どうも、雪代旭ですが。
俺は気付くと前方にろうそくが一本灯っているだけの、薄暗い部屋にいた。
(なんだ…ここは)
辺りを見回そうとしたが、何かで首を固定されているのか、動くことが出来ない。
(どうなってるんだろう…)
首どころか手足まで拘束されていることに気付いた。
微動するとジャラジャラと鎖の擦れる音が聞こえる。
わずかな光で部屋のつくりを見る限り、壁はレンガになっていて、扉は俺の目の前には無い。
俺は急に不安を感じた。
(だ…誰かいないのか?)
服は身についているはずなのに、すごく寒く感じる。
全然動けないし。
俺がこの状況にうろたえ始めてしばらくすると、いつの間にか部屋に人が入ってきた。
「誰…だ?」
何度も言うように部屋は薄暗く、相手の顔がはっきり見えない。
「いい格好だな、旭」
発された声は、どこかで聞いたことがあるものだった。
「な…っまさか、慎也?」
「正解。旭をオモチャにしたくて連れてきた」
突然、薄暗かった部屋に明かりがついた。
部屋は思っていたより広く、…というかレンガ造りでも何でもない。
四方は白く、慎也はまるで宙に浮いているかのように見える。
「え…なに、これ?」
俺の身体には頑丈に鎖が施されており、服を着ていると思ったのは間違いだった。
こんなとこに連れてこられたっけ?
でもって、服脱がされてこんな状態にされたっけ?
学校から帰り、晩飯を食べ、風呂に入ったり宿題したり…という記憶は鮮明に残っているのだが。
「旭が可愛すぎるからいけないんだぞー?」
え、待て待て。慎也の野郎は何をほざいていやがるんだ?
「心配するな。後で旭をくださいって家族の皆様にお願いしに行く」
「そんなこと心配してる訳じゃない!」
っていうか何言ってんの? 全く理解が出来ない。
「じゃあ学校のことか? 俺がちゃんと首輪つけて毎日連れて行ってやるよ」
違う! いや違くはないけど。
そういうことを問題としているわけではなくて…。
というか俺自身も今の状態にあまり矛盾を感じていないことが不思議だった。
「ま、その前に…」
慎也は俺の下あごをくいっと上げ、
「第二ラウンド行くか?」
「ぎゃーーーっ!」
飛び起きた衝撃で、俺はベッドから転げ落ちていた。
床に頭をぶつけ、いつもは半寝の状態なのに、今日はいやにすっきり目覚めた。
横で目覚ましとして使っている携帯電話が鳴り響いている。
「旭くん!? どうしたの、大丈夫?」
小学二年生の妹が俺の部屋に入ってきた。
いつも通りの自分の部屋を見渡すと、さっきのが夢であったことがようやく分かった。
(あぁ、マジで覚めてくれて助かった…)
「じゃ、旭くん。あたし行ってくるね」
赤いランドセルと右手に紙袋を持った妹がそう言った。
こんな早朝から出て行く妹の行き先は学校ではない。
妹の名は、雪代霙(ゆきしろみぞれ)。
自分の妹をこんな風に言うのは嫌なのだが、彼女は子役タレントだ。
しかもドラマやCM、映画にも出ていて結構売れていたりする。
みぞれなんて変わった名前も、両親がタレントにすることを見越してつけたものだ。
母さんは、"雪と霙でしっくりくるじゃない?"と言っていた。
みぞれが出て行ってすぐ後、母さんが玄関まで寝巻きの俺を呼びに来た。
「旭、悪いけどみぞれに着いていってあげてくれない?」
「え、俺学校あるんだけど」
「学校始まるの8時半でしょ。歩いて10分もかからないところに学校があるんだから大丈夫よ。
私、今日早朝出勤なの。お父さんは一昨日から出張だし」
…正直面倒くさいが、仕方ない。
子役とは言ってもタレントであるので、結構変なヤツに過去狙われたりしていたからな。
俺は猛スピードで支度をし、妹の後を追いかけた。
全力で走ったので案外早く妹の姿を見つけることが出来た。
だがそれは、駅前の駐輪場で背の高い青年と何かを話している姿だった。
(やばい…早速絡まれてんのか?)
ところが…ん? よく見るとあれ、俺の学校の制服じゃね?
そして、みぞれの前には俺のよく知った人がいた。
「みぞれー!」
「あ、旭くん!」
みぞれは俺に気付くと、俺の元へ駆け寄ってきた。
「みぞれ、大丈夫か!? あの野郎になんかされたか??」
「ううん、でもなんか、君のつぼみは美味しそうだとか言われたよ」
やっぱりか! やっぱりかぁぁぁぁ!!
俺はその言った相手を睨みつけ、
「慎也! 人の妹に変なこと吹き込むな!!」
と怒鳴った。
「よう、旭。っていうか旭の妹さんだったのか、みぞれちゃんが」
慎也はみぞれを自分より高い位置まで抱き上げた。
みぞれはたのしそうにきゃっきゃ笑っている。
「兄妹揃って可愛いなー。雪代家は」
「旭くんも可愛いの? 男の子なのに?」
慎也の腕からみぞれが降りると、俺はすぐに彼から妹を引き剥がした。
そして、妹を慎也の変態の魔の手から守るべく、間に入り込む。
「あぁ、可愛いよ。ペニス握ってあげたらすっごい可愛い声出すんだよ」
お前なに言ってんだ、いたいけな小学二年生に!!
「ぺにすってなにー?」
みぞれも聞き返すな、頼むから!
「男ならみんな付いてるものだ。みぞれちゃんには付いてないけど、気持ちよくなら俺がしてやるぞ?」
「え、ホント?」
俺が突っ込む間もなく、みぞれと慎也の会話は淡々と続いた。
みぞれの前にしゃがみこみ、肩に手を置いて諭すように言った。
「いいか、みぞれ。コイツと喋るな。変なことされるぞ。
スカートどころか、パンツに手突っ込まれるぞ」
「あたし、そんなの慣れっこだよ」
…そうだった。
芸能人の(つまり顔もよい)妹は今までも、ロリコンの方々に油断したらそういうことをされまくっている。
小学二年生で身体を触られるのに慣れっこな妹って…とても不憫だ…。
「あ、そうだ。早くしないと収録時間に間に合わないんじゃないのか?」
みぞれは毎日、朝の子供向けの番組に出演している。
収録スタジオは駅一つで着くのだが、流暢にしている場合ではない。
…増して、慎也のアホに付き合っている暇はない。
「旭くんが一緒に行ってくれるの? ママは?」
「母さんは仕事だってさ。だから今日は俺が行く」
と俺が言うと、みぞれはやったーと、声に出して喜んだ。
それを見ると微笑ましくなる。あの悪夢を忘れさせてくれるくらい。
…だったのに、横の変態が、
「みぞれちゃん、俺も行っていい?」
その答えをみぞれは、俺に求めてきた。
うるうるとした瞳で俺を見つめる。断りたいのは山々なのだが…。
「はぁ…。ただし、子供たちに手を上げるなよ。司会の人とか、カメラマンとかもダメだ。
っていうか今から出会う人に絶対声をかけるな。電車内で変なことするな。分かったか?」
「それはそうと、慎也なんでこんな早朝からいるわけ?」
車内のつり革を持つと同時に、俺は慎也に聞いた。
「ん? 早朝でしかも今日みたいに風の強い日は下着がよく落ちてるんだよ。
それを拾って落とした人に届けにいくまでの過程がいい感じな気がしてな」
もういいや。まともな理由があると思ったの俺が間違いでした。
「なー旭ー、俺さ、痴漢やってみたいんだ。でもさすがに見知らぬ人にやったら犯罪だから、旭にやってもいいか?」
「ダメに決まってるだろ。車内で変なことするなって言っただろ」
見知らぬ人にやったら犯罪っていう常識は一応あるんだな。
普段から見知らぬ人にSMプレイはお好きですかとか聞いてるから知らなかったよ。
一駅だけなので、電車に乗っている時間は極短い。
俺はみぞれに手を引かれて電車を降りた。
「旭くん、きっぷここに入れるんだよ」
と、みぞれは改札口を指差す。
「へー、みぞれ凄いなぁ」
俺は愛想を持ってみぞれに言った。
改札口にきっぷを通すなんて誰もが知ったことだが、
それを言うと彼女の夢を壊してしまいそうな気がした。
そんな俺達のやり取りを、横で慎也は笑っていた。
「な…なんだよ」
「旭くんかっわいー」
「うるさいなっ!」
別にそういうわけではないと思うが、シスコンかのように見られて俺は赤面する。
…シスコンでも慎也みたいなヤツよりマシだけど。
駅を出るとすぐのスタジオにむかってみぞれは走り出した。
「ありがとう、旭くん。あたしはもう大丈夫だよ」
そういって手を大きく振り、ビルの中に入っていた。
俺は慎也が他の子役タレントに目をつけずに済んだことを心から安心した。
「みぞれちゃん、可愛いな」
「…絶対変なことすんなよ」
「しないよ。幼女相手は、例え相手が承諾しても犯罪になるらしいからな」
犯罪にならなければしてたのかよ。
ったく人の妹に、しかも小学二年生に手を出すなんて信じらんねー。
「子どもはいいよなー。調教しがいがあるっていうか。
俺以外に感じない身体にしてやりてえな」
どうですか、この朝っぱらからの変態発言。
俺は正直きついです。…でもそれに慣れさせられるくらい、今まで聞いてきた。
「雪代ー、C組の立花ってヤツがお前に用があるってさ」
三限目の休み時間、俺はクラスメートに肩を叩かれ、こういわれた。
教室の外側を見てみると、立花くんが困った表情で俺の方を見ている。
「どうしたの?」
立花くんにそういうと、彼は手招きした。
そのまま立花くんについていくと、階段の踊り場に行きついた。
「あ…あの、雪代くん。昨日は変なトコみせちゃって…ごめんなさいっ」
立花くんは深々と頭を下げる。
「いや、いいよ。俺の方こそごめん…なさい」
「ううん、雪代くんは悪くないよ…。でね、あの…お願いなんだけど、
ぼ…僕が中田くんを好きだって…誰にも言わないで、ほしいんだ…」
「あ…うん」
当の本人には言ってしまったけどな。
B組、つまりは俺の教室の前の廊下に、慎也はいる。
男子と話しているのでとりあえずは、犯罪になるようなことはしないだろう(男子相手でも油断できないけど)。
「立花くんは、」
「あ…葵でいいよ」
俺が話を切り出すと、立花くん、もとい葵はそういった。
「じゃ、葵。…てさ、本気で慎也が好きなの?」
聞くと葵はあからさまに顔を赤らめ、
「…うん、好きだよ」
「え、でもアイツあんなんだぞ?」
人差し指で向こう側にいる慎也を指差して言う。
変態なんですよ、あんなにという風に。
「やっぱ顔か?」
まぁ、顔・スタイルはずば抜けて良いしな。
彼の素性を知らない女の子がいつも寄り添ってくるし。
変態だって分かった瞬間、逃げていく子が多数だけど。
「顔もカッコイイけど…」
葵は恥ずかしいと言わんばかりに、顔を紅潮させる。
「人前であんなこと平気でいえるなんて、何か…羨ましくて」
……。
俺は黙る以外のことが出来なかった。
だって、あんなヤツを羨ましいって言うんだぞ?
俺は絶対憧れたくないな。
憧れたくないランキング第一位だ。
「あーさひくん」
葵との話が終わると慎也がやって来た。
「なか、だくん…」
葵は顔面が沸騰するくらい赤面し、階段を下に駆け下りていった。
「あ、葵!」
俺の止める間もなく。
「あれ、もしかして俺、邪魔した?」
「そういうのじゃねえよ。お前と一緒にすんな」
慎也を無視して教室に戻ろうとする、と彼は俺の肩を掴んだ。
「次の時間部屋班決めるだろ? 旭、俺と一緒にならねえ?
二人一部屋だからいいことし放題だぞ」
部屋班…とは、来月の合宿の部屋班のこと。
「ぜーーーーったいに断る!」
「何で? 昨日セックスしたんだから、二回目以降も同じだろ?」
「だが断る。っていうか二回目以降が何であるんだよ!」
部屋班だから女子と一緒になることはないが、
慎也の場合男子でも平気で夜這いとかするだろう。
コイツと同じ部屋になる人には申し訳ないが、俺は絶対却下だ。
「旭もツンデレだよな。せっかく俺が誘ってんのに」
と、俺を抱きしめ耳元で囁いた挙句、舐めてきやがった。
「!!!!…なにするんだよ、アホ! 変態!!
お前は誰とでもいいんだろ!? じゃあ葵を誘えよ」
「葵くんは隣のクラスだから、一緒になれないだろ。それに」
慎也は俺の視線上に、目を持ってきた。
俺のことをじっと見つめ、
「俺は旭がいいの。旭としたい」
「俺はしたくありません。というわけで断固断る」
そして毎度のことだが何故すること前提なんだ。
「じゃあしたくなるようにしてやるよ。合宿までにな」
またもや慎也は俺の耳たぶを舐めた。
「…ぁっ、やめろって!!」
そういってやめるような相手ではない。
「慎也…っ、ほら、チャイム鳴ったぞ」
休み時間終了のチャイムが鳴り響いた。
「あー嫌だー絶対中田とはなりたくない。
誰となってもいいから、先生でもいいから中田だけは嫌だぁぁ」
四時間目、ホームルーム。
担任の先生が部屋割りの話を持ち出した途端、男子軍団からはこの非難だ。
ヤツの変態度合いが女子のみに発揮されるのなら、
思春期の男子のちょっと行き過ぎた感じととらえることもできるが、
…(何度も言うようで恐縮ですが)男子をも餌食にするからな。
奇遇だな、俺もそう思っている。
とクラスメートの男子に相槌を打つ。
…奇遇ではないな、必然か。
そんな中、当の本人は窓際の一番後ろの席で――。
「中田、ホームルームとはいえ授業中だぞ。本をしまえ」
エロ本読んでました。
先生に注意されると慎也は、
「先生。先生はスカトロに興味ないんですか?
俺はあります。だから読んでいるんです」
と、持っているエロ本を前に突き出した。
いや、全く持って意味が分からん。答えにもなってないし。
「いや…もういい。なんでもない」
先生諦めちゃいましたよ。まぁコレも日常茶飯事みたいなもんだから。
学級委員が教卓のそばに行き、では部屋班を決めてくれと言った。
当たり前だが、みんな慎也に近づかない。
本人はまだスカトロ専門誌を読んでいる。
よし、今の内に違う人と組んでおこう。
「瀬戸、誰か決まってる?」
「あ、悪い。中田予防で大分前から決めてる」
「そ、か。桜田は?」
「俺も」
その後何人にも聞いたが、決まって答えは同じだった。
ちくしょーっ 俺も"中田予防"しておくんだった。
みんなそんなに嫌か。…当たり前だわな。
慎也は友達にはしたいタイプだけど、恋人は絶対に嫌だよな。
やばい。やばいです。
本気で早く決めないとマジで慎也とになってしまう。
あんな歩く性欲のカタマリと一晩でも同じ部屋で過ごすとどうなることか。
想像しただけでぞっとする。それでなくても俺の貞操は無茶苦茶なのに。
女子側はもう全員決定していた。
焦って辺りを見回すと、一人で居る人がいた。
「あ、…」
声をかけようとしたが、なんかかけづらい。
あまり、というか一言も喋ったことのない人だし。
いや、でも慎也となるよりは数段も数十段もマシ。
この機会に仲良くなれるだろうしな。
「あのさ黒崎、誰もいないんだったら、俺と…」
「え、あ…?」
黒崎は戸惑っている。
なんか俺、踏み外してる?
「雪代…、あの俺で良かったら…」
「ダメー旭は俺となるから」
アホが背部から抱きついてきた。
「黒崎くんはいつも津田くんと一緒にいるだろ? 旭は俺のものだからダメ」
津田は今日、インフルエンザで欠席だった。
ていうかお前…せっかく黒崎が了承しかけてくれたのに(身の危険が回避されそうだったのに)、
なんてこというんだよ。
そしていつ俺はお前のものになったんだ。
あと離れていただけませんか。すごく鬱陶しいです。
最終更新:2010年05月20日 01:11