「旭くん、慎也お兄ちゃんから手紙だよ」
中学生になっても相変わらずツインテールで俺のことを"旭くん"と呼ぶみぞれが、エアメールを持って俺の元へ走ってきた。
手紙だと一週間ぶりくらいだが、俺の胸はドクドクと高鳴った。
「ありがとな、みぞれ」
みぞれからエアメールを受け取る。
慎也がアメリカに行ってから4年。
みぞれももう中学一年生だ。まだ芸能業は続けているが。
そのスタイルの良さと顔の良さからモデルに転業(っていうのか?)した。
我が妹ながら誇りに思う。
と同時になんで俺にはこの特徴が無いのだろうとちょっと自己嫌悪に陥る時もあるが。
俺はというと、大学4回生だ。
まぁ誰でもカンタンに通ってしまう三流大学ではあるのだけど。
『Dear旭
明日、午前10時半に日本に着く予定です。
早くお前に会いたい』
エアメールには達筆な字でそう記されてあった。
慎也に明日、会えると思うと素直に喜べた。
…現在の悲惨な日常なんて忘れることが出来るほど。
なぜ悲惨か。
いや、こんなことで悲惨だとか言うのは気が引けるのだが…。
実は俺、まだ就職先が決まってなかったりする。
大体のヤツは3回生で就職活動を始める。
俺もそうだ。去年から就活始めたんだ。
だけど何故か、どうしてもどこも採用してくれない。
面接した企業すべてことごとくダメだった。
ここまでいくと逆に俺って凄い能力持っているのかも。
確かにレベルの低い大学に進学したけど、周りのヤツはどんどん決まるのに、俺だけ取り残された状態だ。
不景気のせいでもあるのかもしれないが。
「雪くーん!」
もう一つ、厄介なことがある。
「ねえねえ雪くん、アメリカの彼、明日日本に来るんだよね!?」
この声の主の名は、妹尾雀華(せのおすずか)。
同じゼミの、俺と同い年の女性である。
世間的には八方美人と呼ばれる性格だし、顔もキレイなんだけど、俺はめちゃくちゃ苦手。
なぜかというとそれはこういうことだ。
雀華さんと俺との、日常的な会話。
『あたしの弟! あ、龍真(たつま)っていうんだけどね、龍ったら幼馴染の男の子に好かれてるみたいなのぉ~!!
家が隣でその子、しょっちゅう来るんだけどもう龍に対する視線がアッツアツなのよ。マジで目がハート型なの!
龍の方が攻めキャラって感じなのに愛されてるの! もう萌え!! 激萌えよ! 龍ぅ~、あたしあんたの姉で良かったわぁ』
…つまりは世に言う腐女子様。
雀華さんはいつでもどこでもBL話ばかりしてくる。
というか雀華さんと話すときは全てBLの話題かも。
「何で知ってるんですか雀華さん…」
同い年だけど何となく雀華さんには敬語を使ってしまう。
何故か、と聞かれたら答えづらいが、初めて会ったときからこれだから変えようと思っても変えようがない。
雀華さんは生粋の腐女子だ。
俺はそんな雀華さんの素性を最初から知っていたから、あえて慎也のことは話さなかった。
なのにすぐに雀華さんはどこからともなく慎也の情報を仕入れ、それをネタに俺をからかいまくるんだ。
「うふふ、雪くん。腐女子センサーをなめないで?」
大方桜田に聞いたんだろうけどな。彼も同じ大学で同じゼミを取っているから。
「あたしも行っていいわよね、雪くん!」
「何で雀華さんも!?」
「そりゃあ中田慎也くんがどれほどの美人さんなのか見てみたいし、雪くんとどんないちゃつきっぷりを見せてくれるか…」
「やめて下さいッ!」
雀華さんに慎也を見せてしまったが最後、確実に同人誌ネタにされるだろう。
「ダメ、行くわ。大丈夫、ネタにしたりしない。こんなオイシイ体験を経験するのはあたしだけで充分だもん」
俺はもう断る戦意を喪失した。
この人にはきっといくら言っても、黒子か何かになって絶対付いてくるから。
…なんで俺の周りってこんなに破天荒な人ばっかりなの。
慎也いい雀華さんといい。
ね…眠れん。
夜。
自宅のベッドで横たわっているとどうしても色々なことを考えてしまってまったく眠れない。
寝よう寝ようと思うと逆に目が冴えてしまう。
明日、慎也と会うのか。
正月にもクリスマスにもお盆にも帰ってこなかったヤツが帰ってくる。
…四年間のうちに、好きという気持ちが冷められていたとしたら。
俺なんて忘れて米国の金髪美人と付き合っていたら。
あああ、慎也ならありうる。
どうしようどうしようどうしよーー!
っていうか俺、どんだけ慎也にハマってんの??
高校時代はこんなこと全然無かったのに。
こんなことを万が一思ったら、気持ち悪すぎて吐き気がしたに違いない。
慎也会いたい。素直に認める。
だって四年だぞ!? 1460日だぞ!?
そりゃあ会いたいですよ。…仮に好きとかじゃなくても。
寝返りを何度も打った。
そのたびにベッドはきしむ。
そういや、一度慎也とこの上でヤッたことあったっけ…。
ベッドがきしむ音で段々と当時の様子が鮮明に浮かび上がってきた。
一旦そのことを思い出すと、赤面せずにはいられない。
俺何考えてんだ。
あー寝よう早く寝よう。
一睡も出来ないと夜は長いぞ。
…もう3時かよ。一時間以上思案してるよ。
いつもなら布団に入ったらものの10分程度で眠りに付くのに。
……
……
「朝だよ、旭くん」
日課のようにみぞれが俺の部屋に入ってきた。
卒業したらみぞれのおはようコール聞けなくなるの、ちょっと寂しいな。
今通っている大学は家から近いので下宿も一人暮らしもせずに自宅から通っている。
だけど社会人になってまで親の世話を受ける訳にはいかない。
みぞれが起こしてくれる前に俺はもう起きて着替え始めていた。
というか結局一睡も出来なかっただけなんだが。
「ありがと、みぞれ。おはよう」
いつもと同じく返事をすると同時に俺は着替え終わっていた。
幸い今日は学校休みだ。
彼に会いに行く準備はたぶん完璧に整った。あとは心の整理くらいだな。
ふぅ。
10時半まではかなり時間があるけど家に居ても仕方ないので俺は一息つくと出て行った。
「あっ、雪くん!」
空港の玄関口には雀華さんがいて、俺の方を向いてはしきりに手を振っている。
「げッ、雀華さん!」
「なによーその"げッ"っての」
「何でもういるんですか!」
まだ8時半くらいだってのに。あとニ時間もあるのに。
「雪くんこそ~。来るの早すぎじゃない? よほどしーちゃんにあいたいのねッ!?」
「なんですかその"しーちゃん"って」
「中田くんのことよ。いいじゃない可愛いじゃない」
言い忘れていたけど雀華さんは人にあだ名をつけるのが趣味だ。
なぜ必ずあだ名を付けるのか聞いてみると、
『バカねえ雪くん。あだ名ってのは萌えポイントなのよ。あたし的には』
だそうです。
「あーさーひーッ!」
自動ドアの前で雀華さんと話していると、向こうから葵がやってきた。
「葵!! 久しぶりだな」
「うん!」
8月の同窓会以来だから、約1ヶ月ぶりの再会だ。
「ていうか葵も来るの早すぎ」
「だっていてもたってもいられなくってさ。人のこと言えないじゃん!」
葵は背こそ高校時代よりは伸びているものの相変わらずの童顔で女の子と見間違いそう。
ここまで来れば一生ものだろうな。
「ッええええ、なにこの子かっわいー!!」
…そういえば雀華さんは葵と初めて会いますね。
「旭、あの…この方は?」
目の前でキャーキャー叫ぶ雀華さんに葵は驚きつつ俺に聞いた。
「あー…。同じゼミの妹尾雀華さん。あ。雀華さん、こちらは俺の友達の立花葵くん」
「たっちんね!」
「たっちん?」
葵は不思議そうに聞き返す。
「気にすんな葵」
俺はそんな葵の肩をぽんぽんと叩いた。
その後二時間、三人で適当に空港内をうろついて時間を潰した。
「たっちんもしーちゃん、あ。中田くんね。のこと好きなんだ?」
「え? あ、えと。昔は。でももう好きとか思ってませんよ。そりゃ友達としては好きですけど」
「きゃー萌え! 雪くんと取り合いするのねッ」
「いや、二人はもう好き合ってるので取り合うとかないです。それに僕、彼女いますし…」
雀華さんと葵はすっかり統合しあった。
雀華さんの方には色々問題があるので二人仲良くするかどうか不安だったけど、葵もにこやかに話しているしとりあえず良かった。
…ん??
「っていうか葵、彼女いるんだ!?」
「え、言ってなかった?」
初耳…。
まあでも冷静に考えてみるといても不思議ではないよな。
逆に言うと彼女居ない歴=年齢の俺の方がおかしいわけで。
やばい、何か…マジで緊張してきた。
昨日の考えが蘇る。
慎也はちゃんと俺を笑って受け入れてくれるんだろうか?
ホントに金髪美女を片手どころか両手に持って来日したりして…。
変に冷や汗も出てくる。……慎也。
「来た!」
アナウンスを聞いて葵が叫びあがった。
俺の心臓はますます早く打つ。
もう少ししたら、あの真正面のゲートから慎也が出てくるんだ…。
こ、怖い。いや怖いって何だよ。
うわああでも怖い!
…落ち着け俺。
目を瞑って心を落ち着かせること約15分。
気が気でない。心臓爆発しそうだ。
そんな心境でいる中、となりに腰掛けている雀華さんはらんらんとした目でゲートを注目している。
ったくこの人は…。俺の気も知らないで!
「ね…ねえねえ雪くん、もしかしてあの人!?」
ゲートから若い男の人が出てくるたびに雀華さんにそう言われ、そのたびに激しく動悸が。
「雪くん雪くん、絶対あの人でしょ?」
何度肩を叩かれたことか。
もう見ない。知らん。葵に教えてもらう。
そう思ったが俺は自然にゲートの方を見てしまった。
「…あ、」
見覚えある顔だ。
雰囲気は少し変わったけど、あの栗色のムカつくくらいサラサラの髪の毛と宝石みたいな青い目は間違いない。
「慎也くんだぁ」
葵がにこにこしながら彼に手を振る。
キャリーバッグを引きながら慎也は俺たちの元へやって来た。
「旭っ!」
慎也はそう叫んで、真っ先に俺を抱きしめた。
それがすごく嬉しかった。
もちろん金髪美女は引き連れてません。
その代わり慎也のご両親が後ろから微笑んでいた。
「旭ィ久しぶり~。シンヤったら急いで行っちゃうのヨ~」
久々の、エマさんの片言喋り。
「よほど旭くんに会いたかったんだね。向こうにいるときもずっと言ってたから」
義人さんが初めて会ったときのように俺の頭を撫でてくれた。
「悪かったな、四年間も寂しい思いさせて」
「だっ誰が!」
確かに寂しかったけど本人に言われると立場がない。
「くはぁぁ萌えッ」
雀華さんの感極まった声と共にフラッシュが感じた。
「な、何写真撮ってるんですか!」
彼女の手にはデジカメが握られてある。
「あ、ごめん。あたし萌えるものを見つけたらすぐ撮れるように、持ち歩いてんの」
「だめですよ妹尾さん、二人の邪魔しちゃ」
葵が怒り気味に雀華さんの手を引っ張る。
…葵、ついでにそのまま家につれて帰ってください。
「そうだったわね。ごめんね雪くん、しーちゃんとお幸せに~」
葵に手を引かれながら雀華さんは手を振り去っていった。
…いや、去ってない。
柱の影に隠れてこちらをちらちら見ている雀華さんが見えた。
もういいや、あの人はもういいや。
俺は無視することにした。
ふと慎也を見ると、不機嫌そうな顔をしている。
「浮気すんなよって言っておいたはずだけど?」
「へッ!? 雀華さんとはそんな関係じゃねえよ。ただの同僚で腐女子の人なだけだ」
「でも旭が女の人と仲良くしてるのを見るのは腹が立つ」
「そりゃ人間だから仲良くくらいするよ。…お前だって向こうで手当たり次第誰かと付き合ったりしてんじゃねーの?」
俺は言った瞬間口を閉じて後悔した。
焦りと信じてもらえてない不満で、心にもないことを言ってしまった。
「誰かと付き合った、って?」
慎也は眉をぴくんと動かした。
「この四年間、お前を想って抜いたことはあったが他の誰かとコイビト同士になったことはないぞ?」
「だ、だから抜くとかここで言うなよ!!」
「じゃあどこだったら言っていい? ベッドの上か?」
「やめろって!!」
慎也の下ネタのせいで俺の顔は真っ赤になっていることだろう。
そんな俺たちを、慎也のご両親は微笑ましく見守っていた。
すみません人様のご両親っていうか年上の方にこういうのも何なんですが…
何で息子の下ネタを笑って聞いていられるの!?
「シンヤ、ワタシとダーリンは先に帰ってるからネ」
え、嘘? エマさんに義人さん、帰っちゃうんですか!?
そんな…慎也と二人きりかよ…。
何だか気まずいような…。
「あとは旭くんとごゆっくり、な」
カートを引きつつ、義人さんは手を振った。
「とりあえず、ここから出よう」
慎也は立ち上がり、歩き出した。
一、ニ歩進むと後ろを振り返って、
「旭どこ行きたい? 俺の予定はまずホテルに行ってエッチしたあとにお前の家にお邪魔してご両親に挨拶する、だけど」
と爽やかに言う。
それ爽やかに言うことじゃないんですけど。
突っ込むのも面倒くさいよもう。
「ご、ごごご両親に挨拶ってナニ!?」
いつの間にか背後にいた雀華さんが異様に興奮していた。
そういえばいたんだっけ、この人。
「せ…妹尾さん、僕と帰りましょうよ」
葵が焦って再び雀華さんを引っ張る。
「待ってたっちん、挨拶ってどういうことかしーちゃんに聞いてから! そしたらすぐ立ち去るわ!!」
「雀華さん」
「それってお二人のエッチよりもあたし的には重要かもしんないわ!!」
「雀華さんッ!!」
ダメだ雀華さんのテンションには付いていけない…。
「妹尾雀華さん、でしたね? ご両親に挨拶って言ったら結婚申し込みに行くしかないでしょう」
…な!
離れる時に言ってた結婚の話って、マジだったの!?
ていうかそんなこと俺の両親に言うな!
たぶん、俺の両親じゃなくても"息子さんを俺に下さい"なんていったら大概の人は卒倒するぞ!!
いや、その前にここで大声で言うな!
と俺が慎也に突っ込む前に、雀華さんのテンションが更に上昇する。
「きゃーッ! しーちゃんて思っていた以上にカッコいいわ!! 萌えるッ! 流石雪くんが好きになった人ね。
ありがとう、いい意味で期待裏切ってくれてホントにありがとう!!」
「す…雀華さん、お願いですからこんなところで大声でそんなこと言わないで下さい…」
突っ込みの矛先が雀華さんに向いたって訳だ。
最終更新:2010年05月22日 17:19