たぶん素敵妄想集(爆@ ウィキ
4.温度
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rm96
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生ぬるい風。
銀色の月は藍色の空の中、木の葉の影に消えては浮かび、浮かんでは消え…。
銀色の月は藍色の空の中、木の葉の影に消えては浮かび、浮かんでは消え…。
ふと足元を掬うような風にふわりと黒いドレスの裾が舞った。
水面をすうっと波打たせ、泉に映るミキの顔が歪んでは波立つ。
ただその様をぼんやりと眺めながら、両腕で華奢な体を抱いていまだ離れないぬくもりを思い出す。
水面をすうっと波打たせ、泉に映るミキの顔が歪んでは波立つ。
ただその様をぼんやりと眺めながら、両腕で華奢な体を抱いていまだ離れないぬくもりを思い出す。
激しく、狂おしく。
指先に、唇に。
簡単に翻弄されて熱く燃えた身体。
堕ちて溶けていく理性。
簡単に翻弄されて熱く燃えた身体。
堕ちて溶けていく理性。
風が泉に複雑な波紋を描き出す。
「…」
振り向くと、リカが風に揺れる髪を押さえるように掻き揚げて立っていた。
静かに微笑むリカにぎこちない微笑を返すと、ミキは何も言わずにそばに歩み寄って抱きしめた。
静かに微笑むリカにぎこちない微笑を返すと、ミキは何も言わずにそばに歩み寄って抱きしめた。
「…」
リカの腕が抱きとめるように柔らかくミキを包む。
ミキは首筋に顔をうずめると、目を閉じた。
ミキは首筋に顔をうずめると、目を閉じた。
さらさらと森が囁く。
月はそっと二人の影を青い草の茂った地面に落とし、辺りを青白く染め上げる。
ドレスの裾が風に舞い、白と黒がゆらゆらと交錯する。
月はそっと二人の影を青い草の茂った地面に落とし、辺りを青白く染め上げる。
ドレスの裾が風に舞い、白と黒がゆらゆらと交錯する。
細い体は抱きしめてもただ冷たいだけ。
それでもひどく安心して、心が満たされていくのをミキは感じていた。
それでもひどく安心して、心が満たされていくのをミキは感じていた。
「あたたかい…」
ふいにリカが呟いた。
包むように回っていた腕に力がこもった。
包むように回っていた腕に力がこもった。
「生きてるから」
答えて、ミキは顔を上げると少しだけ体を離した。
「それは、あんただって同じだろ?」
「…」
返ってきたのは沈黙とどこかあきらめに似た笑顔。
ミキはすうっと手を滑らせると、胸の真ん中に置いた。
「動いてる。だから、死んでない。違うか?」
まっすぐに見つめたが、ふと逸らされた。
「違わない。でも…私は、眠れない」
「…」
じっと言葉を待つ真剣な瞳のあたたかさに小さく微笑んで、リカは胸の置かれたミキの手を取って包むように握ると、そっと目を閉じた。
「眠れない…」
そして、手が離れて、舞うようにくるりと背中を向けるリカの動きをスローモーションのように感じながら、ミキはただ見つめていた。
白いドレスに身を包んだ華奢な体がやけにはかなく感じて、ふっとミキの手に風がリカの手の冷たさを呼び覚ました。
暗闇の中に消える前に。
力強く蹴りだした右足が草をちぎって高く舞い上げる。
消えてしまいそうな背中を後ろから抱きしめて、強く強く引き寄せた。
「ミキ…!?」
リカを腕の中に閉じ込めると、ありったけの力を込めて抱きしめた。
「もう…いい」
何も言わないで。呟きは掠れて、ひどく切ない色をしてリカの耳を打つ。
リカはそっと腕に手を置いてやんわりと解くと、さびしげに微笑んで、額に口付けた。
「…」
返ってきたのは沈黙とどこかあきらめに似た笑顔。
ミキはすうっと手を滑らせると、胸の真ん中に置いた。
「動いてる。だから、死んでない。違うか?」
まっすぐに見つめたが、ふと逸らされた。
「違わない。でも…私は、眠れない」
「…」
じっと言葉を待つ真剣な瞳のあたたかさに小さく微笑んで、リカは胸の置かれたミキの手を取って包むように握ると、そっと目を閉じた。
「眠れない…」
そして、手が離れて、舞うようにくるりと背中を向けるリカの動きをスローモーションのように感じながら、ミキはただ見つめていた。
白いドレスに身を包んだ華奢な体がやけにはかなく感じて、ふっとミキの手に風がリカの手の冷たさを呼び覚ました。
暗闇の中に消える前に。
力強く蹴りだした右足が草をちぎって高く舞い上げる。
消えてしまいそうな背中を後ろから抱きしめて、強く強く引き寄せた。
「ミキ…!?」
リカを腕の中に閉じ込めると、ありったけの力を込めて抱きしめた。
「もう…いい」
何も言わないで。呟きは掠れて、ひどく切ない色をしてリカの耳を打つ。
リカはそっと腕に手を置いてやんわりと解くと、さびしげに微笑んで、額に口付けた。
銀色の月が風に揺れる木の枝に隠れてゆらりと陰が舞い降りた。
「リカ…」
胸を締め付けるほどのさびしげな笑顔は、しかしあまりにも美しくミキの心に入り込んで、もう、何も出来なかった。
見つめる暗闇の向こうに消えたリカ。
追いかけることも出来ず、ただ立ち尽くすミキ。
見つめる暗闇の向こうに消えたリカ。
追いかけることも出来ず、ただ立ち尽くすミキ。
ゆらりゆらりと月の光が揺れて、森はざわざわと相変わらずささやき続けていた。
*
森がささやきをやめた。
空気の流れが緩やかになったのに気づいて、ミキはようやく我に返ったように思えた。
小さな後姿はさびしげで、しかし美しく、凛としているようにさえ思えてまぶたから離れない。
幻影を追うのをやめると、風がやみ、まるで鏡のように水面に月を浮かべた泉へと体を向けなおした。
小さな後姿はさびしげで、しかし美しく、凛としているようにさえ思えてまぶたから離れない。
幻影を追うのをやめると、風がやみ、まるで鏡のように水面に月を浮かべた泉へと体を向けなおした。
『狼さん』
声は隣からした。
顔だけを向けると、アンがにこにこと笑っていた。
顔だけを向けると、アンがにこにこと笑っていた。
『どしたの? 元気ない』
「…」
『…こわっ』
「…」
『…こわっ』
ただでさえ鋭い眼光が睨んでいるように思えたのだろう。アンはわざとらしく体を抱いて肩をすくめた。
「ねぇ」
『ん?』
「眠れないとか眠れるとか……どういうこと?」
『ん?』
「眠れないとか眠れるとか……どういうこと?」
それまで笑っていたアンの瞳に温度が宿る。
どこ笑っていないような冷たさがゆるやかに熱を帯びて、ぬくもりに満たされているはずのまなざしはひどくさびしげにミキは感じた。
どこ笑っていないような冷たさがゆるやかに熱を帯びて、ぬくもりに満たされているはずのまなざしはひどくさびしげにミキは感じた。
「あんたもリカも眠れるとか眠れないっていう。なんなの?」
『わかんないの?』
「……」
口を開きかけて、しかしすぐに固く一文字に結ばれた唇。
『そっか』
アンは呟くと、大きくうなずくようなしぐさを見せた。
『わかんないの?』
「……」
口を開きかけて、しかしすぐに固く一文字に結ばれた唇。
『そっか』
アンは呟くと、大きくうなずくようなしぐさを見せた。
『むかしむかしの物語。
あるところにね、太陽の王子様がいたの。
やさしくて強くてかっこよくて素敵な王子様 』
やさしくて強くてかっこよくて素敵な王子様 』
「…? なんの話だ?」
『いいの。最後まで聞いて。
『いいの。最後まで聞いて。
でね、ある日、戦争で大きな怪我をした王子様は、逃げてる途中で敵に見つかってしまった。
傷からはだらだら血が流れて、目の前はかすんで、おまけに夜だから自分がどこにいるのかわからなくなってきて…。
傷からはだらだら血が流れて、目の前はかすんで、おまけに夜だから自分がどこにいるのかわからなくなってきて…。
もう殺される!
そんな時、王子様の目の前に現れた白い影。
敵かぁ!
ところが、聞こえたのはけたたましい敵の兵隊達の断末魔の声。
敵かぁ!
ところが、聞こえたのはけたたましい敵の兵隊達の断末魔の声。
かすむ目でがんばって見てみたら、白い影、女の人が兵隊たちをぎったぎたにしてるじゃぁないですかぁ。
白いドレスは血で汚れて、あぁ…今度は自分だ。
そう思ったら、女の人はやさしーく王子様を抱きしめて… 』
白いドレスは血で汚れて、あぁ…今度は自分だ。
そう思ったら、女の人はやさしーく王子様を抱きしめて… 』
「…」
『白いドレスの女は闇の世界のお姫様。
それでも二人はたちまち恋に落ちて、強く強く愛し合うのです。
しかし… 』
アンが険しい表情を作る。
「…しかし?」
『王子様は眠れる人なのです』
「…」
黙って聞いていたミキの表情が途端に険しくなる。
しかし、そんなことも意に介すようすもなく、アンはニカッと笑った。
『王子様は人の子。しかし、闇のお姫様は魔の属性の者…』
「…ぁっ」
『所詮死に行く定めの者。二人の想いは叶わない』
「…」
『王子様は言いました。
「…しかし?」
『王子様は眠れる人なのです』
「…」
黙って聞いていたミキの表情が途端に険しくなる。
しかし、そんなことも意に介すようすもなく、アンはニカッと笑った。
『王子様は人の子。しかし、闇のお姫様は魔の属性の者…』
「…ぁっ」
『所詮死に行く定めの者。二人の想いは叶わない』
「…」
『王子様は言いました。
『どうか私の血を飲んでほしい』
でもお姫様はこういうのです。
『それでは…あなたがあなたでなくなってしまう』
どんなにどんなに深く強く愛しても、お姫様は王子様の血を飲むことはしませんでした。 』
「…」
『あきらめきれない気持ちを残したまま、二人は別れるのです。
なぜならまだ王子様の国は戦争をしていたから。
王子様は自分の国に帰らなければいけないのです。
なぜならまだ王子様の国は戦争をしていたから。
王子様は自分の国に帰らなければいけないのです。
国の人たちにとても愛されていた王子様。
みんなが自分の帰りを待ってくれているはず……。
みんなが自分の帰りを待ってくれているはず……。
お姫様は太陽の光の下に出れば焼けて消えてしまうから連れ出すことも出来ません。
それから二人は二度と会うことはありませんでした。
いつしか時は経ち、王子様は天に召され、お姫様は……ね。ぅん 』
「…」
『わかった?』
「…」
言葉にも態度にも出さなかったが、険しいままの表情が理解したことをアンに伝えていた。
いつしか時は経ち、王子様は天に召され、お姫様は……ね。ぅん 』
「…」
『わかった?』
「…」
言葉にも態度にも出さなかったが、険しいままの表情が理解したことをアンに伝えていた。
ひゅうと風が泣き、また森が騒ぎ出す。
ミキはただじっと、泉に風が描き出す波紋を眺めていた。
ミキはただじっと、泉に風が描き出す波紋を眺めていた。
*
「リカ」
小屋の扉の前で座ってたノンは立ち上がると、駆け寄って飛びつくように抱きついた。
「ノン?」
息苦しいほど強く抱きしめるノン。
リカはそっと頭を撫でてやると、包み込むように抱きしめた。
「どうしたの?」
「…」
抱きついたまま首を振ると、小さなため息をついてようやく顔を上げた。
「リカ」
あまりに真剣な瞳にリカが少し戸惑う。
「リカ。まだ…忘れられないの?」
「…」
「かわいそう…だよ」
「…」
髪をなで続けていたリカの手が止まる。
ノンはそっと離れると、リカの小さな手を取って繋いだ。
「ノン…すきだよ。アイツのこと」
うつむいたままぼそりと呟くと、すっと離れた手。
リカはうつむいたままのノンの頭にポンと手を乗っけた。
「リカ?」
顔をあげて目に入ってきたのはリカの柔らかい笑顔。
どちらにとっていいのかわからないほどに穏やかで、ノンはしばし見とれた。
「ほら。ゴハンにしましょう」
くしゃっと髪をなでると、
「呼んできて?」
笑顔に促され、ノンはコクリとうなずいた。
アンの気配のそばにオオカミの気配も感じる。
ノンはくるりと身を翻すと、目の前の薄闇の中へと走っていった。
「ノン?」
息苦しいほど強く抱きしめるノン。
リカはそっと頭を撫でてやると、包み込むように抱きしめた。
「どうしたの?」
「…」
抱きついたまま首を振ると、小さなため息をついてようやく顔を上げた。
「リカ」
あまりに真剣な瞳にリカが少し戸惑う。
「リカ。まだ…忘れられないの?」
「…」
「かわいそう…だよ」
「…」
髪をなで続けていたリカの手が止まる。
ノンはそっと離れると、リカの小さな手を取って繋いだ。
「ノン…すきだよ。アイツのこと」
うつむいたままぼそりと呟くと、すっと離れた手。
リカはうつむいたままのノンの頭にポンと手を乗っけた。
「リカ?」
顔をあげて目に入ってきたのはリカの柔らかい笑顔。
どちらにとっていいのかわからないほどに穏やかで、ノンはしばし見とれた。
「ほら。ゴハンにしましょう」
くしゃっと髪をなでると、
「呼んできて?」
笑顔に促され、ノンはコクリとうなずいた。
アンの気配のそばにオオカミの気配も感じる。
ノンはくるりと身を翻すと、目の前の薄闇の中へと走っていった。
ひゅうと風がなく。
白いドレスの裾がひらりと踊った。
白いドレスの裾がひらりと踊った。
リカはしばらく闇を見つめていたが、小屋に向かって歩き出した。
バタンと扉が閉まる。
「ふふ…。素直じゃないわね」
高い高い木の枝に腰を下ろし、楽しげに見つめていた女神は呆れたように笑って呟いた。
(2005.9.11-2005.9.17)