どうして変態なんですか 続き6

俺が服を着ようとすると、ピンポーンとチャイム音が鳴った。

「あ…やべ、点呼だ…たぶん」

と言いつつ、行為中じゃなくて良かったと胸をなでおろす。

とはいえ、裸体のまま出て行くわけにもいかない。

ふと慎也を見ると、彼も下の服がだらしなくなっている。

「ちょ、ちょっと待ってください」

俺は大きめの声でそう言った。が、慎也がすぐ立ち上がり、チャックを上げずに部屋の扉を開けた。

「え、なっ…」

先生に見つからないよう、俺は障子の影に隠れる。

「えー、二人ともいるか?」

担任の先生の声がする。

「雪代は?」

俺がいないことに気付いた先生は、部屋の中を覗き込んだ。

(やっべ、見つかったら何て説明しよ…)

「旭は着替え中です。さっきまでヤってたんで」

「お、お前!!! 何言ってんだ!!?」

俺は咄嗟に声を上げてしまった。

だが、先生は気を使ってくれたのかなんなのか分からないが、

「そーか。まあ、声が聞こえるんで良いだろう」

と言い残して去っていった。


「お前なんか本当にマジで嫌い」

着替えながら俺は涙目になって慎也を睨んだ。

「そうか。俺は旭のそういうところ、本当にマジで好きだぞ?」

慎也になんか好かれたくねぇ。

俺は顔を背けて布団の上に寝転がった。

「なあ旭」

平行にしかれたもう一組の布団の上に座ると慎也は、

「そのシーツ汚れちゃったし、コレくっつけてこっちで一緒に寝よ?」

ポンポンとシーツを叩く。

「慎也と一緒に寝るくらいなら、汚れたシーツの上で寝た方がマシだ」

振り向くことなくそう吐き捨てる。

俺はテーブルの上にあった自分の携帯を、意味なく弄り始めた。

「旭」

「んな…っ、くっつくなっての」

慎也は背後から俺に抱きついてきた。

気付くと、上半身に服が着いていない。

「…何で脱いでんの? もうやんねーからな」

「ん? 俺いつも寝るときこうだけど」

まぁ、それは確かにアメリカンって感じはするな。

「旭と一緒に寝たいんだ、俺が」

こう呟く。俺は溜め息を吐いた。

「…わかったよ、もう」


ピピピピピピピピピピ…

あーもう、目覚まし音うっぜー。

っていうか朝って何でこんなウザく感じるんだろう。

俺は枕元に手を伸ばして、携帯を止めようとした。

だが、俺の肩に何かが結びついている。

肌色ですべすべ、つまりは人肌である。

そういえば、昨日慎也と一緒に寝たんだっけ。

慎也は上半身裸の状態で俺に抱きつくように添い寝していた。

「…ったく抱きつくなっての」

仰向けのまま、首だけ慎也の方に向ける。

まつげが長い。青春のシンボルと呼ばれるニキビすらも見当たらず、輪郭もくっきりしたなんとまあキレイな顔だ。

日本人離れした薄い茶色の髪の毛は、寝癖一つ無いし。

俺はこんなに髪の毛ボッサボサだってのに。

つくづく思う。差がありすぎると。

「あー…旭」

目を瞑ったまま寝ぼけた声を慎也は出した。

もぞっと少し動く。

「…顔射させろ…」

暫し沈黙が流れる。

俺は慎也の身体と垂直に肘を空中で立てると、そのままゴスッと振り下ろした。

「んぎゃッ!」

そうすると慎也は奇声を発して飛び起きた。

「ああ、ビックリしたぁ。いきなり何だよ?」

「お前が悪いんだこの変態。それにもう起床時間だぞ。起こしてやったんだ、ありがたく思え」

「だーめだ、起こし方が違う」

「どういう意味だ?」

「まぁ…そうだな、耳元でそっと…"慎也? 起きてくれなきゃイタズラするぞ?"みたいな…ぐぁッ」

もう一回、慎也のみぞおちにエルボーを喰らわす。

「俺がそんなこと言うとでも?」

「思ってません」


「とりあえず服着替えろよ。朝食の時間、間に合わねーぞ」

七時半に集合だってのに、今はもう25分。あと5分しかない。

もうちょっと余裕を持ってアラーム設定しておくべきだったかな。

「旭、むこう向いて」

「は? 何で?? …まさかお前、恥ずかしいからとか言うんじゃねーだろうな」

「んなわけねぇじゃん。喜んで見せるよ、俺は」

…ま、聞くまでもなくそういうヤツだけどな、慎也はさ。

「じゃあ何で?」

「いいからさー」

言われたとおりに反対側を向くと、次の瞬間俺の頬に柔らかい何かが当たった。

ちゅ、と音を立てる。慎也の唇だ。

「ん、なッ!!?」

頬を押さえて飛びのいた。理解するまでに少々の時間がかかる。

「何でほっぺキス!? お前頭おかしーんじゃねえの!!??」

「おはようのキスだよ。そんな嫌がることねえだろ。家族にだってするぞ?」

ま…まあ、アメリカンだからな。

挨拶をキスやハグで表すのは言われてみれば不思議ではないけど…。

やっぱ慎ましやかな日本人の俺としては…それはカルチャーショックにあたるんじゃねえかな。


「なあ…」

シャツを着終えて食事場所に向かう途中に、後ろから慎也の呼ぶ声が聞こえた。

「何だよ、後にしろ。完璧遅刻だからな。お前のせいで」

別に慎也のせいではないのだが、急いていた俺は冗談を交えて適当に彼の呼びかけを無視する。

その後も何度も、呼びかけが聞こえたけど、それどころではない。

携帯の液晶画面の時計は、もうすでに七時半すぎであることを物語っている。

「旭、聞けよ」

「もー後にしろって!! 食べてるときでいいだろ」

「だめだ」

背後からぬっと伸びた手が、俺の肩を掴んで歩を止めさせた。

ったくもー、立ち止まってるヒマねえっつーの。

「二人きりじゃなきゃだめだ」

「あ、そーですか。んじゃ部屋戻ったときにすれば?」

「そ…そうだな、悪い。行こうぜ」

? なんだろう。慎也の様子がちょっと変だ。

まず、二人きりじゃなければいけない、だなんて彼は言わない。

こちらがどんなに、どんっなに恥ずかしいと思っているピー音が入りそうな単語を、満員電車の中で大声で言うような奴だ。

セックスしたってことを、先生にわざわざ包み隠さず言うくらいだぞ?

それになんだろう、この焦ったような慎也の顔は。

戸惑っているっていうか…寂しそうっていうか…。

そういえば、昨日もこんなことがあったような。

知り合って五年経つけど、立て続けに慎也のこんな表情を見たことはない。

どうかしたのか、って聞こうとしたけどなぜか言葉が詰まってしまった。


おかしい。

おかしすぎる。

今、現在6時半。あ、午後の。

今日一日、慎也に"触れられていない"。

見つけたら鬱陶しいくらいにいつもいつも俺の身体の至るところを触りやがるってのに。

つーか朝食時から喋ってもない。

顔を合わしてもお互い何も言わない状態だ。

…え? おかしすぎるだろ、これ。

だって別にケンカしたとかでもねーんだぞ。

当の本人は、桜田や岸とは普通にいつも通り話している(二人は嫌がっているけど)。

俺に対してだけ、態度がよそよそしいっていうか。

「旭っ」

小動物が跳ねるかのような可愛らしい仕草で葵が俺のそばへ寄ってきた。

「飯ごう炊さんだね。バーベキューだね!」

葵は嬉しそうだ。

俺は…正直飯ごう炊さんは面倒くさい。小学生の林間学校じゃねえんだから。

「そういえば旭って、雪代霙ちゃんのお兄ちゃんだったんだね」

「ええ!?」

いきなりそう聞かれて俺は内心焦った。

何か確定してるって感じの言い方だし…。

「い、いや…違うけど…」

否定はするが、たぶん自分の目は泳いでいるんだと思う。

「もー隠さなくっても知ってるよ。みんな言ってるもん」

「…そっか。バレたかやっぱり。そうだよなぁ…」

地上波であれだけ堂々と言われちゃ、バレるよ。仕方がない。


「でも…羨ましいな~」

葵は微笑んだ。

「そ、かな? やっぱ芸能人の家族だから?」

「んーそれもあるけど。慎也くんがね、噂してたみんなに言ってたの。

"みぞれちゃんは俺だけの物だから触れるなよ? あとサインをねだろうとするな。守らないヤツは下半身突っ込む"って。

旭、みぞれちゃんのことバレるの嫌だったんでしょ? そういう言い方してるけど慎也くん、旭のこと庇ったんじゃないかなーって思って」

な、なんだ。それは。

庇ったって? 慎也が、俺を? 何のために??

ど…どうせ慎也のことだから、そんな深く意味考えてないだろう。

たぶん、セリフそのものの意味だ。うん、そうに違いない。

「まあ、僕の想像なんだけどね」

そう、葵の想像。想像だよ。

ていうか、俺も俺でなんでこんなに心臓高鳴ってるんだろう。

「じゃあ僕、自分のクラスのところ行ってくるね」

そういうと葵は、手を振ってその場を立ち去った。


あーあ、米洗うの面倒くせー。

ジャキッジャキッという音と共に、俺は慣れない炊事を前に脱力した。

ま、米炊きくらいが一番簡単って言っちゃ簡単なんだけど。

「雪代、米は洗剤付けて洗うなよ?」

桜田がからかうような声で俺の米を洗っている姿を覗き込んだ。

「んなこと、言われなくても分かってるよ。三千院のお嬢様じゃないんだぞ」

バカにすんな!バーカ!

と、俺はアイコンタクトのみで彼を罵倒する。

「そいやさ、お前中田と何かあったのか?」

「何で? 何もないけど」

「だってさーお前ら今日、全然つるんでねーじゃん。いっつも一緒にいるってのに」

「知らん。向こうが勝手に避けてるんだ。俺は関係ねえ」

「そんなこと言って~、何だ? 変なプレイさせられたのか?」

「さーくらーだくーん? そんっなに殺してほしいのかなぁ?」

桜田の茶化しに俺は邪心あふれる笑顔を浮かべ、そばにあった包丁を握った。

「わわ、やめろって! でも、なんかアイツ思いつめたような顔してたから…」

「思いつめた? って?」

「さあ? とりま謝ってみれば?」


桜田の言葉が理解できないのではないけど、なんで俺が謝らなきゃならないんだ?

俺、何か悪いことしたっけ? 

慎也を殴ったり蹴ったりカウンター食らわしたりはしたけど、それは向こうが先にやって来たことだから…。

俺は、悪くない。

けど、なんか自信なくなってきた。

知らずに相手を傷つけてることもあるもんな。

うん、謝ろう。よし。

米を研ぎ終え、炊飯器に三つともセットすると俺は慎也を探しに向かった。


「慎也ぁー?」

クラスメイトに聞くと、先ほどまで野菜を切っていたらしいので、そんなに遠くには行っていないだろう。

しかし、これだけ広い川原で、一人の人間を見つけるのは難しい。

「慎也ー、どこにいるんだ?」

俺は出来るだけの声を出し、きょろきょろ見渡して慎也を探した。

いない…なぁ。

いつもは必要以上に寄ってくるのに、肝心な時にどこにいるかわかんないんだもんな~。

「慎也ぁー!」

再び360度見渡すと、向こうの方の、仮設トイレの近くに慎也はいた。

俺はその姿を見つけると、その方向に走り向かう。

だけど、辿り着く前に慎也が誰かと話しているのが分かり、俺は脚を止めた。

話し相手は葵だ。

何となく、俺は二人に見えないように影に隠れる。

…もしかしたら慎也は気付いてるかもしれないけどな。


「ごっ、ごめんね。好きだとか言って。忘れてね、今の」

葵のセリフからすると、葵が慎也に告白→振られるっていう状態か、今。

え? っていうか何で振るの? 

葵の気持ちは大分前から分かっていたんだから、了解してあげればいいのに。

誰と付き合おうが関係ないって思ってるくせに。

「本当にごめん。葵の気持ちは嬉しいんだけど…」

「い、いいよ。仕方ないよね、好きな人いるなら」


…ん? 今葵は何ていった??

好きな人、だって!!? 慎也に? あの慎也に??

慎也は葵の言葉に頷く。どうやら本当のことらしい。

…へえ、アイツ、下半身だらしねーとか思ってたけど、好きな人…いるんだ…。

だとすれば何で即行相手に言わないんだ? 

通常は好きだと思ったら初対面でも即行付き合えだのセックスさせろだの言ってるのに。

「じゃあ…話はこれだけだから。あ、僕とはこれからも友達でいてくれるかな?」

「そんなの聞くまでもねえだろ」

「うん、ありがとう。慎也くん」

葵は最後ににっこり笑って、慎也に背を向け、どこかに行ってしまった。

慎也はというと、罪悪感に満ちた、でもどこか底の抜けたような表情を浮かべていた。


「旭」

仮設トイレの影に目を向けると、慎也はこちらへやって来た。

やべ、やっぱり気付いてたんだ。

「聞いてたんだな」

「わ、悪い。ってかお前、好きな人いたんだな。なんか意外」

作り笑いを浮かべてそう呟く。

しばらく沈黙が続いた。

うわあ、空気が張り詰めてるよ。

何か喋らなければなぁ。

そうだ、確か俺、慎也に謝るつもりで探してたんだったよな。

今こそ謝るべき時だよな、うん。

「何か…ごめん。いや、何に対して謝ってるのかわからないんだけど、とにかくごめん。俺が何かしたなら謝る」

「何のことだ?」

「な、何のことって…慎也の態度が今日一日変だったからさ、俺のせいなのかなぁって…」

「旭のせいじゃないよ。大丈夫」

「そ、そうか。なら安心した」

なんだこのぎこちない会話は。

何故これほどまでに気を遣わなくちゃならねえんだ。

「そういえば、今朝言おうとした話、なんだったんだ?」

「ああ、あれ。旭が先延ばしにするから忘れちゃったよ。思い出したら言うから」

そういう慎也は、全然忘れた、という顔をしていない。

どうやら故意でそう言っているらしい。

何か理由があるんだろう。

俺は空気を読み、敢えてそれ以上聞かないようにした。


しかし、慎也に(本気の方の)好きな人ねえ…。

今世紀最大の意外だな。ミステリーだ。

「って! 好きな人がいるんなら、俺にちょっかいかけるんじゃねえよ」

慎也の頭を軽く小突く。

と、慎也はすっごく間を置いて、

「ああ」

中身のない返事をした。

その返事を聞くと、俺の心臓辺りが少し傷んだ。

(なんだ…?)

間違いなく今、落胆した気分になっている。

…なんで?

俺が考え込んでいると、慎也は俺にかぶさるように抱きついた。

「なっ!? ちょっかいかけるなって今…」

「ごめん、人肌感じてないと俺死ぬから。ちょっと抱きしめさせて」

だからその、ウサギ理論はなんなんですか!?

「あー、旭の抱き心地最高…」

マジで何なんだコイツ。

って思いながらも俺は、いつもみたいな変態慎也に戻っていたことに少し安心した。

やっぱり彼はこうでなくては、と思う。変態であったらあったで鬱陶しいんだけど。


「あ、雪代に中田! 探したよ、もー。早く! ごはん出来たから」

ジャージにエプロンをかけた同じクラスの女の子が走って寄って来た。

俺に慎也が抱きついていることは、彼女は一切無視。

もう日常で見慣れた光景だから、全然気にならないんだろうな。

「…だって。行こうぜ、慎也」

と言って慎也の肩を軽めに叩く。

「ん、わかった。よっし、充電完了」

先ほどの沈んだ顔からは想像できないくらいシャキッとした顔つきに慎也はなって、立ち上がった。

俺に向かってにっこりと微笑む。

「…俺、充電器なの?」

少し不満を込めて俺は呟く。慎也にはそれは聞こえなかったようで、

「悪かったな、いらん心配かけて」

と明るい声で言った。

「別に全然心配なんかしてねーけどな」

俺もつられて立ち上がる。

すると慎也は俺の下あごを撫でるように持ち上げた。

「旭、知ってるか? そういうのをツンデレっていうんだぞ」

俺の目を見てニヤニヤ笑った後に。

「んで、そういうことを言われると俺の大事な部分が肥大してしまうんだけどなぁ?」

「卑猥なことぬかしてんじゃ、」

慎也の手首を掴んで払いのけ、

「ねーッつの! この変態ッ!!」

手刀で腹部を攻撃してやった。

「ああ、いいないいなーツンデレっていいなー」

「うるさい黙れバーカ!」

と罵声を浴びせるものの。

慎也の変態度合いにはうんざりさせられることの方が多いけど、やっぱりこの距離感が一番いいのかもしれないな。

今日の彼の態度から不覚にもそう思ってしまった俺だった。


三日目の朝が来た。

今日は朝食を食べてから、解散だ。

ふー、やっと終わったって感じ。勉強合宿とかホントに嫌だ。

…慎也と相部屋だし。

そういえば、昨日は何にもしてこなかったな。

まあ…また一緒に寝ようとは言われたけど。

しかも慎也は相変わらず上半身むき出しの状態で寝てたけど。

「旭、今日一緒に帰らねえ?」

朝食をとる前にある荷物をまとめる時間の時、慎也はこう言った。

前にも言ったかもしれないが、慎也の家と俺の家は同じ地区内にある。

つまりは家同士が近い。

だからいつも学校からも一緒に帰っているわけだ。

でもこの前まで行ったことがなかった。

テスト中に勉強教えてもらいに行ったんだっけなぁ。

ま、そんなことはどうでもいいか。

「おう、いいけど」

キャリーバッグに私物を詰め込みながら俺は答える。

「いいけど…お前の家には行かないぞ。あと俺の家にも来るなよ」

警戒するように続けると、慎也はわかってる、という感じで笑った。

「雪代、中田、遅い。朝食は七時半だって言っただろう。また遅刻だぞ」

担任の先生が俺達の部屋にやってきて、こう告げた。

「え、嘘!?」

携帯を開くと、ちょうど45分になったばかりだった。

「あれ…おかしいな。さっきまで20分くらいだったのに」

焦って部屋から出、先生にすみませんと謝る。

「…仲がいいのは良いけどな、時間を忘れるほどいちゃつくのはどうかと思うぞ、雪代」

「ええっ!? い、いちゃついてなんかいません!!」

俺はビックリして顔の前で手をぶんぶんと振った。

必死になって否定してるのに、慎也は、

「すみません先生。時間忘れるまでいちゃいちゃしてて」

とにっこり笑って俺の肩に手を置いて引き寄せる。

だから。何でわざわざ俺の言葉に水を差すかな。

「はいはい。もういいからさっさと食事場所に向かえ」

先生はどーでもいいっていう言い方で俺ら二人の背中を押した。


帰路。

休日の昼間で、ガラッガラの電車内(乗客は同じ学校の生徒のみ)で俺と慎也はシートに座っていた。

それぞれの荷物を両脚の間に置き、俺は携帯、慎也は…エロ本を開く。

「あのなぁ…せめて表紙隠せば?」

携帯を操作しながら横目で溜め息をつく。

いくら乗客が少なく、同じ学校のヤツだって言ったって、これじゃあ。

ホント神経ずぶといっていうか。

「旭も見る?」

「見ねーよ」

少なくとも、電車の中ではな。


「あのさ…」

しばらくして携帯を閉じ、俺は口を開いた。

「ん?」

「きっ、昨日の話…思い出した?」

ちょっと緊張しているのが自分でも分かる。

詮索しないって決めたけど、気になるものは気になる。

「んーん、まだ」

慎也は持っていたエロ本をカバンの中に入れた。

「絶対思い出すから」

そして俺の方を見る。

「まぁ、気長に待ってろよ」

「大事な話?」

「そうだな、結構大事だと思う」

はぁ…、さっさと思い出せよ。気になるじゃねえか。

と心の中で呟くけど、向こうに話す気がないならしかたないか。


「じゃーな旭。気ィつけて帰れよ」

いつもの、慎也と別れる分岐点に到着すると、慎也は手を振って自分の家の方角へ向かっていった。

俺も、

「おう」

なんて返事をし、慎也と逆の方へ歩いていった。

あーこれから何しよっかなー。

明日から(ほぼ今日から)冬休みだけど、何も予定ないし…。

やっぱ夏休みと同じ、一日中ゲームでもしとくか?

でも最近のヤツは殆んど三周はやったからなぁ。

ロクヨンでも引っ張り出してくるか。

あ…そうだ、俺数学欠点取ったから追試行かなくちゃなんねーんだった。

追試は明後日か。勉強しないとなぁ。


「ただいま」

あれこれ思案しながら俺は家に辿り着いた。

「旭くんおかえりー」

みぞれが駆け寄って出迎えてくれる。どうやらみぞれ以外は誰もいないようだ。

「仕事は?」

「今日はないよ。日曜日だもん」

そっか、と軽く返事をして、俺は脱衣場へ向かった。

キャリーバッグから着替え等を取り出して洗濯機へと放り込む。

次に空になったカバンを物置の中に入れた。

はあああああ。

やーっと終わった。

よっしゃ、冬休みだ! 慎也と顔をあわせずに済む!!

…追試はあるけど。


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最終更新:2010年05月22日 16:09
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