番外編①
とある休日の昼下がり、リビングから聞こえる二人の声。
「愁ちゃん……動いちゃ、ダメだからね?」
愁がぎゅっと目を瞑りながら、直人の服を握りしめて答える。
「……っ……あんまり奥まで入れないでね」
「大丈夫だよー。優しくするから」
直人は愁の言葉にクスクスと揶揄うように笑ったが、すぐに真剣な表情に戻して愁のものを見つめる。
そろり、そろりと壁を擦るように奥へと直人は進めると、愁の肩がピクリと震える。
「ここ、気持ちいいの……?」
「うん、でも……あんまり激しくすると、痛いかも……」
愁は気持ち良さからか、それとも緊張からくるものなのか自身でも判らないまま小さく息を吐くと、直人の膝にそっと手を置いた。
「もうちょっとだけ……奥まで……」
「痛っ!ちょっ……ナオ、今、奥当たった!」
もうダメ! と、愁が慌てて直人の手を掴んで動きを止めると、直人は残念そうに潤んだ瞳で愁を見遣る。
「むぅ。もうちょっとだったのに……。じゃあ、最後にこれだけ!」
そう言って、直人は愁の耳にふーっと柔らかい息を吹きかけた。
――耳掃除、終了!
番外編②
※コラボネタです。文:かずい様 コラボ作品:「どうして 変態 なんですか」
《慎也目線》
俺の名は中田慎也。
中田の"田"は濁るぞ。そこが重要だ。
なぜ重要なのかというと、俺の名の最後二文字を取って読むと分かると思う。
お、前方に旭発見。今日は遅めに登校してよかった。
「おはよ」
後ろから声をかけるが、返事がない。
「無視するなよ、旭」
無視されたお返しにお前の尻、触ってやろ。
「なぜケツを触る!?」
顔を赤らめて旭は言った。
(可愛いなー)
俺は心の中で笑う。彼を苛めることが今、一番楽しいかもしれない。
ふと後ろを振り返ると、小学生くらいの男の子が歩いていた。
(おー、可愛い子発見!)
早速その子の元へ向う。
そしてしゃがんで目線を合わし、「名前、何て言うの?」と聞いた。
「え…柊…直人…です」
直人くんは一線を引きながらも答えてくれた。
「へぇー、可愛いな。抱きしめてもいいか?」
「え…え?」
そうやって戸惑っている様子もまた可愛い。
俺は返事を待たずしてその小さい身体を抱き寄せた。
あー、若いと柔らかくて抱き心地がいいな。
「や、やだッ! 愁ちゃん!!」
直人くんはそう叫ぶと俺の腕の中で暴れ始めた。
「愁ちゃん、助けてっ!! 助けてーー!!」
「何やってるんだよ!? ナオを放せ!!」
直人くんの叫び声を聞き、恐らく愁ちゃん、と呼ばれた青年がやって来た。
彼は俺の胸倉を掴んで直人くんから引き剥がした。
「お前、誰だ?」
どぎつい視線を飛ばしながら愁くんは怒り心頭で俺を睨む。
「通りすがりの男子高生…かな? 直人くんがあまりにも可愛かったから」
当の直人くんは、愁くんの後ろに隠れて様子を伺っている。
「…は? ふざけんなよ」
「ふざけてはいない。本気で抱きしめたかったんだ」
すると後方から旭がやって来た。
「何やってんだよおおおおっ!」
…すごい形相。
「本当にごめんなさい、このアホのせいですよね。言わなくても分かります。
後で殴り殺しておきますのでどうかお許し下さい」
旭が何度も謝ると、怒っていた愁くんの顔が元に戻っていった。
「あ…いえ。そんなに謝っていただかなくても…」と必死で謝る旭に対して遠慮がちに言う。
「お前も謝れよ」
旭は俺をつついた。
状況を把握する。…俺が悪いな、ごめん直人くん。
「すみませんでした」
俺は二人に向って頭を下げた。
「本当にお前はアホだな。普通は顔見知りでない男の子を抱きしめたりはしないんだぞ?」
わかっているか? という風に旭は俺の方を見た。
「旭も可愛いよ」
俺が呟くと、旭はカッと顔を赤らめた。
やっぱり可愛いなぁ、お前は。
老若男女、俺はみんな好きだけど、旭は別格。
俺は嫌がる旭を無視し、直人くんとは違う気持ちでぎゅっと抱きしめた。
番外編③
※リクエストで書いたBLではなく普通ver.。
愁が直人や千秋と出会う前、中学の時付き合ってた彼女との話です。
書いてて恥ずかしくなったので色々省略したのを読み返しながら思い出しました。
《彼女目線》
「愁ちゃんっ! お待たせ!」
「ん、行こっか」
駅前での待ち合わせ。
私は余裕を持って出たはずなのに、待ち合わせ場所にはすでに愁ちゃんがいた。
腕を組んで歩いているとチラチラと周りの女の子の視線を感じる。
……すみませんね。不釣り合いな彼女で。
愁ちゃんとは小学校からの同級生。
私はずっと愁ちゃんの事が好きで、中学からは別々になってしまう事を知って卒業と同時に勇気を出して告白をした。
まさかOKしてもらえるなんて……本当に夢みたいだった。
学校が違うからなかなか会えないけど、今日は休日だからずっと一緒にいられる。
それに……今日はちょっと私にとって勝負の日なんだもん。
×
約束していた映画を一緒に観てから映画館を出て時計をみてもまだ4時だった。
「この後、どうしよっか? 買い物でもする?」
「……あのさ、愁ちゃん。今日、お母さん達いないんだ。……私の家、来ない?」
私の意外な提案に、愁ちゃんは少し驚いたようだった。
私達が付き合ってもう3ヵ月。
……多分この台詞で愁ちゃんは察してくれたと……思う。
女の子からこんな事を言うのは恥ずかしくて声が震える。
「……いいの?」
「うん、特に何もおもてなしできるような物はないけど……」
「全然いいよそんなの。ありがとう」
そう言って愁ちゃんは私の手を握って歩き始めた。
×
「……お茶、煎れて来たよ」
「ありがと」
私の部屋に横ならびに座ってお茶を飲んでいても、なんだかぎこちなくて話す会話が見つからない。
……女の子の部屋に男の子を呼ぶなんて初めてだし。
「……」
「……」
なんか……何もしてないのにどんどん緊張してきちゃった……。
「あ、なんか暑いねっ……窓でも開けよっか……ゎゎっ!」
そう言って立ち上がった瞬間、スカートに足が引っ掛かって前につんのめる。
愁ちゃんは倒れそうになる私を抱き止めてくれた。
「ご……ごめんっ」
「大丈夫?」
愁ちゃんの顔が近すぎて心臓が高鳴る。
何も言えずに愁ちゃんの目を見詰めていると、愁ちゃんはクスリと微笑んでから顔を近づけ唇を重ねてきた。
「ん……ふっ……ぁっ」
最初は軽い触れるだけのキス。
それから徐々に舌が入ってきて、自然と甘い声が漏れてしまう。
「んん……ふ、愁ちゃ……ん」
息が続かなくなって苦しくなってきた。
トントンと愁ちゃんの胸を叩いて唇を離してと合図を送る。
愁ちゃんはやっと顔を離して、また見詰めてくる。
多分……今、私の顔尋常じゃなく赤い気がする。
「続き……していいの?」
……愁ちゃんの言ってるこの意味は、キスの続きって事じゃなくて、その、いろんな意味の続きの事だよね……?
私はギュッと目を瞑ってコクンと頷いた。
すると愁ちゃんは私の頭を寄せて唇を耳に当てると、耳元で囁いた。
「じゃあ、一つお願いがあるんだけど」
「な、なに……?」
「今から俺の事、愁って呼んでくれる?」
耳元で囁かれてゾクリとした感覚が襲う。
「……しゅ、愁……」
「―――」
震える声で私が愁の名前を呼ぶと、耳元で私の名前を囁きながらゆっくりとベッドに倒された。
――それだけで、どこまでも堕ちていけそうな優しい声で。
番外編④
《執事×御主人様》
「あー……疲れた」
ボスンと直人がベッドに身を投げると、愁が微笑む。
漆黒の燕尾服に、白いシャツ。
胸には高級そうな金の飾りピン。
そして何よりもそれらをサラリと着こなす美しい顔立ち。
愁は姿勢良く直人の横に立つと、恭しく一礼をしてから静かに直人に声を掛けた。
「何かお飲み物でも飲まれますか、直人様」
「それより早くこの煩わしいドレスとコルセットを外せ」
「……かしこまりました」
愁は直人をベッドから起こすと、背中に周り、一枚ずつ慣れた手つきで脱がしてゆく。
直人の着ている服装は正装ではあるがタキシードでは無く、フリルたっぷりのドレス。
黒が基調とした布地に花やレースがあしらわれた、所謂ゴシック調の服装である。
当主である直人の父親の方針で、舞踏会に女装して紛れ込み、男の前で猫を被らないような花嫁候補を探す、
……というのが建前で、本当は父親の吐き気のするような趣味によるようで、直人はうんざりと言った顔で頭に着けていたカツラとヘッドドレスを投げ捨てた。
直人の身体を締め付けていたコルセットの紐を弛めながら、愁はゆっくりと訊ねた。
「今夜はいいお嬢様は見つかりましたか」
「オレは……お前がいればいいと言っているだろう」
コルセットを弛める愁の手を直人が掴み振り返ると、真剣な面持ちで愁を見上げてじっと見詰める。
愁は微笑のみを浮かべてその言葉には返答しない。
スッと自分を掴んでいた直人の手を外し、横に用意していた服を手に取る。
「……早くお着替えを済ませないと風邪を引いてしまわれます。さ、こちらの御召し物をどうぞ」
「要らない」
パシリと差し出された服を払う。
パサッと床に落ちた服を拾い上げようと、愁が膝をついて屈む。
直人はそんな愁を見下げながら口を開く。
「愁……お前はオレの事が好きか?」
「……ええ。直人様は私の命より大切な存在です」
膝をついた状態で顔だけを上げると、愁は端正な顔を直人に向けて、表情を崩さず答えた。
「……なら、……お前がオレを愛していると言う証明を」
直人が愁の頬に触れながら静かに命令を下す。
愁はクスリと笑い立ち上がると、ゆっくりと直人に自身の唇を重ねた。
「仰せのままに、御主人様」
番外編⑤
※コラボネタです。 文:かずい様 コラボ作品:「護ってやります」
《直人目線》
中学に入って、初めての夏休みになった。
朝一番で送られてきた、桜からの"会えないか"というメール。
今日は何も予定がなくて、愁ちゃんは夏季講習で昼まで学校だ。
だからオレは、桜にいいよって返事した。
拓也も誘ったけど、どうやら部活で無理みたいだ。
「おはよー」
朝8時、待ち合わせた公園で桜と出あった。
「直人…。え、えーっと、…来てくれてありがとう」と桜はやけに困ったような顔をして手を振る。
「どうしたの?」
「実はその~、知り合いのお姉ちゃんが直人に会わせてくれって言って…」
おずおず桜は答えた。言いにくいかのように。
何だろう? 別に会うくらい全然構わないけどな。
「じゃ、じゃあ電話するからちょっと待ってくれる?」
「うん」
オレは公園内の遊具に座って待った。
「あー…奈央だよ、うん。直人来てくれたんで…はい」
電話を切ると桜はおもむろにオレに頭を下げた。
「ホントごめん、直人! 私が不甲斐ないばかりに…」
「え? ごめん、全然わかんないんだけど…」
理由も聞かずに頭を下げられても、どうしたらよいのか分からない。
桜はなおも困った表情を浮かべる。
「ね、どうしたの桜? 怒ったりしないから、教えて?」
逆上させないように優しい声をかけたつもりだ。
「…来たら分かると思う……」
結局理由は教えてくれず、桜の言う"知り合いのお姉ちゃん"がやって来た。
「さーくらんッ! ごめんね待たせちゃって~」
恐らくその、"知り合いのお姉ちゃん"がやって来た。
「この子がナオくん!? きゃはッ、想像以上に可愛らしいわぁ」
長い茶色の髪の毛に、ゆるくかけられたパーマ。
その女の人はスタイルも良くて、化粧している甲斐もあるだろうけど結構美人に見えた。
「直人、この人は妹尾雀華さんって言ってね、私の学校のOGでね、私と同じクラスの子のお姉ちゃんなの」
「妹尾雀華ですっ! 早速で悪いんだけど~、さくらんと一緒にあたしの家に来て欲しいの!
あ、全然遠慮はいらないからね。あたしのことも"雀姉ちゃん"なんて呼んでくれると嬉しいかも」
「雀姉ちゃん?」
初対面の人なのに、馴れ馴れしく呼ぶのってどうなんだろ。
オレは恐る恐る言ってみた。すると。
「きゃーーーッ、いいな、ナオくんって!!! 素直ねぇ。萌えるわ」
雀姉ちゃんは頬に両手をあてて喜んだ顔をしていた。
萌え? 萌えるって、秋葉原とかで使われるあの言葉…だよね。
桜はテンションハイな雀姉ちゃんを横に、顔が曇っていた。
まぁ…確かに変な人だけど、別にそんなに困ることないんじゃあ?
オレはこの時の桜の気持ちがよく分からなかった。
桜と一緒にオレは、雀姉ちゃんのあとを着いて行った。
というかあとに着いて行くのは公園の外まで。
そこからは駐車場に止めてあった雀姉ちゃんの車に乗せてもらった。
ポルシェだ。すっごく高いんだろうな。ボディは赤くてピカピカで、カッコよくて。
オレも男だから、車とか見るとちょっと興奮する。
「ナオくん、来てくれてありがとうね。実はね、ナオくんに着て欲しい服があるんだ~」
雀姉ちゃんはハンドルを握りながら天真爛漫にそう言う。
すると傍らで桜が「ねえ直人、本当にいい? このまま着いて行っちゃって後悔しない??」と不安そうに聞いた。
オレは首をかしげた。着て欲しい服とは何か、とも疑問に思ったけど、やっぱり桜の不安そうな声が第一に不思議だった。
「ちょっとぉ、さくらんてば。それどういうことよ? 大丈夫よナオくん。あなた可愛いから絶対似合うわ」
「そういうことじゃないよ、雀華さん! 似合う前に直人が嫌がるよ」
「嫌がらないかもしれないじゃない。ねえ、ナオくん?」
"ねえ"ってオレに振られてもなぁ。どう答えたら良いのか。
オレは雀姉ちゃんの問いかけに愛想笑いで返した。
だってさ、まず服って何のことかわかんないし、桜がどうして雀姉ちゃんを止めようとしているのか分からないし…。
「着いたわよ、二人とも」
20分くらいしてオレと桜は、車から降ろされた。
目の前に広がっていたものは、びっくりするくらいの豪邸だった。
住宅街で、この目前の家だけ物凄く目立っている。隣の家でさえ、遠くてかすむほどだ(ちょっと大袈裟だけど)。
オレの家ふたつ分は確実にあるな。普通にオレの家も一戸建てで、充分広いと思っていたのだけど。
雀姉ちゃんは玄関の隣のバカでかいガレージに、ポルシェを器用に駐車した。
よく見ると、いやよく見なくてもまだ車が何台か置かれてあった。
ベンツにフェラーリ、ランボルギーニ。高級車ばっかりだ。
「びっくりしたでしょ? 雀華さんって社長令嬢なんだって。しかも超大手の食品メーカー会社らしいよ」
桜がこっそり耳打ちした。
社長令嬢かぁ。道理でこんなにリッチな家なわけだ。
「てことは行く末は社長なのかな?」
カッコイイな、だとすれば。
「うふふ、あたしはバカだから社長は無理ね。でも弟は賢いから、あとを継ぐとすれば弟だと思うわ」
車を止め終えた雀姉ちゃんに聞かれていたようだった。
不謹慎なことを言ってしまったかと思い、オレはすみませんと小さく謝る。
「気にしなくていいってば。じゃ、入ろ。たぶん弟たちもいると思うけど、無視してていいからね」
中も広くて豪華で、オレは息を呑んでばっかりだった。
ザ・金持ちって感じのツボやお皿や絵などが、ポイントポイントに飾られている。
オレがそれに差し掛かるたびに目をきょろきょろさせていると、
「ごめんね。パパがこういう骨董品みたいなの、好きなの。あたしは金持ちアピールしてるみたいですごく嫌なんだけど…」
雀姉ちゃんが申し訳なさそうに言った。
「あたしは愛と漫画とペラ本があれば生きて行けるッ! ってあ、」
二階に上がるとちょうど良いタイミングで、部屋からこれまたカッコイイ男の人が出てきた。
「うわ、雀華!」
「こう! ただいまぁ。っていうか"うわ"って何なのよ」
「頼むからやめろよ、勉強すんだからな!!」
「わかってるわよぅ。今日は可愛いお客さんが来てくれたもんっ」
金髪で背の高いその男の人はオレらの方を一瞥して、哀れんだような目をした。
「奈央ちゃん…新たな被害者連れてきちゃって、まぁ…」
「そうなんです、虎汰さん」
「被害者ってなによ! こう、あんた後で覚えてなさいよ?」
怒声で雀姉ちゃんは言うと、その男の人は負けじと罵声を浴びせて階段を降りていった。
「あ、ナオくん。今のがさっき言ってた賢い弟で、名前は虎汰(こうた)っていうの。あたしはこうって呼んでるけど…」
オレはまだ見える虎汰さんの姿を見た。
金髪…なのはさっき言ったけど、ピアスもあけててスウェット姿で、失礼だけど…ヤンキーみたい。
「全然賢そうに見えないでしょ? でも真面目で頭良いの。世の中変だよねえ」
そういえば、"勉強する"って言ってたな。
夏休みでもちろん、テスト期間中でも何でもない。受験なのかもしれないけど。
「雀姉ちゃん、さっきの被害者ってどういうことですか?」
虎汰さんの嫌がり方と言い、何かただならぬことなのかも。
どうしても気になったオレは、不躾ながら聞いてみた。
「被害者なんてとんでもない! こうが大袈裟に言ってるだけ」
「大袈裟じゃないわ! えっと…そこの、男の子!! 早く逃げなさいッ、雀華の魔の手から!」
今度は背後から女の子の声が聞こえた。
桜もオレも雀姉ちゃんも振り返る。と、そこにいたのはオレと同い年くらいの女の子だった。
「あ、亀依(きい)ちゃん」
桜がぼそりとその子の名前と思しきことを言った。
「どうも奈央ちゃん。そしてそこの男の子、はじめまして妹尾亀依です。奈央ちゃんと同じクラスでありまして、友達でありまして…。ってそんなこと言ってる場合じゃないわ! 男の子、早く帰ったほうが良い! あ、年上かもしれないよね。そこの殿方、早く帰った方が身のためでございますのよ」
「変でしょ? 亀依ちゃんっていつもこうなの」
「のんびり言ってる場合やあらしませんで!」
エセ関西弁? 確かに変な子だな…。桜の友達なんだから、良い子ではあると思うけど。
「キッキ。うるさいからどこかに行ってくれるかしら?」
「キッキじゃなーい! あたしは猿じゃないのよ、ヒューマンよ、ザットイズヒューマン!」
「ハイハイハイ、簡単な英語も使えないダメヒューマンのキッキにはバナナをあげるからさっさと立ち去ってね?」
「だからキッキって言うな! 亀依なのよ!? 北乃きいちゃんの亀依よ!? もー雀華なんか…あれよ、シェンロンに食べられちゃえばよろしいじゃないの!」
「ナオくん、キッキは一切無視しなさい。じゃあ行こうか、あたしの部屋に」
亀依ちゃんに突っ込むのが面倒くさくなってしまったのか、雀姉ちゃんは次の瞬間には無視してオレの手を引いて奥に進んだ。
「あ、ちょっと! 男の子か殿方ッ!! もうしらなーい、もん。雀華に何されるかわかんないからね!?」
背後からオレを呼び止めるけど、雀姉ちゃんに引っ張られてどうしようもない。
桜が亀依ちゃんに手を振り、やっとオレらは雀姉ちゃんの部屋に入った。
「ねえ桜、亀依、ちゃんが言ってたこと…」
それに、虎汰さんに桜も。オレは段々不安になってきた。
「…亀依ちゃんはちょっと大袈裟だけどね。雀華さんのこと嫌ってるみたいだから」
「もお。キッキのことは良いじゃない。それよりコレ!」
雀姉ちゃんはクロゼットの中の、紙袋の中から服を取り出した。
これは…。
何だかわからないけど、セーラー服? みたいだ。
「あ、これは涼宮ハルヒのコスね。で、こっちはナルトとかー、リボーンとかー、何でもいいから好きなもの着てみて!」
ズラーッと並べられた衣装の数々。中にはオレの知っているキャラの衣装もあった。
「え、着て欲しいものって…これ? ですか?」
「そうそう。前にさくらんにナオくんのトラ姿見せてもらったの。…で、着て欲しいなーって思って」
小学校の学芸会でやったあのトラ役。思い出すと、そんなこともあったなぁという感傷と、ちょっと恥ずかしいという思いでオレの胸は満ちた。
「やっぱ、ダメかなぁ? こうもキッキもさくらんも皆嫌がるのよ…」
「そりゃそうだよ…」
ガッカリしかけている雀姉ちゃんを、桜は肩をすぼめて見ていた。
どうしよう? 別にオレは、こんな服を着ることなんて全然厭わない。
それに、折角家にまで招待してくれたのだから…。
「着ますよ、オレ」
「ホントに!?」
案外あっさりした答えが返ってきた、と思ったのか雀姉ちゃんはすごく嬉しそうな声を上げた。
「じゃ、じゃあまずコレ着てみて!」と言って渡されたのは、巫女さんが着ていそうな服だった。
「何でもいいって言ったのに…」
桜はそういったけど、オレは着替えることにした。
正直言うと、スカートがない分全然ましである。
「じゃあ、あたし達は外にいるからね」
そういって二人は出て行く。広い部屋にオレ一人になった。
衣装は着るのが難しいかと思われたが、コスプレ初心者でも着ることが出来るようになのか、オレ一人でも充分簡単に着られた。
外へ通ずる扉をノックして二人に伝える。
「っっっかわいいいいッ!!!」
まず第一声は、雀姉ちゃんの黄色い声だった。
いつからか持っていたデジカメでいきなりオレの姿を写し出す。
「確かに……似合って…る…」
桜はどこに何の気持ちをぶつけてよいかわからない様子で、赤くなったまま目を逸らした。
「さくらん、こういう気持ちを"萌え"というのよ」
雀姉ちゃんはにこにこ顔で桜に言うと、またオレを向いて、肩に手を置いてこう言った。
「今度はナオくんが選んで! あたし達は隣の部屋にいるから、じっくり選んでね」
広い部屋で、多数の衣装を目の前にしながらオレはまた一人になった。
選んでっていわれても…。ナルトやブリーチなんかはオレも知ってる。
知っているヤツを選んでも面白くないよな…。見たこともない衣装着てみようかな。
って、オレ結構乗り気だなぁ。
座り込んでいろいろ考えていると、突然ドアがガチャガチャ鳴りはじめた。
何だろ、雀姉ちゃんかな?
ビックリしつつも扉が開くのを待ってみる。雀姉ちゃんでも桜でも無かった。
そして虎汰さんでも亀依ちゃんでもない。知らない、オレよりも確実に年上の男の人だった。
黒い髪の毛。背が見上げるほどに高い。
それに、カッコイイ。愁ちゃんがイケメンだとすれば、この人は男前って感じかな。
雀姉ちゃんのご兄弟の人かな? だとすれば妹尾家って美形揃いだなぁ。
「あ…、こんにちは」
その人は見知らぬはずのオレが部屋の中にいるのに特に驚きもせず頭を下げた。
「こ、こんにちは」
オレもつられて頭を下げる。
「雀姉ちゃんは?」
男の人はオレに聞いた。
「あ、えと…隣の部屋です」
「そっか。コンパス知らない? …あ、知る訳ないよな。ごめん」
いきなり質問されていきなり謝られて、オレには何が何だかよく分からなかった。
とりあえず、いえいえと顔の前で手を振ってみる。
見ず知らずの人同士で気まずいはずなのにその人はオレの目の前に座り込んだ。
「雀姉ちゃんに…着せられたんだな。俺もよくコスプレされたよ。今もだけど」
「そ、そうですか」
別に曖昧な返事をしようなんて思っていないけど、それしか言う言葉が見つからない。
「あの、オレ柊直人って言います。お邪魔してます!」
と、オレはその人に頭を下げた。今日、初対面の人が4人もいたけど、名乗ったのはこれが初めてだ。
「直人くん。俺は妹尾龍真(せのおたつま)です。よろしくね」
龍真さんは微笑んでオレに握手を求めた。それにきっちりとお答えする。
雀姉ちゃんも亀依ちゃんも変な人だけど、この人は良い人、だな。
「これ着たらたぶん、雀姉ちゃん喜ぶと思うよ。俺に着てっていう服は大抵これだから」
そういうのと同時に、龍真さんはある一セットの衣装を俺に渡して部屋から出て行ってしまった。
手渡された服を見てみる。角みたいなものが生えた赤い皮製の帽子。バッジがついてある半袖シャツ。で、半ズボン。
オマケにゴーグルと黒いリストバンドが付いていた。
指示通りその服を着ると、オレは隣の部屋にまたもや二人を呼びにやった。
「ボッスンかぁ。良いわ、ナオくん最高!!」
オレはありがとうございます、と言ってデジカメのシャッターをしきりに切っている雀姉ちゃんをボーっと見ていた。
最高って言われても、ただオレは龍真さんに着るように言われただけなんだけどな。
まあいいか。結果オーライってことで。
「あ、もしかして龍に会ったの?」
写真を撮る行為を一時停止して雀姉ちゃんはオレに尋ねた。
龍って、龍真さんのことだよね?
「はい。さっき部屋に入って来られて…」
「そっか!」
気のせいかそうでないのか、雀姉ちゃんの顔が最高に嬉しそうに見えた。
「うふふ、龍ってすごくいい子でしょ? コスプレもしてくれるし、あたしの望みどおり"雀姉ちゃん"って呼んでくれるし、第一恋人が男の子だもんね!」
恋人が男の子…ってことは、オレと愁ちゃんみたいな感じなんだ。
大分前に会った中田さんって言う人といい、オレが思っているよりそういう人、いるのかな?
「雀姉ちゃん、中学生に変なこと教えちゃだめだよ」
オレたちが喋っている後ろから、というかさっき虎汰さんが出てきた部屋から、コンパスを持った龍真さんが出てきた。
「何言ってんのよ。あたしなんか小学生のとき腐女子デビューしたもん」
「大体佑聖とは恋人と決まったわけじゃ…」
「もう、きゅーちゃんの名を出すってこと自体、龍がきゅーちゃんを好きってことじゃない」
「……」
言葉が見つからず、龍真さんは黙るしかないようだった。
一つ疑問に残ったオレは桜に聞いてみた。
「腐女子って何?」
もちろん"佑聖"って名前も気になったけど、それは桜に聞いても仕方ないと思う。
「直人は知らなくていいと思う…よ」
すると桜ははぐらかすようにそう言った。
どういうこと? そんなにはぐらかすようなことなの?
疑問は晴れないままだけど、深入りしてはいけないという空気を読み、あえてそれ以上聞かないことにした。
「っていう事があったんだー」
オレは家に帰ると早速愁ちゃんに今日あったことの一部始終を話した。
「へぇ~。オレも見たかったな、ナオのコスプレ」
頭を撫でつつそう愁ちゃんに言われると照れる。自分でも分かるくらい顔が赤かった。
「なあ、明日は講習休みだし、一緒に遊園地でも行かないか?」
「え、ホントに!?」
愁ちゃんの誘いにオレは素直に喜ぶ。
今日は今日で楽しかったけど、やっぱりオレは愁ちゃんといると楽しくて一番幸せだ。
明日を楽しみにして、今日も愁ちゃんと一緒の夜を過ごす。
最終更新:2010年05月16日 20:43