携帯小説とは、携帯電話で書かれた小説、あるいは携帯電話のディスプレイで読むことを前提に書かれた小説のこと。むしろ「ケータイ小説」であり、携帯して持ち歩くことの出来る小説では決してない。
古くはYoshiの「Deep Love」に始まり、最近では「恋空」、「赤い糸」などが書籍化あるいは映画化されてヒットしたことにより、一般的な知名度が増した。
主な読者層はは小・中学生の女子であると言われ、携帯電話で手軽に読めるということで広がりつつある。
基本的に、携帯小説の作者は殆どが素人である。少なくとも、「携帯小説を書いて企業から金銭を受け取るプロ」というパターンは、ほぼない。
あるとすれば、素人として書いたものが企業の目に留まり書籍化してプロ作家の列に加わる、既にプロとして活動している作家が何らかの企画で携帯小説も執筆する、といったパターンだろう。「書籍化されない携帯小説のみを書いてそれで収入を得ているプロ作家」というのはまず考えられないと見ていいだろう。
ただし、時代と世間の事情は移ろいゆくもの。
新しい小説のメディアとして注目され、携帯小説の新人賞などの公募もあるので、ライトノベルとの境界はあいまいなところである。
携帯小説の内容的特徴(俗説)
携帯小説は、多くの場合がラブストーリーであり、最後はヒロインが死ぬというお決まりのパターンでの感動を狙った物が多いと言われている。また、ミステリには「導入時にはまず死体を転がせ」という金言があるが、携帯小説は「導入時にはまず孕ませろ」とでも言うべき、セックスやレイプを題材にする傾向があると言われている。それら素人作品は多くの場合、作者が扱いきれず内容が薄かったり矛盾したものになって、信者以外は首を捻る結果になってはいる。それは感動ではなくて同情だ。
勿論、単一のジャンルのみが携帯小説として執筆されているわけではないが、読者層や知名度の高いメジャーな作品は、それらラブストーリーが多いのが携帯小説の現状と言えるだろう。
ちなみに、二番目に多いジャンルはホラーらしい。
ラ研での評価
擬音が多い、基本的な文章作法ができていない、という理由で携帯小説を毛嫌いしている者がいる一方で、それらは携帯の僅かしか文字を表示できないディスプレイのための工夫の一環であるとして容認する者もいる。
結局は好みの問題なのだが、対立する意見に対して苛烈な行動に出る者も多く、時に、
携帯小説は小説か否か論争が起きたりもする。
鍛練投稿室に携帯小説を投稿することは、特に禁止されていることではない。
ただしそれは作者の都合であって、読者がそれを考慮した評価を下すわけではない。
「携帯小説として書きました。文章作法を守ってないところもありますが、それは携帯小説用なので評価には含めないでください」と言われたところで、読者にとってはその作品が面白いか面白くないかである。
その面白いか面白くないかの判断には、当然「読みやすいか否か」も判断基準とされる。作者一人だけの勝手な都合を押し付けられても、読者がそれをよしとするいわれはない。
実際にそういう甘えた態度をとった作品が投稿された場合は、「基本的な作法を守れ」「擬音が多い」「第一、第二研究所を読んで出直せ」という初心者に対するお決まりの感想が大量に寄せられることになるだろう。
例えば2009年春、
魔人というユーザーが携帯小説を投稿し、
春厨が沸く時期と言うことも手伝って、合計-300点、平均-25点という
逆高得点入り?を果たすことになった。
携帯小説を書きたいなら、携帯小説を扱う専門のサイトを利用すればよいのに、何故ラ研を利用するのか?
いや、利用すること自体はいいとして、それがラ研に受け入れられる作品だと自信を持って臨んでいるのだろうか? 周囲の作品と自分の作品を比べたりはしないのだろうか?
携帯小説そのものの是非ではなく、それを「ラ研に投稿する」という行為によって、作者の意識が低いとみなされる傾向がある。
2009年現在、携帯小説そのものに対する個々人の好みはそれぞれあるとしても、「携帯小説をラ研に投稿すること」には否定的な空気が強い。
時代と世間の事情は移ろいゆくものであるが、現状を認識しておくことは大切である。
他ジャンルにおいての携帯小説の位置づけ
携帯で書いた小説を純文学の新人賞に応募して受賞した人もいる。
(↑すばる文学賞受賞作『灰色猫のフィルム』天埜裕文)
携帯で書いた小説を中間文学の新人賞に応募して受賞した人もいる。
(↑野性時代青春文学大賞受賞作『りはめより100倍恐ろしい』木堂椎)
しかしあくまでこれらは携帯で書かれたからといって「携帯小説」にはならず、前者なら「純文学」となり、後者なら「中間文学」として認知されているのが現状である。
そのため、「携帯で書かれた小説」=「携帯小説」という判断すらも流動的なものでもあり、確定していない。
つまり、携帯小説とそのほかの小説の境界はあやふやため、何を持って携帯小説を定義するかなどという判断は、あくまで出版する者のジャンル意識につよく依存するものと思われる。
最終更新:2011年12月09日 12:51