第5話 想い
ベルクさんと部屋に戻ろうとしていると、ヌアージュさんの部屋から誰かが飛び出して行った。
その後を追う様にして、ヌアージュさんが出て行った。
ヌ「こら、逃げるなッ!」
…どうしたんだろう?
べ「沙羅さん、最初に飛び出して行ったのはゼノさんでは?」
沙「え?…でも女性ソーサラー装備をしてたけど?」
べ「ゼノさんにそのような趣味があるのか、それともヌアージュさんに無理やり着せられたのか、
これは調査する必要がありますね!」
相手がヌアージュさんだから、…どちらかというと後者の方が納得がいくけど。
沙「と、とにかく追いかけましょう。」
少し廊下を進むと、見事にゼノ君がヌアージュさんに捕まっていた。
ゼ「は、放してください、このままじゃお婿に行けなくなりますッ!」
エウディプ装備に身を包んだゼノ君が、ヌアージュさんから逃げようと頑張っている。
沙「ヌアージュさん、何してるんですか?」
私が話しかけると、ヌアージュさんは笑顔で私達の方に向いてきた。
ヌ「何って、ゼノちゃんがあんまりにも可愛いから、女の子の服を着せてるのよ。」
そう言って、ゼノ君の姿がよく見えるように無理やりこちらに向かせた。
ゼノ君が男の子という事を忘れると、普通の女の子に見えてしまう。
しかも、背も私とあまり変わらないから尚更だね。
そうこうしている内に、ゼノ君が泣き出してしまった。
ゼ「うぅ…、僕……もうお婿にいけない。」
その場に泣き崩れたゼノ君を見ながら、ヌアージュさんは恍惚とした笑みを浮かべた。
沙「ヌアージュさん、いくらなんでも酷過ぎですよ!ゼノ君だって男の子なんですよ?!」
この騒ぎを聞きつけたのか、ニッシンさんがやってきた。
二「騒がしいな、何かあったのか?」
ニッシンさんが泣いてるゼノ君を見るなり、ヌアージュさんに向かって驚くべき事を口にした。
・ ・ ・
二「お前な、小さい女の子を泣かせるなよ。可哀想じゃないか。」
やっぱりニッシンさんも、ゼノ君が女の子に見えるらしい。
ニッシンさんの言った言葉がゼノ君にも聞こえたらしく、ゼノ君が泣きながら走り去っていった。
ヌ「あーあ、可哀想に。」
二「可哀想にってお前な、泣かせたのはお前じゃないか!」
ヌ「でも、止めを刺したのはニッシンだよ!」
事情を知っている私達には苦笑いするしかなかった。
しかし、このままゼノ君を放って置くわけにもいかず、私達はゼノ君を追いかけた。
ゼノ君の部屋の前まで着いて、扉をノックすると、ゼノ君が怯えた声で返事をしてきた。
ゼ「もう勘弁してくださいよ!これ以上されると僕、本当にお婿に行けなくなっちゃいますよ?!」
沙「私だけど、入って良いかな?」
ゼ「…沙羅?ちょ、ちょっと待って。」
少しの間ドタバタとしていたかと思うと、男スカウトの装備に戻ったゼノ君が扉を開けた。
ゼ「ごめん、もう良いよ。」
ベルクさんと部屋の中に入ると、先ほどのエウディプ一式が散らばっていた。
ベルクさんがそれを畳んでまとめた。
沙「それにしても、どうしてあんな格好をしてたの?」
すると、ゼノ君が思い出したくも無いっといった感じの顔をした。
ゼ「昼食を済ませて部屋に戻ろうとしたら、突然ヌアージュさんに拉致されたんだよ。
そして…、無理やり服を着せ替えられたんだよ。」
沙「それは…災難だったね。
そうだゼノ君、明日の朝からスモーキーさんと一緒に訓練するんだけど、
一緒にどうかな?」
ゼノ君は、さも嫌そうな顔をした。
ゼ「あの人は何を考えてるのか分からないよ。
新米の僕達を、いきなり戦わせる意味が分からない。」
沙「それは私も同感だけど、スモーキーさんにも何か考えがあったんだと思うよ。」
ゼ「とにかく、僕はもうあの人とは関わりたくないよ。」
幾ら説得しても、ゼノ君は頭を縦に振らなかった。
すると、おもむろにベルクさんが一枚の写真を取り出した。
その写真には、ゼノ君のエウディプ姿が綺麗に写っていた。
べ「それじゃ、この写真をばら撒かれるのと、
私達と一緒に訓練をするの、どちらが良いですか?」
ベルクさん、何時の間に写真なんて撮ったの?
しかしその写真のおかげかは分からないが、ゼノ君がしぶしぶ訓練する事を了承した。
私も寝顔とか撮られてたり……まさかね。
その日は明日の訓練に備えて、早めに眠る事にした。
目覚まし時計のアラームの音で、私達は目を覚ました。
外を見ても、まだ日も出ていなかった。
そうだ、今日からスモーキーさんと訓練するんだったね!
準備をして、私とベルクさんはスモーキーさんの部屋に向かった。
一人での外出が禁じられている為、誰かが行かないと部屋を出れないからだ。
スモーキーさんの部屋に向かう途中で、ゼノ君と合流した。
そして、スモーキーさんの部屋に着いたが、監視員が居ないのに気付いた。
やっぱり朝とかは監視しないのかな?
そう思って扉をノックしてみたが、中から返事が無かった。
すると、ベルクさんが床に落ちている紙を拾い上げた。
べ「この紙は何でしょうか?伝言みたいですけども。」
その紙には、「宿舎前の広場に居る。お前達も早く来い。」と書いてあった。
私達は宿舎前の広場に向かった。
広場に着くと、スモーキーさんは誰かと組み手をしているようだった。
まるで舞でもしているかの様な組み手に、私達は魅せられた。
しかし、スモーキーさんは私達に気付いたのか、組み手を中断してこちらに近づいてきた。
ス「いよう、ちゃんと時間通りに起きて来たみたいだな。」
沙「お、おはようございます。」
ゼ「凄いですね。あんな組み手、初めて見ましたよ!」
べ「教官達の組み手に、私達は魅了されましたよ。ところで、あの方は何方ですか?」
ベルクさんがスモーキーさんと組み手をしていた人を指して言った。
あれだけ見事な組み手をする人……私も気になるな。
するとスモーキーさんと組み手をしていた人が、見覚えのある兜を被った。
あれって……、張文遠さん?!
張「む?朝から修練とは活気のある新兵達だ、関心いたす。
それではスモー、俺はこれにて。」
ス「おう、良い気分転換になったぜ。サンキューな。」
張文遠さんは、手を振りながら宿舎に入っていった。
それを確認すると、スモーキーさんは私達を広場の中央にある木に連れて行った。
沙「今日は何をするんですか?」
スモーキーさんは木の根元に座り、まるで座禅の様な姿勢になった。
ス「今日は精神統一だ。お前達もなりたい自分を想像しながら精神統一をするんだ。」
まず最初に、ベルクさんが座った。
べ「私は、自分の魔法力を上手くコントロールできるようになりたいです。」
次にゼノ君が座った。
ゼ「僕は、どんなに動く的でも射る事ができるようになりたい。」
皆なりたい自分を想像している様だ。
私がなりたい自分……、これしかないよね。
なりたい自分を決め、私も座った。
沙「私は、貴方のようなウォリアーになりたいんです!」
スモーキーさんの様に強く、人を守れるウォリアーになりたい。
しばらくの間沈黙していたかと思うと、スモーキーさんが立ち上がった。
ス「よし、まずはゼノからだ。」
ゼ「はい?」
スモーキーさんが、遠くにある的を指差した。
その的は木の枝に吊るされているらしく、風が吹くとまるで生きているかの様に動いた。
ス「あの的を射って見ろ。もちろん、お前のなりたいイメージを想像しながらだ。」
ゼノ君が弓を構えて、矢を放った。
すると見事真ん中とまでは行かなかったが、動いている的に当てる事ができた。
ゼ「あ…当たった?今まで頑張っても当たらなかったのに?!」
ス「次はベルク、あの的に魔法を放ってみろ。ゼノ同様、なりたい自分を想像しながらだ。」
今度は5mくらい離れた的を指差した。
べ「あの的を貫け!ライトニング・スピアッ!」
槍の形をした雷が、ベルクさんの杖の先から的目掛けて飛んでいった。
そして、見事的の真ん中に命中した。
ベルクさんは、信じられないといった感じの顔をした。
ゼノ君にベルクさんと来たから…、次は私かな?
そう思っていたが、スモーキーさんから声はかからなかった。
沙「あれ?スモーキーさん、私には無いんですか?」
すると、スモーキーさんは怪訝な顔をした。
ス「え?お前って何か苦手だったっけ?」
ゼノ君は動いてる的が射れない、ベルクさんは魔法のコントロールができないだったね。
私は……無いのかな?
自分でも考えてみたが、ウォリアーとしての経験が少ないので、答えは出て来なかった。
沙「私はまだ実戦経験も無いから、よく分からないです。
でも、昨日戦った人形を倒せるくらいにはな」
ス「無理だ。」
私の言葉を、スモーキーさんが遮った。
…無理?
ス「あの人形は、今のお前達では倒せない。」
沙「確かに力の差は明確でした。今は無理でも、何時かは倒せるようになります!」
すると、スモーキーさんが鋭い眼光で私を見た。
ス「俺が何故あの人形をお前達と戦わせたと思う?」
沙「そ、それは、私には分からないです。」
ス「あの人形の強さが、俺の考える一人前の兵士の強さだからだ。
1年やそこら指導されたからって、到底埋められる差ではない。
これで分かっただろう、新兵とベテランの差が。
…さてと、空も明るくなったし、今日の所はこれまでだ。」
気付くと空は明るくなっており、朝の訓練は終了した。
部屋に戻る時の私の頭の中は、先ほどの会話でいっぱいだった。
…あれが、私の目指している一人前の兵士の実力?
力もさることながら、どのような状況でも冷静な判断を下していた。
これが…、新兵とベテランの差。
私は、より一層努力しようと決意した。
いつか、あの人形を倒せる様になる為に。
最終更新:2008年04月02日 14:12