何も変わりない快晴の昼下がり。
由美子達はようやく授業を終え、つかの間の休息を迎えていた。
「・・・で、今度その新作が出るんだよ♪」
「へえ、ていうか美里ちゃんも好きだねー」
窓際でいつものように他愛無い会話を繰り広げる。
と、その時・・・
携帯のバイブが由美子の制服を揺すぶった。
「ん、誰だろ?」
ポケットからそれを開くと、そこには『准将先輩』と書かれた宛先人が。
ちなみに准将先輩とは、地球防衛軍所属、「神崎瑞穂」のことである。彼女は若いながらにして、異例の出世を果たしたという、ちょっとした有名人でもある。
「・・・私、今日非番のはずなんだけど?」
疑問に思いつつも、本文に目を移す。
―――その瞬間、由美子の体が一瞬凍りついた。
「え、どうしたの?」
そこには、誰しもを恐怖のどん底に叩き込む、悪魔のような内容が書かれていたのだ。

『G出現。ただちに本部へ帰投せよ』




ゴジラ ファイナルウォーズ リバース番外編
~G消滅作戦~




由美子は制服を着替えるのももどかしく作戦会議室へ飛び込んだ。
「じ、Gが出たんですかっ!」
吹き飛ばしそうな勢いでドアを開くと、既に皆戦闘準備を整えていた。
「遂に決戦の時がきたな。今日こそ長年の闘いに終止符を打とうぜ」
大澤信二は愛用のスナイパーメーサーを構えながら意気込む。
「ご、ゴジラかあ・・・緊張するぅ・・・」
「足手まといにはならないようにしなくちゃ・・・」
顔が強張っている由美子と怜。当然だ。この最年少二人はゴジラに遭遇するのは初めてなのだから。
―――ゴジラ。この桁違いの怪物の恐ろしさは、観た事がないものでも知っている。
過去に幾度に渡って戦ってきた自衛隊、防衛軍、そしてミュータント部隊。その誰一人として、ゴジラを止められた者はいなかった。漆黒の身体にはどの攻撃も通用せず、強靭な脚は襲い来るものを次々踏み潰し、口内から放たれる熱線は目の前の全ての物を焼き尽くす。
―――まさに、怪獣の王。

「大丈夫だ」
不意に、誰かが皆の前に立った。尾崎真一。これまで数々の戦闘で名を上げてきた英雄だ。尾崎は、皆の不安と緊張が入り混じったそんな様子を察するように、穏やかな口調で語った。
「下手に力を入れる必要なんてない。確かにゴジラは強敵だ。だが・・・ここにいる皆で力をあわせれば、ゴジラなんてはるかに超える力になる!そう、ココにいる皆なら!だから、いつもどおりやるだけでいいんだ」
「い、つも・・・どおり」
その言葉は、少なくとも最年少二人の心をほどいた。
そして、だんだんと張り詰めた空気も落ち着きを取り戻していったのだった。
「ほー、お前も言うようになったねえ、尾崎?」
信二が尾崎の肩に腕を乗せる。少々おちょくっているようにも見えるが、信二は半ば尾崎に感謝しているようだった。
「これで少しはまともにやれるだろうな。おそらくさっきのままじゃ、動きも硬くなってたろうし、気持ちもばらばらだったろうからな」
一時期は沈みきり、全く顔をださない日もあった尾崎が、今はこんなにも輝きを取り戻している。
「よし、皆。あのデクノボー野郎に、オレ達の力を見せてやろう!」
由美子、怜、信二、松本、静奈、河原田、麗華、ユイは皆一様に頷くのだった。

「皆さん、そろっているようですね」
と、そこに呼び出した当の本人、神崎が入ってきた。いつもは穏やかな表情の彼女も、今回ばかりは顔が引き締まっている。
「瑞穂、何をしてたんだ?皆、もうとっくに準備はできてるぞ」
静奈がちょっと呆れたように言った。神崎も申し訳なさそうな顔をする。
「ごめんなさい、ちょっと武器を用意してて」
「武器というと、新型ですか?」
「ええ。今から皆に渡します」
そういって取り出したのは全部で3種類の武器。
一つは格闘用武器で、緑の楕円形をした打撃系の小型兵器。
次は巨大な噴射ノズルを携えた射撃兵器。
そして最後は、粘着性を持った設置型兵器だ。

――――その瞬間、その場にいた神崎を除く全ての人が凍りついた。
「? 皆、どうしたの?」
神崎一人が首をひねる中、ようやく静奈が口を動かす。
「み、瑞穂・・・こ、この武器は一体・・・?」
そう、打撃兵器と言ったそれは、一般的には『スリッパ』と呼ばれるもので、確かに叩くことはできるが、とても怪獣を殺傷できるとは思えないようなシロモノだ。
それだけじゃない。射撃武器『ジェットノズルあわあわ』は、標的を泡で包み消滅させるものだが、ショッキラスでさえ消滅するかどうか疑わしい。
そして最後、設置式兵器の側面には英角ポップ体で『イチコロリホイホイ』と書かれていた。

「え? 何って、撃滅用兵器だけど」
「じ、Gってまさか・・・」
いやな予感が走る。そして、もちろんそれは的中したのだった。
「ゴキブリ・・・か?」
「え、だってメールで送らなかったかしら?『G出現。ただちに帰投せよ』って」
(うっわー・・・・・・)
全ての人間を脱力感が襲う。由美子や怜にいたっては、へなへなと座り込んでいた。
「え、だって・・・Gって他に何かある?」
「あるだろ! ゴジラとかギドラとか!! だってコレ、ゴジラの話だろ!?」
「あ、そっか♪ごめんね皆♪」
まったく悪びれる様子もなく悪戯っぽい笑みで誤魔化す神崎。しかし、誰一人平常心なものはいなかった。麗華に至っては殺意さえ芽生えてきそうだった。
「と、とにかく皆頑張ろう」
「お、おーっ・・・」
その掛け声のトーンは、普段より二段階くらい下がっていた。
「それじゃ、5組に分かれて捜索しましょうか」



M機関 訓練用大プール。そこにはまるで学校の25mプールを3倍ほどしたような巨大なプールが設置されている。普段はココで、水中戦闘の訓練や実技水泳などを行っている。
そこに、二人の人影があった。スリッパを片手に構えた河原田と、水着でチェアに寝そべっている麗華だ。
スリッパを持つ河原田は、プールというその場所には到底似合うはずもなく、なんとも不恰好に見える。
それに比べ、才色兼備なスタイルから醸し出される麗華の水着姿は、誰の目にも艶やかで、まるでダイヤモンドのような輝きを放っている。
「全く、瑞穂さんもいい加減にしていただきたいですわ」
「き、霧島さーん、愚痴ってないで手伝ってくださいよ~」
呆れるように愚痴だけを吐く麗華は、そのある種の怒りのようなものを抑えようとテーブルに置かれたトロピカルジュースを一気に飲み込んだ。
そんな今の麗華が、河原田の申し訳程度の願いを聞いてくれるはずもなかった。
ため息一つ、あきらめた河原田は一人スリッパを片手に一所懸命床を探し始めた。
そんなことも全く気にせず、麗華は雑誌を読みあさり始めた。
「そういえば、この所忙しくて旅行にも行っている暇ありませんでしたわね。来週辺りハワイにでも行こうかしら。河原田さん、あなたも特別に連れて行って差し上げても、よろしく・・・て、よ・・・?」
本をテーブルに置き、河原田に声をかけようとしたその瞬間、麗華の顔が引きつった。
「ひいいいいいっ!?」
「ど、どうしたんですかっ!」
「ご、ゴキ、ゴキ、ゴキ・・・」
完全に怯えきった表情の麗華。それに対し、河原田は顔を真っ赤にしてのけぞった。
―――なんと、ゴキブリは麗華の胸の、二つのふくらみの間にいたのだ・・・。
息を呑む河原田。確かに標的であるゴキブリは見つけた。だが、よりにもよって胸部に現れようとは。
スリッパで叩けば麗華は無事ではすまないだろうし、ジェットノズルあわあわを放とうものなら麗華も泡の毒牙にかかってしまう。かといってイチコロリホイホイに誘い込まれるまで待っていたら、それまでに麗華の精神が崩壊してしまう可能性もある。
そしてもちろん、素手というわけにも行かなかった。
「くそっ、このエロゴキめ・・・!」
「ちょ、見てないで助けてくださいな!」
先ほどまでの遊楽っぷりはどこへやら、麗華の顔は必死で、今にも泣き出しそうなほど震えきっていた。
しかし、助けようにもいる場所が悪すぎる。何故、本当に何故、よりにもよってそんなところに・・・。ゴキは満足したようにその場から全く動く気配もなく、触覚を奇妙に暴れさせていた。まるで、興奮しているかの如く。
これではどうすることもできず、更に目のやり場にも困ってしまうではないか。
「ちょっと、ヤラシイ目でジロジロ見ないでくださいな!」
「いや、そういわても・・・」
…本当にやらしいゴキブリだ。
「・・・あ、そうだ!」
ふと何かを思いつき、河原田は全速力で麗華から離れていく。
「ちょ、河原田さん!見捨てる気ですの!?」
「待っててください! 秘密兵器を持ってきます!」
「ちょ! あの、ちょっと・・・」
嵐のように消える河原田。一人取り残された麗華はゴキを睨みつける。その不気味な外見に、麗華は今にも気絶しそうだった。

一方作戦会議室。
「全く、人騒がせにも程があるぞ」
「ホントごめんね~。でも、ゴキブリって、いるだけで嫌じゃない?」
「ん、まあ・・・それもそうだが」
静奈と神埼の二人は解散後移動せずに、この部屋を捜索していた。
静奈はスリッパ、神崎はジェットノズルあわあわを右手に机や椅子の下を覗き込んでいる。
「ゴキちゃーん、いますか~?」
なにやら子供のように机のなかに話しかけている神崎。とても准将とは思えない光景だ。というか、呼んで出てくれば苦労はしない。
が、その時。
「で、でたー!静奈ちゃん、こっち!」
なんと、呼びかけに応えたかのように本当に姿を現すゴキブリ。神崎の声に驚いたのか天井で弧を描くように飛び回っている。
「よし、攻撃開始!」
神崎のジェットノズルが火を吹く、もとい泡を吹く。しかし、神崎の照準が甘かったのか、勢いよく吹き出た泡は虚しく空を切った。
急降下でかわすゴキ。しかし、その先には静奈が待ち構えていた。
「食らえ!」
思い切り振り下ろされるスリッパ。しかし、これも床で悲しい反響を呼ぶ。
「くそ!」
そのままドアへと飛び去ろうとするゴキ。静奈、神崎もその後を追う。
が、その時。神崎が椅子の脚に引っかかり、態勢を崩してしまう。
「えっ・・・?」
手をバタバタと上下してもがいてみるが、逆にそれは勢いを増すだけだ。
「ま、まて! くるな、来るなーっ!!」
そして、神崎は真っ直ぐ静奈の方向へ・・・倒れた。
椅子が何個か倒れる鈍い音が廊下にまで響き渡る。それと同時に・・・

ぶちょ

何か、おぞましいものの擬音が聞こえた。・・・静奈の手の下から。
違和感ある感触が手のひらから全身に伝わってくる。
「・・・」
「・・・」
しばらく硬直してしまう二人。ゴキの姿はもう見えない。きっと息絶えたに違いない。だが・・・まったく嬉しくなかった。
「と、とりあえずタオルかなんか持ってくるね・・・」
「・・・」
ほとんど真っ白な状態の静奈。まるで脱皮の抜け殻のようだ。
とてつもなく虚しい沈黙が流れた・・・。

「あーあ、せっかく学校まで早退してくたのに・・・」
その頃トイレでは、由美子と怜が愚痴を漏らしながらゴキ捜索にあたっていた。
年頃の娘さんだというのに、二人のゴキに対するイメージは台所かトイレらしい。
で、この施設に台所はない(食堂は存在するが、清潔的イメージなため除外)し、男子トイレには入れないので、こうして女子トイレにいるというわけだ。
「にしても臭いわねー・・・。ちゃんと掃除してるのかしら?」
「後でシャワー浴びよう・・・」
鼻を手の甲で押さえながら、ゆっくりとあたりを見回していく。その時、視界の端で何かが動いた。黒い体のそれは、長い触覚を持ち、かさかさと走り回っている。
「いた!ゆみ、さっさと蹴りつけるわよ!」
ザッとスプレーを片手に身構える怜。・・・しかし。
「・・・? どうしたの?」
なんだか由美子の様子がおかしい。どうも怯えたように震えながら突っ立っている。
「・・・ゴキブリって、こんなだっけ・・・・・・?」
まるでうわ言のように口をパクパクさせている由美子。
「え? ・・・うん、まあそうだけど・・・」
すると、次の瞬間由美子はスリッパを投げ捨て、なんとメーサー小銃を構えた!
「ちょっ!!?」
「き・・・キモーーーーーーイ!!!」
乱射。光弾の雨は女子トイレを地獄へと変えていく。扉はあっけなく吹き飛び、便器や水道は一瞬で粉々に粉砕される。
「お、落ち着いてよゆみ!」
なんとか制しようとする怜だが、まるで機龍のように暴走する由美子には何も聞こえていない。
小銃のエネルギーが切れ、ようやく静けさを取り戻す女子トイレ。
が、しかし・・・
なんと、ゴキは生きていた。まるでメガギラスよろしく高速で飛び回り、メーサーをかわしていたのだ。
「ゆみもゆみだけど・・・ご、ゴキもゴキね」
苦笑する怜。だが、由美子は完全に目を血走らせていた。
「消え去れ、この悪魔め!!」
今度はバズーカを構える由美子。
「ちょ!だから落ち着きなさいって!!」
「怜ちゃんは黙ってて! 人類が生き残るのか否かの瀬戸際なんだから!」
怜から言わせれば、滅亡に追いやっているのはゆみなのだが。
というか―――そんな場合ではない!
「ターゲットロック! 塵も残さず消えてなくなれ!」
「バカ、ゆ・・・!」
しかし、怜の叫びも虚しくかき消され、次の瞬間トイレはぼろぼろの消し炭となってしまったのだった・・・。

同じ頃、リビングルームにもまた、二つの影があった。
「ゴキー、いるかー」
ソファに寝転びながらテレビを点けている信二は、つまらなそうに棒読みでそう言った。その様子に、松本は呆れたような素振りをする。
「お前・・・探す気全くないだろ・・・」
左手にスリッパ、右手に愛刀『魔断剣』を携えた松本はため息を漏らす。ちなみにジェットノズルを持っていないのは、撃って当てる自信がないからである。こんなものですら、松本は不安らしい。
「んー?そうでもないぞ、ほら」
目線はそのままに信二がソファのしたを指さす。そこには『イチコロリホイホイ』が無造作に放られていた。どうやら、一応向こうから来るのを待っている、と言いたいようだ。
「にしてもさー、ゴジラだと思って張り切っていったのにさ、表紙抜けだよなー。大体今日『ゴジラXガメラXウルトラマン オール怪獣SOS』TV放送やってたんだよ!?ったく、それもあきらめて行ったのに・・・あーあ、やってらんねー」
「・・・じゃあ、今やっているのは何なんだ?」
大きくため息を吐く信二だが、目の前のテレビではゴジラの放射熱線がガメラの甲羅で跳ね返され、ウルトラマンに直撃する様子が映し出されている。
「わかってないなー、生で見なきゃダメなんだよ、生で!大体録画ってのはさあ・・・」
「・・・そうか」
なにやら力のこもった演説が始まった。松本はこういう場合、いつも無視している。たとえ古くからの付き合いといえど、信二にバカには付き合いきれないようだ。
その時、ふと足元に目をやるとイチコロリホイホイがガタガタとうごめいているのが目に止まった。
「・・・オイ、ゴキがかかったんじゃないか」
「画質がさあ・・・ん?」
そう言われて信二も下を見る。たしかに、ホイホイからは黒い触覚らしきものが見えていた。
「お、ホントだ。あーやれやれ、やっとこれで安心してテレビが・・・」

しかし、イチコロリホイホイを持ち上げた瞬間、信二の体が凍りついた。
「でええっ!? で、デカッ!!」
何と、そのゴキは全長1メートルほどもある巨大なゴキブリだったのだ。
気持ち悪く感じた信二が巨大ゴキを思いっきり投げ捨てる。
だが、イチコロリホイホイを身に纏ったままゴキは尚も信二の方へと這い進んでくる。
「うわ、来るな、寄るな、近づくな!!」
手当たり次第においてあった物を投げつける信二。しかし、巨大ゴキは怯まずとうとう信二の身体に飛びついた。
「うぎゃっ!」
あまりの勢いにその場に倒れこむ信二。体中を気持ち悪い感触が支配する。
そして、ゴキが顔の方に迫る・・・
刹那、松本の魔断剣がゴキの身体に突き刺さり、巨大ゴキはあっけなく息絶えた。
奇声を上げて倒れるゴキにまでビビる信二。ゴキの気持ち悪さがよっぽど苦痛だったようだ。
動かないゴキをゆっくりとどかし、信二は松本に歩み寄る。
「悪いな、助かった」
「・・・いや」
ぶっきらぼうに答える松本。これもまあ、いつもの反応だ。
「にしても、バカでかいゴキだなーオイ。突然変異か?」
振り返り、改めて死んでいるゴキをまじまじと見つめる信二。
「・・・よく見ろ、ゴキじゃない」
「・・・は?」
そういわれて顔を更に近づける。すると・・・
たしかに触覚はあるが、それは頭にではなく尻尾に生えており、更に頭という頭も存在しておらず、代わりに牙のような突起が生えている。最後に、黒い体の所々から緑色のものが覗いている。
「ま、まさか・・・」
信二が死体を手で払うと、その体から黒は剥ぎ取れ、代わりに見覚えのある緑色の体が姿を現した。
そう、コレはショッキラスだったのだ。どうやら土を被っていたために黒く見えただけのようだ。
「オイオイ、冗談だろ・・・て、ことは? ひょっとして俺、今すごくやばかったって事か・・・?」
後になって命の危機を知った信二。今更になって、血の気が引いていくような気がしたのだった。


「河原田さん、は、早くしてくださいな! 何をモタモタやってるんですの!?」
「そ、そんなこと言われたって・・・」
河原田対ゴキの戦いは今だに続いていた。
秘密兵器『割り箸』で、ゴキをつまみ出そうとしているのだがどうも上手くいかない。やはり場所が悪いためか。
どうも平常心でいられない。手はガクガクに振るえ、目を逸らそうにもそれではゴキは見えない。しかも、それでもし変なところにあたりでもしたら・・・
(いや、何を考えているんだ僕は・・・)
ぶんぶんと首を振る。そうじゃないだろ。そうだ、決して疚しいことを考えているわけじゃないんだから。
気合を入れなおし、河原田は慎重に箸を進めていく。
(もう少し、もう少しだ・・・)
あと、ほんの数センチに迫った、が・・・。

突如耳を劈くような轟音が背後に響き渡る。
「な、何事!!?」
そこからはもうもうと煙が立ちこめ、かすかに火の気も感じられた。
その煙の中から姿を現す別のゴキブリ。そして、それを追って現れたのは・・・
「待てーーーい!!」
由美子だった。しかも、両手には彼女の武器、ストライクトンファーが閃いている。
「ちょっ!?」
しかも、何と彼女らはこっちへ向かって真っ直ぐ走ってくるではないか。
「どりやああっっ!!」
その場にあるテーブルやチェア、パラソルを巻き上げながら由美子は猛獣のごとく暴れまわる。
と、その時麗華の胸にいたゴキが飛び立った。恐らくこの騒ぎに驚いたのだろう。
河原田はチャンスとばかりに一気に身を乗り出し、遂に箸の中にゴキを収める事に成功した!
「やった! やりましたよ、霧島さんっ!!」
歓喜の叫びを上げる河原田。しかし・・・当の麗華は、それとは全く正反対の顔つきだった。眉間にしわを寄せ、眼は捕らえるようにこちらを睨みつけている。
初め河原田には何がどうなっているのか、さっぱり分からなかった。しかし・・・ほんのわずかな後、その原因が自分の左手から伝わってくるこの気持ちよい感触のせいであると分かった。
河原田は、ゴキを捕まえるために身を乗り出すため、手を突いた。・・・それまで、ゴキがいたその場所に。
さっと、顔が青ざめていく河原田。
「ふーん・・・あなた、そういうシュミでしたの」
「い、いや、これは・・・その、不可抗力で」
「問答無用!」

その日、張り裂けるような乾いた音が、何度も鳴り響いたという・・・。
「ふん!!」
「な、何故僕が・・・」


熊坂は、今日一日の仕事を終えて自販で何か買おうと廊下を歩いていた。すると・・・
「ん?」
ふと、額に違和感を覚える。何か冷たいものが張り付いているような・・・
「何だ、ゴミか?」
確認のため鏡のあるところへと向かおうとしたその時。
「・・・とうとう追い詰めた・・・」
何かどす黒いものが、こちらを睨んでいる。そしてゆっくりと何か危険なものを構え近づいてくる。
「え、何・・・?」
良く見るとそれは由美子だった。しかも、いつもと様子が違う。殺気立ち、眼を血走らせ、今にも誰かを切り殺そうとしているような、近づきがたいオーラを放っていた。
その時、後ろから怜が飛び込んできて何かを叫ぶ。
「に、逃げてください教官!」
「は?」
しかし、時既に遅く・・・
「ESCSブレードラーンスッ!」
先ほどのトンファーを一つにあわせると、一本の棍状の武器が姿を現す。そして・・・
「覚悟おおおっっ!!」
「なああっ!!??」
由美子には、熊坂の額に乗るゴキブリしか見えていなかった。

男の断末魔の叫びが、施設全体を包み込んだ。

























「・・・あれ、私何してたんだっけ?途中から記憶が・・・」
「ちょっと美里、アンタゆみにどういう教育してるのよ!」
「え、私のせい!?」

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最終更新:2007年03月09日 18:22