―――誰も近づくことのない、倉庫が立ち並ぶ町外れの一角。鬱蒼とした鉄さびのジャングルは、物音ひとつ立たず、動くものも何もない。まるで音…いや、時間を殺された空間だった。どこからともなく吹きすさぶ空風も、その空間への侵入を拒むようにどこか遠慮がちである。
その廃倉庫に、影が横切った。ひとつ、ふたつ…いや、もっとたくさん。
一瞬、閃光が轟いた。その光に、ぼんやりと浮かび上がるシルエット。
その姿は竜―――4股の竜。3mほどのソレは、のっそりと群れをなして硬い地面を踏み鳴らしていく。
そのとき、一閃が迸り竜の顔を貫いた。一匹の竜が地に伏すと同時に、竜達は一斉に閃光の元をたどる。閃光の主…それは、一人の女性。極普通の、ドコにでもいそうなショートヘアの、
少女
度重なる戦争と核実験。発達しすぎた科学は地球の環境を歪め、眠っていた多くの巨大怪獣を呼び覚ました。人類はお互いを敵とする時代を終え、怪獣の脅威と戦う時代へと突入した。
4股竜、バラン・ラバが威嚇する。相手の容姿など関係ない。音のない世界に轟く怒りに任せた咆哮。少女は、それをただ静かに受け入れる。
地球防衛軍の誕生である。
一方、数年前より世界各地で特殊能力を持った超人類、ミュータントが確認されるようになった。地球防衛軍では、対怪獣用戦力としてミュータントを集め、特殊部隊を組織した。その部隊をM機関という。
そんな折、突如として世界各地に怪獣が同時に出現した。これにより人類は壊滅的打撃を受けた。そのすべての元凶は、遠い外宇宙からやってきた『X星人』と名乗る宇宙人。彼らは人類を家畜と評し、文明を破壊しようと画策した。しかし、彼らはわずかに残ったミュータント部隊との激闘の末、敗れ去った。また、彼らが操る怪獣らも、「怪獣王」と称される怪獣によって全滅した。こうして、人類は辛くも絶滅を免れた。
「大丈夫――――――」
少女は すっ、と両手を広げる。金色の月に溶ける柔らかなオレンジの髪…まるで天使のような姿に、ラバは一瞬呆気に取られているようだった。
「おいで―――」
少女は武器を構えた。月光に映える銀鉄のソレ…閃光を放った、あの銃口だ。
空風が髪を撫でる。その一瞬…
その一瞬で…天使は死神と化した――――――
GODZILLA FINALWARS REBIRTH
「ったく…いつの間にこんなに集まったんだか……」
先程とそう遠くない場所…そこもまた、無数のバラン・ラバがはびこっていた。それを眼下にため息をついたのは、男性のほう。
「いいから、ちゃっちゃと能率的にやればすぐ終わる。愚痴ってないで構えたらどうだ」
呆れたのは女性。
「へーへー。 …んじゃ、ちゃっちゃとやりますかねぇ」
重たげに腰を上げ、取り出したのは身長に行き届きそうなほどの銃。ギラリと鈍く輝くソレは構えるとあまりに優美なフォルムをしている。
一匹のバランが彼にめがけ牙を閃かす。
「っと」
彼はそれをするりとかわし、振り返ることなく武器の照準を背後のバランに合わせる。
そして、一閃。バランが紙屑のように散った。
「はい、一匹と」
「ちょっ、何カッコつけ…」
「いや、振り向くのメンドイっす」
欠伸ひとつ、彼は自らの武器を前に構えなおす。長身な武器…一般的にはスナイパーライフル、とか呼ばれているもの。
(照準つけないスナイパーって…)
本来の使い道は遠くから狙い打つ、そういうもののはずだ。それを『メンドイ』の理由で適当にぶっ放すとは。
―――まぁ、彼らしいとは思うのだが。
これでもう少し普段が真面目であれば、と苦笑する女性―――春日井静奈であった。
半ば焦っている。いや、それだけじゃない。
―――恐い。言語化すれば多分そうなる。和泉怜は一体のバランと対峙していた。
相手が恐いわけではない。確かにバランのその無骨な体格には迫るものがあるが、その程度であれば数十メートル級の怪獣のほうが遥かに上手であろう。
相手でなければ何が恐いのか。
―――それは、『仲間』。新人、それもよく知っている仲。初めは面倒を見ながら、基本も兼ねて戦うはずだった。
が、当の本人は無数のバランの中、たった一人で縦横無尽に駆け抜ける。イマイチ威力に欠ける、メーサー小銃で? 私ですらそんなことはしたことない。確かに私はキャリアがあるわけではない。それでも、『あの子』よりはずっと経験がある。そして何より驚くのは…私が知っている彼女は、穏やかでおとなしい少女だったという事。
―――まるで別人。いや、間違いなく顔の似ているだけのそっくりさん。
そう思いたかった。
「……」
私もメーサーを構える。『たった一匹』の敵に。
バランの咆哮。私の脳天めがけ、ツメをむき出して飛び込んでくる。それが私の体に食い込む前に、メーサーで叩き落す。悶えるバラン。
…これがセオリー、間違ってはいない。
だが、隣で舞うあの子を見ているとどうしてもソレがちっぽけなものにしか見えてならない。
あの子は『初戦』よ?
今日が最初の戦いだというのに、何故そこまで戦えるのかわからない。確かに動きや構えは強引だし滅茶苦茶だし、まだ素人のソレだ。だが、敵に食らい付く姿は既に戦士。いや、それ以上か―――
「くっ…」
かつての友に抱いてしまった、敗北感、そして疎外感。私の知るあの子は、既にいなくなってしまったのだろうか?
「ゆみ……」
私はそっとあの子の名を呟いた。『家城由美子』の名を。しかしそれは、噴き出す血しぶきに虚しくかき消された。
どういうわけだろう、体がすんなり動く。初めて見た「本物」の怪獣もそれほど恐くない。ほとんど作業のような感覚。敵がいて、武器があり、撃ち、倒し、次の敵にいく。
すべての感覚がそれだけを実行し、体を自然と動かしていく。
「うん、次…」
今のは上手く決まった。高く跳んでの掃射。3,4匹はまとめたかな。メーサーも、敵を倒すことが至福のように歓喜の銃声を上げる。そっかそっか、嬉しいんだね。それじゃ、あと3匹だけど―――
「……と、わ?」
そのとき、突然体が滑った。着地の時、足をくじいたみたいだ。
「あいったぁ…」
尻餅までつき、じわりと来る痛みをさする。
チャンスとばかり飛び掛ってくるバラン。私はメーサーを握る、けど…
感覚が鈍い。というより私…
―――今、何してた…?
不意に襲い掛かる恐怖。初めてバランが凶暴に見える。
「え、え、ひゃぅ!?」
体がすくむ。動けない。いや、あんなの無理だって。死んじゃう。閃く牙が眼前まで迫る。
しかし、その牙は左からの閃光に飲み込まれ、バランは4m先まで吹っ飛んで、フェンスにたたきつけられて動かなくなった。
「あぁもう、無理するから!」
ほっとするのもつかの間、私に罵声を飛ばす怜ちゃん。
「ひぅ、ご、ごめん…」
「ごめんとかじゃなくて、死んじゃうんだからね?……最初っからそんなにしなくていいから、ゆっくりやればいいから―――」
ぎゅっと私の肩を掴む。
―――暖かい。
「あと2匹…一人一匹、ってわけにもいかないよね」
怜ちゃんはちらりと私のくじいた足を見る。苦笑する私。
「じゃ、私に合わせて。少しなら歩けるでしょ?」
私達は普通の人間じゃない。見た目は変わらないけれど、ちょっとだけ普通の人より頑丈にできてる。『ミュータント』、世間の人たちはそう言っています。
怜ちゃんの背中に勇気付けられ、私もメーサーを握る手に少しだけど力が入る。
バランの雄叫び。できればそれが最後であってほしい。
前脚に備わっている膜を広げ一気に飛び込んでくるバラン。先ほどよりも、早い。二人、同時に左右に飛ぶ。紙一重。代わりに、後ろにそびえていた鉄パイプがバラバラになった。目標を失ったバランはフェンスに激突。フラフラした足取りで頭を振っている。
―――チャンス。またも同時、二人はメーサーを構える。息のあった攻撃によって、バランは四散した。
「やった!」
「あと一匹!」
最後の一匹に向かって、メーサーを反転させる。が…
いない。
「あれ!?」
左右前後、隙のないよう見渡す。が、やはりいない。
そのとき、咆哮がこだました。右、それとも左?
―――そのどちらでもなかった。
頭上、膜を広げたバランは既に必殺の間合いに入っている。怜は構えなおすが…間に合わない!
私は思わず目を瞑った。どうそいようもない。下手すれば―――死ぬ。
ようやく掴んだ、M機関入隊の夢……たった1年で、終わってしまう―――?
―――いや、終わらなかった。
気がついた時には、体がバランを蹴り飛ばしていた。でも、さっきの感覚とは違っていて―――なんというか、心から思ったこと、素直に助けたい気持ち、そんな感じがした。
「大丈夫?」
「う、うん…ありがとう」
満面の笑み。自然と零れた感情。
―――これが、私がM機関に入った一番の理由。誰かを助けたい、大切な人を失いたくない。ありふれた理由だけど、それでもこの想いは変わらないと思う。
それだけで、普段はドジで取柄なしの私にとっては十分な程大きな理由。
これが私の初めての戦い。これから始まる戦いの、始まり。
「この、バカ!!」
天井をも突き破りそうなほどの怒声に、思わず肩が持ち上がる。
「ひゃぃ、す、すいませ~ん…」
あまりの剣幕に、涙目になってしまうが、熊坂教官は容赦ない。
「何も考えずに敵の中に突っ込むとは…新米のやることとは思えん。張り切る気持ちはわかるが―――!」
「あ、あの~…」
「ん、何だ?」
俯きながら指をもじもじさせる由美子。このことは、言うべきか言わないべきか…
何か、言ってもただ事態だけが悪化するような気がする。でも、本当のことではあるんだよね。
…。
うん、真実は堂々と言うべき!たとえ言い訳にしか聞こえなくても!
「え、えっと…」
「どうした続けろ」
訝しげにこちらを見つめる教官。あの、余計続けづらいんですけど…
「あの、実は、そのときの事なんですけど……」
「急いでくれよ…時間がないんだよ時間が」
急かし方に妙な迫力が出てきた。…確かに、会議の時間が押してるからとは思いますけど…
「覚えてなかったりしちゃうんですけど……なんちゃって」
「……」
教官が押し黙った。で、ですから妙な迫力がっ!ていうか青筋立ってますって…。露骨に怒っていることがわかる。やっぱり、言い訳にしか聞こえなかっただろうか?
「そうか…つまり、自分は覚えてなく、無意識の内に突っ込んでいた、そういうことか?」
え、やたっ、教官てば案外物分りがいい!?♪
「珍しい言い訳だ………昔の尾崎もソレはさすがになかったな」
妙に感心している…けど、そんな感心嬉しくないです、ええ全く。
「もうちょっとマシな言い訳なら、説教も勘弁してやろうと思ったものを…」
さ、さっきより顔が険しいです、教官っ!!
「ちょっと来い!」
「ふぇ、ちょっ、ごめんなさい嘘です嘘でいいですからっっ!!イタタ、そんな引っ張らないで!」
首をひっつかみ、熊坂は由美子を奥の部屋へと引きずっていった。
「ふぅ…まったく何やってるんだか」
その扉にうつかりながら、怜はため息をついた。
…それにしても、あの時のゆみは―――
いや、『アレ』をゆみと認めていいのか。あの時の『アレ』はあまりに私の知っているゆみとは違いすぎる。
「無意識?まさか…」
それはあまりに言い訳に近い。が、本人が思いつきで言った言い訳にしては下手すぎる。
(あ、でも…意外とありうるかも。……なんていってもバカだし)
と、その時何者かの気配に怜の思考が途切れた。
「よっ、れぃちん何やってんの?」
片手を挙げて近づいてきた男―――
大澤信二。昨日の戦いで、
スナイパーメーサーを扱っていた男。
「あぁいえ、別に…」
「何だ、熊坂の旦那が女連れ込んでなんかやってるのかと思ったよ」
「なんでそうなるんですかっ」
―――この人、実績もいいし射撃の腕前は確かなんだけど…どこか抜けているっていうか……ドコまでが本気かわからないというか…
皆よく言っている、「せめてもう少し真面目になってくれれば」―――失礼ながら私もそう思う。
「で……あぁ、なーる…」
教官室の扉を眺め、妙に納得する信二さん。
「搾られてるわけね、あの新人君?っちゃー、そりゃ災難っすなー。熊坂の旦那、説教始めたら2時間は止まんないからねー。うん、俺も昔よくやられたなー」
あ、それは何か納得できる気がします。
「ま、待ってたら日暮れるだろうし、れぃちんもさっさと退散したほうがいいっすよ」
「あ、はい…」
確かに、待っていたらいつになるかわからないし、ゆみには後でまた会えるし…。
「ところで…」
「はい?」
「あの新人君、うちに入れるの?」
声が少し落ち着いた。
「いいっていうかな?特にうちの『たいちょー』…結構お堅いしねー。あんまり無茶ばっかやってっとむずかしーかもよ?」
「…いえ、まぁ」
曖昧に答えた。が、言うとおりだった。ゆみは私の所属、通称『尾崎小隊』に入る気でいるだろうけど……今回のようなことが何度も続けばあまり良い返事はできなくなるだろう。
「隊長…って、静奈さん?」
春日井静奈。昨日いた、もう片方の女性のほう。私もよく知っている。
「そ。まぁ仮だけどね。尾崎が帰ってきたら、元に戻すと思う」
尾崎小隊、なんて通称で呼ばれるくらいだ、尾崎大尉以外隊長は考えられないだろう。
―――尾崎真一。かつてのX星人襲撃の際、最も活躍したと言われる英雄。統制官と呼ばれるリーダー格も彼が倒したというし、最後の切り札『カイザーギドラ』という怪獣も彼がいなければ実質倒せなかったといわれている。
…英雄視されても、当然だろう。
――――――残念ながら。
「にしても尾崎もやるよなー、俺なんか変な光でおかしくなったまま意識わからなくなっちまったしさ。全く、最初は問題ばかりの文字通り問題児だったってのに、今や国連事務総長様の警護隊の隊長さん。ったく、2小隊も持ちやがって。だがまぁ、相応の活躍はしてるしな、なんたって英雄だし♪」
「そ、そう…ですね」
「ん、どしたの?」
得意そうに尾崎さんのことを話す信二さんは普段に輪をかけて上機嫌だった。
そんな信二さんを見た私は、悲しくなった。素直に。
「あ、い、いえ何でもないんです」
露骨に俯いてしまった。尾崎さん……いや、あの男の話になると―――
そんな時だった。突如警報が鳴り響いたのは。
最終更新:2007年10月02日 22:29