こんばんはぁ。雪代旭です。
今から寝るところ。
明日は始業式だ。
俺はいつもより一時間早くにアラームを設定した。
進級した時の初日は必ずそうする。
なぜかというと、クラス表が貼られる掲示板の前がめちゃくちゃ混むから。人ごみ嫌い。
はーぁ、クラス替えか。
何組だろう。誰か知り合いはいるかな?
桜田か瀬戸か葵が一緒ならいいなぁ。
岸でもいいかな。…あんま仲良くないけど。
慎也は…微妙。二年のときはめちゃくちゃ嫌だったけど、今はそうでもない。
そういうことをあれこれ考えていると、気がついたら眠りについていた。
「旭くーん、携帯鳴ってるよー」
みぞれの耳元でのこの声で俺は目が覚めた。
成程大音量で携帯のアラーム音が鳴り響いている。
いつもより早く起きようとしたためかいつもよりまぶたの重い朝だ。
「…おはよーみぞれ」
ボーっとした顔の超低音で俺は言った。
「おはよう旭くん。ママまだ起きてないから、朝ご飯出来てないよ」
「ん、そっか」
のそのそとベッドから降りる。
そして学ランと制カバンを持って自室を出た。
朝ご飯…いらねえや。どうせ昼までに帰ってくるし。
着替えて諸々の支度をすると俺は、学校に向かった。
うん、やっぱり空いてる。
人がゼロとはいえないが、掲示板の前は7人くらいしかいなかった。
張り出されているクラス表を覗き込む。
三年は一番右だな。えっと…。
頭文字が"ゆ"なので、下から探した方が早い。
雪代…雪代…お、あった。
C組か。んじゃこっからすぐ近くだな。
他に誰がいるだろうか。
…桜田はいないな。岸もだ。
あ、でも葵と同じだ。
あとは…って。
俺は、C組のクラス表の真ん中ちょい下に"中田慎也"の名前を見つけてしまった。
慎也とまた、一緒か。これで三年間一緒だ。
まーいっか。葵もいるしな。
クラス表を一通り見終えた俺は、3年C組の教室へ向かった。
「…て、何でもういるワケ?」
学校に着いたのが7時くらいだったし、今日は部活の朝練とかないし、教室に入るのは俺が一番最初だと思っていたが。
「おはよー」
窓際から三列目の真ん中辺りに慎也が頬杖をついて座っていた。
そういえばコイツ、登校時間意味もなく早かったっけな。
忘れてた分、変にショック受けちゃったよ。
「7時くらいに来ると思ってた。去年もそうだったもんな」
慎也の挨拶を無視し、俺は黒板に書かれてある自分の座席を探す。
見つけるとそのまま窓際の後ろから三つ目の席に座った。
「無視すんなよ、旭」
拗ねたような声で慎也は言い、椅子に座ったままこちらを向いた。
「…おはよ」
自分でも聞こえたか聞こえないかくらいの小さな声でそう言った。
「また同じだな」
「そーですね」
「葵くんも一緒だし」
「そーですね」
「旭、俺と一緒になれて嬉しいだろ?」
「そーですね」
慎也の問いかけに適当に返事していると、慎也が立ち上がってこっちにやって来た。
「そーですねそーですねって、いいともじゃねえんだから!!」
「…そーですね」
「何そんなに怒ってんの? 俺と一緒がそんな嫌なの?」
遂にちょっと怒り気味に慎也は俺に聞いた。
やばい、適当すぎたか。流石にコレは申し訳ない。
「ごめん、怒ってない。何か面倒くさくて。
あと慎也と一緒なの、別に嫌とかそういうのじゃないから」
俺がそういうと、
「面倒くさいってどういうことだよ。まぁいいけどな」
と慎也は笑って答えた。
8時になると生徒も集まり出した。
だが、大体のヤツは慎也を見ると、"ゲッ"って感じの表情を浮かべる。
多分クラス表で慎也の名前を見てなかったんだな。
そんな中、葵が来た。
「旭ー、慎也くーん、おはよう! 一緒のクラスになれて嬉しいよ!!」
葵は自分の席にカバンを置く前に、俺の席に飛んで来た。
「おはよ、俺も嬉しいよ」
その後、三人で他愛もない会話をだらだらと続けた。
先生が来るまで。
珍しい。っていうか変だ。
何がって、慎也の態度が。
去年と一昨年は一番先に教室に来ていては、来る生徒ごとに何かしらちょっかいかけて嫌がられてたからな。
最終的には先生の身体触ったりもしてたし。
それなのに、今日はクラスメート達に何もしないばかりか、机の上にエロ本すら置いていない。
この状態、変って言わずになんて言うんだ?
…慎也もやっと覚えたのかな、"自重"っていう言葉を。
始業式から二日。
え、何で昨日を飛ばすかって?
俺、昨日学校休んだんだよね。大した理由じゃないけど。
「おはよう」
葵を見つけたから、俺は声をかけた。
すると葵は身体をびくつかせてこちらを向いた。
「おはっ…おはよ、旭…」
何かあったんだろうか。見るからに動揺している。
「あのッあのあっ、あのね…」
焦ってなのか、葵は舌噛み噛みで俺の学ランを掴んだ。
「おーはーよー」
葵が何かを言おうとすると慎也のヤツがそれを遮るかのように挨拶をし、俺ら二人の肩に手を回した。
「あぁ。二日ぶりの旭のにおい…」
「何言ってんだお前」
俺に顔を近づけてわざとっぽくにおいを嗅いだ。もうよくわからん。
しばらく慎也が俺と葵に抱きついている、その状態が続いた後、
「葵くん、ちょっと来て」
と慎也は言って、葵と二人廊下に出た。
何だろう? 気になって俺は覗き込む。
廊下に立っている二人が、何かを話しているのが見えるだけだ。
…あ、葵が頷いた。慎也が頼んで、何かを了承したんだろうな。
でもちょっと渋々に見えるのは何でだろ。
二人が戻って来た直後に、休み時間終了を告げるチャイムが鳴った。
四時間目が終わった。
俺はコンビニの袋を持ってすぐ、屋上に向かった。
葵も誘おうか、と少し立ち止まったけど、多分慎也が連れてきてくれるだろうとすぐに思い直した。
屋上に出ると深呼吸ひとつし、タンクの前の陰りになっている部分に座った。
新学期になって初の屋上、か。
ふぅ、気持ちいいな。ここはやっぱり。
「よ、旭」
案の定、慎也は葵を連れてきた。
去年は二人でここで昼食を摂っていたが、今年は三人かー。
人が多くなるのは嫌いだけど、葵は全然いい。むしろ居てくれて嬉しい。
「いいとこだねぇ」
葵は見るからに女の子が持ってそうな弁当を置き、その場に座った。
「だろー?」
と言いつつパンをかじる。
慎也の方も弁当だ。一ヶ月に一回くらいのペースで弁当を持ってくる。
「慎也くんの、美味しそうだね」
「食べる?」
「いいの?」
「いーよ、ほら」
と言って弁当箱を葵の方に突き出す慎也。
葵は喜びながらおかずを取って、ありがとうと告げた。
微笑ましい光景だなぁ。
なのに、俺は心あったまる気分になれなかった。
何故なのか、分かっているつもりだけど…認めたくない。
だってこの感情はたぶん嫉妬、だから。
って俺誰に何言ってんだろ。アホだ。
慎也と葵の行動を見届けながら俺はパンをむさぼった。
「ごめん、ちょっとトイレ行ってくる」
俺がパンを食べ終えたくらいの頃、慎也が立ち上がって校舎の方へ戻っていった。
葵と俺は、慎也が消えるまでじっと彼の背を見続けていた。
「…あ」
突然暗い顔をし、葵が何かを言いかけた。
ゴミを整理しながら俺は、葵の方に顔を向ける。
「あのね…」
今朝、言おうとしていたことだろうか。
「慎也くんに…言うなっていわれたんだけど…」
「何?」
「しっ、慎也くん、アメリカに帰っちゃうんだって!!!」
困って眉を八の字に曲げながら葵は叫んだ。
「えっ」
「アメリカに帰っちゃうっていうか、アーカンソー州にある大学に行くんだって。飛び級なんだって」
少々葵は落ち着きを取り戻す。
が、しかし今度は俺の方の心臓がドクドク鳴った。
「え、え!? いつ??」
「入学は今年の9月だけど、アメリカに行くのは、来週…」
「来週ぅ~!!??」
えらく急だな。こっちは全然まったく何もしらなかったって言うのに。
葵が俺にその事実を告げ終わると、慎也が戻ってきた。
「ごめん、僕教室戻ってるッ」
慎也の姿を見ると葵は慌てて校舎に向かって走っていった。
俺はその様子を茫然と見守った後、何かに憑かれたように立ち上がった。
「慎…也、アメリカ…帰るのか?」
そう聞くと慎也は溜め息をついた。
「葵くん、言ったんだな…」
少しずつ俺に近づいてくる。
「うん、そうだよ。帰る」
「何でそんな急に!?」
「急じゃない。去年から決めてた」
「な…何でッ!?」
目の前に立っている慎也の胸倉を掴んで俺は、激しく問いただした。
いつもは避けている慎也だけど、いざ遠くに行ってしまうとなると、それはそれで嫌だ。
行ってほしくないって思っている。それは認める。
そんなこと思うのは勝っ手だし、思ってもどうにもならないことはわかるけども。
慎也は黙ったままだ。
「答えろよ!」
俺がそう叫ぶと、慎也は胸倉から俺の手を離して俺の身体を抱きしめた。
「旭、好きだ!」
俺は一瞬どころか五秒くらい何が起こったのかわからなかった。
「好きって…そんなの今更、」
「違う。そういうことじゃなくて、本当の意味で」
まだ俺を抱きしめたまま、慎也は言った。
本当の意味って…二年のときの合宿で言ってた…?
「ずっと言いたかったんだ。合宿で言おうと思ってたけど結局言えなくて。
言ったら今の俺と旭の関係がギクシャクするんじゃないかって思ってな。それは嫌だったから」
慎也はやっと俺を離し、その場に座った。俺も一緒に座る。
「ど、え? ちょっと待ってどういう…?」
「だから、好きだって言ってるんだよ。ラブの方の意味の!」
好き…慎也が俺を…。
考えたこともなかった。
ヤられても、慎也のことだから別に何とも思ってないんだろうって思っていた。
「ごめん。本当はな、大学卒業して日本に来たときに言うつもりだったんだよ」
慎也は伏目がちになっている。おまけに頬が赤らんでいる。
照れてんの? 恥ずかしいの??
…そういうこともあるんだな。
「お前にずっとキスしたかった。でも前に、好きな人としろって言っただろ?
…だから、旭が俺のこと好きじゃなかったらしない。でも好きだって言ってくれたらすぐにでも襲いたい」
「なっ!」
「どっちだ? 教えてくれ」
「おっ、教えてとか言われても急には答え、ら、れ…ない」
…っていうかキス、一回されたよな。
ノーカンだって慎也は言ったけど。
「答えは…今は出せない」
嫌い…でもない。
合宿過ぎた頃から、急激に好きの方に近づいてきている。
でも、それが本当の意味なのかはわからない。
「だけど…だけどなッ、今なら…キス、されてもいい気、が…する」
しどろもどろに言葉を紡ぐ。
自分でもなに言ってるんだろう、と思ったが。
慎也は俺のその言葉を聞くとすぐに、
「ん…ッ」
俺の口の中に、掘るように舌を入れ込んだ。
「ん、ん…はッ」
にゅるり。慎也の舌が俺の口内を這いずり回る。
「はぁ…はッ、ぁ」
ベロチューされたことのない俺は息継ぎの仕方がよく分からない。
のに、息苦しくなるほど長い間慎也は色んな角度から舌を何度も侵入させた。
「…んぅ…ふ…ぁ、はぁ」
慎也は、堪能しきったのかやっと口を離した。
唾液がツーっと流れ落ちる。俺はそれを拭い取った。
「…いきなりだな」
「悪い、我慢できないタチだから。エッチしたいけど、もう予鈴鳴ったしな…」
「はーぁ、もう…結局それしか考えてないんじゃん…」
「そうだな。ま、"旭と"ってのが重要なんだけど」
慎也はにっと笑うと、教室に戻るべく再び校舎に向かった。
先生が教壇の前でサインやらコサインやら言ってるけど、全く頭に入ってこない。
人生で初めてされた告白が、男からなんてな。
自信家、傲慢、んでもって変態。
だけど見た目良し、頭良し、…後たまに優しい。
そんな慎也のヤローが、俺を好き…か。
いつでもいいから、整理がついたら返事をくれと慎也は言った。
俺は慎也のこと、どう思ってるんだろう…。
嫌い? いや、嫌いだったけど別に今は嫌いではないな。
じゃあ好きか? …それも、そうだとは言えない。
ああ、もうよくわからん!
「……、」
今まで生きてきた中での最大の悩み事に俺は頭を抱えた。
「…ひ」
だってさ、慎也ってホントに誰でもオッケーなヤツなんだよ!?
「旭ってば」
「あーもうなんだよっ」
大声を張り上げ、プラス俺は立ち上がった。
ガタンッ、と机と椅子が鳴る。んで、クラス中の生徒が俺の方を見た。
や、やべ…授業中だったんだ、そういえば。
まだクラス替えして間もなく、慣れていないので、みんなシンとして授業を受けていた。
そこを俺が大声を出したんだから、みんな注目するに決まっている。
隣に座っていた葵はビックリしていた。俺を呼んでてくれてたんだな。
「なんだぁ、雪代? 質問か?」
先生はチョークの動きを止めた。
「ご、ごめん…なさい。何でもないです」
「ホンット傑作だな、旭は」
ケラケラと慎也に馬鹿にされたように笑われた。
腹が立つけど、仕方ない。
「う…うるせーな。お前が返事くれとか言うから…」
「ふうん? じゃあ俺のこと、考えてくれてたんだ?」
慎也は俺の頬に触れてそういう。
なんか幼稚園児みたいな扱いされて嫌だ。
「ねぇ旭、旭は慎也くんを好きじゃないの?」
ちなみに葵もいました。さらにちなみに現在は放課後です。
っていうか突拍子もない質問するな!
「葵くん、ナイス質問だ」
「えへへーありがとう」
そこで照れるな! こっちが何言っていいか分からないじゃねえか!!
「っていうか、葵が慎也を好きなんだろ!?」
「それはもういーの。話ついたから。慎也くんも友達でいてくれるって言ってくれたし」
温厚な葵が珍しくちょっと怒り顔になった。
「僕のことより、旭! ちゃんと慎也くんに気持ち伝えてあげてよ」
そんなことを本人の前で言われてもだな…。
つーかその言い方、俺が慎也のことを好きだと思っているって確定してるみたいな言い方だな。
「まーまー、別に俺は急いでないぜ?」
「急がなきゃどうするの!? もう一週間しかないのに!!」
俺より慎也より熱い葵くん。
葵が慎也を責めているのは初めて見た。というか今日以降、見ることないだろう。
「葵くん、別に一週間しかないってことは無いよ。俺が次に日本に来る時までに決めてくれたらいいの」
「それまでにだったら確実にお前の気が変わるだろうな」
と、俺。浮気性の慎也がずっと誰かを好きでいるのはありえないと思った。
「100%あり得んな。俺の愛情の量をなめるなよ?」
は?
それって、4年間ずっと好きで居続けるってことか?
…俺は無理だ無理だと脳内で慎也を馬鹿にしてやった。
が、妙に心臓がドキドキする。
「あ、旭顔赤い。今の言葉にときめいたみたいだね、慎也くん」
と、葵は慎也に向かって右手の親指をグッと立てた。
慎也も同じような行動をとる。シャキーンっていう効果音が聞こえてきそうだ。
「う…っ、うるせッ! 何言ってんだよ葵ッ!!」
とは言っても自分でも分かるくらい顔は熱を発した。
「かわいーなー、サルのケツみたいな顔しやがって」
「うっせぇ、死ね!! 黙ってろ!!」
「はいはいはい。じゃあ俺はジュースでも買ってくるよ」
慎也はそういって教室を出た。
一階の自動販売機に向かったんだろう。
彼が出て行くと、一瞬辺りの空気は静まり返る。と、葵が口を開いた。
「慎也くん、余裕綽々って感じだけど、ホントはすっごく困ってると思う。旭にはいわないけど。
だから…なるだけ早く、好きなり嫌いなり何とも思ってないなり、言ってあげて?
僕…正直のところまだ、慎也くんのことが好き。だから悩んでるところとか、見たくないの」
やっぱり、葵の方が慎也に合っているとつくづく思うよ。
だって、俺がわかろうともしなかった慎也の感情を読み取って気を遣ってるんだもんな…。
それに比べて俺って…もしかして、最低なヤツだったりして…。
いやいや、何で??
白黒をつけないだけで最低なヤツにされたらたまったもんじゃねえ。
それだったら犯罪犯した人はどうなる?
…しかし、
一週間後…。
言っとくけど、一週間ってあっという間なんだぞ。
金曜ロードショーを毎週見てると、
『あれっ、何で今日ナウシカやってんの? 昨日ポニョやってなかったっけ??』
っていう意味分からん神隠しに出会っちゃったりするんだ、たまに。
今日は、いつも慎也と帰っているっていうのに、帰路に一人だ。
慎也? 置いてきた。ジュース買いに行くのに何時間かかってんだよって話だ。
いや実際はそんなに時間が経ってないのだが、二人きりで一緒にいるのは気不味いしな。
「慎也…」
まったく意味無いのに俺はその名前を声に出していた。
「何だ?」
「うわああぁああっ」
背後からいきなり声がして俺は驚き仰け反った。
慎也は手で耳をふさぐと、
「置いてくなんて酷いじゃねえか」
と言う。
だからお前はどこから沸いて出てくるんだ。
「…あ、飲むヨーグルト」
商品名ヨーグルッチ。詳しくは『べるぜバブ』をお読み下さい。あ、宣伝ではありません。
俺は慎也が飲んでいたパックを見た。
飲むヨーグルトは飲料の中で一番好きだ。
見ると無性に飲みたくなる。帰りにコンビニ寄ろう。
と思っていると慎也がストロー口を俺に向けた。
「やる。全部」
言われた俺の表情は輝いていたに違いない。
「マジでっ!?」
声色を変えて慎也からパックを受け取った。
「ありがとう」
無意識に笑うと、慎也の表情も笑顔になった。
…とくん。
その顔に明らかに俺の心臓は反応した。
いやいやいやいやいやいや、何で心拍数速くなってんの!?
おかしいだろこの状況でとくんって何だよ!!!
その前に。
慎也に気付かれたらまた馬鹿にされる。
俺は顔を見られないように前を向いてヨーグルッチを口にした。
ちゅーッと液体をすすっていると、
「関節チューだな」
と背後から慎也が笑いながら言った。
「んなッ!!」
動揺で俺はストローから口を離してしまった。パックの中にいきなり空気が入って、ちゅばッと鳴る。
後ろを振り返ると慎也が口をふさいで笑いを堪えていた。
「…ッく、ホントに可愛いな旭は」
「茶化すんじゃねーよバーカッ!」
「茶化してない。褒めてるんだ」
可愛いって褒められても困る。いや嬉しくない。
「向こうに行っても絶対にお前のこと、好きだからな」
「…あっそ」
「浮気すんじゃねーぞ」
「それ以前に恋人じゃねーし!」
「そうだな」
慎也は笑った。けどその奥には切なそうな表情が見えた。
…やべ、俺いらぬこと言ったのかな。
人を傷つけたって思うと何かバツが悪い。
傷つけたつもりはないんだけど…。
そこから遂に無言のまま、お互いに分かれる分岐点までさしかかってしまった。
「…じゃあ、明日な」
ぼそっと小さい声で呟くと俺は、逃げるようにその場を後にした。
最終更新:2010年05月22日 16:59