旭が泥酔してしまったので、地の分は第三者目線となります。
「笑うなっての! 真剣なんだぞ、俺は」
真っ赤な顔をして旭は慎也をにらみつけた。
が、そんな攻撃は慎也に通用しない。さらっと笑顔でかわすだけだ。
「旭がそんなこと言ってくれるなんて。…嬉しいな」
「なーにが嬉しいだよ。大体お前、本当に俺のこと好きなんか? 四年間もほったらかしにしやがって」
旭はなおもスパークリングを飲み続けている。
もう意地になっているようだ。
慎也の方はというと、一杯目から殆んど口をつけていない。
たぶん、酔わずにこの光景を覚えておきたいのだろう。…酔ったら記憶がなくなってしまうから。
「寂しかったのか?」
にやりと笑って慎也は言う。…言わしたいのだろう、寂しかったと。
「あ? 俺に聞いてんのか? どーせ"寂しかったぁ"って言わせたいって思ってるんだろ」
「ふ、よく分かったな」
「お前はそういうことしか頭に無いんだな。あとは下ネタ。ろくな大人になんねえぞ」
「もう大人だ」
「人の揚げ足をとるな! 嫌われっぞ」
持っていたグラスを、テーブルの上に静かに置くと、慎也は身を前に乗り出した。
「俺は、お前に好かれていたらそれでいい」
低音の美声で旭の鼓膜を貫くように囁くと、旭はスパークリングを飲む行為を一瞬止めた。
「好きだよ、旭。好きとか言う次元じゃない。言葉では言い表せない。死ぬほど愛してる」
旭の頬が紅潮したのは、アルコールを摂取したからだけではないようだった。
「…俺も」
目はとろませ、顔は赤らみ、心臓は爆発するくらい高鳴っている。
それでも旭は最大限に勇気を出し、次の言葉を発した。
「慎也のこと、大好きだ。…ホントに、本当に寂しかったんだ」
涙腺が緩んで視界が見えなくなっているようだった。
俯きながらも旭は言葉を紡ぐ。
「お、…お願いだ。もう…もう俺を置いてアメリカなんて行かないでく…ッ」
最後の一文字、"れ"が言えなかったのは、慎也が旭の唇を塞いだためだった。
熱く溶けそうな舌を慎也が突っ込むのを、旭は慣れない舌遣いで懸命に応える。
口元から唾液がだらだらこぼれた。
「は…ん、んぅ」
椅子から離れ、旭の身体を抱きしめたまま慎也はダブルベッドへ飛び込んだ。
「ん…っぁ」
更にキスを続ける。
慎也の性格で四年間も性行為を我慢してたのだから、歯止めが利かないのはおよそ当たり前のことだ。
「…ふぅッ、ぁ」
旭に息継ぎの時間を与えてやるとまた、彼は口内にむさぼるように舌を入れる。
舌が舌を這うとそれは気持ちが良いようで、旭の感覚神経はがくがく刺激された。
「…愛してる。もうダメだ。抱いていい?」
唇を離すと今度は耳攻めだ。というか言葉攻めか?
「聞くなよ…っ」
酒に酔っている旭は、慎也の目にはいつもの百倍は妖艶に見えた。
「旭、俺に"抱いてくれ"って言ってみろ」
「何なんだその宣言プレイは。お前好きだな、そういうの」
「抱いて欲しいのか、欲しくないのかどっちだ?」
一旦言わせると決めた慎也は一歩も譲ろうとしない。
気になる女の子をからかう小学生男子のような心持ちの中に慎也はいた。
「……欲しい」
旭はバスローブのタオル地をぐっと掴んで言った。
「ん? 聞こえないな」
「んなワケねーだろっ」
じっと自分を見つめる慎也を旭は睨み返す。
それを見て慎也は笑った。
「あはは、悪い。冗談だよ。お前が可愛すぎるからからかってみたくなっただけだ」
心臓が勢い良く波打って血潮が身体全体に伝わる。
特に顔。クーラーをギンギンに効かせてあるのに、旭の顔は発熱したように熱い。
「旭、好きだ。…アメリカに一人で行ったのは謝る、ごめん。お前と一緒に暮らすために色々準備とかしてきた」
慎也は俯き加減にそういった。
言った直後に、旭が着ているバスローブのタオル地の紐を解く。
「ごめん…」
いろんな意味の謝罪の言葉を言うと、慎也は旭の身体に触れた。
「ぅあ…っ」
すぐに旭の身体は反応する。さっき、風呂の中でイけなかった分、快楽に敏感になっているのだ。
「あ…ぁんッ…ん…」
肌を慎也の舌が這うと、旭は堪えずに素直に嬌声を上げた。
「し、慎也」
チクビが唾液で濡れ始めたころ、旭が何かを思い出したように慎也の名を呟いた。
「何だ?」
「今日…お前の、誕生日…」
そう、9月11日は慎也の誕生日である。
「そんなこと…今言わなくていい」
「ご…ごめっ、俺…何も用意してない」
アメリカに行っても慎也は旭に誕生日プレゼントやクリスマスプレゼントを贈っていた。
旭もそうだったのだが、肝心な今日、忘れていたことに腹が立っていたようだ。
「何も? 最高のプレゼントがあるじゃねえか」
「…え? 何だ、それ?」
きょとんとする旭の耳元で、そっと慎也は呟いた。
「旭」
「おまっ…よくそんな恥ずかしいことを…」
それを聞いた旭の顔は更に赤みを増す。
「抱かれることだけ考えてろ、お前は」
にっこりと微笑むと、再び行為を再開する。
既に感じて尖ったチクビを慎也は甘く噛んだ。
「ッあ…、ぁあ!」
チクビでこれだ。下半身を今刺激されるとどうなるのだろう。
バスローブ姿の旭はもちろん、下着なぞ付けているわけもなく、性器がむき出しになっている。
慎也の愛撫でそれはどんどん大きくなった。
快楽をどこに表現してよいかわからず、旭はぎゅっとシーツを掴む。
その握力のせいでシーツはしわくちゃになっていた。
旭の下部分に指を這わせると、本体の方はびくびくと跳ねる。
面白がって慎也は何度も同じように指を使って愛撫した。
「イきたい?」
「…イか、ッせて」
指のみでそれを刺激し、快感の絶頂へ誘導する。
間もなくして白い精液がその先端から飛び出た。
「あ…はぁ、ッはぁ」
身体のいたるところが痙攣しているのが、徐々に落ち着いてきた。
「慎也…ッ」
求めるように旭は愛しい人の名を呼ぶ。
「何?」
「い、挿れて…ッ」
旭は蕩けそうな甘い顔で言った。
「慎也が…欲しい」
「お前は…俺を萌え殺す気か?」
口元を緩ませ、小さな声で慎也はこう呟くと、旭の穴の入り口部分に触れた。
「…ぅあッ…あ、ん…」
そこはくぷっと慎也の指を簡単に吸い込んだのだった。
「旭…、何でこんなに緩いんだ?」
「ッや、ぁ…な、…んて…?」
「誰かとヤったのか、俺がいないうちに?」
慎也は怒声をあげてそこに触れるのを一旦止めた。
「は…? 何言って…?」
「俺以外のヤツとセックスしたんなら正直に言え」
「はぁ!? ヤってねえし!!」
「じゃあ何でこんなに緩い?」
旭の内部を、指三本でかき回す。
と、そこはくちゅくちゅ鳴った。
「あ…慎ッ、やめ…」
「…ヤったのか? 俺以外の誰かと」
その慎也の声には怒りは含まれてなかった。
代わりに、とても不安そうに、悲しそうに聞こえた。
「違う、違うんだ…。お…お前と一緒だよッ」
いきなり大声を上げた旭の頬は紅潮しきっていた。
慎也はというと、旭の言った言葉の意味が理解できていないようだ。
「その…、だから! し…慎也を想って………察せよ、言うの恥ずかしいから」
慎也はきょとんとした目をしていたが、旭がそういった三秒後にはゆるやかな目付きに変わっていた。
「…どうしよう、旭。俺、嬉しすぎて心臓ドキドキ言ってる」
頭をかきなで、ついでに旭の口元にキスを落とす。
「悪かった、疑って。旭を愛するが故だ」
「アホなこと言ってないで早くしろ」
「わかったよ」
と言って頷き、慎也は旭の両脚をぐいと引き寄せた。
慎也の下半身を旭は軟膏の助け無しにいとも簡単に飲み込んだ。
「んッ…」
奥部に先端があたって旭は嬌声を漏らす。
「可愛い…旭」
初めはゆっくり、徐々に速く腰を動かす慎也。
その度に淫猥な音を立て、その部分はもう精液でぐちゃぐちゃになっていた。
「い…ぁ、ッあ…ん…」
突かれるごとに旭は快楽へ堕ちていった。
「あさ…ひッ、」
下半身を抜くことなく慎也は全裸の旭の身体を抱きしめた。
お互いにお互いの体温が感じられる。
行為が性行為なだけに平熱より確実に肌は熱い。
「…ん、やぁ」
密着した二人の距離はわずかに5センチと言ったところだ。
「慎…也……」
抱きしめられた状態で、旭は慎也の唇にキスをした。
旭自らキスするのは初めてだ。
酔った勢いなのか、それともシラフか、分からないが確実に唇をふさいでいる。
「ん…ふ、ぁ…」
された側の慎也は戸惑ったが、すぐに旭のキスに応えた。
舌をかき回す、深いキス。
愛しい人と過ごす最高に幸せの時間を二人は感じていた。
………どうも、雪代旭です。
ようやく正気に戻りました。醜態を見せてしまって申し訳ない。
俺はもともとそんなに酒に溺れるタイプじゃなかったのになぁ。
…え? 溺れたのは酒じゃなくて慎也?
すみません、今は突っ込む気には…。
あー、腰が痛い。ケツも痛い。
「おはよう旭」
普段より数段明るい声で横に寝ていた慎也が言った。
「…おはようってなぁ、一睡もしてねえだろ」
「でも朝だからおはようだろ?」
こっちはこんなにも体力奪われてるのに、何で慎也はこんなに元気なの?
不公平だ。
「つかお前、一晩に4回って何考えてんだ」
「4年分抱けって言ったじゃん、お前が。一年に1回は少なすぎるだろ」
「一気にヤるんじゃねーよ! こっちの身にもなれボケが」
俺はそう吐き捨てると慎也とは逆の方を向いてわざとらしく掛け布団をかぶった。
「ごめん、無理させちゃった? でもお前が誘ったんだぞ」
誘った…まぁそうかもしれないけど。
アルコールの摂取は気をつけないといけないな。
と俺は痛感した。
「さっさと着替えろ。お前の家に行くんだからな」
俺に笑顔を振りまくと慎也はベッドから降り、シャワールームに向かった。
「え…本気かよ…」
「当たり前だ。チェックアウト9時だから早くしろ」
やべ…止めないと俺、親に勘当されてしまうかもしれない。
こんな変態、ほっといたらダメだ。
「あーさーひー。早くー」
全裸からすぐに服を身に着けた慎也は俺を急かす。
あぁもううるせーな。こっちは疲れてるんだよ一晩中突かれまくって。
ようやく俺が着替え終わると、キャリーを持った慎也はすかさず手を引いて部屋を出た。
「ちょ、…なんだよ」
イヤに急く慎也に疑問を抱く。
「善は急げって言うだろ? 旭のご両親に早くお会いしたいんだよ」
そういや会ってなかったかも。
俺の方は会ったけど。
善は急げじゃねえよ。今から起ころうとしてることは全然"善"じゃねえよ。
カウンターにいる従業員さんに向き合ってチェックアウト と支払いを済ませる。
一応俺は慎也に言った。
「俺も半分払う」
幸い財布は持ってるし。
だが答えは、
「いらん。俺が予約したんだからお前が払う必要はない」
だ。
まぁ予想はしてたけど。
一旦そう言われるとテコでも揺るがないと思うので、俺はそれ以上言わなかった。
電車に乗った。
休日の昼間なのに珍しく車内は空いていて、二人とも座ることが出来た。
「お前のそれ」
慎也は俺の首元を指差して言った。
「前にも言ったかもしれないけど、婚約指輪がわりな」
「おま…っちょ、バカか!!」
もう一度言う。電車の中だ。
だから普通のトーンでそういうこと口走るな!!
空いてるっていっても乗客がいるんだ。一般人に聞こえたらどうする。
……って、もう慎也には言うだけ無駄だけど。
はぁ。
その溜め息をついてからは、俺は慎也が喋りかけるのに"うん"とか"ああ"とか、曖昧な言葉でのみ返した。
疲れるぜ。私生活ならいいが、公共の場でコレだと、精神的に色々やられていく。
諦めるしかないってか?
「昨日の旭は可愛かったなぁ。俺を誘う姿勢がもう。な、また一緒に酒飲もうぜ?」
…どうやらそのようですね。
「ちょ、ちょっと待て。本気なの!?」
半ば強引に俺の家に入ろうとする慎也、を俺は必死で止めようとしているところだった。
「俺が冗談言ってると思うのか?」
いや、ま、今からやろうとしている行為は慎也ならやりかねないんだけども。
冗談言ってる姿ではないってことも分かるけども。
「大丈夫。絶対分かってくださると思うよ?」
「いやいやいやいや、お前は俺の両親の何を知ってそう言ってるんだ?
大体俺、慎也と…結婚するとか……言ってないけど」
「…そうか、"プロポーズ"忘れてたな」
慎也は歩を止め、少し考え込んだ。
それからキラキラした目で俺を見つめ、こう言った。
「旭、名字を"中田"にしろ」
「…は?」
俺は疑問の表情を浮かべる。
「ダメか。もっと違う言い方…」
また慎也は熟考し始めた。
……そんな考え込まなくても。俺、結婚とか言われても…ピンと来ないんだよなぁ。
「旭。俺は浮気はしない。…子育ては出来ないけど、家事も手伝う。お前が"帰れ"って言った時間に必ず帰る。
経済面も、お前に苦労は絶対にさせない。だから、俺と結婚してくれ」
真剣な眼差しで慎也はそういう。
長い付き合いでよく分かる。コレは冗談を言っている目ではないと。
確かにアメリカなら州によっては同性でも結婚できるけど。
いやでも、男が男にプロポーズなんて違和感にも程があるってものだ。
俺はこういう場合、何て言えばいいんだ?
幸せにして下さいと言って慎也に右手を差し出すか。
ごめんなさいと頭を下げるか。
迷った俺の脳裏にこんな考えが過ぎった。
「…じゃんけんしよう」
「じゃんけん?」
「ああ。それで決める。慎也が勝ったら言うこと聞くよ」
「俺が負ければ別れるってことか?」
怪訝そうに慎也は問う。
「違う。俺はお前のこと、好きだか……そういう意味じゃなくって!
結婚とか考えないでオツキアイしましょうってことだ!」
ポロっと出てしまった本音に羞恥を覚えた俺は意味なく言葉の後半、大声を出してしまった。
「そんなことで運命を決めるのか?」
「いいんだよ、じゃんけんに決められることが運命なの!」
全然自分でも言ってる意味が分からない。
「じゃ、俺が勝ったら速攻ご両親に挨拶だからな」
「うっ…それは…」
俺は言葉を詰まらせた。
それとこれとは話が別…でもないか。
はぁ…、ま、なるようになればいいさ。
頷くと慎也は利き手を前に差し出した。
一発目で出たパーとチョキ。
"最初はグー"無しでやったのになぁ。
チョキは形を作りにくいから、相手が第一回目に出すのはグーかパー。
つまりパーを出しさえすれば負けることがないという戦法がある。
まして、"最初はグー"を行っていないとなおさら効果があるらしい。
だがその勝利方法はあっけなく崩された。
「最初はグーは無し、って言うからだろ。バカか」
慎也はくすくすと笑いながらからかうように言った。
…うん。そういわれるとそうだ。俺、頭悪すぎる。
だが。
じゃんけんに負けたことで一瞬は悔しいと思ったが、不思議と俺の心にマイナスな感じの気持ちはなかった。
「よし、じゃあ行くぞ」
今まで立ち止まっていた慎也は再び俺の家に入ろうとする。
「あ…、あー……」
俺がちょっと待って、とか言う間もなく慎也は俺の実家の扉を開けた。
あ、よい子は他人の家のドアを勝手に開けたりしちゃダメだぞ。
「お邪魔します」
ハキハキした声でそう言い、脱いだ靴を揃えると俺より先に慎也はずかずかと奥に進む。
一応、礼儀と言うものは携えてるんだな。
きれいに揃った靴を見て俺は思った。
アメリカで暮らしてたので土足で上がるのではないかとさえ思ったが、それは杞憂だったようだ。
「あーっ、慎也お兄ちゃん!!」
来客者を見に来たみぞれが嬉しそうに声を張り上げる。
「みぞれちゃんか? 成長したな。色々」
上から下まで視線をずらした後、慎也はみぞれの胸部に触れた。つーか揉んだ。
「何やってんだコラ。しばかれてえのか!?」
何だこのエロオヤジみたいなヤツは。そういうところは変わってねーんだな。
俺は平手を構え、慎也をはたこうとした。
「や…、くすぐったいよ」
しかしみぞれの方はそれを特に嫌がることなくけらけら笑っている。
………おい。いいのか、妹よ。
思い返してみるまでもないが、中学生になった今でもみぞれは俺と一緒に風呂に入りたがったりする。
いや、入ってませんよ!?
流石にアレなので俺の方から断るくらいだ。
性に無頓着というか…。恥を感じないというか。
そのうち変なヤツに口車に乗せられてAV女優になっちゃうんじゃねーか?
…はっ、これは失言だな。悪い、みぞれ。
まぁみぞれのことは置いといて。
来たこともないのに慎也はまるで住んでいるかのように家の構造を把握し、リビングに通じる扉を開けた。
え? 偶然だよな??
休日とあって両親とも家にいる。
母さんも父さんもテレビを見ていた。
慎也が入っていくと二人とも酷く驚いた。
そりゃそうである。インターホンを鳴らさずして見知らぬ男が入ってきたのだから。
後から俺が追いかけるように部屋に入ると、両親は元の表情に戻った。
「お邪魔します。俺は中田慎也と申しまして――」
「えっと…ああ! 旭と恋人同士の? アメリカから帰省なさったんですね」
母さんがにこやかに言う。気のせいか必要以上に慎也を見つめながら。
…だから恋人同士とか誤解だって!
大分前に変な誤解をされたまま、両親とも俺と慎也は恋人だと思い続けているらしい。
いや、間違いでは…ないのだけども。
「ご存知だったんですね。なら話が早いです」
ぱっと顔が明るくなって慎也が言う。
「長旅お疲れでしょう? どうぞお掛けになってください」
と、父さんが椅子を引く。
すみませんと告げ、慎也は座った。遠慮知らずだ。
「それにしても…おキレイな顔立ちですね」
「お褒めいただいてありがとうございます」
みぞれは自分の部屋に戻ってしまって、ここには四人しかいない。
で、四人中三人がにこにこと笑顔。俺だけがフクザツな顔を浮かべて黙って座っていた。
「もう。ウチの息子なんかのどこに惹かれたんですか? 慎也くんとは全然不釣合いなのに…」
「そんなことはありません。俺にとっては物凄く魅力的に見えます」
…それってお前以外の人からは魅力的に見えないってことか?
何か腹立つな。
あと普通に慎也と、如何わしき会話を普通にしている両親もどうなのだろう。
こんなに楽観的な人たちだったっけ?
「実は旭とのことでお話があって今日、うかがったのですが」
うわ来たよ。二言目にはアレですよ。
いいじゃんもう! いい加減腹決めろよ、俺。
「お父さまお母さま、俺と旭の結婚を許してください」
はい言ったー。俺、今人生最大の難関を感じてるんじゃね?
俺は恐る恐る、目の前にいる二人の顔を見た。
もちろん、驚いている。そりゃそうだ。
「結婚? ではアメリカで暮らすということですか?」
「はい。旭には何の不自由もさせません。絶対幸せにします」
両親はお互い、顔を見合わせた。
そして、次の瞬間には…驚いたことに笑っていたのだった。
「あはははは、それはいいですね!」
へ? はぁ??? 何、何が起こってんの?
俺が驚愕すること、分かってくださいますよね?
だって普通、同性愛はどうしても偏見をもたれるから、世間体とかを気にして絶対反対だといわれると思ったんだ。
実際、俺が男である慎也を好きだってことを両親は親戚にも誰にも言わなかった。
家の中でたまに話題に出ることはあったが、俺は両親とも内心不安を感じているのではと思い込んでいた。
結婚となると、いつかみんなにバレるんですよ? いいのか、両親。
「アメリカに住んで英語が喋れるようになったら、旭も少しは賢く見えるわよ」
「いやぁ、就職先がなかなか見つからなかったからなぁ。でも嫁ぎ先が見つかってよかったなぁ」
二人とも朗らかに笑いながら言ってる。
…こんなに呑気な人たちだったんだ。
21年間付き合って初めて知ったよ。
「では、許してくださるということですか?」
「こちらからお願いしたいくらいですよ。もう人間一人いるのといないのでは全然かかるコストが違いますもの」
コストって何だ。
っていうかいいのか? それでいいのかー?
「ありがとうございますッ!」
椅子から立ち上がり、大袈裟に慎也は礼をした。
「旭も慎也くんと一緒に暮らす方が良いだろう?」
と、父さん。
…え。頷く場面じゃん。
ここで頷かなければどんだけ空気の読めないヤツであることか。
俺は父さんの問いかけに渋々頷く。
あ、ごめん。訂正。本気もかなり交じっている。
「じゃあ早速手続きを始めさせていただきます。旭、パスポートって持ってる?」
もう始動するのか? と聞く前に俺は慎也の質問に答えた。
去年に研修旅行でイタリアに行ったから、パスポートは持っている。
「良かった。じゃあ向こうに持って行く分の荷物、まとめてくれるか? まとめさえすれば後は俺がするから」
何か展開早いなぁ。
わかったと頷き、俺は物置に向かった。ダンボールを引っ張り出してくるためだ。
「俺も手伝うよ」
慎也はそういうと、両親に向かって再び頭を下げて俺の後ろについてきた。
旭は何も心配しなくて大丈夫。俺が全部やるからな。
慎也がそう言ったとおり、一週間もすれば俺がアメリカに移住するための手筈が整っていた…らしい。ピンとこないが。
荷物は全て、新居に既に届けてあるという。
俺は財布やらパスポートやらを入れるための小さめのカバンのみを持ち、空港に到着した。
みぞれと父さん、母さんも付いてきた。
向こうで2、3日過ごすらしい。
「ごめんね、慎也くん。新婚なのに邪魔しちゃって」
「いえ、とんでもございませんよ」
またもや慎也と両親は呑気に喋りあっている。
「わーいッ! あたしお仕事以外で外国なんて始めて~」
みぞれは無駄にテンション高い。
まぁそんなこんなで搭乗時刻になった。
ずっと前は置いていかれた搭乗口に差し掛かる。
今日は…慎也と一緒。
スーツケースを預け、パスポートと搭乗券を提示していざ、飛行機に乗る。
出発準備は完璧だ。あとは寝て待つのみ。
「旭、愛してるよ」
エコノミーの指定席に座り、シートベルトを締めて一息ついたときに慎也は俺にそう言った。
「…あっそ」
普通の人がたくさんいるんだぞ、とはもう突っ込まない。無駄だ。
「お前のセリフは"あっそ"じゃねえだろ?」
「は? 相槌打つ以外に何やればいいって言うんだ?」
「俺もだよ、とかさぁ」
「ハイハイ、俺もだよ」
溜め息つきつつ俺は面倒くさそうに言った。
すると慎也はいきなり俺の顔を自分の方に向け、おもむろにキスを始めた。
「は…っん、……?」
突然の事で驚く。が、慎也は気にしていない。
「ん…ぅ、」
くちゅっと口の中をひと舐めすると、慎也は唇を離した。
「ぷはぁッ、…いきなり何だ?」
「旭、愛してる」
慎也は真剣な目でもう一度そう言った。
「え…? あ、えっと…」
視線は自然にそれて言葉もどもる。
「お、俺も…愛してる、よ…」
そう言わないと何度でもやってきそうだからな。慎也は。
「よし、よく出来ました。向こうについたら嫌になるまで抱いてやる」
そう勝ち誇った笑みで言うと、俺の頭をくしゃくしゃ撫でた。
…あぁ。
なんでこんなに変態なんだ。
普通だったら警察に速攻御用になるくらいの変態さ。
人目を気にしない傍若無人っぷりで根拠はたくさんあるけど自信家で。
でも俺はそんな慎也が、好きなんだよなぁ。
向かうは自由の国。これからは今までの比でないくらい変態生活が待っていることだろう。
しかし俺は、想像して恥ずかしいと思うことはあっても、嫌だ、とはもう思わなかった。
完
最終更新:2010年05月22日 17:50