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  • 7.願い

たぶん素敵妄想集(爆@ ウィキ

7.願い

最終更新:2009年09月27日 18:03

rm96

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管理者のみ編集可
 ランプの明かりが消えて、辺りは闇。
 感じるのは背中に感じるどこかひやりとした肌の気配。
 背中合わせに横になるリカとミキ。
 見つめる先、そこも闇。

『あの子はね。血の海の中で泣いていたの』

 涼しげに微笑んでそう女神は言った。

『汚い人間どもに殺された家族の亡骸の真ん中で』

 助けたのは、狼の印が刻まれた銀色の刃を持つ狩人。

『もうずっとずっと昔のこと…』
『そいつは…?』
 顔も見ずに問いかけるミキにやわらかくもどこか冷めた視線を投げた。
『死んだわ。仲間に殺されて』
『…』
『傷だらけの狼があの子を抱きかかえてこの森に迷い込んできたの』

 息も絶え絶えに、それでも泣きじゃくる幼い少女をしっかりと抱き抱える狼。
 恐怖と不安で暗く沈んだ少女の瞳。
 女神に少女を託すと、狼は息を引き取った。

『ほら』

 女神の指差す先。白い花畑の中に十字の石。

『…』
『不思議ね』

 楽しそうに目を細めて女神は笑った。

 ミキは寝返りを打った。
 ベッドが小さな悲鳴を上げる。

『王子様がこの森を発つ時、あの子は一振りの剣を渡したの。銀色の綺麗な剣』
『…!』
『狼の剣』

 女神はクスクスと笑った。

『狼の剣は狼のもの。王子様の手から巡り巡って…』
『…』
『不思議ね』

 ミキはそっと腕を伸ばすと、リカを抱きしめた。
 強張る体を押さえつけるように腕に力を込める。

『あの子はね。ずっとひとりぼっちなの』

 誰かを愛しても皆朽ちていく。

 死に行くものには永遠の愛でも、あの子にとっては刹那に過ぎない。

 でも、永遠の愛ってなんなのかしら?

 私にもわからない。

『ただ時間の流れの中に生きているだけ』

 この森を出ることも出来ず、眠りに付くことも出来ず…。

 ミキは腕を解いて身体を起こすと、リカの肩を押して仰向けにさせると上に覆いかぶさった。
 閉じられていたまぶたがゆっくりと開かれ、うつろな瞳がミキを映す。
「怖いか?」
「…別に」
 それはある意味予想通りの答え。ミキは小さく笑って、呟くように言った。
「あたしは…怖い」
「怖い? あなたが?」
「失うのが…」
「…」
「あんたを失うのが……怖い。同じだろ?」
「同じ?」
「あんただって失うのが怖いから恐れる。その相手があたしじゃなかったしても…。違うか?」
「違う。私は…」
 その続きは言わせない。ミキは口付けて言葉を喉の奥へと押しやる。
 逃れようと逃げれば追いかけて、口付けは激しさを増す。
 ようやくリカが逃げることをあきらめると、ミキは唇を開放した。
「あたしはいつか消える。だから…今あるものを失うのが怖い。あんたはずっとここに残り続ける。愛したものもいつかは消えることを恐れる…。少しも違うことなんてない」
 リカが視線を逸らす。
 ミキは肩を掴んでいた手をそっとリカの頬に置いた。
「あたしは…あんたに助けてもらった。礼がしたい。あんたが望むなら…あたしはあんたのものになったっていい」
「私の…もの?」
「あぁ。あんたがほしいと思うのなら、あたしをくれてやる」
 穏やかだが真剣な瞳にウソは見当たらない。
 リカはそっと手を伸ばしてミキの首筋に触れた。細い指先に伝わる力強い脈動。そして人肌の温かさ。
「わかってるの?」
「…」
 ミキは首筋に触れているリカの手を取ると、手の甲に口付けた。
「あんたがあたしの飼い主になればいい。そういうことだ」
「けどっ!」
「あたしは…ずっと一人だった。もう何かを失うのは嫌…」
「…」
「あたしがあんたのものになれば…叶うことだろ?」
「…」

 吸血鬼に血を与えた者は奴隷として永久の命を得る。
 しかしそれは隷属者としての新たな命。
 主が求める時に血を与え、手足のごとく働き、必要がなくなれば捨てられる。

 そこに人格などどれほど必要なものか。

「あんたが…すきだ」

 囁くように呟くように。
 零れ落ちた言葉がリカの胸の打つ。
 ミキはリカの首筋にやわらかく噛み付いた。

 二人の重み受けてベッドが鳴き声を上げる。

 闇の中に微かに響く甘い嬌声。
 熱い吐息。
 熱を帯びた二つの身体。

 見渡す先。そこも闇。
 ただ二人のぬくもりと息遣いだけが確かなものだった。

     *

 ゆらゆらと漂っていた夢から覚めたら、そこは真っ暗な闇。
 体を覆うシーツのやわらかな温もり。
 隣にあると思っていた人肌のぬくもりはシーツから消えていた。
「…」
 体が覚えている熱と感触。

 熱く火照った肌を丁寧に癒すように舐める舌。
 愛することになれていない、どこかぎこちない指先。

 甘い言葉も何もない。
 けれど、その指先が舌が唇がリカの肌を通して真っ直ぐに思いを伝えた。
 闇の中でもはっきりとわかるほどに、その表情までも…。

「…」

 体に残る甘い気だるさ。
 リカは髪を掻き揚げると、天井を仰いだ。

     *

 白い十字架は小さな白い花に囲まれて佇んでいる。
 ミキは黙祷を捧げると、月の明かりを受ける十字架に呟くように語り掛けた。
「あんたが呼んだのか…」
 それに答えたのはひゅうと唸った蒼い風。

 白い花びらが舞う。

 振り向くと、リカが寂しげな瞳をして見つめていた。
 視線の先は白い十字架。
「すまない…って」
 弱い風にすら流れて消え入りそうなリカの声。
「血を……血を吸えば…あたしがそうすれば…死なずに済んだの」
「…」
 白い十字架はただそこで二人の少女を見つめている。

 頬を包んだ大きな暖かい手。
 自分を助け出し、ずっと守ってくれていた手から次第に失われていく温度。

 それは狩人としての誇り?
 ハンターが獲物に情けを掛けられることの屈辱。
 それとも人として?
 限りがあるからこそ、命はより強く、気高く輝くのだろう。

「出来なかった…。思いも付かなかった」
「拒んださ。たとえあんたがそうしようとしても」
 思いも寄らなかった言葉にリカはうつ向き気味だった顔を上げてミキを見た。
「狩人の誇り。そしてあんたへの思い」
「あたしへの?」
 ミキは頷いた。
「あんたはやさしい。だからさ」
「…」
「すきだから…できなかったんだろ」

 吸血鬼が血を得るということは相手のすべてを奪うこと。
 命も、人格も、何かもを…。

 ミキはまた十字架に視線を戻した。
「覚悟くらい…決めてたはず」

 ハンターが獲物といる。
 懐いていても獲物はいつ牙をむくかもわからない。
 同業者は敵と変わる。

「あたしもさ…」
 呟いたミキの横顔は穏やかに微笑んでいる。
 どこかで見たような強さを感じる笑顔。
 遠い遠い時間の向こう。けれど、今も忘れることの出来ない笑顔の面影。
 リカはミキの隣に来ると、まっすぐに見つめて言った。
「お願いがあるの」
「お願い?」
「そう。お礼がしたいって…言ってたわよね」
 笑顔からわずかだけ穏やかさを消して真剣さを増した表情でミキが頷いて返す。
「あなたじゃないと…できないこと」
 リカは寂しげな瞳をしたままやわらかい微笑を浮かべた。

     *

 狼は呟いた。
 叶えたくない願いだった…と。

 願いが何かは言わなかったし、聞こうとも思わなかった。
 表情もわからなかったけど、切なさとか痛みとか苦しみは嫌ってほど伝わってきた。
 狂いそうになるほどの感情。

 “狂ったのさ”

 そう言って狼は呆れたように笑った。
 わからない。
 不思議と体が動いて、狼を抱きしめた。

 自分と同じ姿とはいえ、あまりにも華奢な体。
 強がる横顔。
 頬をつっと舐められて、泣いている事に気づいた。

 “バカだな”

 あんたが泣くことじゃないのに…。

「…バカ」

 腕の中のもう一人の私は小さく震えていた。 


(2007.12.8-12.23)
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