―Blood and sickle―

2: 名前:未狂 (aIfBut3OZ.)☆11/22(日) 19:44:31
―deserted church―    

元は教会だと思われるその寂れた建物の中、一人の青年が幾多の折り重なる死体の上に居座っていた。
返り血で赤くなった大きな十字架を背後に手に大きな鎌を持って折り重なった死体に座る彼はさながら悪魔かもしくは死神のようにも見えた。
髪は闇夜のように黒く、瞳は血色に底光りする赫色。肌は白く、体は華奢だ。その整った顔は返り血で真っ赤に染まっている。その返り血で真っ赤に染まった彼は手に持った大鎌に飛び散った血を一滴舐めとると不気味に笑みをこぼした。
「また派手にやったな、イエティ」
イエティと呼ばれた青年は真っ赤に染まった顔を仰け反らせるようにしてゆっくり後ろを振り向くとまた笑みを零しながら言った。
「あぁ……ハハッ。仕事だし?何よりも綺麗でしょ?……フフッ……ねぇ?キルト」
キルトと呼ばれたもう一人の青年は月明かりに照らされた教会の窓際にもたれかかっていた。
彼はイエティとは違い少しも血を浴びていなく、月明かりの中その肌の白さがまぶしいほどに光っていた。
キルトは長く赤い髪を後ろで三つ網状に結っている。イエティと反対に少し体は逞しく、その手には二丁の小さな拳銃が握られていた。
「……まぁ、お前が赤く染まってる姿を見るのも悪くねぇぜ」
そう言うとキルトはイエティの傍まで行って彼の頬に手を当てた。
「…… アハッ。ありがとっ」
「さて、もう行こうぜ。仕事は終わったんだ。いつまでも此処にいる意味はねぇだろ」
そう言ってキルトは手に持っていた拳銃を腰に戻すと両開きの大きな扉へと踵を返して向かう。
イエティは死体の椅子から降り、手に持っていた大鎌を肩に担ぐとキルトを追いかけた。キルトと並ぶとイエティの背の小ささが際立つ。
「やっぱお前ちっちぇなぁ……」
そう言ってキルトは横に追いついたイエティの頭に手を置いた。
年は1つか2つほどしか変わらないはずなのにイエティはキルトの肩ほどしか背がない。
「……んん?それは僕を馬鹿にしているのかなぁ?キルト君」
やけにゆったりとした口調で大鎌に手をかける。
「…おお、怖いなぁまったく」
キルトはそう言いながらも全く怖そうにしていない。
イエティはそれを見て『フフッ』と笑うと大鎌に掛けていた手を戻した。

寂れた教会の外、其処に二人のことを待つ人がいた。
車にもたれかかり煙草で一服する彼は一見三十路近くに見える。髪は短く、明るい茶色をしていて、くたくたになったキャスケットをかぶっている。
「おぉ、ブラッド居たのか」
彼にキルトが声を掛ける。
ブラッドは此方を向いて微かに笑うと呆れながらも言った。
「おぃおぃ、遅かったじゃねぇか。ずっと待ってたんだぜ?ほら、乗んな」
そう言うとブラッドは車のドアを開けた。
「仕方ねぇだろ、イエティがずっと遺体弄んで遊んでるんだもんよ」
キルトがブラッドの問いに答えながら車に乗り込む。
今にも壊れそうなおんぼろの車はイエティ、キルト、ブラッドが乗り込むと軋む様に上下に揺れた。
「…あれれ?キルトだってもう死んでる人に何発も弾打ち込んで遊んでたよねぇ?」
キルトが『それもそうだけどさ』と笑い交じりに答えると車の中をブラッドの陽気な笑いが包み込んだ。
二人もそれを聞いて顔を見合わせ、笑った。
そしてブラッドは『二人は本当に仲がいいのな』と言うとおんぼろの車を故郷へと向けて発進させた。
どんどん教会が遠くなっていく。キルトは後部座席でもう少し遊んでいたかったな、と言わんばかりに名残惜しそうな顔をしていた。


7: 名前:未狂 (aIfBut3OZ.)☆11/23(月) 19:34:42
―return to the hometown―


おんぼろ車を走らせて約一時間。やっと彼らの故郷が目の前に見えてきた。
イエティが視線を窓の外へと移すと其処には巨大な教会が建っていた。とは言っても彼らが先刻まで殺人を犯していた寂れた教会なんかではなく、それよりも遥かに立派で巨大な教会だった。
その立派な教会に不釣り合いなおんぼろ車が門をくぐる。
教会の中庭はこれ以上ないほどに陽の光が射し、イエティにとっては眩しい位に明るかった。
光の溢れる庭には清楚なシスターたちが小さな孤児たちに絵本を読んでいる。
「なんだイエティ。お前も読んでもらいたいの?」
キルトが口元に意地悪そうな笑みを浮かべてわざとからかう様な口調で言う。
「そんな訳ないでしょ。あそこは僕らとは違う世界。あんなの夢見るほうがバカだ」
そう、あそこは僕らの居るべき場所じゃない。あの孤児たちが居るべき場所がこの光あふれる教会ならば、僕らの居るべきところは先刻までいたあの寂れた教会だろう。
寂れた教会の中、幾多の遺体の中で不気味な笑いを零すこれまた不気味な子供。それが僕達の姿だ。あぁなりたいなどと夢見る資格さえ僕らには無い。
「お前なぁ…そんな悲しいこと言うなよ。お前だってガキなんだから」
「ガキって何?僕、キルトとたった2つしか変わらないはずなんだけどな。いくら背が小さいからって子供扱いするのはどうかと思うなぁ?うん、どうかと思うよ」
そう反論してキルトを睨む。でも背が小さいからかキルトはそんな僕にもお構いなしだった。
ほら、お子様はそろそろねんねの時間だぜ、そう言ってまた僕をからかう。
僕らの話を聞いていたのか運転席のブラッドがまた陽気に笑う。
キルトはそれに合わせて笑っていたが僕は後部座席で腕を組んでムスッとしていた。
横を見るとおんぼろ車の窓の外、孤児たちが楽しそうに笑っている。僕にはなぜだかこのおんぼろ車の薄いガラス窓一枚で平和な生活と隔離されているような気がしてならなかった。
僕がそういう思いで窓の向こうを見ていたことに気がついたのかキルトは悲しそうに微笑むと僕の頭を軽く撫でた。
またガキ扱いされたのかと大鎌に手をかけ振り返るとその手を引き戻した。何故なら、横にいるキルトが悲しそうな顔をしていたから。
僕はキルトの手を振り払った。
一瞬キルトは驚いたような顔をしたがまたいつもの様に笑うと今度はぐしゃぐしゃと僕の頭を撫でた。
「………」
僕が何も言わずに睨み付けると『悪い』と言って笑った。
「さぁ、着いたぜ」
車が止まり、運転席から声がする。
おんぼろ車のドアを開けて地面に足を付けるとなんだか懐かしさを感じる。
―――――帰って、来たんだ。
目の前には見上げるほどに大きな礼拝堂。寂れた教会とは比べ物にならないほどの大きな教会。礼拝堂を取り囲むように植えられた木。その一つ一つがすごく懐かしく思えた。
「イエティ、行くぞ」
キルトが手を差し伸べている。その手を掴むと礼拝堂に向かって歩き出した。


8: 名前:未狂 (aIfBut3OZ.)☆11/23(月) 19:35:02
ギギギ、と大きな音を立てて両開き式の扉が開く。
礼拝堂の独特な埃のにおい。目の前には両側にいくつもの椅子。赤く長い絨毯。祈りをささげる人々、そして、大きなキリストの姿。
―――――どれも僕には不釣り合いなものばかりだな。
そうして自分を嘲る様に笑うとまた歩を進めた。
礼拝堂の横にある扉を抜けてまた長い廊下を歩く。
10分ほど歩いただろうか?ブラッドはある扉の前で立ち止まるとその部屋の扉を開いた。
「やぁ、帰ってきたんだね。ご苦労様でした。きちんと出来たかな?」
その部屋の中にいた人物が三人に労いの声をかける。
深い茶色をした長い髪を後ろで結っていて、瞳はこれまた深い茶色。神父の様な修道服を着ている。その手には大きなショットガンが握られている。どうやらこれまでそれを手入れしていたようだ。
「いいですけど、所長。教会のなかでそいつ持ってると子供たちに避けられますよ?」
所長は微かに笑うとショットガンを横にあったショーケースの中に戻した。
「それはそれはキルト君、忠告をありがとう」
「いえいえ、礼には及びません。当たり前のことですよ、ハインド所長サマ」
わざとからかうように言うキルトに少々呆れながらも『君はいつも意地悪だよねぇ』と答えた。
「ハインド、次の仕事……」
「ん?イエティ、所長だよ、所長!呼び捨ては歓迎しないな」
「……そんなのどうでもいいじゃん」
「……ふぅ…暫くは仕事もないしゆっくりして行った方がいいよ」
―――この教会での仕事。
それはシスターの言う様な宣教などだけではない。法の網を掻い潜り国でさえ裁けなくなった犯罪者をこの手で密かに始末する。それがこの教会の裏の仕事。
僕もキルトもその仕事をしているからこの教会に住まわせてもらっている部分もある。
「じゃぁ、俺らは教会の中でゆっくりしてっからなんか仕事入ったら言ってくれよな」
そう言ってまだ話がしたそうな所長を置いて所長室を出る。
所長室を出るとキルトが僕の頭を撫でてきた。
「………イエティ、ごめんな、こんなことに巻き込んじまって」
そう言うとキルトは悲しそうな、それでいて寂しそうな顔をした。

きっとキルトは後悔しているのだろう、自分がした事。
ほんの一、二年前身寄りのない僕を街の路上で拾ってくれたのがキルトだった。その時ほんの1ヶ月前に目の前で親を亡くした僕にこの教会は平和で、でも平和すぎた。
僕は自ら望んでキルトと同じ仕事がしたい。そう名乗り出て仕事に加えてもらった。
初めは慣れずに現場でウロウロするしかなかった僕も二年が経ち人並みに仕事をこなせる様になった。
ただそれと同時に僕は心を失った。街で拾われた時にはもう人形のようだったとキルトは言っていたけれど、僕には何の事だかよくわからない。そもそも心がどういうものかを知らなかったから。
だって僕は人並みに笑うでしょ?
それでいてキルトは心がないと言う。僕には理解できなかった。


9: 名前:未狂 (aIfBut3OZ.)☆11/25(水) 22:30:10
―truth―


「ハインド?このままでいいのか?」
ブラッドが煙草を銜えながら問いかける。
あの二人が出て行ったあと、所長室に残っているのはハインドとブラッドの二人。
銜えた煙草にライターで火を点けると紫煙の煙を吐き出した。
「このままって?」
「あの二人のことだよ。あのままじゃイエティは救われないぜ?」
この仕事を始めて心を失ってしまったイエティ。
その事を知らない振りをする様な事だけはしない。俺もハインドも、キルトも……。
あいつの事は如何にかして救ってやりたい。
俺達だけではなく教会のみんなが思っていることだ。
チラッとハインドを横目で見ると何かを深く考え込んでいるようだった。
それから何かを思い立った様に深く息を吐くと机の引き出しから資料を取り出してそれを俺に見せた。
「何だよ、これ……」
「これをあの子に見せろっていうのかい?それはさすがに酷って物だよ」
そのたった2,3枚の資料にはイエティがこの教会に来る前の出来事が書かれていた。
なぜ両親を失ったのか。なぜ心を失ってしまったのか。
その事実はあまりにも残酷で、悲劇と呼ぶには重すぎるものだった。
「これは僕らの心に仕舞っておくだけでいいんだ。この事は誰にも口外しないと約束してくれるね?」
俺はハインドの問いに答えられなかった。
その資料を手にしたまま固まってしまい、声も出なかった……。
イエティは以前、街でキルトに拾われるより前の記憶がないと言っていた。
記憶が無かったのはこの所為だったのか………。

「……ブラッド?」
「…………あ、あぁ」
如何にか振り絞るように一言そう答えると幾ばかりか俺の手汗で湿った資料をハインドに手渡した。
「イエティには…言わない、のか?」
俺は何故かその問いを聞いてしまっていた。答えなら当に分かっているはずなのに。
ハインドは資料を机の引出しに仕舞おうとしていた手を止めて呟いた。
「…… 言えるわけ、ない」


10: 名前:未狂 (aIfBut3OZ.)☆11/30(月) 10:54:46
―Short-lived peace―


「キルトさんいつ帰られたんですか?」
振り返ると其処には俺よりも少し背の低い女が居た。
「ああ、セラン久しぶりだね。昨日帰ってきたばかりなんだよ」
セランは俺より歳は二つ上。俺よりも低い背に長い金髪を腰まで揺らし、華奢な体に白いワンピース。白い肌に奇麗な青い瞳。その姿はどこから見てもシスターのようだった。
だがこんなセランも俺やイエティと同業者。つまりは殺しを生業にしているのだ。
其れでもそんな事を感じさせない品の良さが彼女のすごいところで、その為か同業者の中でも一番子供たちに好かれていた。
「その花束……そう言えば今日は命日でしたね」
セランが俺の持っている花束を見て呟いた。
今日は命日。俺の父さんと母さんの……。
年に一度命日になると教会の隅の隅に作られた西洋墓地にまで足を運んで花を供えに行く。
俺の大好きなクリスマスローズを両手いっぱいの花束にして。
「うん。これから行くとこだったんだよ。」
「クリスマスローズ………キルトさん………」
そう言うとセランが悲しそうな目で俺を見つめる。
セランはこの教会の庭園を任された程の大の花好き。この花の意味。きっとセランには分かっているだろう。
それを解っていながら詳しい事を聞こうとしないのはセランの優しさか……。
「じゃぁ、ごめんね。行かなくちゃいけないから」
そう言うと墓に向けて歩き出す。
―――――あぁ、今日はあの日みたいに空が青いな。
そんな事を思いながら。
何故だろう?今日は胸が痛まない。忌まわしきあの日からちょうど2年経ったからなのか。
いつも命日に来る胸の痛みもなぜか嘘のように全くなかった。
―――――俺も変わったな……。
「キルトさん……何か思い詰めていなければ良いのですけど……」
背中でセランがそう言ったのがうっすらと聞こえた


11: 名前:未狂 (aIfBut3OZ.)☆11/30(月) 10:55:26
セランと別れてから10分ほど歩いた教会の敷地の中、聖職者が眠る西洋墓地が目の前に見えてきた。
規則的に並べられた墓石の中、一際大きい墓石が俺の父さんと母さんの墓。
それはただ単に二人が眠っているからなのか。それともあの日の事件で失った命だからなのか。
「これは……」
いつもは何もない墓の上、一つの花束がきれいに置かれていた。
ピンクの可憐なカスミ草……この花は……あいつか。
「いるんだろ?………ローラン」
俺がそいつの名を呼ぶと、後ろから足音が近づいてきた。
振り返ると、俺に似た赤い髪に鳶色の瞳。俺と同じ身長の男が立っていた。煙草を銜えた口角はさも意地悪そうに吊り上っている。それは久しぶりに見る悪友の姿。俺は何故か目頭が熱くなるのを感じた。
俺たちは何も言わずに固く抱き合う。
「よく解ったな、お前。褒めてやるぞ」
上から目線な口調も全然変わってない。
―――――懐かしいな。
ローランは俺の昔からの悪友で、同業者。俺がこの仕事をすると聞いたときは猛反対していたっけ。
ローランが長期任務に就いたのが今から3年前のこと。きっとあの日の事をハインド所長にでも聞いて花を供えに来たのだろう。ローランも俺の親とは結構仲が良かったから。
「ローラン。いつ帰って来たんだよ、お前」
「あぁ、お前がせっせと働いてる時だよ。帰って来てもお前が居ないんじゃちょっと物足りなくてさ。退屈だったぜ」
そう言って久しぶりに二人で笑う。
―――――本当に、こいつには敵わないな……。
二人の笑い声が墓地に響く。
久々で懐かしい、『つかの間の平穏』


12: 名前:未狂 (aIfBut3OZ.)☆11/30(月)
―heart that I lost―


あの寂れた教会で仕事をしてから早くも一カ月。
其れから全く仕事という仕事もなく、俺たちは教会で束の間の平和な日々を過ごしている。
こんな平凡でいて素晴らしい日常が長くは続かないことも分かっていた。
でも今だけはこの平和で平凡な日常を過ごしていたい。あの事件から二年経った今、俺もそう思うようになった。
今までは此処から逃げ出す事しか頭に無かった俺がこんな事を思うなんてハインド所長が知ったら何て言うだろう?
でもあの事件が完全に俺の心から消えたわけじゃない。
あの日俺の心に植え付けられた憎しみ、怒り、悲しみ、恐怖、そして……復讐心。
俺はイエティにいつも心が無いような事を感じ、其れをくどい位に彼に言うが今更になって思う。
―――――本当に心を失っているのはどっちだ?
周りの人間に向ける笑顔は本物か?答えは、否だ。
愛想笑いで埋め尽くされた子供。何とおぞましいことか。
二年前のあの日、俺の心は脆く砕けた。今俺の心に残っているのは自分自身を隠すための仮面。自分自身を守る厚く堅い仮面。
俺がこの仮面を外す時、それは自分自身の崩壊。周りの人々を傷つけることになるだろう。
だから俺は仮面を固く付けて周りと、自分を偽って来た。
その事を忘れてはいけない。
でも、イエティと過ごすこの教会の日々……。
一瞬たりとも心に母さんや父さんの顔が離れた事など無いと言えば嘘になるだろう。
でも俺の心に深く根付く復讐という名の種。
花開き、実るのは何時になるだろう?
それとも実りを待たずに枯れていくのだろうか?
俺にはそんな事わからない。でも実りを待たずに枯れるなら。どうせならイエティの鎌で奇麗な紅い花を咲き乱して枯れていきたい。
そう思ってしまう俺は我儘だろうか?
そう思い自分を嘲る様な笑みを浮かべると粗末な教会のベッドの上、寝返りを打つ。
粗末なベッドは軋み、音を立てる。
そして、俺の思考もいつしか夢の中に消えて行った。


13: 名前:未狂 (aIfBut3OZ.)☆11/30(月) 10:57:13
翌日、僕は所長室に呼ばれた。
仕事の事で何かあったのかと思っていたが、どうやら違うようだ。
僕が所長室に着いた頃にはもう皆が揃っていた。
ハインドにブラッドにセラン、キルト、あとは僕の知らない人が一人。
きっとあの人は以前キルトが話していた人だろう。僕はそう思うことにした。
「皆集まった?」
ハインドが一人一人の顔を見つめ、全員居ることを確かめると本題に入っていった。
「皆を呼んだのには訳があるんだ。それは分かっているね?実は、此処に罪人が逃げ込んできた……これが何を意味するものか、解るかい?」
ハインドがそう言った瞬間、所長室の雰囲気が一気に凍りつく。ブラッドは顔を顰め、セランは今にも叫びだしそうな顔をして口を覆っている。キルトは何故か顔を真っ青にしていた。
僕はと言うと、何が何だか分からずにただその場に立ち尽くしている事しかできなかった。
「……本当、なのか?」
声を振り絞るようにしてキルトが尋ねる。
皆の視線がハインドに集まる。ハインドは重々しい口を開くと話し始めた。
「本当だよ」
「………ッ!」
キルトはハインドに近づいて自分より背の高いハンドの胸倉を掴むと教会中に響き渡るような大声で叫んだ。
「おい!そんな奴らを教会に入れるつもりなのかっ!?お前らはたった二年前の事も忘れちまったのかよ!?えぇ?何とか言ったらどうなんだよ!」
普段冷静で気性の穏やかなキルトが此処まで感情を露わにした姿を僕自身初めて見た。
ハインドは胸倉を掴まれながらもじっとキルトを真っ直ぐに見つめている。
その視線に少し気圧されたのかキルトは胸倉を掴んでいた手の力を緩めた。
その瞬間を見逃さなかったのかハインドは胸倉を掴んでいるハインドの手を振り払うと悲しそうな顔をして言った。
「キルト、此処は教会なんだ。逃げ込んだのが誰であろうとも、如何なる理由があろうとも僕たち殺し屋が教会側に手を出すことは禁じられている。君も身を持って分かっているはずだろう?」
キルトはその言葉にショックを受けたのか泣きそうな顔になると一人所長室を出て行ってしまった。
残されたのは息苦しいぐらいの沈黙。ハインドが『はぁ』と溜息をついて机に肘をつき、組んだ手の上に顎を載せる。
「所長。確かに此処は教会です。でも此のままだと二年前と同じような事が起こるのではないでしょうか?」
丁寧な口調でセランが尋ねる。だがその眼は何時になく真剣なものだった。
「解ってはいるよ。でもこれは教会側が決めた事だから………」
仕方が無いんだと所長が続けるとセランは静かに泣き出してしまった。
僕には何が何だか分からない。どうしてキルトがあれまでにも拒んだのか。セランが泣いている意味も、全部。
―――――何が起こっているんだ?
僕が状況を飲み込めていない事に気がついたのかブラッドが僕の腕を引いて所長室を出た。

「何が起こっているのか分かってないだろ、お前」
いつもと変わらない口調で言う。ブラッドは煙草を銜えるとライターで火をつけ『今だったら何でも答えてやるぞ』と続けた。
「ブラッド……。キルトは、何をあんなに拒んでいるの?」
「………逃げ込んで来た犯罪者達」
「どうして?」
ブラッドはゆっくりと紫煙の煙を吐き出してしばらく考え込んだ後に僕の目をじっと見つめて答えた。
「……キルトの母さんと父さんはな、二年前に逃げ込んで来た犯罪者達に殺されたんだ」
―――――殺された!?
キルトの両親は病気で死んだとだけ聞かされていた。僕自身もそうだと思い込んでいた。
「キルトの両親もイエティと同じく孤児でさ、この殺し屋の仕事をしてた。そんな両親がキルトも大好きだったんだよ。ただ、二年前のあの日逃げ込んできた犯罪者達に殺されちまった。しかも目の前で、だ」
僕は自分の記憶を失っているから両親が何で死んだのなんて覚えていないけれど、きっとキルトよりはましなんだろうと思う。
目の前で両親が殺される以上に辛い死に方なんてある気もしないから。
「俺達が現場に駆け付けた頃にはキルトも放心状態で、もちろん犯人は逃走した後だった。俺達がもう少し早く駆け付けられていたら……今のキルトの人生は違っていたかもしれないな」
あのキルトにそんな過去が?
いつも見たあの笑顔は偽物だったのか?
いろんな思いが僕の頭を駆け巡る。
「……!?」
―――――頭が……痛いッ!!
頭が割れそうなくらいに痛む。僕はその場に蹲って頭を抱え込んだ。
「おい、大丈夫か?外で奇麗な空気でも吸ってこいよ。少しは良くなるかもしれないぜ」
『俺は所長室に戻るから』そう言ってブラッドの姿は所長室の扉の向こうに消えた。
僕はよろよろと立ちあがると壁を頼りに中庭まで歩いて行った。


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最終更新:2010年06月28日 20:27
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