何故私は―――
醍醐事務総長の日本滞在期間も終わり、私達警護隊は次の地NYに同行することになった。が、しかし…
「ユイ、お前は日本に残れ」
彼は、亡き松本曹長の代わりとして私を残していくつもりらしい。しかし、今ならそれももう問題ない。今の尾崎大尉なら、一人でも充分やっていけると信じることができる。
そう、それより問題なのは…
「ユイ先輩、どうしたんですかぁ?」
「いや…別に」
正直、最初は再度この天然(家城)と付き合わねばならないのかとけだるさのようなものを感じていたが、そんなものはすぐにも吹き飛んでしまった。なぜなら……
それを上回る『メンドクサイ奴』が、そこにいたからだ。
「夢と書いてロマァァァン!!」
この上ないほど完全な作戦無視。もちろん陣形など面影もないほどバラバラ。意味不明な事を叫びながら敵陣に突っ込むその男、
大澤信二。というかスナイパーが前線に出てくるなど聞いたことがない。
バランを倒したことによって、
バラン・ラバはめっきり姿を消した。しかし、天敵が消えたタイミングを見計らって代わりに制空権を手に入れたのはメガニューラだった。高い飛翔能力を持ち、小型ながら集団で一人の獲物に群がる狡猾さはメガヌロン以上に厄介である。大型怪獣は専ら
有賀サキらEXMAに回されてしまうため、フラットウィングのような『劣化』ミュータントはこうした『害虫駆除』に駆り出されなければならなかった。
(それはそれとして…)
信二の行動は目に余るものがある。家城など比ではない。だが、何故か誰もそれを咎めようとしない。これはどういうことなのか…私の知るM機関は死んだか!?
曰く。
「言うだけ無駄無駄、アイツの場合。ま、これだけ一緒にいれば嫌でも慣れるしな」
苦笑するだけの隊長。半分諦めのようなものも見える。
曰く。
「え?だってカッコいいじゃないですか。漢と書いて男です♪」
やっぱり天然かコイツは。
曰く。
「突っ込んだら負けかな、とか思ってるので」
そうか………。
これでいいのかM機関。いや……ダメだろ………。
そういうわけで、私も和泉にならい大澤信二には関わらないように決意した、のだが……。
「っつーわけでアレは地雷ゲーだ、だから買うな! …って聞いてっかユイっち?」
―――何故、私はこの男と一緒に休日を過ごしているんだ?
あえて説明するなら、無理やり連れてこられたというほか理由はない。
「おっ、ゲーセンか…久々に腕がなるぜ!行くぞユイっち!」
連日の害虫駆除がありながら、よくもここまで元気なものだ。家城など言葉もないほどに―――いや、あれは少し違うか。
それに、私はこんなことをしている暇はない。先日の海での事件……私が霧島麗華の尾行を始めた直後現れたバラン。
例えば、初めからあれは演出で、バランはX星人の操る怪獣であったとしたら?
例えば、霧島麗華が私の行動に気づいていたなら?
あまりにもタイミングがよすぎる。
私の中で、霧島麗華の正体は核心に近づきつつあった。それを一刻も早く確定させるためにも、こんなところで油を売っている暇などないのだ。
「信二伍長、お話があります」
「ん、告白?」
殺されたいのか、この男は。
「そろそろ本部へ戻りたいのですが」
「ぅえ~!? まだ夜はこれからだぜ? つーか寝かさないよ?」
ずっと一緒にいるつもりかこの男。ちなみにまだ昼前だが。
「私に遊んでいる暇はありませんので」
「隊長以上の堅物だな~。いつも真面目とか、疲れるだけだぜ?」
あなたといるほうが数倍疲れる、と心の中で愚痴をこぼす。
「あなたが少し不真面目すぎるのではありませんか。昨日の戦闘でもそうですが、あなたは少々自分勝手すぎます。あまつさえスナイパーが理由もなく前衛に出てくるなど…」
しかし、彼はちっちっちと指を左右に振って私の言葉を遮った。
「理由なら、ちゃんとあるぜ? 何故なんて、聞くまでもない完璧な理由がな」
あー…何か、聞くだけ無駄な気がしないでもないが、そこまで言うのなら、と私は少しだけ耳を傾けてやることにした。
「……その方がカッコいいからだ」
……。
………。
さて、帰るか。
「ちょっ、何!?なんでそこで無反応!? ちょ、ま、待てってユイっち!」
私は踵を返し、元来た道をさっさと戻ることにした。これ以上わざわざ付き合う必要もない。それに、この手の人間はまともに相手をしないほうがいいと風間少尉も言っていた。
引き返す私に何かギャーギャーと後ろで30代の子供が騒いでいる気もするが、そこは右から左に受け流す。
と、意識を前だけに送ると、何やら聞き覚えのある声がしてきた。そう、いつも聞いているわけではなく、でも確実に知っている声。そして、ふと眼をそこへやると―――
「ふふっ…本当に面白いですねえ、あなたという人は。おかげで私はいつも退屈しないで済みます。感謝しますよ」
人を小ばかにしたような、且つやたらと張り付くような寒気のする丁寧語。
「っせえ! あんなウネウネしてりゃ、誰でも『ワーム』だと思うだろが!」
「相変わらずですね、どうせ予備知識ゼロでココ(地球)にきたのでしょう? それにしても、ラーメンに素手を突っ込んだときの人間達の顔と言ったら…くくっ」
「ったく、悪趣味な性格してやがる――― ん?」
「あ。」
4人の視線があわさったのはほぼ同時だった。
私は条件反射的に身構える。目の前の顔は、まさしくかつて炎上するM機関内で戦った男、リオ・レオリナだ。だが、彼は何故か一向に武器を構えようとしない。それどころか、片手をひょいと挙げて笑顔を向けてきたではないか。
「よしましょう、こんな街のど真ん中で。それに、一般人を巻き込むわけにもいかないでしょう?」
「何故こんな所にいる…?」
油断なく、構えを解きつつも警戒は怠らない。
「そんなに恐い顔をしないで下さい、ただの休暇ですよ」
休暇、だと…? そんな話を、信じられるとでも思っているのか。
「そう疑わないで下さいよ…X星人にだって、休暇くらいあります」
やはりか、こいつには人の思考を視る力が…。と、更に警戒を強めると、リオの隣の―――おそらく奴の仲間だろう―――髪の逆立った男がずいっ、と顔を突き出してきた。そして私の顔を嘗め回すように睨み付けると、訝しげな表情でリオに問う。
「朴念仁みたいな顔してるぞ」
…どうしたら第一声がそういう台詞になる。というかこっちを指さすな。これにより、瞬時に『信二以上に面倒な男』だと理解した。…今日は厄日か?
「リオ、何であんなのの考えがわかる?」
「まぁ、『同類だから』ですかねぇ……もっとも、セフォルでは誰の考えも読めないでしょうけど」
「んだとぉ!?」
今日の宇宙人の人間味溢れる情景には目を見張るものがある。これなら、突然未知との遭遇をしても安心ですね。
「同…類……?」
静奈・霧島コンビ(?)にも似た茶番劇は聞き流せても、その言葉だけは無視せざるを得なかった。
「ええ、同類です」
こいつの顔はセメントか? さっきからピクリとも動かない。この気味の悪い笑顔と私が同じだと?
「……どういう意味だ」
「? 言ったとおりの意味ですよ」
わずかな沈黙。睨み付けても彼はひらりとかわしてしまう。いや、というよりは空気を睨んでいる感覚に近い。
どうする? このままこの繁華街で戦えば、こいつの言うとおり一般人が巻き込まれてしまう。しかし、リオを消すには今しかないかもしれない。何より、このままずっとこいつといると、私の理性が持たないかもしれない。
と、その時。
「慌てるなユイっち。ここは俺に任せな」
それまでおとなしかった信二が、ズイと前に出た。
(ん?さりげなくこいつにも考え読まれた?)
本来ならこの単細胞には任せられないところだが…先日の
ガイガンとの戦いでは確かに見事な指揮ぶりを発揮したし、作戦を組んだのも彼だ。もしかすると…
…何かおかしいと思ったのだ。あの突貫型単細胞男が、そんな器用に作戦を立てるなど。そう、もう少し早くそのことに気づくべきであった。
「いくぜおい!!」
「ふ…見せてやる、我が力を!」
騒音。騒音。無駄なものに支配された世界。私はその纏わりつくような鬱陶しさに、体の生気をすべて吸い取られていくような錯覚に陥った。
どうやら私達は、『げえむせんたぁ』なる場所に連れ込まれてしまったらしい。
テレビ大の画面を食い入るように見つめながら、嵐のような勢いで丸いレバーを上下させる信二伍長。それに相対する位置に座るX星人の男もまた画面を前に目を血走らせている。
「はぁ…」
都会と似た乱雑さにすっかり溶け込んだ二人に、私は完全に孤立してしまっていた。
「彼らはすっかり意気投合したようですね」
私の掌に冷たい缶コーヒーをポンと置きながら、リオが偽善者ったらしい笑みを浮かべる。
この息苦しい世界の熱気の中で、ひんやりとした
コーヒーの冷たさがありがたい。
(…はっ、ダメだダメだ!)
コレを渡した相手はあのリオなのだ。そう簡単に心を許してはいけない。
毒でも盛られていても不思議では―――
「そう警戒せずとも、毒など入っていませんよ」
「うぐ」
…またか。おちおち隠し事もできないな、これでは。
「それにしても、ああいう人達は見ていて飽きませんねぇ」
私の隣に腰掛け、彼らを遠巻きに見つめながらリオが呟いた。
「そうか? 私は飽き飽きするがな」
(だが、まぁ……)
そういう見方も、ないこともないか。
疲れというものを知らず、何事にも興味を持つ彼は子供のそれを思わせる。大人になれと言ってしまえばそれまでだが…。時々周りを顧みない行い、感情と行動が直結してしまうこと、いい意味でも悪い意味でも、それら全てはまだ「子供」だからなのかもしれない。
そう考えると―――私は随分汚れた大人になったものだ。
「まだ19歳ですよね?」
「…うるさい」
もはや突っ込む気すら失せる。
幼少の頃から軍事訓練を受けてきた私に、「子供」という時期はほとんどなかったといっても過言ではない。その時期…いや、つい最近まで命令にだけ従い、自分の意思もそこにあるか分からないまま大人の都合のために生きていたこの体…。
そう考えると、さっきまで鬱陶しかった街並がさっきよりも更に鬱陶しいものに見えた。―――まるで、自分を見ているようだったからだ。
(大人の都合だけで造られた、混沌として冷たい『モノ』…)
「そうですね……確かにこの世界は誰かの都合が形を造っている。それはあなたに似ていて―――同時に私似ていることになる。彼らのようにね」
「まだ言うのか。何故私がお前と同類でなければならない?」
未だに納得がいかなかった。あの二人はともかく、道化師のようなリオと不器用な私のどこが同じだというのだろうか。
(また読んでいるんだろう?さぁ…答えてみろ!)
威圧的な視線を突きつけると、リオは言葉の代わりに静かに目を伏せた。
私は黙って言葉の続きを待った。鬱陶しい雑音が、どこか遠くで聞こえる。
「――――――」
ところが、彼から返ってきた言葉は、私の期待を見事に裏切ってみせた。
「そういえば…どれ位わかりました?」
「は?」
あまりに突拍子な質問に、私は思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。
「な、何の話だ?」
不意を突かれた私のマヌケ面を、さも可笑しそうにリオは笑った。
だから、少しムッとしていた私は―――次のとんでもない言葉を予想することができなかった。
「霧島麗華のこと、ですよ…調べてるんでしょう?」
一気に、戦慄が走った。
「き、貴様……!?」
「何故それを、と申されますか……そればかりはさすがに」
道化師の笑みが、挑戦的に歪んだ。この男は誇示してきたのだ。何をしても無駄だ、と。行動は全て筒抜けだと。そして同時に釘を刺してきた。『霧島麗華のことは、これ以上調べるな』、と。
…だが、これでようやくハッキリした。あの女…霧島麗華は―――
X 星 人 と 繋 が っ て い る !
「…なるほどな」
リオは何も答えず、また道化の笑みに戻っていた。
(もう、隠すまでもない、ということか…)
それならそれでいい。すぐにでもあの女狐を捕まえて、化けの皮を剥がしてやる!
「へっ、これで54連勝だな!ゲーセン王が聞いて呆れるな、信二?」
「っあ”~~~~~!!? まだだ、まだ終わらんよ!」
「何度やろうと結果は…………ん?」
ふと目をやると、そこには険悪なムードで睨み合うお互いの相方の姿があった。
特にユイに至ってはこの上なく壮絶な剣幕だ。
「お、おいおいどうしたよユイっち? さっきまであんなに和やかに…」
「伍長、私用ができましたのでお先に失礼させていただきます」
戸惑う信二など目もくれずユイは踵を返し、リオに一瞥をくれてやるとさっさと消えてしまった。慌てて信二もその後を追う。
「……何言ったんだ?」
「いえ、大したことじゃないですよ」
訝しげな顔をするセフォルに、やはり笑みでこたえるリオだった。
すがすがしい朝の日差し。気持ちのいい朝だが、できれば眠って過ごしたいのが休みの日。前日の海の騒動もあってか体はミシミシ悲鳴をあげているし、朝は元々苦手だし。せめて太陽が真上に来るまではこのままベッドの上で……
「…………」
「……?」
だれかの しせんを かんじる…!▼
「…………」
??? の くろいまなざし !▼
「…………」
…なんだ、ただのユイか。
「って、ちょま!!!?」
しずな は もうにげられない!▼
「どど、どうやって入ったお前!?」
まさかの来客に私は思わず飛び起きた。ここは私の部屋、つまり私以外は入ってこられないはずだ。だというのに、この娘は朴念仁みたいな顔でさも当然のように私の横に突っ立っていた。それより、こんなパジャマ姿を…。
「開いていたので…。それよりも静奈中尉、話があります」
「な、なんだこんな朝早くに…」
「もう昼過ぎです」
言われて時計を見ると、小さい針は既に右45度の位置にあった。
しずな は どうする? たたかう ▶はなす
ポケ○ン にげる
「とりあえず…用件はなんだ?」
「霧島麗華がどこにいるか、知りませんか?」
らしくもなく、ユイは少し急かすような声色で言った。しかし、また朝から胸糞の悪い名前を出してきたものだ。
「知るか、何でそんなこと私に聞くんだ?」
「…あなたが霧島麗華のことを一番よく理解していると思いましたので」
「何で!? どーしてお前までそういうことを言う!? ったく、誰があんなコウモリ女と…」
「喧嘩するほどなんとやら、と言いますし…」
くそ、皆して同じようなこといいやがって…!
「仲良くないから!友達以下恋人未満だから!ほら、わかったらさっさと消えろ。そろそろ着替えたいんだ」
シッシッと手を払うが、頑固なユイはそこから離れようとしない。
「お願いします、重要なことなんです」
「? そういや、そもそも麗華なんかに何の用があるんだ?」
私が尋ねると、突然ユイの顔が険しくなった。そして、用心深く辺りを見回すと耳元に手をあてこう話し出した。
「あまり他人には漏らさないように…」
「霧島がX星人の仲間ぁ?」
「こ、声が大きいです!」
誰が聞いているとも知れないのに、静奈中尉はまるで無防備な大声をあげる。この人は、事の重大さがわかっていないのか? しかし、その後中尉は更に信じられない答えを返してきた。
「いや、ないない。いくら麗華でもそれはありえないよ」
「なっ……!?な、何故!? あのリオ・レオリナが私たちに探りを入れたのですよ!?」
「普通そんな露骨な探り方するか? それに、それだけじゃ断定はできないだろ」
中尉はわかっていないのだ。リオはそういう不敵で挑戦的なことを平気で仕掛けてくる男だということを。
「で、では本部が襲われた時に見せたあの表情は!?」
ノーヴによって崩壊したM機関本部の炎の中で見せた、邪悪な笑み。X星人と繋がってでもいなければ、あの状況で笑っていられるはずが…。
「んー………そうだな、昔から麗華はそうやって周りを混乱させてきたからな。今回も多分たいしたことはしてないと思うぞ?」
ダメだ、伍長や家城とあまり一緒にいすぎて、この人まで毒されてきてしまっているのかもしれない。もはや誰かに頼っている暇はない、一刻も早く―――
「まぁそういきり立つな、私だって根拠なしに言ってるわけじゃない」
(あれ……? この人まで私の考えを…)
「アイツと出会ったのは、もう何年前になるか…。ちょうど、M機関に入ってすぐのことだった…」
サクラ散るうららかな春、M機関の採用試験に首席で通った私は既にかなりの階級だった瑞穂に後押しされてトントン拍子に昇格していった。瑞穂はあれで結構過保護なところがあるからな。私は自分の力だけで昇格したいと言ったんだが「上司には逆らったらダメですよ~♪」なんて屁理屈こくし、まぁ悪いことではないから特にそのままにしていたわけだが。
で、曰くエリート部隊とやらに配属された時に一緒に配属されてきたのが、麗華だった。その頃から掴み所のない奴というか、食えない奴で…最初の挨拶でご丁寧にも部隊員全員の人に知られたくない過去を大暴露してきやがった。ちなみに私の場合はスリーサイズを公開させられたんだが。
「それでその時……ってこら帰ろうとするな!!><」
「…長くなりそうだったので」
事は一刻を争う。こんなところで『ちょっといい過去のお話』、みたいなのを聞いている暇はない。
「まぁそう焦るな、大丈夫だから」
「勿論皆大激怒。私も例外ではなかったがな。だが、その状況を収めた奴がいた。その部隊の隊長、つまり小隊長だ。ま、普通は隊長だし統率を取るのは当然だろうが…その隊長、誰だったと思う?」
「…さぁ」
私はあたかも興味なさそうに呟いた。正直、どうでもいい。それに、ちっとも霧島麗華の身の潔白に話が繋がらないし。
―――と、ここまでは思っていた。しかし次の瞬間、その考えは180度方向転換することになる。
「……信二だ。大澤信二」
「…!?」
やること成すこと全て適当且つ家城をも凌駕する単細胞、おまけに敵をげーむせんたーに誘うような男が……
元エリート部隊の小隊長―――!?
ゆみ「あれ、主役………」
最終更新:2009年01月08日 06:41