岡田斗司夫『フロン』
男は家庭問題を軽く見ています。頭がいい男は「天下国家を語り、家庭や子育てをないがしろに」し、残りの男は「天下国家も、家庭や教育も、考えたこともない。頭の中は、車とセックスとギャンブルだけ」という人たちなのです。なぜそう思うかといえば、「朝まで生テレビ!」の出演で感じたことだからです。そこで行われる討論は、他人の言うことは聞かず、自分の論を主張するだけの場なのですが、そこで感じた違和感どうやら有識者の皆さんは「国家のことを語ってナンボ」だと思っているフシがあるということです。「日本はこうあるべき」と滔々と語り倒す半面、家族と自分という足元がスカスカで、無理やり大層なことを言ってバランスを取ろうとしているようにしか見えませんでした。一方、朝のワイドショーでは、浮気・離婚・セックスレス・専業主婦……。べったりと地面に張り付いた下世話な話題が続きます。たとえば家庭観の変遷の歴史、各国の家庭観といった比較で議論は一層深まります。が、そんな理性的な議論はなく、良い・悪い、好き・嫌い、当然そうするべき・するしないは個人の自由、といった不毛な口論に偏ってしまいます。視聴者も、自分の人生を顧みるよりは、他人の不幸を見てまだマシと慰める。じゃあ、自分はどうするのか。自分の生活と無関係と言う意味では、朝生の討論と変わらないのかもしれません。
子どもが生まれた
これが人生の転機になったようです。SFチックで非現実な夢物語を考えている場合ではない、という気分になってきました。子どもが生まれてからずっと、自分が父親になるということは、どういうことなのか、自分がどうあるべきか、考え続けました。「どうして世の中はこうなっちゃってるの?」「これって間違っているんじゃない」「大人って汚い」……。こういう質問を投げかけられる立場にいるのだという事実を受け入れるのにずいぶん時間がかかりました。でも、子どもに「間違っている!」と言われたときに、「本当はこうしたかったので、こういうふうにがんばった。だけど、結局こうなってしまった」という説明くらいはできるようになっておきたい、と思いました。私は、それまでの仲間から離れ、社会について考えたことを本にする仕事を始めました。考えてみると、それまで私は、この世界でのお客様「消費者」だったのです。「世の中がこうあるのは当然のこと。世の中をどうこうする必要なんてない。この世の中で、いかに楽しく遊ぶかが大切。それでお金を稼いでいければ最高!」。こんな人生観が、グィン、グィンと音をたてて変わり始めました。それだけで終わってはいけないんじゃないだろうか。消費者ではなく、この世の中を作っている側の人間として「大人として、義務を果たす」と言うのは何か、具体的に模索しはじめました。
「豊かさ」も「恋愛」も信じられない、いまの若者たち
とりあえず前進するために私が最初にしたのは、身近な人へのインタビューです。そこには、大きな発見がありました。「子供が欲しい」という若者が驚くほど多いということです。新聞やニュースでも少子化が問題になっています。