの幸せは……愁ちゃんの側に居ること。

「…………たい」
「え?」
「愁ちゃんに会いたい」

もういい。神様なんて信じない。
だってこれ以上悪い事なんて起きない。
そうだよ愁ちゃん、オレ達は色々考えすぎたんだよ。
秘密の関係なんて……全部ばれてしまえばいい。

「お母さん、愁ちゃんの住所とか知ってるんでしょ? 教えて。……会いに行かせて!!」

ベッドから降りてお母さんに詰め寄る。
腕を掴んでゆさゆさと揺さぶりながら懇願すると、お母さんは眉を寄せて途惑ったような表情を浮かべた。

「ちょ、ちょっと待ちなさい。そりゃ愁君が居なくなったのはショックだったかも知れないけど……ただの従兄弟じゃ――」
「違う! オレ達は恋人同士だよ!」
「はああ? 恋人って……どういう……」

言葉に詰まるお母さんに一気に言葉を続ける。
小学校の時から付き合ってた事から何からなにまで全部。
話していく途中からまた涙が溢れてきて支離滅裂になっているのが自分でも解る。
それでもオレは気にせずに自分がどれだけ愁ちゃんを好きで、愁ちゃんがどれだけオレを大切にしてくれていたかを思いつく限り言葉にする。
最初の内はお母さんはぽかんと口を開けたまま聞いているだけだったけど、最後の電話の内容について話している時にはすっかり真剣な表情に変わっていた。

言い切った後、自分の気持ちを落ち着かせるために、すぅと小さく深呼吸する。
お母さんがどう反応するのか自分でも解らない。
今まで秘密にしていた事を一番言ってはいけない相手に話してしまった。
それでも胸のつかえが取れたように心はやけにスッキリとしていて。
口にしたことで今まで愁ちゃんに抱いていた感情を自分でも一層理解できた気がする。
ずっと一緒に居てたからとか、いつも近くに居てたからとかそんなんじゃなくて、本当にオレは愁ちゃんが好きなんだ。

「……まだ……信じられないけど……とりあえずアンタが愁君をどれだけ好きなのかはわかったわ」

ゆっくりと、途惑いながらも静かに呟やかれたお母さんの言葉。
突然一人息子にこんな事告白されて驚かない筈がない。
それでもまだ肯定的な言葉がお母さんの口から出たのは、おそらくお母さんも愁ちゃんと長い間一緒に過ごしてきたからだろう。
でも、じゃあと次の言葉を促したのと同時に聞こえたのは先程とは全く違う、やけにきっぱりとした口調だった。

「――でも、住所は教えない」
「なんでっ……!」
「愁君の言ってる意味がお母さんは理解できるから。あんたはまだ中学生だし。住所だって……教えたところで一人で行けるわけもないでしょ。それに別にお母さんは……その、同性愛、って言うの? ……それを認めたわけじゃないもの」
「じゃあ、どうしたら認めてくれるの?」

目を伏せて目線を会わせないように話すお母さんに向かって必死に食い下がる。
オレの訴えを聞きながらお母さんは自分の顔を覆うように片手を充てると、困惑した表情でじっと黙っていて。
息が詰まりそうなほどの長い沈黙が部屋に流れる。

「……何があったって、オレの気持ちは変わらないよ」

押し黙ったままのお母さんに更に言葉を被せる。
性別、血縁関係、年齢、世間体。
愁ちゃんやお母さんが気にするような事なんて、もうオレには関係ないから。
するとその言葉に反応するようにようやくお母さんはゆっくりと顔を上げ、小さく溜息を吐きながら答えた。

「わかったわよ……。もし……高校卒業しても、まだあんたの気持ちが変わらなかったら……その時はもう好きにしなさい」

高校卒業までだなんて、考えただけで気が遠くなる程の時間。
でもそれしか愁ちゃんに会う方法が無いのなら、今はそれにしがみつくしかない。

「……その言葉、絶対忘れないでね」

――愁ちゃん、待っててね。
今までずっとオレを想ってくれてた分だけ、オレもこれから愁ちゃんを想い続けるよ。

 × × ×

《番外編 拓也目線》

いやもうあの時はマジビビッたよ。とにかくビビッた。
まさか直人と愁ちゃんがデキてる……ああ言い方が悪かった、恋人同士だったとは。
初めて聞いたとき今まで黙っててごめんって直人は謝ってたけど、怒るも何もただただ俺は驚いてしまってその時は何も言えなかった。

まあ俺から見ても二人はお似合いだと思うし、いいんじゃね?
小学校の時からの付き合いだけど直人は直人だし。
変わったと言えば、昔よりもオドオドしなくなったぐらいか?
他の奴等にも男が好きってことを特に隠す様子もないみたいで、なんかもう吹っ切れたんだろなあと思う。

――でも、学校の全員が俺みたいに人間の器がデカい奴じゃないから時たまこういう事もあんだよな。

「おはよう、拓也」
「おー直人。今日早えーな」

早朝練習が終わり教室でクラスの奴等が登校するのを待っていると、早めにやってきた直人に声を掛けられた。
直人が席について机からノートを出すのを何気なく眺めていると異様な光景が目に入る。
広げたノートには「ホモ野郎」とか「死ね」とかの暴言がマジックで殴り書きがされていて。
俺は慌てて直人の様子を伺ったけど、当の本人は小さく溜息を吐いただけでパタンとノートを閉じると鞄から新しいノートを取り出した。

「お、おいそれ……まさか結構前からヤラれてんのか!?」
「あ……見ちゃった? まあ気にしてないし大丈夫だよ」
「気にしてないって……お前が気にしてなくても俺が許さん!!」

俺はキッと周りを見渡す。教室には俺等しか居なかったからもちろん犯人が誰なのか判るわけはなかったけど。
女みたいな陰湿なイジメしやがって。
マジで許せん。今度部活の帰りに張り込んでぶっ飛ばしてやる。
バシバシと自分の掌にパンチをしてからもう一度直人を見遣る。

「……おい直人。もう俺に隠し事してないだろーな」
「……え?」
「今度俺に何か秘密にしたら絶交だ。今なら許す。だから何かあるなら言え」

親友なのに水くさい。若干苛つきながら俺は席を立つと直人の席まで歩み寄る。
ぐいぐいと顔を近づけて直人に詰め寄ると、直人は困ったように逆にじりじりと後ろに身を引いた。

「こ……こういう系ではもう無い、けど……」
「今“けど”っつったな? あんだな?」

逃げ場を無くすように更に追求する。
なんかコレ、まるで俺も直人を好きみたいじゃん。いや好きだけど。
ほら、アレだ。この好きは親友としてであってだな、決して恋愛では無い。
俺が好きなのは桜だからな。そこを間違えないでいただきたい。
ちなみにまだ告白はしていないです、意外とヘタレですみません……ってアレ、俺誰に話してんだ?

「で、何だよ」
「あー……、あのさ、……絶対笑わない?」
「笑う? 何が?」
「小学校の時……お正月に……愁ちゃんに会ったの覚えてる?」

直人の言葉に一気に肩の力が抜ける。
はあ? 何を言い出すかと思えばお正月?
俺はもっとなんかこう……すごいシリアスな展開を求めてたんだけど。
仕方なく俺は言われるがまま正月のことを思い返す。
確か……ばあちゃん家行って、蟹食って、貰ったお年玉でゲーム買いに行って、その後はひたすら姉ちゃんと対戦……。
あ、そうだ。それでゲーム屋行く途中で愁ちゃんに会ったんだった。
男前な着物着て、後ろには可愛いらしい振袖姿の彼女――。…………彼女?

「んあ? あの時確か彼女連れてたような……? あれ?」
「………………………」

混乱する頭で直人の顔を見ればもの凄くバツの悪そうな顔。

「マ……マジでええええ!? あれお前かよ!?」
「……だから言いたくなかったのに。……とりあえずコレでもう秘密は無いよ」

ブツブツと嫌そうに呟く直人の横で、俺が爆笑して涙を流したのはもちろん言うまでもない。

――と、まあ最近の俺達はこんな感じだ。
ああ、心配しなくても高校卒業までは俺がコイツの面倒を見ますんでご心配なく。
それよりも皆様俺の恋愛の方を心配して下さい……ってだから俺ホントに誰に話してんだ?

episode17

《6年後 直人目線》

一人空港に着いて、掲示板を頼りにスーツケースを押しながらバスに乗り込む。
全く聞き取れない早口のアナウンスが流れる中、まるで絵本のような街並みを窓越しに眺め、ふと思い出したようにポケットから一枚のメモを取り出して広げる。
……とうとうこの日が来たんだと思うと緊張で持つ指が震えてきた。
あの日からオレは愁ちゃんの事について一切喋っていなかったから、卒業式の日に家に帰るなり告げた言葉はお母さんを酷く驚かせた。

「――オレ、愁ちゃんに会いに行くから」

その時は何も言わず諦めたように無言で住所が書かれたメモを渡してくれただけだったけど、空港に見送りに来てくれたお母さんは別れる前に愁ちゃんについてほんの少しだけ教えてくれた。
オレと離れた後、愁ちゃんは叔父さんの健康を考えて医学の道に進むことに決めたらしい。
現在は医学生として地元でも有名な大学に通っているらしくて、計算すると今年で最終学年の六回生になる。
愁ちゃんの事だから多分国家試験も難なくこなしてしまうんだろうな。
そうだ、家を尋ねるより大学に行った方が会えるかも知れない。
路線図を見るとちょうど大学はこの先の停留所。
オレは行き先を大学へ向かうことに変更することに決め、メモを大事に折り畳むともう一度ポケットにしまった。

× 

大学構内はとてつもなく広くて、正門を入ると綺麗に手入れされた芝生が広がっている。
医学部の校舎へと向かいながら舗装された道を歩きながら辺りを眺めていると、ある事に気付いた。
多くの学生達が芝生に腰を下ろして談笑している中に、明らかに同性同士で指を絡めたりしているカップルの姿が先程から何組も目に入る。
日本ではこんな堂々とした場面はそう見ないので少し面食らってしまった。
そう言えば……この国では同性愛が合法なんだっけ。
国によってこうも恋愛に対する人の意識って違うものなんだなあ、と内心少し笑ってしまう。

ようやく医学部の校舎まで辿り着き、その場にいた適当な人に拙い英語で声を掛ける。
この国では英語が公用語じゃないけど、こういう時万国共通語って便利だなあと思う。
多分白衣を着ているからこの人も医学生なんだろう。
どうやらこの大学では日本人は珍しいらしく、すぐにその人は愁ちゃんがどこに居るのか笑顔で返答してくれた。

すぐにお礼を言って立ち去ろうとしたオレをその人はなぜか呼び止め、振り向くとにこやかな笑顔で今度は逆に質問された。
“君は愁の恋人なのか”って……余りにも唐突な質問に言葉が詰まってしまう。
どうしてそんな事聞くんですか、といぶかしげに答えるとその人はゴメンゴメンと笑いながら流暢な英語で説明をし始めた。
耳が追い付かなくて正確には聞き取れなかったけど、要約すると……多分こういう事を言ってたんだと思う。
――あいつはすごくモテるのに恋人を作らないから変わった奴だ。この間それについて尋ねたら“日本にすごく好きな人が居て忘れられない”って言ってたから、てっきり君のことかと思った――

その人の英語を必死に聞き取りながら、胸がバクバクと高鳴る。
会えなかったこの6年間、愁ちゃんを想わない日なんて無かった。
愁ちゃんに他に好きな人が出来たらどうしよう、オレのことを忘れていたらどうしよう。
会えない分だけ不安が募って、それでも、諦めきれなくて。

「今から、もう一度告白しに行くんです。……オレも、愁ちゃんの事が忘れられなかったから」

今度は英語ではなくて日本語ではっきりと答えた。
その人はオレの言葉が通じず、不思議そうな顔を浮かべていたけれど、笑顔でもう一度お礼を言ってから教えられた場所へと走り出す。

広い構内を駆けながら今までの思い出が走馬燈のように流れる。
プールに行ったり、花火を見たり。
一緒に料理を作ったり……愁ちゃん家にお泊まりした時もあったよね。
愁ちゃん、言いたいことが沢山あるよ。

遠くにずっと会いたいと願っていた人の姿がぼんやりと見える。
オレに背を向けて気付いていないけど遠くからでも目立つさらさらの黒髪。
段々とその姿がはっきりとしてくる。
どうしよう。嬉しすぎて胸が痛い。
後数十メートルという所で、愁ちゃんと向かい合って話していた人がオレに気付いて後ろを見るよう愁ちゃんに合図を送った。
愁ちゃんがゆっくりと振り向いたその瞬間、オレは大きな声で呼びかけたんだ。

「――――愁ちゃんっ!」

×××Fin×××

×後書き×
どうも。蝶々です。最後までお読み下さりありがとうございました。
飽き性の私がここまで長い文章を書き続けられたのはここでは割愛させて頂いておりますが全て読者の方のお陰でした。本当にありがとうございました。
話自体はここで完結なのですが、余りにもこの二人が好きだったので番外編をこの後もチマチマ書いています。
もしお暇な方は下のリンクから番外編も引き続き楽しんで下さい。

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番外編集
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最終更新:2010年05月16日 19:56
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