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那限逢真・三影の観光記

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那限逢真の観光記


共和国環状線。
 それは物資の輸送問題に始まる諸々の問題を解決するべく、tera共和国各国を結ぶ鉄道網を建設すると言う鉄道事業。
 この路線を開発する事で輸送問題の解決や難民帰還の促進、流通の活性化による経済の活発化が見込まれている。
 鍋の国はこれに加えて、この環状線駅の周辺や駅そのものを商業特区及びアミューズメント施設とすることで難民や国民の雇用増大を図ろうという大型プロジェクトを立ち上げていた。

「……と、言ってもなぁ……」
開いた鍋蓋型天井を見ていると、以前聞いたそういう説明もイマイチ説得力にかけるような気がしないでもない。
 この鍋蓋――もとい駅の地上部は完全鍋蓋型ガラス張り天井となっていて、気候次第で不定期に数機のサイベリアンを使っての開閉ショーが行われている。
 今日はそのサイベリアン搭乗員として共和国環状線鍋の国駅、通称『鍋蓋駅』に来ていて、実際につい先ほど開閉ショーを行ったばかりだった。
 何で天井がこうなったかと言えば、設計者が「観光客に南国特有の日差しと青空を味わってもらいたいんです! でも、それだけじゃ物足りない! 物足りないんです!」と言って盛大に力説し、国民もそれに拳を突き上げて賛同したからだそうだ。
 旅人としてつい最近流れ着いた身としては微妙について行けないところではあったが、まわりで「すげー」「おお! ラッキー」と喜んでいる人々を見ると、設計者の目論見はおおむね成功と言えるのだろう。
「……まぁ、駅の構造というか、構想そのものはまともなんだけどなぁ……」
 鍋の国という藩国は以前、共和国天領艦隊から艦砲射撃を受けた事があった。
 もはや宇宙からの空爆としか言いようがないその艦砲射撃でI=D工場が破壊され、今後空襲があった場合、輸送に直接関わる鉄道はターゲットとして狙われる可能性が非常に高かった。
 実際、他藩国が保有する長距離輸送システムは攻撃対象として破壊されてもいたため、共和国環状線の駅は地下階層に建設される事になり、同時に駅そのものにも大型シェルターとしての役割が付加されていた。
 ただ、この全線地下鉄化というのは一部の鉄道マニアが激しく反対したらしい。
何でも、「写真を撮りたいのに地下鉄では写真が撮れないじゃないか」というのが反対派の言い分だった。
結局はその他の鉄道マニアによって彼らの意見は押さえ込まれ、駅の建設計画は遅延することなく計画通りに行われたのではあるが。

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「んじゃ、ちょっと休憩してきます」
サイベリアンのコパイの二人にそう挨拶すると、鍋蓋を閉じる作業が始まるまでの自由時間を満喫するべくぶらぶらと歩きだす。
 サイベリアンは次の開閉ショーまでは地下一層にある倉庫区で待機となるので、作業員任せだ。
 地下一層の倉庫区には流通センターが併設されているのと、地下四層の貨物区と大型エレベーターで直結しているので、そういうものを一時的に置いておくには最適なのだそうだ。
 『ワールド・パン・バザール』と呼ばれる鍋駅の地上層にある大型ショッピングモールまで移動すると、軽く背を伸ばす。
 ショッピングモールと言っても、売っているものは全てが鍋料理に関わる代物だ。
おそらくはここに来さえすれば鍋料理に関するもので揃わないものはないだろう。
 ざっと見ただけでも鍋そのものや鍋以外の調理器具を扱う店、鍋の具を取り扱う店、鍋料理をする時に着る衣服を扱う店等々、鍋に関係していない店がないほどの充実振りを見せている。
 もちろんの事ながら鍋料理の店も多数入っている。正に鍋尽くしだ。
これを見ていると『各国の珍しい食材を鍋の具にできるから共和国環状線に賛同したんだ』と言う噂もおそらくは嘘ではないのだろう。
実際、商店街で見かける鍋の具材が大幅に増えているし、この駅周辺でしか手に入らないものも多い。
「さてと。ついでだから風呂でも入っていくか……」
 小腹が減っているわけでもないし、こういうものに色々と興味を持ちそうな相方も今はいない。
二・三日後にはその相方を探しに行くのだが、その前に身体を洗っておきたかった。
ショッピングモールを移動しながら数ある店を横目で眺めていると、ふと頭の中から思い出されるものがあった。
「そういえば……」
 かなり昔の話だが、旅先で使う調理器具として中華鍋を携帯していたのを思い出したからだ。
 中華鍋は調理器具としては用途が広めで、道中で野宿する時に使えたので小さいものを持っていたのだ。
 再び旅人に戻った事だし、探してみるのも良いだろう。
店の軒先に置かれた鍋を覗くと、そこは店内でもないのに土鍋、鉄鍋、石鍋、寸胴鍋。さまざまな種類とサイズの鍋が所狭しと並び、さながら鍋の博物館といった状態だった。
というより、これだけの鍋が揃っていながらなんで鍋の博物館がないのか不思議でならない。

「眼鏡をお探しですか?」
 手ごろな中華鍋を検分しながら物思いに耽っていると突如現実に引き戻される。
「(――マズイ!)」
 『眼鏡』という単語を認識した瞬間、思考を追い抜いて身体が動く。
 そして、素早く踵を返すと脱兎の如く転進する……はずだったのだがその前に肩を捕まれる。
 鍋の国という国名と鍋のあふれた国内の状況に誤魔化されがちだが、この国は眼鏡の国でもある。
 それを象徴するのが『眼鏡ソムリエ』と呼ばれる人々の存在である。
 眼鏡スクールを優秀な成績で卒業した実務経験豊富な人材に送られる称号であり「この世に眼鏡の似合わない人は存在しない。もしそう思っているひとがいるのならば、それはまだ自分に似合う眼鏡に出会えていないだけなのだ」を合言葉に訪れる人々に眼鏡を勧めている。
 眼鏡の品揃えもそれを勧めるスタッフも超一流という事で、国内外問わず眼鏡を調達に来る人々が絶えないこの大手眼鏡ショップ市場は、当然のように環状線駅にも店を構えていた。
「すいません。私は眼鏡を使わないんですが……と?」
 改めて振り返ってみれば、眼鏡をかけた南国人――というか鍋国人の女性――がいた。
 そして、彼女とはついさっきまでサイベリアンを一緒に動かしていた。
「さっきまでサイベリアンに乗っていたよね?」
「そっちはアルバイトですから」
 どういう基準でコパイを選んでいるのだろうとは思ったが、胸のプレートに書き込まれた眼鏡ソムリエの文字や眼鏡ショップの名前を見るに彼女の言い分は正しいようだ。
「で、改めて言いますけど、私は眼鏡使わないんですが」
「大丈夫です。私の目利きでは貴方は眼鏡似合いますから」
 真の眼鏡ソムリエは押し付けないというのが政庁内での意見なのだが、どうも巡り合わせが悪いらしい。

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「……やっぱり足を伸ばせる風呂は良いな」
 あの後、「眼鏡選んでおきますねー」という一言を背に受けつつ何とか眼鏡ソムリエの魔の手から脱出し、今はようやく目的である地下二層にあるクアハウス――いわゆる温泉施設にある風呂に浸かっていた。
 国内外の人々のために用意された宿泊施設兼用の温泉施設であるこのクアハウスには『鍋風呂』と呼ばれる鍋型浴槽の温泉があった。
鍋型の浴槽というのは自分が鍋の具材になったような気がしないでもないのだが、観光客への受けはよく、今も結構な客が入浴している。
時折、色々な風呂に入ろうと走り回っている子供の姿も見かけられた。
 ここの風呂は一般的なジェットバスやサウナ、泥パックで身体を覆う泥風呂、岩盤浴である岩風呂等々多種多様に用意されており、温泉施設としてはかなり充実していた。
 今はもうなくなってしまったが、以前はチビイカナ風呂という名前の風呂もあった。
チビイカナエキスというよく分からないエキスの配合された風呂で、その時々で効果が違うと言うある意味脅威の効能を持つ鍋風呂だった。
何でも、生のチビイカナが入っていた事があって、観光客だかヤガミだかが喰われかけたので中止になったのだとか。
 ぼんやりしていると浴場に見慣れた青年が一人入ってくる。
「あ、ヤガミ」
 誰のヤガミかはわからない。何せ、鍋の国にはヤガミが何人もいるのだ。
 身体に花びらがついているところからして、鍋花風呂にでも入っていたのだろう。
 どうでもいいが、眼鏡をかけたままで前も隠していない。
「……まて。鍋花風呂?」
 鍋花風呂は冷たい水風呂に花が浮いた風呂で、女性に人気のある風呂だ。
 冷たい水風呂から暖かい浴場に来るとなると……。
「……あ。やっぱり」
 突如眼鏡が曇って視界を失うヤガミ。
 そして――
「……あ。こけた」
 ――案の定滑って転ぶヤガミ。
 それは擬音で表現するなら「びたーん」が最適であろう見事な転倒だった。

 風呂場の惨事もとりあえずの収まりを見せた後、外の暑さや喧騒から離れた空間で一人風呂上り特有の気だるさを満喫していた。
 冷暖房がなくても過ごしやすい温度、換気口にある濾過装置による澄んだ空気、優れた耐火性耐震性に加え自家発電設備まで備えた施設。
更には食糧供給に関しても有事にはショッピングモールから融通してもらうという体制。
宿泊施設であると同時に大型の退避シェルターでもある二層は、鍋の国の中でも屈指の快適さを誇っていた。
ここまで来ると、アミューズメント施設がシェルターになるんじゃなくて、シェルターがアミューズメント施設として開放されているのに近い。
「まぁ、どちらにしてもある意味一番快適なところだよな。ここ……」
 欠伸をかみ殺しつつ誰にともなく呟くと、王猫のオブジェらしきものが視界に入る。
避難生活の間でも人の心が荒まないようにという理由から地下二層には鍋の国の王猫のオブジェが多数設置されていた。
「それにしても……本当に力の受ける顔をした王猫だよなぁ……」
 今いない相方がどういう感想を返してくるか聞いてみたいと思いつつ、それのお腹の辺りに手を伸ばす。
 擬音で言えば「ぶにょん」という感じだろう。そのまま手が埋まる。
 そして、なんとも言えない鳴き声を発しながら“それ”はごろんと転がる。
 ……オブジェではなく、本物だったようだ。
「何でこんなところにいるんだよ……」
 気持ち良さそうに眠りこける王猫を突きながら一人呟く。
 『鍋蓋の開閉ショーには毎回王猫が来る』という話を知ったのはもう少し後の話だった。

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「あ、お帰りなさい」
 自由時間の残りも減ってきたので、予め外に設けられた仮設スペースに戻ってくる。
 コパイの眼鏡ソムリエの女性も戻ってきている。
「あ、それ支給のお弁当です。駅鍋ですけど」
 指差された方向を見ると、人数分の『王猫様弁当プレミアム』が置かれていた。
 駅鍋というのはいわゆる駅弁のことだ。もっとも、中身はお弁当ではなく鍋料理だが。
 普段は旅客用の環状線駅のある地下三層で販売されているのだが、わざわざ買ってきたようだ。
 ちなみに駅鍋ランキングでは一位『駅鍋スタンダード』、二位『王猫様弁当プレミアム』、三位『駅鍋すきやき』、四位『駅鍋おでん』、五位『パフェ鍋BOX』となっていた。
「個人的には卵やじゃがいもが入っている『駅鍋おでん』の方が良かったんだがな」
 以前、試作段階のもので試食したものを思い出しながら駅鍋の包装を剥がす。
 味は薄めなのだがその分素材の味が出るのでこれはこれで美味しい。
 流通が良くなって具の質が上がったのか以前のものより美味しかった。
「……ん?」
 ふと気がつくと、仮設スペースの外側からじーっとこちらを見つめる子供が一人。
 正確には机に置かれたおまけのフィギュアを見ているようだ。
「……ほれ。やるよ」
 そう言ってその子供にフィギュアを投げる。
 危なげなくそれをキャッチした子供はペコリと一礼して走っていった。
 フィギュアは複数あるそうだし、きっと持っていないものだったのだろう。
「いいんですか? あげちゃって」
「必要な奴にあげるのが一番だろ」
 走り去る子供の後姿を眺めつつそう答える。
 別に手を止めているわけでもなかったので駅鍋は程なく食べ終わる。
「隙あり!」
 その叫び声に反応するより早く、顔に眼鏡をかけさせられる。
 正に一瞬の早業だった。
「ほら、やっぱり! この眼鏡が一番似合いますよ!」
「……あのな……」
 脱出する時「眼鏡選んでおきますねー」といっていたのは本気だったようだ。
「ふっふっふ。これでも先祖代々続く眼鏡ソムリエの家系なんです。こんなこともあろうかと予め選んでおきました! あ、私伊達眼鏡派なので何の問題ないですよ」
「ちょっと待った! そこはやっぱり度つき眼鏡だろ!」
 突如として別のサイベリアンメンバーの一人が立ち上がる。それに続いてまた何人か立ち上がる。
 どうやら、ここは眼鏡萌の巣窟だったらしい。既に熱い議論が始まっている。
 結局、こんなやり取りは鍋蓋開閉ショーが始まるまで続いたのだった。

(文:那限逢真・三影)



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