1.3分でわかる掛け算順序問題まとめ
 現在、小学校では「かけ算」を初めて習うときに、「具体的な場面を式で表すときの式の順序には意味があるから、一定の順序を守って式を書きなさい」という指導法が広く行われています。

 この指導法では、「 算数・数学の真の実力が育たない 」という弊害があると考えられると根拠なしに指摘する意見が見られます
 以下詳細はこちら→3分でわかる掛け算順序問題まとめ

2.まずは確認しておきたい常識的事項
 一般社会には掛け算順序のルールは存在しないし、小学校を卒業するまでには「かけ算の順序はどちらでもいい」と教えるべきです(独断として)。少なくともこの点は「掛け算順序固定指導に疑問を持つ人々」の共通認識です。
 教育現場の実態を知る前にまずはこの常識的とぼくらが主張することを確認しておいてください。
 以下詳細はこちら→まずは確認しておきたい常識的事項

3.教育現場ではどうなっているか
  教育現場ではその常識に反する教え方がされている、という事実にまつわる諸情報の集積
 (1)非常識な算数指導と決めつけるべき指導が行われている事例?
 (2)「これが算数教育の常識である」という教育業界の主張
    (注)「これが算数教育の常識である」という主張はされていません。
    我々「掛け算順序固定指導に疑問を持つ人々」の勝手な解釈である事を御承知おき下さい
 (3)教師用指導書に順序固定指導法が明記されている
 (4)見え隠れする数教協の影
 (5)文部科学省の見解は?
 (6)過去の論争経緯

4.「掛け算順序固定」指導がもたらす弊害について
 掛け算順序固定の指導方法が子供達の学習に悪影響をもたらさないものなら、べつにとやかくは言いませんが、実際には無視できない弊害がある、と考えられます。ただし掛け算にそもそも順序などないのだというトンデモを教えられては困ります。固定された順序は無い、ただし順序を決めて考えることもあって、そのときに「順序などないでしょう」というのはトンデモなのです。
 「掛け算順序固定」指導がもたらす弊害について
 (詳細準備中)


5.どちらを信じればいいか迷った人のための行動ガイド

(詳細準備中)とりあえず次の具体例を見てみれば議論の感覚がつかめるだろう。

(引用)たとえば次のような意見がある(2014年3月13日のツイッターから)。
掛算の順序でも、「普段の授業や但し書きで、1つ分×いくつ分の順序にするように指示されていたらバツになるのは仕方ない」という意見が出てくる。この場合、1つ分×いくつ分 に固定してもどちらの順序でも正しいのだが、それとは別に、「そのような指示をすること」の合理性が問われなくてはならない。

(それに対する反論)(同日のツイッターから引用。)
「1つ分×いくつ分に固定してもどちらの順序でも正しい」ことの合理性が先ず問われなければならないだろう。というか明らかに不合理であるが。。このような不合理を平気で主張しているのが「掛け算順序否定派」の連中の急先鋒である。困ったものである。

このやりとりは「教育的側面」からの合理性を問うたものであるが、他にもいくつかの論点がある。それについては準備中。

A.関連情報リンク>
 掛算順序擁護・反対を問わず、公的・個人的を問わず、関連する資料、組織、団体等へのリンク

B.個人の論点・仮説等
 この問題に関心を持った人による個人的な考察の集積。

C.コメント
 このページへの要望・提案等があればコメントに残すこともできます。

順序ありだという大人 の中 には
(1)運動量=質量×速さ が正しい。逆は駄目。
(2)運動量=速さ×質量 が正しい。逆は駄目。
の2種類がいます。
前者は「教科書に載っているとおりの順番に従え」ということであり、
後者は「内包量×外延量」という理論によるものです。
私が純真な高校生だったら
「どっちが正しいんだーーー!?」と叫ぶでしょうね。 -- (名無しさん) 2013-09-10 23:43:44

高校生はまだ「自分のアタマで考えようとするから」「どっちが正しいんだーーー!?」と叫ぶでしょうね。どっちでもいいというオトナはもう思考停止しちゃってる。そういうバカなみなさんを救うのは難しいと思います。-- (名無しさん2号) 2013-09-13 22:48:04

読んでいて思ったことは 計算の「やり方」に重点を置いて 手段としての計算なのか文章表現としての計算なのか それとも、そんなことは無視しているのか ぜんぜんわかりませんでした。
例えば「3×5」とだけあれば答えの「15」だけあればいいのでしょうけど 掛け算は足し算の発展したものと考えれば
3×5=3+3+3+3+3 なのか
3×5=5+5+5
なのか答えを導き出す過程が異なってきます。
導き出し方が異なっても答えを出す意味が同じならば 違う考え方ということでOKでしょう。
もし「3本足の椅子が5脚あります。全部で足の数はいくつでしょう?」という問題であるならば
3+3+3+3+3
と普通は考えるでしょう。3本足の椅子で1セットなのですから。そして「5本足の椅子が3脚あります。全部で足の数はいくつでしょう?」という問題であるならば
5+5+5
と考えるでしょう。
それぞれの考え方を理解して 3×5または5×3と正しく書くのであれば問題はないはずです。
文章を理解して計算式を導き出し、導いた式を解くのであって 導いた式から問題を解くのではないのです。つまり、問題が出たときに、3本足の椅子5脚ならば
3+3+3+3+3=3×5=5×3=15
という図式があれば(そのときにはじめて)掛け算は答えを出す導くための式なのですからOKではないでしょうか。でも、同じ問題で
(5+5+5)=(3×5)=(5×3)=15
という風に答えを導き出したら…… だめですよね。
さらにこの問題の後に「5脚のうち2脚に足を1本ずつ足して4本足の椅子を作りました。全部で足の数はいくつでしょう?」となった場合の計算式はどのように考えるのでしょうかね?
(3+1)+(3+1)+3+3+3=(4×2)+(3×3)=17
ですか?それとも?
必要なのは「なぜこの式が導き出されたか」をわかるように書くことであって「どうやって式から問題を導き出すか」ではないでしょう。 これらを理解して自分が計算しやすいように計算するかは あくまでも理解した後 の話。
「日本語の文章問題から○を△すると□になるから
○×△=□
と書かなくてはならない。」という理論は文章理解とそれを「説明する」ための表現方法と本質を説くことであり 数学を解くための形式を固定して覚えるなんてのはあまり意味を持たない気がする。  問題を解くアプローチを勉強するのであって答えそのものが勉強ではない。  ならば、省略せずに全てを教えて理解してもらって、そこから自分が計算しやすいように 考え方を固定 すればいい。
省略した結果をなぜ省略したかも説明せずに「こうだから」と固定した考え方を教えるのは そりゃ、柔らかい頭を持つ人間が少なくなるのは当たり前でしょう。だから掛け算の順序はどっちでも同じでは困りますよね。 -- (足跡) 2013-11-18 18:40:07

「教えている大人自身も、あらゆる場合で守れるわけではない無理なルールを子供に課していることを指摘されているのにぐだぐだ言って改めない醜い大人… 」としか考えられない思考停止した大人が多い。-- (名無しさん) 2013-11-26 23:39:21

「チョコを1人につき3個ずつあげたい。6人にあげるためにはチョコは何個必要か。」
たとえば上記の問題は 1(人):3(個)=6(人):x(個) と解釈させるのが妥当なのでは。
小学校で習う式ではないと思うが。 -- (名無しさん) 2013-12-01 21:27:21

メタメタの日「算数教科書のかけ算の式の実例」2011-10-17 11:46:19
(1)小学2年の算数の教科書では、文章問題のかけ算の式は、「1つ分の数」×「いくつ分」という順序が正しく、逆の順序は間違いとされています。
(2)かけ算の導入が、「1つ分の数」×「いくつ分」になったのは1980年代ですが、それ以前の、同数累加や、何倍や、「かけられる数」×「かける数」で、かけ算を導入していたときは、文部省もかけ算の順序について、うるさく文書で指示していたのですが、その頃は、同時に、「かけられる数」と「かける数」を取り替えても良いことを習うので、今の40代以上の人は、(以下略)
(3)昔はそうでした。しかし、現在は、文科省が検定する、全6出版社の小2の教科書では、かけ算の式は、「1つ分の数」×「いくつ分」の順序で書くことを要求し、逆は間違いとしています。とはいえ、教科書によって温度差はあります。どちらの式が正しいのかという問題を載せている教科書もあれば、そこまではしていない教科書もあります。しかし、6社すべての教科書の『指導書』には、かけ算の式の順序を守らせるよう教えることが書かれています。
(4)文科省は(現在は)どこの文書でも指示していないのですから、「1つ分の数」×「いくつ分」という順序で書くという「決まり」は、教科書会社が決めた「ルール」と言えます。教科書会社ということは、教科書の著作者として名前を連ねている大学や小学校の先生と教科書会社の編集部ということでしょう。文科省が指示していないことまで、教科書会社が踏み込んでいるのですが、公的機関が指示しようがしまいが、民間で自主的に決めたことに筋が通っているなら、歓迎すべきことです。
(5)しかし、教科書の記述自体が、この「決まり」を裏切っています。「決まり」自体に無理があるから、当然なのですが。
前の発言でも書きましたが、小2で、かけ算の式については、「1つ分の数」×「いくつ分」=「全部の数」「かけられる数」×「かける数」=「全部の数」「1つ分の数」×「何ばい」=「全部の数」 の3種類を習います。「かけられる数とかける数を入れかえて計算しても、答は同じになります。」ということも習います。決して、「1つ分の数」×「いくつ分」だけを習っているわけではないのですから、この点からも、かけ算の式は「1つ分の数」×「いくつ分」の順序で。
(6)このように、小学校の教科書についても、「1つ分の数」×「いくつ分」の順序で書くという「決まり」を通すことは無理なのです。では、小2の導入段階なら、「ローカル・ルール」として、そういう「決まり」を教えることは許されるのか。仮に教える側が、導入段階の一時的便宜と思っていても、教わる子どもは、「正しい決まり」を習っていると思います。後で、あれはどっちでも良かったんだよ、と言われる(明示的に言われる機会のないまま大人になって、かけ算には順序があると信じている人もいるウソ)を「決まり」として教える必要がどこにあるのか。
さらには、かけ算の順序は「導入段階の(一時的な)約束」ではなく、数のかけ算では交換法則が成り立つが、「量のかけ算」では交換法則は成り立たない、として、「量のかけ算の(普遍的な)決まり」と考えている勢力もあります。
(7)たしかに私も、かけ算を、「1つ分の数」と「いくつ分」で導入するとき、式を、「1つ分の数」×「いくつ分」の順序で書くこと自体は、問題がないと思います。しかし、これが
トニモカクにも「3×5と書いていいものは、5×3と書いてもいいはずです。それは、なんの留保条件もなく「正しい」はずです。正しいものを「なんらかの意味で適切ではない」とする教え方がいいとは僕は思いません。交換則を習っていようが習っていまいが、正しいものは正しいので、これはどうしようもありません。僕が言っているのは、「本当は順序が決まっているが、考えかたさえ合っていれば、逆順でも正解にすべき」とかいうことではなくて、「無条件にどちらも正しい」です。「どちらがより適切」もありません。どちらも同様に適切な解です。」(kikulogから転載)
斯様な非論理的洗脳的大演説で算数教育がよくなるハズがない。笑。 -- (n) 2014-02-04 22:00:41

「ルールを覚えているかを問う問題はつまらない。高校入試で「4ab÷2a」のような問題がよく出されているようだが、併置記法の掛算と÷の優先順位は標準的には決まっていないので、標準的規則だけでは解釈が唯一に決まらない。これはつまらないを超えたひどい話。問題にバツを付けるべき。 」(どこぞの自己主張押し付けツイート)常識的に「b」。世の中にはつまらない問題もあってよい。 つまらんなと思いながら解けばよい。誰かみたいに黒板消しを投げつけたければ御自由に。笑。 -- (g) 2014-02-05 02:00:57

真面目に言うと「標準的」とは何に準拠しているかが不明確。多分書いた人間の印象に過ぎぬ。
それを明確にせずに「標準的にな決まっていない」と言われてもなあ。┐(´ー`)┌
常識的には b。たぶんそのつもりで表記する文献の方が文句無く多いはず(これも印象だけどな。笑)。 -- (g) 2014-02-05 02:08:35

黒木玄の2月5日の連ツイ。
1>#掛算 http://ohtamath.at.webry.info/201402/article_4.html … 「饅頭が3個載った皿が4枚ある。饅頭は全部で何個か?」に式を3×4と書いていても4×3と書いていても掛算を理解していない可能性がある。式を書かせるだけで理解しているかが判定できるはずがない。続く(そのとおりだね)
2>#掛算 http://ohtamath.at.webry.info/201402/article_4.html … の項目6について。「饅頭が3個載った皿が4枚ある。饅頭は全部で何個か?」のような問題は小2で扱う。分数の仕組みについて何も知らない小2の子供相手に「個/皿」のような組立助数詞(単位ですらない)を使わせるのは無謀だと思う。(そのとおりだね。「饅頭が3個載った皿が4枚ある。饅頭は全部で何個か?」には必要ない話だしな。)

3>#掛算 「3×4や4×3のような式を見るだけで子供の理解度が測れるはずがない」(そうとも言えない。そんなことは大学で数学を教えていても経験するはず。もっとも助教は講義することはできないのだっけ?)「助数詞は言語に依存しており、単位ではない。助数詞の算数教育での利用には注意した方がよい」(注意ってどういうことだろう?言語に依存してもそんなの「生成元をあらわす記号が人それぞれ」というのと同じようなもの(ってか。完全に同じ)。単位ではなく生成元だよ。そのくらい分かんないのかな?)「小2の子供に"こ/さら"のような組立助数詞を使用させるのは無謀」(これには納得するけどね)のような発言をすでに何度したか覚えていない。
4>#掛算 ちなみに「1あたり量」の概念や「こ/さら」のような組立助数詞の使用に数教協の先生はかなりこだわっているように見える。しかも「こ/さら」のような組立助数詞を使っているのに掛算の順序を強制する方針。 http://tinyurl.com/mmu7bcc (とくにコメントなし。ただし強制というのに「悪意」(法律用語)があるゾ。)
5>#掛算 http://www18.atwiki.jp/kakezan/pages/42.html … 見尾三保子先生が小6の子に出した小2レベルの問題の例→【みかんを男子5人には5個ずつ、女子4人には6個ずつ配ったら、4個あまった。みかんはいくつあったか。】ぼくはこういうのは基本的な良い問題だと思う。(「ぼく」にかぎらずよい問題だと思うよ。そんな力んで「ぼくが最初に言った」みたいなクレジットつけねくても。笑。)
6>#掛算 「文章題中のどの数が1あたり量を表わす数であるか」はそんなに重要なことではないと思う。重要だと言いたい人がいるならばきちんと証拠を示して欲しい。(数学でも何でも生成元(考える単位(ユニット))を決めることは重要。←これ証拠ね。)もちろん「遠山啓先生が大事だと言っていた」というのは証拠にはなりません。(当たり前。でも支持的証拠にはなっているわけで「何の証拠か」限定しないとお話しになりません。)本当に大事なら科学的な証拠がすでにないとおかしい。(だから数学の基本的考え方だろ?生成元が重要な概念じゃないなら黒木さんには「生成元」ということばを使わない数学をやってほしい。笑。)

それから6番目だが「そんなに大事でない」のは「文章題中のどの数が1あたり量を表わす数であるか」ということを言っているはず。あとで「1あたり量を表わす数を決めた後でも論理的に式を書くこと」も「そんなに大事でない」と言を翻さないようにな。
-- (ハッパフミフミ) 2014-02-07 10:32:37
最終更新:2014年07月20日 23:55