合宿は現地集合だ。
迷ってしまうのを恐れ、家を早くに出た俺は、予定時刻よりかなり早くに現地に着いた。
ホテルの前には誰か先生が立っているはずだ。
こんなに早くに着いたにもかかわらず、一番最初に来たのは俺…ではない。
「きゃあ! や、やめなさいッ」
俺と同じようなカバンを三個ほど持っている慎也が、先生に何かしているようだった。
「センセー乳でっかいですねぇ」
正面から、先生(女)の乳房を揉んでいる。
うわぁ…何やってんだ、アイツ…。
「ちょっと中田くんッ、離しなさいってば!」
先生は慎也の手首を掴み、必死で乱闘していた。
あの先生も慎也の性癖は十二分に知っていると思うので、それほど動揺していないようだが。
するっと慎也の手の平が先生の乳房から離れると、彼はそのまま先生を自分の方に寄せる。
「!!!!」
「あ、先生もしかして今日生理の日ですか?」
一瞬抱きしめたかと思うと、慎也はすぐに先生を離してそう言った。
「…は?」
彼女はきょとんとして聞き返す。
「何かそういう匂いがしました。いい匂いですね」
と、言う慎也の顔はにこにこ笑っている。
先生はこれでもかと言わんばかりに苦い顔をしているっていうのに。
慎也、お前…完璧変質者だよ。
「旭…」
ぽそりと慎也は呟く。
え、な、なな何で!?
ちゃんと物陰に隠れて慎也に見つからないようにしてるのに、何で気付いてんのあいつ。
俺は思いっきり動揺した。
「…は、まだ来てないのか…」
と、慎也は続けて呟いた。
何だよ、気付いてないのかよ。
ったく驚かせやがって。
「はぁ~…、来たらこの場であのエロい旭のムービー流して生き恥さらしてやろうと思ったのにな」
はぁ!?
なんだとこのやろー! 絶対出て行くか!!
「ま、いっか。ムービー見て癒されとこ。そうだ先生も見ますか?」
携帯の画面を先ほどの先生の方に向けた。
絶対に出て行かない、という決心はそれによってすぐにかき消された。
「ちょっと待て―――――!!! 何でそうなるんだッ!!」
全速力で慎也の元に走っていく。
「やっぱ出て来たな、旭」
にこやかに慎也は言った。
ということは…つまり…。
「俺が旭の存在に気付かないわけねーだろ」
慎也は勝ち誇ったようにそういった。
寒いのでホテルの中に入って予定時刻になるのを待っていた。
しかし、なぁ。
俺は慎也の方を見た。
なんつー薄着だ。
慎也は気温が氷点下になりそうなこの寒い中、白いワイシャツ一枚しか着ていない。
俺の方はマフラーとか手袋とか、完全に防寒してるっていうのに。
「慎也」
名前を呼ぶと俺は、上着を脱いで慎也に渡した。
「…なんだ?」
疑問の表情が彼に浮かぶ。
「いや、寒そうだから。貸す」
すると慎也は俺から目をそらし、口元を押さえ、笑っているようだった。
「な、なんだよ! 人が善意でやってるってのに!!」
「ごめん。ありがとう。でも大丈夫、寒くないよ」
「寒いだろ、それ一枚じゃ」
「俺、平熱高いからあんま寒さ感じないんだよねー」
「え、平熱高ければ余計に寒く感じるんじゃねーの??」
「へえ? 俺は違うけど」
そういった会話を交わした後、何気なく俺は慎也の手を握った。
どれほどの温かさなのか、ちょっと知りたかった。
「わーホントだ。カイロ代わりだな」
その手は低音火傷しそうなくらい温かかった。
と、ただ普通にそう思っていただけなのに、
「なんだ、今更。二回も肌を重なりあわせたってのに」
慎也の左手が勢いよく引かれたかと思うと、その手を握っていた俺は巻き添えを食らって転びそうになった。
「う、わ」
ぽす、と慎也の胸の中に納まりこむ。
「ちょ、なに…ッ」
俺は力を込めて全力で離れようとしてるのに、慎也の腕はビクともしない。
「慎也ぁ…離していただけませんかねぇ」
「俺は一日の内14時間以上人に抱きついてないと死ぬんだよー」
んな寂しいと死ぬウサギみたいな論理があるかーッ!
「もーいいだろ、人来たじゃねーかよ。いい加減離せっての」
予定時刻近くになり、生徒の皆さん達が集まりだしてきた。
「嫌だね。あと一時間」
…一時間後にはもう、館内でみんなが昼食とっているでしょうねぇ。
「元はといえば旭が俺の手握るから悪いんだぞ」
「手握っただけでなんで抱きつかれなきゃならないんですかー」
「俺の中では旭が誘っていると見えたからですー」
誰が誘ってるって!? バカじゃねーの!!?
はーあ、もうやだ。付き合ってらんねぇ。
着いてすぐの予定行動は…避難経路確認とかはおいといて、昼食だ。
自分の部屋に荷物を置くとすぐ、何とかの間っていう大勢が収容できる部屋へ行くよう、指示された。
俺はカバンを置くだけおくと、何の準備もせずに足早にその部屋へ向った。
慎也と一緒に行きたくないです。
「あ、雪代くん」
階段を下りたところすぐに、手ぶらの葵がいた。
「早いな、もう降りてきたんだ」
確かC組みんなの部屋は俺らB組より1フロア上のはずだけど。
「な…中田くん、いないよね??」
葵はこわばってちらちらあたりを見渡す。
「あのね、葵。俺はね、いっつも慎也と一緒にいてるわけじゃないんだよ」
そういう風に見られていると思うと、気が重たくなる。
「…え? 僕が見る限りは雪代くんと中田くん、ずっと一緒にいるじゃない」
キョトンとした表情で葵は言った。
「…嘘??」
「雪代くんて、中田くんのこと好きじゃないの?」
今度はこっちがキョトンとした。
へ? 好き?? 俺が慎也を???
「絶対、絶ッ対に、それだけはありえない。いやまぁ、嫌いじゃねーけど…あ、違うか…うん、嫌い」
弁明する俺に対し、葵は笑みを送った。
童顔の彼の笑顔はさらに一層幼く見えさせる。
「なんだぁ。そっか。じゃあ僕にも望みはあるってことだよねっ」
そうだな。俺より望み濃いよ。
慎也は付き合う相手もセックスの相手も、誰でも良さそうだし。
「あ、やべ。早く行かないと慎也のやつが来る!」
「ふふ、じゃあ僕はここで中田くん待ってるよ」
無邪気な笑顔で葵は焦る俺に手を振った。
…この前は赤面して慌てて逃げていったのに、二人だけでいて大丈夫なのかな?
まーいっか。
このままあの二人が上手くいけば慎也が俺及び周りの人にちょっかい出すのも(無くなりはしないだろうが)、減るかも知れないし。
「あ、言うの忘れてたけど、俺のことも"旭"でいいからな」
最後に葵にそういうと、昼食取る部屋に向って走った。
「よ、雪代」
肩を叩かれたと思うと、桜田は俺の前の席に座った。
「桜田ぁ…」
彼は安息地だ、安息地。
俺は癒しを求めるようにうなだれた。
桜田隼人(さくらだはやと)。二年になってからの俺の友達だ。
髪の毛は染めるわピアスは開けるわ、大抵どこのクラスにも一人はいるような不良っぽいヤツだけど、とても人柄はよくて親しみやすい。
「疲れてんなぁ…。中田のせい?」
「そう!! あのやろーマジで俺の世界からいなくなってくれッ!!」
うんざりした声でお膳に上半身を倒れこませる。
「雪代はアイツのこと好きなんじゃねーの?」
「…さっきもそれ言われたけど…、何ッで俺が、慎也なんか好きになるんだよ」
そもそも前提がおかしい。
俺も慎也も、男だよ? 同性だよ??
「でもさ」
桜田はぬっと身体を前に突き出した。
「少なくとも、向こうはお前のこと好きだろ?」
「そういったら桜田のことも絶対好きだろ。アイツは生きとし生けるもの全てを性的対象としてみてるようなヤツだから。
…てかもう、慎也の話はやめよう。頭痛くなる」
というと俺は倒した上半身を起こした。
「あのさー桜田、二日間お前の部屋で寝てもいい? あ、後で岸にも聞くんだけど」
岸、とは桜田と同じ部屋のヤツ。
「え゛っ」
俺が聞くと、桜田は困ったような顔を見せた。
「あ、あー…うん。べ…つにいいけど…う~ん、…」
と、一目で分かるくらい動揺し、言葉を濁している。
「何かやましいことでもあんのか?」
「そうじゃなくて…」
桜田はちらっと、俺を越して後ろの方を見、途端に小声になった。
俺も釣られて後ろを見ると、慎也と葵がいる。
「中田の仕返しが怖い…」
「えー…、頼む! 俺だってあんなヤツにケツ掘られたくないんだ…」
「…中田なら寝込みを遅いそうだもんな…」
「慎也になんか言われたら、ちゃんと言い訳するからさぁ」
「んん、わかったよ。岸にも言っておくから」
「マジで!? ありがとーッ」
…よし、とりあえず今日は救われたかな。
「隣いいだろ?」
慎也は俺の答えを待たずして俺の左隣に座った。
葵は慎也の隣に座る。
クラス関係なく、どうやら自由に席を取っていい模様だ。
「マジかよ…」
慎也を斜め前にした桜田は、何ともいえぬ顔をした。
しばらくすると、桜田と同室である岸もやって来た。
「うわ、前中田かよ。俺、こっちいこっと」
と、俺の向かって右斜め前に彼は座った。
岸悠樹(きしゆうき)もまた、二年になってから知り合った。
桜田とは北極と南極並みに正反対っぽい。
いつも持ち歩いているくらい本が好きで、背の高い、眼鏡をかけている甲斐もあって真面目な青年という風に見える。
俺は直接的にはそんなに仲がよいわけではないが、桜田と常にと言っていいほど一緒にいるので、行事があるときは結構喋ったりする。
「なんだよーみんな、そんなに嫌がらなくてもいーじゃねえか…」
わざとらしく慎也が寂しそうな表情を浮かべて呟いた。
嫌がるだろ、普通…。
うん、たぶんここにいる人は(葵を除いて)全員同じことを思っているだろうな。
午後からは勉強かぁ…。
そう、別に意味無く俺らは合宿に参加している訳ではない。
勉強というかったるい関門のためである。
なんでわざわざ、勉強するのにこんな遠い地にこなくちゃならんのだ、と不思議で仕方が無いのだが。
「そーいやさ」
昼食として出された中の味噌汁をすすりながら、桜田は口を開いた。
「もしかして、雪代霙って、お前の妹かなんかか?」
俺は彼の言葉に、持っていた箸を落しそうになった。
「いやー…その……」
「あ、俺もたまたま昨日見たんだけど」
言葉を詰まらせていると、桜田の左隣の岸も口を挟む。
「え、えー…関係、ない…かな」
バカか俺は。自分でも分かるくらい動揺しまくってるんだぞ、相手にそんな嘘通じるわけ無いっての。
「でもさー、雪代って名字珍しいし、昨日完璧"旭くん"って言ってたんだぞ」
ホラホラホラ。バレてるに決まってるじゃん…。
「雪代…霙って、芸名なんじゃね??」
それでもバレるのが嫌で、更に俺は誤魔化そうとする。
「いや、芸名でも、お兄ちゃんが旭って名前だって言ってたからさー…」
どこまでも引っ張るな…。
俺が諦めかけてきたとき、だ。
慎也が桜田の下あごをひょいと手で上向け、そのまま自分の方へと持って行った。
「んぎあああぁぁあぁあぁぁあああッ」
大広間いっぱいに充分届くくらいの悲鳴を桜田は上げる。
俺は何が起こったのか、桜田が自分の頬を押さえて、全力で後ずさりしている姿でやっと理解した。
「お…おまッ、中田ぁぁ!! いっぺん逝って来いッ!!」
頬をこれでもかというほど拭いながら桜田は、慎也のことを睨みつけている。
「ネギを堂々と頬に付けている桜田が悪い。俺に"口で取ってください"って言ってるようなもんだ」
ぺロッと慎也は下唇を舐めた。
「だ・れ・が・だ、この変態!」
桜田の方はというと、慎也に敵意むき出しだ。
葵でさえも、何かフクザツそうな顔をしている。
「…ドンマイ、桜田」
「かわいそ過ぎるな」
俺と岸の声が同情心に溢れたものであるのは、言うまでもありません。
合宿は、いつもの授業形態とは少し違った。
英語、数学、現代文、古文、漢文、日本史、理科の中から毎時間、どれでも好きなものを選んで授業を受けられる。
数学はありえない。理科も英語もダメ。日本史と国語系統交互にやってくか…。
今から休憩込みで8時まで授業、その後は11時まで自由。
11時に点呼で消灯(消灯時間なんて守るやつはいないと思うが)。
二日目も、今日と同じく8時以降は自由だ。
「あ…雪代く…じゃなくって、旭」
まずは日本史の部屋で教科書やらノートやらを並べていると、後ろから声が聞こえた。
振り向くと、俺と同じ教科書を両手で抱え込んでいる葵が立っていた。
「葵かー、お前も日本史なんだ?」
「うん。好きなんだよね」
「へぇ、多いよな。日本史好きなヤツって」
俺的には(葵には申し訳ないが)あんまり魅力的に感じないけど。
「慎也くんはいないの?」
言われて俺の心臓は高鳴った。
葵が、"慎也くん"と呼び方を変えていたことにビックリした。
「し…慎也は、数学のところじゃねーか?」
アイツは理数得意そうだし。
「そっかぁ。一緒になりたかったのにな~」
と、葵は呟きながらごく当然のように俺の隣に座る。
「旭、…こんなこと言うの、おかしいかも知れないけど…僕のこと応援してね」
子どものような笑みを、葵は浮かべている。
邪念のなく、本当に女の子かと見紛うほどのきらきらとした笑顔。
俺はその表情に、何か引っかかる気持ちがした。
「うん、まぁ…色々頑張れよ」
そういう俺の声は、どこかとってつけたような感じだ。
…なんだろうか、この気持ちは。
「…ひ、旭。終わったよ」
葵に揺さぶられ、俺は机に突っ伏していた頭を起こした。
前のホワイトボードには覚えのない歴史上の人物の説明書きが書かれてある。
うわぁ、完全に眠っちゃったよ。
なんでこんなに授業って眠くなるんだろう。
「旭は次、どこに行く? 僕は理科だけど…」
「んぅ…、理科はありえねー…」
まだ半分寝ぼけながら俺は答える。
葵は、
「そう、じゃあまたね」
と言ってどこかへ行ってしまった。
俺は日本史の教科書を持ち、いったん荷物の置いてある部屋へ戻った。
「…げっ」
気持ちが言葉となって出る。
だって、部屋の中に慎也がいるんだぞ…。いやま、そりゃ居もするだろうが。
「あさ…、わッ」
俺を見るやいきなり抱きつこうとしてきた慎也に、カウンターを喰らわせた。
よるな、とオーラで示す。
「連れねーなぁ。次、何取るんだ?」
「お前には一ミリたりとも関係ないだろッ」
「関係あるよ。旭と一緒のところがいいからな」
「…俺は嫌だ。理科の教室行けば? 葵が居るぞ」
「そうか。じゃあ旭も…」
「いーやーだ!」
慎也の意に反して俺は、現代文の教科書をカバンから取り出す。
「俺も現代文行こうかな…」
「マネすんな! 理科に行けっつってんだろ」
「俺の受ける授業を旭が決める権利なんてあるのー?」
屁理屈を言う生意気な子どものように慎也は言う。
俺に言葉攻めする時と同じく、意地の悪そうな顔だ。
「とにかく、俺の受ける授業だけには来ないで」
と言うと慎也はいきなり、さっきまでの顔とはうって変わって、怖いくらいの真顔になった。
「旭、いつもより刺々しいけど、何かあった?」
「は? 別に何もねえけど」
授業の用意を整えると、俺は部屋を出ようとする。
が、慎也が俺の手首をすかさず掴んだ。
パシンと音が響くくらい強く。
「な…なんだよ」
真剣な表情だ。いったい何だっていうんだろ。
「言えよ、気になるだろ?」
お馴染み(ではないが)低音美声で慎也はそう言う。
どうでもいいけど、必要以上に顔近づけんな!
「気になるって何だよ。何もないって、ば。離せよ」
振りほどこうとしたけど、案の定敵うわけなかった。
慎也の考えていることは全く持って理解できない。
「旭、隠すなよ」
だから、何をですか!?
もうわかんねーッ、誰か教えて! 通訳要るぞこいつ。
「…なんかさ」
勝手に俺の口が動いた。
「どうでもいいけど、何でお前、そんなに俺に拘るんだよ?
お前は男から見ても大分カッコいいんだからさ、多少…いや、めちゃくちゃ変態でもセックスしてくれる人はいるだろ? 葵もいるし。
今までいろんな人とご経験されてきたんでしょ。別に俺じゃなくてもいーじゃん。…離せよ。んで、もう俺をそういう対象で見るのやめてくれないかな」
慎也は何も答えない。
代わりに、微妙な、何とも形容し難い表情を浮かべた。
俺の手を掴む慎也の力が緩んだ。
俺はやっと慎也の手を振りほどき、部屋を後にした。
ったく、なんだよあの意味不明な行動と言葉は。
俺は何にも悩んでいないし、何か変化があったわけでもない。
と、思う。たぶん。
…まぁ、アレだけ言っておけば慎也も少しは…ほんの少しは自重するだろう。
「雪代くん、ちょっといいかな?」
現代文授業が終わると、数人の女の子がトビラの近くで俺を呼んだ。
俺は、本当に呼んだのは自分かどうか確かめるべく、自分を指差してみせる。
だって、俺なんてあんな数人の女子に呼び出されるようなそういう感じの人間ではないからな。
女子達は、深く頷いた。少々にこやかだが、後ろに何か重たいオーラを背負っているようだった。
「な、に?」
誰もいない非常口まで引っ張られながら連れて行かれると、彼女達の空気が一変した。
「雪代さぁ、慎也くんの何なわけ!?」
「へぁ??」
一ミリたりとも意味が分からない俺は、何とも拍子抜けたような声を出してしまった。
「だぁかぁらぁ、慎也くんとどーゆう関係かって聞いてんの!!」
リーダー格っぽい、短髪の気の強そうな女子が俺の髪の毛をぐいと掴む。
「あ、ちょ…痛ッ」
ちょっと待て待て待て。
何だこの状況は。
落ち着け俺、よし深呼吸だ。すぅ~はぁ~…。
…冷静に考えてみたが、状況どころか彼女達が何物なのかも理解し得ない。
「え、えーとぉ…。俺って何で責められてるんだろーなー…なんて、あはは」
彼女達を逆撫でしないように注意を払いながらこう言った。
「は? とぼけてんじゃねーよ」
「慎也くん独り占めなんて許さないんだからね!」
とぼける余地すらないのですが。
だが、こういう場面は今まで何度となく見たことがある。
…少女マンガ上で。
「あの…、野暮なこと聞くけど、あなた方は慎也ファンクラブかなんかですか?」
胸倉をつかまれ、両手を上げた状態で恐る恐る聞く。
と、彼女達はみんな一斉に頷いた。
ファ、ファンクラブなんてあるんだ、現実にも。
ってゆーか慎也なんかにファンクラブがあるんだ…。
うん、どう考えてもソッチの方が不思議だな。
んでもって、俺のこの位置って、大体女の子が経験するもんじゃねえの?
なんで男である俺が、何か少女マンガの最終的に王子様と付き合うようになる地味な感じの女の子の境遇にいるわけ??
「お、俺、"慎也くんの何??"とか聞かれても…友達、としか答えようがないんだけど」
「嘘吐いてんなよッ」
シャツを掴んでいるリーダー格の女子が、バン、と俺を壁に打ち付けた。
と共に、後頭部に痛みが走る。
「いってぇ」
抵抗しようと思えばできるだろうが、流石に女の子に暴力振るうのはなぁ…男が廃るって言うか。
「嘘って何だよ。嘘なんか吐かねぇよッ」
向こうの一方的な攻撃に段々腹が立ち、口調が荒々しくなってしまった。
ギリギリ締め付ける彼女の手首を掴み、とりあえず首からは外そうとする。
「さっき、慎也くんが言ってたもん! "俺は旭がいないと生きていけない"って!!」
後ろからちょっとおとなしそうな他の女子が口を挟んだ。
「…んなこと知らねーよ! あのバカが勝手に言ってるだけだろ。俺は関係ない!」
「なーー!! 慎也くんはバカじゃないもん!!」
マジで何なんだよこれ。
俺にどうしろっていうんだ??
ダメージを受けた後頭部をさすっていると、またもや正面から拳の攻撃が降り注ごうとする。
「あれ、何してんだ?」
人通りのないはずの、俺らしかいない所にいきなり慎也は顔を出した。
「し、慎也く…」
今の今まで殺気溢れていた慎也ファンの女の子達の顔面が青白いでいった。
俺を殴ろうとした女の子の手が、顔面前ギリギリでピタッと止まった。
「お、旭。何何? ハーレムごっことかしてんの? それとも複数プレイ中??」
「だから! お前と一緒にすんなっつーんだよッ。んなワケねーだろ!」
力が緩んだので、彼女の手首はするっと外れた。
俺と慎也の間に集結している女の子達は、そわそわと落ち着かない様子だった。
「ああ、ああああのね、慎…じゃなくて、中田くん。ち、違うのコレはその…」
そわそわどころの騒ぎじゃねえな。
目は泳ぎまくってるし、身体も小刻みに震えているし、何よりさっきの俺に対する威圧感的なものが全く感じられない。
「ふうん…?」
慎也は先ほど、俺のシャツを力の限り掴んでいた女子のことをまじまじと見つめた。
「かわいーね」
ニコッと微笑んだかと思うと彼は、ポケットから何かを取り出し、その女子の上ジャージをめくり上げたかと思うと、取り出した何かを突っ込んだ。
棒状のそれは下着に挟まり、引っ掛かったジャージはずり降りてこないようになっている。
慎也は片手で女の子の両手を拘束し、空いたもう片方を棒状の何かに手を当てた。
すると彼女は、まるで機械か何かのようにブルブル震えだした。
「きゃ、きゃああッ、や…あああ、やめ…ッ」
彼女は今、俺と他の女の子達に下着つきだが上半身をさらしていることになる。
あろうことか両胸の間に、おそらくバイブを突っ込まれたまま。
「やぁぁ、ちょ、いやだぁぁ! 離してぇぇ」
顔を火照らせてもぞもぞと抵抗する彼女だが、女の子が男である慎也の力に敵う訳はなくて。
他の人達は、何が起こったのか分からないといった感じで、ぽかーんとその様子を見つめていた。
「…やめとけよ、もう」
俺は彼女の下着に挟まれたバイブを外した。
んで次に慎也の頭をぺしっと叩いてやる。
「何で? 小宮さんも楽しんだだろ?」
小宮さん、と呼ばれたその女の子は、慎也の魔の手から逃れるとすかさずジャージを降ろして自分の下着姿を隠す体制に入った。
「んなわけないだろーが、いやだ、離してって叫んでただろ。お前それは立派な犯罪だぞ!」
小宮さーん、コイツを民事かなんかで訴えたら、多額の賠償金要求できますよ。
「あー…ごめんなさい、ホントごめんなさい。俺が謝るのもなんかおかしい話だけど…とりあえず、ごめんなさい」
俺は振り返って小宮さんに頭を下げた。
すると小宮さん一向は顔を真っ赤にし、逃げるようにその場から去っていった。
「寛大なお方でよかったな。犯罪者にならずに済んだぞ」
皮肉をたっぷりと込めて慎也に向かって呟く。
「女子にリンチされる旭…萌えるな」
「は、お前ッ! わかって…」
情けない姿を見られた羞恥で、一気に顔が赤くなるのが自分でも分かった。
てか、わかってるなら"複数プレイ中?"ってどういう意味だよ!?
「…ま、とにかく行こうぜ。俺も次は古典にするからさ」
「まだ古典を選ぶとは決めてないし、慎也と一緒は絶対嫌だ」
「そんなこと言うなって~、教科書持ってきてやったんだぞ」
慎也は左手で俺の古文の教科書を掲げた。
確かに俺のだ。って、それってもしかして、いやもしかしなくとも、
「俺のカバン勝手にあさるなぁぁぁぁッ!!」
「あはは、大丈夫。下着盗んだりしてねーよ。見はするけど」
「見はするのかよ!!! お前はマジでいっぺん死んで来い!!」
…誰かこの変態、どうにかしてくれ…。
最終更新:2010年05月22日 15:26