放射性壊変(1) 壊変の種類・壊変図式

α壊変

α粒子を放出する壊変様式
質量数は4、原子番号は2減少する。


五十鈴「例外はあるけど、一般に質量数200以上の大きい原子核で起こるわ。例えば…」


七海「ラジウム226がα崩壊してラドン222になる例だね。α粒子は陽子2個、中性子2個からできているから、1回のα壊変では質量数は4、原子番号は2の減少になるね。」

五十鈴「α粒子の放出は『トンネル効果』によって起こるわ。」

七海「聞いたことあるけど…どんなやつだっけ?」

五十鈴「話すと長くなるし、多分試験にも詳しい話は出ないからいずれ解説するわ。」

五十鈴「放出されるα線のエネルギーは、いつも一緒。こういうのを『線スペクトル』というわ。」



β壊変

β-壊変、β+壊変、軌道電子捕獲(EC)の三種類がある。

β-壊変

五十鈴「β-壊変は中性子が陽子に比べてかなり多い核で起こる壊変よ。まあ、中性子のほうが多いと言っても、陽子が増えていくと反発力が大きくなって、それを核力によってつなぎとめようとするから、必然的に中性子は多くなるものなんだけどね。」

七海「中性子が多いと不安定なら、中性子を陽子にしちゃえば少しバランスが取れるね。この時、β線つまり電子と、反電子ニュートリノが出る…っと(カキカキ」

n \rightarrow p + e^- + \overline{\nu}

七海「中性子が陽子になるから、壊変の前後で質量数は変わらないけど、生成核は陽子が1個増えた分原子番号が1つ大きくなるね。」

五十鈴「もう1つ大事なのは、壊変のエネルギーはβ線とニュートリノの両方に分配されるけど、その割合はバラバラだってこと。均等に分けようね~ってせずにすーぐ争いで取り分を決めたがる奴らなのよ。」

七海「つまりβ線のエネルギーはいつも決まった値じゃないんだね。」

五十鈴「こういう場合は線スペクトルに対して『連続スペクトル』と呼ばれるわ。β線のスペクトルはおおよそこんな形よ。」


五十鈴「β線は、圧勝して壊変エネルギーの全てを持っていく時もあれば、運動エネルギーが0という瀕死の状態になる時もあるわ。『大☆勝☆利』って時、つまり壊変エネルギーと等しい時のβ線のエネルギーが『最大エネルギー』よ。これも核種によって違うわ。」

七海「最大エネルギーも覚えなきゃだめ…?」

五十鈴「試験では結構出題されるからね。特に主要なβ-核種の最大エネルギーは覚えておかなきゃダメよ。ちなみに、β線の"平均"エネルギーは、最大エネルギーの約3分の1よ。」


β+壊変

五十鈴「じゃあ七海、β+壊変は?」

七海「β+壊変は陽子が過剰な核で起こる壊変形式だよ。今度は陽子を中性子に変えてバランスを取ろうとするんだよね。」

p \rightarrow n + e^+ + \nu

七海「この壊変では原子番号が1つ減って、質量数は変わらなくて、陽電子と電子ニュートリノが出るね。」

五十鈴「陽電子っていうのは、電子と質量とかは同じなんだけど、マイナスじゃなくてプラスの電荷を持った電子のことよ。電子のドッペルゲンガーみたいなやつね。」

五十鈴「ちなみに、β-壊変で出る反電子ニュートリノと、β+壊変で出る電子ニュートリノも同じ関係にあって、特に"反なんちゃら"を『反粒子』っていうわ。陽電子は電子の反粒子よ。」

七海「電子と陽電子の二人が出会ったら…」

五十鈴「正反対の"自分"と接触することは禁忌であって、残念だけど二人とも消されてしまうのよ。」

七海「ねえ変な言い方しないでよ…なんか怖くなっちゃうじゃん…」ゾワワ

五十鈴「ごめんごめん、こういうのを『対消滅』って言うんだけど、そうすると511 keVのエネルギーの光子が正反対の方向に2本放射されるわ。この光子は『γ線』とみなされることが多いわね。」


七海「あれ?511 keVって…電子の静止エネルギーだったよね?」

五十鈴「そうね。電子が消滅したことで、電子の質量として存在していたエネルギーがそのまま光子のエネルギーになるのよ。陽電子についても然りね。」


軌道電子捕獲(EC)壊変


五十鈴「これは原子核、というか陽子が軌道電子をぱくっと食べちゃうのよ。"electron capture"の頭文字を取って、『EC壊変』とかって呼ぶことも多いわ。」

p + e^- \rightarrow n + \nu

七海「プラスとマイナスで打ち消しあって中性子ができるんだね。」

五十鈴「陽子が中性子になる点ではβ+壊変と同じだから、電子捕獲でも質量数は変わらず原子番号は1減少するわ。」

五十鈴「あとこれも大事。電子捕獲は内側の軌道電子を捕獲するんだけど、そうすると内側の空席を埋めるために外側から電子が移動してくるの。」

五十鈴「外側の軌道ほどエネルギーが高いから、内側の軌道に来るとその分エネルギーが余るわね。余った分はX線として外に捨てちゃうのよ。これが『特性X線』よ。」

七海「ふーん… これのエネルギーはいつも違うの?」

五十鈴「物質の原子番号によっても違うし、同じ物質でも遷移前と後の軌道の違いによっても値は違ってくるわ。」

五十鈴「逆に言えば、各軌道のエネルギーは物質に固有だから、物質の種類と遷移前と後2つの軌道が決まればX線のエネルギーはいつも一緒、つまり『線スペクトル』よ。」

七海「じゃあその、特性X線のエネルギーは、遷移前の軌道のエネルギーと、遷移後の軌道のエネルギーの差だね。」

E_X=E_2-E_1
EX:特性X線のエネルギー
E1:遷移の軌道のエネルギー
E2:遷移の軌道のエネルギー

五十鈴「でね、特性X線が出るような場合で、たまにX線じゃなくて別の軌道電子が出てくることがあるのよ。これを『オージェ効果』と言って、出てくる電子は『オージェ電子』と呼ばれるわ。」

七海「何それー!どっちか片方にしてよ…」

五十鈴「どっちが放出されるかは確率的な話だけど、無論同じ原子から両方同時に出ることはないわ。こういうのは『競合過程』と言うのよ。」

七海「それはどっちの方が起きやすいの?」

五十鈴「原子番号が小さい原子ならオージェ電子、原子番号が大きければ特性X線が出やすいわ。電子の遷移のうちで特性X線が放出される割合は、『蛍光収率』とも言われるわね。」

七海「言い方を変えれば、原子番号が大きいほうが蛍光収率は大きいってことだね。で、オージェ電子のエネルギーも線スペクトル?」

五十鈴「そうだけど、電子ってのはあるエネルギーでもって軌道に束縛されていて、特性X線のエネルギーよりその束縛エネルギー分だけ小さくなるわ。」



γ線放出

原子核が励起状態から基底状態に戻る時に光子を放出する。
これがγ線である。


五十鈴「昔は『γ崩壊(壊変)』って言ってたみたいだけど、エネルギーの状態が変わるだけで別の原子に変わるわけじゃないから、『崩壊(壊変)』にはならないわね。」

七海「『励起状態』は余分なエネルギーを持った状態、『基底状態』は落ち着いた状態のことだね。」

五十鈴「これはアレね。ストレスが溜まった時にカラオケでも行って、発散するようなものよ。『ストレスが溜まった状態』=『励起状態』、『歌声』=『γ線』と思ってね。」

五十鈴「放出されるγ線のエネルギーは、原子核の励起状態のエネルギーと、基底状態のエネルギーの差よ。励起状態が持つエネルギーを表したものを『エネルギー準位』というのだけど、これは核種に固有だから、出てくるγ線エネルギーも同様に核種に固有よ。」

七海「人間で言う指紋みたいなものだね!」

五十鈴「ちなみに1回のカラオケじゃ物足りずまた何軒かカラオケ屋をハシゴすることもあるわ。」

七海「何回もγ線を出すってことね…」

五十鈴「ついでだから、『壊変図式』について説明しようかしら。」



五十鈴「これが壊変図式よ。」


五十鈴「これを見れば、その核種の壊変に関する情報が一目で分かるわ。」


五十鈴「さあ七海、ここから読み取れることは?」

七海「まず、半減期12.7時間の銅64は、39 %がβ-壊変して安定な亜鉛64に、残りの61 %はβ+壊変かEC壊変をして安定なニッケル64になるってこと。」

七海「その61 %のうち、約60.5 %は基底状態に壊変するけど、残りの0.47 %は励起状態に壊変して…」

七海「1346 keVのγ線を放出して、安定なニッケル64になるってことだね。」

五十鈴「うん、バッチリね!ちなみに銅64のようなβ-、β+、ECすべてのβ壊変をする核種は結構レアよ。SSRはあるわね。」

五十鈴「あと言い忘れたけど、壊変図式では原子番号が増加する壊変は右向き、減少する壊変では左向きの矢印で書くわ。α壊変でもβ+、EC壊変と同様親核種の左に書くことになるわね。」


五十鈴「さて、もう1つ壊変図式を見てみましょうか。」


七海「コバルト60だー、これも重要な核種だね。」

五十鈴「半減期とγ線エネルギーぐらいは覚えておきなさいね。で、これがさっき言ったカラオケ屋をハシゴするパターンよ。」

七海「ほとんどは一旦2506 keVのエネルギー準位にβ-壊変したあと、1度は1173 keVのγ線を出すけど、まだ1333 keVの励起状態だから、残りをまたγ線として出すんだね。」

五十鈴「コバルト60のγ線とは言うけど、厳密にはニッケル60の励起状態から出るγ線ね。」

五十鈴「励起状態からのγ線放出は10-13~10-16秒なんていう一瞬で起こるから、複数本のγ線が出る場合でもほぼ同時に放出されると考えていいわ。」

五十鈴「だけど例外はあってね…これを見て頂戴。」


七海「セシウム137だね。」

五十鈴「2011年の原発事故以降有名になってしまったコイツだけど、励起準位の右側を見て欲しいわ。」

七海「"2.552 m"… これって半減期?」

五十鈴「そうよ。こいつはγ線放出に普通と比べえらく時間がかかるの。こういう励起状態の寿命が長い核を『核異性体』と言うわ。」


五十鈴「こいつら核異性体はγ線を出して基底状態に行くわけなんだけど、これは特別に『核異性体転移(isomeric transition, IT)』と呼ばれるわ。」

七海「でもお姉ちゃん、壊変図式には『IT 100 %』って書いてあるけど、γ線の放出割合は『85.1%』しかないよ?」

五十鈴「それは『内部転換』のせいね。γ線が放出される場合では、たまにγ線じゃなくて軌道電子が出てくることがあるのよ。」

七海「また特性X線とオージェ電子みたいな話出てきた…」

五十鈴「それと同じで、γ線放出と内部転換は競合過程よ。」

五十鈴「それから内部転換電子も、γ線として出るはずだったエネルギーを受け取って出てくるからエネルギーは線スペクトルだけど、γ線エネルギーと等しくはならないわ。」

七海「オージェ電子のときみたく、電子の束縛エネルギー分だけ小さくなる?」

五十鈴「ご名答。」

E_e=E_\gamma-E_b
Ee:内部転換電子のエネルギー
Eγ:(放出されるはずだった)ガンマ線のエネルギー
Eb:軌道電子の束縛エネルギー

五十鈴「あと、内部転換電子の放出数neとγ線の放出数nγの比を『内部転換係数』と言って、"α"で表すわ。」


五十鈴「内部転換も、競合過程よ。つまり1回の壊変ではγ線放出か内部転換どちらかしか起こらないわ。」

五十鈴「あと、核種の原子番号が大きいほど起こりやすいことと、外側より内側の軌道電子ほど放出されやすいことも覚えておいてね。」

七海「内側の軌道電子が放出されるってことは、その後に特性X線が放出されるよね?オージェ電子かもしれないけど…」

五十鈴「よく気付いたわね。競合に次ぐ競合でややこしいけど、その辺の話も試験では頻出よ。」


自発核分裂


七海「核分裂っていうのは原子力発電で使うやつだね。」

五十鈴「そうね。アレはウラン235に中性子を当てることで分裂させるんだけど、何も当てなくても勝手に核分裂する奴がたまにいるのよ。カリホルニウム252252Cf)がその代表よ。」

七海「その人は原子核が大きくなりすぎて、もういっそのこと割れちゃったほうが安定になるってことだね?」

五十鈴「そんな感じ。まあ実際、α壊変のほうが主要ではあるんだけどね。252Cfの自発核分裂の割合は大体3 %。ちょうどクラスに1人いるぐらいの確率よ。小学校の時そういう男子いなかった?」

七海「いないよ!どこの世界に勝手に割れる人がいるの!」

五十鈴「やあねえ、割れる人なんて言うつもりはないわよ。やたら騒ぐ奴のことを例えて言っただけよ。ちなみに238Uや240Puなんかも確率は小さいけど自発核分裂するわ。」

五十鈴「自発核分裂でも中性子が出るから、カリホルニウム252は中性子源として使われるわ。」
最終更新:2018年06月12日 21:57